甘い香りでむせ返る狭い部屋で、オレは鏡に映る自分を見ていた。
 体育の授業が終わって着替えてる最中、上を脱いでハーフパンツを残した時点で姿見に映る自分の肉体が気になって動きを止めていた。
 胸には本来なら無駄になるはずの下着が、きちんと機能をしていた。
「なまっちょろいなぁ」
 オレの喉が高い声を紡ぐ。
 鏡の中、半裸のオレは真っ白な肌をしていた。
 そのうえ力強さを全く感じさせない体に変わっていた。
「うーん。退院してから一年もたつのに、まだ戻らないなぁ」
 すっかり細くなった腕を見てオレは嘆く。
「入院していたせいか太っちまってこんな胸になったし」
 まるで相撲取りの胸だった。それが前方に突き出している。

「ほんと。立派なもんよね。65Dのブラがぴったり」
 割って入ってきたのも半裸の女。幼馴染というやつだ。名前は半澤留華。
 ショートカットなので体育でも髪の処理が要らないのはうらやましい。
 オレも切りたい。
 けどおふくろは「似合うから」と髪を切ってくれないし。
 いくら「ロン毛」でもケツまで届くのは行き過ぎだ。
 
 それはさておき
「わっ。何見てんだよ。お前女だろ?」
「あんたもね。みーこ」
「美樹彦だ! オレの名前は川原美樹彦。女みたいなあだ名をつけるな!」
「みたいじゃなくて一年前から病気のせいで本物の女でしょーが」
 留華はオレをどやしつける。
「うるさいうるさいうるさい。オレは男だ!」
 オレが張り上げる甲高い声が、女子更衣室にこだまする。

オレが女になったなんて絶対に認めないんだからねっ

城弾

「あんたねぇ……普通の男はそんな駆逐艦みたいなふわふわした声してないわよっ」
 留華が即座に言い返す。
 グ……痛いところを。
 この声がコンプレックスで無口になりそうだ。
「ある俳優は声変わりしないまま成人したというぞ。オレのもそうだ」
 オレも言い返した。口では女に勝てる気がしないが、負けるわけにはいかない。認めることはできない。
「それじゃその真っ白な肌は? いくら色白でも、そんなきれいな肌の男なんていないわよっ」
 こいつも何かむきになってきていた。
「こ、これは……そう。入院。入院していた時に全く日に当たらなかったから」
「退院してから一年するのにそんなに白いままなの?」
 別の女子が混じってきた。
「ほんと綺麗よね。うらやましい」
「作り替えられたからなのかしら? 赤ちゃんみたいな肌よね」
「それにいい匂いだわ。とても元は男の子なんて思えないわ」
「娘って書く方の男の娘だったりして」
「体もそんなに大きくなかったしね」
 隣のクラスの女ども(着替え中)まで寄ってくる。
 悪かったな。163センチでよ。女子とそん色ねぇけど
「だーかーら。オレは男だ。病気のせいでこうなっただけだ」

 一年前。五月のある日、突然男のシンボルが「もげた」。
 自宅でトイレに入って『出そうと』したら「取れた」のだ。
 全く痛みはなかった。
 まるで髪の毛が抜けるように取れてしまった。
 当然だがあわてて病院へ行った。
 そこで言われたセリフはちょっと忘れられない。
「難病で体が女性のものになっている最中で、その際に『これ』は腐り落ちた」と。
 オレの「息子」は接合されることなく処分された。
 それがあったところはまるで元からそうだったかのように、きれいな表面をしていた。

 すでに進行中だったとかで、それが目に見え始めた時期だった。
 そこから加速がついて筋肉が落ち、脂肪が増えていく。
 胸が膨らみ尻も大きくなった。
 肌も白くなり甘いにおいを醸し出したらしい。
 声すらも声変わり以前に戻ったどころか『かわいらしい』ものに。
 少しずつ変わって行った。

 そして今に至る。
 強引に女子扱いにされ、体育まで一緒だ。
 最初こそ「男が来た」と警戒心丸出しだったこいつらも、今じゃ同性扱い。
 油断していると襲っちまうぞ。
 妊娠しても知らねーぞ……させたくても「もげちゃってる」けど。

「もう。なんだってそこまで頑なに否定するのよ?」
 留華は真顔になって言う。
「否定? 当然だ。オレが女になったなんて絶対に認めないっ」
「ブラジャー姿で言われてもねぇ」
「しかもちゃんとカップに詰まっているし」
「パッドじゃなくて自前の胸が」
「これは太っただけだと言ってるだろうが」
 隠すようにキャミソールを被った。
 これも変態になった気分なんでブラウスを着こむ。
 今ではすっかり右前の服も慣れてしまったのが悲しい。
 プリーツスカートをウエストで留める。
「女子制服もよく似合っているし」
「仕方ないんだよ。男子制服で歩くとじろじろ見られて。まさか女装した方がスルーとは思わなかったわ」
「その顔と体形で男子制服じゃ、そりゃ違和感バリバリだわ」
「くッ。この女顔のせいで」
「女顔じゃなくて女の顔でしょ」
「元が男の子だから可愛いというより中性的な美人タイプよね」
「化粧映えしそう」
「制服は仕方なく着ているが、他に女ものは着ないぞ。化粧は論外だ。女装趣味になったらどうする?」
「今のあんたにはスカートもブラウスも普段着でしょ」
 留華もブラウスのボタンを留めつついう。
「だいたい何よ。そのウエスト。元からの女子でもそこまでくびれてないわよ」
「不思議だよなぁ。胸はこんなにぶくぶくに脂肪ついてんのに、腹は出てなくて」
「……」
 なんか留華が呆れているようだ。このまま引き下がればいいんだが、そうはいかなかった。
「それじゃその安産体形のお尻はどう説明するの?」
「知ってるだろ。オレ野球部だったの。腰を鍛えたらこんなに大きくなってさぁ」
「どう鍛えたらここまで立派になるのよ……」
 留華は額に手をやる。
 よし。論破したっ。

「早くしなよ。そろそろ次の授業がやばいよ」
 別の女子に言われていったんはここで終わる。

 高校二年生の五月。春の陽気と体育の後で眠気に見舞われる。
 うつらうつらしていたが違和感がそれをふっ飛ばした。
 ヤバ。血が出てる。
 オレはやむなく手を挙げてトイレに行きたい旨を告げた。
 視線を集めて死ぬほど恥ずかしい。
 事情を知るのは教師も同じで、オレは責められずに済んだけど。
 逆に気遣われて留華を付き添いにされた。

 子供のころから慣れている奴らなら、ある程度の予測ができてそれなりに対処出来たろう。
 だがオレの場合は「場数が足りない」のをみんな知ってる。それで大目に見られていた。
 ただしこの幼馴染は容赦というか遠慮がない。
「みーこ。これが来ても自分は男だなんて言い張るの?」
 ここぞとばかしにせめてくる。
「病気のせいかなぁ? 定期的に腹がゆるくなってさぁ」
「はぁ?」
 留華は驚いたような表情だが構わず続ける。
「なんか切れ痔もあるみたいで、連動するみたいに出血しやがるし」
 その血で汚れた部分をきれいにして、ナプキンを貼り付けたものに下着を替え処理は終わった。
「そこまで言い張るとは……」
 完全にあきれ顔だ。
「あれね。花粉症の人間が初期は絶対に認めないのに似ているわ。風邪だって言い張るあれ」
「だから言ってるだろ。認めたらおしまいだ。生まれてから15年以上も男だったのに『今日から君は女の子』とか言われて『はいそうですか』と受け入れられるか」
 ちょっと怒り顔で返答する。
 それを受けてか真顔になった留華が口を開く。
「そうやっておばあちゃんなっても抵抗を続けるの? 80まで生きるとしたらあと60年以上。男だったころの4倍以上の長い時間を生きるのよ。それを苦しみながら過ごすの?」
 留華が執拗に「オレは女」と認めさせたいのはこういうことか。
 案じてはくれているんだな。けどおせっかいだ。
「認めちまったら、男だった自分が何だったのかわからなくなるだろ」
 それにこんなわけのわからないことで今の肉体になったんだ。
 またわけのわからないことで元に戻るかもしれない。
 一縷の望みってやつだ。

「まぁいいわ。戻りましょ」
 さすがに授業を抜け出しているのだ。これ以上はやってられない。
 オレたちは教室へと戻る。

 ほどなくして放課後になる。
 病気のせいもありオレは部活に入り損ねた。
 正確には入院するまでは野球部だったんだが、この体になったのでいられなくなった。
 留華はバレー部だが今日は部活のない日で一緒に帰る。
「おっ。今帰りか? ミキ」
 長身の男子生徒が声をかけてきた。
 甘い顔。そしてさわやかな態度だった。
「太一!? お、おう。そうだぜ」
 安藤太一。オレの親友。クラスは隣なんで登下校の時にしか会えないけど。

 女の留華相手には平然と会話するのに、どういうわけかこいつの前だと口調がおかしくなる。
 病気のせいなのかいつも頬が赤くなる。
 こいつは肌の白さゆえに目立つようになったと解釈しているが。
 オレのほうはこいつの顔をまともに見られなくなっていた。なんでこんな気持ちに?
「安藤君も帰り?」
 留華と俺は幼馴染だが、太一とは高校で知り合った。だからこの反応の違い。
「いや。これから部活」
 バットスイングのまねごとをする。そう。こいつは野球部でオレと同じ部活だった。
 二遊間を組んでいたのもあり、よく一緒に練習していたので仲良くなった。
「馬が合う」ってやつだ。
「たまには顔出せよ。みんな喜ぶぜ」
 親友は言う。
「ば、馬鹿言うなよ。オレはもう退部してるんだぜ」
「女の子が来て嫌がる男はいないぜ」
 それだけ言うと太一は部活へと急いだ。
「えへへへ」
 久しぶりに親友としゃべって、オレは顔が緩んでいた。
「『ミキ』ねぇ。安藤君には女の子扱いされても怒らないんだ?」
 冷ややかに言う留華。オレはギクッとなった。
 そうなんだ。どういうわけか奴にだけはこの扱いされても嫌じゃない。
「か、勘違いしないでよね。別にあいつのことを変に意識なんてしてないんだからっ」
「……口調がずいぶんと女の子に近づいているわね」
「!?」
 オレは思わず口を押さえた。
 その様子を見てため息の留華。
「帰りましょ」
 それだけ言うと無言の帰途に就く。

 途中のファーストフードに立ち寄り、それぞれコーヒーを買って場所を取る。
 座るなり「本題」に入る留華。
「みーこ。安藤君のこと好きなんでしょ?」
「そそそそそそそそそそそんなことないっ」
 自分でも赤くなっているのがわかる。
「確かにあいつはいい奴だし、部活でもうまくやってたし、入院中も見舞いによく来てくれていたし、優しいし、イケメンだし、部活で見た胸板は引き締まっていたし」
「後半は完全に恋する乙女じゃない」
 いうと留華はコーヒーをすする。
「だから違うと何度言えばわかる? オレは女じゃない」
 甲高い声で言うと店内の数人から注目を浴びてしまう。
 そんなに変なこと口にしたか?
「女でしょ。その気持ちにウソがつける?」
 どこか優し気な留華の口調。
「ウー……」
 詰んだ。

 騒がしい店内だがオレたちの周りだけ静かだったように感じる。
「ああ、認めるよ。あいつに惚れてんのはな。でもオレは女じゃない」
「まだいうの? 男の子に恋してんのよ!? あんたもう心まで女なのよ。もっと楽になりなさいよ」
 エキサイトしたのか。威圧したいのか立ち上がる留華。
「認めないっ。オレが女だなんて絶対に認めないっ。認めたら男だった時代を否定してしまう。それは御免だ」
 オレも立ち上がってしまう。じろじろ見られているが知ったことか。
「あんた今『だった』って言ったわよね? 過去形を使ってたのよ。無意識?」
「だ、だからそれは……」
 言葉が続かない。オレは半ばやけくそになって叫ぶ。
「男に恋するのは女だけか!? 男が男を愛して何が悪い!
 切れ気味に叫ぶ。そして自分の言葉に目が覚める。
「……そうだよ。男を愛する男だっているじゃないか
「え? まさか? そんなナナメ上の発想?」
 留華も察したようだ。
 それに向けてオレは勝ち誇って言う。
「そうだよ。オレはホモだったんだ。男だからホモだ。オレは男だ。女じゃない。あはははははは
「……そこまで言うなら好きにすれば? もう勝手にしなさい」
 留華が匙を投げたようだが、オレは気持ちの高鳴りのまま笑い続けていた。
 オレは男だ。やっとはっきりした。




 数日後、自分の気持ちを認識したオレは、太一と遊ぶ約束を取り付けた。
 映画(恋愛もの)を見て食事と。
 現在はその待ち合わせの前に留華の家。
 借りるものと手伝ってもらうことがあって。
 借りるものは借りた。もう一つのことももうすぐ終わる。

「はい。できたわよ。見てごらんなさい」
 留華が笑顔で言う。
「ありがとう。どれどれ」
 オレは鏡を覗き込む。
 白い肌。ピンクの瞼と唇。赤い頬。黒く長いまつげ。
 留華には化粧も頼んでいた。
「うわぁー。ほんとに女に見える」
「だから女でしょ。服も『らしさ』を引き出しているわ」
 借りて着ているのも、フリフリひらひらなピンクのワンピース。
「やっと自分が女の子だって認めたみたいね。服借りに来て化粧まで頼んでデートなんて」
「……留華。実はオレ『女装趣味』にも目覚めたんだ」
 そうだ。『女装』だって男にしかできない。
「今のあんたには普段着だけどね。あ。普段着は違うか。勝負服ね。下着も新しかったし」
 目前で着替えたので見られている。
「太一にも世間体があるでしょ。女装趣味の男を連れてるなんて言われちゃかわいそうだし。だから女に成りすますことにしたの。まずは内側から」
「それでランジェリーも新調したのね」
 留華の言葉に頷く。
 いったん口を閉じ、喉を調整する。ことさら高い声で
「だからあたしが男だってばれないように、今日一日は女の子のふりをしているわ。言葉遣いも太一の前だけは女言葉にするわ」
「むしろ今のみーこを見て、男と思うほうがどうかしているわ……」
 なんだか悟ったような表情になる留華。
「それじゃ留華。お洋服借りるわね。あ、こんど女装用の服を選ぶのに付き合ってくれる?」
「はいはい。付き合ってあげるからそろそろ行きなさい。デートに遅れるわよ」
「もう。デートじゃなくて男同士の遊びなの」

 そうよ。あたしは『ホモ』で『女装趣味』なだけ。
 肉体も胸があって、ウエストくびれて、お尻大きく、足の付け根はまったいらだけど、それでもあたしは男。

 あたしが女になったなんて絶対に認めないんだからねっ。

あとがき

 今作のテーマは「往生際の悪さ」で。
 僕の作品では性転換すると心まで女の子なっちゃうキャラばかりで。
 確かにそれじゃTSの面白さである「心は男で体は女というギャップ」が楽しめないかと。

 そこで逆に徹底してここまで言い張らせました(笑)
 生理を腹痛はまだしも切れ痔と言い張るのは、当人も無理を感じている気が(笑)

「もげた」というのはインパクトのある言い回しを求めた結果で(笑)

 当初は太一と結婚して、妊娠に至って「やっぱり女になっていた」と全部ひっくり返そうかと思ってたんですが、むしろ最後までそのまま通した方が面白いと思いデートに出向くだけでとどめました。

 言い張らせるには強引に「女子であることを納得させようとする存在」が必要で。
 その役回りを留華に。
 女子にしたのは男子だと「女になるなんて認めたくないよな」と同調しそうで。
 もともと女子なら「女になるののどこが嫌なの?」という心理で。
 留華がむきになってきたのはそれもありで。

 太一は単に主人公の恋の相手というだけで。

 メインタイトルもいつもほどシンプルではなくライトノベル風に(笑)

 今回ネーミングはあまりこだわりなくで。
 ただ主人公だけは「ちゃんとした男性名だが愛称が女性的になる」という命名で美樹彦/みーこ・ミキと。

 お読みいただきましてありがとうございます。

城弾

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