二月。
 とある高校の放課後。
 その畳敷きの部屋。
「縁」の無い畳が敷き詰められた武道場で、柔道部の乱取り稽古が行われていた。
 ともに坊主頭の柔道部員が試合さながらの白熱で技をかけあう。
 しかしやや大柄な方がもつれて倒れこんだ刹那に相手を組み敷く。
「出たぁっ。春日の抑え込みっ」
「あいつはほんと寝技得意だからなぁ」
 見学していた部員の言うとおり彼、春日巴衛(かすが ともえ)は寝技の達人であった。
 得意の体勢に持ち込みさぞかし「どや顔」しているかと思いきや、練習とはいえ真剣な……でもなく「浮かない表情」だった。
 その理由は技をかけた相手との密着だ。
(なんだって来る日も来る日もむさいヤローと肌を重ねなきゃならんのか)
 言ってることに間違いはないが、表現に難がある。
(しかも冬場とはいえ裸の胸元。それが男の。俺はホモじゃねーっつーの)

「グッ。うっ」
 抑え込まれている相手・白山操(はくさん みさお)が抜け出そうと息を荒くしている。
 それがさらに「むさくるしい思い」につながり思わず妄想にふける。
(これがせめて可愛い女の子を抑え込んでるんだったりしたら、寝技の練習もハッスルなんだけどよぉ)
 実に「男らしい」妄想だった。
 全く本音だった。
 それが密着した相手に「流れ込んで」行く。

「あんっ。ああんっ」
 急に白山の声が甘く変わった。
 気のせいか重なる胸元に心地よい柔らかさが。
「(おいおい。男のくせになんて声出してやがる?)……なんだあっ!?」
 思わず飛びのいて技を解除した春日。
「お前……白山なのか?」
 そこに残されたのは無骨な柔道部員と思いきや違った。
 柔道着からのぞく引き締まった胸板が柔らかそうな双丘に。
 同時に浅黒い肌が白くなっていく。まるで闇が朝日によってなくなる夜明けのようだった。
 175あった身長が明らかに160を切るほどに。
 横幅も縮み華奢に。
 坊主頭がベリーショートくらいに伸びる。
 甘くなったのは声だけではない。醸し出す香も花のようになる。
「なんだ? 何が起きているんだ?」
 きれいな可愛らしい声が発せられる。

 そう。白山操は美少女に変身してしまったのだ。
 まさに春日巴衛の望んだままに。

寝技の達人

「お、俺が女になっただと?」
 お約束で胸と股座を確認して、白山みさおは自分の肉体の変化を理解した。
 泣きそうな表情が憤怒に変わる。
「春日っ。俺に何をしやがったっ!?」
 自分を抑え込んでいた相手を「犯人」と決めつけた。
「いや。俺にも何がなんだか」
 そうとしか言えない。
「ふざけるなぁっ」
 望まぬ性転換をさせられた白山は、柔道着のまま突っかかっていく。
 不思議なことに小柄になったはずなのに柔道着のサイズがあっている。
 いつの間にか裸の胸ではなく、白いTシャツを着ていたのも謎。

「あ、あぶねえっ」
 かわしつつその勢いを利用して投げてしまう。そしてそのまま「癖」で抑え込んでしまう。
「くそっ。放しやがれっ」
 言われて試合でも乱取りでもないから要求通りに解き放とうとするのだが
(あ。いい匂い。それに柔らかい。くーっ。元が男と言えどこんな相手ならいくらでも)
逆に密着してしまう。
 女性の肉体との密着で条件反射で男のシンボルが元気になる。
 それが白山の「柔肌」に当たる。
 そんなものを当てられればたまらない。真っ赤になって怒り怒鳴る白山。だが
「な、何を当ててるのよぉっ!?」
「のよ?」
 そう。語尾がおかしい。
「ち、違うのっ。あれ? あたし、なんで? 女の子みたいなしゃべり方にっ」
 口調だけではなく表情の作り方まで女性的に変化している。
 それどころか髪の毛がうなじにかかるくらいに伸びてきている。
「わあああっ。気持ち悪いっ」
 超常現象を目の当たりにして春日はまた飛びのいた。

「なによぉー。女の子をつかまえて『気持ち悪い』はひどいわ」
 口調どころか自意識も女性にシフトしている。
 髪の毛もうなじにかかるほどに伸びた。
 かなり女性的になった。
「訂正しなさいよっ」
 心身ともに女子化しても、やってきた柔道の技はしみついている。
 突進して春日の柔道着の襟をつかむみさお。
 技を仕掛け体勢を崩しにかかるが、そのまま両者倒れてしまう。
 そうなるともう寝技の達人たる春日の餌食だ。
「わ。またやっちまったっ」
 ここまでくるとさすがに抑え込みと女子化の因果関係に考えか及ぶ。
 とはいえ小学生からやってきた柔道である。
 寝技が得意な師範だったせいか春日も寝技をマスターしていった。
 10歳から初めてこの時点で16歳。
 6年の修練は同世代であれば寄せ付けないレベルになっていた。
 言い換えると体に染みついていてやるまいと思っても反射的に出てしまう。

(最初ので女の体に。次ので心も女に。今度はどうなる? スイッチみたいに切り替わってくれたらいいんだが)
 そう願うものの
「あん。もっと優しくお願い」
 甘えるような口調のみさおがいた時点で絶望した。
「白山。お前な」
「もう。みさおって名前で呼んでよ。それにこんな場所じゃなくて、二人っきりでベッドの上で組み敷かれたいわ」
 悪化していた。
 まさかの恋心。
 いくら今が美少女でもそれと交わる気にはなれない。
 髪の毛が肩にかかるほどになったのでなおさら女子に見える。
 一瞬、鼓動が跳ね上がるが「こいつは男」と思い出す。
 慌てて離れかけるが、逆に首に手を回されて立ち上がれない。
 そしてそのまま下に引き寄せられ、ためらいなく衆人環視の中でみさおは春日の唇を奪った。

 呆然とする一同。
 慌てて口を離す春日。
「ななななななな」
 口が回らないのか言葉にならない。
 一方のみさおは完全に『メスの顔』である。
「きゃ。やっちゃった。でもいいよね。愛してるんだし」
 まるでタコのように絡みついてくる。
「はーなーせー」
「いいよ。保健室のベッドか体育用具室で続きにしよっか?」
 完全に表情がいっちゃっている。
 下手すると本気で「神聖なる道場」で「おっぱじめかねない」有様。それも逆レイプ。もっとも積極的な方も元は男だが。
「引き剥がせ」
 見かねた主将。水道橋一颯(すいどうばし いぶき)が命じ、みさおは四人がかりで両手両足を持たれて連行された。強制退場となる。
 保健室でどうにかなるはずもないから、帰宅して病院に行くよう命じられ更衣室に送られる。

 道場では春日がヘタリこんでいた。
「助かった……」
 男に迫られるという恐怖から逃れた春日は安どのため息をつく。
 しかし休んでいられなかった。
「今度はオレとだ。春日」
「え?」
 やっと解放されたと思ったら水道橋が命じてきた。
 二年生だが実力は随一。
 三年が引退したこともあるが二年になったときから次の主将は彼だといわれその通りになった。
 その期待通りのリーダーシップを発揮している。

「原因が白山にあるのか? お前にあるのか? それを追究する」
 なるほど。これで水道橋まで女子化すれば原因は春日である。だが
「いや。それよりアイツも俺も部活禁止にすればノーリスクなんじゃないかと」
 思わず突っ込むが
「お前に原因がないなら無実の罪ということになる。だから証明はいる」
 理屈は通る。
「そんな危険なことを他のものにやらせるわけにはいかんから俺がやる。まだ質問があるか?」
「……いえ。ないです」
 引き下がる春日。彼はこう考える。
(こりゃ公開処刑だな)
 水道橋の実力は随一だ。
 抵抗すらできずに投げ飛ばされるままになると予感してげんなりした。

 道場の真ん中。試合同様の位置に立ち対峙する二人。
 水道橋は主将というだけでなく、実力者ということでか長髪を許されている。
 それがさながら幽鬼のようだ。
「来い」
「行きます」
 実験ということもあり積極的に襟を取りに行く春日。
「やられる前にやれ」という思いもある。
 しかし容易にはとらせてくれない。
 春日が寝技の達人なら、水道橋は立ち技のスペシャリストだった。
(なんとか食らわないようにしないとな)
 もっともな考え。
 だがそれを見越したのか水道橋が投げ技の前段階として体勢を崩しかかる。
 水道橋は春日の体勢を崩したが、自分もまきこまれ気味に引き込まれる。
 こうなると本能的に勝ちを狙いに行く。
 言い換えると自分の最も得意な手……つまり寝技へと無意識に移行していた。

(しまった!? けどこれで何もなければオレは無罪放免。原因は白山にあるってこった)
 しかしそんな春日の思惑もむなしく水道橋が美少女……むしろ「美女」と呼ぶのにふさわしい存在に変身していく。
「わああっ。またかよっ」
 慌てて飛びのく春日。
「主将を女にして押し倒した」なんて言われても反論できない状況だからだ。
「こ、これは?」
 戸惑うその声も少し色気のある。
 水道橋の年齢通りなら17歳だが二十代前半くらいの印象の声だ。
 背も縮むが元が長身だ。それゆえか背の高い美女になる。
「わーっ。原因はオレの方かぁーっ。変なことを考えたからこうなったっていうのかぁーっ」
「なんだと? お前は乱取りに集中せず何を考えていた?」
「はぁ。それは」
 異常事態が立て続いていわばパニックに陥った春日は、言わなくていいことを言ってしまう。

「貴様。そんな不埒なことを考えてた挙句に、こんな事態を引き起こしたのか? 許せん」
 水道橋はやはり冷静さを欠き、あろうことか「私闘」で柔道の技を繰り出そうとしていた。
「さっきの見てなかったんすかぁーっ」
 これでは白山の二の舞。だから逃げていたが出口に先回りされた。
 そのまま春日の懐に飛び込み、投げ飛ばそうとした。
 ところが体が縮んでいるのである。
 つまり作用点が変わってくる。それでかけ損ねた。つぶれる。
 そして体に染みついたのが裏目に出てまたもや抑え込んでしまっている春日。
「てめーこそさっきのこと覚えてねーのか?」
「この鳥頭ぁ」
「女と密着したいからって二人も変えるか?」
 元は男と言えど女を抑え込んでいる形の春日に容赦ない罵声が。
「身についた技が勝手にぃ」
 実力者相手故より強くかけていた。
「おいおい。抑え込みにしちゃなげぇぞ。もう二本くらいとれてんじゃねぇのか?」
 笑いが起きる。
 寝技による抑え込みは30秒で「一本」だ。
 二本なら一分以上という単純計算。
 柔道はほとんどが一本勝負だが、仮に三本勝負でも立て続けではなく仕切り直すから一本取った時点で離されることを記す。

 しかしこの場合は違っていた。
「ウフフフっ。そんなに私を離したくないか? いいぞ。お前の子供なら産んでやる」
 飛びのいて春日は離れようとしたが、逆に水道橋が首に手を回して離さない。
「このたくましい腕に抱かれているうちに、女としてお前と添い遂げるのも悪くないと思ってな」
 漫画だったら瞳にハートが描かれているような表情。
「なるほど。先の白山はいわば合わせて一本。主将は単純に一本取って精神女性化を通り越してほれちゃったんだ」
「のんきに分析してないではがしてくれーっ」
 春日が絶叫する。そこに一人の女子高生が飛び込んで、プロレスのタッグマッチの妨害のように水道橋を足蹴にした。
「あうっ」
 さすがに柔道にタッグマッチはない。慣れてない(?)攻撃にあっさり離される水道橋。
「いつまでもしがみついてんじゃないわよっ。おばさんっ」
 濃紺のブレザーと灰色のスカート。小さめのツインテールとすっかり変わったが白山みさおその人であった。

「お前、その制服はどうした?」
「あたしのよ。着替えに戻ったら服が全部女の子のになってたの。それも下着なんかちょっと汗臭かったから着ていたみたいね」
「なんだそりゃ?」
「もしかして存在自体がもともと女だったことに?」
 生徒手帳を見せてもらうことにした。
 顔写真が今の女子のもの。性別も女子になっていた。
「どうやらそうらしいな」
「私もなのか? もしそうなら戸籍も女かもしれない。それなら春日と入籍もできる。急いで確かめねば」
 足蹴にされたことを流してしまうほど急いで、水道橋は更衣室へと向かった。
 唖然と見送る一同。

「あの主将があんな色ボケに?」
「まるっきり女じゃねーか。男の自覚無くなってんのかな?」
 見ていた部員のつぶやきに答えたのはみさおだった。
「あたしもなんだか段々生まれた時から女だった気がしてきて。だから巴衛のお嫁さんになるのは抵抗ないよ」
 これだけならかろうじて『可愛い』で済むかもしれないが
「ううん。むしろなりたい。巴衛の赤ちゃんなら何人でも産んであげるから」
 また絡みつく。
「なんでそろいもそろってそっちに発想が行くんだよぉ?」
 高校生のみそらで父親。しかも相手は元・男じゃたまったもんじゃない。
「だってあんな情熱的に組み敷かれて抱かれたら……ねぇ。強い男に惹かれるのは女の本能みたいなもんよ」
「おさえこみだ。単なる寝技。むさくるしい男から逃げろよ。お前も」
「男だった時は確かにそうだったんだけど、女の子やってるうちにがちがちに硬い胸板のたくましさにきゅんとなって」

「あなたの胸元も大して変わらないんじゃなくって?」
 また女だ。
 腰に達する黒髪ロング。みさおが『可愛い』ならこちらはは「美人」だった。
 長身に釣り合った大きな胸である。
 そのプロポーションだと女子高生の制服もやや不似合いというのか皮肉だった。
 緑色のリボンが三年生であることを示していた。
「春日。お前もこんな小娘ではなく、わたしのような女がいいのだろう」
 口紅で彩られた唇が艶めかしい言葉を紡ぐ。
「もしかして……しゅ、主将っすか?」
「ええ。水道橋いぶきよ。わからない?」
「わ、わかんねぇっすよ。化粧までされちゃ」
「そうね。私は変わったわ。あなたがわたしを女にしてくれたのよ」
「あの、誤解を招く言い方しないでくれます?」
 ある意味では間違いではない。
「そうよ。おばさん。ちょっとくらいおっぱい大きいからって偉そうにしないで。おばさんのは垂れる一方でしょ」
「あなたのは垂れるほどの大きさもないみたいねぇ。本当に女になれたのかしら? そこだけ男のままなんじゃないの」
「なんですってぇ。厚化粧ばぱぁ」
「ふん。色気皆無のお子様はランドセルをしょって小学校にいくことね」
 火花散るにらみ合いだ。

 怯えて部員たちが距離を取る。もちろん春日もだ。
「な、なんであそこまで女になり切ってんだ?」
「お前、組み敷いた状態で『女欲しい』なんて思ってたんだろ?」
「それが寝技にこもるようになったみたいだな」
「抑え込んだ対戦相手を自動的に女子化させるらしいな」
 推理を進めていく部員たち。
「言い方をもう少し考えてくれないかな?」
 これでは身もふたもなかった。

 その場は解散となった。




 翌朝。
 部活の時のことが悪夢だったらと願いつつ登校してきた春日。
 その希望を絶望に変える存在がいた。
「おはよう。春日」
「…………おはようございます。主将。朝から気合入ってますね」
「ああ。普段より入念にメイクしてきた」
(「普段より」? やっぱり過去から変わっているんだ。元は男と認識しているのは柔道部員だけか?)
「水道橋! お前は何度言えば化粧しないで登校してくるんだ!?」
 生活指導の教師が怒鳴りつける。
(やっぱり前から化粧していたことになってるんだ? 過去まで変わっている)

 注意された水道橋は悪びれず弁明する。
「先生。今日は女の子にとって特別な日なのでご勘弁を」
 いうとかばんからラッピングされた小さなものを出した。
「誰よりも早くお前にチョコをあげたくてな」
 2月14日。バレンタインデーだった。それで待ち構えていたのだ。
(か、完全に女になっちゃってる。まずい。こいつを受け取ったら元・男と交際して、挙句に逆レイプされかねない。かといって機嫌を損ねたら部活でどんな目に……)
 そこに「救いの女神」であり「破壊神」となるべく存在が来た。
「あーっ。抜け駆けするなんてずるいーっ。巴衛にはあたしだけがチョコ上げるんだからーっ」
 白山みさおが特大のチョコレートを持ってきたが、それを投げ捨ていぶきに襲い掛かる。
「巴衛はあたしのもんなの。引っ込んでて。ババァ」
「春日は誰にも渡さない。小娘こそきえな」
 とうとう制服姿のまま柔道の技を繰り出し始めた。
 気づかれないようにそーっと校内に入る春日である。

 春日は教室の自分の席に着くとぐったりして机に突っ伏した。
「……朝から疲れた」
「よっ。モテモテだな」
 同じクラスで同じ柔道部の男子がからかい全部で声をかける。
 答える気力もなかった。
 幸いにして学年の違う水道橋はもちろん、同学年のみさおも別のクラス。
 安住の地に春日のクラスはなる……はずだった。

「とっもえー」
 すっかり女子高生と化したみさおが飛び込んできた。
「あー。みさみさだー」
「あいかわらず春日君LOVEなんだから」
「このバカップル」
 このクラスの女子には女友達としてみなされているのかと春日は思った。
 もちろんのんきに待ってない。
 三階だが窓から飛び降りる。
「ウソぉ!?」
「……シャーロック・ホームズが転落したのに助かったのはバリツ(武術/柔道)の達人だったからという設定はあったけど……」

 一方飛び降りた春日は空中で捕らえられて驚いていた。捕らえたのは水道橋いぶき。
「読み通り。あの小娘が迫ってきたら窓から逃げると踏んで待ち構えていた。邪魔の入らないように空中で捕獲した」
「キャプチュードかよ!? 前田日明か。あんたは?」
 などと会話しながら舌を噛まずに着地するのはさすがの達人というところか。
「さしずめ逆お姫様抱っこだな。本番の結婚式では私のことをこうしてくれよ」
 男前な美人だった。もともと男だが。
「主将。嫁に行くつもりなんすか?」
 真顔で突っ込む春日。
「私だって女だ。小さなころからお姫様にあこがれていてな」
「だーかーら。それはまやかしの記憶なんですよ。結果的に俺がねつ造した過去で、そんな人生歩んでないんすから」
「そうか。つまりお前によって私は小さなころから運命の赤い糸で結ばれていた……いや、違うな。結んだんだ。お前が」
「人の話を聞けーっ」
 しかしこれは存外無駄ではなかった。
 ベッド目当てに保健室へと向かいかけたが、三階からみさおが間に合った。
「でぇぇぇぇぇぇーいっ」
 スカート生足にもかかわらず校庭でスライディングしていぶきの右足を払う。
 さすがに春日を抱えたままで不意打ちを食らったのでたまらず転倒する。
 投げ出された春日はさすがに柔道部員。
 きっちり受け身を取りダメージを最小限にとどめた。
「まったく、油断も隙もないおばさんね」
「またしても邪魔を。こうなったらお前をどうにかしてから春日を婿にとる」
 またもや争い始めたが今度は校庭と目立つ位置。
 それぞれの担任が駆けつけ、こっぴどく叱られた。
 そのせいかその日はもう来なかった。

 しかし翌日になってもみさおは来なかった。
 それどころか柔道部に出れば主将の水道橋まで不在。
 ともに欠席だった。
「静かで助かる」と春日はのびのびと柔道の稽古をしていた。
 もちろん寝技は使わないようにしている。

 欠席が三日となるとさすがに無視もできない。
 そのため柔道部で誰かが様子を見に行くことになった。
 それに選ばれたのが両者に因縁があるということで春日。
 渋ったし拒否もしたが、そもそもの発端が春日にあるといわれては言い返せない。
 やむなくみさおの家から出向いた。

「あらあら。春日君。うちの子の様子見に来てくれたの? 助かるわ。あの子ったらどこも悪くないのに学校行きたくないって引きこもってて」
「はぁ」
 みさおの母親に一気にしゃべられて相槌しか打てない。
「上がってくれる。彼氏の言うことなら聞いてくれるでしょ」
(やっぱり親にまでもともと女だと思われているんだな。それにしちゃ簡単に男をあげるなぁ)
 そう思いつつも言われたとおりにみさおの部屋に来た。
「白山。入るぞ」
「か、春日かっ!?」
 声の裏返ったみさおの返答。
(ん? 心なし口調が男に近い気が?)
 すでに入るといっていたのでそのまま入る。
 部屋までパステルピンクにまみれた女の子の部屋になっていた。
 そのベッドの上で布団をかぶっていた。
「何やってんだ? お前はよ」
 布団をはいでしまう。
 やはりピンクの装飾が多めのパジャマを着たみさおが顔を真っ赤にしていた。
「笑いに来たのか?」
「は?」
「女になり切ってお前を追いかけまわしていたオレを、笑いに来たのかと訊いてるんだ」
 聞き逃せない自己代名詞が。
「俺? 白山。お前自分のことを『俺』って言ったか。意識が男に戻ったんだな」
「ああ。とたんにそれまでお前にアプローチしていたのがめちゃくちゃ恥ずかしくなって」
「いや。ありゃ順正の女子でも冷静になると恥ずかしいぞ」
「それを男なのにやっちまったんだぞ」
「なるほど。登校拒否にもなるか。とは言え心だけでも男に戻ったのは何よりだ。とにかく出て来いよ」
 春日はみさおの背中に腕を回して、起こそうとした。
 ところがやや不安定な態勢の上に、まだみさおの肉体は女子なのだ。緊張したら体勢を崩してしまった。
 そのままベッドの上でのしかかる……袈裟固めの態勢になっていた。

 パステルピンクの部屋。ぬいぐるみもある。可愛らしいパジャマ姿。寝汗が醸し出す甘い香り。
 本来は男とわかっていても、今は美少女なのだ。意識する。
 そのせいか離れるのが遅れた。
 みさおはほほを染めて小さな声で告げる。
「……いいよ。春日君があたしのことを欲しいっていうならあげる。でもママがいるから気を付けてね」
「わーっ。また女の心になっちまったーっ」
 しかしその声が「ママ」を呼び、部屋に飛び込んできたので脱出できた。

(えらい目にあった。しかし時間が経てば心だけでも戻るってわかった。また今みたいなアクシデントを起こさないように主将の家には行かないようにしよう)
 逃げつつ考えをまとめる春日。

 翌日。まだみさおもいぶきも出てこなかった。
 ただし理由が違う。
 いぶきはみさお同様に心が男に戻り痴態を恥じ入り引きこもっていた。
 心は男で体が女というのも外に出る気にさせなかった。
 みさおのほうは男とベッドにいた形で親に叱られて外出禁止になっていた。
 春日のことで母親とケンカになったというから、せっかく男に戻った心を女にしてしまったのは確かだった。
 だから「何もしない」というのが解決策と判明した。

 次の月曜。
 水道橋が男の姿で部活に出てきた。
 日曜に一気に男に戻り、同時に本来の過去に戻ったという。
 もう一度女の子の心にしてしまった分だけみさおは遅れたが、火曜にはやはり本来の男の姿で出てきた。
 両者ともに男に戻ったら家族にたたき出されたので出てきた。
「一生の不覚。春日には迷惑をかけた」
 水道橋は深々と頭を下げた。
「俺も同罪だけど、元はといえば春日のおかしな能力で」
「あんなもん想定できるか」
 やり取りも全く以前のままだ。
 水道橋と白山。ともに身も心も元に戻っていた。
 それを見ていた一堂にある考えが浮かぶ。

「なんだ。元に戻れるんじゃね」
「戻れるんだったら」
「それに元から女だったことになるなら面倒な芝居もいらないし」
「春日に惚れちゃわないようにだけは気を付けて」
 部員たちが一斉に春日のほうを向く。
「春日! オレと乱取りしようぜ」
「俺も美少女にしてくれ」
「一度くらい女になってみたかったんだ」
 一斉にとびかかり技を仕掛けていく。
 百人組手の様相だ。

 この場合動きの止まる寝技は論外。
 しかしいくら投げ飛ばしても襲い掛かってくる。
 次第に疲れてしまい要求通りに。
 そう。全員を寝技にかけた。
 その時は協定を結んでいて妨害なしで。
 春日の方も大人数相手でつい得意なうえに休める寝技になってしまう。
 最後のほうはやけくそで「お望み通り」に寝技を仕掛けていった。
 そしてこりごりになった白山や水道橋。春日本人以外の柔道部員がみんな、女子になってしまった。

「やったわ。美少女になってる」
「あ、でも心も女で女の体に興味なくなっちゃったわ。更衣室や女風呂も意味なしだわ。残念」
「あたしはそれでもいいわ。いちどスカートで歩いてみたかったの。この体なら堂々とできるわ」
 女の子にされて嬉々としている面々を見て春日は思う。

(もう寝技は封印する。立ち技だけでやっていく)

 決意を新たにする。

 その決意は本物で男のままの水道橋。そして白山を相手に立ち技の稽古に精を出す。
 両者ともに女としてかなりのところまで行っていたのもあり、寝技の封印は歓迎で稽古に付き合っていた。
 それもありメキメキ腕を上げ、投げ技だけで地区予選を突破できるほどになっていた。
 いくら寝技が達人級にうまいといえどそれだけで勝てない。
 立ち技も基本はできていた。
 だから呑み込みも早かった。



 立ち技だけで地区予選を突破した春日は、全国大会・個人の部一回戦を迎えていた。
 体格はほぼ互角の相手。有利も不利もない。
 互いの技量がものをいうと思われた。

 しかし「寝技の達人」という評判が有利に働いた。
 体勢を崩されると寝技を警戒してしまっていた。
 それを立ち技で投げにかかる。
 勝手に二択に陥っていた。

 それで幻惑して春日は優勢に進めていた。
 とうとう豪快な一本背負いで春日は対戦相手を畳にたたきつけた。
 一本! 勝負あった。
 あとは相手が立ち上がり互いに礼をしたらおしまいだった。そのはずだった。
 見る見るうちにその相手が美少女へと変貌していく。
(な、なんで? 寝技は使ってないぞ。完全に封印したはずなのに?)
 狼狽える春日。鼓動が早くなる。
 そして対戦相手は完全に女体化してしまった。
 それどころか表情からして女に。

 淫靡というか妖艶な。まるでベッドルームで男をいざなうようなそれ。
 甘ったるい声で「お姉さまぁ」と春日に向かってねだる。
「お、俺は男だ。女じゃ……なんだ? この甲高い声は? まるで女の?」
 変化はそれだけじゃない。
(な、何だ? だんだんと変な気分に。こんなスケベな女にアピールされりゃそりゃそそり立つが……勃たない? それどころか濡れてる? 俺のあれはどこ行った?)
 会場のざわめきがひどくなる。更なる異変を感じ取る。
(こいつはもう完全に女になっているのに何をまだ……俺だ! 俺が変身している!?)
 自分で自分は見えないがそれでも髪が伸びている感触はわかるし、胸がずっしりと重くなったのもわかった。
 はだけた柔道着からのぞく胸元がどんどんと膨らみ、同時に華奢な体つきになっていく。
 白い肌に変わっていく。
「な、なんで俺まで女になってるんだ?」
 発した声も澄んだ綺麗なものに。
 見る見るうちに全体的に縮み、大観衆の見守る中で春日も美少女に変身してしまった。

 そして心も変化する。
 先に変身した対戦相手を見ていたら、次第に自分の心も変わっていくのが感じ取れた。
「うふふふっ。もう何でもいいわ。今はただ子猫ちゃん。あなたと楽しみたいわ」
 まるで変ってしまった春日……ともえは畳にはわせた相手の唇を奪う。
 たっぷり一分以上舌を絡めていた。
 すでに呼吸の荒い美少女を、ねっとりとともえは大観衆の見守る中で攻めていく。
 二人のレズプレイは審判員に止められても続いていた。

 そう。寝技を封印し立ち技を習得した春日ともえは、同時に「タチ技の達人」に変わっていたので自らも女になったのだった。



それまで!


あとがき

 発想の大本はラストの駄洒落ですね(笑)
 そこから逆算した形で。

 最終的には女性化しますけど、それまでは女性化させる立場が主人公として進むやや珍しい展開かと。

 やたらに積極的なのはその方が後で正気に返ったときに恥ずかしさも段違いかと。
 それとやはり寝ころんだ態勢で密着というのがそちらに発想をさせて。

 ちょっとつっかえたけど途中のドタバタで乗ってきました(笑)
 つくづくラブコメ好きなんだな。

 大オチの落としたわけですが中には意味不明の方もいると思います。
 ググってもいいけど、親御さんに尋ねたりしないでください。
 僕に抗議文がきますから(笑)

 名前ですが柔道の聖地。講道館の最寄り駅が春日で。
 そこから都営地下鉄三田線縛りで(笑)両隣の駅から白山と水道橋。
 「巴衛」はもちろん「巴投げ」のそれから。女性的な名前になりますし。

 お読みいただきまして、ありがとうございました。

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