都内のとある学園。その校庭でラグビー部が練習試合を行っている。
 「素直(スナオ)」
 そう呼ばれた少年にボールが渡り、彼は重戦車のごとく突進して行った。
 身長190センチ。体重95キロの堂々とした体格。
 顔もすっきりとしたハンサム…というよりも『二枚目』と言うほうがイメージだ。髪の毛はさわやかに短い。
 素直はタックルをかわしトライを決める。

 その様子を職員室から見ていた青年。
 身長はやや高め。170後半くらいか。体重は軽そうだ。さわやかな短髪。メガネが知的な印象の彼に壮年の男性が声をかける。
 「まさに、文武両道ですね。北原先生。あなたの甥御さんは」
 「校長先生…いやいや。まだまだガキですよ。アイツは。多少は勉強も運動も出来るようだし、性格も名前の通り素直ですが困ったところがありましてね」
 そういって彼…北原誠治はグラウンドに視線を戻す。
 (あんなに激しい運動の後だ…こりゃあ今日も…)


同居人
作:城弾

 「大食らいを抑える薬?」
 理科室での会話。誠治は英語の教師だ。ここには縁がないはずだ。少女の方がここに縁がある。
 「ああ。ダイエットしたがる女子高生だ。そんなものでも開発してないか?」
 「無理よ。お兄ちゃん。それならいくら食べても太らない薬を開発するもの」
 「そっか…」
 北原誠治が語りかけている白衣の少女。メガネがいかにもだが実は伊達。
 雰囲気作りと薬品が目に入らないための保護の目的である。髪も実験の邪魔とショートにしてある。
 身長158センチに対し体重39キロと細すぎる。当然、胸はぺったんこ。
 名前。北原美里。16歳。誠治の年の離れた妹だ。

 「素直お兄ちゃん。大ぐらいだもんね」
 「ああ。食費が圧迫してなぁ。どこに出しても恥ずかしくない奴だが、あれだけは玉に瑕だな」

 北原家は大家族である。長男と誠治は十五歳離れていた。生きていれば40歳。
 五年前、家族で車で出かけたときに、信号無視のトラックに跳ね飛ばされ運転席。助手席の夫妻は即死。
 後部座席でシートベルトに固定されていた素直は、右手に怪我しただけですんだ。
 いまでもたまに傷跡を見て物思いにふける。

 当然のように引き取り手に困った。
 誠治より上はみんな結婚していて子供もいた。引き取りたくても経済的にきつかった。
 「俺がこいつのめんどうを見るよ。こいつが社会に出るまで」
 「おじちゃん…」
 誠治20歳。素直12歳のときである。
 まだ誠治より小さかった素直の「自分だけを頼りにしているその目」が忘れられない。

 恩返しかどうなのか素直は成績優秀。スポーツ万能になって行った。
 世話になっている叔父にめんどうをかけたくないのもあるのだろう。

 そんな彼のどうしようもない唯一の欠点が大食漢。
 どんぶりご飯三杯は当たり前。
 風邪の高熱でもカツ丼を平らげたのは伝説と化している。
 そしてそれは決して高くはない誠治の給料を直撃している。

 しかしさすがに咎める気にはなれない。
 本人も承知していて抑えようとするのだがどうしても目が訴えてしまう。
 誠治もがんばっているご褒美にと食事に待ったはかけない。

 しかし、現実に財政は厳しい

 「うーん。こりゃ『あれ』の出番かな。とにかく食費を抑えればいいんでしょ?」
 「そ…そうだ。何かあるのか?」
 期待して思わず乗り出す誠治。
 「任せて」
 胸を叩いてみせる美里。

 北原美里。大家族の中でももっとも賢い娘。誠治の妹になる。
 特に薬学に強く様々な薬を学校で開発していた。
 だから今回も相談したのだが。
 ただこの娘。ちょっと性格に問題がある。
 目的の為には手段を選ばないところがあるのだ。
 どんな手段を使う気か…『任せて』はいささか不安にさせるところもあった。

 三日が過ぎた。準備が出来たと誠治の携帯にメールが入った。

 そしてその決行日。職員会議を済ませてから、美里とともに誠治は自宅であるアパートへと帰る。
 美里は大きな紙袋と、たくさんの食材の入ったスーパーの袋を持っていた。
 「ただいま」
 「おじさん。お帰りなさい」
 アパートに戻った誠治を迎えたのは先に帰っていた素直だった。
 アルバイトは校則で禁止。部活が終わった彼はシャワーを部室で浴びたらほんのちょっとだけ友達と付き合い。
 そして帰ると掃除や洗濯等をこなすのだ。
 世話になっている誠治に仕事以外で手を患わせたくなかった。今も掃除をしていたところだ。
 彼の性格のよさも窺える。
 「素直お兄ちゃん。こんにちわ」
 「美里ちゃん…珍しいね。おじさんといっしょなんて」
 不審がられたか? だが名前どおりに素直な性格の彼は「英語を教えてもらいに来た」と言うウソをあっさりと信じた。
 もっとも美里は実際に英語は苦手なのである。それだけに余計信じられた。

 本当に勉強して時間も六時。
 「ありがと。誠治お兄ちゃん。お礼に夕飯はあたしが作るね」
 「へえ。美里ちゃんが。楽しみだなぁ」
 本当に人を疑うことを知らない少年である。

 「お待たせ。美里特製カレーライス」
 香辛料の匂いが食欲を刺激する。そしてその匂いと味が潜んでいる存在を隠していた。
 加えて言うなら熱いのだ。水で流し込みながら食べてしまう。
 素直はそうと知らずに「薬」を飲まされた。

 結局のところ四皿も食べた素直。全てに「薬」が入っている。
 「ふー。喰った喰った。二時間も経つのにまだ腹がきついや。少しベルトを緩めて…」
 そしてベルトを緩めようとしたときだ。
 「!?」
 きついはずの腹なのにズボンががばがばに。
 「あ…あれ?」
 それだけじゃない。ベルトをつかもうとした手。その指も細くなって行く。
 「こ…これは…」
 言ったそばから着ていたシャツがだぶつきだす。見る見るうちに背が縮む。
 端整とは言えど男。その筋ばった顔がどんどんとふっくらと優しげに。
 足はズボンで見えなかったが、むき出しの両手からぽろぽろと体毛が抜け落ちて行く。
 「おい。美里。これはどうなっているんだ」
 みている誠治にもはっきりとわかる変化。素直の肌の色が白く変化する。
 素直のもともと大きめだった尻だが、スポーツマンのそれではなく女性のそれに。

 「成功みたいね」
 にこり…と言うよりにやりと笑う美里。
 「成功?」
 「そうよ。素直おにいちゃんを女の子にしたの。女の子ならそんなに食べないもの」
 薄い胸を自慢げに張る美里。
 「アホかぁーっっっ。どこの世界に食欲を抑えるために性転換させる奴がいるっ!」
 「ハリセン」があったら問答無用で「突っ込み」の入りそうな怒声を上げる誠治。
 「えー。あの有名なセールスレディーならたぶんこうよ」
 不満そうに抗議する理系少女。
 「あの…喧嘩はやめてください」
 耳慣れないきれいな声。それが変身した素直のものと理解するのに時間を要した。
 髪の長さはそのままなものの、柔らかくしなやかになっていた。胸も若干だが膨らんでいた。
 「素直。大丈夫か?」
 なにしろ性転換してしまったのだ。身を案じないはずもない。
 「はい。おじさん。何とか落ち着いたみたいです」
 にっこりと笑う。髪が短いといえど顔の形だけなら美少女と言ってもいい。
 「そうか。それならよかった…」
 ほっと一安心したがすぐに強い口調で美里に言う。
 「とにかく美里。これじゃどうしようもない。男に戻せ」
 「ちぇーっ。名案だと思ったけどなぁ。ま…そういう事態も考えて女の子を男の子にする薬も調整しておいたけど」
 液状の薬品を取り出す。
 「ちょっと不味いけどこれ。飲んじゃってくれる」
 「うん。わかった」
 話の流れで行けば男に戻すための薬品。とは言えど得体の知れないものを一気に飲むというのも

 一時間が経つ。だが素直の体に変化はない。身長158センチのままだ。
 「おかしいなぁ。えい。実験」
 そういって自分で飲む美里。
 「お…お前。どんな影響がでるかわからないのに」
 「だーいじょうぶ。あたしの薬に間違いはないわ。男になっても戻れるのは証明済みだし」
 ちらりと素直を見る。さすがに声もでない誠治。

 さらに三十分。
 「うっ」
 素直が頭を抑える。
 「効いて来たか?」
 期待を込めた誠治の言葉。
 確かに効いて来た。素直の髪の毛が爆発的に伸びる。
 「うわっ?」
 驚く誠治の目の前であっという間に腰までの長さに。
 それだけじゃない。胸もぐんぐんと膨らんで行く。トップバストが85センチにはなっただろう。
 体形はメリハリが利いてくる。瞳が潤み、気のせいかまつげまで長くなったような。匂いすら女のそれだった。
 まったく逆の効果に妹を怒鳴りつける誠治。
 「こらーっっっ。美里。逆に女らしくなったぞ。これは…?」
 「あはははは…どこかで調合間違えて男に戻すどころか、より女性的な体にする薬だったみたい。ほら。あたしまで」
 ぺったんこだった美里の胸が「巨乳」と呼べるクラスに。こちらも髪が伸びていた。
 「どうやらもともと男の素直おにいちゃんだから効き目が遅かったみたい。あたしは初めから女だから短時間で効果が出たのね」
 「分析はいい。とにかく素直を男に戻せ」
 「うーん。今のがそうだったつもりなんだけど…こりゃ研究のしなおしね」
 笑ってごまかす理系少女。
 「じゃ…これ。あげるから。ただブラだけはその胸には合わないと思うけど。こんなに膨らむとは思わなかったもんなー」
 「ブラ?」
 指差された紙袋を見ると女物の衣類が山ほど。
 「何だこりゃ? 制服まで・…美鈴のか?」
 美里の姉で誠治の年の離れた妹。制服は卒業したので不要になったものだ。古着がたくさん入っていた。
 「おい。美里…いない。あいつめ。素直を女にするつもりだったからこんなものまで」
 怒鳴りつけようと思ったらとっくに逃げ帰っていたのだった。
 「素直。とりあえず落ち着けよ」
 「うん…ビックリした。こんなことが出来るんだね」
 どうもその点だけに驚いているらしい。

 とりあえずその日は寝ることにした。

 「うぅん…」
 甘い香りを撒き散らしながらかわいらしい声で吐息。
 (落ち着け。こいつは男。しかも血縁。落ち着け。こいつは男。しかも血縁。落ち着け…)
 「健全な若い男」が眠れなくなるには充分な理由だった。

 明け方になってまどろんだが朝になる。誠治は物音で目を覚ます。
 寝ぼけ眼に飛び込んできたのは二つの白いふくらみだった。
 「あっ。おじさん。おはようございます」
 可愛らしい声で朝の挨拶をするトップレス美少女。一発で目が覚めた。
 「なんてかっこうしてるんだぁぁぁぁぁぁっ
 「えっ? だっていつも…」
 「あ…そうか。たしかにいつもな」
 男所帯である。相手の視線などお構いなしで裸になる。そのパターンのままだ。

 ただ…夕べから女に転向していたが。

 どうやら女物の着方がわからないらしい。
 とりあえずブラジャーを着けるがサイズがまるで合わない。美里のお古らしいが彼女はAカップ。今の素直はCカップにはなっていた。
(ちなみに下はさすがに新品。それもコンビニの安物)
 しかしつけなきゃいけないと考える素直は、とにかく胸に当てて背中にホックを回す。
 だがさすがにとめることまでは出来ない。
 「おじさん。ごめんなさい。これ留めてください」
 「………」
 まさか「甥」のブラジャーのホックを留めるとは夢にも思わなかった誠治である。

 結局きつくてとてもダメ。美里としてもここまで大きくなるのは想定外だったのだし。

 朝の時間が慌しく過ぎる。
 「いいか。その姿では学校には来れないからな。風邪で二、三日休むことにする。家から出るなよ」
 「うん。わかったよ。おじさん」
 もともとおとなしい性格だが、女の子になってしまったためにいっそう従順な印象がある。
 「じゃあ俺は学校に行くから」
 「うん。いってらっしゃーい」
 誠治はどきりとした。女の声で「行ってらっしゃい」。これは不意打ちだった。
 (困ったな…こいつは男の時の感覚でやるから…だからといって女らしくしろとはいえないし)
 「じゃ、行ってくる」
 振り切るように出て行く。

 見送った素直は言われたとおりに部屋に戻るが、部屋の片隅に財布が落ちているのを見つけた。
 どうもドタバタして誠治が落としたらしい。
 素直は考えた。
 いわれたとおりに部屋から出ないでおくか。それとも届けるか。
 弁当を忘れたなら学食と言う手もあるし、外で食べる手もある。
 だが財布を忘れてはそうも行かない。
 同僚から借りるかもしれないがそれも体裁が悪そうだ。

 素直は怒られても良いから届ける方向に決めた。怒られるより叔父さんが困るのが嫌だった。
 問題は格好だ。現在は短パンにTシャツ。もぐりこんだら目立つことこの上ない。
 素直…単純な思考の彼女は女子制服を着ることをチョイスした。
 最初はスクールブラウスのボタンのあわせで一苦労。左右逆なのでてこずった。
 次にスカートのはき方。当たり前だが生まれてはじめて穿く。ズボンのように腰で穿いたがなんだかおかしいようだ。
 (もしかして…ウエストで穿くの? これ?)
 やってみたらそっちの方が具合がいい。
 それからベスト。これ自体は問題なく着れたが髪の毛がぼさぼさ。
 「櫛…じゃなくてブラシがいいみたい」
 これは生まれついての女性でも苦労するであろう。何しろ腰まで達する長さ。
 今まで肩より下に伸ばしたことのない素直は、髪の毛の処理が思いつかず流れるままに。

 入っていたニーソックス。どうもちゃっかり着せ替え人形とするつもりだったらしい美里だ。
 そして使い古された靴。とりあえず外にでるためのものだ。若干大きかったが、ティッシュなどをつめて調整した。
 「よし。おじさんか困っているから早くいこう」
 「彼女」は外へ出た。

 そのころ誠治は…

 タバコを吸わない誠治はそれまでは財布に手を伸ばさなかったが、昼食に備えて所持金を確認しようとして財布を忘れたことに気がつき愕然としていた。
 (誰から借りようかな…)
 そんなことを考えていた。

 街の男が注目する。その長い髪の少女に…素直に。
 なにしろスカートだというのに大またで歩くのだ。中身が見えそうなのに躊躇せず。白い太ももを惜しげもなくさらしていた。
 そして歩くたびにキレイな長い髪が揺れる(実は胸もだが)
 白い肌。パッチリとした大きな目。筋の通った鼻。小さな口。
 しかも彼女は真摯な表情をしている。それがまた美少女ぶりに拍車をかけていた。
 もちろん真顔なのは誠治のためにである。
 つまり結果として「男のために一生懸命な少女」になってしまっていた。『健気な女の子』である。

 そして彼女は学校に着いた。
 「えーっと…今だと…ちょうどうちのクラスだ」
 時間割を思い出す。そして目的地を定めるとずんずんと校内に入って行く。

 おりしも授業の真っ最中。それももうすぐ終わる。素直は教室の外で財布を持ったまま待っていた。
 そして終業のチャイムが。その途端にスカートを翻して彼女は動く。扉を開ける。物音に振り向いた誠治と視線が合う。
 「!?」
 「何でここに素直がいるんだ?」という誠治の心のうち。
 「?」
 誰? 他のクラスにあんな子いたっけ? しかも凄い美人。それが生徒たちの思い。
 その両方の疑問が次の言葉で解消される。
 「おじさん。ダメだよ。財布忘れちゃ。お昼ごはん食べられないよ」
 「す…素直…なんでここに? しかもその格好…」
 「「「「素直!?」」」」
 クラスメイトの反応に失言を悟った誠治。それにかまわずディスカッションを始めてしまうクラスの面々。
 「確かに今日は来てないけど…」
 「でもあの子は女だし…」
 「おい。みろよ。彼女の右手」
 「ホントだ…素直と同じ傷跡が…」
 「じゃ…北原君が女の子になっちゃったって言うの?」
 「そういえば科学部の『Mad Girl』北原美里もやたらに胸が大きくなって、髪が伸びていたな…」
 「ありえる…あの女なら性転換させる薬くらい作るのが…」
 「しかも誠治先生の妹だし、素直にも血縁だし」
 「じゃお前は素直なのか?」
 「うん。そーだよ」
 尋ねられたのであっさり答える素直。ここで誠治も切れた。
 「答えてんじゃなーいっ。お前らもこんな非現実的なことをあっさり受け入れてんじゃないっ」
 思わず怒鳴り散らす。
 「いや…じっさい女だし、証拠の傷跡もあるし…」
 天涯孤独の身となった交通事故。心と右手に消えない傷跡を残した。
 それで同一人物と判明。そして納得したのだ。
 「…仕方ない…ばれた以上はこのまま通学するように処置をするか…」
 重い足取りで誠治は素直を連れて校長室へと向かう。

 緊急ホームルームでいきさつが説明される。
 「と…言うわけでいつになるかはわからないが、しばらく素直は女子として通学する」
 女子からの反発を予測したが何も起きない。いや。むしろ獲物を狙う狩人の目。

 案の定、質問攻めにあっていた。
 「ホントに女の子になっちゃったんだ?」
 「そうみたい」
 「下着はどうしているの?」
 「美里ちゃんに貰ったけど小さくてダメだった」
 「ノーブラなの?」
 「うん」
 「ダメよ。つけないと。買ってこないと。サイズは?」
 「わからない…」
 「計って見ようか」

 保健室に移動して勝手に身体測定。女子からアドバイスを受ける素直。そして彼女は今、職員室の前で誠治を待つ。

 長い時間を待った。
 扉が開き、やっと誠治が出てくる。
 「素直。帰ったんじゃなかったのか?」
 言いつけを無視してまで一人で来たのだ。一人で帰ったものと思っていた。
 「うん。あのね…クラスの女子が『ちゃんとしたブラジャーを着けないと体に悪い』と言うんだ」
 「へ…へぇ…そうか…」
 目の前で変身を見ていたし、裸体すら見たがこんな話を聞くと女の子になったと実感する。
 「それで買いに行かないといけないみたい…」
 「わかった。金をやるよ」
 そう解釈した。が、もっと驚かされた。
 「あの…おじさん。そんなの(女性下着)を買うのは恥ずかしいから…ついてきてくれる…」
 視線を落とし、指先を弄びながら頬を染めて言う。それだけなら一瞬、男と言うことを忘れてドキッとなってしまいそうだがいった言葉の内容がそうはさせなかった。
 「何だってーっっっっ?」

 「お願い。おじさんしか頼れる人がいないの!」

 潤む瞳で哀願する。「女の武器」を使ったつもりはなく本当に心細かったからだ。
 「いや…お前…Tシャツで押さえるか、ノーブラってわけにゃいかんか?」
 言ってしまってから考えた。これだけ大きな胸。歩くたびに揺れていたら…ましてや周りには男子高校生たちが。
 いくら正体を知っていても劣情をもよおさない保証もない。
 「本物の女性」同様に処置した方がよさそうだ…そうなると買い物に同行せざるをえんが仕方ない。
 (むしろ本物の女のようにした方が目立たなくていいか…)
 「わかったよ…もうちょっと待ってろ。着替えてくるから」

 電車で移動して誠治と素直は遠くのデパートに。
 「おじさん。どうしてこんな遠くまで? 近くに洋服屋さんもあるのに?」
 身内相手だから無防備な表情。そして愛らしい顔立ちなので不意打ちを食らったほかの男性客は一撃で堕とされていた(笑)
 「品揃えは大きいところの方があるしな。それに安くつくはずだ(地元なんかでブラジャー買うのに付き合えるか。できれば横浜か千葉や埼玉にでも行きたいくらいだ)」

 色とりどりのパステルピンクの洪水。男の存在はどうしてもういてしまう女性下着売り場だった。
 女の子が同行しているのだから不審には思われなかったものの視線が痛い。
 女性の立場としては下着を選んでいるところなんて(つまりどんな下着を身につけるか)男には見られたくないのだろう。
 (どっか行かないかな?)女性客のそんなオーラを感じる。
 (そんな視線を投げかけないで〜〜〜〜俺だって好きでこの場には…)
 いたたまれない誠治である。
 「おじさん。こんな感じでどうかな?」
 選んだブラジャーを制服の上から胸に当てる素直。
 「いちいち俺に見せなくていいから」
 素直本人は男同士の感覚。けれど周りからは変な女に見えた。
 (疲れる…)

 下着だけ買って終わりとしたかったが、美里の持ってきた古着だけでは不憫に思えてきた。
 「素直…少しだけなら服も買ってやれるぞ」
 「え…悪いよ。おじさん」
 これは遠まわしに女物を嫌がっているのではなく、本当に誠治の財布を心配しての発言だ。
 それがわかっただけに逆にその健気さが心に響いた。
 「いいからいいから。ああ。スクールブラウスももうちょっとないと困るか。それも買ってやるから。
なぁに。どうせすぐに元に戻れる。たいした数はいらないだろう」
 「そう…じゃ買ってみるよ。おじさん」
 こうしていくつかの女性服も購入した。
 女になって逆に判明したのが、素直が可愛い系の物を好む点であった。
 (この性格のおとなしさ。もともと女性的だったが趣味も近かったのかもな)
 ワンピース一着(着回しを考えなくていいと言う理由)
 太ももまでの長さの赤いチェックのフレアスカートとデニム地のタイトスカート。
 ブラウスが二着。薄いピンクのものと白いもの。
 「どうかな。おじさん」
 試着室のカーテンを開いたときはピンクのブラウスと赤いスカート。
 ドキッとした誠治。ちゃんとした着方をしたせいか、なおのこと可愛らしさに拍車がかかっていた。
 「あ…ああ。可愛いんじゃないか…じゃなくていいんじゃないか!」
 完全に言ってしまって置きながら言いなおす誠治。
 (まずい…段々こいつが男と言うことを忘れてきそうだ…)
 「ホント。嬉しいっ!!」
 こんなせりふを笑顔で言われたらなおさらだ。

 結局その格好のまま帰宅。
 女性服で街を歩く羞恥心より、おじさんと買い物をしたのが嬉しくて笑顔になる素直である。
 そのおじさん…誠治は隣の美少女に気をとられて仕方がない。

 スーパーで食材を買ってアパートへ。一息入れたら立ち上がる素直。
 「じゃあ晩御飯を作るね」
 ピンクのブラウスに赤いスカート。その前面にエプロン。
 作業の邪魔だからと長い髪を根本で結わいてポニーテールに。
 それで台所仕事である。しかも鼻歌を歌いながら。
 (いかん…完全に女に思えてきた…)
 見ているとおかしくなりそうだったので、作っている間に入浴を済ませることにした。

 「ふう…」
 安アパートだが風呂はある。誠治は湯船に浸かって吐息を。
 (しかし参ったな…今日は疲れた…)
 ざばっと上がる。その途端だ。
 「おじさん。背中流すよ」
 素直が躊躇せず風呂場に入ってきた。しかもスカートだから太ももが丸見え。
 「す…素直。きょ…今日はいい」
 世話になっているからと素直が誠治の背中を流すのが常であった。
 男同士ならいい。今は女の子なのだ。変な気を起こしそうだ。
 「そうか…僕が女の子になっちゃったから…そうだね…」
 しゅんとなる素直。チワワのようにつぶらな瞳が潤む。これには逆らえない。
 「わ…わかった。わかった。頼む。やってくれ」
 誠治が折れた。
 「いいの?」
 「ああ。頼む」
 「うんっ」
 元気になる素直。それはいいが…
 「改めて触ってみると…女の子の手って柔らかいんだね。これで背中流したら気持ちいいかな?」
 (やめれーーーーーっ)
 心の叫びもむなしく素手にボディソープをつけて洗い始めてしまった。困ったことに本当に気持ちよかった(笑)

 夜。さすがにナイティまでは買ってなくTシャツと短パンだった。
 静かな寝息を立てる素直。
 (こんな顔で寝ていると本当に女の子だな…それにこの脚…)
 白くてすらりと細かった。
 (今日一日。さぞかし疲れたんだろう。ゆっくりと眠れよ)
 保護者としての見守る目。彼もすぐそばの布団に横たわる。
 「俺もそろそろ寝るかな…くたびれたよ…こっちも」
 めがねを外してケースにしまい枕元に。そして大あくびを一つして夢の世界へ。

 見たこともないような豪華なディナーにありつこうとしたところで目を覚ましてしまった。
 (なんだか暑っ苦しいな・・・)
 柔らかいものが胴体にまとわりついている。女の細腕だ。
 「素直…そういやこいつ。ひどく疲れると枕を抱きしめる癖があるが…こら。俺を抱き枕にするな!
バ…バカ。ノーブラのおっぱいおっつけるんじゃないっ(寝たいのに元気になるだろうがッ)」
 「うぅん…おじさん…どこにも行かないで…大人になったら恩返しするから…」
 その寝言ではっとなる。
 (考えてみれば…両親ともに事故死してるし、しかもその現場にいた。まだ子供のころにだ。たまったもんじゃないな。
そして今は女になってしまい…心細いのはもっともか)
 改めてその境遇に同情する。
 (けど…俺を女の体で抱きしめるのはやめてくれ。変な気を起こしたらどうすんだよ…)
 素直の心細さを思うと邪険に振り払えないが、だからといって少女に抱きつかれた状態で眠るのは困難だった。

 朝まで眠れなかった。

 「どうしたの? おじさん。顔色悪いよ」
 「ああ。なんでもない。なんでもないんだ」
 寝ている最中のことまで怒るのも筋違いと感じた。
 「そう? じゃ僕は行くから」
 元気に登校する素直。
 「もう一眠りしたいな…」
 ぎりぎりまで寝ていたものの、布団に未練を残しつつ支度を始める誠治。

 何とか無事に終わり誠治は職員会議。そして素直はラグビー部だった。
 とは言えどこの体では選手としての活動は出来ない。
 だからせめてもの力になろうと、戻るまでは女子マネとしての活動に終始した。

 もともと人にあれこれ言うタイプではない。
 むしろこういう縁の下の力持ちの方があっていた。さらに言えば炊事洗濯は得意分野。ここでも実力を発揮していた。
 「こういうのが…女の幸せなのかな?」
 部員の練習着を洗濯しながら不思議なことに微笑がもれる素直。
 「ええ。そうなの? そうは思わないけどな」
 女子部員が言う。
 「ねぇ。素直君…女の子の間だけ「素直」って名前で呼んでいい? あたしのことも『洋子』と呼び捨てでいいから」
 本来の女子マネージャー。加藤洋子が言う。
 「うん。わかった。洋子」
 その場にいたほかの女子とも互いに呼び捨てでいいと言うことになった。
 深い仲の男女…ではなく、女の子の仲間入りをした瞬間だ。
 「ねぇ…どうせ呼び方を変えるなら北原先生をさ…」
 いたずらっぽく笑う洋子。周りも笑い素直をはやし立てる。

 色々な職務があり素直より遅く帰宅する誠治。
 部屋からいい匂いがする。夕食の準備だ。
 (帰ってきてたか)
 鍵をしまいこみドアを開ける。
 「ただいま」
 誠治の帰宅の挨拶に、台所に立っていた素直が振り返り笑顔で言う。
 「あっ。お帰りなさい。おじさま
 「お…叔父さま?」
 面食らう。当てが外れて首をひねる美少女。
 「あれっ? 洋子の話じゃ『おっさん』『おじさん』じゃ嫌がる男も『叔父さま』だけは喜んで受け入れるって聞いたけど…嬉しくなかった?」
 (加藤か…変なことを吹き込みやがって…)
 「嬉しくないならやめるけど…」
 「い…いや。好きにすればいい。納得行くだけ『叔父さま』と呼べばいい」
 実のところ不意打ちで面食らっただけで、嫌ではなかった。むしろ良かった。呼ばれたいくらいだ。
 「よかった。じゃ叔父さま。もうすぐご飯できるから待っててくださいね」
 「お…おう」
 話が終わると素直は再び調理に専念する。後ろから見ると見事なほど女のプロポーション。特にヒップの張り出し方が見事。
 長い髪はまとめられてポニーテールに。一つ違うのは根本にリボン。恐らくは女子の誰かから譲り受けたのだろう。
 (なんだか…たった三日で随分と女っぽくなったなぁ)
 そのせいか「叔父さま」には嫌な気分でない誠治だった。

 どんどんと女っぽくなる素直。
 スカートのせいで足捌きは小さく。非力になったせいもあり色々な仕草が細かくなった。
 女性ホルモンが分泌されているためだろう。肌が日を追うごとに白く輝きだす。

 見た目の問題だけではない。男女別の授業などは女の方に参加している。いわば女社会に属しているのだ。
 彼女たちの影響で言葉遣いまで変わってきた。
 初めての生理が来た後は、とうとう自分のことを『あたし』と言うようになった素直である。

 それでいながら誠治相手には『男同士』の感覚で接する。
 平気で裸を見せるし、胸を押し付けたり。
 考えてみれば当たり前である。誠治はおじさんであり、自分としては『男同士』で、即ち『異性』ではない。
 意識するはずもなかった。

 誠治のほうはたまらない。
 もはや学校でもトップテンに入る美少女と化した素直に、無邪気に『迫られて』は身が持たない。
 (今の素直じゃ女の子として扱ってくれる環境の方がいいかもしれない。確かに食も細くなったし、食費は俺が出せば誰か引き受けてくれるかもしれない)
 こっそりと兄夫婦や姉夫婦に打診して引き取り手を捜していた。

 素直が女の子になって一ヶ月が過ぎた。
 もはやすっかり女子として受け入れられた彼女。
 本人すら男だったことを忘れているのかもしれない。

 だが誠治はそうではない。
 この日も美里と食堂で話をしていた。
 「どうだ? 親父たちは素直を引き受けてくれそうか?」
 「うーん。あたしのチョンボだし父さんたちはOKなんだけど、美鈴姉と美樹姉が拒絶反応を起こして」
 閥が悪そうな美里。
 「…そういやあいつら素直が男のときから相性悪かったな…」
 「ごめんねぇ」
 「うーむ…」
 苦悶する誠治。とりあえず目の前の食事…カレーライスを片付けにかかる。
 猫舌ではないものの、熱々で食べられなかった。それでもなんとか短い休み時間ゆえに胃の中に流し込む。
 「ふぅ…それで、男に戻す。あるいは女を男に変える薬のほうは?」
 「そっちはもっと難航。どーしてもわからなくて。でも何か一つパズルのピースがあえば簡単そうなんだけど…」
 「そうか…」
 黙りこむ兄妹。
 「とにかく何とかしてくれ。あいつを男に戻すか、そっちで引き取るか。これじゃ俺の身が持たん」
 「それなら実はもう一つの選択肢があるんだけどなぁ」
 含みのある美里の言い回し。
 「なんだ?」
 当然だが聞き返さずにはいられない立場の誠治。
 「そのうちわかるよ。放課後くらいかな?」
 いたずらっぽく笑う美里。

 そしてこの会話。断片的に素直の耳に入っていた。
 二人の姿を見つけて悪戯心でツインテールにして、前髪を下ろして近くにいたのだ。
 「気がつくかな…」と。
 誠治と美里は話に没頭していたのと、あまりの印象の違いで素直と認識できなくて気がつかなかったのだ。
 くすくす笑っていた素直だが、大好きな「叔父さま」が困り果てていることを知らされる。
 (そうよね…あたしがいちゃ叔父さまの迷惑よね…)

 彼女は誠治のアパートを出て行く決心をする。

 放課後。素直は美里にあっていた。一年の美里のクラスの前。まだたくさんの生徒が残っていた。
 女を男に変える薬の開発具合を確認しているのではなく、住まわせてもらうことを頼んでいた。
 「そう…わかった。でもその心配は要らないと思うな」
 妙に確信している美里。
 「ダメ。これ以上叔父様といっしょだと迷惑がかかる。お願い。何でもするから。料理。洗濯。掃除。
おいてさえもらえればいいから」
 「素直?」
 彼女はその男の声に心臓が飛び出そうになる。誠治がいたのだ。
 (いけない…ここは職員室が近かったんだ)
 それを失念するほど追い詰められていた。
 「おい。何だ今のセリフは? どういうことだ? 俺の家から出て行く気か?」
 怒気すらはらんだ口調で詰め寄る。
 「だって…叔父様に迷惑が…」
 視線を落とす素直。頬を伝い顎から涙が零れ落ちる。本心では出て行きたくないのだ。
 「バカやろうっ」
 いきなり素直を抱きしめる。
 「きゃっ」
 素直は既に悲鳴まで女のそれになっている。頬が朱に染まる。美里のクラスの生徒たち。そして通行中の生徒達がいっせいに突然のラブシーンに注目する。
 「誰が迷惑なんて言ったよ。お前が大人になるまで面倒を見ると約束しただろ」
 「でも…さっき食堂で…」
 (聞かれていたのか…)
 誠治は理解した。いっそう強く抱きしめる。逃すまいとしているようだ。
 「いいさ。かけろよ。迷惑。好きなだけかければいい」
 「だけど叔父さま。あたし女…いっしょだと恋人も作れないし…」
 「お前は俺にとって妹か娘みたいなもんだ」
 既に誠治も素直を女とみなしていたことになる。
 「いや〜男と女で問題なら『同性』になればいいのよね」
 能天気な美里の言葉。その言葉にはっとなる誠治。
 「出来たのか? 戻す薬が」
 期待を込めた誠治の言葉を、美里は首を横に振ることで否定した。
 「でね。逆転の発想。素直おねえちゃんを男に戻せないなら…」
 誠治は青くなる。そういえばこの娘。手段は選ばない。そして今の手札は…
 「まさか…昼飯のカレーに…」
 「うん。入れちゃった。てへ」
 「なんてことをしてくれやがる…ううっ」
 まるでその言葉がスイッチであるかのように誠治の体が変わる。抱きしめていた素直を離して蹲る。
 「叔父様? 叔父様? しっかりして」
 素直が介抱するが変化が止まるわけではない。
 悪いことに職員室から騒ぎを聞きつけて教師たちも。




 その目の前で誠治は女になってしまった。






















 それからさらに一ヶ月が過ぎた。


 すっかり女の体になじんだ素直。
 変身直後は男としての好みで黒いストレートロングのままだった。
 しかし女性ホルモンで脳が冒され女としての暮らしが長くなるにつれ感覚も女性のそれになって行ったのか。
 現在は肩口くらいに切り揃えていた。
 今は朝。朝食の準備をしていた。
 「ふわぁぁぁぁ」
 同居人が目を覚ます。素直は明るい声で「おはよう。姉さん」と呼びかけた。
 「…おはよう…素直」
 けだるい声の元・誠治。今は便宜上「北原瀬奈」と名乗っている。
(ちなみに女になったから「叔父様」から「叔母様」と言い換えようかと言い出した素直だがさすがに却下。「姉さん」で妥協した)
 変身直後に素直同様に別の薬を飲んだため、細い体に大きな胸と尻。セクシーボディだった。髪も背中までの長さ。
 すぐさま髪を切ろうとしたが、これは同僚たちの猛反発にあい断念。
 しかし見た感じ重いので、ちょっとブリーチして茶色にしてイメージを軽くしていた。

 彼女はメガネをかける。骨格まで変わり顔が小さくなったため以前のものは使えない。
 結局は買いなおす羽目になったが女性用しかなく。
 いや。男性用でも小さな顔の人間のためのサイズがあったが、どうにも今の顔には似合わなかった。
 仕方なく女性用を。
 (ちなみにコンタクトは抵抗がありその気にならない)

 もちろん衣類も全て女物。アウターは身内の古いものを貰ったが、下着などはそうは行かない。
 今では抵抗なく下着を買いにいけるようになった素直に付き合ってもらい買い揃えた。

 (こんなことなら素直の大ぐらい対策なんてしなけりゃよかったわ)

 女になった直後、同僚の教師が男女問わず言葉遣いを矯正にかかってきた。
 「女らしい言葉遣いをしないと生徒に示しがつかない」と言うことだが、男性教師の本音は
「あんな良い女が男言葉は興ざめだ。元に戻るまでは女らしくしてもらおう」だった。
 もちろん言葉遣いだけではなく(これはむしろ女性教師だが)ノーメイクも許されなかった。
 レクチャーのすえに自分で化粧が出来るようになってしまった。
 ブラジャーも当初は前面で止めて背中に回していたが、今では後ろ手で出来る。外すだけなら片手だけでもOKに。

 朝食を採り着替えて。

 ここからが手間だ。鏡に向かい化粧をし始める。しかし今ではすっかりなれた手つきで化粧をしていく。
 「姉さん。ちょっと鏡を見させてね
 口紅を塗っている瀬奈の横からひょいと素直が顔を入れる。そしてピンクのリップを馴れた手つきで塗る。
 「あんまり派手な色はやめなさいよ」
 「はぁーい」
 もうすっかり女同士。おかげで「身が持たん」と言うことはなくなったし、むしろ同じ境遇で心が休まる。
 そう。薬の影響でフェロモンでも出ているのか、素直は男子生徒に。瀬奈は男性教師と一部男子生徒にもてていた。
 そしてもともと男である彼女たちは、デートに誘われるとその心情が理解できるだけに断れなかった。
 休みとなるとともにデートで過ごすことが多くなる。

 瀬奈は学校に出向く前にバッグの中身を確認。
 以前はジャケットに突っ込んでいたもの女性服だとそれが出来ない。また女は小物が多い。
 ハンカチ。ちり紙。財布。定期。化粧ポーチ。手鏡。そしてナプキン。
 その心配が要る体なのだ。最初に買うときは顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 それから三ヶ月。

 素直も瀬奈もすっかり本当は男と言うことを、生徒や教師は愚か本人含めて忘れていたころに、その「朗報」は飛び込んできた。4時間目の授業中。
 「出来たわ。瀬奈姉さん。素直姉さん」
 美里がついに男に戻す薬を開発したのだ。体育だったのか体操着姿。
 「美里。あなた授業中に別のことしていたでしょう…ええっ。できたの!?」
 反射的に教師としてたしなめるがその吉報に平静ではいられない。
 「うん。どうやら配合量が違っていたみたい。さらに一つ足りないものも。それを思いついて」
 「でもまた間違ってるなんてことないでしょうね」
 「うん。だから実験中。うっ…」
 見る見るうちに美里の体が変わる。肩幅が広くなり、背も伸びる。
 引っ張られて胸も平に。全体的に筋肉質に。
 「み…美里ちゃん。大丈夫?」
 「ふう。大丈夫だよ。素直姉さん」
 見事に美少年になっていた。体操着だったおかげでスカート姿の男と言う事態は免れた。
 「人体実験成功。これで二人とも明日には男に戻れるね」
 なんと。自分で女を男にする薬を飲んでいた。まぁ生粋の男性を女性に変えた薬があるからこそできた話。
 打ち震える瀬奈。やっとこれで前の生活に戻れる。だが素直はちょっとその喜びが薄い。
 「どうしたの? 嬉しくないの?」
 「ううん。ただもうこの体にも慣れて…女の子の生活も悪くないなと思っていたから。ほんのちょっと名残惜しかっただけ」
 膨らんだ胸元をみてそういう。
 「なに言ってるの。このまま女として暮らしていけるわけないでしょう」
 戸籍の問題もある。仮に男を愛しても結婚は出来ない。
 「うん。そうだね。じゃこの体とも今日でお別れだね」
 「「「「そんなぁぁぁっ」」」」
 クラスがいっせいに声を上げる。
 「いくら元男でも美人の瀬奈先生と、可愛い素直がいなくなるなんて」
 「あたしたちもちょっと残念だわ。素直とはいい友達だったのに」
 「瀬奈先生は男の子のことも良くわかっていたから恋愛相談に乗ってもらえたのに…」
 こうまで残念がられると元に戻るのが悪い気さえするが、そんなこといっていたら一生…それは大げさでも彼らの卒業まで女のままに。
 瀬奈に至ってはこの学校の教師だけに転任しない限り、同僚たちの手前で戻れなくなる。

 今夜にも決行と決めた。

 そして夜。瀬奈のアパート。既にジャージ姿の瀬奈と素直。下着は男物のトランクスだけ。胸は何もつけていない。
 見た目以上に小さい女物で男に戻った場合、窮屈だからに他ならない。
 「はい。これがお待ちかねの薬。学校の薬品を貰ったからこれしか作れなかったけど充分な量よ」
 放課後には女に戻っていた美里が薬品を二つ差し出す。
 「こ…これで…元に…」
 涙が出てくる瀬奈。一生を女で生きるのかと思っていただけに救われた思いがある。
 「実験は済んでいるわ。あたしで証明済みよ。さあ。飲んで。飲みにくいから一気に」
 「うん。わかった」
 言われた素直は一気に二つ飲んでしまった。
 「あっ?」
 瀬奈が声を上げたときはもう遅い。瀬奈の分まで素直が飲んでしまった。
 「あーっっっっ。なんてことをっ」
 「えっ? だって一気にって」
 きょとんとしている素直。ため息をついて言う美里。
 「片方は瀬奈姉さんの分よ。素直おねえちゃん」
 「あっ。そうか。でもいいや。万が一のための実験で。ほら。美里ちゃんと違ってあたしはもともと男から女になったから。
何か影響あったら姉さんが大変だし」

 二時間後。
 無事に素直は元の大男に戻った。この薬は無事に利くことが証明された。
 「戻ったわ」
 直前まで女だったから女言葉が抜けてない。素直はジャージを脱いで裸の胸元を見る。筋肉のみのまっ平らな胸。
 そして…確かに二本飲んだ影響があった。
 「ステキ…素直お兄ちゃん…」
 美里がめろめろに。いや。なんと瀬奈まで潤む瞳で。
 「逞しい胸板ねぇ…」
 「どうしたの? 二人とも」
 抱きつこうとする二人から逃げて風呂場に閉じこもる。
 分断されて正気に返る二人。

 男…しかも血縁者に女として抱くつこうとして落ち込む瀬奈。美里はそれには抵抗なかったものの分析をしていた。
 「うーん。女の子の時ももてもてだったけどそのせいか、男でも女をひきつけるフェロモンがでているみたい。不覚だったわ」
 「で…でも、一本だけなら大丈夫でしょ。それに男に戻っちゃえば」
 改めて作ってもらおうとしている瀬奈の言葉。返答はあまりにも非常だった。
 「それが…材料の薬が学校の薬品棚から拝借したものだからもうないの」
 「そんなっ」
 死刑宣告。脱力する瀬奈。慌ててフォローする美里。
 「ああ。早まらないで。購入してもらえば大丈夫。でも個人じゃたぶんダメだし、学校に掛け合って購入してもらっても早くて二週間かしら」
 「じゃ…二週間もこの状態で」
 男に戻るのが伸びたのは今更二週間くらいの思いはある。
 しかし今夜から同居人が男になるのだ。しかも「危険な香り」を漂わせて。

 瀬奈は貞操の危機を感じた。

 そして夜も更けて…
 「それじゃもう寝ましょうか。姉さん」
 「えっ!?」
 すっかり男の体を取り戻した素直が低い声で言う。硬直する瀬奈。
 「(寝るって…ああそうかおやすみなさいよね。ふう。意識過剰だわ)そ…そうね。おやすみなさい」

 布団を敷いて素直はパジャマに。瀬奈はネグリジェに着替え始める。
 素直が再び胸板を見せたときにビクッとなる。
 (ああ…逞しい胸板…って。なに危ない考えになっているのよッ)
 フェロモンには抗えない。何しろ本能に訴えかけるのだ。瀬奈も女。例外ではない。
 その気も知らず素直は同性の感覚でさっさと着替えて行く。瀬奈は「男の裸」を意識してしまいなかなか服が脱げない。
 素直が寝息を立てたのを確認してから上を脱ぎブラジャーを外しにかかるが、眠ったはずの素直が見ているようでなかなか脱げない。
 (うーん。これって素直を男として意識してるってこと? それ以前にあたしはもうすっかり自分が女と自覚しているのかしら…)
 頭の中のその言葉遣いが如実に物語る。

 深夜。寝付けない瀬奈。
 そして素直がまた寝ぼけて抱きついてくる。
 「きゃっ。ちょっと素直。離して…」
 今度は体格が圧倒的に小さいので逃げられもしない。どうしても逃げられない。段々と変な気持ちになって行く。
 (落ち着きなさい。あたしは男。しかも身内。落ち着きなさい。あたし男。しかも身内。落ち着きなさい…)
 呪文のようにぶつぶつと。そうでもしないと二度と戻れないところへ流されてしまいそうだったのだ。

 翌朝。眠れなかった瀬奈は目の下のくまを隠すためにメイクがいつもより濃かった。
 「いい朝ね。姉さん」
 元の体に一人だけさっさと戻った素直がさわやかに言う。
 「そうね…」
 突っ込む気にもなれない瀬奈。

 (こんなのが後2週間も続くのかしら…あたしの身が持たないわ…)

 はたして、越えてはならない一線を越えずに2週間を凌げたであろうか?
 それはまた別のお話で。


後書き

 TSコメディの場合、大体が女の子になった本人がパニックで、周囲は冷静…もっと言えば遊んでたりします。
 でも本当なら周辺も大騒ぎでしょうし。ましてや同居人がいきなり女の子になったら…
 そういう発想です。
 なお師走冬子先生の「女クラのおきて」と言う四コマ漫画の一編がきっかけとも明言しておきます。
 そんなわけで北原誠治と美里はその漫画そのままの設定。
(念のために言っておきますがTSマンガではないので。面白いですが)

 素直と言うネーミングは男女どちらでもと、起こったことを素直に受け止めると言う設定から。
 ある意味ではバカな子なんですけどね。
 身長がやたらに高いのは大ぐらいの設定を納得させるためと、女の子になったときにギャップを感じさせるため。
 ついでに僕の設定するTS娘の身長が低めなのは、単に僕のシュミ(笑)

 主人公は誠治のほうです。彼の心情をおってますし。いっそ一人称でもよかったかな。
 実は当初は女性化させる予定はなく(これで行き当たりばったりと言うのがよくわかりますが)男性らしい名前に。
 後に落ちとして逆転しちゃったと言うのを考えて。
 メガネも当初はかけてない予定でしたが「女教師にゃメガネだろ」となり(笑)男のときからメガネです。
 それに優しそうな感じになるし。

 瀬奈と言う名前はかつてのFIドライバーと言うわけじゃなくて、単に「せ」から始まる女性名と言うだけです。
 だから別に「瀬里奈」でも「聖子」でもよかったのです。

 美里は単に性転換担当。別に怪しい教授でもよかったけど、ドタバタコメディなので美少女の方が受けがよさそうだし(笑)
 あと前述のマンガから妹に。

 これは後日談も考えてます。
 でも主役は北原ファミリーじゃなく彼らのいる学校の生徒。
 何しろ半年近く性転換して元に戻った生きた例が。
 「戻れるなら…」と志願者が続出してドタバタを。

 本編と関係ない背景ですが、これを書いたときに自分のところでの連載は重い話で。
 ギャグがかけなくて禁断症状が(笑)
 その息抜き用と言うのもありました。
 次の作品は「湯の街奇談」4のつもりでしたが、重い展開が続いていたらお笑いで「着せ替え少年」を久々に。
 あまり久しぶりの気がしないのは、夏の間TSキャノンボールで書いていたからか(笑)

 今回もお読みいただきありがとうございます。

城弾

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