とある私立高校。その授業中。
「それではこの問題が解けるもの?」
 数学の授業中だが誰もが手を挙げようとしない。
 中には露骨に視線を外すものもいる。それほどの難問だ。
「はい」
 そんな中で一人の男子が自信満々に挙手をする。他の男子からは「おおっ」と称える様な声が上がる。そして教師すら多少はそれを予測していたらしい。
「おお。篁(たかむら)。やはりお前か。よし。やってみろ」
「では」
 その少年。篁満は長からず短からずの髪をかきあげ黒板の前に。
 あらかじめ頭の中で計算が出来ていたらしくスムーズにといていく。
「できました」
 教師はそれをチェックする。
「うむ。正解だ。お見事」
 歓声が上がる。それは男子から。
「さすがは篁だ」「ああ。頭の出来が違うよな」
 妬むどころか賞賛されていた。一方の女子は
「ふん。いくら勉強できたってね」「そうよねぇ」
 否定的な見方をしていた。

 体育の授業中。走り高跳びで軽々と飛び越えてみせる篁満。
「すげえっ。あの高さを」「こいつはスポーツも完璧だからなぁっ」
 男子がたたえていた。
 にこやかに笑顔を振りまく好男子。
 その対称が称えている男子ではなく、女子というのは男のサガというものか。
 しかしその女子は露骨に顔を背けるものが大半である。

 成績優秀。スポーツ万能。容姿端麗。さらに実家が金持ちとなれば人生の勝ち組といえる存在であろう。
 だがこの篁(たかむら)満は女子からは疎まれ、そして妬むであろう筈の同性からは友として迎え入れられていた。
 それは何故か?

 答えは一つ。
 彼がこの世のものとも思えないほどのスケベだからである。


不屈のスケベ

(城弾シアターバージョン)
作:城弾

「あー。そろそろ水泳の授業だよなぁ」
 今日も今日とて男子たちと下校する満。全員、彼女がいない。
 満以外はその容姿で。満は前述の通り容姿は問題なかったが、スレ違い様に尻を撫でたり転んだふりで抱きついて胸を揉んだりするのがたたり高2の今も全校女子に敬遠されている。
 中にはその見かけのよさに積極的に体を任せる女子もいなくはないが、何しろ性別か女性であれば下は10歳。上は50くらいまで「スキンシップ」を図る「浮気者」で自分だけを見てくれるとは到底思えず離れていく。
「そ……そうだな。まだけっこう先だと思うが」
 あまりに唐突に話題を振るので周辺もさすがに心構えが出来てなかったらしい。
「はぁぁ。(女子の)着替え、覗きたいよなぁ」
 肺の中の空気をすべて吐き出しそうな勢いでため息をつく満。
 本心からの言葉と如実に伝わってくる。
「むりむり。女子更衣室は窓がないんだから」
 完全密室。エアコンで換気と温度調節をしている。覗き対策である。
「だけど見たいものは見たいんだ。白いきめ細かな肌。甘い香り。柔らかな弾力。そして蜜の味」
「こらこら」
「見るだけでもやばいのに明らかに接触前提のも混じってたぞ」
 異性に興味津々の「健全な男子高校生」たちも止めるほどであった。
「ああ。見たい。触りたい。見たい。触りたい」
 頭の悪いループに突入する満。それが「スパイラル」になり、精神が落ち込みだす。
「いっそ女に化けられたらなぁ。くそう。なまじ背が高いのが恨めしい。もうちょっと小柄で色白なら何とか女装出来たであろうものを」
 ここで満は涙を流した。女子更衣室に侵入できないことを本気で悔しがっている。
(気持はわからなくはないけどそこまで悔しいか?)
 さすがにこの馬鹿さ加減には引く一同であった。

「何をバカ言ってんのよ!」「あいた」
 満の後頭部を通学カバンで叩いた少女がいた。
 身長は160で平均。体形はややスレンダー。猫のような目が特徴のショートカットの少女。
「さやか! 何をする?」
 頭をさすりながら文句を言う満。その表情が一変する。
「そうか。愛の告白か? 気をひきたくてそんな心にもない行動をとってしまったんだな。いいだろう。許すぞ。俺の愛は海よりも深く、山よりも大きい」
 念のために言って置くが時代設定は1986年ではないし、満はバイオリンの奏者でもない(ただし演奏は出来る)
「叩けばあんたのバカも少しはマシになるかと思ったのよ」
 いわゆる幼なじみである。小学校からの腐れ縁である。
「まったく。あんたはそれさえなければいいのにね」
「何を言う。ちょっとくらい助平な方が親しみやすくていいんだぞ」
 コクコクと頷く男子たち。
「あんたの場合、長所を全部打ち消すほどの欠点なのよ。それは。親しみやすいなんてレベルじゃないわ。一部の女子は『目が合っただけで妊娠する』とまで言ってるくらいよ」
「それはつまらん。ちゃんとやることやって気持ちよくなってから妊娠してもらわないと」
「うふふ。やれるもんならやって見やがれ」
 殺意の混じった笑顔でさらっと言い放つさやか。
「招待状。確かに受け取った。いつか女子更衣室にお邪魔しよう」
 ギャグではなく本気で宣言している満。
 二人の間に火花が散り、満の取り巻きの男子たちは仔犬のように怯えていた。

 その夜。満は自宅で入浴していた。
 ちなみに自宅は「屋敷」と呼べるほどのレベルで、とにかく金には不自由していない暮らしであった。

 彼は浴槽から上がり姿見を見る。当たり前だがどこからどうみても男子である。
 ほどよく黒い肌。長身。均整の取れた肉体。成長期ということもあろうが、無駄な肉が一切ついていない。
 顔もアイドルの事務所からスカウトがきそうなほど端整である。
 ただし女装には向かないタイプの顔立ちである。
「特殊メイクをしても女に化けるのは無理そうだな」
 本気で考えていた。
「うーん。気合を入れてみれば変身できるとか?」
 「物の験し」で女性の肉体をイメージしてみた。
 普通ならふざけても一分と続けまい。
「なにやってんだ」と自分を見つめる自分が現れて、我に帰るのがパターン。
 ところが満はそうじゃなかった。
 何しろ馬鹿なのである。
 だから本気で続けていた。

 そして念じ続けて10分。
 本気の思いが自分の肉体を変える。
 筋張った部分が滑らかになり、肌がきめ細かくそして白く変化する。
 顔も丸く優しげに。胸は膨らみ、お尻は広がる。
 身長すら縮み小柄。そして華奢な体躯へと変貌する。
 男性のシンボルも消失して、「それ」を受け入れる部分が出来ている。
 さらには襟足程度だったはずの髪が、一気に腰に達するロングヘアに。
 ちなみに黒髪が明るい茶色にも変化している。

「やった! 女になれた」

 コケの一念馬をも倒す。馬鹿の一念性別も変える。
 満は女性の肉体へと変化していた。
 ただしそれはほんの一瞬。
 バネが元に戻るように、また男の肉体に戻ってしまう。
「どういうことだ? 今確かに……気を抜いたからか? それとも男口調だからか」

 こうなると止まらない。
 何しろ一瞬とはいえど変身して見せたのだ。
 内に眠る変身能力を覚醒させていたのだ。
 実証されれば気合も入る。
 さらに言うなら女に変身出来たことに驚きもしないし疑念も抱かない。
 ただ目的…「女子更衣室潜入」へ一歩近づいた喜びがある。

 別のアプローチを試みる。
 多少乱暴な口調でも女でいられるように。そしてはっきりと明確なイメージを持つためにモデルを脳内で用意した。
 幼なじみの少女・若山さやかである。

 明確なイメージを持ったのが功を奏したのか?
 今度ははっきりと姿が変る。
 どうなっているのか身長すら縮む。体重も明らかに軽くなっているのだが、その分は何処かに飛んだらしい。
 実際にさやかの裸をみたのは小学校低学年くらいが最後なので、今のイメージは服の上からのイメージである。
 だがそれでも充分で今度は女姿を維持できていた。
「使える。これは使えるぞ…いや。使えるわ」
 声すらもさやかのそれである。見事に「擬態」していた。

 翌日。体育の授業がある。
 この学校では男女別に分けない。同時に同じ授業を受ける。
 男子がマラソンなら女子も同じ。女子がバレーなら男子もである。
 この日はソフトボールであった。
「なんだよ。篁。この暑いのにジャージの上下かよ」
「ああ。ちょっとな」
 いち早く男子更衣室で着替えを済ませた満は一旦出て物陰に隠れる。
 そして精神を集中させ、さやかの姿へと変身した。
「これでヨシ。さやかの姿なら女子更衣室にどうどうと入れるわ」
 満足そうに微笑むと軽快な足取りで更衣室に。
 ちなみに足のサイズも27センチが24に。だから靴がぶかぶかなのだが、それでも女子更衣室へと入れることが嬉しくてスキップである。
 言うまでもないがジャージなのは男女共通だから。
 下半身は男子は短パン。女子はハーフパンツという違いのためジャージでないと不審に思われる。
 そう考えてのことだった。

「遅くなっちゃったぁ」
 できるだけさやからしく明るく振舞い「憧れの楽園」へ。
 満の望みどおり下着姿の女子たちがいた。
 それがいっせいに注目してくる。
「あ……あんた誰よ?」
 下半身はハーフパンツ。上半身はスポーツブラという状態の「本物のさやか」がにらみつけてくる。
 青くなるニセのさやか。
(ま……まずい。女子の着替えに乱入することに気をとられて、本物と鉢合わせというのは考えてなかったぁぁぁぁぁぁっ)
 くどいようだが「バカ」である。

 ざわめく女子たち。突然もう一人の「さやか」が現れれば無理もない。
「さやか…あんた双子だったの?」
「ドッペルゲンガー?」
「クローン?」
「ワーム?」
 好き勝手なことを言い放つ女子たち。着替えの最中だが「女子しかいない」ため恥らう様子もない。下着を隠そうともしない。
「誰よ。あたしに化けるなんて」
 言うが早いか電光石火の平手打ちが飛ぶ。
「はぎゃ」
 まともに食らった満は集中が途切れて変身を解除してしまう。
「満!?」
 のぞき自体はやりかねないと思っていた。
 女に化ける……変そうくらいならあるいはとも。
 まさか「変身」とは想像できなかった。
 それは他の女子も同じ。呆然として多大な隙ができる。
 おかげで何とか脱出出来た。

 女子は教師に訴えるがそもそも変身能力という時点で信じてもらえなかった。
 当の満も凄まじいまでのすっとぼけ。
 当たり前だが女子更衣室にカメラがあるわけではないのでその証拠写真もない。
 結局は泣き寝入りである。

 放課後。女子トイレでの密談。
「あのバカ。どうやったか知れないけどあんな能力まで」
「けど別に昨日までは変な素振りはなかったよね」
「あのバカには伏線も何もあったもんじゃないわ。『そういうもの』と捉えるしかないのよ」
 おいおい。
「とにかく誰に化けるかわかったもんじゃないわ。気をつけないと」
「でも」
 一人の気の弱そうな女子。芳賀あゆみが切り出す。
「それだとお互いに監視することになるんじゃ」
 言われて見ればその通り。
 男子と一緒のときはいい。当の満を見ていればいいのだから。
 むしろ女子のみのケース。特に着替えの場面。これが危ないのだが、ここは相互監視ということになるな。
 そう思うとちょっと気の重くなる面々であった。

 体育の時間になる。
 その日は準備担当の芳賀あゆみが先行して更衣室に急ぐ。
「芳賀さん。ちょっといいかしら?」
 女の体育教師に呼び止められた。
「あ。先生。今いくところで」
 女に変身する「スケベ」がいるのに、相手が教師の姿ゆえになんの疑念も抱かない。
「その前に篁君を呼んできてもらえる?」
「篁君ですか?」
 ちょうど「話題の人物」だ。緊張する。
「ええ。あれから色々と聞いてみたらどうも本当に彼は女に変身しているみたいね」
「は、はい。そうなんです。若山さんに化けて。ビックリしました」
「その件も聞きたいし、何より女子更衣室への侵入が本当ならお説教が必要ね。だから呼んできてもらえる?」
「わかりました。すぐに呼んで来ます」
 あゆみは明るい表情で男子更衣室のほうへと小走りに移動する。
 信じてくれなかった教師が信じて味方になってくれた。それが疑念を抱かせなかった。
(うふふふっ。どこにもいない「篁君」を探し続けていなさい)
 体育の女教師は一瞬にして篁満の姿になる。
 そう。満の変身だったのだ。
 さすがに教師は更衣室にまでは同性とはいえど入ってこない。
 そしてクラスメイトの一人を見つかるはずのない人探しに追い払った。
 当然次の行動はその「芳賀あゆみ」への変身。
(これでよし。これでかち合う心配もない)
 邪悪な笑みを消してあゆみに化けた満は内股で小走りに女子更衣室に急いだ。

 計画通り。誰もあゆみを疑わない。
 間抜けというよりやはり女子同士で疑いあいたくなかったらしい。
「遅かったね。あゆ」
 さやかが明るく声をかける。
「うん。ちょっと先生に捕まっちゃって」
 無難な言い訳をする。
「ふーん」
 特に気に止めずさやかは着替えを続行する。他の女子もである。
(おおおっ)
 いよいよ待望の生着替え。なるべく表情を変えないようにしていた満である…が、
「あゆ。着替えないの?」
「え?」
「早くしたら? 確かあんたが今日の準備でしょ」
 つまり誰よりも早く着替えて行かねばならない。
 だが満には着替えられない。
 ジャージは男女共用でも中身は違うのである。
 当たり前だが女性用の下着などつけていない。
 ノーブラ。そして男性用の下着があればばれるのは必然。
「どうしたのよ…まさか?」
 ことここにいたってさやかは満があゆみに化けている可能性に気がついた。
「わ、忘れ物しちゃったぁ」
 包囲される前に脱出にだけは成功した。
 ただし泣きながらの逃走であった。
(もっと…もっと着替えを見たかった)
 男泣きに泣きながら走っていく。

 その夜。自室で満は落ち込んでいた。
(せっかくこんな能力があるのに気がついたのに…宝の持ち腐れだ)
「中途半端なのだ。お前は」
「とうさん」
 いきなりの登場に狼狽する。父親・賢はそれには構わず続ける。
「満。見ようと思うな。だからしくじる」
「それには心から女になってしまえばいいのよ。そうすれば自然に女の子たちに接することが出来るわ」
 さらには母。和子もその場に。
「母さんまで。しかしどうして僕にアドバイスを? 僕は覗きをしようとしているんだよ」
 一応は「よくないこと」と理解してはいる。
「満…英雄、色を好む!
「おおっ」
 賢の気迫に推される満。
「男の子なら女の子に興味を持つのは当然よ。むしろ健全で母さん嬉しいわ」
 この両親は息子の女子更衣室潜入を全面的に肯定していた。
「満。なるなら完全になりきれ。完全に女になってしまえばいくらでも踏み込める」
「これはお父さんとあ母さんからのプレゼントよ」
 受け取ったものは女性用の下着一式と満の通う学校の女子制服だった。

 それから一週間。満は学校に来なかった。
「バカをこじらせたんじゃない」と冷たい反応はさやか。
 幼馴染みの少女と言えば主人公に思いを寄せるのが定番と言うのを完全に無視している。

 一時間目のホームルーム。
 生徒たちの待つ担任がやっと来た。
「あー。突然だが篁満は組織の新しい計画を追って南米へ飛んだ」


 ざわ
   ざわ


 ざわめくクラス。
 迷惑ではあったが存在感の大きな男だっただけに動揺が走る。
(あのバカ。別れの一言もなし?)
 さやかも面白くない。
「静かに。そして入れ替わる形だが転校生だ。入りなさい」
「はい」
 か細い声で真新しい制服に身を包んだ少女が入ってくる。
 長い黒髪。全てを切り揃えいわゆる「姫カット」。
 背は高め。胸は控えめ。モデル体形だった。手足も細く、そして美少女だった。
「おおっ」
 男子は色めき立つ。
 女子はその和風の美しさにため息をつく。
 彼女はその容姿に相応しい高く澄んだか細い声で自己紹介をする。
高村ミチルです。みなさん。どうかよろしくお願いしますね」
 にっこりと微笑む。

 ざわ
   ざわ

 変身能力を持つ少年がいなくなり、入れ替わりに美少女が。
 さらには名前が似ている。
 こうなるともう同一人物かと疑われるのは当然。
 疑念というより確信を持たれていた。
 だが男子は一人として突っ込まない。
「可愛ければ本当は男だっていいじゃないか」
 そういうことであった。

 女子は女子で突っ込む気力が失せていた。
 明らかに同一人物。
 転校生に成りすますその不屈のスケベぶりにあきれ返っていたのだ。
 そもそも状況証拠になるかも怪しい。物証は皆無。
 闇雲に突っ込めないのも実情。

(ああ。そう来たわけね。いいわよ。それならお手並み拝見させてもらおうじゃない)
 妙な闘志をさやかは燃やしていた。

 そしてミチルは彼らの思う通り満の変身だった。
 二度にわたる失敗で今度は徹底することにした。
 身につけているものは全て女物。
 一週間の間に少女になりきることに成功した。
 この姿は本人の理想が具現化したもの。
 ちなみに権力を持つ父は学校に手を回してミチルとしての学園生活を満のそれに加算するようにしていた。
 つまり出席日数は問題ない。

 転校生と言えばお約束の質問攻め。
 だがミチルはあくまで優雅に返答していた。
 そして指摘できる矛盾がない。それどころか
「初恋はいつ?」という質問に対して
「幼稚園のころ。同じ桃組のハヤトくん」とまで答えている。
 これに関しては本来は男で返答に詰まるか女の子の名前を挙げることを狙っての質問だったが見事に少女の過去を見せていた。
 周辺はミチルは満の変身した姿ではなく、本当に女の子なのではと思い始めてきた。
 女子は警戒心が薄れていく。

 この日は六時間目に体育があった。
 さやかはこれを一番警戒していた。それと同時にここで暴いてやると言う闘志も見せていた。だが
「転校生の高村は見学な。まぁ時間割を知らんから仕方ない」
「申し訳ありません」
 ミチルは本当に制服姿のまま見学をしていた。
 これにはさやかたち女子が面食らった。
「ちょっとちょっと。本当に篁君なの? あの娘」
「おっかしいなぁ。『女同士だから』と堂々と女子更衣室に来ると思ったんだけどなぁ」
 着替えに乱入どころか本人が着替えてもいない。
(いいわ。それならそれでぼろを出させるまでよ)

 準備体操のとき、さやかはこれ見よがしに体操着から素肌をちらつかせる。
 ところがミチルはまるで興味を示さない。
(変ね。あのスケベなら絶対に興奮するはずなんだけどな)
 当てが外れて首をひねる。
 そしてさらにはてなマークで頭がいっぱいになりそうなことが終わりに起きた。
 時間にして二時を回ったところ。気温が最も高い時間帯。
 そんな中での体育である。さすがに熱中症を警戒してそれほどにはハードでない運動だったが汗だくになる。
「あちぃーっ」
 男子生徒の何名かがいきなり体操着を脱いだのだ。
 汗を吸った体操着を着てられなかった。
 それを見たミチルの反応は
「きゃっ」
 短い悲鳴を上げて赤くなると両手で顔を覆ってうつむいてしまった。
「なんだよ。下ははいてるだろ」
「は、早く服を着てください。女の子には刺激が強すぎます」
 か細い声で上目遣いで訴える。男子が同じことを考えた。
(か、可愛い)
 もはや本当は男でも構わない。今は可憐な美少女なのだ。
 いきなりちやほやされるが、当のミチルは戸惑っている。

「さやかぁ。やっぱあれ本当に女なんじゃない?」
 どう見ても同性にしか見えない少女たちは揺らぐ。だが
「いいえ。確信したわ。あれは満よ。ああいうタイプ。あいつの好みだもの」
「えー。だとしたら篁くんってやっぱりバカ? それとも現実を知らない?」
「つっても実態を知られても困るけどね」
 文字通りの爆笑が起きる。一人クールなさやかが言う。
「それにいくらなんでも女らしすぎるわ。典型的な男に都合のいい女になりきっているわ」
「なんでぇ? 自分が女になっても仕方ないじゃない」
「たぶんスケベでぼろを出さないように自分に暗示をかけたんじゃない? その際に自分の好みがもろに出てあんなになったと思うわ…待てよ」
 悪魔の微笑を浮かべる少女。
「ねえ。あいつが満としたらどこまで持つか見ものと思わない?」
「どういうこと?」
「あのバカ…スケベが色気で迫られて芝居を続けられるはずがないわ。でも抵抗するでしょ。だから」
 またもや爆笑が起きる。

 次の日。登校したミチル。それに男子生徒から声がかけられる。
「おーい。高村」
「はい。なんでしょう?」
 にこやかにあくまでもお嬢様っぽく振舞うミチル。
「みろよこれ」
 いきなりヌードグラビアを見せる男子。
「あ、あ、あ……」
 興奮して飛びつくかと思いきやなんと恥ずかしそうに赤面する。
「いやっ。なんて物を見せるんですか。はずかしいっ」
 両手で顔を覆って逃げてしまった。

(惚れっ)

 このあざとい態度だが男子には効き目抜群だったらしい。
 実のところ正体は「篁満」とみなしてのこの話であったのだが、もうこのまま女の子のふりをしてもらおうかという気になっていた。
「可愛ければ全てOK」であった。

(なにあれ? 小学生の女の子でもなきゃしないわよ。あんな反応)
 女子のほうには「カマトト」と不評だった。
 女子もこれで正体が満と確信した。
 本物の女ならあんな態度にはならない。
(それなら)

 次の体育は水泳になっていた。
 この年初めての水泳。ミチルも指定の水着を用意して来た。
 だが更衣室で絶句する。
 いくら女子だけとはいえどまるで銭湯の脱衣所のようにぱっぱっと脱いでいく。
 カァーッと頬が熱くなる純情娘。
「どうしたの? 脱がないの?」
 からかう口調のさやか。上には何もつけていないがさすがに腕で胸は隠してある。

 実のところ本来はこんな脱ぎ方はしない。
 間違っても全裸にはならない。
 多いのがスカートを着けたまま下着を脱ぎ、水着を穿くように足を通して下腹部を隠す。
 それからスカート。ブラウスと脱いでいき、女同士といえどそんなに露出はさせない。
 もちろんさやかの策略である。
 これだけ「美味しいところ」を見せられたら演技なんてしてられないという読みである。
 当初は正体が満の可能性があるので渋っていた女子達だが、集団心理が働いた。
 陰から覗かれていると薄気味悪いが、逆にこちらから詰め寄るならそうでもない。
 全員一緒、しかも更衣室ということで決行に至った。だが
「あの…みなさん。もう少し慎ましくした方が良いと思いますよ」
 まさに蚊の泣くような声で訴えるミチル。視線は横にそらしている。
「う……」
 女子たちは急に恥ずかしくなってきた。
「男子」(かもしれない)相手に肌を見せていることではなく、女子としてはしたない態度に。
 全裸に近い状態の女子はバスタオルで裸体を隠して水着を着ていく。
「出すぎたマネをしてごめんなさい。でも、その方がとても女らしくていいですわ」
 安心したかのようにミチルは微笑む。

 もちろん本人の着替えはほとんど肌を露出しないものであった。
 それどころか授業で男子の視線を浴びられると女子の列の後方に引っ込んでしまう有様。

 いつの間にか「ぶりっ子」が「慎ましい女の子」と評価が変わっていた。

 転入してきてから半月。
 すっかりミチルはクラスの人気者になっていた。
 頭がよいがそれを鼻にかけない。
 スポーツ万能なのも満と同じだが、決定的なのはこちらは助平さなど微塵もないこと。
 完全に疑惑は消えた。
 なにしろ更衣室では裸を見せたくない一心からかひたすら背中を向けている。
 一応は監視していたもののまったく見る様子がない。
 覗かないなら変身して潜入しているメリットはない。
 つまりこれは本物の女の子なんだと。
 そうなるとむしろ理想的な女子とみなされていく。

「さやかぁ。まだミッチーのこと疑っているの?」
 打ち解けた証かミッチーという愛称まで出来ている。
「当然よ。気を許しちゃダメよ。アイツは不屈のスケベなんだから。どんな障壁があっても立ち向かう男よ。覗きに命をかけられる男なのよっ」
「だから覗きになってないんだってば。ミツチーとことんエロには弱いもん」
 女子とて猥談をしないわけではない。
 だが話題が変わるとさり気なくミチルは席をはずす。
 いつしか女子の間では下品な話題はタブーとなって行った。

 転入から一ヶ月。
 もはやさやか以外は誰もミチルを『男かも』とは思ってない。
 完全に女子として仲良くなっていた。

 ある日ミチルの顔色がさえない。教室で昼休みにも関わらず腹部を押さえて食事もとらない。
「どうしたのミッチー。調子悪いの?」
「いえ。昨日から『はじまって』しまって」
 女の子なら月に一度のものである。
 大半は同じ女として同情したがミチル=満と思っているさやかはこの一言で『起爆』した。
「そんなになるまでなりすますんじゃないっ」
 なんと『女』相手にぐーで殴った。
「きゃあっ」
 のけぞりそのまま椅子ごと倒れ伏すミチル。
「ちょっとさやか。乱暴しないで」
 庇うクラスメートたち。だが
「あいててて。何をする? さやかっ」
 声や姿こそ女のままだが態度と口調が男のもの…篁満のものになっていた。
「やっと正体を現したわね。随分と手の混んだマネをしていたみたいだけど」
「手の混んだ? 何の話だ?」
「とぼけないで。女子更衣室で一緒になっておきながら見もしなかったでしょ。どういう作戦? 信用させてもっとすごいことするつもりだったの?」
「一緒に更衣室にだと?」
 どうもとぼけている様子ではない。
「覚えてないの?」
「ない。ここしばらくの記憶が…」
 彼女はしばらく考え込む。
「……最後の記憶はこの姿になってからのもの…そうだ。怪しまれないように心から女になりきったのだったが…もしかして超のつく清純派になったのか?」
「あー。やっぱあんたの好みがもろに反映されたわけか」
 納得したようなさやか。その予想を上回る展開が。
「覚えてない…まったく覚えていない。見ていたというがまるで覚えていない。この一ヶ月近く何をしていたんだ…」
 完全に別人格となったために記憶が途切れていたらしい。
 ミチルでいた間は完全に女性だったのである。
 だから女性は「同性」であり「むらむら」などするはずもなかった。

 本気で膝と手をつき落胆する満。生理中ということで顔色はますます悪くなる。
「あんたねぇ。そんなに女の子の裸が見たいなら自分のを見りゃいいじゃない?」
 さやかとしては追い討ちのつもりだったのだが

「そ、そうか。その手があったな。気がつかなかったぞっ」

 クラス全員がぶっ飛んだ。
(やるんかいっ)
 心中で突っ込むが自分自身をいじる以上は口を出すのも干渉というもの。
 それよりもはや呆れて何も言えないさやかであった。

 その夜。女のまま入浴している満。
 鏡に裸身を映している。
「ミチル。お前は美しいぞ……」
 女の声だが男の声色でささやく。表情も男らしい。
 それが一転して女らしく艶っぽい表情に。
「ああ。満さん。わたしもあなたに惹かれます」
 「ミチル」は鏡に向かって口付けを。
 「満」には「ミチル」が自分にキスをせまっているように見える。
 そして「愛し合う」「二人」。

 以来「満たされる」ためか二度と満・ミチルはすけべな行為を働かなかった。
 自分で自分を愛する。まさにナルシストとなった今、他の女に対する興味は微塵もなくなっていたのである。
 クラスメイトの女子にしてみれば平和になったものの、一人の少年を封印した形で申し訳なくもあった。
 負い目のせいと無害となると敬愛できる部分が多く、一人の少女として親密になって行った。

 そして当の本人は毎日満ち足りていたため穏やかだったという。

END


あとがき

 以前に「アンテナショップ」という作品の感想で「葛藤が重すぎる」というのがあり
「それならば葛藤のない主人公を作ろう」と思い立ったのが本作です。

 そうなると自分から積極的に女になりに行く人物に。
 「悪用」しているのが一番やりやすく。
 それもどうせならなるべく「しょーもない」ことで。
 結局それで「覗きのために女に化ける」ということで。

 なるべくばかばかしくするためにこういうオチにしました。
 なお文庫さんに送ったものはオチが違います。
 自分ところならちょっとブラックなオチもありだろうと。
 だから本当にやりたかったのはこちらのほう。

 登場人物について。
 篁満はちょっと難しい字を使いたくて。
 後に高村ミチルになることから同音の字面違いで。
 満はちょっと理由を忘れました。
 スケベを際立たせるために他は高スペックに。

 ミチルが「ゲッターロボ」のヒロインの名前だったので、さやかは「マジンガーZ」の弓さやかから。
 ロボット物なのは深い意味もなく。

 深く考えずお笑いいただければ幸いです。

 お読みいただきましてありがとうございます。

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