金剛学園女子寮211号室(試し読み)

第二章 俺と千夏

 二〇一六年八月二十七日 午後九時 栃木県。
 土曜の夜の神社の境内は祭りの夜店で賑わっていた。
「こんな時間だけどすごい人込みよねぇ」
 キャミソールとショートパンツという露出度の高い格好の幼馴染が呆れ気味に言う。
 かなり色気があるのだが、かろうじて襟足がうなじにかかる程度の短い髪のせいか色っぽくはならない。
「そう思わない? 冬樹……どこ見てんのよっ?」
 オレはこいつの胸元……から目をそらすようにソッポ向いていた。
「どこってお前……谷間がみえてんぞ。隠せよ」
 本人がEカップと自慢していた胸元の上の方が見えていた。
「あんたねぇ。これでダメじゃ二学期一杯あたしと入れ替わるなんて無理じゃない。今更ヘタレないでよね」
 それこそ今更だがキッツい女。
 帰国子女だが何だか知らないが、何でもかんでも思ったことずけずけ言いすぎなんだよな。
「お前、あんまりきついと秋良だって愛想つかすぞ」
 目に見えて表情がこわばり、動きも硬直する。
「うっさいバーカ」
 硬直から罵倒へと豪快チェンジする。
 行き遅れのメイド兼部活顧問というとげのある声。
 むしろ重課金マニアか?……どんな声だ?
「おやおや。これはどうも御取込み中のようで」
「「ひっ」」
 俺と千夏。二人そろって驚いた。
 それほどまでに唐突な声のかけ方だった。
「だ、だれなの?」
 千夏の声にその男は「にぃ」と笑うと
「入れ替え屋でございます」と陰鬱な声で告げた。

 話を持ってきたのは千夏だった。
 秋良のことが好きで近づきたいけど、告白は怖いと。
 そんな時にどこかでの『入れ替え屋』の存在を耳にしたらしい。
 俺は当然「半信半疑」どころか笑い飛ばした。
 それなのにこいつからスマホの検索画面とか交えて説明されているうちに、なぜか信用していた。
 こんな突拍子もない話をである。
 ただ俺も同じ思いを抱いていた。
 鷲尾春果に恋をしていた。
 あの優しい雰囲気の女の子が好きになっていた。
 ルームメイトである秋良が彼女の幼馴染だから、橋渡しを頼みかけても踏み出せなかった。
 それなのにこの画面見ているうちに、千夏と入れ替わり彼女とルームメイトとして過ごすなんて、告白どころじゃない考えに至っていた。
どういうわけかそれがベストと思い込んでいた。
 思考がバグを起こしていたとしか思えない。

話がまとまると互いに相手の情報を知る。
 おかげで二人ともそれぞれどんな交友関係か理解したし、鷲尾春果のことは呼び捨てなことなど頭に入った。
 後は少し前に入れ替わり、実際に俺だと千夏として過ごして「慣らしていく」のだ。

「それではよろしいですな」
 入れ替え屋の言う通り俺たちは固い抱擁をしていた。
 神社の人気のないところに移動してからなので、恋人同士がいきなりその気になったように見えそう。
 いや。実際に頭くらくらしている。
 千夏の胸が俺の胸板でつぶれて、そしてこいつの甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。
 幼馴染に「女」を感じていた。
 しかしそんな余裕もなくなる。別の意味で頭がくらくらしてきた。抱きしめるというよりしがみつくような感じに。そうでないと立ってられない。
 上下感覚すらわからなくなっていた。
 まるで水中でおぼれたような気分。
 それが次第次第に収まってくる。
「よろしいでしょう。目を静かにお開けください」
 この時点で思考能力ゼロになった俺は言われるままに目を開けた。あれっ? 何か見え方が変だ。
「わあっ。なんか背が高くなってる」
 そんな「俺」の声が「上」からする。
『見上げる』と俺の顔。
「俺がいる……」「あ、あたしが」
 驚いて飛びのくと、今まで感じたこともない柔らかいバウンドが胸元で。
「いたっ」
 胸に痛みを感じて思わず両手で押さえるとむにっと柔らかい弾力が。
「わあああっ。胸があるッ」
「当たり前でしょっ。あたしの体なんだからっ」
「そ、そんなこと言うならお前、足の真ん中触ってみろ」
「真ん中って……」
千夏……じゃねぇや。俺の顔から火が噴いた。
「やだやだ変態。女の子に何を触らせる気よっ」
「もてなきゃトイレもいけねえだろうがよっ」
「しゃがんでするからいいもんっ」
 不毛な言い争いが続いていた。
「成功のようですな。さて、私めはこれで。非常事態で止めない限り次は戻るとき。十二月三十日にお会いしましょう」
 いい終わると奴の姿が消えた。
「どうなってるんた。こりゃ?」
 けど、下を見るとキャミソールを押し上げるたわわなふくらみ。間違いなく入れ替わっているのは事実。

 落ち着いたところで俺たちは最終確認をした。
「入れ替わりなんてばれたら春花に嫌われるわよ」
「わかっているよ。でも入れ替わりなんぞにそんな簡単には発想はいかねえだろ。ただお前に成りすますにあたってどうしてもだめだったものがなぁ」
「あんた英語の発音が下手すぎ」
 ずけっと言われた。
 そうなのだ。千夏は帰国子女なので英語ならまさにネイティブだが、俺は大の苦手なのだ。
「お前、運動苦手すぎ」
 反論が返ってこない。それも無理はない。
 こんな快活な見た目に反して、こいつはスポーツがまるでダメなのだ。
 俺の方もだめならなりすましとしてはいいのだが、自慢じゃないがちょいとしたもんだ。
 こっちの方は肉体が俺のだから、そのあたりでカバーできると思うんだが。

 入れ替わった肉体になれる意味もあり俺たちはもう少し縁日を回ってみた。
 ショートパンツでよかった。
慣れない……というか人生初のスカートだったら膝にまとわりついてこけてそうだ。
 言っているそばからつまずいたのが千夏。
「なにやってんだよ」
「仕方ないでしょ。視点が高くて足元見えにくいのよ」
「そんなもんか? まぁこっちもちょっと低めではあるが、かつてはこんな時代もあったからかな。それほどじゃない。ただこの胸元が落ち着かないな」
「あたしに感謝しなさいよね。胸が揺れないようにがっちりスポーツブラでしといたんだから」
 う、確かに。それでもあっちにゆらゆら。こっちにゆさゆさと振り回してくれる。

 一回りしたところで帰途に就いた。
 そしてお互いの家に。
 三十一日には寮に戻るから今夜含めて四日をうまくやり過ごさないと。

 千夏が「女らしくない」奴で助かったのは言葉遣い。
 自己代名詞の「あたし」にだけ気を付けていれば、後は男とそれほど違わない。
「千夏。お風呂入っちゃいな」
「あたしそんなに汗かいてないから今日はパス」
 だから母親とのやり取りもこんなノリでいい。
 しかしさすがは千夏の母親。鮎川蝶子さん。
 こんなんじゃ撃破できない。
「そんなわけないでしょ。じっとしていても汗ばむんだよ。女の子が汗まみれでいいわけないでしょ。嫁の貰い手が無くなるよ」
「わ、わかったよ。母さん」
 生粋の女に口では勝てない。
 しかし風呂か……ううう。

 お約束で何度かお互いの家に泊まったりして、遊んだ記憶がある。
脱衣所は小さいころと変わってない。
 その大きな鏡に背を向けて、俺は服を脱ぎ始めた。
 初めにキャミソール。続いてショートパンツ。
 ああ。本当にスポーツブラに感謝だよ。千夏。
 ホックを外すだけで一苦労だったろな。
 タンクトップを脱ぐようにそれを外すと、ぽよよんと大きなふくらみが。
「わあああっ。見てしまったっ」
 千夏との打ち合わせで大抵のところは仕方ないから見てもいいことになっている。
 生活できないからな。
 もちろん裸の写真を撮って売りさばくような真似は念押しで禁じられたが、それ以前の問題だ。
 高校生の男子にもなってだが、女の裸に免疫ないんだよぉぉぉ。
 男子高校生なんて言ったら盛りのついたケダモノみたいに言う人もいるが、世の中には例外という物がありましてねぇ。
 俺はなんか罪悪感があって。
 それなのにどうして入れ替わる気になったんだろ?
 あっさり信じた千夏といい、その気になった俺といいあのサイトの画面に「魔力」でも込められていたとしか思えない。
 入れ替わるより秋良に橋渡しを頼んで春花ちゃんに告った方が入れ替わりよりよほど安全だし。

 軽く現実逃避していたが最後の一枚。
目をつむってパンツを下す。
 これは文字通り目をつむっていてもわかるわけだし。
 胸は少し見ちゃったが、他はこれで何とか見ないで脱げたな。
 後はさっさと入ってしまおう。
 浴室に入り、やはり子供のころに入った記憶が蘇りノスタルジーに浸ったのが失策だった。
 そのままあたりを見渡したら、鏡に千夏のすっぽんぽんが映っていた。
「ぎゃーっっっっっっっっっっ」
 俺はかけ湯すらせず湯船に飛び込んだ。
 千夏ごめん。千夏ごめん。千夏ごめん。
「千夏。今の大声何かあったのっ? 覗きでもいた?」
 千夏の母親が飛び込んできた。
 そりゃ来るよなぁ。一人娘の悲鳴が聞こえりゃ。
「ち、違うの母さん。虫。虫がいたの」
「なぁんだ。びっくりさせないで。虫でも覗きでもお湯でもかけりゃ逃げるわよ。まったくあんた。男勝りなのに虫だけはだめなんだから」
 苦笑すると蝶子さんが出て行った。
「ふう」
 疲れをとるための場所なのに、逆に疲労困憊ってのは。
 それにしても腹くくんなきゃダメかなぁ。
 今年一杯は女なんだし。
 それでもいきなりは無理なので、胸とかはなるべく見ないように触らないように泡を立ててシャワーで流したりしていた。

 風呂からなんとか上がり、記憶の無いままベッドに。

朝になると別の試練が待っていた。
今日は蝶子さんと買い物に行くことになっていた。
その準備で洗顔。歯磨きはいい。
 トイレは意外に平気。男でもしゃがんでするときある。
むしろあれもたなきゃいけない千夏が苦戦してそう。
 千夏が男にしかないもので苦戦しているのかもならこっちは女性専用の下着・ブラジャーで苦戦の予感。
 昨夜はすでにつけた状態で入れ替わって脱いだだけ。
 それをこれからつけないといけない。
 被るタイプのはもう一枚あるがいずれこのホックで留めるものもつけなきゃならない。
 なら今のうちだ。「本番」となったらまずい。
 まず前かがみになる。重みで胸が前に出るから、それをブラジャーのカップに収める。
 そしたら腕をストラップに通す。難関がホックだ。
 後ろ手は柔らかい女の体のおかげでできた。
 しかしホックを止めるのが一苦労。
あんな五ミリもないようなものを目の届かない背中がで、そして後ろ手で止めるなんて至難の業。
 生粋の女は子供のころから何度もやってきたことだろうが、こっちは生まれて初めてだ。
 最初は腕がつるかと思った。
 ホックの位置を合わせてもここからがまた一仕事。
 なんとか留められたときは、思わず声が出た。
 けどだめだ。留まるには留まってるが一か所だけ。
 三つ並んでいるが引っ掛ける方の一番上が引っかかる方の一番下に引っかかっている。これじゃすぐ外れる。

 結局、準備ができたのは一時間後だった。
 デパートに行くからとそれなりに見栄えのいい服でとなりスカート姿を命ぜられた。
 正直パンツルックにしたかったが仕方ないのではいて蝶子さんのところに出向いたら「それはなんの冗談?」と冷たく言われた。
 知らなかったんだよ。スカートってズボンみたいに腰で留めるんじゃなくて、ウエストの一番細いところで留めるものだなんてさぁ。
 女性には常識でも男には未知の世界だぞ。
 そのあと髪型とかにもダメ出し入り、挙句そのついでにと化粧までされる有様。
 ブラジャーをつけてスカート穿いて、化粧した姿でデパートに行くの? 公開処刑?
 なんだか道行く男の視線がみんな俺に集まっている気がする。
 俺も男の時にこんなぶしつけな視線を女に向けていたのかなぁ。
「ほら。しっかり前向いて。きれいにしたのに台無しよ」
「だって……」
 こんな見られ方に慣れてない。
 情けないが俺は蝶子さんのスカートを摘まんでついて行っていた。

 ちなみに買いに行ったのは秋物の俺というか千夏の服だった。
 全寮制とはいえど四六時中制服じゃない。
 私服もいる。そのために新しいものも買いに出たのだ。

 そして八月の終わりに「あたし」は準備のために女子寮へと戻った。

 金剛学園女子寮 211号室。
 それが「あたし」と春花の部屋だった。
「あ。千夏ちゃん。久しぶりー」
 千夏としてはずっといる部屋だが、俺・鯨井冬樹としては初めて踏み入れる女子寮。
 緊張もしていたのだがすでにいたルームメイトのぽわぽわした口調に緊張が解けた。
 春花ちゃん……だよな?
 いや。確かに彼女なんだが、なんだろう。うまく言えないけど何か雰囲気が違う。
 妙になじみのある空気で。それが逆に違和感。
「千夏ちゃん。どうかした?」
「え。ううん。ちょっと疲れたけど」
「そう? なんだかちょっといつもと雰囲気が違って見えたの」
 う。鋭い。ある意味では一番警戒する相手。
 何しろ朝から晩まで一緒だし。
 まさか入れ替わりを見抜けるとは思えないけど。
「あー。向こうで中学の時の友だちともあってたしね。そのころの空気なのかも」
 これは嘘じゃない。実際にあっていた。
 もちろん俺は本来の鯨井冬樹として。
 この肉体には本来の鮎川千夏の魂がある状態で。
「そうなんだぁ。だったら久しぶりのおうちはやっぱりよかった?」
 妙に詮索してくるな……というかこっちのことが知りたくてたまらない感じ。それは俺も同じ。
「いやぁ。そんなでもないよ。親がうるさいしね。あんたはどうだったの? 春花」
 ほんの一瞬だけど春花の目が泳いだ。そんな質問じゃないのに?
「私はいろいろ楽しかったよ」
 無難な答えだ。考えすぎか?

 寮には二段ベッドと据え付けの家具がある。
 千夏は下段を使っている。
 そして低いガラステーブルが八畳間の真ん中に置いてある。春花ちゃんはクッションにお尻を乗せ、両足を正座ではなく横に投げ出していた。
 俺も足と足の間に尻を落とす女子特有の座り方で真向かいに腰を下ろす。
 アイスティーが二つ用意される。
「それじゃ千夏ちゃん。二学期も」
「ああ。よろしくね。春花」
 いろいろ違和感があったけど、なんかもうどうでもよくなった。楽しみのほうが大きい。
 これからこの子と一緒に過ごせると思うとね。

 ここまでです。
 続きは12/30コミックマーケット91で頒布予定の同人誌
「金剛学園女子量211号室」でお楽しみください。

『TS短編作品専用掲示板』へ

TS館へ

『少年少女文庫』へ

トップページへ