都内のとある学園の一教室。
 教壇には黒枠の写真……『遺影』が置かれていた。
 その中で微笑む美貌の女教師。眼鏡が知的な印象を与えていた。
「うっ……ううう……」「せ、先生えええ……っ」
 『遺影』の中の彼女を慕うように、教室のそこかしこから啜り泣きが聞こえてくる。
「……あ〜な〜た〜た〜ち〜っ!!」
 『遺影』と同じ顔の女教師――担任の北原瀬奈が、眼鏡の奥の目を吊り上げてうめくように声を上げた。
 写真の中の彼女はロングヘアが美しいが、先日、美容院でその髪をばっさりと短くしている。
 それだけではない。着ているものも色気のないジャージ……しかもだぶだぶで薄汚れている、使い込まれた男物だった。
「ううっ……だ、だって……」
 男子生徒の一人が、嗚咽とともに答えた。驚いたことに真剣に泣いている。
 そう、彼らはたちの悪い「葬式ごっこ」でふざけているわけではないのだ。
「もうすぐ瀬奈先生とお別れだと思うと、か、悲しくて……」
「これっきりなんてあんまりだああ……」「せめて……せめて弔いは俺たちの手で……」
「陰湿なマネはやめなさいっ!!」
 だぶつく衣服の中でその胸元だけは、彼女が声を荒らげて教壇を叩いた拍子にブルンと揺れて、最後の自己主張をした。
 男子生徒を中心に、そこへ一斉に視線が集まる。
「せめて、その美しい胸元を、最後にこの目に焼き付けようっ」
「や……やめなさいっ!!」
 思わず胸元を両腕で隠す。生徒たちが叫ぶとおり、瀬奈はノーブラだった。そして……
「う……ううっ……」
 彼女はそのまま苦悶の表情を浮かべ、その場に蹲ってしまう。
「「……先生!」」
「始まったんだね……」
 思わず腰を浮かせる生徒たちの中、ただひとり冷静なのが、瀬奈と同居している甥の北原素直。
 ……彼はこれを「経験」しているから、うろたえないのだ。


 教え子たちが息を詰めて見守る中、瀬奈の肉体が変貌していく。
 華奢な肩が、ぐぐんと広がる。それに引っ張られるかのように、豊かな胸が平らになる。
 ウエストも括れがなくなり、柔肌が浅黒く色を変えていく。
 男を「そそる」ヒップは平たいものへ、股間には男性を象徴するものが復活する。
 のど仏が迫り出し、身体つきが全体的にごつく。そして大きくなっていく……


 荒い呼吸を繰り返していた彼女……いや、“彼” は、ようやく息を落ち着かせると、ゆっくり立ち上がった。
「も……元の姿に戻れたのかしら?」
 低い男声で女言葉。
「はい」
 素直が女の子のときに使っていた手鏡を差し出す。それを覗き込む瀬奈……いや、男に戻った誠治。
「も……戻った。戻れたわっ」
 自分の両肩を抱き抱えて喜ぶ誠治。だが、女言葉が抜けていない。
「あああああ〜〜〜っ!!」
 そんな誠治とは反対に、生徒たちは男女問わずため息をついて一斉にうなだれる。本気で落胆していた。
「ううっ・・・我々の慕っていた北原瀬奈先生は死んだっ! ・・・何故だっ!?」
「男だからさ……」
「…………」


 誠治は実に、半年間「女」で過ごしていたことになる。
 素直から遅れること二週間。やっと「男」に変身させる薬が調達でき、そして復活をアピールすべく、生徒たちの前で元に戻るように調整して飲んでいたというわけだ。
「うう……可愛い『素直』ちゃんだけでなく、美人の瀬奈先生までいなくなってしまった」
「先生、ひどすぎますぅ」
 生徒たちは、口々に不平不満を言い募る。
「……あたしに一生女でいろと言うの? もう二度と女にならないわよっ」
 まだしばらくは、女言葉が抜けないだろう。
 「瀬奈先生」との永遠の別れ。それで “お葬式” だったというわけだ。
 もっとも、男に戻る先生への無言の抗議……というか、「当てこすり」の気持ちがなかったと言えば嘘になるが。


(すげぇな……)
 そんな生徒の一人・殿村士郎は、まわりとは全く違う気持ちで誠治の姿を見つめていた。
 半年間も「女性」だったのに、ちゃんと元の姿に戻れるのか……
(でも、確実に元に戻れるんなら、俺もちょっとの間くらいなら、女になってみたいな――)


 そう。それは単純な好奇心のはずだったのだが……




「同居人」・後日談

作:城弾




CASE.1 殿村士郎の場合

 北原美里。誠治の実妹。高校一年生にして薬学の天才。
 素直と誠治を女にしたのも、そして男に戻したのも彼女の作った薬である。
 士郎がそんな彼女を訪ねたのは、その日の放課後になってからだ。
「……はい?」
 ふたりっきりの科学実験室。
 美里はとぼける意味と、本当に聞き返す意味と、多少の揶揄とを含ませてそう聞き返した。
「だから……俺にも女になる薬を分けて欲しいんだ」
「なんでまた……?」
「単純な興味だ。戻れる保証があるなら、ちょっとの間くらい女になってみたい」
 照れからか、ぶっきらぼうな口調で頼み込む士郎。
 あほらしいとも思ったが、士郎の目は真剣だった。下手に「いやだ」とは言えなかった。だから……
「それじゃあ……十万円頂きましょう。前金で三日以内に」
「じゅ……十万!?」
 驚く士郎。確かに性転換手術にくらべればはるかに安いが、それでも高校生の身で気軽に出せる金額ではない。
 諦めさせるために無理難題を吹っかけることにした美里としては、顔に傷跡の残る某天才外科医の真似をして、「一千万円」といきたかったのだが……それだとジョークに取られるだろう。
「当然ですよ。アレ作るの結構難しかったんですから。ただでなんて虫が良すぎます」
「し……しかし! 北原先生や素直には――」
「身内相手だし、あの二人が性転換しちゃったのは、元はといえばあたしの失敗だから責任取っただけです。……はい、この話はこれでおしまい」
 リアルでなおかつ高額。「吹っかける」にはちょうどよい金額である。ぴしゃりと言い放ち終わらせた……つもりだった。
 ……のだが。


 士郎は自宅に帰るなり、親に土下座して十万円の借金を申し出た。
 話を聞いた両親は唖然とした。
 自分たちの子どもにそんな「願望」があったこと自体驚きだが、薬ひとつでお手軽に性転換し、なおかつ元に戻れる……なんて、にわかには信じられない話だった。
 しかし、瀬奈や素直という「実例」がある。
 そして……


 三日後。
(本当に持ってくるんだもんなぁ……)
 諦めさせるための桁が、もう一つ少なかったようだ。
「さぁ、十万円持ってきたぞ。これで薬を譲ってくれるよな」
 ずいっ……と顔を近づけてすごむ士郎。
「わ……わかりましたよぉ」
 こっちが条件を提示した手前、断れない。美里はしぶしぶ性転換薬の製作を開始した。


 日曜日の朝。
 殿村家のリビング。テーブルには三つの包みが並んでいる。
 一つは男を女に変える薬。
 一つは女を男に変える薬。
 もう一つは、瀬奈や素直を女らしくさせた “失敗作” の薬だ。
 素直や誠治を性転換させたものは食べ物に混ぜる薬だったが、無理矢理作らされた美里は、その腹いせに一番飲みにくい「粉薬」の形にして士郎に渡していた。
「こ……これで本当に女に……」
 さすがにいざとなると躊躇するが、士郎は意を決して、両親の目の前で薬を飲んだ。
 そして二時間後、体形の変化を考えてジャージ姿になっていた士郎は、突然変調を訴えた。
「うううっ……」「ど……どうした? 大丈夫か士郎っ」
 うずくまった息子に駆け寄る両親。その目前で、その身体が劇的に変化していく。
 肩幅が小さく、身体つきが全体的に華奢になっていく。
 頭蓋骨から変化したのか、顔が丸く、頭の形がタマゴ型になる。
 もともとうなじくらいまでの長さだった直毛が、さらさらと流れるような髪質に変わる。
 肌の色がみるみるうちに白く、きめが細やかになっていく。
「うう……う……ふうう……」
 苦痛が和らいでいく。変化も終わりかけていた。
 呼吸が落ち着いていく。……その吐息も、か細く、甲高い少女のものになっていた。
「士郎……だ、大丈夫、なの?」
 心配した母親が、その顔を覗き込む。
「う……うん、もう平気……あ?」
 自分で自分の声に驚く士郎。完全に女の声だ。「ちょ……ちょっと、風呂場に――」
 風呂場に行き、だぶだぶになったジャージを脱いで裸になる。体中に短い毛が、いっぱいくっついていた。
 どうやら抜け落ちた体毛が、こびりついていたらしい。
 シャワーでそれを流し、改めて姿見を見る。
「…………」
 白い肌。くびれたウエスト。股間には何もない。
「なった……本当に女になったんだ……」
 しばらく自分の姿を見ていたが、やがて失念していたもう一つの薬を思い出して、居間に戻った。
「士郎、お前、本当に……?」
「うん。……もうちょっと待ってて、父さん。話どおりなら、これで――」
 もう躊躇わない。戸惑う父親にそう返事すると、士郎は二つ目の薬を手に取った……


 一時間後。殿村家に、158センチ、上から88・58・89のプロポーションを持つロングヘアの「娘」が誕生した。
 士郎自身はもともとそんなにいい男ではなかったが、今はそこそこ可愛いという感じがしなくもない。
 「女の子になった」というだけで、ぱぁっと華やかな雰囲気が広がり、それが士郎だった少女を可愛く見せているのだろう。
「……ねぇ、いつまで大丈夫なの?」
 わが子のあまりの劇的変化に声もなかった母親が、我に返った。
「素直は半年位してからでも元に戻っていたから、たぶんそのくらいは」
「じゃあ、少なくとも半年は女の子のままでいるのね♪」
 嬉しそうな母親。やはり女の子の方が華があっていいということだろうか? その口ぶりから察するに、長い間の女性化を望んでいるようだ。
「うん、そのつもり」
 既に仕草まで女らしく振舞おうとしている、士郎だった少女。
 本人も、すぐには男に戻るつもりはないらしい。
「こうしちゃいられないわっ。明日からの学校、女子の制服を買わなくちゃ。それに普段着も女物を揃えないといけないわねっ。……とりあえずあたしが下着を買ってくるから、それを着けたらすぐにデパートに出かけるわよ、士郎」
「待て、母さん」
 妙に張り切る母親を、父親が冷静に制止する。
「なに? お父さん?」
「外で『士郎』はまずいだろう。どう見ても女なのに、男の名前だ」
「それもそうね。なんて呼ぼうかしら?」
 些細なことだが、確かにちょっと困る。「……ねえ士郎、あんた呼んで欲しい名前ある?」
「うーん、そういえばそこまでは考えてなかった……」
 考え込む女二人。
「士郎、お前が生まれるとき、『殿村』と言う苗字から侍の連想で『士郎』と名づけたが、子どもが女の子だった時の候補もあったんだ」
 そう言うと、父親は息子だった「娘」に向き直り、笑みを浮かべた。
「……よし、今から男に戻るまで、お前のことは『美姫(みき)』と呼ぼう」
「う……うん、わかった。今日から俺……私は殿村美姫ね。……ありがとう、父さん」
 女としての名前をもらったことで、ますます女になったという実感がわいてきた、士郎改め美姫。
「はっはっは。どうせなら『お父さん』か、『パパ』と呼んで欲しいものだな」
「わかったわ♪ パパ」
「…………(照)」
 急造愛娘に可愛い声で「パパ」と呼ばれ、顔を赤らめながらも鼻の下を伸ばしてしまう父親。
「さぁ、忙しくなるわよっ。まずはショーツとブラジャーでしょ。それからブラウスとスカート……あ、化粧品もいるわね……」
 そして気合いが入りまくりの母親。こちらはこちらで、「娘を持つ母親」として張り切っている。


 翌日。
 一週間が経ち、誠治もだいぶ男としての生活を取り戻してきた(それでも寝ぼけていると、朝起きて無意識にブラジャーを探したりするのだが)。
 今は、使わなくなった女物の衣類その他の処分をどうするかを考えている。使わないとわかっていても、高かったこともあり、もったいなくて捨てられない。かといって売り払うなら、男姿で店に持ち込むことになる。それにはちょっと抵抗があった。
 ……どうやら「身内にわける」という線で落ち着きそうだ。


 ホームルームで出席を取る。
「津上」
「はい」
「手塚」
「はい」
「殿村。……殿村、休みか?」
 返事がない。
 そのとき教室のドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。
「遅れて申し訳ありません、先生」
 彼女はぺこりと頭を下げた。長い黒髪を三つ編みにしてリボンをつけている。
 そんなに目立つ顔立ちではないのだが、何故か惹かれるものを感じる男子たち。
「君は……?」
 誠治の記憶にこの女子生徒の顔はない。いや……
「まさか……殿村かっ?」
「あら、さすがに経験者……よくお判りに」
 どうやら「女になりたい」という願望が潜在的にあったのか、美姫はいきなり女言葉を使おうとしていた。
「……と、言うことは美里ちゃんの薬かぁ」
 これまた経験者の素直が声を上げた。まぁ他に出来る人間がいるとしたら、そっちの方が大ごとだ。
「あのバカ……後できつく叱ってやる」
 身内である自分たちだけならともかくも、他の生徒まで……と、誠治は憤慨していた。
「とにかく殿村、美里の奴に男に戻る薬を調合させるから、それができ次第、すぐもとに――」
「その薬ならセットで買いました、わ」
 敬語はともかく、女言葉はまだまだ慣れていない。付け足すように語尾を言いなおす。
「……だったらどうして?」
「自分の意思です。前から興味がありましたので」
 ある種の居直りである。ほとんどカミングアウト。
 最初は別人として、この学校に転校……と考えたが、どのみち半年で元に戻る予定である。それなら素直や誠治の例もあるので、この際いきなり正体をばらしてしまった方がなにかとやりやすい。
「先生や素直も半年は女性で過ごしてましたし、私もそのくらいはしてもいいでしょう」
「う……」
 それを出されると弱い。ただ騙されて性転換させられたのと、自分の意思でやったのではだいぶ事情が違ってくるだろうが。
「……やれやれ、その様子だと、女物の衣服なんかも買ってるんだろう?」
「はい♪」
 頭を抱える誠治。「仕方ない……じゃあ、今日からしばらく殿村は女子扱いだ。あーいいかな、女子?」
「はーい」
 軽いのりで返答する女子たち。
 彼女たちにしてみたら、ちょっと前まで素直とともに過ごしていたのだ。抵抗はなかった。
「それでは……」
 彼女は黒板の前に立つと、女としての名前を書いた。……しばらくの間は、『美姫』とお呼びくださいね♪」
 どうやら中途半端を避けるためか、過剰に女らしく振る舞う美姫。その華麗なる変身に、何人かの男子は心動かされる。
 そして一方の女子も、逆の可能性を考えていた。
 そう。女から男への変身である……


殿村士郎改め、殿村美姫♪



CASE.2 早乙女香々美の場合

 翌日。部活に向かう美里に、一人の女子生徒が訪ねてきた。
 印象に残るのは背の高さ。たぶん170センチはあるだろう。髪型がショートで、男性的な印象を与える。もっとも顔は小さめなのだが。
「あなたが北原先生の妹さんね」「はい。そうですけど?」
 怪訝な表情……ではない。思い切り嫌そうな表情を浮かべる美里。
 誠治のクラスの男子が、女になって登校してきたと騒がれているときに、自分のところに尋ねてきたのだ。
 大体の用件は見当がついている。
「私の名前は早乙女香々美(さおとめ・かがみ)。北原先生のクラスの生徒よ。所属は演劇部」
 妙に芝居がかった口調なのは、そのせいか……美里は納得した。
「単刀直入に言うわ。私を男にして」
「…………」
 あまりのストレートさに、しばし言葉を失う美里。「…………えーっと……ワケを聞いてもいいですか?」
「そうね……理由は演劇部に男子部員がいないから。だから私が男役をやるんだけど、どうせなら本当に男になってしまいたいわ。いつでも元に戻れるんでしょ?」
「戻せますけど……それだけのために性転換ですか?」
「あら? 素直君の食欲を抑えるためだけに彼を女の子にしたと言う話はデマかしら?」
「う……」
 それを言われると弱い。
「それじゃ対価は……」
「十万円でしょ。安いものだわ。本物の性転換手術なんて何百万もするもんね」
 吹っかけのつもりが定価になってしまった。なまじリアルな金額だけに、逆に「それだけ払えばOK」となってしまった。
「わかりましたよ。でもクラスや家族は仕方ないとしても、それ以外には吹聴しないでくださいね」
「そうね。学校以外に知れ渡るのは望ましくないかしら。それは守ってあげるわ」
「じゃあ、殿村さんに作った余りがありますから、すぐにでも渡せます。その代わり明日までに――」
 今度は時間を切ることによって諦めさせようとしたが、香々美はいきなり財布の中から一万円札を十枚出した。
「はい、ちょうどあるわよ。それじゃすぐに頂戴ね」
「あう……」
 薬学関係は天才的でも、駆け引きはてんでダメ。
 美里はしぶしぶ薬を差し出した。


 翌日。登校してきた「男子生徒」に驚いたもの多数。もちろん誠治も。
「早乙女……君もか……」
 そう。香々美はさっそく男になって登校して来たのだ。
 髪は元々ショートだったが、眉がくっきりと太く、肩幅もいくぶんがっしりして、胸板も平らである。
「元に戻るまでは、『早乙女恭兵』と呼んでください。先生」
 どうやら「香々美−かがみ−鏡−きょう−恭兵」という連想のようだ。
「一応言うが……元に戻ってこい」
「ふっ……先生、殿村君……殿村が女になってあたし……僕が男になった。ちょうどバランスが取れたじゃないですか」
「いや、そういう問題でも」
 自分が女になって生徒たちに迷惑をかけた手前(実際はかなり喜ばれていたが……)、強く出れない。
 そして、
「きゃーっっっっ、素敵〜っ」
「美形だわ」
「惚れちゃいそう……」
「香々美……ううん、恭兵君、出来るだけ長くその姿でいてね」
 嬌声を上げる女子たち。どうやら「同性同士」で気軽なアイドルが出来たようだ。


今日から男の早乙女恭兵(笑)



 女性の中には、現在の性別に不満はなくとも、「もし男性だったら」と思うものがないこともないだろう。
 非力な体はともかく、月に一度の厄介なものだけでも、男に比べてハンディが大きい。
 痴漢やセクハラなど、圧倒的に女性が被害に合うことも多い。
 逆に男性の中にも、女の子が好きなあまり「自分がそうだったら」と思うものもないことはない。
 また女性の美しさに惹かれるあまり、その立場にあこがれるものもいるだろう。
 素直、誠治、殿村、早乙女、そして一瞬ではあるが、美里も……と、これで都合五つも「実例」を見せられたのだ。
 元に戻れることも実証済み……こうなってしまうとストッパーが外れるのは、時間の問題だった。


CASE.3 坪口の場合

 さらに次の日。科学実験室にメガネの小柄な少年が訪ねてきた。
「北原美里さんですね……」「はい。そうですけど……」
 陰気な口調で呼び止められ、美里は心底嫌そうな顔をした。……彼女が一番苦手とするタイプだった。
 少年はいきなりズボンの裾に手を突っ込んだ。中から封筒を取り出す。
「十万円あります……」
「か……かわったところにしまっているんですね……」
「しょちゅう恐喝されるので、財布にはお金入れないんです……靴下だともっと確実なんですけど……」
「あはははなるほど。で、でもあなたが女の子になったら余計危ないんじゃ……」
 もう用件はこれしかないと決め付けていた。何しろいきなり「十万円」だ。
「いえ、僕が飲むんじゃないので……」
「……?」
 自分が飲むんじゃなかったら、いったい何に使うのだろう?
 不安が頭をよぎったが、苦手なタイプゆえにさっさと要件を済ませたい美里は、あっさりと薬を渡してしまった。


 翌日。彼――坪口は男のままだった。
 食堂の購買へ急ぐ彼を、教室移動のときに見かけた美里は、「あの人、薬を使わなかったんだ……」と呟いた。


「……メロンパン買ってきました」「おうっ」
 坪口はいわゆる「パシリ」をさせられていた。目つきの悪い、いかにもな男子生徒が鷹揚な態度でパンを受け取る。
 彼の名前は吉村。その気の強さで坪口を下っ端にしてこき使っている。
「よし……ああ? なんだ? パンの袋が開いているぞ」
「はい、吉村さんが食べ易いように……」
「へっ、気が効くじゃないか、下っ端」
 何も考えずに吉村はそれを口にした。
 固いメロンパンで、仕込まれたものに気づきにくかったのが彼の不運だった。


 二時間後。
「な……なんだよ? こりゃあ」
 吉村は少女の姿に変貌していた。どうも、例のもう一つの薬を同時に仕込まれていたらしく、女になったとたんに胸が膨らみ、肌は白く、そして髪が爆発的に伸びた。
 液状のものだと濡れててばれる。錠剤だと異物として吐き出しかねない。だが粉薬だったがゆえに、ごまかせた。
「くくくく、ばっちりだ……」
「下っ端ぁっ! テメーの仕業かっ!?」
 陰気にに笑う坪口に、吉村は甲高い声で怒鳴りつけた。
「そうだよ。女を男に変える薬のほうは、僕が自分の家に保管している。元に戻りたかったら僕に忠誠を誓うんだね……」
「ふざけんなっ!!」
「そんな可愛い声と顔で凄んだって怖くないよ。……ほれ、これが君の今の姿さ」
 坪口は、自分を「パシリ」としてこき使ってきた吉村に仕返しするため、「一服盛った」のである。とどめに屈辱を与えようと、わざわざ鏡まで用意していた念の入れようだ。
 手にした鏡を吉村に向けてやる。歯をむき出し怒りをあらわにしていた吉村の顔から、表情が消える。
(くくくく、あまりのショックで声も出ないか……)
「可愛い……」「……え゛?」
 これは坪口の予想になかった反応だった。吉村は鏡の自分に見とれていたのだ。
「すっげぇ好みだ……これが俺? この女の子が俺の自由に出来る……?」
「…………」
 舞い上がっている吉村と、がっくり肩を落として落胆する坪口。
 十万円も使っての「報復」が、結局相手を喜ばせただけに終わってしまったからだ。
 だが……


 さらに翌日。
 吉村も女子制服に身を包んで登校してきた。それだけならまだしも、前日に背中にまで伸びた髪は、美容院で整えられてお嬢様風になっていた。
 しかも薄く化粧までしている。どうやら母親にでも頼んだのだろう。
「ど……どうしたんだ? 吉村」
 それでも下克上とばかりに呼び捨てにする坪口。怒るか……と思われた吉村は、突然にっこり微笑んだ。
「坪口様、わたくしのことは『愛香』とお呼びくださいな」
「……つ、坪口様? 愛香?」
 柔らかな口調でそう呼びかけられ、ハトが豆鉄砲食らったような表情になる坪口。ちなみに吉村の下の本来の名前は「龍彦」だ。
「はい。わたくしを生まれ変わらせてくださった坪口様は、わたくしの御主人様です。何なりとお申しつけくださいませ」
 どうやら吉村自身、従順な女の子が好みのタイプだったらしい。
 女になった自分の姿がもろに自分の好み……そして性格まで “自分好み” になってしまったようだ。
 男でSだったのが、性別と一緒に反転したのかもしれない。
(ま、まぁ……これはこれでいいかな……)
 小物の坪口は、結果にあっさり満足していた。
(あの乱暴ものの吉村君が、あんなになっちゃうんなら……)
 その様子を見ていた女子の一人、野呂真理子が意を決した。


CASE.4 野呂真理子の場合

 二日後。真理子は「野呂健太郎」と名乗る男子生徒に変わっていた。
 名前の語呂から、「のろま」とからかわれ続け、自分が嫌いだった彼女は、思い切って世界を変えるべく男性になった。
 身長が十センチも伸びて、それだけでも気持ちがぐっと変化した。
「へへへっ……すごい、すごいよ……もう『のろま』だなんて言わせないっ!! 言ったらみんなぶっとばしてやるっ!!」
 そして引っ込み思案だった反動からか、やたらとアグレッシブな性格になってしまった。


CASE.5 佐藤毅の場合

 エロキングな男子生徒がいた。名前は佐藤毅。……別名、「エロロ軍曹(笑)」。
 彼は適当な口実を作って、美里から例の薬をせしめた。
 もちろん男子禁制の「あの」場所に入って、女子生徒の生着替えを堂々と観るのが目的だ。
 二日後に女子の仲間入りした毅……改め「優子」は、新品の体操着を持って嬉々として女子更衣室に入った。
 ところが……
「うふふふふふ……いらっしゃ〜い優子ちゃ〜ん」
「今日からあたしたちの仲間入りよぉ〜っ」
 下着姿の女子たちが、口元に薄笑い、目に得体の知れない光を浮かべてにじり寄ってきた。
 興奮どころか、反射的にあとずさる優子。その背後で、バタンとドアが閉められる。
「せーのーで……剥いちゃえええええ〜っ!!」
「いやあああああああ〜っ!!」
 ……以来、優子は自分以外の女子の下着姿や裸にすけべな気持ちを持てなくなってしまい、恐怖感が先立つようになってしまった。
 仕方なく、「元は男だから」と男子に混じって着替えることにしたのだが……本人も予想外なことに、今度は男子生徒の凛々しさに胸がときめくようになってしまった。
(こ……このままじゃ、男の子の方が好きになってしまう……けど……)
 遅かった。彼女は「エッチな女の子」になってしまった。
 そして男子を意識するようになって、仕草や服装、化粧……と、どんどん女性化が進んでいった。
「いいわぁ、あの逞しい胸板……
 素直が男に戻ったときに瀬奈や美里をひきつけたのは、元に戻る薬を二人分飲んでフェロモン過剰になったためだった。
 改良型の粉薬は、それが起きないように調合されているはずなのだが、優子はその影響なしに恋愛対象を変えてしまったことになる。


CASE.6&7 楠田洋子と大野耕平の場合

 きつい生理痛から逃れるために男子になった、楠田洋子改め楠田大助は、それだけで表情が目に見えて明るくなった。
「オトコってずるい。力は強いし、生理は来ないし、トクしてるよね……でも、可愛い服が似合わないのは損かな?」
 一方、低身長と女顔に悩んでいた大野耕平は、「いっそのこと……」とばかりに女性へと変わり、大野恵子になった(残念なことに、美里の薬では元々の身長だけを伸ばすことはできない……)。
 ところが女性だと、何を着てもよく似合う。コンプレックスを持っていた身長が、性転換と同時に有利な点になった。
「わあ、このスカート……このブラウスもいい……あ、これに合わせた靴とバッグも欲しいな……
 彼女は服装や化粧にのめりこみ、あっという間に金欠になってしまう。


CASE.8 松島美香子の場合

 野球部の女子マネージャーだった松島美香子は、松島勝一になった。
 男子の肉体を得て、選手として野球部の練習に参加している。言うまでもなく、それが性転換の動機である。
「……セカンッ!!」「おうっ!!」
 シートノックを受けていたが、捕球しようとしたボールが目の前でイレギュラーバウンドした。そしてそれが足の付け根に直撃する。
「☆☆☆〜! △※▽○▲〜っ!」
 股間を押さえて悶絶して蹲る勝一。女にはわからない痛み……本来なら一生知らないはずの痛みを理解した瞬間であった。


and THE OTHER CASE
...

 相馬静香。れっきとした男子なのだが、子供のころからその名前でからかわれてきたので、自分の名前を名乗ることが苦痛だった。
 そこにこの薬……もしかしたら、心の何処かが壊れていたのかもしれない。名前を変えればいいのに、よりによって性別の方を名前に合わせてしまう。
 神代舞は長年片思いの男子に愛の告白をしたものの、相手の佐山創には、別に好きな相手がいた。
 それまでは性別を越えたいい友人同士だったのに、『告白』によって関係がギクシャクしてしまった。
 恋人はダメでも友達に戻りたい……そう思った舞は、美里の薬で性転換を決意する。女らしい長い髪をばっさりと切り、正之と名を改めて友情を取り戻そうとした。
「ええっ!? ま、まさかあなた……きみも?」……う、うん」
 ところが創の方も、好きな相手に振られてしまい、自棄で性転換して佐山春菜になっていた。
 結局互いに似たもの同士ということで、性別が反転していたが結果的に『男女の友情』が復活した。


 様々な理由で男子が女子に。女子が男子に変わっていく。
 美里は誠治に釘を刺されたものの、性転換希望の生徒に毎日詰め寄られて、いまさら「やめました、もう作りません」などと言えるわけがない。
 誠治としても、元はといえば、自分が「甥の食費をどうにかしたい」なんて考えたのがこの発端だけに、強く止められなかった。
 とうとう吉村を女子に変えた坪口まで、クラスにいづらくなって自ら女性化を選ぶ始末……
 他のクラスは学校側が厳重に注意を呼びかけているので……また、「元に戻れなかったらどうしよう」という気持ちが強かったこともあり、今のところ一人も性転換していない。
 だが誠治のクラスの生徒たちは、素直や誠治という「元に戻った実例」を見ている……そして変身後の魅力ある姿も。
 抵抗がないと言うより、その魅力と魔力に抗えないのだ。


「このやろうっ!」「……やりやがったなっ!!」
 学生服姿の男子二人が中庭で殴り合う。
「やめて! ……お願い、けんかをやめてっ!!」
 おろおろと、それを止めようとして止められない女子。……だが、本来は全員性別が逆なのである。
 この三人、元々が三角関係だったらしい。女子ふたりで陰湿な争いを続けていたのが、互いに男子となったため、拳の語り合いになってしまったのだ。
 そして力尽きるまで散々に殴りあい、胸のもやもやを全て吐き出す……
「お前、なかなかやるな……」「お前こそ……
 大の字になっていたふたりが、顔を見合わせていい笑顔を浮かべ合ったりする。文字通り拳で語り合ってしまったのだ。
「いいわね……男の子の友情って」
 そうつぶやく女子も、元・男なのだが。


 女子トイレから出てきた女子生徒たちは元・男ばかり。しかし何から何まで女にしか見えないし、その会話も女子のものにしか聞こえない。
「あっ、百合子、マスカラつけてるでしょ?」
「そういう美奈だって、グロスつけてるじゃない」「えへへ
……わかる?」

 そしてさり気なく化粧もしていたりする。
 派手ではないが、ポイントを押さえた見栄えのするもの。……これもファッション誌で研究した賜物である。


 そして行き着くところまで行ってしまった、ある日のホームルーム。
「出席を取る。相川」
 誠治が出席番号一番の男子の名を呼ぶと、可愛らしいソプラノで「はい♪」と返事が。
 その後も可愛らしい声が続く……
 皮肉にも、以前はそれを中断させていた素直だけ、元の男子の声である。
 ……そう、とうとう素直以外の男子は全て女子になってしまったのだ。
「…………」
 苦虫を噛み潰した表情を浮かべる誠治。気を取り直して出席調べを続ける。
「……続いて女子。池田」
「はいっ」
 逞しい少年の声が。こっちは最後まで続く……女子生徒は一人残らず男子になっていた。
「おまえらなぁ……」
 口元を引きつらせ、誠治は出席簿をバタンと閉じた。
「……なんだかあたしたち、すっかり霞んじゃったわね、早乙女くん」
 このきっかけを作った殿村美姫が、隣の席に小声で呟いた。きちんと膝を揃えて座っている。
「いいじゃないか。静かになって助かったよ、美姫ちゃん」
 女子側に道を開いた早乙女恭兵がいう。脚を組んで座っている。
 時間の経過とともに美姫はますます女らしくなった。変身直後はそれほど可愛くはなかったのだが、女の体に馴染むにつれて、どんどん綺麗になっていった。
 恭兵は逆に、しっかりと男らしい体格になった。筋肉も増え、背も伸びた。
 このふたり、最初の一組だけに何かと意気投合し、今ではすっかり仲がよくなっていた。


 そして、その日の放課後。
「いやぁ、すっかり入れ替わっちゃったわね、みんな」
「そうだね。でも……画竜点睛を欠くかな?」
 美姫と恭兵、二人のその言葉に頷く元・男子の女子一同と、元・女子の男子一同。
「この際だからさ……」
「あの二人も……」
「……やっちゃおうか?」「……やっちゃおう!!」
 元・女子たちが元に戻るためにともらっていた、「男を女に変える薬」が二人分供出された……


 しばらく日が経ち……ある日の昼休み。
 誠治はいつも学生食堂で昼を食べる。弁当を作る時間が惜しいのと、生徒たちとの触れ合いが目的である。
「北原先生っ」
 可愛らしい女子生徒の一団(ちなみに全員、元・男……)が声をかけてきた。
「おう、なんだ?」
「あの……お弁当を作ってみました。北原先生、食べてもらえます?」
 元が男であるが、女の子の姿で男言葉を使うことに違和感があるため、なりきる目的もあって、彼女(?)たちはすんなりと女言葉に馴染んでいた。
 誠治はその申し出に怪訝な表情をする。
(こいつら、ついに頭の中身まで女子になったのか?)
 確かに自分も女だったときは、思考法まで女になっていっていた。だから理解は出来る。けど……
(なんか胡散臭いな……)
 とは言え、むげに断れない。
「そうか、じゃもらおう」「わあっ、ありがとうございます」
「全部食べてくださいね。お弁当箱はあとで取りに来ます」
 女子生徒たちが離れていったあと、誠治は弁当に箸をつけた。
「……うーん、元・男とは言えど、社会に出たら自炊もするだろうに。もうちょっと料理の練習をしてもいいよな……なんか粉っぽいし」


「……素直っ」
 ラグビー部の練習中、一息入れていた素直は、突然呼びかけられる。
「やぁ、見学?」
 少年たち(全員元・女)は、ラフに着崩した制服姿で彼のそばへやってきた。
「しっかし、よくこんなに激しく動けるよな」
 男になって言葉遣いはあっという間に崩れた。女の時は家族に言葉使いをうるさく言われたが、男だとそんなに言われないので楽だった。
「差し入れ持ってきてやったよ」
「君たちが?」
 スポーツドリンクを差し出され、珍しく疑問に思う素直。少年たちは照れたような表情を浮かべて頭を掻いた。
「俺らだって本当は女なんだぜ」
「ああ、そうか……なんだか昔から男だったって気がしてたよ」
 女の子の心が残っていたんだと解釈して、素直はのどの渇きもあり、差し入れを飲み干した。
「どこのメーカー? なんか粉っぽかったような……」
「あ……ああ、粉末を水で溶くやつなんだ」「ふうん、そうなんだ」


 そのころ誠治は職員室で蹲っていた。
「あいつらぁ……弁当の中か……っ!?」
 時すでに遅し。二種類同時に飲まされたらしく、いきなり胸が大きくなり、髪も長く伸びる。
 前回のものと薬の形が違っていたため、全く気がつかなかったのだ。
「せ……瀬奈先生、お会いしたかった〜っ!!」
 美人教師復活に他の男性教諭たちが黙っておらず、弁当を差し入れた「女子」たちを問い詰めようと立ち上がった誠治は、あっという間にとり囲まれてしまった。
「ど、どいてください!」
「嫌です。もう二度といなくなったりしないと約束をっ!!」
「一生女でいろっていうんですか?」
「じゃあせめてひと月だけでも!!」
「…………」
 そのあと美里を見つけてしかりつけ、元に戻る薬を要求したが、一クラス分大量に作ったため、材料が底をついていた。
 どうやら一ヶ月は、この姿で我慢することになりそうだ。


お久しぶりの瀬奈先生♪



 とぼとぼと帰宅する誠治……否、瀬奈。
(どうしよう。よく考えたらまた男の素直と一緒に暮らすわけよね……前は何とか持ちこたえたけど、今度も大丈夫と言う保証はないし……)
 アパートに帰り着き、躊躇いがちにドアを開ける。
「ただいま」
「あっ、お帰り……姉……さん?」「す、素直……あなたも?」
 先に帰っていた素直は、ロングヘアをポニーテールにして、キッチンで夕食の準備をしていた。
 ブラウスにスカート。エプロンを二つのふくらみが持ち上げている。
「ちょうどよかった。あたしも引っかかっちゃって女の子になっちゃった」
「そ、そう……この場合は『よかった』と言うべきなのかしら?」
 「女同士」になっていきなりスイッチが入り、女言葉が口をついてくるふたりだった。


おまたせ! 素直ちゃん(笑)



 ……そして次の日の朝。
「この制服も久しぶり。ねえ、スカートおかしくない?」
「ちゃんと可愛いわよ。
……それよりこっちのメイクはどうかしら?」「大丈夫。とっても綺麗よ、姉さん」

 何しろ半年、女で過ごしていたのだ。二人ともあっさりと女の人格にシフトしていた……


 とうとうクラス全体が、担任まで巻き込んで性転換と言う事態に陥ってしまった。
「あの、先生、相談が……」
 消え入りそうな声で瀬奈に声をかけたのは、このきっかけを作った殿村美姫。
「あら、殿村さん。進路の相談?」
「違うんです。先生、先生を大人の女性と見込んでの相談なんです」
 事情を知らないと、担任の女教師に女子生徒が相談を持ちかけている光景にしか見えない。
「……それで、何かしら?」
 もはや女扱いされても怒りもしなくなっていた。
「はい。実は……好きな男の子が……」
「は?」
 さすがにこれは素に戻る。頬を染める女子高生。
「あの……殿村さん、あ、相手は誰なのかしら?」
 頭ごなしに怒鳴るようなマネはしない。この辺りもだいぶ女の人格である。
「ウチのクラスの……早乙女君です」
「早乙女恭兵君?」
「はい。お互いはじめに性転換して、互いに相談していたりしてるうちに、男の子として意識するようになっちゃって……」
 一見すると男子と女子でノーマルのカップル。しかしこの「女子」は本来男子……
(相手も本来は女の子だし……時期が来ればみんな元に戻るはずだし……まぁいいかも……)
「殿村さん、勇気を出して。思いを伝えなかったら後悔するわ。振られるかもしれない、でも、この恋に決着をつけてらっしゃい!」
「は……はいっ♪」
 きらきら輝く瞳で返事をする美姫。僅かな勇気をもらいたかったらしい。何度も礼を言って瀬奈の元を離れる。
「…………でもよかったのかしら? これで?」
 後になって薄ら寒いものを感じる、瀬奈先生だった。




瀬奈「あなたたち……適応し過ぎよっ」
素直「まあまあいいじゃない、姉さん」
美姫「見た目も中身も男と女、問題ないわよ♪」
恭兵「そうそう」(illust by MONDO)





 担任教師を含め、ひとクラス全員が性転換するという前代未聞の異常事態。
 しかし大学受験も近づき、元の性別に反転させる薬を持っていたものが、ぼつぼつ元に戻り始めた。
 さすがに「飽きた」者もいたらしい。
 美里の薬の精製も間に合い、ちゃんと全員が本来の性別に戻ってこの騒動は幕を降ろした。
 最初に変身した殿村美姫と早乙女恭兵も、名残惜しそうに殿村士郎と早乙女香々美に戻った。
「全員無事に戻ったわね……じゃなくて戻ったな。まったく、男と女を行ったりきたりしているから混乱する……」
 誠治も素直も、ちゃんと男に戻った。
 だが僅かな間でも少女になった少年たち。少年になった少女たちは……


 後日談の後日談。

「……悪い。待ったか?」
 デートの約束をしていたカップル。男の方が遅れてきた。
「遅い。何してたの?」
 ラフな格好の少女がむくれる。
「いや、服を選んでいたらさ……お前こそなんだよ。もうちょっとおしゃれに気を使えよ。時間かかってもいいからさ」
 女になっていた男子は、服に対するこだわりが前とは比較にならなくなった。


 物陰に隠れて過激な描写のヌード写真を見て、にやける男子生徒たち。
「なに見てんの?」
 一人の女子が通りかかった。
「わっ、渡辺っ」
 慌てた男子の手から問題のヌードが。しかし顔色一つ変えない渡辺瞳。
「気にしないよ。あたしも男やったから、これがどうしようもないってわかったもん。それに……」
 彼女は下卑た表情を浮かべた。そう、「オヤジ」のように。「……確かにいい女だわ。この背中の曲線がたまんない。あー、そそる……」
「……やめてくれ……女に対する夢を壊さないで……」
「あら? あんたたちも身をもって『女』を体験したのに、まだ『夢』見ていたの?」


「……やだ」
 下腹を押さえて、野呂真理子は泣きそうな表情になった。
 予定より早く「女の子の日」になってしまったのだ。ナプキンは持っていなかった。普通の女の子なら考えにくいミスだが、これもしばらく「男子」として生活していたせいだろう。
「ほら」
 困り果てていた彼女に、龍彦がナプキンを差し出した。女だったときのものが、かばんに残っていたのだそうだ。
「あ……ありがとう、吉村君」
 男から差し出されて戸惑うが、それを受け取る真理子。
「良いから使えよ。あのきつさはなって見ないとわからないよな……女は大変だよな」
「そうよねぇ」
「ああ、特に二日目がしんどい」
 身を持って女の大変さを知った吉村は、いじめをすっぱりとやめた。しかし、平然と生理の話題を女子と交わす男子と言うのも……


 そんな彼らも、卒業していく。
 素直たちを無事に送り出して、肩の荷が下りた誠治……そのはずだった。




 卒業から五年後。
 誠治、素直、美里は結婚式に招かれていた。
「あー、いいかな? 殿村」
「先生! 素直クン、美里さん、どうぞ……入ってください」
 控室に出向いた三人は、ウェディングドレス姿の殿村美姫に招き入れられた。
「わぁ……綺麗だね、殿村さん」
「ありがとう、素直クン。……殿村さん――か。そう呼ばれるのもこれで最後ね」
「殿村……本当にこれでいいのか?」
「はい先生。私は後悔してません」
 性別逆転したときに仲良くなっていた美姫と恭兵。だが元の性別に戻ったらなんとなく醒めて、二人の仲は自然消滅していった。
 しかし、大学に進学したふたりが再会して、そのころの思いを再現すべく薬を飲んだ途端に……愛が再燃した。
 後はもう歯止めが効かない。
 既に美姫のお腹には新しい命が宿っている。これを理由に戸籍の変更を申し出て、彼女は晴れて女性として認められていた。
 早乙女家では男子の跡継ぎが欲しかったため、本人が望んで男になるなら大歓迎であった。
「美里さん。あなたには感謝しているわ。こうして生涯の愛に巡り合えたんですもの」
「はぁ……ちょっとだけ女になるつもりが、死ぬまでになっちゃいましたね」
「気にしないで。お互い元・女と元・男。相手のことはよくわかるはずよ。うまくやっていける自信はあるわ」
 二度目の性転換をしてからは、一度も男に戻っていない。四年も経てばもうすっかり女としての仕草や言葉遣いも身についていた。
 そして披露宴。
 嬉しそうに涙を流す美姫と優しく見つめる恭兵。本当なら逆のはずなのだが……
(これでふたりが幸せなら……それもいいのかもな……)
 けど……もしも俺が女のときに誰か男と一線を越えていたら……俺がバージンロードを…………
 眼前に繰り広げられるありえた未来に、改めて背筋の寒くなる誠治であった。


Fin





 もしも安全に元に戻れる保証があって、性転換できる薬があったら……あなたならどうしますか?
 なんて深い問いかけもなく(笑)、「同居人」の世界を受けての「後日談」です。

 もともとは誠治……と言うか、瀬奈と素直のその後だけのつもりでした。
 しかし元に戻っておしまいではつまらない。
 結局クラス全体を巻き込んだ大騒動に。

 きっかけを作った殿村君ですが……彼、彼女か。
 彼女には初めからそのまま「女」に溺れてもらう予定でした。
 みんなが醒めて元に戻る中で一組だけそのままずるずると。
 結果的にはずるずるどころか、改めて性転換して死ぬまでそのままと言う道を選んで。

 ちなみにこんな世紀の大発明。色々なところがほっとくはずが…あったんです(笑)。
 何しろ凄すぎて信じてもらえない。
 当事者たちも変身中は口を閉ざして。
 結局「眉唾物」で相手にされなかったんです。

 と、言うことで(笑)(まーた後付かい)。

 ただ、普通なら一生乗り越えるはずのない性別の壁。
 それを乗り越えて相手の立場に立つと、嫌悪していたものも許せるようにと言うテーマは。
 やはりその立場にならないと分からないものはありますし。

 このシリーズに関してはこれで完全に終わりです。
 シリーズといいましたが、あまり前のとは関連性ないですね。
 まぁ改めて「性転換できる薬」「その実例」を紹介するより手っ取り早かったからなのですが。

 お読みいただきありがとうございました。

城弾

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