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 これは、「FMS(女性変移症候群)」発症者が百人を超え、さすがに完全な隠蔽が出来なくなったころの話――



 アメリカ、ニューヨーク。そこにある大きな病院。
 診察室で、ジョージ・ブレッドは医師からある告知を受けていた。
「ブレッドさん。単刀直入に申しましょう。……あなたは世界でも例を見ない、特殊な病気にかかっています」
 四十がらみのまじめそうな医師は、重い口調でそう告げた。
「……世界でも例を見ない特殊な病気だって? ははっ、ここのところの体調不良と急激なやせ方から、癌じゃないかと思っていたが……こいつはハッピーだよ。そんな歴史に残るもので、僕は死ぬのかい?」
 ブレッドは三十代前半で大企業の重役にまでなった男である。だがそんな彼も、死病の恐怖に気持ちが荒み始めていた。
「確かにあなたは癌にもかかっています。……だがその点では幸運です。その『奇病』があなたを助けてくれます」
「……ドクター、もって回った言い方はやめてくれ。僕の体はどうなっているんだ?」
 そう問い詰められて、医師は話を進めることにした。
「……わかりました、はっきり申し上げましょう。
 これは世界でもわずかしか確認されていない症例なのです。先日フランスで137人目が見つかっています。

 『FMS――Female Metamorphose Syndrome』 ……あなたはまもなく女性になります


 


FMS:pattern N

作:城弾
(原案・夜夢さん)

「FMS」についてはこちらを参照ください。

FMS:pattern R





「なんだって?」
 ブレッドは訊ね返した。……無理もない。こんな答えは考えてなかった。
「データがあります。精密検査の結果、あなたが『FMS』である可能性は90%です」
 そして彼は、医師から「FMS」についてじっくりと話を聞かされた。
「……それじゃあ、じきに蛹のように体が動かなくなって、蝶のようにそこから出たら女になっているというのか? この僕が?」
 ジョークにしてはいくらなんでもたちが悪すぎる。……いや、「癌」と聞かされてむしろ騙されていたかったが。
「ものは考えようですね。あなたは精巣癌でもある。その治療が成功したとしても、転移する可能性はありますし、治療のために男性機能を失うことは避けられません。ですが先ほど説明したとおり、『FMS』を発症した男性はその肉体を一度 “リセット” され、女性として再構築されます。その際に癌細胞が消失する確率が非常に高いのです」
「…………」
「……実は、以前にこの『FMS』を癌の一種と考えたドイツの医師団が患者に抗がん剤を投与したのですが、効果がなかったと聞きます。逆に言えば、癌の進行を抑えても『FMS』は止まらないので、どのみち “リセット” されることは確実です」
 「不幸中の幸い」といえるのか? ……あまり嬉しくはないブレッドだった。

 病院の待合室を出ると、金髪をウェービーロングにした女性が駆け寄ってきた。
 寒い摩天楼。コート姿だ。
「ジョージ」
「アンナ……」
 アンナ・ブライアント、27歳。ジョージの婚約者である。
 彼女はジョージの腕に自分の腕を絡めて微笑んだ。「……診断、どうだったの? 何もなかったんでしょう」
 ジョージは何をどう切り出せばよいか、わからなかった。

「女の人に……なっちゃうっていうの?」
 アンナの家。二人分のコーヒーを注いでいた彼女は、ジョージの話を意外に冷静に受け止めていた。
「ジョージ、今日は十一月十三日よ。エイプリルフールには四ヶ月以上あるわ」
 そう言って微笑むアンナ。だが、ジョージの表情からは深刻さが抜けなかった。
「僕もウソであって欲しいと思うよ。だが……あれだけの資料を見せられて、それと同じことが実際に起こっているんだ。信じたくはないが……信じるしかないらしい」
「そんな……ウソでしょ? あなたが女になっちゃうなんて……」
 彼女はジョージの広い肩にすがりついた。
「……私たち婚約しているのよ。それなのに、あなたが女になっちゃったら、私はいったいどうしたらいいの?」
「僕だってそんなこと望んじゃいない。だけど…………仕方ないんだ」
「…………」
「それに……やはり癌も併発していた。だけどこの病気でそれがリセットされる。……生きていられる。たとえ女になっても君と一緒に生きていける」
「……ジョージ」
 彼の言葉は、アンナを――というより、むしろ自分自身を納得させようとしているようであった。

 翌日、ジョージは上司の元を訪れた。
「……理由を言ってみろ」
 退職願を差し出されたフランク・アンダーソンは、皺の刻まれた顔を向けてジョージを問いただす。
 ジョージは黙って資料を渡した。
「この病気……そして癌に侵されているのが退職の理由です」
 アンダーソンは入念に書類を読んだ。
 読み終わると、彼はため息をついて天井を見上げた。「ジーザス……こんな病気があるなんてな」
 しばしの沈黙。それを打ち破ったのはジョージの方だった。
「僕はもう、自己管理することのできる体調を維持できません。ですから――」
「わかったよ。ジョージ。こいつは預かっておく」
 五十代の上司は、ジョージの退職願を机の引き出しにしまった。「……で、ものは相談なんだがな、ジョージ。お前の後釜……とりあえずはマクガイヤに任せておくが、そのあとで新人を当てようかと思う」
「はぁ……」
 持って回った言い方が、いまいち理解しにくい。だが、アンダーソンは芝居がかった口調で話を続けた。
「……後任者は女がいいな。新しい視点が見えるかもしれない。もちろんそれなりに経験も欲しい」
 ここでジョージは、上司の不器用なウィンクの意味にやっと気づいた。「……ボス、それじゃあ?」
「女になったってできない仕事じゃないだろう? 俺は “お前” という人間を買っているんだ」
「ボス……」

 そんな二人の話を、ドア越しに立ち聞きしていた人物がいた。
(なんだと? ブレッドの奴が女に……そしてそのままもとのポストに座るっていうのか? ……冗談じゃないっ! 奴のせいで頭がつかえて、俺は出世できないっていうのに……っ!!)
 彼――マクガイヤの双眸に、酷薄な光が宿った。

 翌朝。
 残務整理のために出勤しようとしたジョージは、家の周囲が騒がしいことに気づいた。そしてノック音。
「……どなたですか?」
 いきなりドアを開けるようなことはしない。窓越しに相手を確認する。……テレビカメラ?
「CN○テレビのものです。……全世界でも珍しい『FMS』、女性変移症候群にかかったジョージ・ブレッドさんはあなたですね?」
「男から女に変わることについてのコメントをくださいっ。……恐怖感はありますか? それとも秘かに望んでいたことだったのですか?」
「……ここニューヨークで、謎の奇病『FMS』――すなわち女性変移症候群にかかった138人目の患者が確認されました。今私は、彼――ジョージ・ブレッド氏の自宅前にいます…………」
 ジョージは青くなった。何故テレビ局が? 誰かが情報をリークしたのか?
 知っているのは医者と上司。そしてアンナだけのはず……だが医者には「守秘義務」がある。テレビ局にリークしてリベートを受け取るにせよ、社会的信用を失墜させる危険性のほうがはるかに高い。
 むろん、アンナもボスもこんなことをするはずが……じゃあいったい誰が?
 彼はベッドに引き返すと、布団を頭からかぶった。枕元にあった携帯電話を操作しようとしたが、指がこわばって上手くいかない。
(第二段階に入った? 僕はもうすぐ「蛹」になる……?)
 彼は情報をリークしたものに対しての怒りと、未知の恐怖に震えはじめた。

 テレビを見て仰天したアンダーソンはあわててジョージの家に駆けつけ、取り巻いている取材陣に怒鳴り散らした。
「何だお前らはっ!! 人権侵害で訴えるぞっ!! ……ジョージ、俺だ。フランクだ。開けてくれ」
「ぼ、ボス……」
 くぐもった声がドア越しに聞こえてきた。「……助けて……手が――身体が動か、ない…………扉が開けられない……」
 マスコミのシャットアウトのために鍵をかけたのだが、その後から身体の硬直が始まったようだ。
「なんてこった…………おい、お前のガールフレンドの電話番号を教えろっ。合鍵渡してあるんだろうっ!?」
「あり……ます……。番号は――」
 一時間後、駆けつけたアンナがドアを開けてジョージを救出。彼はそのまま救急車で病院に直行した。

 眠っていた……口の中がひどく乾く。
「気がついた? よかった」
 目を覚ましたジョージを心配そうに見ていたのは、アンナ、そしてアンダーソン。
「僕は――」
 彼は、気を失う直前のことを思い出した。

 病室は個室が用意された。
 なにしろ世紀の奇病。伝染性はないものの、退屈しきった患者の目に晒され続けるのは耐えられない。
 見舞いだけは許された。連日アンダーソンやアンナがやってくる。
 だが、この日は……
「君が来るとは珍しいな……マクガイヤ」
「いえいえ。尊敬する上司の見舞いに遅れて申し訳ありません」
 心が全くこもっていないのは見てとれたが、元々こういう人間である。ジョージは何も言わなかった。
「……しかし災難でしたなぁ。どこかの誰かがあなたのことをメディアにリークしてしまうなんて――」
 いた。自分の失脚が、直接メリットになる人物が目の前に……
「まさか……君が――」
「おやおや、ひどい言いがかりですなぁ。私があなたとボスの会話を立ち聞きして、テレビ局に情報を流したとでも?」
 遠まわしに「自分がやった」と言っている。怒りに震えるジョージ。だがすでに身体は硬直し、殴りたくても起き上がることすらできない。
「そうだ……あなたには受付嬢の仕事を用意しておきますよ。はっはっは……では失礼」
 それだけ言うと、マグワイヤはニヤニヤと笑いながら病室を出ていった。
「……くっ!」
 ここまでの屈辱を味わったことはなかった。その屈辱を与えるのがあの男の目的だったのも、いうまでもない。
 まだ自由になる目から涙があふれて止まらない。だが涙をぬぐいたくても、ジョージの腕はぴくりとも動かなかった……

「……なんてことをっ。訴えてやるわ、そいつのことっ!!」
「よせ……どうせ証拠はない。それより……僕はもうじき男じゃなくなる。きみとの婚約は…………すまない、破棄だ……」
「……そうね……」
 しばらくして見舞いに来たアンナに、ジョージは断腸の思いでそう言った。そして、
「それからドクターに聞いた話だと、僕は『死んだ』ものとして処理されるらしい。そして新しい戸籍をもらうとも。……で、相談なんだけど――」
 後に続いたジョージの提案を聞いて、久しぶりにアンナの顔に明るさが戻った。
「……いいわ、それ。ぜひそうしましょう」

 とうとう彼は『蛹』になった。

 目覚めの時。
 まるでエジプトの棺のような『蛹』に、ひびが入る。
 細い腕がそれを中から突き破り、次々と殻を破いていく。
 そして、『彼女』はその美しい上半身を見せた。
 かつて黒かったその髪は、今は背中までの長い金髪となっていた。奇しくもアンナとそっくりだ。
 華奢な肩。細い腕。白い肌。二つのふくらみ。美しい女の顔。
 生まれたばかりの赤ん坊のように、その身体が洗われる。その中に看護婦ではない女性の手が。
「アンナ……姉さん
「あたしたち、これからは姉妹ね…………セシル」
「セシル……それがあたしの新しい名前――」
 彼女の新しい戸籍は、ジョージの希望とアンナの受け入れで、「セシル・ブライアント 24歳」というものだった。

「見事なまでの女性の体ですね。そして予想通り癌も消えています」
 CTスキャンを操作していた技師が言う。
 セシルは心から微笑んだ。もうなってしまったものは仕方ない。アンナとは夫婦にはなれなかったが、これからは姉妹として暮らしていくことになる。
 新しい姉妹は、互いの顔を見合わせて微笑み合った。

 一週間後、ジョージ・ブレッド改めセシル・ブライアントは、「女性」として元の職場 に “復職” した。
 長い金髪を首の後ろでひとまとめにし、シックなビジネススーツに身を包む。
 クリーム色したブラウスの胸元は豊かに膨らみ、タイトスカートから伸びた脚のラインに、すれ違う男たちの視線が集中する。
 かつての自分も、そんな風に女性の脚に見とれていたのか……妙に可笑しくなって、セシルはくすっと笑みを浮かべた。
 会社のロビーでは、見慣れぬ受付嬢が刺すような視線を投げかけてきた。
 予想していたことだが、「元男性」の――加えて若過ぎる――女性重役にいい顔をしない者も多い。
(……でも、あたしはあたし。中身は何も変わっていないわ。以前のようにやるまでよっ)

 セシルは胸のうちでそうつぶやき、ハイヒールの足さばきも颯爽とエレベーターに乗り込んでいった。


あとがき。


 いかがだったでしょうか、城弾版「FMS」。「N」は「Notice」で、「告知」です。
 当初は「Born」「Birth」「Butterfly」から「B」としてましたが。

 性転換がもし突然ではなく、予告されたものだったら……「FMS:pattern P」を読んだときに思いました。
 そこで触発されて書いてみましたが。

 今回は告知と言うことで。またすでにFMSの正体は明かされていたので、それを踏まえてやってみました。
 しかしギャグ抜きは息が詰まる。

 本当はあちこちに知れてしまい、街を歩けば声をかけられるなんて状態にしたかったのですが、今ひとつ。

 裏設定ですが……マクガイヤはセシルが着任したときには失踪しています。報復を恐れて逃げた?
 いえ。つい彼はジョージのことを揶揄する意味で、「受付嬢がほしい」と、名刺を差し出した東洋風の少女に言ってしまったんですね(笑)。
 セシルが出社したときに見知らぬ受付嬢が……ここからリンクしてそっちに跳ぶようにしようかと本気で考えてましたけど、さすがに今回はギャグ抜きで。

 癌にもかかっている設定というのは、FMSだけだと前向きになれないかなと。癌で死ぬところを逆にこの病気で性転換はしても生きていられるなら、と言う感じです。

 場所をニューヨークにしたのは、世界でも珍しい病気が立て続けに日本で出るのもなんだなと思ったこと。
 そしてこういうことをずばり言っちゃいそうな雰囲気があったので。
 ただ名前が一苦労。僕はあまりカタカナ名前は使わないので。
 メジャーリーガー(それも相当古い)の名前を拝借しました。
 ちなみにアンナはともかくセシルはいますよ。それも男性で。

 セシルが目覚めたばかりでいきなり自己代名詞が「あたし」ですが……英語じゃ「僕」も「俺」も「あたし」も同じですからね。

 最後になりましたがこの魅力的な設定を使うことを快諾していただいた夜夢さんに心からの感謝を。
 逆に夜夢さん版「着せ替え少年」とかもOKですよ(笑)
(でもこっちより面白かったらどうしよう……)

 お読みいただきありがとうございました。

 城弾

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