『Maid of Fire Vol2』へ

 ある朝、オレは狂気の科学者松戸教授の人体実験で、少女の姿に変えられてしまった。
 体型の関係でメイド服しか着られず、そのせいかなんとなく『その気』になって過していたが……事情を知らないもう一人の通いのメイド、繭村沙紀がオレのことを疑っている。
 笑われるのを覚悟で本当のことを話すか? それとも……




Maid of fire Vol3

城 弾





「違うって……何が?」
 怪訝な表情で沙紀が尋ね返してくる。
 しまった……つい女の名前を否定してしまったが、それだとオレが雇い主の『旦那さま』であることを説明しなければならない。
 けど、そんなことした日には、この女は窒息するまで笑い倒すに決まっている。
 こんな体にされた上に、笑われるのは耐えられん。ならば……
「え〜っと、な、名前です。あたしの名前……」
 女をやって6時間程度のオレだが、『あたし』をすんなり言うことができた。まるで子供のころから使っていたみたいに。
 不思議だったが今はそれを考えている場面ではない。
「名前? そういえば『山村ありさ』ってさ……」
「ごめんなさい、間違えました。『ありさ』はあたしのお姉ちゃんでしたぁ」
「だろ? どこかで聞いた名前だと思ったんだよなぁ」
 ナイスフォロー。真彩香……というか、それでその名前が出てきたのか。
 それにしても『本当の名前』をどうしよう。ありさと似た名前……ありし……ありす……ありせ…………ありす……ありすか。
「本当の名前は、山村ありすです」
 でまかせにしても、もうちょっとかわいくない名前は思いつかなかったものか。パステルピンクのフリルまみれな服着ているイメージだぞ……
「ありす……ありすか。可愛い名前だなぁ」
 どうやら正体は隠せたようだ。
 もっとも「仮に」の話しだが、もしも……もしもこのまま姿が固定されたら、オヤジや兄貴たちに『ありす』が『オレ』と証明できない危険性の方が高いくらいだ。
 何しろ遺伝子情報から書き換えられていると言うからな。
「よっし。ありす、先輩のあたしたちが今日一日みっちり指導してやる」
「は、はい。よろしくお願いします、沙紀先輩」
 ……なんか時間に比例して女性化が精神にまで及んでないか? 段々少女をしているのに違和感がなくなってきた……自分が恐ろしい……


「んじゃまずは掃除だね。埃を落としてモップがけ」
「…………」
 オレは言葉に詰まった。自分の家をこう言うのもなんだが、『屋敷』である。並大抵の広さではないし、二階だってある。
「ほら、もたもたしない。はじめてはじめて」
「……はい」
 奇妙なことだがオレ……なんだか逆にこの一人称に抵抗が出てきた……「ボク」は命令されるのが嫌でなくなってきた。
 誰かのために何かをするのが、なんだかとても当然のことに思え出した。……そう、ご奉仕したい。
 やっぱりこの服は魔法の服だ。これを着ていると誰かに尽くさずにいられないような……
 だからボクは一心不乱に埃を落とし、窓を磨き床を拭いた。
 汚れが落ちるたびに、ボクの中のもやもやも流されていく。
 雑念がなくなり、男とか女とかも考えず、本当にただ掃除を続けていた。
 腰を入れて掃除をするのは良いが、今は非力な女の体。そのためか力が外に逃げないように……自然と内股になっていった。
 たぶんお尻の大きさも無関係ではない。赤ん坊……赤ちゃんを産むのだ。足と足の間が男より広いのかもしれない。
 だから先端は内側へと向かうのかも。
「やりました、先輩……」
 達成した充実感に、額の汗をぬぐいながら自然に笑顔で答える。
 人間関係に重きを置く女ならではの笑顔かも。それすらも嫌悪感がない。
「よしよし。なかなか筋がいいよ」
 沙紀先輩はボクの頭を乱暴に撫で回す。それがとても嬉しく感じた。
「じゃ風呂場もやろうか」
「そんなぁ……」
 さらっとさわやかに重労働を強いる沙紀さん。でもボクは文句を言いながらもしたがった。
 時間がどんどん流れていく。気持ちがさらに変わっていく……


 しばらくして「わたし」は沙紀さんに、お買い物についてくるように言われました。
「よっし。じゃあ買い物に行こう。……うーん」
「どうかいたしました?」
「あんた……スッピンだね。見た感じ高校生だけど……化粧したことある?」
 当然あるわけありません。だからわたしは首を横に振りました。
「確かに肌も綺麗だし、まだ十代ならノーメイクでいいけど……これも社会勉強ね。社会人になったら毎日メイクするし、その実地訓練てことで」
「ちょ……ちょっと沙紀さんっ」
 沙紀さんは有無を言わさず、わたしを真彩香さんの部屋へと連れて行きました。
「ちょっと使わせてね。真彩香」
「ただじゃいやですぅ」
 またまたナイスです、真彩香さん。……肝心の化粧品がなければですけど。
「あたしにもやらせてください。あたし、鏡見ながら自分の顔をメイクするのは苦手だけど、人の顔をメイクしてあげるのは得意だし大好きなんですぅ」
 とんでもないことを言うなり、真彩香さんはわたしの顔に化粧水をつけてきました。
「ひゃあっ、冷たい!」
「そのうち気持ち良くなるよ。さぁまずは……」
 肌の色を整えて(ファンデーション?)、それが一通り終わると、
「ほら、ちょっと上向いて唇出して」
 わたしの唇に筆で口紅がのせられていきました。アイメークをすませて髪を直し、耳には耳たぶを挟むタイプのイヤリングが。
「完成。ほら可愛くなった」
「……ほんとですぅ。とっても可愛いですよ、ありすさん」
 アイメークの最中は目を閉じていたので、開いた途端に化粧を施した顔が見えた。
 これが……わたし?
 特にピンクに彩られた唇が、スカート以上にわたしの『女』を強調していた。
「うんうん、これならどこに出しても恥ずかしくない。……じゃ真彩香、あたしらちょっと商店街まで買い物に出てくるから」
「行ってらっしゃい沙紀さん。楽しんできてくださいね、ありすさん」
 『楽しむ』? 何を楽しめと言うのかしら……?


 商店街に来ると、そこらじゅうから見られている気がしました。
「あの……沙紀さん……わたしたち目立っているんでしょうか?」
「そりゃ目立つよ〜っ。なにしろこの服だろ。男のツボ押しまくり」
 うーん。確かに今朝までは男でしたから、なんとなくわかるけど……でも気がつかなかった。じろじろ見られるのってあんまり……
「あたしはいつもこの格好で買い物しているから、もう周りもあたしも慣れっこだけど……今日は特別可愛い娘を連れているからね」
「可愛い? わたしがですか?」
「うん、女のあたしが見ても可愛いよ。ウチの旦那さまなら放っておかないね。あ……でもあの人どちらかと言うと可愛いタイプより、美人タイプにくる人だからね。子供のあんたじゃ、まだ大丈夫かな」
 沙紀さん……本人に話しているんですけど……。


「……それにしてもありす、あんた、さっきまでよりずいぶん女っぽくなったね」
 沙紀さんがそう言ってきます。
「ありがとうございます」
 わたしは微笑んで礼を返しました。
 この姿になった直後なら激怒していたでしょう。でも、それが今は嬉しく感じます。
 間違いありません、このリングのせいです。
 このリングは精神を肉体にシンクロさせていきます。10分かそこらで体は女に作り変えられたわけですが……精神の方は男の心の抵抗もありますし、それに精神は生活の中で少しずつ作られていくものです。毎日の行動の中で。
 男は男の生活があり、女は女の生活があります。おのずと『男の社会』『女の社会』が形成されます。
 その『文化』の中で育まれたオトコの心……それが少しずつオンナの心になっていきます。
 この『指輪』には、肉体と精神のギャップを埋めるための機能がついていて、それがここへきて作用し始めたらしいです。
「おっ沙紀ちゃん、今日はべっぴんさん連れてるね」
 八百屋さんが愛想かどうか、そんなことを言ってきました。
「この子? あたしの後輩」
 得意げな沙紀さん。彼女はわたしに挨拶するように言いました。

「初めまして。お屋敷で今日一日お世話になる山村ありすです。もし採用されたらよろしくお願いしますねっ♪」
 ……ダメだわ。もうすっかりしとやかな女モードになっている。
 指輪を抜けば……でもそんなことをしたら、たぶん『プログラム』が途絶えて、わたしは一生女で生きなくてはならない。
 それは…………困る。……だけど、「べっぴんさん」って言われて嬉しいのはなぜ?
「あ……ああ……よろしく」
 八百屋さんが顔を赤らめている。「ようし、べっぴんさんのありすちゃんにサービスだ。まけてあげるよ」
「あたしまだ買うもの選んでないんだけど……」
 沙紀さんがそう言っている。これってもしかして……わたしの色香が惑わせたってことかしら?


 夕方、「あたし」たちは一息入れていた。なにしろ「先生は今日はお泊りになるそうです」と、ジローさんが伝えたからだ。
 だからキチンとさえしておけば、何してても自由。
 ご飯も一緒に食べていたし……って、そのあたしが雇い主じゃないっ。なんだかすっかりメイドになりきっていたわ。
 さっきより口調がくだけているけど、それだけ『自然に女になっている』のだと思う。さっきのは、どこか芝居じみていたし。

 とにかくあたしたちはテレビを見ていた。夕方のニュースが流れている。

『次は水の事故です。釣りをしていて川に流された我が子を助けようとして飛びこんだ母親……子供は無事に救出されましたが、母親は力尽きて亡くなったという、痛ましい事故がありました』

「あららー」
 沙紀さんが文字通り他人事で言う。
「かわいそうですぅ」
 真彩香さんが同情して泣きかけている。そしてあたしは……
「ちょっとありす? 何を泣いてんのよ?」
 ニュースに同情したのか、ぽろぽろと大粒の涙を零していた。
 自分の危険も顧みず、子供を助けるために飛び込んだ母親……その気持ちがいたいほど伝わってきてしまった。
 あたしは知らずお腹に……そう、子供を宿す場所に手を当てて泣いていた。
 やだ……こんなの本当の女の人でもないわよ。たぶん一気に女になったせいで、過剰に敏感になっているのかもしれない。
「……ありす」
 沙紀さんがその胸に、あたしの顔を埋めさせてくれた。
「……優しい娘なんだね……いいお母さんになれるよ……」
「沙紀せんぱぁい…」
 ダメだわ。今のあたしは完全に心まで女。……もしも今、男の人に口説かれたらOKしちゃうかも。


「いただきまぁす」
 それからしばらくして……だいぶ落ちついた。同時に自分が実は男だと『思い出して』きた(どこかの某優柔不断高校生みたいだけど)。
 思い出してきた途端に、泣いたことが猛烈に自己嫌悪。
 ただ精神がまだ女よりなので、引きこもるとこまではいかなかったが(笑)。
 三時ごろ……変身してから8時間で精神の女性化が目立ちはじめ、そして少しずつ女の心になる。
 おそらくはさっき……午後五時からがピーク。
 そして今、夕食を食べている七時は下降線だと思う。
 たぶん徐々に男の精神に戻るはずだ。
 もしも女の心のままで体だけ男に戻っていたら、今度は反対側のギャップに苦痛を感じていそうだわ。
 だから先に精神を戻すみたい。こんなことまで出きるなんて、とんでもないプログラムね。
 確かに『別人になる』と言う目的でなら、精神まで変われば完璧であろう。
 松戸教授に依頼したのはどんな人物か。別の姿を持つ必要のある人物か? それとも女になりたいのか? どちらにしても危険人物ね。


 それでも……今日は楽しかったかもしれない。もちろん『えらい目にあった』のだけど、楽しかった。
 男として生涯を過ごしていたら見ることのなかった視点。それだけでずいぶんと世界が変わる。それが楽しかった。
 明日の朝にはまたもとの男に戻る。女でいるのはあと少し……こうなるとむしろ積極的に楽しみたくもなる。
「沙紀さん、真彩香さん、お茶にしましょうか?」
 わたしは意図して柔かい口調で持ちかけた。
「いいねぇ、お茶の煎れ方も教えてあげるよ」
「……じゃあたし、お菓子出しますね」


 午後八時。食後でそのままお茶を飲んでいた。ボクの心もだいぶ男のそれに戻ってきた。
 それでもこの対等な立場でのたわいもない会話は、とても楽しい。
 そう言えばいつもは会社で命令したり商談したり……上下関係か利害関係か。
 そんなものが一切ない、優しい心安らぐ関係。
 これは女同士だからなのかもしれない。
 僕がまた男に戻ったら……いくらフランクな沙紀先輩でもそれなりに神経を使うし、男と女じゃやはり距離がある。
 これも女になったおかげでわかったことなのかな。



 そして十時。楽しいお茶会は終わって、オレの心もまた男のそれに戻ってきた。ピークは過ぎて下降線。
 24時間と言うなら、明日の朝七時半には元に戻る。事実上女でいるのは今夜だけだ。
「ふわああああ……今日は良くがんばったね、ありす。この働きぶりなら旦那さまも気に入ってくれるさ。あたしが推薦しておいてあげるよ。……真彩香、あんたも推薦してあげなよ」
「え……えーと……ハイ!!」
 いや……雇う人間と雇われる人間が同じなんだが……
「よっし、労ってあげよう。……真彩香、風呂沸いてるんだろ?」
「はい、沸かしてありますよ」
「OK。……ありす、あたしが背中流してやるよ。真彩香、あんたもどうだい?」
「え……えっとですね、そ……そう、洗い物、洗い物がたくさんあるからお二人でどうぞ」
 オレの正体を知っている真彩香は裸を見せるのをいやがったらしい。でも裸を見せたくないのは俺も同じ。
 さすがにそこまで『女同士の関係』にはなりたくなかった。真彩香を手伝うと言う名目で逃げよう。
 でも……せっかくだから、最後にこの体で風呂にも入ってみたい気が……




 

真彩香の洗い物を手伝う…○ 沙紀と一緒にお風呂…●



あとがき

 いよいよ運命の選択です。選択次第では男に戻りますし、あるいは女で固定されます。その選択は皆様方に委ねられます。

 自分のところでも連載してますが、どうも僕は起承転結の『転』でつっかえる傾向があります。
 今回も見事に……まぁ別なこともしてましたけどね。自分のサイトの連載とか。

 今回はメイド修行。そして女友達としての関係になります。
 またこれはTSとは関係ないかもしれませんが、『上に立ち指揮をしている男』から『下につき受身になっているメイド』と、立場が正反対なのも面白いかも。

 でも今回はあまりコメディ色が出なかったかな……


 お読みいただきありがとうございます。

 
『真彩香の洗い物を手伝う』…○

  『沙紀と一緒にお風呂』…●




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