病院の診察室には医者。あたし。パパ。ママ。そして診断を受けているもう一人がいた。
 医者は沈痛な面持ちで通告する。
「精密検査の結果、精巣など男性独自の器官はすべてなくなっています。その代わりに卵巣。子宮など女性のものが」
 何よそれ……そんなことがありえるの?
 それがどうしてあたしじゃないのよ?
 どうして女になりたくなんてないお兄ちゃんがなって、女になりたいあたしがこの体のままなのよ?

 あたしの名は中森静香。
 名前も見た目もそして心も女の子だけど体は違う。
 いいたくないけど医学的には男。

 そして事故にあったのはあたしの双子の兄。伊吹。
 あたしと違って見た目も心も男の子だった。
 けれどそれが事故で女の子に…

 女になったのがなんで…なんであたしじゃないのよ!?
 こんなに望んでいるのに。
 当人は「女の子になってしまった」と悲観しているのに…


あたしの気も知らないで

作:城弾

 あたしは物心ついたときから自分を女だと思っていた。
 たとえ足の付け根に余計なものがあったとしてもだ。

 数年前からカウンセリングにも通い、自分の心が女の物であるということを主張してきた。
 見通しとしてはもうすぐあたしは戸籍の上では女になれる所まできていた。
 それで十分だった。
 どんなにがんばっても神様に祈ってもあたしは本物の女にはなれない。
 だからせめて女扱いだけでもいいと。

 ところが何の皮肉なのかあたしにもっとも近い体。
 基本的には同じ顔(あたしは大分女の子らしくしているけど)の双子の兄がいとも簡単に女の子になってしまった。
 半月程前。学校の大掃除で理化室にあった薬品をかぶったお兄ちゃんはその場で気を失い救急車で病院に運び込まれた。
 意識を取り戻す二週間の間にすさまじいスピードで女の子の肉体に変化していた。

 生まれたのも一緒なら過ごしてきたのも一緒。
 けどだんだん二人には違いが出てきた。
 お兄ちゃんはまだ小さいし声も高め。体毛もそんなに生えてないと思う。
 けどやっぱり男の子。やんちゃなところが。
 あたしは体は同じでも心がどんどんと女へと成長して行った。

 子供のうちはよかったけれど少しずつ男の特長が現れ始めた。
 気を抜くとあっという間に男になってしまうわ。
 いやよ。そんなの。
 あたしは間違って男に生まれてきたの。
 勝手に男になろうとする体と毎日が格闘。
 普段から女らしい仕草や言葉遣いを心がけている。

 あたしこんなに苦労して女でいようとしているのに、お兄ちゃんはあっさりと女の子の肉体を手にしてしまった。
 この悔しさが貴方に分かる?

 その怒りも治まらないうちにお兄ちゃんが退院となった。
 あたしもママに同行して迎えに行くことになった。

 当然だけど着替えないと外に出られない。
 ピンクのパジャマからのぞく胸は小さな子のようにまっ平ら。でも柔らかそうだった。
(本当の女の子の体)
 あたしが欲しくてたまらないものがここにある。妬ましくてたまらない。

 ママがワンピースを着るように説得している。
「オフクロ…いきなりこんなひらひらしたのはかんべんしてくれよ」
「いぶきちゃん。子供の頃はもっと可愛いのを着てくれていたのに」
「いつの話だよ。わざわざ買って……あれ?」
 新調したのかと思ったけど新品じゃない? あれ。そのワンピースどこかで見覚えが……あーッ!
「ちょっとママ。それあたしのじゃない?」
 貸すなんていってないのに勝手に持ってきてひどいじゃない。
「ごめんなさい。しずかちゃん。いぶきちゃんのサイズがよくわからんないからとりあえず借りたの」
「もう。お気に入りなのよ。それ」
「今日だけ貸してあげて。これからデパートでいぶきちゃんのために女の子のお洋服を買い揃えるから」
 なによそれ? あたしの方はどうでもいいの?
 これにはあたしも切れた。
 ママはあたしをなだめるべく新しい服を買ってくれると言った。
 そんなのでごまかされたり…しょうがないわね。それなら少しの間だけ貸してあげるわ。

 でも考えて見れば男の体のあたしにとってこんなワンピースは仮装みたいなもので。
 けどお兄ちゃんにしてみたらもう選択肢の一つ。
 うん。もう「お兄ちゃん」じゃないわね。
 確かに女の体ですもの。
 ブラジャーが必要な胸。スカートを穿いても奇異の目で見られない腰。
 化粧して綺麗と言われはしても変な表情はされない顔。
 まだ脛毛とかは大したことないけど「お姉ちゃん」は産毛で、あたしはきっとこれから太いのが生えてくる。
 女の肉体を持っていても脱毛はあるけど、それが男の物となるとなおさらきつくなる。
 ちょっとでも気を抜くと女でいられなくなる。

 何で? 何で逆じゃないのよ?
 あたしが女。お姉ちゃんが男。そうなればすべて丸く納まるのに。

 ああもうっ。いらいらする。

 デパートの下着売り場。あたしにとってもちょっときつい。
 だってやっぱり「お姉ちゃん」なのを教えられて。
「見た感じAカップ…AAかしら」
 ママが「お姉ちゃん」の胸元を見て言う。実は今はノーブラ状態。
 売り物じゃなくてあたしの私物だからそれで何とかと。まだ女の子になったばかりで胸はまっ平ら。でもたぶん「女の胸」である以上敏感で下着なしで服なんて着られない。
 その証拠と言うわけでもないけど「お姉ちゃん」は盛んに胸元を気にしている。
 キャミはつけているけどやはりこすれる感触が気になるんだ。
「あたしなんてAAでもパッドいるのに…」
 
 お姉ちゃんには必要であたしには必要のないブラジャー…締め付けるだけの物。
 夏場は蒸れるからたまに外したくなるけどそれはしない。
 あたしは気を抜くと女でいられなくなる肉体。下着からちゃんと女物をつけてないと。
 そうでなくても少しずつ体が男らしくなってきている。
 それを思うとやはり何もしないで女の肉体を得たお姉ちゃんがうらやましい…正直に言うと妬ましい。
 あたしはどうやら無意識にフィッティングルーム越しににらみつけていたらしい。
 怖い表情もしていたかも。

 帰宅してお姉ちゃんは自分の部屋に。
 どうやらズボンをはこうとして断念した様子。
 メンズとレディースじゃお尻の形が違うのよ……自分で言ってて落ち込んできたわ。
 あたしもメンズじゃない。

 下半身だけショーツと言うわけにも行かずスカートを穿いて着たお姉ちゃん。
 ぷ…やだそれ。ズボンの穿き方よ。もっと上。ウエストの括れで留めないと…あたしにはないけどね。
 ああやだ。何を考えても妬みになるわ。
「いぶきちゃん。スカートの穿き方教えてあげるわ」
 さりげなくママが直しに掛かる。整うと…ううっ。やはり体が女だとそれなりに合うわ。
 ママも満足げ。
「こうして女の子が二人になると華やかでいいわね」
 ふたり? あたしもちゃんと女の子扱いしてくれるの? ママ。
 でもあっちまで…そうね。あっちはちゃんと肉体が女ですもの。
「そうね。仲良くしましょう。お・姉・ちゃ・ん」
 思わず皮肉たっぷりに口にしてしまった。
「なんだよ。何でおねえちゃんだよ」
 精一杯の抵抗。その肉体じゃ「お姉ちゃん」でしょ。まだ認めたくないでしょうけど。
 あたしなんか物心ついたときから自分が男なんて認めたくなくて未だに抵抗しているし。

 退院から数日。ちょうど三年生としての初日。
 文字通り一からのスタートのお姉ちゃん。
 踏ん切りがついたのか女物も抵抗なく着るようになっていた。今は登校準備中だった。
「オフクロ。これどう着るの?」
「セーラー服はかぶるのよ。そしたら横にファスナーがあるでしょ。それを閉じるの」
 制服であるセーラー服の着方を教わるならもうちょっと早くしてた方がよかったわね。
「あらあら。髪の毛ばさばさね」
 かぶるときにやっちゃったのね。あれから髪がずいぶん伸びて背中に届いていたみたいだし。
 あたしは鏡に向かいながらもその様子がわかっていた。
「しずかちゃん。終わった?」
 ママが尋ねてくる。後はこのリボンをするだけだからもうほとんど終わっている。
 これからお姉ちゃんの髪を整えるみたいね。
 まったく。自分で髪の毛も整えられないなら女になんでなるんじゃないわよ…われながらひどい言いがかりだと思うわ。
「それじゃいぶきちゃんも同じにしましょうか?」
 ママがとんでもないことを言った。
「絶対嫌だからね。ママ。ポニテはあたしのトレードマークなんだから。少なくともお姉ちゃんがやるのはいや」
 あたしは即座に反対する。
「そう? それじゃあ……」
 ママは迷わなかった。むしろ背中を押された感じ。
 鼻歌を歌いながらブラッシング。真ん中から二つにわけ、片方をまとめて頭の脇からたらす。
 もう片方も同じにして両方とも赤いリボンでくくる。
「これはどう? とっても可愛いわよ」
 うっ!? そうきた。ツインテールとはやるわね。いかにも女の子と言う髪形。
「あーら。よく似合っているじゃない。お姉ちゃん」
 あたしより可愛いのが悔しくて思わず皮肉を。
「そうね。やっぱり女の子の細い髪だとこういう髪型も出来るわね」
 ひ、ひどい。それじゃあたしの髪じゃこんな可愛く出来ないの?
「ど、どうせあたしは偽女よーっ」
 あたしはすねて見せる。

 今日から三年生。あたしは一組でお姉ちゃんは二組。
 肉体は(不本意ながら)男であるあたしでさえ今は認められて女の子としての授業を受けている。
 ましてや本当の女の子のお姉ちゃんは嫌でもそうなる。
 あたしはさんざん訴えて勝ち得たのにお姉ちゃんは嫌がっているのにそっちに組み込まれるのか。
 ああ。またあたし嫌な子になっている。こんなの嫌なのに…

 事故がこの学校で起きたこともあり同級生はみんな知っていて、どうやら「女子・中森伊吹」をあっさり受け入れられたらしい。
 好奇の目。そして同情の瞳。
 「同情」はともかく「好奇」の方はずいぶんあたしも晒されたものだわ。
 それを乗り越えるのに結構時間が掛かった。

 しばらくはお互い意識してしまっていたがなんとか混じっていたらしい。
 けど体育の時は病み上がりと言うこともあり見学だった。
 しかしどうやら「そろそろいいだろう」と言うことになったらしく今日からお姉ちゃんも体育に加わる。
 ご丁寧に着替えに行く前にあたしたち一組女子に釘がさされていたくらいだから腫れ物に触る扱いだわ。

 恐る恐ると言う感じで入ってきたお姉ちゃん。
 女なんだから女子更衣室に堂々と入れるのに…あたしはまたいらついて「あら。ずる休みはおしまい?」などと皮肉を口にしてしまった。
 ちょっとむっとしていたけどどうも本人も後ろめたかったのか何も言い返さないで空いているロッカーを探し始めた。

 着替え始めると女子はみんなちらちらとお姉ちゃんの方を見ている。
 「元・男」が今はどんな下着なのか興味あるらしい。
 さぞかし色気のないそれこそ男のような…とでも思っていたかもしれない。
 だから生粋の女子と比べても遜色ないレベルの可愛い下着には意表をつかれたらしい。
 そして好奇心が爆発した。
「きゃーっ。いぶきぃ。可愛いのつけてるのね」
「な、なんか知らないけどこんなのしかねーんだよ」
 本人の趣味のわけないわ。ママね。
 子供じゃないんだから着る物くらい自分で選ばないと。あたしなんか自分のセンスで選んでいるのに。
「可愛いというならあたしのもよ」
 ずっと女として生きてきたあたしのセンスを見せ付けるつもりで言う。
「うーん。静香は胸ないしね。そのくらい派手で丁度いい見栄えかもね」
 うっ。気にしていることを。
「貧乳」が十段階の1〜2としたらあたしは0だし。
 この先も「1」にすらならない。
 今は「1」くらいのお姉ちゃんの胸も時間が経てば「3」や「4」になるかもしれない。
 お姉ちゃんにはそう言う可能性がある。
 あたしにはまるでない。

TS娘の「姉」。男の娘の「妹」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの静香さんに感謝!

 本人も思い知らされて打ちのめされているみたいだけど、あたしも結構心が落ちていた。
 お姉ちゃんの体力はかなり低くて。
 本当に女の子の肉体なんだなと。
 そんなお姉ちゃんに対して楽勝のあたし。
 あたしは筋肉をつけたくないから流すようにしているのに…やはり男の体力なのかしら?
 気のせいかしら。太ももとか筋肉がつき初めてきたような…
 前はもう少しなだらかだったのに、最近筋張ってきて。
 それどころか無駄毛が…ううん。これは産毛。
 もとからの女の人だって脱毛には苦労しているわ…なんて現実逃避よね。
 あたしの体が男の物なのは動かせない事実だし…けどお姉ちゃんは動かした。
 うらやましい…と言うより妬ましい。

 六月。梅雨に突入して毎日じめじめ。
「ああもう。汗臭い」
 あたしはレギンスを脱ぎ捨てた。
 正直暑くてたまらないけど、男らしさの出てきた足を隠したい。
 けどパンツルックだとなおさら男っぽいシルエット。何しろお尻小さいし。
 本当の女の子だと小さなお尻が格好いいんであこがれたりするけど、あたしは女らしい大きなお尻が欲しい。
 ちょうどお姉ちゃんみたいな…
 それはさておき汗かいてべとつくからシャワーだけでも浴びたい。
 あたしは浴室へと向かう。先客がいた。お姉ちゃんだ。
 ちょっと考えたけどあたしとしては女同士。向こうからしたら男同士だ。
 いいや。入っちゃえ。今までは兄と「妹」で別れていたけど。
 もっとも最近はお姉ちゃんの方があたしを避けていた。人のこと男扱いして…
「お姉ちゃん? 入るよ」
 途端にあわてた反応。わかりやすいわ。
「バ、バカ。オレが入っているんだぞ」
 声も裏返っている。普段は女らしくしたくないから押し殺しているけど、お姉ちゃんの声はかなり綺麗で可愛らしい。
 それがまたあたしの嫉妬を煽りいらつかせる。
 ちょっと意地悪な気持ちに。
「汗かいちゃったの。いいじゃない。女同士で」
 あたしはお構いなしに風呂場に入る。
 そこには硬直した裸の美少女がいた。
 もうかなり女性としての特徴が現れている。
 そして認めたくないけどあたしは胸も平らなら股間にも要らない物がついている。
 そこから目をそむけるお姉ちゃん。
 確かに男同士でまじまじと見つめたりはしないと思うけど、その仕草はどう見ても女の子が男のそれに恥じ入った姿。
「あら? ずいぶん可愛いことするじゃない」
 !?
 この指摘にお姉ちゃんは衝撃を受けたらしい。
 自分が心から女に近づいていると。
「ふぅん。お姉ちゃん。胸も大きくなったみたいね」
 女のシンボルは中学生としてはかなりの大きさになってきていた。
 あたしとしては女の胸になんか興味はないんだけど、じろじろ見られるお姉ちゃんはたまらなかったらしい。
「も、もうでる」
 宣言はしたが湯船から出られない。
「どうしたの? でたら」
 あたしは思わずいじめたくなってそんなことをいう。
「オ、おまえが見ていたら」
「いいじゃない。お姉ちゃんからしたら男同士なんでしょ?」
 この言葉でお姉ちゃんは逃げだした。
 いなくなってからあたしはつぶやく。
「いい加減に女で生きていく覚悟を決めれば悩まなくていいのに…」

 七月になりもっと暑くなってきた。
 体育の授業も水泳になってきた。
 ああ。ユウウツ。みんなの前でいつも以上に肌をさらすなんて。
 一日単位ではわからないけど確実に女として成長しているクラスメイト。
 それに対してあたしの体は確実に男へとなっていく。
 ちょっとでも気を抜いたら最後。女ではいられない。
 しかし肌をさらすこの着替えはいつも以上に現実をつきつける。
 まして水泳は九月以来。十ヶ月の間に育った女体を見せ付けられる…

 今年からはそこにお姉ちゃんまで加わった。
 女としては一年も経たないけど、既に生粋の女子と遜色ないほど綺麗になっている。
 それでもまだ心は男らしく、下着姿通り越して裸も垣間見える着替えにどきどきしているらしい。
 あたしもここではさすがに手を出す余力がない。
 とにかく地肌を見せないように着替えなきゃ。
 さすがにここまで脱ぐと普段忘れてくれている「あたしは男」と言うことを再認識させそうだし。
 それに隠しながらなら慎ましい女の子にも見えるし。

 ところが向こうからあたしに視線の集中砲火。
 いくらなんでも気がつく。あたしはとっさに胸元をバスタオルで隠しながら「きゃっ。もう。いつもいつも」などと文句を。
「いやぁ。静香もだいぶ色気出たよね」
「ほんと? 嬉しい」
 我ながら単純だわ。でも同性(?)からのほめ言葉は嬉しいものよ。
「でも一気にお姉さんに抜かれたけど」
 う…認めたくない事実を。
「そうよね…所詮あたしは偽者だしね。どんなに外見を作っても中身までは無理。お母さんにもなれないし」
 お姉ちゃんの立場で言うならなりたくないのに将来的に『お母さん』になりかねないオレの立場はところかしら?
 あたしの気も知らないで。自分だけが不幸だと思わないでね。
 あーあ。あたしたちの体が映画みたいに入れ替わればいいのに。そうすれば丸く納まるのにな
 ないものねだりね。

 そのときまた火花が散った。
 本人はもうなれたみたいだからあたしの見てないところでもずいぶん静電気を発生させている見たいね。
 乾燥する季節でもないのに変なの。

 あたしの体はいくらまっても女の子にはなってくれない。くれるはずはない。
 それでも時間が解決してしまうこともある。
 本当に女の子の体になったお姉ちゃんはいつしか女同士の関係にも慣れ、見た感じだけなら普通の女の子にしか見えない。
 それに対してあたしはいくら心は女でも体は嫌でも男の物へと成長してしまう。

 諦めたのか? あるいは精神的にも女性化が進んだのか八月になるとお姉ちゃんはずいぶんと女らしくなった。
 体が女なのである。嫌でもいろいろと女ならではのやり方にシフトして行く。
 だんだん女で世いるほうが楽にって着たらしい。
 あたしは男の肉体だけど無理やり女として振舞っている。だから結構しんどい。

 必死で女でいようとしてもいられないあたし。
 何もしてないし本人も望んでないのに勝手に女になったお姉ちゃん…羨ましい…そして憎い。

 八月半ば。地元の神社でお祭り。
 あたしたちはふたりで出向いていた。あたしに合わせてピンクの浴衣。
 あたしのはお花。お姉ちゃんのは金魚の柄。
 それ以外にも髪型で見分けが。
 もっともそのころになるとお姉ちゃんはかなり女らしいふっくらした顔立ちに。
 ううん。それを言うならあたしが男っぽくなって来たのかしら?
 ほっぺたがすっきりするのはいいけど、これはやはり男の頬よね。

 あたしいつになったらお姉ちゃんに対して妬むのをやめるんだろ?
 無駄なのにどうしても見てしまい、わが身を嘆いてしまう。
 お姉ちゃんだって望んでなった肉体じゃないのに…

「静香。お参りしていきましょ」
 このころになるとすんなり女言葉を使うようなったお姉ちゃん。対するあたしは
「いいわよ」
 声変わりが始まったみたい。女の子の声を出すのがつらくなってきたわ。

 階段を昇って拝殿の前に。
 ここでも男女の肉体の差を思い知らされる。
 筋力のない女の子になったお姉ちゃんは激しい呼吸をしていた。
 それに対してあたしは平気で…女子にも体力のある娘はいる。そう言う解釈しとく。

 たまたまなのか誰もいない。
 階段の下はかなりにぎわっているのに。まるで別世界。
 賽銭を投げ入れ拍手を打つ。そして拝む。
(あたしも女になれますように。せめて胸だけでも少しくらいは)
 我ながらいじましい祈りだわ。でも少しずつ膨らんでいるお姉ちゃんの胸をみると、本当にこの人は女で、そしてあたしのいつまでも筋肉質でまっ平らな胸は男の証と思ってしまう。
「何を祈ったの?」
 あたしはなんとなく尋ねた。
「いつか……男に戻れますように」
 信じられない。そんなことを祈ったの?
「はっ」
 ついあたしは鼻で笑ってしまった。。
「まだ未練があるの? そうは思えないんだけどなぁ」
 その言葉にカチンと来たらしいお姉ちゃん。久しぶりに大声を張り上げる。
「何よ? あたしが女に馴染んでいるみたいじゃない?」
 口走ってから手で口を覆う。
 なにしているんだか。もう心から女なのにね。
「そら御覧なさい。素直に女になっちゃえばいいのよ」
 何か気に入らなかったらしくお姉ちゃんは切れた。
「何よ。人の気も知らないで。あんたに何が分かるのよ。ずっと男として生きていたのに、いきなり女として生きる羽目になったあたしの何が分かるのよっ」
 ここまで言われてあたしもきれた。我慢していたものが噴出した。
「人の気も知らないで? それはこっちの台詞よ。あたしがどんなにお姉ちゃんの体をうらやましいと思ったか分かる? どんなに望んでもあたしはその肉体に届かない。それなのにおねえちゃんはあっさり手にしてその癖嫌がって。嫌味にも程があるわ。いっそ勝ち誇って女を武器にされた方がまだましよ」
 もう止まらない。
「うらやましいと言うならあたしだって同じよ。あんたはどんどんあたしが欲しかった体になっていく。ねたましいのはこっちよっ」
「不幸自慢ならよそでやってよ」
「そっちこそっ」
 あたしたちはたまりにたまった物を互いにぶつけ合った。
 泣きながらそれを吐き出しあった。
 しまいには見回りのおまわりさんに仲裁に入られるほどに派手に喧嘩していた。

 きつくしかられてあたしたちは拝殿前のベンチに並んで腰掛けていた。
「あの…ごめん」
 何かもやもやがなくなったらしいお姉ちゃんが、泣きはらした赤い目で謝ってきた。
「……何がよ」
 こっちも泣きはらした眼でお姉ちゃんを見る。。
「確かにあんたの気持ち。分かってなかった。そうだよね。あんたは物心ついてからずっとこんな苦悩を抱えていたんだよね」
 なんだ…あたしのことも考えてくれてたんだ…それなのにあたしったら一人で拗ねて…恥ずかしい。
「その…あたしの方こそごめん。自分で分かっているくせにお姉ちゃん…おにいちゃんのことを責めたりして」
 自分でも驚くほど素直に謝れた。
 たぶんお互い本音を知ることができたから。裸の心に触れたから。
「いいよ。『お姉ちゃん』で」
「……いいの? お姉ちゃんで……」
「だってあたし、女だもん。だから『お姉ちゃん』。そうよね。受け入れればよかったのよ。こんなに楽になれるんだもの」
 やっと…踏ん切りがついたのね。そうね。悩むのはあたし一人でいいわ。

 双子と言う限りなく近い肉体のふたり。
 それだけに相手は半身のようで、わかりあうのも早かった。

「さ。下に行こう。夜店はまだ回ってないよ」
「そうだね。お姉ちゃん」
 あたしの言葉に嫌味はない。
 この人はあたしのお姉ちゃん。ちょっと変わったいきさつだったけど、今ここでお姉ちゃんになった人。
 お姉ちゃんもあたしの手を握ってくれた。握り返して応えるあたし。
 二人仲よく急な階段を下りていく。そのときだ。
 またあの静電気が。
「えっ!?」
 あたしは驚いて足がもつれた。お姉ちゃんまで巻き込んだ。
 どちらからともなく転げ始める。
「静香!」「お姉ちゃん」
 互いに相手を守ろうと堅く抱きしめあう。
 お互いに相手の後頭部を腕で守っている。
 あたしたちは激しく全身を打ちつけながら転げ落ちた。
 下に到達してたたきつけられ、あたしは気を失った。













 真夏のプール。ビキニ姿のあたしは男の子の視線が恥ずかしいと思いつつも歩いていく。
「ごっめーん。お兄ちゃん」
 あたしの半身。双子のお兄ちゃんが待っていた。
 浅黒い肌とたくましい肉体。妹の目から見ても男らしいわ。
「待ちくたびれたぞ」
「仕方ないでしょ。女の子は着替えに時間掛かるのよ」
 あたしは言うなりお兄ちゃんの腕にバストを押し付けた。
「お…オイオイ」
 うろたえるおにいちゃん。うふふっ。可愛い。
「まったく…無駄に女らしいな。お前は」
「女の子だからですよーだ」
 あたしたちはまるで恋人同士のように仲よく歩いていく。
 さすがは夏のプール。回りもにぎやか…うるさいなぁ。








 何かやたらと騒がしい。ゆっくり寝てもいられない。









「うーん。うるさいなぁ…」
 目が覚めたらあちこち痛い。
「伊吹ちゃん。よかった」
 それなのに誰かがあたしを抱きしめる。ママ?
「えっ? やだママ。あたしは静香よ。あれ? この声…」
 いつもよりはるかに高い。最近は意識しないと出なかったのに。
 それになんか胸元の感触が変。ママの胸が当たっているけど、何か押し返しているものが。
 あたしはママをそっと引き離すと自分の胸を触って見た。
「嘘? 膨らんでいる。神様にもう願いが届いたの?」
 もしかして下の方も? あたしは人目も気にせず弄る。
「ないわ!? 邪魔なのがなくなっている。嬉しい!」
 でもどうして? どうして女の子になれたの?
 あたしは回答を求めるように辺りを見回す。
 あれ…お姉ちゃんポニーテール…青いリボン?
 やだ。あたしみたい……待って?
「お姉ちゃん…かしら? それ貸して」
 手鏡を借りて自分の顔を見る。
 ややふっくらした頬。きめ細かな肌。そして赤いリボンのツインテール。
 もしかして…あたしとお姉ちゃん体と心が入れ替わったの?

 どうもお姉ちゃんも同じことを考えていたらしい。
 ふたりで仮説を説明する。
「こ、こんなもの現代医学でどうやって治せばよいと言うのだ?」
 こんがらがるお医者さん。なんか悪いことしたわ。
 でも当事者であるあたしたちはもっと混乱しそうでしていない。
 だってあたしは念願の女の子の体に。
 お姉ちゃんは元のとは言えないけど男の子の体に。
 むしろこれで八方丸く納まるんじゃない?

「ねぇ…これでいいんじゃない?」
 あたしはそのまま言葉にした。
「何をいっているんだ。伊吹…じゃなくて静香か」
 ああ。混乱するなって方が無理よね。
「静香の言うとおりだよ。親父。これがベストなんじゃない?」
 あたしの肉体に入ったらしいお姉ちゃんが言う。

「ああ。もう。わけが分からん」
 混乱する大人たちを尻目にあたしとお姉ちゃんは向かいあっていた。
「いいのか? 静香。お前に女の肉体を押し付けて」
 言うことはわかる。その体で苦悩したんだし。
 それをあたしに押し付ける形と言うのが後ろめたいみたい。でもね
「こんな奇跡が起きるなんてね。あのバチバチのおかげかしら?」
 あたしがもっとも欲しかったものがこうして手に入った。
 現金なものであのねたみ続けたことさえ夢のようで。

「大事にするね。おねえ…おにいちゃんの体」
 生まれてからずっと一緒だった体との別れ。でもこうすることでお互いの苦しみが消える。
 これからはあたしがこの肉体を大事にしていかないと。
「ああ。オレもだ」
 やだ。これがさっきまであたしの声だったの? ずいぶん男っぽかったのね。





 そして月日が流れた。
 入れ替わる前から戸籍変更へと進めていたあたしは肉体まで女になったことで一気にそれが認められた。
 中森家次男から長女・静香である。
 そして高校も女子としての通学。
「今日から高校二年生だね。お兄ちゃん」
 ブレザーとベスト。フレアスカートと言う制服姿。
 身長はあのときの160のまま。胸はちょっと希望より大きくなりすぎて春休みからDカップのブラを使っている。
 あたしと言えばこれ。ポニーテールに青いリボン。実はさりげなくグロスもつけているの。みんなわかるかな?
「それにしてもお兄ちゃん。背が伸びたね」
 意図しなくても上目遣いになるしかない身長差に。
「オレもまさかここまでとは…」
 一年半ですごく大きくなった。本人も戸惑っているみたい。
 ましてや一時期は女の子だったし。

 互いに元の肉体を見てほっと安堵のため息をつく。
「ほんと。ずいぶん女らしくなったよな。そのままだったらと思うと」
 そうね。肉体に引っ張られて心も女になってたんじゃないかな。
 あの時既に大分なっていたし。
 それはあたしにも言える。体が男として成長するにつれて「女の子になりたい」とは思わなくなったかも。
 それはそれで苦悩から解放されるかもしれないけど、じゃあそれまではなんだったのかしら? そう思っていただろう。
「あたしも入れ替わったよかったとほんとそう思うわ。そんなに大きくなったらさすがに可愛い女の子で通すのは難しいもの」
 こんなに大きくて肌も黒いと女装もひと苦労だわ。

 あっ。あの後ろ姿は。
「あっ。おっはよーっ」
 あたしは「彼」の元へと走りよっていく。そして腕をからめる。
 ちょっと元の持ち主の前で刺激的かしら。
 それじゃもうキスしたなんて知ったら気絶するかもね。

 もしかしたらお互いこうなる定めだったのかもしれない。
 紆余曲折して今は女でいるあたしがいる。
 もし最初から女だったら女の肉体に不平不満も抱いたかもしれない。
 でも男の肉体でもがき続けたから、女の体でいる今の時間がとてもいとおしい。
 ましてや同じ母親から同時に生まれたこの肉体。相性ばっちりよ。
「待てよーっ。静香」
 かつてのあたしの肉体。そして双子の「お兄ちゃん」があたしたちを追いかけてきた。

Fin


「人の気も知らないで」のもう一人の当事者。静香の視点で描いた物語です。
 こう言う同じエピソードを別角度からと言う展開は良くやるので、既に出来ていたストーリーと言うこともあり楽観視していたらとんでもなかった。
 ほとんどが妬みの感情で精神的にきついものが。

 最後に入れ替わってから豹変と言っていい程に態度が変わるのですがこれについてはちょっと考えました。
 いえ…元の話の方でなっていたので変更できず。
 となると理由付けですがこれはやはり『奇跡』ゆえの『ありえない心情変化』と言うことで。

 最後につけた文章は「苦しみ続けた時間が無意味ではなかった」としたくて。

 このエピソードはどのように皆さんへと届くのか?
 正直不安な思いもあります。

 でも最後の一言はいつもどおり。

 お読みいただきまして、ありがとうございました。

城弾

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