第4話「Fantastic Vision」

 朝。蒼空学園前の停留所にバスが到着して、まりあが沈んだ表情で降りてきた。
「二人揃って先に行くことないじゃない……」
 優介どころか亜優まで先に登校していたのだ。
 亜優は朝練。優介は不明。だが前日からまりあの兄。修一が不在とわかっていたため立ち寄らなかったと思われる。
 おかげでこの日はひとりで寂しく登校となってやや不機嫌。

 そんな彼女の視界に女子ばかりの集団が入る。
 中心にはひときわ目立つ金髪の少年。火野恭兵。
 ブリーチした金髪だがむしろ容貌にフィットしている。まさに「王子様」と言う雰囲気であり、取り巻く女子たちもその雰囲気に酔っていた。
 まりあは悪酔いしそうだった。
 学園の「アイドル」同士。恭兵が「王子様」ならまりあは「お姫様」と言うべき似たような存在なのだが、どうにも恭兵の軽さが気に入らない。
 例え相手が男性を恋愛対象としている優介でもそれをひたすら追い続ける彼女には、多数の異性をはべらせるそれが理解できなかった。
 もっとも女の立場としてはこの浮気性なところがやはり我慢できそうにない。
 しかし向こうは承知の上でこうしている。わざわざ一言言う義理もない。
 だから係わり合いを避けることにした。「スキャンダル」の火種を作りたくない。
「やぁ。まりあ。おはよう」
 向こうから火種を作りに来た。まりあはげんなりとした。
(優介には置いていかれるし、最低の朝だわ……)
「いい朝だね」
 神経を逆なでしているような一言である。
「わたしは憂鬱よ」
 不快感を隠そうともしない。
「なんでだい?」
 あくまで優雅な「王子様」。絵になるのは認めるが、まりあとしてはどうにも好きになれない。
 無視していたらとんでもない結論を導き出された。
「ああ。そうか。気にすることはないよ。胸なんて脂肪の塊なんだから」
「だれが胸を気にしているなんて言ったのよっ!」
 念のために言うとまりあはBカップ。
 格別大きくはないが別に恥ずかしいというほどではない。普通といえる。
「まったく…身体測定を覗きそうで恐いわ」
 「お姫様」も何もあったものじゃないまりあの口調。ある意味では素顔を引き出されていた。
「身体測定…ああ。そうだった」
 表情を見ている限り本気で失念していたようである。それだけ取り巻きの女子たち相手に心を向けていたというところか。

 四月も終わりになっての身体測定である。全校一斉に行われる。
 保健室に列を作っている2−D女子。その中で憂鬱そうな表情の詩穂理と美鈴。
 悩んでいるのは同じ部位だが、悩みのベクトルはまったく逆だった。
(何とかAカップにはなったけど…もう少し…せめてもう少し…)
 この美鈴の悩みに共感できる女子は少なくない。対して
(はぁ…せめてトップが90切ってないかしら…最近ますます男の子の目が……)
 これは口に出せない詩穂理の悩み。アンダーもある「太目」なら同情する女子も多かろうが、なにしろ彼女はGカップ。
 あまりにも目立つ胸元だった。
 やっかみや嫉妬は受けても同情はまずない。
 幸せはますます逃げていきそうなほど、盛大にため息をついていた。

 抜群のプロポーションとまでは言わないが、とりあえずはスタイルも悪くないのがまりあ。
 なに不自由ないような美少女にも悩みがある。それもどうにもならない苦悩が。
(Bカップかぁ…いっそAAAくらいだったら髪を切って、そして男子の制服を着れば男の子に見えるかしら? そうしたら優介も少しは振り向いてくれるかな?)
 恋している相手の恋愛対象は同じ少年。
 それなら少年のような姿になればまだ望みがあるかも…この絶望的な恋をどうしてもあきらめ切れないまりあである。
 時に自分の「女の子そのもの」の容姿が恨めしく思えるときすらある。
 体形なのか、雰囲気なのかパンツルックが似合わない。
 本人の趣味も人形のようなひらひらした服。
 どうしても「女の子」の部分が前に出る。
 何よりもこうして優介と言う少年を思い続ける気持ちが「女の子」だった。

(身長ありすぎかなぁ…美鈴みたいにとは言わないけど、詩穂理くらいなら可愛いよね)
 思えば恭兵がはべらしているのも可愛らしい女子ばかり。
 既に170に届きそうななぎさは暗澹たる気分に。

 保健室の外で列を作りながらため息の4人娘だった。

「あらあら。美鈴ちゃんはこれから?」
「栗原先輩」
 美鈴の所属する家庭科部の部長。栗原美百合である。
 どうも三年は既に終了して本来の授業に戻っているようだ。
「はい。美鈴たちはこれから…その…」
 胸囲を測るというのが同性相手に言いにくい。
「んー」
 その若干ウェーブの掛かった栗色のロングヘアを揺らしながら美百合は顔の向きを変えた。
「あなた。お名前は?」
「え……槙原です。槙原詩穂理」
 突然言われて詩穂理が戸惑いつつも返答する。
 共にロングヘア。そして立派な胸元である。
「詩穂理ちゃんね」
 にこやかに言いつつ美百合はその右手で詩穂理の左手を。その左手で詩穂理の右手を取る。
「はい。ばんざーい」
 小さな子供に服を脱がせるように詩穂理の両手を真上に上げる。
「部長。それは」
 考えがいきなり理解できた美鈴が青くなる。
「???」
 わけがわからないがその得体の知れない「女性性」に圧倒されて為すがままのメガネ娘。
「ちょっと失礼」
 言うなり美百合は詩穂理の胸元に両腕を回した。
 布越しとは言えど両者の大きな胸元がひしゃげるほどに密着。
「ひゃああああっ」
 まさか同性に「セクハラ」されるとは思わず、完全ノーガードの詩穂理は奇声を上げる羽目に。
 周囲の女子はドキドキしながら成り行きを見つめていた。
「わぁ。すっごく大きいわね。負けちゃったわ」
 手を離しながら感嘆したように言う美百合。
「バストをはかりたかったんですかっ」
「ええ。一目見て90超えているのはわかったわ。でもくっつけばもっと正確にわかるのよ。大体だけど92…」
「きゃあああああっ」
 「お堅い委員長」の悲鳴にビックリする一同。そして翻弄するこの先輩女子にも。
 その美百合は美鈴のほうを向き直る。そして胸元を一目見る。
「美鈴ちゃん。ファイトっ」
「…………ファイトでどうにかなるもんじゃないですぅ」
 泣きそうな美鈴だった。

 脅威は立ち去る。しかし爪痕は残る。
「詩穂理…あんた」
「優介みたいに同性が恋愛対象なの?」
 あまり仲のよくないはずのまりあとなぎさが同時に声をかけてくる。
「違いますぅ。私はヒロ君が…あっ」
 災難ついでか自爆までした詩穂理。
「なになに? オレがどうしたって」
 いきなり当事者が現れた。別の空き教室で男子は胸囲を測っていた。
 女子と違い服の着脱に手間が掛からない。その上半裸でも平気で歩くから早い。
 まさに裕生が上半身裸で出てきた。
「ひ…ヒロ君。なんでそんな格好で」
 完全に動揺して人前なのに「ヒロ君」である。
「ん。服を着ていたらオレのことを言ってたみたいだからさ」
 途端に周囲の目が詩穂理に注がれる。
「へぇー」
「こんな状態でも委員長の声は聞き分けられるんだ」
「それも半裸で飛び出すほど」
 冷やかされていた。トマトのように赤くなる詩穂理。
「ん? どうかしたのか」
 まるで理解していない鈍感少年。
「いいから服を着て」
 思わずその背中を…つまり裸の背中を素手で押してしまった。ますます声が高くなる。

「どうしたんだい。仔猫ちゃんたち」
 こちらは明らかに意図して半裸で女子の前に現れた恭兵。意外にも引き締まった筋肉質の肉体だ。
 それを見てぼーっとなる女子たち。
(キョウ君……)
 幼なじみで、小さい頃は一緒に風呂にも入った仲だが、成長しての半裸はなかなか見ることもなかった。
 この学校は体育を男女混合。水泳も例外ではないのでそのときくらいだ。
 だからなぎさも例外ではなかった。
 美鈴は「男の子の裸」で目を向けられず俯いている。
 まりあは露骨に顔を背けている。
 詩穂理はそれどころではなかった。
 ボーっとなっていた女子たちは次に火がついたように声を上げだす。
 いわゆる「黄色い悲鳴」。まさにアイドルを目の当たりにしたファンのような騒ぎ方だ。
「騒がない騒がない。他に迷惑だろう」
 そうは言いつつも満更でもなさそうな美男子。「悦にいる」と言う状態だ。
(ああもう。自意識過剰のナルシス男…やっぱりわたしには好きになれそうにないわ)
 まりあがこうまで恭兵を受け入れないのは他にも理由がある。
 一年のときは同じクラスで執拗に迫られたからだ。
 もっとも今のまりあは優介に何かとアプローチをかけているので、それを言えた義理ではないが…。

「恭兵君。かっこいい」
 思考が麻痺して子供のような褒め言葉しか出てこない女子である。
「鍛えているからね。サッカーとかで」
 素材がいいのは確かである。だがイメージと裏腹に自分を磨く努力も惜しまない。
 貧相なボディで泣くのは女子だけではないのだ。
 もっとも過剰に筋肉を増やさないようにもしている。
 見た目の問題が大きいが、同時にスポーツをするうえで筋肉が偏らないようにする目的もある。
 「努力」の甲斐あって引き締まったボディ。それに女子生徒たちは酔いしれていた。

 だがここで更なる注目を浴びる存在が。
 恭兵が開けたままの出入り口から2メーター近い巨漢が。言うまでもなく大地大樹。
 彼もまた半裸である。しかも同様に半裸の水木優介を「お姫様だっこ」していた。
 優介は顔面血まみれで幸せそうな表情で気を失っていた。
「ゆ…優介。どうしたのよ一体?」
 最愛の少年がこの有様では恭兵のことなど頭から消し飛んだまりあ。
 一方では大樹の半裸でなおさら目をあわせられない美鈴。小学生なみの純情である。
「わからん。いきなり倒れた」
 とぼけているのか本気なのかそうこたえる大樹。
 言うまでもなく男子生徒たちの半裸に興奮して鼻血をふいて貧血を起こしたのが原因である。
 体育ではさっさと着替えてしまうが、じっくり眺められる状況なのが仇となった。

「…………」
 逞しいという言葉を具現化したような大樹が、女の子に見えるような美少年の優介を抱きかかえている。
 しかも両者共に上半身裸。容態を気遣っているためか、優しい表情の大樹。
 女子の妄想がオーバードライブするのに時間は要らなかった。
「美鈴。保健委員だったな。頼むぞ」
「え? 大ちゃん。今は女子が胸を…」
 美鈴の心配はもっとも。だが誰もその心配は無用と考えていた。
 何しろ男子の半裸で鼻血。あげく貧血になったような少年である。
 たとえ女子にオールヌードで迫られても反応しないかもしれない。
「先生。原林先生」
 美鈴は反対に保険医の名を呼んで出てきてもらうことにした。

 完全に持って行かれた形の恭兵。
(ならばもっとアピールをして…)
「ああ。僕がいけないんだ。少年を愛する彼に、この体は目の毒だったんだ」
 これが他の男なら「ギャグ」にしかならないが、説得力を持たせるだけの顔と肉体であった。
「そんなことないわ。恭兵君」
「そうよ。むしろ水木君も本望だったはずよ」
 あっと言う間に巻き返した。が…
「あんたはまたバカやって」
「ね…姉さん?」
 いつの間にか恭兵の姉。火野由美香が仁王立ちしていた。
 美百合と同じクラスの彼女。つまり美百合が移動教室なら彼女も同じ。
 そしてここを通るのは必然である。
「今は時間がないから見逃してあげるけど、うちに帰ったらたっぷり説教してあげるからね。覚悟しなさい」
「は…ハイッ…」
 こちらはキザを具現化したような男が直立不動に。それだけ姉が恐い。
「ちょっと。いくらお姉さんでも横暴じゃ」
「そうよそうよ」
 抗議する取り巻きたち。だが
「何か言った?」
 その迫力には太刀打ちできず沈黙を持って返答するのみだった。

 これで騒動は収まった。
 だが女子たちにアイドルのように騒がれているのをみて、沈痛な面持ちのなぎさだった。
 そしてそれを見逃さなかったまりあである。

 お昼休み。なぎさは教室にいたが弁当を広げる様子もない。
「あれ? 食べに行かないんですか」
 詩穂理もこの日は弁当。
「食べるよ。どう。一緒に」
 にっこり笑って誘いをかける。
「それじゃお邪魔しますね」
 詩穂理は誘いを受けた。
「あの…美鈴もいいですか?」
 一人で食べるよりは大人数の方がいいという単純な話だ。
「いいよ。おいで」
 すっかり元気になったなぎさである。
 恭兵がもてるのは今に始まったことではない。恋している故に落ち込みはするが、立ち直りも早くなっている。
「わたしもいいかしら?」
 バスケットを手にまりあが切り出す。その表情には何か含むものがある。
 正直「恋敵」相手は嫌だったが、露骨に拒否も出来ず受け入れた。

「凄いわね。美鈴さん。それ毎朝自分で?」
「えへへ。自分の分くらいね」
 台所に出入り禁止されているまりあとしてはとてもまねできない芸当である。
「立派ですね。私なんか母に頼ってばかりで」
 詩穂理の弁当は母親の手作り。ごく普通の話である。
「高嶺さんはそのサンドイッチはご自分で?」
「ううん。ウチのメイド」
 さらっと言い放つあたり「お嬢様」である。
「ところでなぎささん。お昼食べないの?」
「そろそろ来るよ」
「来る?」
 言った側から校門にバイクが。出前持ちだ。
 それは別に珍しくもない。教師が出前を取るなどいくらでもある。
 だがその出前持ちが教室に、しかも自分たちの所に来るとさすがに変である。
 若い男の出前持ちは教室の扉をあけて中を見回す。
「兄ちゃん。こっちこっち」
「おう。なぎさ。もってきたぞ」
 男はなぎさの兄。そしてなぎさの実家の中華料理店の店員でもあった。
「ほらよ。とんこつラーメンと炒飯」
 机に置かれる2品。ちなみにいわゆる半チャーハンではなく通常の量である。
「ありがと。どんぶりと皿は持って帰るから」
 分かれるときに両者共に手を振り合っていた。
 唖然としているクラスメイトたち。まさか教室で出前をとる人間がいるとは。
 そんな思いを他所にラーメンをすすり始めるなぎさ。しあわせそうな表情だ。
「なぎささん。あなた…」
 世間知らずの「お嬢様」のまりあとてこれには驚いた。
「ん? できたてで美味しいよ。今度ウチ来る?」
 どうやら教室に出前は彼女にとって大したことはないらしい。
「遠慮しますわ」
 まりあは横を向いてしまった。
(もう。火野君に対しての思いを確認しようと思ったのに、毒気を抜かれちゃったわよ)
 まりあが昼食を共にしようとしたのはそういう目的であった。

「相変わらずだな。お前は」
 珍しく一人の恭兵がなぎさに声をかける。
 他の女子相手に比べて調子が違う。
 それはやはり幼なじみで互いを知り尽くしているからだろう。
「キョウ君…」
 威勢の良かったなぎさも萎縮する。いきなり食べるペースが落ちる。
 別に恭兵は非難したわけではないのだが、それでも心臓が高鳴る。
(こっちがだめなら…)
 なぎさに対してのアプローチから方向を変えたまりあ。

ランチタイムの憂鬱

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの對馬有香さんに感謝。

 放課後。サッカー部は活動がなかった。
(さぁて。今日はどの娘と一緒に帰ろうか?)
 下校会話を楽しむ相手を探していた恭兵だが、帰りだけは部活に出る少女も多く登校時ほどつれまわしていない。
 それならと下校時は二人だけで会話を楽しむことにしていた。

 下駄箱では待っていたかのようにまりあがいた。
「やぁまりあ。どうだい? たまには一緒に帰らないか?」
 だめで元々のアプローチ。
「いいわ。わたしもあなたに話があったから」
「…………!?」
「どうしたの?」
「い…いや…否定前提で話しかけていたからビックリして…」
 それほど肘鉄を食らい続けていた。逆に言えばそれでも食い下がる「根性」。
「今日は付き合ってあげるわよ」

 学園の王子様とお姫様。
 この組み合わせに太刀打ちしようという女子はさすがにいない。
 だがグランドの真ん中で待っていたなぎさは、まりあが同行していると知らなかった。
「あ……」
 恭兵に誘いをかけるつもりだったらしい。だがまりあがいると知り、逃げるように立ち去った。
「いいの? 追いかけなくて?」
「なんで? アイツなら別に」
 冷たい…というより慣れ親しみすぎていた感じである。
(はぁ…なぎささんもわたしに喧嘩売る位しなさいよ…)
 付きまとう恭兵を押し付ける打算はあった。
 しかしそれ以上に恋愛に関してはうじうじしているなぎさが見ていられなくて、行動を起こしたまりあである。
 同じ「恋する乙女」としては人事に思えない……

 正門を過ぎたところでにこやかに微笑みながら優介が「一緒に帰ろう」と声をかけてきた。
 だが恭兵とまりあが一緒。
「あ……」
 なぎさと同じように逃げるようにかけて行った優介。
「いいのかい? 追わなくて」
 今度は恭兵がまりあに問う。
「…………いえ…今のも多分あなた目当てよ」
 さすがに呆れたような表情のまりあ。

 何とかまりあを口説き落としたい恭兵と、なぎさとの仲を取り持ちたいまりあの妙に緊迫感ある「下校会話」が始まろうとしていた。

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