2007年。元日。
 僕、矢萩大地は妹の天音を連れて初詣へと出向こうとしていた。
「珍しいな。お前が神社になんて」
 玄関で靴を履きながら言う。
「ちょっとね。神様に文句言ってやるの」
 ぷんすか怒っているこの童女。
 10歳だけに小さいわけで。
 背中までの長い髪をまとめ上げているのは晴れ着を着ているから。
 それはいいがきっちりと化粧まで。
 親がやったんじゃない。
 本人が勝手にやった。
 それも100均とかじゃなくてネットで子供用のコスメを買って。
 本人いわく。「ちゃんと肌のこと考えて買っているのよ」だそうだ。
 末恐ろしい小学生だ。

 パソコンだけじゃない。
 こいつはいわゆる神童で。
 すでに高校生並みの頭脳を持っている。
 はっきり言って僕よりはるかに勉強ができる。
 でもいい事ばかりしゃない。
 どうも人を見下しているところがある。

 まったくもう。
 どうしてあたしが未だに小学生なんてくっだらないことしてないといけないのよ。
 もう高校生くらいの勉強なら楽勝なのに。
 あー。早く大人になりたい。
 そうすればこんな不自由さからも解放されるのに。

 ま、可愛い女の子に大人。それも男は弱いからせいぜい利用させてもらいはするけど。
 今日だって晴れ着きてちょっと愛想笑いでお年玉がさらに増えたわ。

「何してんの。行くわよ。大地」
「ちょ、ちょっと待って。靴ひもが。それに天音。妹が兄を呼び捨てとは感心しないぞ」
「お兄ちゃんなんて呼ばれたかったら、それなりのところ見せてよね」

 このぐずぐずした男はあたしの兄。大地。
 中肉中背。髪も長くもなく短くもなくいろいろ中途半端。
 取り立ててみるところのない男。
 それなのに先に生まれたというだけで、あたしにいろいろ指図する。
 あたしの方がはるかに頭いいのに。
 力では男子高校生に勝てないし、一応は立てているけど。
 今だってひとりで行ける神社に保護者として同行させて顔立ててやってるのよ。

 神社は近所の小さなところだった。
 けど凄まじい混み方で。
 みんな初詣か。

 やっとの思いで拝殿に。
 さい銭を投げ入れ願い事。
 ちらっと妹を見る。
 はぁ。妹は神童とまで言われているのに、どうして僕はこんなにだめなんだろう…
 人生やり直したい…

 そんな思いのまま手を合わせた。

 やっと着いたわ。小さな体でいい事なんて一つもないわ。もみくちゃ。
 願い事は一つよ。
 さすがのあたしの頭脳でも、大人になるのを早めるなんかてできないから神頼み。

 ほら。お賽銭。500円も入れたんだからかなえなさいよね。
 あたしを早く大人にして。

 そんな思いのまま手を合わせた。

 はぁ。やっと抜け出せた。
 ほっとしたら気が抜けて…あれ?
 めまいがする。力が入らない。
 死ぬの? 正月早々に?

 僕の意識はそこで途絶えた。

 まったく、くだらない願い事なら後回しにしなさいよね。
 あたしは体力面はだめなんだから。
 なんかめまいまでするわ…あれ?
 拙い。力が入らない。倒れちゃう。

 あたしの意識はそこで途絶えた。

「聞こえる? 返事をして」
 僕は耳元で怒鳴られて目を覚ました。
「あ…大丈夫です。めまいがしただけで、ご迷惑をおかけしました」
 僕はペコリと頭を下げた…あれ?
 なんかバランスがおかしい?
 それにこの男の人、すごく大きい。
 いや。助けてくれたこの人だけじゃないな。
 あたりはみんな大男に大女。
 目線が合うのは子供くらい…もしかして僕のほうが縮んだ?
「ほんとに大丈夫かい? お嬢ちゃん?」
 お嬢ちゃん? いったい何をこの人は…その時だった。
 猛烈に視線を感じてそちらを見ると『僕』がいた。
 えええーっ!?

ジャンプアップ
ジャンプダウン

城弾

 叫びたいのはこっちよ。
 めまいが収まったと思ったらあたしがそこにいるなんて。
 死んだのかしら?
 ううん。違うわね。むしろ『あたしの』反応を見ている限りこれは…

 突拍子もないけど一番納得のいく答えが瞬時に出た。
 そうなりゃこの場はやることは決まり。
「はい。大丈夫です。ちょっとめまいがしただけです。さ。行くぞ。あまね」
 あたしは「あたし」の手をとり、その場を離脱した。

 僕は『僕』に手を引かれて神社を後にした。
 こいつ僕のことをなんて呼んだ?
「あまね」といったのか?
 しかもこの僕の手。とても華奢だしそれにこの袖。振り袖?
 しかも『天音』か着ていたものと同じ…
「ふう。ここでいいかな?」
『僕』は立ち止まると僕に向き直った。
 なんでか知らないけど大型スーパーの婦人服売り場に来た。
「へえ。『あたし』ってホントにちびだったんだ。なめられるはずよね」
 女の口調で言う。
「お、お前誰だ? どうして僕と同じ姿をしている?」
 しゃべる声まで甲高い。
「自分に…あたしたちに何が起きたのかまだわからない? ホント愚図ね。でもま、これはさすがに無理ないか。」
 わけのわからないことを。
「ま、これ見た方が早いわね」
 婦人服売り場のあちこちにある鏡を示す。
 僕は言われたままに鏡を見るが…天音?
 どうして天音の姿が?
「動いてみたら?」
 言われるままに動くと鏡の中の天音も同じ動きをする。
 後ろでは『僕』が同様に動いて何かを確認している。
「まさか…」
「どうやらあたしたち、入れ替わっちゃったみたいね」

 あはは。驚いてる驚いてる。
 そりゃそうよね。
 あたしだって驚いたわ。
 けどすぐにわかった。
 こんな形で願い事がかなったんだと。
 さてはこのバカアニキ。
「昔に戻りたい」とでも祈っちゃったのかしら?
 あ。間違えたわ。もうバカアニキじゃないわ。
「まぁこうなっちゃったものは仕方ないな。よろしく頼むぞ。可愛い『妹』よ」
 あはは。さすが元のあたし。驚いた表情も可愛いぞ。

 そ…そんな。僕と天音が入れ替わった?
「なんでこんなことに?」
「さあ? 神様が願いをかなえてくれたんじゃない?」
 バカな? 確かに人生やり直したといは思ったけどこれじゃ意味がない。
 一度やった「男としての人生」なら反省点を活かしてやり直せるけど『女としてやり直し』じゃ初めてのことばかりで同じだ。
 それにこの場合、兄妹の立場が逆転じゃないか。
「返せ! 僕の体を返せ」
「返すと思う? あたし…ボクは嫌だったんだ。子ども扱いもだし『女の子』を強制されるのも。それもこの体なら全部解放される」

 当然だけど神社に行きなおそうとするバカアニキ改め「あまね」
 もちろん「僕」は拒否。
 たぶんだけど二人同時に似たようなことを願ったからこうなった。
 けど『僕』にこの体を返す意思はない。
 それを悟った「あまね」はしぶしぶ帰宅する。

「お帰り。神社の参拝の人。すごかった?」
 ママが出迎えに来た。
「すごかったよ。人手がさ」
 『僕』の口調にママが驚く。
「あらあら。どうしちゃったの。お兄ちゃん。なんだか自信満々で」
 そういうのも無理はない。元の「大地」はおどおどしていたからね。
「うん。神様のおかげかな」
「はい?」
 怪訝な表情をするママ。いや。男らしく「母さん」と呼ぼうかな。
 その時『あまね』が叫んだ。
「母さん。そいつは僕じゃない!」

 必死の僕の訴え。だが返ってきたのは無情だった。
「なんですか。あまね。お兄ちゃんのことを『そいつ』だなんて」
「違うんだ。僕はこっちなんだ」
「もう。今度は自分のことを『僕』? 女の子なんだから『あたし』とか『わたし』でしょ」
「そうだぞ。あまね。女らしくしなよ。僕の可愛い妹よ
 くっ。だめだ。この姿じゃ信じてもらえない。
 けどここは引き下がれない。

 僕は一生懸命アピールした。
 しかしどうしてもこの姿では天音にしか見えない。
 入れ替わりなんて突拍子もないことを信じさせるのは無理だ。

 とうとう僕は押し切られて謝らせられた。
「それじゃお兄ちゃんにごめんなさいは?」
「……くっ」
「ほらほら。妹なんだから兄は敬わなくちゃだめだぞ。あまね」
 だめだ…僕は絶望した。
 半ば自暴自棄で「ごめんなさい。お兄ちゃん。私が…あまねが悪かったです」と口にした。

 この瞬間、僕は妹になった。
 ここまでの人生で築いたものをすべて天音に奪われた。
 代わりにあまねとしての人生を押し付けられた。

 あーははは。あたし…いや。僕は心の中で大笑いだった。
 いい気味だわ。こっちもさんざん「年下だから」「女だから」と強いられていたし。
 無能なくせして先に生まれたというだけに偉そうにしていたけど、それも今日までね。
 せいぜい可愛い女になれよ。
 僕は一足先に大人になるから。

 晴れ着を脱いで半裸を見る。
 まだ胸は膨らんでないけど、それでも女と分かる体型。
 本当に…入れ替わっちゃったんだな。
 化粧を落とすと天音の部屋に入る。
 そして疲れて眠るまで泣いた。

 さあて。新学期から高校生ね。
 とりあえず冬休みで勉強しておかないと。
 それから男の常識もね。
 楽しみだわ。自由な日々がこれから始まるかと思うと。

 新学期が始まる。
 僕はトレーナーにミニスカートという姿で、赤いランドセルをしょって小学校に行くことになった。
 髪型は普段のあまねがしているロングヘアをおろして、房を後ろに回して髪留めで留める髪型。
 大人っほく見えるからと好んでいた。
 服装のほうだけど天音の奴はズボン持ってないからスカートを強要されていた。
 うう。スカートよりもクラスが。
 誰一人として知らないし。
 予備知識を教えてもらおうと天音に訪ねたが「友達なんていなかった」という。

 その言葉が嘘でないことを思い知らされた。
 みんな遠巻きにこっちを見るだけ。
 さては頭の良さを鼻にかけて上から目線で接したあげくに、誰にも相手されなくなったな。
 嫌だ。一人きりは嫌だ。
 いくらこれが僕自身の人生じゃなくてもだ。
 だったらやることは一つ。
「お、おはよう」
 まずは挨拶だ。
 そしたらびっくりしたようにみんなしていた。
 誰もが驚き、そして目を合わせまいとしている。
 そんな中で一人の女の子が近寄ってきた。
 セミロングの髪がふわっと広がる見るからに優しそうな子。
「おはよう。矢萩さん」
「おはよう…えーと。佐藤さん」
 名札があって助かった。
「やっと挨拶してくれたね」
 天音の奴。やはり友達を無視しまくっていたのか。
「ごめんね。ちょっと恥ずかしかったの」
 僕ならこんな感じ。
「もう。恥ずかしがらなくていいのに」
 べたべたくっついてくる。
 あ。この子は逆にアプローチが過剰な子なんだ。
「ねえ。あまねちゃんって名前で呼んでいい?」
 それがいきなり証明された。
 こんなすぐに下の名前で呼び合うなんて。

 僕は迷った。
 「あまね」とよばれるのは受け入れたみたいでいやだ。
 でも孤独はもっといやだ。だから選択は
「うん。いいよ。佐藤さんのことも下の名前で呼んでいい?」
 どうせ戻れないならまずは受け入れとこう。いつか絶対に戻ってやるけど、それまで一人きりも嫌だし。
「いいよ。里衣(さとえ)ってよんで」
「さとえちゃんね」
「うふふ。お友達が増えてうれしい。あまねちゃん」
 ああ。小学生としての級友。それも女同士でのそれができてしまった。
「ゆっちん。ミーコ。おいでよ。紹介するから」
 ゆっちんと呼ばれたショートカットの子とミーコと呼ばれたツインテールの子がやってきた。
 そして里衣ちゃんは僕を二人に紹介した。
 最初は戸惑っていたけど、里衣ちゃんの言葉で僕と仲良くしようとしてくれた。
 僕もそれを受け入れた。
 放課後には他愛のないおしゃべりのできる間柄になっていた。

 どんどん「女児」としての外堀が埋められていく。

 えーと。ここか。1年C組は。
 バカだから警戒心を抱かないのか、やたらに親しまれているらしいな。大地は。
 おかげで間違えずに教室に来れた。
「それでよ矢萩。オフクロがさ」
 友達らしいこの男はさっきから自分のあほさ加減を会話でアピールしている。
 なるほど。これが男か。
 一人見れば十分だな。
 元の体の時から思っていたけど、とにかく男というのはバカな存在だ。
 今は僕もその肉体だが、他とは違う。

 僕は黙って教室に入る。
「お。なんだ? 矢萩。挨拶なしか」
 いきなりガラの悪そうなのが僕の胸ぐらをつかむ。
 それだけで僕はいろいろ察した。
 本人は転んだとか言ってたがこんな相手に殴られていたらしい。
 まったく…情けない。
 こんな知性の欠片も感じさせない相手に。
「なんだその目は? 舎弟なら舎弟らしくしたら…ぶごっ」
 最後まで聞いてやる義理はない。
 胸ぐらつかんでわざわざ利き腕をふさいでくれてんだ。
 しかも頭もすぐ近く。
 頭突きしてくださいと言ってるようなもんだから、遠慮なく食らわしてやった。
 そして男といえば股間が最大の急所。がら空きのそこに蹴りを見舞う。
「ぎゃあーっ」
 そのヤンキーは悶絶してうずくまる。
「ふん。低能のくせに僕を見下ろすんじゃない」
 冷ややかな視線をくれてやる。ありがたく受け取れ。
「す、すげぇ。あの増岡を」
「しかもなんて容赦のない蹴りだ」
「男だったら自分が食らった時の痛みを連想してためらうのに、全く躊躇なしで蹴りやがった」
 そりゃそーだ。だってこの前まで女だったからそんな痛み知らないし。

「や…野郎っ」
 増岡とやらが顔を上げた。反撃なんてされると面倒だから
「えいっ」
 顔の真ん中を踏みつけてやった。
 あー。気持ちいい。
 女だと顔に攻撃するのは禁じ手だけど、男相手なら遠慮なし。
 スカートじゃないから「見える」なんてこともないからその点でも遠慮なしで。

 無様に逃げ出す増岡。
 そりゃそうだろう。「下克上」食らったんだ。恥ずかしくてここにいられない。
 事実、次の日から不登校になった。
 力でねじ伏せていたのが、逆にねじ伏せられてよりどころをなくしたってところか。

 そう。ねじ伏せてやる。
 今まで一番下。そして女というだけでいろいろ縛られていたけど、女でも妹でもなくなった。
 10歳から16歳の間を過ごしてないけど、人生の飛び級だ。気にならない。
 とにかくジャンプアップしてやる。

 この日から「僕」に対する周囲の目が変わった。
 まさに生まれ変わった。

 時は流れ、わたしは二度目の小学五年生になった。
 さとさと…里衣ちゃんとまた同じクラスになれてうれしい。
 ゆっちんもミーコも一緒。仲良しみんな同じクラス。

 わたしは着実に女児としてコミュニティを形成していた。
 いつのまにか自己代名詞も『僕』に抵抗を感じだして「わたし」になっていた。
 心もだけど体も変化している。
 背が伸びて150センチを超えた。
 同時に色々と丸みを帯び始めていた。
 そして女の子だから…

 体育で汗かいちゃったからシャワー浴びに風呂場に。
 わたしはスカートを脱いで、ブラウスもランドリーバケットに放り込む。
 そしてわたしの胸には女ならではの下着がつけられていた。
 膨らみ始めの胸を優しく包んでいた。
 まさかわたしがブラジャーするなんて思わなかったわよ。

 不意に扉があけられた。
「あれ? いたのか」
 お、お兄ちゃん?
「きゃああああっ」
 わたしは声の限りを尽くして叫んだ。
「お、おい。何をそんなに」
「出てって。女の子が裸になってるんだから出てって。エッチ」
 わたしはおにいちゃんをむりやり追い出した。

 流れた月日は肉体や心に様々な変化をもたらした。
 もうすっかり「おにいちゃん」と呼ぶのにも慣れた。
 思春期で体が「女児」から「女子」になりつつあるのかな?
 女性ホルモンがたくさん出ていて、それがわたしの魂まで女にしていくのかもしれない。

 なんだよ。あまねの奴。
 もともとあれはオレの肉体だろ。
 まだまだガキなのに発情するかよ。

 オレはあれからのし上がって一目置かれる存在になっていた。
 背も男子の成長期だったからか170の後半にまでなっていた。
 そこそこ筋肉もついた。
 自己代名詞も『僕』なんて軟弱なのはやめて「オレ」と男っぽく変えた。

 オレの魂もこの二年で随分男らしくなった。
 いろいろと「男の世界」もわかったしな。

 ちっ。シャワールームは使用中か。
「後始末」が楽でいいと思ったんだが。
 しゃあねぇ。自分の部屋で「やる」か。
 隣のクラスの樋笠星奈。エロい体してやがんなぁ。
 たまんねーぜ。むらむら来た。
 あいつをおかずにしよう。

 六年生になった春から夏にかけて。
「ママ。大変。わたし始まっちゃった」
 さすがに知識はあったけど実際になるとあわてる。
「来たの? まぁ。おめでとう。これであなたも大人の女性よ」
「えへへ。やっと大人になれたんだね」
 わたしはもうすっかり女の子だった。
 何しろ「女の子の日」を迎えていたのにそれを喜ぶのだから。

 わたしの肉体はますます女性的になっていた。
 身長は154にまでなったし、胸もAカップくらいに膨らんだ。
「まー。すっかりきれいになって」
 近所のおばさんがほめてくれる。
 それがお世辞と分かっていても嬉しい。
 なんだか本当に女の子になじんでしまった。
 三年も強要されていたらそりゃなるわよね。

 でもこれはこれで。
 慣れちゃうといいな。
 女の子の友達もできたし。

 それに…気になる男の子もいた。

 一発で大学に合格したオレはキャンバスライフを堪能していた。
 まだ19だったけど酒とたばこは先輩に教えられた。
 そして…女遊びも。

 さすがに初体験の時は緊張した。
 かつては女だったといえど胸が膨らむ前にこの体になったからな。
 大人の女相手となると未知の領域。
 だがそれもクリアした。

 サイッコー。女ってかわいいなぁ。
 オレも男になってよかった。
 抱き合うだけなら女の体でもいいけど、突っ込めないしな。
 それにやってる最中の女の顔。バカ丸出し。
 女のままだったらこんな表情していたかと思うと、女やめられてよかったと心から思う。
 だってそうじゃん。
 オレは経験しなかったけど毎月生理がきついし。
 妊娠なんてしたら身動きされないし。
 仕事も男優先で女は家に縛り付けられる。
 きっとそうなっていた。
 それから逃げ出せただけでも人生勝ち組。

 ま、その分を代わりに『あまね』に引き受けてもらったけどね。
 どんくさいあいつならそんな生き方も受け入れるんじゃないか。

 中学生になったわたしはセーラー服に身を包んで登校していた。
 もうすっかり女としての人生も慣れてしまった。
 このままやがては好きな人と結婚して、子供を産んで、家を守るのかしら?
 それもいいなぁ。
 わたしはそっちの方があってる。

 ああ。女になれてよかった。
 今では心からそう思う。だってそれは
「あまね。おはよう」
「あっ。おはよう。海斗君」
 小学校高学年の時に気になっていた男の子…樋笠海斗(ひかさ かいと)くんとわたしは友達以上の仲になっていた。これも大きかった。
 まだどちらからも告白してないけど「公認の仲」だった。

 二十歳になったオレは一応成人式に出た。
 しかしくっだらねぇな。
 長ったらしい話を聞かされて。
 でもまぁ、振り袖のギャルたちは目の保養だけどな。
 さて。だれかいい娘いないかな。
 別な意味で『成人』したがっている娘は。

 三又かけてばれてないんだ。あと一人くらい増えても大丈夫だろ。

 2013年。
 高校生のあたしは海斗君に呼び出された。
 緑色のブレザーと灰色のボックススカートという女子制服なのは学校でだから。
 ちなみに胸はCカップ。158センチの身長にはちょうどいいかも。

「あまね。16歳の誕生日おめでとう」
 そういって彼はわたしにプレゼントをくれた。
 ちなみに男子は同じ色の男子用ブレザーと黒いスラックス。
「わぁ。ありがとう」
 ちゃんとわたしの誕生日覚えていてくれてたのね。
 わたし、矢萩あまねの誕生日は1997年9月16日。
 お兄ちゃんは1990年4月22日。
 後のほうが本当の誕生日だけど、もう完全に九月がわたしの誕生月のイメージだ。

「16というとさ……女は結婚できるんだよな」
「う、うん。そうだよ」
 なに? その含み。もしかして…
「男は18にならないとダメなんだ。卒業まで待っててくれないか? そしたら指輪プレゼントするから」
 あたしはうなずくだけだった。
 涙があふれて止まらない。

「聞いて聞いて。さとさと。ゆっちん。ミーコ。わたしね、プロポーズされちゃったぁ」
「えーっ!?」「ほんと?」「聞かせて聞かせて」
「うん。あのね」
 今日もお茶とケーキで女の子ライフ。なじみのファミレス。
 そこで親友たちに報告した。
 みんな祝福してくれた。
 ありがと。結婚式には呼ぶからね。

 飛躍しすぎかしら?
 でもお兄ちゃんも今の生活で満足しているみたいだし、間違ってもこの体に戻りたいなんて思わないだろう。
 わたしももう戻る気はないわ。
 すっかり女の子にも慣れちゃったし、かけがえのない女の子の友達や彼氏もできたし。
 女の子の可愛い服も大好き。

 ああ。きっとわたしは最初から女として生まれてくれば幸せになれたのよ。
 それを間違って男として生まれてきたのを、あの初詣の日に神様がやり直しさせてくれたんだわ。

 大学を出て一流企業に就職したオレは家を出てアパートを借りた。
 仕事が終わって今夜も連れ込んでいる形。
 七又かけている中の本命。高校時代からの付き合いの樋笠星奈とベッドインしていた。
 一回目が終わってオレの腕を枕にして星奈は寝ている。
 オレは空いた手で持ったタバコをくゆらせていた。
「ねぇ。ダイチ」
「んー?」
「私たちって付き合い長いよね」
「あー。そーだな」
「それじゃあさ…そろそろ」
 言いたいことは見当つく。
 プロポーズを迫っている。
 けどそんなのまっぴらだ。
 結婚なんてしたら他の女とあそべねぇ。
 オレは答えをはぐらかす意味も兼ねて、星奈の口をキスでふさいだ。

 そして、運命の2014年の元日が来た。

「ねー。ママ。髪の毛おかしくない?」
「大丈夫よ。あまね。ちゃんとかわいいから」
「ほんと?」
 晴れ着に身を包んだわたしは何度も鏡を見ていた。
 海斗君と一緒に初詣。
 それだけで顔が二ヤ付いちゃうわ。
 そんな風に思っていたらチャイムが鳴った。
「はぁーい」
 きっと海斗君だわ。
 完全に「恋する乙女」になったわたしは、何の根拠もなくすべてを彼と結び付けていた。

「はぁ。寝正月にしたかったのによ」
 アパートではなく実家でオレは身支度をしていた。
 さすがに顔くらいは出したわけだが、そのあとで星奈と初詣の約束があった。

 途中でさとさとたちと合流していたら遅くなっちゃった。
 ふと後ろを見ると…あれ? あの革ジャンはお兄ちゃんだ。
 隣に女の人。彼女かな?
「げ。姉貴!?」
 海斗君のお姉さん?

「あら? 海斗。あなたもここでお参り?」
 なんだこのガキ?
 星奈の弟か?
 でもって隣で浮かれているあほ娘は我が妹か。
 じゃこいつが彼氏か。
 まさか兄弟同士で付き合っているとは。

 それにしてもこいつもすっかり色気づきやがって。
 甘えた表情も仕草も完全に女だな。

 そのまままとまって列に並ぶが…や、やばい。
 あちらこちらにオレが手を出している女がいるじゃねーか。
 こんなところで修羅場はごめん。
 帰ろうというが
「来たばかりじゃない」と星奈に言われた。
「いや。ちょっと調子悪くてよ」
 体調不良ということにしようとしたが
「えー。お兄ちゃんおせちたくさん食べてたじゃない。体調悪そうにはみえないけど」
 あほ娘の空気読めない発言で星奈が睨んでくる。
「そ、そう。食いすぎ。それに酒も飲みすぎて」
「うそだぁ。初詣に行くからってそんなに飲んでなかったじゃない」
 このアマ。なんか恨みでもあるのか…いや。肉体奪って女の人生押し付けたから恨まれているかもだが、それをここで返してくるとは。

 だめだよ。お兄ちゃん。ちゃんと女の人の気持ちも考えないと。
 あんなにきれいに着飾ってくれてんのは、お兄ちゃんによく思われたい乙女心なんだから。

 いいなぁ。星奈さん。
 わたしが海斗君のお嫁さんになったら、あの人がお姉さんになるのか。すてき。
 あ。もしお兄ちゃんが星奈さんと結婚しても同じなのね。

 素敵だなぁ。わたしも早くあんな大人になりたいなぁ。
 そう神様に祈ってしまった。

 少し後、わたしはめまいを起こした。
 あれっ? これはあの時と同じ……。

 脱出に失敗したオレは生きた心地がしねぇ。
 あいつらがオレに気が付く前にここから抜けたい。
 やっと拝殿の前まできた。しかしそれで姿が見えたのが拙かった。
「あーっ。ダイチーっ」
 あほ女は妹だけじゃなかった。
 甲高い声でオレを呼びかける女がいた。
「えっ? ダイチ?」
「あっ。ホントだ」
「隣の女は誰?」
「ちょっと。通しなさいよ」
 や、やべぇー。全員に気づかれた。
 この列を突破してきやがった。怒声がする。
 あああ。もういっそ誰か別人になりすまして逃げたいっ。

 次の瞬間、オレはめまいを起こし、その場に倒れていた。

 突然めまいがしたかと思ったらわたしは倒れていた。
 目が覚めたら心配そうな海斗君のお姉さん。
「よかった。大地ったらいきなり倒れるんだもの」
 わたしに抱き着く。
 あれ。ぶつかり合うはずのわたしのおっぱい…どこに行っちゃったの?
 着ているものは革ジャン?
 うそ…まさかわたし、お兄ちゃんといれかわっちゃった?

 うかつだった…まさかあまねの奴までなんか似たような願いをしていたとは。
 入れ替わっちまったじゃねぇか!?
 だが今は修羅場回避。
「あら。『お兄ちゃん』たらモテモテで。お邪魔な妹は消えますね」
 気持ち悪い。昔は使っていたはずの女言葉が、慣れないせいか酷い違和感。
 とにかくそこから逃げ出した。
 えーい。振り袖の動きにくいこと。

 ふう。この場はしのいだか。けど女になっちまった…あ、戻ったのか?
「どうしたの? あまねちゃん」
「お前の兄さん、ちょっと拙くなってないか」
 心配そうな高校生男女。
 当面の問題はこいつらをどうごまかしたものか…

 女の人たちが口々にわたしをなじる。
 それでわかったけどお兄ちゃんったら、この人たちみんなと付き合っていたらしい。
 なんてことを。女をなんだと思っているの?
 わたしにはこの人たちの怒りがよくわかった。
 だから誠心誠意謝罪した。
「ごめんなさいっ」
 涙を流して深々と頭を下げる。
 それだけじゃおさまらず土下座も。
 この誠意が通じたのか、それともここまでやったことに引いたのか、女の人たちは興ざめしたように立ち去って行った。
 わたしなんて取り合うのがばかばかしいと思ったのかもしれない。
 当然よね。七人も女の人をだましてたんですもの。殺されても文句言えないわ。
「大丈夫?」
 残ったのは海斗君のお姉さんだけだった。
「あ。はい。大丈夫です」
「何よ。あたしにまで卑屈にならなくていいわよ。しかし大したものね。あんなにたくさんの女に手を出していたの?」
 あ。やっぱり叱られるんだ。わたしは小さくなっていた。
「別にいいわよ。もてる証拠」
 いいの? そんなんで。
「でも、これであたしだけの物ね」
 えーっ。そんな風に考えちゃうんですかーっ?
 さすがに大人の女の人は違う…


















 一月半ば。火曜日の朝。チャイムがなる。
「はぁーい」
 わたしは女の子だった時の癖でちょっと伸ばし気味に返事した。
 玄関を開けると高校生の男の子と女の子が。
「さとさと。それに海斗くん?」
「えっ?」
 驚く二人。いけない。もうわたしは「あまね」じゃない。
「あ。ごめんさない。迎えに来てくれたの?」
 つい「かしら」と語尾につけそうになるのを踏みとどまって質問する。
「はい。迎えに来ました」
「あの…お兄さん。天音…妹さんは?」
 海斗君がわたしの…じゃないわ。天音を心配して憂いた表情をしてくれる。
 別の角度で見るとここまで愛してもらえていたのかと泣きそうになる。

 学校は三学期が始まっている。
 なのにお兄ちゃん…じゃなくて天音は登校拒否を続けていた。
 それを心配した二人が迎えに来てくれた。
 けど頑として天音は登校拒否をして、結局二人も諦めて学校に向かった。

 家の前の路上で、その後ろ姿を見てわたしは複雑な思いを抱いていた。
 あのまま女の子だったら…さとさととはずっといい友達になれたと思うし、海斗君とは結ばれていたはずなのに。
 でも二人ともわたしのことを『あまねの兄』としか見ていなかったわ。
 あんなに仲良かったのにまるで他人を見る目。

 おかしなものね。本来の姿に戻れたのに、なんでこんなにも気分が晴れないのかしら。
 それどころか切なくて涙が出るわ。

「大地君。体はいいの?」
 女の人の声が後ろからした。この声は
「あ…星奈さん」
「もう。なんでさん付けなのよ。そろそろ仕事に行かないとまずいわよ。迎えに来たわ」
 うん。でもねわたし。仕事を忘れたんじゃなく、そもそもしたことないのよね。
 それどころか大学も出てないし。
 だからずっと仕事を休んでいたけど、それも限界らしい。

 わたしは押し切られて仕事場に連れて行かれた。

 二階からオレは様子を見ていた。
 くっそー。ホントなら星奈はオレの女なのに。
 オレ自身が女になっちまっちゃなぁ。
 こっちはよくても向こうが受け付けないと話にならねぇ。

 なんで今更また高校生なんだよ。
 酒もたばこも禁止だしよぉ。
 おまけにこの体。動きにくくてたまらない。
 今なんかいわゆる『女の子』の日だ。
 子供のころから経験してたなら慣れても来るが、オレはいきなりなんだぞ。
 手加減しやがれ。

 いくら本来の体といってもよー、6年も男だったんだぜ。
 それがいきなり高校生の女の体に戻されても今更だぜ。

 あー。いらいらする。タバコ吸いてぇっ!

 当然のごとく仕事のできないわたしは「病み上がり」にもかかわらずひどく叱られた。
 ぽろぽろと涙をこぼすと『女みたいに泣くな』と。
 仕方ないんですぅ。この前までずっと女の子だったんだから。
 それも変化していく思春期に。
 今になって男に戻されても…そうよ。今更この体に執着はしないわ。
 わたしは一つの決断をした。

 その夜。わたしは『お兄ちゃん』の部屋に出向いた。
 そしてこう提案した。

「ねえ。お兄ちゃん。一緒に神社へ行かない?」

あとがき

 元々は15歳の時に初体験した少年少女が入れ替わってしまい、元に戻ろうとなんども挑み、他者と間違って入れ替わらないように結婚までして、やがて子供までできて30年たってから元の肉体に戻るという話を考えていました。
 同人誌用にするつもりでしたがとん挫したし、書けるか怪しいのもあり「入れ替わった肉体になじんだころに戻る」という部分だけ活かしたのが今作です。

 で、どうせだからと「赤飯前」から女児の肉体に収まると思いついてこうなったと。

 そうなると「学力」の問題が出てくるので、本来の天音をものすごく頭の良い設定に。
 それじゃさぞかし周りがあほに見えて仕方ないだろうなと考えたらあんなキャラに。

 学力のそれから「天と地」としてキャラはネーミング。
 当初は作品タイトルも「天と地」だったのですが、似たタイトルの作品があるのでこのタイトルに。

 それまでの性別でなくなるということは、築いた関係もリセットされるので変わりたくない。
 これは変わってしまった性別で築いた関係でも当てはまると思い、こういう展開に。
 それもありちょっと切ない感じに。

 「さとさと」「海斗」は「大地」が「あまね」と築いた関係として。
 「星奈」は「ダイチ」のそれで。
 星奈と海斗を姉弟にしたのは最後をにらんで。

 元日合わせにしていたのもあり、やや駆け足で入れ替わりの時期が過ぎたけど、むしろ冗長にならずに済んだのではないかと思いますがいかがでしょう?

 お読みいただきありがとうございました。

 城弾

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