オレは巨乳が好きだ!

 いきなりなんだと思われてもいいが、とにかくでかい胸が好きだ。最低でもCカップ。
 巨乳があれば生きていける。それくらい好きだった。

 そんなオレ、桐原那智の前にとんでもない女が現れた。
 小学生並みの体格に大人のバストをつけた女。E…いや。Fは堅いな。

 今にして思えば、別な意味でとんでもない女だった


いきなり「F」
作:城弾

 その日のオレはついてなかった。
 パチンコで二万も負けるし、三か月分残っている定期券は落とすしけちがついていた。
 癒しを求めていたところに…例の女が現れた。
 身長は150あるかどうか。しかし胸にはメロンでもあるんじゃないかと言うたわわなバストが。
 歩くたびに揺れてオレを誘惑する。ノーブラなのか? この女。
 いや。そうじゃない。ちゃんとつけてはいるが、それでも抑えきれないほどでかいんだ。

 抗えない魅力にオレはのこのことついていってしまった。

 女は本屋に入り、そしてファッション雑誌を立ち読みし始めた。
 オレも適当な雑誌を手にして、立ち読みするフリで女を観察した。
 肌が白い。そしてナチュラルメイク?…いや。ノーメイクだ。
 確かに若そうだが大した自信だ。実際幼い顔立ちだ。
 胸にばかり目が行っていたが、髪の毛もきれいだ。短めなのが惜しい。いわゆるボブカット。
 そして服装も地味。黒…濃紺かな? 地味なワンピース。エプロンつけりゃメイド服だが…

 オレも適当な雑誌を立ち読みするフリをして女を見ていたら…やばっ。目が合った。
 あわてて本に目を落とす。げっ!? 風俗情報誌じゃないか?あ、でもいい胸してるな……じゃない!
 女はつかつかとハイヒールの音をさせて歩み寄ってくる。じろじろ見ていたことに文句を言うつもりかな?
「あ…あの…その…」
 意外にも弱気な切り出しだ。白い頬を朱に染める。うわ。伏目がちだからかなり可愛い。
「さっきからこっちを見てますけど……大きな胸はお好きですか?」
「大好きだっ!」
 普通なら女の質問にたまげて「はぁ?」とか言うところなんだが、質問がこれだったので脊髄反射で答えてしまった。
「そ…そうですかぁ。私も…大きな男の人は好きですよ」
 蚊のなくような…もうちょっと詩的に表現するなら儚げな印象の声で女は言う。
「へぇ。相性いいんじゃないか。オレたち」
 とか言いつつオレの視線はでかい胸に釘付け。
 まぁ自分としてはいつものことだが。
 ただいつもと違うのは相手もこちらを値踏みしているように見ている点が違う。
 しかし何か納得が行ったのかそれを止めた。そしてもじもじしながら
「あの…そんなに好きなら触ってみます? 胸に」と嬉し…じゃなくって、とんでもないことを言ってきた。
「いいのか?」
 まさかそこらに恐いお兄さんかいて、触ったとたんに慰謝料請求とかじゃ…
「はい。その代わり…大事にしてくださいね
「はぁ? 何を」
 女はそれには答えずオレの手を取ると胸元に当てる。
 うわ。いい感触だ! なにかペンダントがじゃまだが、それを差っ引いても弾力といいサイズといい申し分のない胸がオレの手を楽しませる。
 あ…あれ? なんだか眩暈がしてぐらぐらしてきた。目の前がまっくろに…

「う…うう…」
 頭を振るオレだが何か勝手が違う。オレ、こんなに髪が長かったか? 毛先が頬に触れるほどになんて…
 それになんだかひどく体が揺れる。何か重石がついているかのように胸元を中心に揺れる。いや。揺さぶられる。
「どうですか? その体?」
 聞きなれたはずの声だがちょっと違う。
 そう。自分の声を録音して聞いた「オレ、こんな声だっけ?」と言うあれ。
……自分の声? 今オレ喋ってないぞ?
 いつものクセで下に視線を向けると、なんだかやたらに地面が近い。
 それにブルージーンズのはずのオレの脚。それが…スカートなのか?
「ビックリしました? みなさん同じ反応するんですよね」
 ええい。オレの声でそんな女みたいな喋り方をするな。
 オレは声のほうを見上げると…『オレ』がいた。
「な? な? な?」
 何でオレが?
 戸惑っているとそいつがオレの腰の辺りに手を伸ばす。
 ポシェット? 何でそんなものがオレの腰に?
 オレの体のそいつはお構いなしにポシェットを開くと、コンパクトを取り出して開いた。そしてそれをこちらに向ける。
「はい。今のあなたの顔ですよ」
 鏡に映るそれはあの巨乳女のそれだった。

「はい。これが今のあなたの顔ですよ」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのMakiyaさんに感謝!

 魂と肉体が入れ替わったと言うのか?
 オレの肉体はこの女に奪われたとでも?

「それじゃあ、ごきげんよう」
 優雅な口調で『オレ』が別れの挨拶をして本屋の出口へと向かう。
「ま…待て!」
 入れ替えられた時に今のオレの体は店の奥を向いていたようだ。自分の肉体を追うべく体を勢いよく反対側に回すが、また胸元の重りが作用して振り回される。
 そう。オレは半回転じゃすまなかった。そのままさらに九十度くらい回ってしまう。
 しかもそういえばあの女はハイヒールをはいていた。
 つまり足元が不安定…いや。なれている女ならいざ知らず、そんなものを履いた事のないオレは足捌きも出来ず無様にひっくり返った。
 そしてまたブラックアウト…

「麻美子。麻美子。しっかりしなさい」
 心配そうな声がオレを眠りから醒ます。初めて聞く声だ。あまり若くない感じの女の声だ。
「う…」
 薄目を開けると光が飛び込んでくる。まぶしさに顔をしかめる。
 慣れてくると中年の女性がこちらを見ているのが見えた。
 メイクもあるだろうが色白だ。歳よりは若く…幼くと言うほうが正解か? そんな顔。
 髪は茶色になっていて緩いウェーブを。背中までの長さ。
 ファッションは…まぁ歳相応。
 しかしなんと言っても特筆物はその胸元。ハンドボールが二個くっついてる。そんなサイズ。
 思わず顔が緩んだ。その途端に中年女性は表情を変える。

「……あなた、誰かしら?」

「え?」
 困った。こっちを名前で呼んでいたし、身体的特徴も近いから肉親。多分母親とみて間違いないが…
 しかしそれには構わずこの中年女性は深いため息をつく。
「あの子ったら…またやらかしたのね。まったくもう」
 心配する母親の表情から子供の不始末を嘆く母親の表情に。
「あの……」
 思わずオレは声をかけてしまった。
「ごめんなさいね。麻美子…その体の持ち主の名前なんだけど、ウチの娘が迷惑かけたみたいで」
 えーと。ひとりで話を進めないでほしい。
「とりあえずここでは詳しいことが話せないから出ましょうか」
 よくよく見て見るとどこかの事務所。
 どうやらあの本屋の事務所に運び込まれたらしい。
 ポシェットに携帯があったようだ。そこから連絡先がわかったのだろう。

 とにかく出ようと言うことでオレはベッド代わりのソファで半身を起こす。
 そして何も考えないで足元の靴を履いてしまった。
「うわっ。おっと。あれっ?」
 立ち上がったみたがなんとも不安定でとても歩けやしない。
「ああ。いけない。一応このケースも考えていたんだっけ」
 母親は足元にピンクの可愛らしいスニーカーを並べて置いた。
 後で聞いたが足が小さすぎてスニーカーとなると子供用しかないらしい。
 気の進まないデザインだがハイヒールよりはまし。
 しかしこんな用意が出来るってことは…「麻美子」は常習犯か?

 スニーカーのおかげで歩けるように…と思ったらそうも行かない。
 とにかくバランスが取れない。原因は胸。
 体に対して大きすぎて振り回される。
 また改めて手足を見るとほっそりと華奢。見た目はともかく、体力面で期待できるとは思えなかった。
 オレもそんなに腕力があるほうではないが、この小さな手。そして細い指ではジャムのふたどころか缶ジュースも開けられないんじゃないかと思う。

 本屋を出てとりあえず喫茶店に入る。
 かなり賑わっていてこんな女の姿で入るのは躊躇われたが、別に誰も気にしてないようだ。
 肉体的には母娘のようだし。別に注目に値しないわけだが、中身が男と知られたら…そう思うと気が気でなかった。
 なんだかこっそり見られている様な気さえ。そう思うと猛烈に恥ずかしく身をよじらずにいられない。
 知らないうちに「母親」のブラウスの袖をギュッと握っていたようだ。
「ほんと。みんな同じ反応するわね」
 くすっと笑う。もしかして…楽しんでません?

 ボックス席に向かい合わせに座る。
 別に注意もされていないのにきちんと膝を揃えて腰掛けるオレ。
 いつもは大きく足を広げるのだが自然とそうなっていた。
 どうやら女の肉体だと閉じた方が自然なようだ。それに…スカートという無防備な服装なのもある。
 開いていると下着どころか全部を見透かされそうで…女って普段からこう考えているのかな?

 注文した紅茶とコーヒーが来た。話をする前にコーヒーを一口すするが…
「にが…」
 いつもなら美味く感じるのに、今日はひどく苦く感じる。女の舌だからか?
「苦く感じるでしょ? あの娘は甘党だしね」
 うー。これじゃ飲めない。砂糖とミルクを入れてやっとのめる味になった。
「さて。そろそろ自己紹介しましょうか。あたしは内藤由布子。麻美子の母よ」
 ざっくばらんな人だと感じていたが、考えてみれば娘の顔に語りかけていればそりゃ口調も砕けるか。
「それで…麻美子に体を奪われた可哀相なあなたのお名前は?」
 楽しんでる。絶対この人は楽しんでる。くそっ。
「桐原…那智です」
「桐原君…那智君…那智ちゃん…なっちゃんでいいかしら?」
「そんな女みたいな呼び方は…」
「はい」
 抗議しかけたオレに鏡を見せる由布子さん。その中では色白の可愛らしい顔が怒りの表情を見せていた。
「その体に男の名前で呼びかけると周りから変に思われるでしょ?」
 うう。一理ある。仕方なくオレは承知することに。
「……なっちゃんでいいです」
「いい子ね」
 完全に子ども扱いか。もっとも実際に母娘じゃそれももっともだ。
「さて。それじゃどうしてこうなったか話してくれる?」
 オレは言われるままに入れ替わりまでの経緯を話した。

 電車を乗り継ぎ一軒の家に。
「着いたわよ。なっちゃん」
「はぁ…」
 ここは内藤母娘の住む家。その玄関前でたたずんでいた。
「あの…どうしてここにオレを?」
 麻美子を探すのが先決じゃないだろうか?
「大丈夫よ。三日もしたらあの娘から戻ってくるから」
「どうしてそんなことがわかるんです?」
「今までもそうだったからね。詳しいことは中で話すわ」

 居間に通される。そして改めて詳しい話を。
 まず内藤家は両親と一人娘の三人家族。ただ父親は長い海外赴任でほとんど家にいないらしい。
 麻美子自身は女子校。短大と女ばかりで育ったせいか男と縁がなかった。
「ちやほやされるのも考え物だけど、あの娘の場合はそれで丁度いいくらいだったかもしれないわね。ほんとにあの娘の後ろ向きな性格には母親のあたしでもたまにいらつくし」
「後ろ向きって?」
「そうねぇ…例えばあなた? 麻美子の顔見てどう思う?」
 どうといわれると…まず目に付くのは綺麗な白い肌。そのせいか何も塗ってなくても唇が赤く彩られて見える。それを正直に話した。
「あの娘に言わせるとね、病弱な印象で嫌なんですって。そのくせ唇は赤いから男を誘っているように見えるしと」
「そんな…綺麗なのに。化粧しなくていいほどなのに。もっとも本気でノーメイクで出歩くのはこの年頃の女性としてはあまり…」
「メイクが下手なのよ。あの娘」
 だからって年頃の娘がすっぴんで出歩くか? それは置いといてとりあえず続ける。
「華奢な体は抱きしめたくなるし」
「体力がなくてイヤだって言ってたわ」
 それはわかるかも…
「髪も綺麗だし」
「子供のようなおかっぱしか似合わないとか言ってたわ」
 今時「おかっぱ」って…
「胸がとっても大きいし」
「それが一番嫌みたい。男の視線を集めるし歩きづらいし」
「そ…それはオレ自身が身を持って知りました。でも麻美子…さんは平気で歩いてましたけど?」
「そりゃあいきなりFカップになったわけじゃないもの。少しずつ膨らむから慣れても行くわよ。その体とは21年間付き合っているんだし」
 そりゃそうか。ハイヒールだって慣れの賜物か。
 もしてして身長が低いからハイヒールなのか?
 確かに見下されるのっていい感じしないけど、よくこんな歩きにくい靴で歩けるな。しかも胸に大きな重石をつけて。
 女って…凄いかも?

 話はまだ続く。
「まぁとにかくあの娘は自分の体が嫌いでね。それをどうにかすべくいつのころからかオカルトに傾倒しだしたみたい」
「なんでオカルトに?」
「あの娘…薬の匂いがダメなのよ。だから手術とかは論外みたい」
 とことん弱点の固まりだな。
「気の済むまでと放っておいたんだけど…入れ替わる秘術を見つけ出したあげく、実行できるようになったのにはさすがに驚いたわ」
「驚いたわじゃないですよ!」
 あっけらかんと笑う由布子さんにオレは思わず声を上げていた。
「まぁまぁ。とにかく自分の体が嫌で正反対の男の体を得たいと考えている麻美子は入れ替わりに成功。でも一日で戻ってきました」
「せっかくうまく行ったのに何で?」
「触れなかったのよ。トイレの時」
 箱入りもそこまで…いや。これはさすがに無理もないか。
「そのまま挫折してくれたらあたしもいちいちフォローしなくてすむんだけど…根性のある後ろ向きで」
 それ…日本語おかしくないですか?
「なんども入れ替わっているのよね。でも慣れてはきても三日もしたら泣いて戻ってくるのよ」
 あ…なるほど。「男の生理」か。
「だからあなたも三日くらいここで待ちなさいな」
「え?」
「聞こえなかった? ここで待ちなさいって言ったのよ。ああ。お金? 心配しなくても食費を取ろうなんて言わないわよ。娘が迷惑かけてるんだから」
「いえ…あの…できればうちに帰りたいんですけど」
「……みんなそれを言うのよね。でもね、娘の体を見ず知らずの男に貸したまま目の届かないところに出来ない母親の気持ちもわかってもらえるかしら」
 う…確かに親の立場じゃ…しかし…オレからすると赤の他人と三日…向こうは顔が自分の娘だからいつもどおりでも、こっちは気が休まらない。
「それに考えても見なさい。そのプロポーションよ。そのアンダーでそのトップはなかなかいなくてブラは全部オーダーメイドなんだから。男のパンツみたいにSLMじゃないのよ」
 そ…そうなの? ブラジャーって。
「そして麻美子が真っ先に帰る場所もここだと思わない?」
 考えてみればそれもそうか。仕方ないからお世話になるとしよう。

 念のため自分の携帯にかけて見る。しかし電源が切られているようだ。
「それもパターンみたいね。入れ替わった男の子相手の電話でばれるのを避けるために」
「なるほど。充電器が壊れたとかいいわけも出来るか。それじゃ自分ちの近くで張り込んで」
「いいけど…あなたその体で自分の家までまともにつけるかしら?」
 う…確かに。
 例え胸を固定して自分の家にたどり着いても、見知らぬ女が張り込んでいたら不審に思われるし第一向こうが雲隠れするか。当てはないだろうけど男の体なら女よりは危険が少ないし。
 やっぱりここで待つのがベストか…

「そういえばどうやって麻美子さんはオレの家につく気やら。それに入れ替わるって言ってもオレのことは何も知らないから成りすましようがないし」
 素朴な疑問を口にする。
「あの娘に言わせるとね、肉体にも記憶があるんだって。脳はもちろんのこと心臓とかにも。それを読み取ることが出来るらしいわ」
 そんなご都合主義の話みたいな…しかしそれが本当ならオレに成りすますのもそんなに難しくないか。

「あの…それなら下のほう。ズボンか何かないですか?」
 どうにも足がむき出しと言うのが…脛ならまだしも太ももまで晒している。これは男ではそうそうないぞ。
「ごめんね。あの娘ズボン嫌いでスカートしかないのよ」
 するとあの女が戻ってくるまでこの落ち着かない格好で過ごさないといけないのか…

 トイレは意外なほどすんなり行った。
 立って用をする女はまずいないが、座って用を足す男はいくらでもいる。
 だから抵抗はそんなになかった。

 しかしさすがに風呂となると…そもそも胸なんてどう洗おうか?
 とりあえずこの胸を触って見る。うわ。敏感と聞くが本当だ。これじゃうかつに触れないぞ。
 すっごく柔らかいけど、ごしごしやって大丈夫なのかな?

 女の肌はデリケートだと言うのは身を持ってわかった。
 けど…女の腕じゃ力こめても大丈夫だったようだ。

 それにしてもでかい胸だな。立派なもんじゃないか。それが不満と言うのだから女は色々難しい。
 けどなってみてわかったが、大きくても見た目以外にメリットはないな。
 女が視線を気にしているのを見て「自意識過剰」と思ったけど、これもなってみて理解できた。
 本当に視線って痛いんだ…女が見た目を気にするようになるはずだよ。

 オレは鏡を見てみた。
 すっぴんの女の顔は剥いたゆで卵のようにつるつるしていた。
「こんなに可愛いんだから口紅の一つもつけりゃいいのに…」
 でも男がいくら「可愛い」と褒めても下心丸出しに見えてダメなんだろうなぁ。

 その日は疲れたので早々と眠らせてもらった。
 ご丁寧にパジャマじゃなくてネグリジェかよ。
 こんなものばかり着ていたら女の人格になっちゃいそうだ…






 眠れなかった。
 仰向けでは胸が重くのしかかるし、うつ伏せだと圧迫して苦しい。
 結局は横向けになったけど、慣れない肉体で寝付けない。
 巨乳って見てる分にはいいけど、絶対に自分がなるもんじゃないな。うん。
 逃げ出した麻美子の気持ちも理解できなくはない。
 だからといって人の肉体を奪っていいとは言わないけどな。

 不安がオレを眠らせない。
 このまま女の肉体のままだったらどうしよう…肉体にはいずれ慣れてはいくかもしれないが、一生女として生きる羽目になったら…あんなふうにじろじろ男たちに見られて…耐えられないかも。
 ああダメだ。思考がループしてますます眠れない…




 それでもいつの間にか眠っていたらしい。起こされる。
「麻美子。いつまで寝てるの? あ…今入れ替わってるんだっけ。えーと…なっちゃん! そう。なっちゃんだったわね。起きなさい」
 由布子さんの比較的高い声にたたき起こされて、オレは目をこすりつつ体を持ち上げ…うわ。すげぇ重く感じる。胸元。
 寝ていてちょっと忘れていたのを思い出した形か。
「おはよう。なっちゃん」
「……おはようございます。由布子さん…」
 寝ぼけそのものでの返答。苦笑しているらしい由布子さん。
「眠れなかったみたいね。でも起きなさい。着替えちゃって」
「はい…じゃちょっと出ててくれます」
「なに言ってんのよ。あなた女性服を着られるの? 脱がせたことはあっても着せたり、ましてや着た事なんてないでしょ」
 そんなことはない…脱がせたこともないのだが。
 オレは仕方なく教わることになった。

 前かがみになって胸にカップを当て、そのまま後ろの留め金を止める。それがオレの教わったブラジャーのつけ方。
 ところがどうにもこの留め金が掛からない。
「仕方ないか。つけたことあるわけないしね。じゃとりあえずは」
 一旦外して反対側に。前で留め金を止めてから正式な位置にひっくり返す。
 肩に紐を引っ掛けて、それから胸の形を整える。なんとかブラジャーはつけられた。
「まぁあと一日二日ならあたしが着けてあげてもよかったけど、この先その体でやっていくようなことがあるかも知れないから覚えといて損はないわね」
「そんな」
「ないとはいえないわよぉ。あの娘があなたの体のまま交通事故かなんかで死んだら、あなた一生そのままだし」
 由布子さんはからかい混じりだが、こっちとしてはたまらない。
 自分でも血の気が引くのがわかった。そういう危険性があるのか。
 フォローのつもりか別の言葉が続く。
「物は考えようよ。本来なら死んでしまうところを、入れ替わったおかげで生き延びられるんだし」
「そんな…オレ男でここまで来たんですよ。今から女でやり直すなんて…」
 もう少しで涙が出そうになる。体が女だからか? なんか涙もろくないか?
「ごめんごめん。まぁ交通事故死まで考えてたら外になんて出れないしね」
「外に?」
「後で話すわ。さぁ。次はこれを」
 女物の衣類を手ににっこりと母親は笑った。

 朝食を取り終えると手招きされる。
 由布子さんのところに行くと、そのまま鏡台の前に座らされた。
「あの…何を」
「鏡見てご覧なさい。ひどい顔よ」
 一目見て納得。寝不足で隈が出てる。
「そんな顔じゃ表に出られないわ。お化粧してあげるからじっとしててね」
「ええ? いいです。ずっとここにいますから」
 化粧なんてとんでもない。そんなことされたらますます女らしくなってしまいそうだ。
「若い男の子が引きこもりなんて感心しないわよ」
「……今は女です」
「女の子だったらお化粧は身だしなみよ」
 ダメだ。この女性には口では勝てない。オレはなすがままにされることに。

 生まれて初めての化粧。オレは鏡の中の自分…じゃなくて麻美子に見ほれていた。
 色が白いので口紅や頬紅がきれいに決まる。終わった頃には別人のように華やかに。
「どう? ダテにメイクを仕事にしてないでしょう」
 あ…プロなのか。なるほど。
「しかし…よくこんなの使いこなせますね。それでいてビデオの配線とかダメだって言うから不思議だ」
 鏡台の前には様々な化粧品が。中にはぱっと見て同じような容器も。
 それを的確にチョイスしてメイクを決めるのだから凄い。
「そう? 別に難しくないわよ。まぁその日の体調でちょっと変えたりはするけど。あと服装も」
 オレが着せられた服は明るいピンクのブラウスと、赤いチェックのプリーツスカート。
 クローゼットの中で「タンスの肥やし」になっていたものだ。
 ちなみに前面に出ているもの…つまり「いつもの服」は圧倒的にワンピース。それも地味な色ばかり。
 趣味がぜんぜん違うようだ。今着ている多分これは由布子さんが与えたものなんだろう。

「オレ…女に生まれなくてよかったですよ。男ならせいぜい髭剃りだけだし」
 感想をしみじみと告げたら由布子さんは茶目っ気たっぷりの笑顔で
「あら。慣れるとこれも楽しいかもよ」と。
「慣れたくなんてないですよ」
 冗談は止めて。
「そうね。もっとも女は外に出るときは必ずだから、確かにたまに面倒に思うこともあるわね」
「いえ。他にはこことか」
 大きな胸を手で持ち上げて見せる。
 入れ替えられる前は巨乳が好きだったが、今ではなんと嫌いになりかけている。
 うん。なるんだったらBカップ程度で充分だ。男の目を気にしないならAでもいいくらいかも。

 オレは結局は由布子さんに引っ張り出された。行き先はデパート。
 さすがにスニーカーとは行かず。でもハイヒールは絶対ごめんだったのでローファーと言うタイプの靴を出してもらった。
「ハイヒールだと足がきれいに見えるんだけどね」
「歩けなきゃどうしようもないです」
 ハイヒールに限らず女の靴はみんなかかとが高めな気が。それで先端が細い…女の肉体にあわせて造られているとは言えど、それでよく歩けるものだと感心すら。

 ゆっくりゆっくりと歩くオレ。
 ローファーはまだしもやっぱりこの揺れる胸は慣れるのに時間がかかる。
「そういえば麻美子…さんの方は随分と簡単にオレの体に馴染んでましたけど」
「そりゃ結構入れ替わってるからねぇ。ほとんどは背の高い男の子だし。似たような体格の相手ばかり選んでいるから慣れたみたいね」
「なるほど」
 しかしなんだって女と入れ替わらないんだろう? 胸の小さな女ならいるだろうに。わざわざ男相手に入れ替わるのが不思議だ。

 目的はバーゲンセールだった。凄まじい勢いで品物をあさっている女たち。うわ…まさかあの中に?
「行くわよ。なっちゃん」
「いえ…あの…オレはいいです」
 完全にしり込みしていたのだが
「いいから。一緒にきなさい」
 手を引っ張られる。元の体なら振り払えるが何しろこの肉体。逆らうほどの腕力がないだけじゃなく、胸の反動で由布子さんのほうに。つまりバーゲンワゴンに…

 もみくちゃにされて脱出も出来ない。
 段々切れてきた。こうなったらこっちも奪い合いだ。
 気がつくと甲高い声でキャーキャー叫んで争奪戦に加わっていた。

 デパート内の休憩所で。
「どう? バーゲンも初めて?」
「ええ…初めてですよ…あれはまさに戦場だ…でも」
 大声を出してすっきりした。それが狙いだったのかな?
 それに争奪戦の中で胸の揺れに逆らわないリズムの取り方を覚えた気が。
 その証拠に駅までの歩きはずっと楽になってきた。

 帰りはスーパーに立ち寄り夕食の買い物。
 そしてその食材での食事の準備。
「オレもやるんですか?」
「せっかくだからやってみなさい」
 そういって由布子さんはエプロンを差し出す。
 世話になっている身だから仕方ない…それを身につけるが…あら不思議。
 大きな胸元にひらひらのエプロンが可愛らしくて。
 なんだかとても台所仕事の気分になってくる。

 結局は楽しくお料理になってしまった。そして出来たものを食べるのだが…おいしい。
 いつもだと物足りなく感じるだろう味付けが、なんだかとてもぴったりと。
 やっぱり女の体だからかな?

 二日目ともなるとだいぶ馴染んで寝るのも苦労しなかった。

 三日目の朝。
 予測どおりならこの日には泣いて帰ってくるはず。
 今日でこのFカップともお別れか。
 二日に渡って泣かされてきたけど、お別れとなるとちょっと寂しい気も…って、馴染んでどうする!?
 先が不安だな…元の体に戻っても女装趣味とか残るんじゃないか?

 今日は戻ってくることを見越して出かけない方向で。
 午前中はまったりとして過ごしていた。

 しかしそれが幸いした。ちょうど「始まった」ようだ。
 この腹痛。最初は悪いもんでも食べたかと思ったが、これが女の子の日か。
「大丈夫? あの娘はひどく重いのよね」
 道理で…女相手に入れ替わらないわけだ。生理からは完全に逃げたかったわけね。
「寝ていたら? 麻美子が来たら起こしてあげるから」
「いえ…帰ってきたときにこの状態じゃ入れ替わってもらえなさそうですし、それに…生理痛で寝込むなんて女ならではのことはしたくなくて…」
 そこまでやったら心がますます女に近寄りそうだ。
「前にもそんな人いたわね。じゃお薬あげるから」
 それは素直にもらうことにした。オレはソファでぐったりとして麻美子を待っていた。

 そのとんでもない電話は一時過ぎにかかってきた。その頃には薬が効いてだいぶ楽になっていた。
「はい。内藤です…どちら様ですか?」
 電話に出た由布子さんがスイッチを押す。スピーカーから通話の内容が流れ出す。
 ブラスバンドの遠くから演奏が流れている。この曲は…
『そこに「私」はいますか? お母さん』
 電話越しだとわかりにくいといえど自分の声だ。オレはジェスチャーでそれを伝える。
「麻美子ね?」
『はい』
「なっちゃん。迷惑してるわよ。あなたのおかげで」
 いや…麻美子になっちゃんと言ってもわからないと思うけど…
『ごめんなさい。でも…もうこの体で生きて行きます』
 なんだってぇ? 今までは泣いて帰ってきたと言うのに何でオレのときに。
『この体。とっても相性がいいみたいです。それに11人目でやっと馴染めるようになってきました。女の人を愛せる自信も出来てきました』
「くっ。麻美子…成長したのね。母さん嬉しいわ」
 ちょっとそこっ。母親として感慨にふけらないでくださいっ。
『なっちゃんさんには申し訳ないのですけど、私の代りにその体で生きてください。それをお伝えしたくて電話しました。じゃあこれで』
「ちょっと麻美子。どこにいるの?」
 問いかけ虚しく電話は切れた。けどオレにはわかった。
 オレの肉体で生きていく…当面は成りすます形になるだろう。となると活動のエリアはアパート。バイト先。そして大学だ。
(どうやら完全にオレから逃れるためにどこかに雲隠れと言う選択はしなかったらしい)
 あのブラスバンドはこの時間に練習しているし、曲にも覚えがある。
「麻美子は多分オレの大学にいます。行きましょう」
 由布子さんに告げるとオレは髪を纏め上げて、鏡台の前に腰掛ける。そして見よう見まねでメイク開始。
 女でいる以上、外に出るならメイクは身だしなみ。それに「アレ」で顔色も悪いし。

 完全にメイクしてもらって(結局途中からお願いした)から、自分がたった二日で女に染まっていることを知り愕然とした。

 痛む腹を押さえつつタクシーでオレの大学へ。
 とにかく急いで麻美子を捕まえないと。しかしどこに?
 おっ? ちょうど同じ学部の柳原の奴が。しかしこの姿で「オレはどこにいる?」なんて聞いても変に思われるだけだ。それなら
「あの」
 できるだけ可愛い声で尋ねる。でれっとした表情になる柳原。うーん。女としてみると結構アホに見えるかも。
「な…何かな? お嬢さん」
 気取った余所行きの声。それももっともか。
「桐原さん。桐原那智さんを見かけませんでしたか?」
「なーんだ。あのおっぱい星人に用か」
 くっ。どうせそう思われているとは思っちゃいたけど、まともに言われると殺意が。
「アイツなら中庭にいたぜ。昨日から変だけど」
 そりゃそうだ。中身が入れ違っている。
「ありがとうございました」
 形式でだが礼を言うと中庭へと急ぐ。由布子さんも年の割には速い足でついてくる。

 いた。まさにこの世の春と言う感じで女の子と喋っている。
 傍目には女同士のおしゃべりに見える。たぶん麻美子としては「同性」の方がとっつきやすいし、相手の女の子もそのせいでリラックスしている。
「見つけたっ」
 思わず甲高い声で叫んでしまう。
「わっ!?」
 閥の悪い表情の「桐原那智」。
「大胆にも大学にいたとはね」
 詰め寄るオレ。蒼い顔の「桐原」。中庭にいた面々が何事かと遠巻きに見ている。
「な…何? 何の用」
 言い逃れをする男。それに詰め寄る女のオレ。
「とぼけるな。人の体を奪っておいて
 ざわっとした空気が。なんだかオレに味方…つまり男のオレは窮地。
「し…仕方ないじゃない。もうその体に嫌気がさしたし
 「サイテー」「飽きたからって女の子を捨てるような男だったのね」
 ああっ。周りには痴話げんかにしか見えてない。仲良く話していた女の子たちが、汚いものを見るような目で「オレ」を。
「何が気に入らないんだよ。こんなに可愛いのにっ」
「可愛い…?」
「そうだよ。白い肌はメイクはばっちり決まるし、細い腕は守ってあげたくなるし、大きな胸は母性的で優しさをイメージさせるし。こんなに可愛いのに何で嫌がるんだ」
「そ…そんな…」
 頬を抑えて照れている。もう一押しか。
「もう付き合いたいくらいに可愛いのに、当の本人がその体じゃどうしようもないなってくらいだ」
 とにかく後ろ向きな麻美子はおだてて自信を付けさせるに限ると判断した。
 グラビア撮影でもカメラマンはモデルの女の子を褒めまくると言うし。
「本当…ですか?」
 本来の女の口調に戻ってきたな。
「ウソは言わない。オレは巨乳好きなんだ
……我ながら何の根拠にもなってないな…
「ああ…グロテスクと思っていた胸を好きだって言ってもらえるなんて」
 当人はそんな風に思っていたのか…てっきり胸のでかい女はみんな勝ち誇っているかと思ってた。
 そんなことを考えていたら「桐原」が「オレ」に接近してきた。
「麻美子。これ」
 由布子さんがあの時のペンダントを「桐原」に渡す。どうやらそれが入れ替わりに必要なアイテムらしい。
 188センチの「桐原」が148センチの「オレ」の首にペンダントを。
 そして豊かな胸の上のそれに手を当てる。
 再び眩暈がして…それが収まったら背が40センチ高くなっていた。

「やっと元に戻れたか」
 胸元を叩く。硬い。よし。フラットだ。Fカップじゃない。
 オレは歓喜と言うよりほっとした。だが
「そうね。元の鞘ね」
「責任とって付き合いなさいよ」
「付き合いたいとまで言ってくれた女の子なんだからねっ」
 そんな具合に周りの女の子から詰られる。 え? オレもしかしてとんでもないことを口走った…
「なっちゃんさん…不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
 オーいっ? 麻美子までなにを? 助けを求めるべく由布子さんに視線を。
「うん。いい男じゃない。背も高いし。よかったわね。麻美子。彼氏ができて」
「……はい……」
 ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ



 結局、あちこちに脅されオレと麻美子は付き合いだすことになった。
 まぁ性格は困ったところもあるけど、ビジュアルだけなら文句はない。
 それにその性格もオレと言う「相手」が出来たせいか、少しずつ自信を持ち始めて明るくなってきた。
 コンプレックスに思っていたらしい大きな胸元を隠さなくなってきた。
 困ったことに男に戻ると大きな胸にはやっぱり惹かれて…

 僅か三日といえどオレたちは互いの体を交換した。
 どんなに長く連れ添った夫婦以上に相手の体を知ったことになるのかも。
 これは百回のデートを繰り返すより互いを分かり合えたのかも。





 やっぱりオレの体はアイツのものに。
 そしてFカップはオレのものに。
 バージンロードを歩くウェディングドレス姿の麻美子を横目に、白いタキシードのオレはそんなことを考えていた。


 今回は女性読者のツッコミが非情に恐いところですが…胸が揺れてのトラブルなんて男にはわからないしなぁ。
 まぁでもFカップオーバーなんて女性もそんなにいないだろうし。
 ましてや男性読者じゃなおさら不可知の領域。いいか(笑)
…などといい加減な感じで書いてしまいました。城弾でございます。

 そこまで「わからない話」でありながら、なおかつ大抵のTS作品で無視されている問題をこまで掘り下げたのは鷹野祐希先生の「ぼくのご主人様!?」と言う素晴らしい作品に触れたことが大きくて。
 作者の方は女性のようですが、女性ならではの視点もあり目からうろこ。
 それで無謀にも男女の肉体のギャップと言うテーマに挑戦を。

 まぁそんなことを取材させてくれる女性の知り合いもいませんでしたけど(笑)
 というかいてもこんなセクハラ質問できませんけどね。
 だから体格を極端にして見ました。
 いきなり148センチでFカップなら初日くらいは面食らうんじゃないかと。
 それだけ小柄ならなれないと振り回されるかもと。

 ちなみに「魔法先生ネギま」の四葉五月役の井ノ上ナオミさんは148センチでEカップとか。
 現実にいるならと踏み切りました。

 はっきりと胸囲を書かなかったのは、身長148センチの女性の平均的なアンダーバストがわからなくて。
 Fカップと銘打つ以上はトップとアンダーの差がわからないとね。
 まぁそれに「Fカップ」とか言われると男でも「でけえ」ってわかるんじゃないかと。

 ネーミングですが内藤姓は「内向」の捩り。「麻美子」は声優の能登麻美子さんから。
 その母の由布子は別に三瓶由布子さんじゃなくて、ゆうこで行くつもりをもうちょっと捻っただけ。
 桐原那智は深い意味もなく。「なっちゃん」は後付です。

 それにしても城弾作品にはお風呂と結婚式が着いて回るなぁ(笑)

 今回もお読みいただき、ありがとうございました。

城弾

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