金剛学園女子寮211号室(試し読み)

第一章 僕と春花

 二〇一六年八月二十七日午後八時 千葉県。
 花火大会真っただ中、僕らしか知らないような穴場に僕と一人の少女がいた。
「秋良君。来た?」
 涼やかな声でロングヘアの少女は言う。
 左右の房を後ろに回して止めている。
 その「余り」の部分を右手の人差し指でくるくる絡めて弄ぶ……この少女。鷲尾春果の幼い頃からの癖だった。
 半そでのブラウスと、デニムの膝くらいまでの長さのスカート。足元はサンダル。暗がりだけどノーメークとわかる。ピンク色のトートバッグってやつ。
 花火大会だが浴衣にしないのは理由がある。
「ああ。春花との約束の時間通りにね」
 答えたのは僕。Tシャツとジーンズ。
 服が簡単なら持ち物もワンショルダーバッグだけだ。
 それをしげしげと見つめる春花。
「秋良君は女の子みたいな顔してロングヘアでもやっぱり男の子だよね。男の子って素肌にアウターって平気でやるよね」
「ロン毛って言ってくれ」
僕の髪は肩口にかかっている。
実のところ母さんは娘がほしかったらしく、ぎりぎりまで髪を伸ばさせている。女顔はちょっと気にしているけど、今のところメリットが大きい。
「ま、確かに服は楽でいいぞ」
「いいなぁ。女子はブラ強制だもんね。ま、しばらくはそれもしなくていいわね」
「う、代わりにこっちがするのか」
 幼馴染の気安さで他愛もない会話をしていたら、いつのまにかどこからかその「男」は現れた。
 小柄な男。よれたスーツも若干大きめに見える。
「お揃いのようですな」
 陰鬱とした声で言う。
「このたびは当『入れ替えや』のご利用。
誠にありがとうございます」
 うさん臭いことこの上ないが僕らは怪しまない。
 彼の言う通り依頼人は僕たちだから。
「本当に私と彼の肉体と魂を入れ替えてくれるの?」
「お代さえいただければ入れ替えて差し上げますとも。ご依頼内容はそちらの鷲尾春花(わしおはるか)様とこちらの烏丸秋良(からすまあきら)さまの肉体と魂の入れ替え。期限は十二月三十日。そして開始は」
「ええ。今すぐお願い」
 春花が可愛らしい封筒に入れた「お代」を出す。
折半なので僕も財布から直接一万円を渡す。
「高校二年生には大金だよ」
「その代わり他では得られない思いをできるお約束しましょう。ではお二方。準備に入りますぞ」
「どうすればいいの?」
「二人で抱き合ってください」
「ええっ?」
 抱き合うって……さすがに『アオカン』はないよな。
「いう通りにしよ。春花」
「う、うん」
 小さい頃は普通に抱き着いたりしてたけどな。
 今じゃ手をつなぎもしないけど。
 とにかく僕は春花を抱きしめた。
 一瞬の硬直の後、春花もそっと僕の胴に手を回した。
「目を閉じてください」
 言われるままに目を閉じる。うわ。逆に春花の吐息とか感じる。ちょっと待て。春花じゃないんだ。相手は。
 けど意識するなというのが無理な密着。
「しばらくそのままでいてください。強烈なめまいを起こすからお互いに相手を支えてください」
 いうなり「入れ替え屋」は不気味な呪文らしきものを「詠唱」し始めた。
 とたんにぐらつきだす僕たち。地震とかの感覚と違う。
 あれだ。子供のころにふざけてぐるぐる回って目を回したあの感じ。
 それよりひどい風邪をひいて意識もうろうとした感じが近いか。
 どうにも表現しようない苦痛が僕。そして多分春花も襲う。
 体感時間という奴なら一時間じゃ効かないくらい耐えていた気がする。それが楽になってきた。
 春花の……僕の? 呼吸も穏やかに。
「もうよいかと。そっと目を開けてごらんなさい」
 言われたままに目を開けると
「え。春花?」
「秋良君なの? その髪」
「おふたりとも。よくご覧ください」
「あ。なぁんだ。僕のロン毛かぁ」
「私ったら、自分の髪と秋良君のと間違えるなんて」
 朗らかに笑い合う。そして
「僕たち」「私たち」「入れ替わっちゃった?」
「さてはお二人とも、公開直後に『君の名は。』を観に行かれましたね」
「いいだろ。別に……本当に春花の声だ。よく自分の声を録音して聞くと違って聞こえるというがその逆バージョン。自分で春花の声を出すとこんな感じなのか」
「私もなんか変な感じ。馴染むのに時間がいるかもぉ」
 僕の肉体に収まった春花が身をくねらす。
 自分が女顔でよかったとこんな形で実感するとは。
 ごついプロレスラーのような大男の姿でやられたらダメージは半端なかった。
 おまけに僕の体だというのに髪の毛をいじる癖を出してる。ロン毛だから丁度いいらしい。
「それでは私はこれで失礼します。次は十二月三十日。この場所でお会いしましょう。元に戻して差し上げます。
ただし非常時には中断もあるのでご注意を。
それまではかりそめの人生をお楽しみください」
 いうだけ言うとかき消すように姿が消えた。
「ええっ。なんなの今の?」
「テレポートってやつ? まぁこんな不思議なことができるやつだ。そんな余技もあっても不思議はない。それよりも」
「そ、そうだね。それじゃ……あっ。秋良君。あなたのほうにある私のバッグ」
「これか?」
 ピンク色の少女趣味なバッグを手渡そうとする。
「ありがと……あっ。そのまま持って帰って」
「なんで僕が?」
「え? だって今はあなたが『鷲尾春果』なんですもの」
 あ。そうか。持ち物すべて交換か。
「それでね、その中にあるノート。そこにいろいろ書いてあるから」
「あ。それか。なら僕も」
 ワンショルダーバッグを指し示す。
「そこにこっちも書いといたから」
「うん。見るね」
「ああ。僕も」
 ここにはそれぞれの交友関係が書かれている。
 仲の良い相手はもちろんだが、残念ながらそうでない相手との接し方まである。
 具体的には相手の呼び方。例えば
「へぇ。春花は『お母さん』って呼ぶイメージだったけど『ママ』って呼ぶんだな」
「秋良君はイメージ通り。『父さん」『母さん』なのね」
 そのあたり本人交えて確認していく。
 なるべくぼろを出さないためだ。
 二学期スタートは九月一日。
 前日には全寮制の高校・金剛学園の僕は鷲尾春果として女子寮に。春花は烏丸秋良として男子寮に戻る。
 だからわざわざ二十七日に入れ替わった。
 残り三日で交友関係とか頭に叩き込む。
 そしてそれぞれ異性の体に慣れる為の時間でもある。
 なんでそんな危ない橋を渡るか?
それはお互いの目的が一致していたから。
「それでさ……鮎川のことは」
「ちなつちゃんって呼んでいるよ。
鮎川千夏(あゆかわちなつ)ちゃん」
「そ、そうか。ちゃん付けならなんとか」
「えー。私のことは呼び捨てなのに」
「お前は赤ん坊の頃から一緒で妹にしか思えないよ」
「ひっどぉーい。あ、でもわかるかも。確かに私にとって秋良君は弟かも」
「お互い相手のほうが下かよ。それで、冬樹のことは確認しなくていいのか?」
「鯨井君のこと、呼び捨てなの?」
「ああ。ルームメイトだからなのかといつの間にかな」
 鯨井冬樹(くじらい ふゆき)。金剛学園男子寮304号室の僕のルームメイト。そして親友だ。
「そ、それで、どっちが受けでどっちが攻め?」
「…………は?」
「はっ?」
 僕の体の春花が口を押えた。
 話の流れから見てどっちが兄でどっちが弟とか?
「だったら本人に確かめなよ。何しろこれかも元に戻るまで、春花が僕としてあいつに接するんだから」
「ううーっ。緊張する」
「するだけ損だぞ。男同士なんて女が思うほどいい関係でもないし」
「そんなことないでしょ。男同士の熱い友情。尊い」
 何か陶酔しているな。
「秋良君も、千夏ちゃんとはあくまで女子として接してよね。元に戻ったときに関係が壊れているなんて嫌よ」
 おとなしい顔して鋭いところ突いてきやがる。
 春花の奴。僕が実は「羊の皮を被った狼」と見抜いているんじゃ?
 いわゆる肉食系男子なんだけど、ここでこの女顔がものを言う。
 大抵の女の子はこれで僕の接近を許す。
 ちなみに女の子にソフトな印象を与えようとしていたら、自己代名詞も「僕」のままでここまで来ちゃった。
 まぁ接近しても何もしない。女の子たちの会話に混じれる程度。
 けど彼女は違った。
 いつも元気な鮎川千夏。
 帰国子女のせいなのか、どこかほかの女の子と違う。
 特に胸元(じゅるり)
 気が付いたらすっかりほれ込んでいた。

 肝心な時に告白の勇気が出ない。
 相談相手に冬樹を選ばなかったのは、万が一アイツも彼女を好きだと困るから。幼馴染と聞くが。
 鮎川と同性。そしてルームメイトの春花ならと相談相手になってもらったら、春花は春花で冬樹が好きだと告白してきた。
あちらもこの相談を同じ理由でしたがっていたのだ。
似たような悩みの二人は途方に暮れてしまった。
 春花がいう。
「いっそ私が秋良君で秋良君が私なら解決なのにね」と。
 入れ代わりなんて現実味がないと思いつつ、二人して僕はパソコンを。あいつはスマホで検索する癖が。
 そしたらいやがったよ。入れ替えてくれる存在が。
 どうしてこんなうさん臭い、現実味の無い存在を信じたのか未だに謎。
 なんだか見ているうちに「それしかない」気になって。

 そして今に至る。僕らはそれぞれの家に帰る途中。
 もっとも近所だからほぼ同じ道、
「それじゃな。春花」
 僕は烏丸家の扉を開けかけるがそこに冷静な突込み。
「秋良君。今日からあなたはあっち」
 あっ。そうだ。今の僕は『鷲尾春花』だった。
「はは。こんなんじゃ先が思いやられるな」
「大丈夫。これから練習するんだし。それじゃね」
 まるっきり女性的な態度を崩さないまま「烏丸秋良」は自宅へと帰った。
「ただーいまー」と女性特有の伸ばした口調で帰宅のあいさつを……アイツこそ大丈夫か?
 普段の僕と全く違うが……
まぁ人のことより自分のこと。
 春花の家につく。そして僕は「帰ってきた」わけで。
「あら。おかえりなさい」
 エプロン姿の春花のところのおばさん。
鷲尾弥生さんがのほほんという。返し方はわかっている。セリフは一つだ。
「ただいま。母さん」
「あら? どうしたの? 『母さん』だなんて」
あっ。しまった。こっちもしくじった。
「えへへ。びっくりした? ママ」
「あらあら。おちゃめさん」
 笑って言うと家の中に戻って行った。
 続くように僕も上がる。
 ふぅーっ。やばいやばい。
春花は母親のことを『ママ』って呼んでいたのをさっき見たばかりなのにやらかしちまった。
気にも留めてなかったんで助かったけど、春花のこと言えたもんじゃないな。

 勝手知ったる他人の家。小さい頃は何度も出入りしていた春花の家。迷うこともなかった。
 それでも一六歳となればいろいろ変わる。
 春花の……現時点では自分の部屋に落ち着く。
「相変わらずピンクが好きなんだな」
 カーテンやカーペットがピンク色だ。
 鏡台もピンク。おっと。確認。やはり化粧品くらいあるか。それでも学校のある時は素顔しか見たことない。
 真面目に「化粧禁止」の校則を守ってるんだな。
 コスメスキルなんて簡単には身につかないだろうし。
 とはいえ遊びに出歩くときに化粧されていたらそれを覚えないといけない。
その趣味のなかった僕にはややハードル高い。
「ふう」
 ベッドの上に座り込むとそのまま身を沈め、寝そべった状態で「春花ノート」をまた読み始めた。

 花火の際に夜店で食べるからと夕食はない。
 そのままノートを何度目かの読み返しをしていたら「ママ」から「お風呂にはいりなさい」と言われた。

 脱衣所。まだ入れ替わり直後のかっこのまま。
 そう。僕と入れ替わってから服を脱ぐことを頭に入れていたので、春花はあえて浴衣は避けて男の僕でもなんとかなる洋服にしてくれていた。
 ううッ。ありがとう春花。
 女の子の服は脱がせたいと思っても、着たいと思ったことはなくて、構造なんてまるで分らないし。
 ワイシャツを脱ぐようにブラウスを脱ぎ、ズボンを脱ぐようにスカートを脱いだ。わざわざ前にジッパーのあるタイプをはいてきてくれたらしい。
 それだけ気配りをしてくれる春花でもそうはいかなかったものがキャミソールの下にあった。
やっと脱げる。入れ替わりから時間が経って、意識がはっきりするほど胸元の違和感が。汗で張り付いて気持ち悪かったし。
 ところが止めてある後ろに手を回そうにも回らない。
 な、なんで? 同じ体なのに。
 腕が引きつってくる。
 届いてもホックの位置を探り当てるのが一苦労。
 しかしブラジャーが外れた時の解放感は、男では得られないものだった。

 さて。この入れ替わりに関して二人でさんざん話し合い「協約」を決めてある。特に「裸」の扱い。
 こちらで言うと「見る」のがNGなのは股の間くらい。
 凄く緩く思えるがこの肉体で二学期一杯過ごすのだ。
 あまり制約がきついと生活できないという判断を春花もしたのだろう。
 触るのはなんとオールOKだった
 これは意外だったが、どうしても触らないといけないケースがあるかららしい。女の子の日?
 前置きが長かったが、胸は触っていいのである。
 自慢じゃないが昨日見たアニメ映画「君の名は。」でも瀧が三葉と入れ替わった際に胸をもむシーンに
「だよなぁ。そりゃあ揉むよなぁ。男なら」と共感したし。
 だから僕も揉む。誰だってそーする。僕もする。
 早速揉んでみたけど……お、おおおおっ。未知の感触。
それになんだ? この柔らかさ。よくマシュマロに例えるがそれより抵抗がないんじゃないか?
しばらくその感触を楽しむように揉んでいたら、だんだんと変な気持ちになってきた。
 ま、まずっ。名残惜しいが胸から手をはがした。
 左手はいつの間にか股間に伸びていた。
 それはだめ。春花との約束。
 それに……あまりやりすぎると「女」に飲まれそうな気がする。
 こっちが「女」になっちゃ意味がない。
 今はこの女の子の見た目を堪能しよう。

 風呂から上がり部屋着に。出かけないのもあり髪はおろしたまま。ふと鏡に映る「春花」の髪を右手でいじる。
 春花の癖。魂が入れ替わるとそういうのも移っちゃうのか、僕は意識しないと出てこない。

 春花の部屋。しばらくは僕の部屋。
 鏡台にスキンケアアイテムはやたらにあった。
 ご丁寧にそれも手書きで手順が。
 今はそれに従っていろいろ塗っているけど、女は毎日こんなめんどくさいことをしているのか?

 女のほうが言語感覚に優れているという。
 僕も今は肉体が女だからなのか、三日のうちに女言葉がすんなり出てくるようになった。
 対外的にはそれでいい。中身はあくまで男だけど。
 そうでなきゃ千夏ちゃんとも「女友達」から進めない。

 もうすぐ千夏ちゃんと一緒の部屋で過ごすことなる。
 こんなに学校が待ち遠しく思うなんて初めてだ。

「第二章 俺と千夏」

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