教室。教壇には黒枠の写真…『遺影』が置かれていた。その中で微笑む美貌の女教師。
「うっ…ううう」
「先生…」
 それを慕うように啜り泣きが聞こえる。
「あ〜な〜た〜た〜ち〜」
 『遺影』と同じ顔を持つ女教師。北原瀬奈がうめくように言う。
 彼女はロングヘアが美しかったが、美容院で先日ばっさりと短くしている。
 それだけではない。
 着ているものも色気のないジャージである。しかもだぶだぶで薄汚れている。使い込まれた男物だ。
 問われた男子生徒の何人かが答える。驚いたことに真面目に泣いている。ふざけていない。
「ううっ。だって」
「もうすぐ瀬奈先生とお別れと思うと…」
「せめて…弔いは俺たちの手で…」
「陰湿なマネはやめなさいっ!!」
 だぶつく中で胸元だけは教壇を叩いた際にブルンと揺れたくらいに自己主張をしていた。
「せめて、そのノーブラの美しい胸元をこの目に焼き付けよう」
 男子生徒が叫ぶとおり瀬奈はノーブラだった。
「や…やめなさい」
 思わず胸元を両腕で隠す瀬奈。そして
「う…ううっ」
 そのまま蹲ってしまう。
「先生!」
 うろたえる生徒たち。
「始まったんだね」
 唯一冷静なのが瀬奈と同居している甥の北原素直。
 彼はこれを経験しているからうろたえないのだ。

 教え子たちの見守る中で瀬奈の肉体が変る。
 華奢な肩がぐんと広がる。
 それに引っ張られるかのように胸が平に。
 ウエストも括れがなくなる。
 柔肌が荒々しくなり浅黒く変色。
 男を「そそる」ヒップは平たいものへ。
 股間には男性を象徴するものが復活。
 全体的にごつく。そして大きく変貌する。のど仏が出現する。
 荒い呼吸をしていた教師は落ち着かせると立ち上がる。
「も…戻れたのかしら?」
 低い男声で女言葉。
「はい」
 素直が女の子のときに使っていた手鏡を差し出す。それを覗き込む瀬奈。いや、誠治。
「も…戻った。戻れたわ」
 喜ぶが直前まで女で女言葉が抜けていない。
「ああ〜〜〜」
 反対に男女問わずうなだれる生徒たち。本気で落胆している。
「ううっ。我々の慕う瀬奈先生は死んだ! 何故だ?」
「男だからさ」
 などとやり取りがある。

 素直から遅れること二週間。やっと男に変身させる薬が調達できそれを飲んでいたのだ。
 実に半年は女で過ごしていたことに。
 復活をアピールすべく生徒たちの前で元に戻るように調整していた。
「うう。美人の瀬奈先生までいなくなってしまった」
「先生。ひどすぎますぅ」
「あたしに一生女でいろと言うの? もう二度と女にならないわ」
 永遠の別れ。それで「葬式」だった。

(すげぇな)
 生徒の一人・殿村士郎は単純に驚いていた。
(これだけ長いこと女だったのに無事にもとの姿に…戻れるんなら、俺もちょっとの間くらいなら女になってみたいな…)

 それは単純な好奇心だったが…


「同居人」
後日談

作:城弾

 北原美里。誠治の実妹。一年生だが薬学の天才。
 素直と誠治を女にしたのも、そして男に戻したのも彼女の作った薬である。
 その美里の前に殿村が現れた。ふたりだけの化学実験室。
「はい?」
 美里はとぼける意味と、本当に聞き返す意味と、多少の揶揄で聞き返した。
「だから…俺にも女になる薬を分けて欲しいんだ」
 照れからかぶっきらぼうに言う。
「なんでまた…」
「単純な興味だ。戻れる保証があるならちょっとの間くらいなってみたい」
 あほらしいとも思ったが、ここでそんなことを言えば逆上したこの男に何をされるかわかったものじゃない。
 だから諦めさせるために無理難題を吹っかけることにした。
「それじゃあ……十万円頂きましょう。前金で三日以内に」
「じゅ…十万!?」
 驚く殿村。確かに性転換手術よりははるかに安いが、それでも高校生には出せといわれて気軽に出せる金額ではない。
 美里としては顔に傷跡の残る天才外科医の真似で「一千万」と言いたかったが、それだとジョークに取られる。
 リアルでなおかつ高額。「吹っかける」にはちょうどよかった。
「当然ですよ。アレ作るの結構難しかったんですから。ただでなんて虫が良すぎます」
「し…しかし! 北原先生や素直は」
「身内相手だしあたしの失敗だから責任取っただけです。はい。この話はこれでおしまい」
 ぴしゃりと言い放ち終わらせた…つもりだった。

 殿村士郎は自宅に帰るなり親に土下座して借金を申し出た。
 最初は当然信じていない両親だったが、瀬奈や素直の実例がリアルすぎて信じてみてもいい気がしてきた。

 三日後。
(本当に持ってくるんだもんなぁ…)
 諦めさせるなら桁が一つ少なかった。
 三日と言う時間制約があれど親に出せなくない金額だ。
「さぁもってきたぞ。これで薬を譲ってくれるな」
「わ…わかりましたよぉ」
 条件を満たされた手前断れない。しぶしぶ製作を開始した。
 そして完成したものを殿村に与えた。

 日曜日。
 殿村家の朝。三つのビンが並んでいる。
 一つは男を女に変える薬。
 一つは女を男に変える薬。
 もう一つは女らしくさせたあの薬だ。
「こ…これで本当に女に…」
 さすがにいざとなると躊躇するが、意を決して両親の目の前で薬を飲んだ。

 二時間後。
 体形の変化を考慮してジャージ姿の士郎は変調を訴える。
「うっ……」
「ど…どうした? 士郎」
 駆け寄る両親。その目前で士郎の体が劇的に変る。
 肩幅が小さく。全体的に華奢に。
 頭蓋骨も女のそれになったのか顔が丸く球形になる。
 もともとうなじくらいまでの長さだった直毛だが、性質が女のそれに変りさらっと流れるように。
 肌の色が見る見るうちに白くなる。
 苦痛が和らいで…つまり変化も終わりかけていた。
 呼吸も整ってきたが吐息の声がか細い少女声に。
「士郎。大丈夫なの?」
 母親が心配して尋ねる。
「うん。もう平気…」
 自分で自分の声に驚く士郎。完全に女声だ。
「ちょ…ちょっと風呂場に」
 出向くなり裸になる。体中に短い毛が…どうやら抜け落ちた体毛がこびりついていたらしい。
 それをシャワーで流して姿見を見る。
 白い肌。くびれたウエスト。股間には何もない。
「なった…本当に女になったんだ」
 しばらく見ていたが、やがて失念していたもう一つの薬を思い出して居間に戻る。
「士郎。お前本当に女になったのか?」
「うん。もうちょっと待ってて。父さん。話どおりならこれで」
 もう躊躇わずにオプションの薬品を。

 一時間後。158センチ。上から88.58.89のプロポーションを持つロングヘアの少女が殿村家の居間にいた。
 もともといい男ではなかったからそんなに可愛いと言う感じでもない。
 しかし女の子になったと言うだけでぱぁっと華やかな空気が。
 それが士郎だった少女を可愛く見せていた。
 声もなかった両親だが
「ねぇ。いつまで大丈夫なの?」
「素直は半年位してからでも元に戻っていたから、たぶんそのくらいは」
「じゃ半年は女の子でいるのね」
「うん。そのつもり」
 既に仕草まで女らしく振舞おうとしている。
「こうしちゃいられないわ
 妙に張り切る母親。
「明日から学校だから女子の制服を買わなくちゃ。それに普段着も女ものを揃えないといけないわね。とりあえずあたしが下着を買ってきたらそれ着けなさい。
 それから出かけるわよ。士郎」
「待て。母さん」
 制止する父親。
「外で『士郎』ではまずい。士郎。お前が生まれるとき殿村と言う苗字から侍の連想で『士郎』と名づけたが、女の子だったらの候補もあったんだ。
 今から男に戻るまではお前は美姫(みき)だ」
「う…うん。わかった。父さん」
 女としての名前をもらったことで、ますます女になった実感がわいてきた士郎改め美姫。
「はっはっは。どうせなら『お父さん』か『パパ』と呼んで欲しいものだな」
「わかったわ。パパ」
 急造愛娘に可愛い声でパパと呼ばれてでれでれしてしまう悲しい父親。
「さぁ。忙しくなるわよ」
 こちらはこちらで「女の先輩」として張り切っていた。

 翌日。
 誠治は一週間経ったこともあり、だいぶ男としての生活を取り戻してきた。
 それでも寝ぼけていると朝起きてブラジャーを探したりするが…
 現在は女物の衣類の処分構想中。使わないとわかっていても、高かったこともありもったいなくて捨てられなかった。

 ホームルームで出席を取っている誠治。
「津上」
「はい」
「手塚」
「はい」
「殿村」
……返事がない。
「殿村。休みか?」
 そのとき教室のドアが開いた。
「遅れて申し訳ありません。先生」
 その女生徒はぺこりと頭を下げた。
 長い黒髪を三つ編みにしてリボンをつけて。
 そんなに可愛い顔立ちではないのだが、何故か惹かれて行く男子たち。
「君は…?」
 このクラスの担任であるものの、たいていのクラスの授業に出ている。
 つまり全校生徒の顔を見たはずだ。
 だが誠治の記憶にこの女子生徒の顔はない。いや…
「まさか…殿村かっ?」
「あら。さすがに経験者。よくお判りで」
 どうやら「女になりたい」と言う願望が潜在的にあったのか、美姫はいきなり女言葉を使いこなしていた。
「と、言うことは美里ちゃんの薬かぁ」
 これまた経験者の素直が。まぁ他に出来る人間がいるとしたらそっちの方が大変だ。
「あのバカ。後できつく叱ってやる」
 身内である自分たちだけならまだしも、他の生徒まで…誠治は憤慨していた。
 だがそれは置いておいて殿村のほうを向く。
「とにかく殿村。男に戻る薬を調合させるからそれができ次第、元に戻るんだ」
「その薬ならセットで買いました…わ」
 敬語はともかく女言葉は日常で使ってない。慣れてないから付け足すように語尾に『わ』を。
「だったらどうして?」
「自分の意思です。前から興味がありましたので」
 ある種の居直りである。ほとんどカミングアウトである。
 最初は別人の転校生と言う手も考えたが半年で元に戻るのである。
 それなら素直や誠治の例もあるので、この際いきなりばらしてもとの学校の方がやりやすい。
 そう思った。
「先生や素直も半年は女性で過ごしてましたし。私もそのくらいはしててもいいでしょう」
「う…」
 それを出されると弱い。ただ騙されて性転換させられたのと、自分の意思でやったのではだいぶ事情が変ってくるのだが。
「仕方ない…その様子じゃ女物も買ってしまったんだろう。じゃ今日からしばらくお前は女子扱いだ。
 あー。いいかな。女子?」
「はーい」
 軽いのりで返答する女子たち。
 彼女たちにしてみたらちょっと前まで素直とともに過ごしていたのだ。
 相手が変わるにすぎない。抵抗もなかった。
「それでは」
 彼女は黒板の前に立つと「殿村美姫」と女としての名前を書いた。
「しばらくの間は『美姫』とお呼びくださいね」
 どうやら中途半端を避けるためか、過剰に女らしく振舞う『美姫』。
 その華麗なる変身に何人かの男子は心動かされる。
 一方の女子も逆の可能性を考えていた。

 そう。女から男への変身である。

 翌日。部活に向かう美里の前に一人の女子生徒が。
 印象に残るのは背の高さ。たぶん170センチはあるだろう。
 それがショートカットなものだから男性的な印象を与える。
 もっとも小さい顔がそれを防いでいるが。
「あなた…北原先生の妹さんね」
「はい。そうですけど?」
 怪訝な表情…ではない。思い切り嫌そうな表情。
 誠治のクラスの男子が女になって登校したと騒がれているときに自分のところに尋ねてきたのだ。大体の用件は見当がついていた。
「私の名前は早乙女香々美(さおとめかがみ)。北原先生のクラスの生徒よ。所属は演劇部」
 芝居がかっているのはそのせいか…美里は納得した。
「単刀直入に言うわ。私を男にして」
 あまりと言えばあまりのストレートさに声の出ない美里。
「えーっと…ワケを聞いてもいいですか?」
 理由によってはそれを口実にして断るつもりだが、それ以外にも単純に興味があった。
「そうね。演劇部には男子部員が少ないこと。だから私が男役を良くやるけど、どうせなら本当に男になってしまいたいわ。戻れるんでしょ?」
「戻せますけど…それだけのために性転換ですか?」
「あら? 素直君の食欲を抑えるために彼を女の子にしたと言う話はデマかしら?」
「う……」
 それを言われると弱い。
「それじゃ対価は」
「十万円でしょ。安いものだわ。本物の性転換手術なんて何百万もするんでしょう?」
 吹っかけのつもりが定価になってしまった。
 なまじリアルな金額だけにジョークにとられないと思ったが、逆にそれだけ払えばOKとなってしまった。
「わかりましたよ。でもクラスや家族は仕方ないとしても、それ以外には吹聴しないでくださいね」
「そうね。学校以外に知れ渡るのは望ましくないかしら。それは守ってあげるわ」
「じゃあ余りがありますからすぐにでも渡せます。その代わり明日までに」
 今度は時間を切ることによって諦めさせようとしたが、香々美は財布の中から十万を出した。
「はい。ちょうどあるわよ。それじゃすぐに頂戴ね」
 薬学は天才的でも駆け引きはてんでダメな美里はもう抵抗のしようがなかった。
 しぶしぶと薬を渡す。

 翌日。登校してきた「男子生徒」に驚いたものも多数。そして誠治も。
「早乙女…君までもか…」
 そう。香々美はさっそく男として登校して来たのだ。
 髪は元々ショートだったが眉の太さ。肩幅の広さ。そして胸板の平たさが男であることをあらわしている。
「恭兵…元に戻るまでは早乙女恭兵と呼んでください。先生」
 どうやら香々美…かがみ…鏡…きょう…と言う連想のようだ。
「一応言うが…元に戻ってこい」
「ふっ。先生。殿村君…殿村が女になってあたし…僕が男になった。ちょうどバランスが取れたじゃないですか」
「いや。そういう問題でも」
 自分が女になって生徒たちに迷惑をかけた手前(実際は喜ばれていただけだが)「弱み」があった。そして
「きゃーっっっっ」
「美形だわ」
「香々美…ううん。恭平君。出来るだけ長くその姿でいてね」
 どうやら「同性同士」で気軽なアイドルが出来たようだ。

 女性の中には現在の性別に不満はなくとも「男だったら」と思うものがないこともないだろう。
 何しろ非力な体はともかく、月に一度の厄介なものだけでも男に比べてハンディが大きい。

 逆に男の中にも女の子が好きなあまり「自分がそうだったら」と思うものもないことはない。

 素直。誠治。美里。殿村。早乙女とこれで都合5つも「実例」を見せられた。そして無事に元に戻れた例も三つ。
 こうなるとストッパーが外れるのは時間の問題だった。

 翌日。理科室の前にメガネの小柄な少年が。
「北原美里さんですね…」
 陰気な口調で語りかける。
「はい。そうですけど…」
 美里としては苦手なタイプだった。
 その少年はいきなりズボンの裾に手を突っ込んだ。そして封筒を取り出す。
「十万円あります…」
「か…変わったところにしまっているんですね」
「恐喝されるのもしょっちゅうなんで財布にはお金入れないんです…靴下だともっと確実なんですけど…」
「あははは。なるほど。でもあなたが女の子になったら余計危ないんじゃ…」
 もう用件はこれしかないと決め付けていた。何しろいきなり「十万」である。
「いえ。僕のじゃないので」
 その少年。坪口は出来ていた薬を受け取った。
 自分のじゃないとすると用途が不安だったが、苦手なタイプゆえにさっさと要件を済ませたい美里はあっさりと薬を渡してしまった。

 翌日。
 坪口はまだ男のままだった。
(あの人、薬を使わなかったんだ)
 食堂の購買へ急ぐ彼を教室移動の際に見つけた美里はそう思った。

「メロンパンかってきました」
 坪口はいわゆる「パシリ」をさせられていた。
 目つきの悪い、いかにもな少年が鷹揚な態度でそれを受け取る。中肉中背たがその気の強さで坪口を下っ端にしていた。
「よし…なんだ? パンの袋が開いているぞ」
「はい。吉村さんが食べ易いように」
「気が効くじゃないか。下っ端」
 何も考えずに吉村はそれを食した。固いメロンパンで仕込まれたものに気づきにくかったのが彼の不運だった。

 二時間後。
「なんだよ? こりゃあ」
 吉村は少女の姿に変貌していた。どうももう一つを同時に仕込まれていたらしく、女になったとたんに胸が膨らみ肌は白く、そして髪が爆発的に伸びた。
「くくくく。ばっちりだ」
 陰気にに笑う坪口。
「下っ端。テメーの仕業か?」
 女になっても気が強い。
「そうだよ。女を男に変える薬のほうは僕が自分の家に保管している。元に戻りたかったら僕に忠誠を誓うんだね」
「ふざけんな」
「そんな可愛い声と顔ですごんだって怖くないよ。ほれ。これが今の姿さ」
 どうやら自分を弄っていた吉村に報復するための「犯行」で、とどめに屈辱を与えるためにわざわざ鏡を用意していたようだ。
 その鏡を吉村に向ける。動きが止まる。
(くくくく。あまりのショックで動きが…)
「可愛い……」
「え゛?」
 これは坪口の予想になかった反応だった。吉村は鏡の自分に見とれて動けなくなっていたのだ。
「すげぇ好みだ…これが俺? この女の子が自由に出来る?」
 十万円使った「報復」は相手を喜ばせただけ。
 坪口の落胆は凄まじいものがあった…が。

 翌日。吉村も女子制服に身を包んでの登校。
 それだけならまだしも前日に背中にまで届いた髪は、美容院で整えられてお嬢様風に。
 うっすらと化粧を。母親にでも頼んだのだろう。
「ど…どうしたんだ。吉村」
 それでも下克上とばかしに呼び捨てする坪口。
 怒るか…と思われた吉村は
「坪口様。わたくしのことは愛香とお呼びください」
「坪口様? 愛香?」
 ちなみに本名は龍彦。
「はい。わたくしを生まれ変わらせてくださった坪口様は御主人様です。どうか何なりと御命令を」
 どうやら従順なタイプが好みだったらしい。
 女になった時の姿がもろに好み。そして性格まで好みに近づけてしまった。
 男でSだったのが、性別と一緒に反転したのだ。
(まぁ…これはこれでいいかな)
 小物の坪口はこれで満足していた。

(あの乱暴ものの吉村君があんなになるなら…)
 見ていた女子の一人。野呂真理子が意を決した。

 二日後。
 野呂真理子は野呂健太郎と名乗る男子生徒に変わっていた。
 本来の名前で「のろま」と言われ続けていた少女。
 引っ込み思案で自分が嫌いな少女は、思い切って世界を変えるべく男になった。
 身長も十センチ伸びてそれだけでも大きな違いだった。
 虐げられていたからか、攻撃的な性格になった。

 すけべな男子生徒がいた。名前は佐藤毅。
 彼は口実を作って例の薬を手に入れた。
 もちろん男子禁制の場所に入るのが本当の目的だ。

 二日後に女子の仲間入りした毅…改め優子は新品の体操着を持って嬉々として女子更衣室に。
 ところが待望の着替えと言うのに…女子たちの下着姿と言うのにまるで興奮してこない。
(やはり…体が女になるとそうなのか?)
 こちらも落胆した。
 女子はこの結果を予想していたので、すんなり優子を受けて入れていたのだが。

 ところが本人も予想外。
 男子生徒の凛々しさに胸がときめくのである。
(こ…このままじゃ男の方が好きになってしまう…けど…)
 遅かった。
 「すけべな女子」になってしまったのだ。

 その後、元々男だからと男子に混じって着替えしては、男子の半裸にときめく優子。
 それなら元に戻ればよさそうなものだが、女子の中に男子がひとりと言うのは不可だが、男子の中に女子はあまり強く言われない。
 元に戻ればまた興味の対象が女子に戻ると思うし。

 そして男子を意識するようになって、仕草や服装。果ては化粧まで女性的に。

 生理痛から逃れるために男子になった女子。楠田洋子改め楠田大助はそれだけで表情が目に見えて明るくなった。

 様々な理由で男子が女子に。女子が男子に変貌して行く。
 とうとう吉村を女子に変えた坪口までいづらくなって自ら女性化を選ぶ始末。

 美里は誠治に釘を刺されたものの、性転換希望の生徒に詰め寄られて断りきれずに薬を。
 誠治も自分と甥がこの発端だけに強く出れなかった。

 他のクラスは厳重に注意を呼びかけていたので一人も性転換していない。
 またさすがに怖くて出来なかったのもある。

 だが誠治のクラスは素直。そして誠治と言う生きた見本を見ている。
 そして変身後の魅力ある姿も。
 抵抗がないと言うより、その魅力と魔力に抗えない。
 次々と性転換して行く。

「なんだかあたしたちすっかり霞んじゃったわね」
 このきっかけを作った殿村美姫が言う。
「いいじゃないか。静かになって助かったよ」
 女子側に道を開いた早乙女恭兵がいう。
 時間の経過とともに美姫はますます女らしくなった。
 顔立ちは変身直後はそんなに可愛くなかったのだが、女の体に馴染むにつれてかわいらしくなって行った。
 磨くことも忘れていない。

 恭兵は逆にしっかりとして男らしい体格に。筋肉も増えた。背も伸びた。
 このふたり。最初の一組だけに何かと相談したりして、今ではすっかり仲がよくなっていた。

 そして…行き着くところまで行ったある日のホームルーム。
「出席を取る。相川」
 ホームルームの時間。誠治が出席番号一番の男子の名を呼ぶと、可愛らしいソプラノで「はい」と返答が。
 その後もソプラノの返答が続く。
 皮肉にも以前はソプラノでそれを中断させていた素直だけ少年声。
 そう。とうとう素直以外の男子は全て女子になってしまったのだ。
「…………」
 苦虫を噛み潰した表情の誠治。気を取り直して続ける。
「続いて女子。池田」
「はい」
 逞しい少年の声が。こっちは最後まで続く。女子生徒は一人残らず男子になっていたのだ。
「おまえらなぁ」
 もう何もいえない誠治。

 昼休み。
 誠治はいつも食堂で食べる。弁当を作る時間が惜しいのと、生徒たちとの触れ合い目的である。
「北原先生」
 可愛らしい女子生徒の一団。ちなみに全員が元・男。
「おう。なんだ?」
「あの…お弁当作ってきました。食べてもらえます?」
 元が男である。女の子で男言葉はなんか嫌であった。そのため、なりきる目的も手伝いすんなりと女言葉に馴染んでいた。
 誠治はその申し出に怪訝な表情をする。
(頭の中身まで女の子になったのか?)
 とは言えど「女の子」が「勇気を出して」誘ってきたのだ。むげに断れない。
「そうか。じゃもらおうか。ありがとう」

「素直」
 ラグビー部の練習。一息入れているところだ。そこに少年の声で呼びかけられる。
「おう。見学?」
 少年たち…全員元・女はラフに着崩した制服姿でやってきた。
「しっかし、よくこんなに激しく動けるよな」
 男になって言葉遣いはあっという間に崩れた。
 女の時は言葉をうるさく言われたが、男だとそんなにうるさくないので楽だった。
「まぁなんだ。差し入れ持ってきてやったよ」
 スポーツドリンクを差し出す。
「君たちが?」
 珍しく疑問に思う素直。照れたような少年たち。
「バッキャロー。俺らだって本当は女だぜ」
「ああ。そうだった。なんだか昔から男だった気がしてきたよ」
 女の子の心が残っていたと解釈して、素直はのどの渇きもあり差し入れを飲み干した。

 そのころ。誠治は職員室で蹲っていた。そしてあっという間に女に。
「あいつらぁ…弁当の中か!」
 時すでに遅し。同時に飲んでも問題ないのは吉村のときに証明されて、今度は二種類を同時に。
 だからいきなり胸も大きく髪も長くなっていた。
「せ…瀬奈先生。お会いしたかった」
 弁当を差し入れした「女子」を問い詰めようと出掛かるが、美人教師復活に他の男性教諭が黙っておらず。
 完全に出遅れた上に、しばらくその姿でいることを約束させられた。

 美里のほうを見つけてしかりつけた上に薬を要求したが、一クラス分作って材料がなかった。
 後半のほうはとりあえず性転換だけで。元の性に反転させる方は間に合わなかった。
 一ヶ月は辛抱が要りそうだ。

 とぼとぼと帰宅する誠治。否。瀬奈。
(どうしよう。よく考えたらまた素直と…前は何とか持ちこたえたけど今度も大丈夫と言う保証はないし)
 アパートに帰り着き躊躇いがちにドアを開ける。
「ただいま」
「あっ。お帰り…姉さん?」
「素直…あなたも?」
 先に帰っていた素直はロングヘアをポニーテールにしてキッチンで夕食の準備をしていた。
 ブラウスにスカート。エプロンを二つのふくらみが持ち上げている。
「ちょうどよかったわ。あたしも引っかかっちゃって女の子になっちゃった」
「そう。この場合はよかったと言うべきかしら」
 「女同士」になっていきなりスイッチが入り、女言葉が口をついてくるふたりだった。

 翌朝。
「久しぶりだわ。スカートおかしくない? 姉さん」
「ちゃんと可愛いわよ。こっちのメイクはどうかしら?」
「大丈夫。綺麗よ。姉さん」
 何しろ半年は女で過ごしていたのだ。
 あっさりと女の人格になってしまった。

 とうとうクラス全体が担任まで巻き込んで性転換と言う事態に陥ってしまった。

 しばらくはそのまま過ごしているが、当然触れ方が変わってくる。
「先生。相談があります」
 消え入りそうな声で言うのはこのきっかけを作った殿村美姫。
「あら。殿村さん。進路の相談?」
「違うんです。先生。先生を大人の女性と見込んでの相談なんです」
 事情を知らないと完全に担任の女教師に女子生徒が相談を持ちかけたにしか見えない。
「それで、何かしら?」
 女扱いされても怒りもしなくなっていた。
「はい。実は…好きな男の子が…」
「は?」
 さすがにこれは素に戻る。頬を染める女子高生。しかし正体は男子である。
「あの…殿村さん。相手は誰なのかしら?」
 頭ごなしに怒鳴るようなマネはしない。この辺りもだいぶ女の人格である。
「ウチのクラスの…早乙女君です」
「早乙女恭平君?」
 一見すると男子と女子でノーマルのカップル。しかしこの「女子」は本来男子…だが
(相手も本来は女の子だし…時期が来ればみんな元に戻るはずだし…まぁいいかも)
「殿村さん。勇気を出して。思いを伝えなかったら後悔するわ。振られるかもしれない。けど、この恋に決着をつけてらっしゃい」
「は…はい」
 きらきら輝く瞳で返事をする美姫。何度も礼を言って瀬奈の元を離れる。
「……よかったのかしら?」
 後になって恐ろしくなってきた。

「このやろう」
 学生服姿の男子が殴り合いをしている。それを止めようとして止められない女子。
 だが…本来はこの三人とも性別が逆なのである。
 元々が三角関係に近かった。女子ふたりで陰湿な争いを続けていたのが、互いに男子となったために拳の語り合いになってしまったのだ。そして
「お前…なかなかやるな…」
「お前こそ…」
 大の字になっていたふたりが顔を見合わせて笑ったりする。
「いいわね…男の友情って」
 そうつぶやく少女も本来男なのだが…

 女子トイレ。
 出てきた少女たちは元・男ばかり。だが何から何まで女にしか見えないし、聞こえない。
「あっ。百合子。マスカラつけてるでしょ?」
「そういうアンタだってグロスつけてるじゃない」
 さり気なく化粧をしていたりする。派手ではなく、本当に女のように素顔が美人のように見せかけている。
 ファッション雑誌をよく見るようになった。

 野球部。それまでは女子ということでマネージャーとしての参加だった松島勝一(本名・美香子)が、男子の肉体を得て選手として練習に参加していた。
 言うまでもなくそれが性転換の動機だ。
「セカンッ」
 シートノックを受けていたが、打球がイレギュラーバウンドした。そしてそれが足の付け根に。
「☆!△※!」
 悶絶して蹲る松島。
「女にわからない痛み」…本来なら一生知らないはずの痛みを理解した瞬間である。

 こうして…担任教師まで含めてひとクラス全員が性転換すると言う異常事態だったが、大学受験も近づき、また飽きたのもあり元のほうに反転させる薬を持っていたものはさっさと元に。
 美里の精製も間に合いちゃんと全員が本来の性別に戻りこの騒動は幕を降ろした。
 最初に変身した殿村美姫と早乙女恭兵も、名残惜しそうに殿村士郎と早乙女香々美に戻った。
「全員無事に戻ったわね…じゃなくて戻ったな。まったく。男と女を行ったりきたりしているから混乱する」
 誠治も素直もちゃんと男に戻った。

 だが僅かな間でも少女になった少年たち。少年になった少女たちは激変していた。

後日談の後日談。

 デートのカップル。
「悪い。待ったか」
 男の方が遅れてきた。
「遅い。何してたの」
 ラフな格好の少女が怒る。
「いや、服を選んでいたらさ…お前こそなんだよ。もうちょっとおしゃれに気を使えよ。時間かかってもいいからさ」
 女になっていた男は服に対するこだわりが前とは比較にならなくなった。

 物陰に隠れて過激な描写のヌード写真を見てにやける男子生徒たち。
「なに見てんの?」
 一人の女子が通りかかる。
「わっ。渡辺っ」
 慌てた男子の手から問題のヌードが。しかし顔色一つ変えない渡辺瞳。
「気にしないよ。あたしも男やったからこれがどうしようもないってわかったもん。それに…」
 彼女は下卑た表情を浮かべた。そう。「オヤジ」のように。
「確かにいい女だわ。この背中の曲線がたまんないわ。あー。そそる」
「……やめてくれ……女に対する夢を壊さないで」
 女々しく涙する少年たち。
「あら? あんたたちも身をもって『女』を体験したのにまだ『夢』見ていたの?」

 身を持って体験したこともあり、相手の立場を理解できるようになっていた。
 そんな彼らも卒業をする。
 素直たちを無事に送り出して肩の荷が下りた誠治…そのはずだった。

 卒業から五年後。
 誠治。素直。美里はある結婚式会場にいた。
「あー。いいかな。殿村」
「先生! 素直クン。美里さん。どうぞ。入ってください」
 ウェディングドレスの殿村美姫に招き入れられる。
「わぁ…綺麗だね。殿村さん」
「ありがとう。素直君。殿村さん…か。そう呼ばれるのもこれで最後ね」
「殿村…本当にいいのか?」
 これは誠治の言葉。
「はい。先生。私は後悔してません」

 性別逆転したときに仲良くなっていた美姫と恭兵。
 だが元の性別に戻ったらなんとなく醒めて自然解消していた。

 時は流れ大学に進学したふたり。再会してそのころの思い出に。

 そして…そのころの思いを再現すべく薬を飲んだ途端に……愛が再燃した。

 後はもう歯止めが効かない。
 既に美姫のお腹には新しい命が。これを理由に戸籍の変更を申し出て認められていた。
 今はもう殿村家長男・士郎ではなく長女・美姫である。
 香々美も早乙女家長女でなく長男に。
 恭兵が美姫を妻にする形だ。式の後からは早乙女美姫と言う名前で呼ばれる。

「美里さん。あなたには感謝しているわ。こうして愛に巡り合えたんですもの」
「はぁ…ちょっとだけ女になるつもりが、死ぬまでになっちゃいましたね」
「気にしないで。お互い元・女と元・男。相手のことはよくわかるはずよ。うまくやっていける自信はあるわ」
 二度目…再転換してからは一度も男に戻っていない。四年も経てばもうすっかり女としての仕草や言葉遣いも身についた。

 そして披露宴。
 嬉しそうに涙を流す美姫と優しく見つめる恭兵。本来なら逆だが…
(これでふたりが幸せなら…それもいいのかもな。

 もしも素直と一線を越えていたら…)

 眼前に繰り広げられるありえた未来に改めて背筋の寒くなる誠治であった。

Fin


 もしも安全に元に戻れる保証があって、性転換できる薬があったら…あなたならどうしますか?
 なんて深い問いかけもなく(笑)
「同居人」の世界を受けての「後日談」です。

 もともとは誠治…と言うか瀬奈と素直のその後だけのつもりでした。
 しかし元に戻っておしまいではつまらない。
 結局クラス全体を巻き込んだ大騒動に。

 きっかけを作った殿村君ですが…彼。彼女か。
 彼女には初めからそのまま「女」に溺れてもらう予定でした。
 みんなが醒めて元に戻る中で一組だけそのままずるずると。
 結果的にはずるずるどころか、改めて性転換して死ぬまでそのままと言う道を選んで。

 ちなみにこんな世紀の大発明。色々なところがほっとくはずが…あったんです(笑)
 何しろ凄すぎて信じてもらえない。
 当事者たちも変身中は口を閉ざして。
 結局「眉唾物」で相手にされなかったんです。

と、言うことで(笑)(まーた後付かい)

 ただ、普通なら一生乗り越えるはずのない性別の壁。
 それを乗り越えて相手の立場に立つと、嫌悪していたものも許せるようにと言うテーマは。
 やはりその立場にならないと分からないものはありますし。

 このシリーズに関してはこれで完全に終わりです。
 シリーズといいましたが、あまり前のとは関連性ないですね。
 まぁ改めて「性転換できる薬」「その実例」を紹介するより手っ取り早かったからなのですが。

 お読みいただきありがとうございました。

城弾

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