第6話「Passenger」Part4

「くしゅん」
 可愛らしいくしゃみをするのはアンナ。
 自宅であるマンション。その自室のベッドの上。
 パジャマの前をはだけて、つぼみのような胸を見せている。
 その白い肌の上を聴診器が蝶のように移動する。
「ふむ」
 白衣を着た初老の男性は納得したようにつぶやく。
「ウィルス性ではなく、ただ単に体を冷やしたことで引いた風邪のようですな。これなら薬を飲んで、今日一日静養すれば大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。先生」
 アンナの母が深々と頭を下げる。
 親日家と言うせいでもあるまいが、日本流を理解している。
「この子ったら、ずぶ濡れのまま学校から帰ってきて」
「それじゃ夏でも風邪を引きますぞ。肺炎になっていたらちょっと厄介だったですな。間違っても古い薬は飲まないように。変身体質にでもなったら大変ですからな」
「は?」
「いやいや。こちらの話。ではお大事に」
 医師が往診を済ませて次の家へと行くべく玄関へ。それを見送りに母親も。
 部屋には彼女ひとり。アンナははだけた胸元をしまいこむと、ふたたびふとんを被った。
(うー。退屈だよぉ。フタバとチヒロ。お見舞いに来てくれないかな)
 そんなことを考えているうちにうつらうつらと眠気が。

 1−Dの教室。裕生がそこにやってきた。
「おーい。千尋」
 入り口から直接呼びかける。
「アニキ?」
 聞き間違いようのない実兄の声だ。姿を認めるとそちらに。
「どうしたの? こんなところに」
「いや。アンナちゃんはどうしているかと思ってな」
 言いつつ探しているが、目立つ金髪ツインテールはいない。
「アンナは今日お休みだよ」
「休み? なんでだ?」
 顔色の変わる裕生。
「うん。風邪を引いたみたい」
 誰だって風邪を引く。だから千尋は平然としている。アンナとの仲が良いのも、逆に他人行儀でなくなっていたのかもしれない。
 だが裕生にとっては距離があり、まだまだ「妹の友人」の域を出ない。
 その彼女に風邪を引かせた。それが彼の青ざめた原因だ。
「……行くぞ」
「え?」
「見舞いだ。とにかく謝らないと」
 声高になり、一年生たちの注目を浴びる。
「アニキ! 落ち着いて」
 千尋の甲高い声で我に帰る裕生。
「あ…ああ。すまん。つい…な」

 普段は神経質ではない。アクション以外に関しては無頓着な裕生だが、心の傷に触れる部分は平静ではいられない。
 裕生。そして千尋の母は幼い頃に川に落ちた千尋を助けようとして水死した。
 千尋はその時のトラウマで泳げなくなった。
 父。そして夫である哲也は、それまでヒーローのスーツアクターを勤めていたが「自分の妻も助けられないで何がヒーローだ」と一線を退き、後進の指導に回っている。
 そんな二人を鼓舞すべく、ヒーローを演じる役者を目指している裕生だが、それでもトラウマはある。
 知っている女性の体調不良には動揺する。やはり母を亡くしたことが大きく影響していた。
 またこの場合はアンナが風邪を引いたのは明らかに前日のスプリンクラーのせい。
 そしてそれを引き起こしたのは裕生なのだ。

「だが千尋。侘びはしたい。放課後にでも彼女の家に連れて行ってくれ!」
 見舞いと謝罪を真剣に考える裕生。それを邪険には出来ないが
(どうしよう…いくらアニキが原因としても、見舞いなんかにこられたらアンナ本気になるんじゃ? それじゃシホちゃんは? そうだ!)
 閃いた。
「うん。わかった。それじゃ放課後にお見舞いに行こう。アンナの家は学校の近くだから下校の時にそのままね」
 それを聞いて裕生は納得した。また授業開始が近づいているためこの場を去った。
(大変な状況だけど逆に言えばチャンス。これでシホちゃんとアニキが接近するかも)
 アンナに接近する裕生を見せて、詩穂理をたきつける。千尋はそれを狙っていた。

 そうなると詩穂理の連れ出しも必要となる。だがちょうどいい口実があった。
「数学を教えるの?」
「うん。今日教わったところなんだけどわかんなくて」
 昼休み。裕生にくっついて校庭に出ようとしていた詩穂理を捕まえた。
 詩穂理としては運動が苦手なので、正直教室で本を読んでいたいところだが、なぎさとの協定。そしてなぎさに裕生が接近しないようにするのもあり自動的に校庭に。
 余談だがかなり経つのに未だにバレーが上達しない。
 博学を鼻にかけるタイプではないが、運動よりははるかに自信がある。
 まして幼なじみの少女の頼みである。用事がなければ断るはずもない。
「あたしじゃないけどいい?」
「? それじゃ誰に?」
「うん。アンナなんだけど」
「え? どういうこと?」
 そりゃあそうだ。詩穂理とアンナには同じ学校の先輩後輩という以外につながりはない。
「実はあたしもわかんなくて。アンナは今日、学校を休んだけどアンナに上手く説明できそうにないし」
「つまり千尋ちゃんの代りに教えればいいのね?」
「正確にはあたしにも教えてくれると助かります」
 拝んで見せる。これは演技ではない。実際に理解が追いつかなかった。
 それだけに説得力があり、詩穂理は信じた。
「わかったわ。放課後に一緒にお見舞いに行きましょ」

 そして放課後。詩穂理は緊張していた。
(な……なんでヒロ君がここに?)
 女の子ばかりの勉強会兼見舞いのはずだった。
 それなのによりによってもっとも意識する異性がここに。
「よっ。シホ。お前も行くのか?」
「う、うん」
「そうか。だが先に俺が謝ってからにしてくれよな」
「謝る?」
 ここで詩穂理はアンナがなぜ風邪を引いたか。そして裕生がどうして同行したか知る。
「そういうことなら……」
 理屈は理解したが、緊張は解けない。
 それを見てほくそえむ千尋。
(シホちゃん意識してる。いい感じかも。それなのにアニキったらこの「好き好き光線」を完全無視だし。鈍感!)
 それに対する「荒療治」である。

 一行は妙な緊張感を持ちながら目的の場所へ。

 入り口付近に医者がある、アーケードで覆われた商店街を突き抜ける。
「ええと……出てすぐのマンションだから」
「なんだ? 千尋。お前遊びに行ったことはないのか?」
「あはは。アンナだけならともかく、ご両親も外国の人だし。そんなにいたら緊張しちゃうんで」
 彼女には珍しい曖昧な笑み。いわゆるごまかし笑い。
「留学かぁ。凄いよね。まったく風習の違う国で暮らして、そして勉強だなんて」
「シホちゃんの学力だったら、どの国でもやっていけそうな気がするけどなぁ」
「無理無理。言葉も通じないそんな場所で一人でなんて私には…」
 ちらっと裕生のほうに視線が。それはまったく無意識の行動だった。
 そう。そこには裕生がいないというのもある。
「たいしたもんでもないだろ。ちょっと寄り道するようなもんだ」
「もう。ヒロ君たら気楽なんだから」
 こういう文句は普通に言えるから不思議な乙女心である。

(寄り道…か。いつかはアンナも自分の国に帰るんだろうなぁ。人生という名の旅行をするパッセンジャー…旅人。その寄り道。でも…)
「千尋。ここか?」
 目的と思しきマンションにたどり着く。
 我に帰った千尋が生徒手帳に記してあるアンナの住所を照らし合わせる。
「ここみたい」
 電車通学の双葉はここの前を通る。逆に帰路も同じケースが多く、見慣れてはいよう。
 だが自転車通学で反対に行くことが多い千尋はうろ覚えだった。
 ちなみに双葉は部活で、後ほど一人で見舞いに来るという。
 これは口実で裕生と詩穂理をなるべく二人にすべく策を弄したのである。

 一同は目的の部屋に出向き、チャイムを鳴らした。
 インターホンから女性の声が。
 それに対して千尋が
「こんにちわ。アンナのクラスメイトの風見千尋です」
 そう名乗ると警戒したような声がなくなり大騒ぎ。
 しばらく待たされ扉が開く。
「チヒロ! え? 先輩たちまで……」
 パジャマ姿のアンナであった。
 千尋と双葉と思いこみ、自分から出迎えたが双葉の代りに詩穂理。
 こちらは何で来たのかわからないがもう一人。
 風見裕生…つまり異性の前にパジャマ姿で出たのが恥ずかしくなって赤面する。

 アンナの部屋。
 一応は静養中の身ゆえふたたびべヘッドに。
 通された三人は床に直接座る。
 ちなみに親日家であるホワイト家では日本流で家に上がると靴を脱ぐ。
 そのためか直接座っても問題のないカーペットであった。
 千尋がアンナにもっとも近く、その後ろに裕生。そのそばに控えるように詩穂理である。

「具合はどう?」
 まずはそれである。
「大丈夫。お医者さんに診てもらって、薬を飲んで寝たらもう平気。明日は学校に行けるよ」
「そう。よかったぁ」
 そういう千尋より風邪を引かせた形の裕生がよりほっとしていた。

「アンナ君。今回は本当にすまなかった」
 裕生が頭を下げる。しかしそれが何を意味するかアンナは理解できなかった。
「えーと? 先輩。それは何を言ってるんですか?」
 本気できょとんとしている。
 今はさすがにベッドの上ということもありツインテールにはしていない。
 腰に届く金色の髪をおろしたままだ。
 つり目と青い瞳。ぬけるような白い肌。それできょとんとした表情だからやたらに可愛らしい。
 なんだかんだでまだ16かそこら。美しいというより、可愛いという方が的確。
「ああ。調子に乗ってあんなことをして、結果として君に風邪を引かせた。それを謝りにきた」
「だからここに。それでわかりました。いいですよ。先輩。濡れたまま帰った私が悪いんですし」
「だがそうは言っても」
「あの…いいかしら? 千尋ちゃんに代わって今日の授業の内容を教えるように頼まれたんだけど」
「それでシホリ先輩は。ありがとうございます」
 こんな割って入るようなことではない。
 だが何か口実をつけないと際限なく謝り続けそうな裕生だった。
 いかに非があるとはいえど、そうまで「へこへこ」しているのは見たくないので、詩穂理は強引に割って入った。
「チヒロも一緒にお勉強しよう!」
「うう。苦手なんだけど……復習になるからやった方が良いよね」
 ベッドの上での勉強会が進行する。
「のけ者」になった裕生である。

 終わる頃にはアンナは詩穂理とも仲良くなっていた。フレンドリーなのは特技の一つである。
 詩穂理も相手が千尋の友達ということで打ち解けるのが速かった。
「なぁ。何か俺にも出来ることはないかな?」
 胡坐をかいた状態で尋ねてくる体育会系少年。
(うー。意外に拘るなぁ。せっかく詩穂ちゃんが頭下げないようにしたのに…)
 若干その思いが表情に出ている千尋。ただしアンナたちには見えない。
「あの……なんでもいいんですか?」
 何故か頬を染めて上目遣いで尋ねるアンナ。ふとんを引っ張りあげて首まで隠している。
「おう。オレに出来ることなら何でも」
「何でもですか?」
「おう。何でもだ」
 体育会系の安請け合い。千尋にはそう見えた。
 しかしアンナはそれを真に受けた。
 顔を赤らめていたが、意を決して「願い」を告げる。

「それなら……抱いてください」

 千尋は殴られたような衝撃を受けた。
 詩穂理は呼吸が一瞬止まった。

「な……な……何を……」
 まともに声を出せない状態の詩穂理。
「何を言っているのよ? アンナーっ」
 甲高い声ですぐさま怒鳴りつけたのは千尋。
 相変わらず不測の事態には弱い詩穂理であった。
「なんだ。そんなことか」
 気軽に言うと裕生は立ち上がりアンナのベッドによる。
「ごめんよ」
 言うなりふとんを剥がして、パジャマ姿のアンナをいわゆるお姫様だっこする。
「これでいいのか?」
「は……ハイッ」
 輝くばかりの満面の笑み。本当にアンナが望んでいた「抱いてもらう」とはそういう意味だったらしい。
(そう言えばあの騒動のときもアニキ。こういう抱っこしてたっけ)

「あの……センパイ。良ければそのまま、あのドアをくぐってもらえます?」
「良いぜ。ただドアノブは任せて良いか?」
 両手がふさがっているからである。
「はい」
 唖然とする千尋と双葉を他所に、アンナをお姫様抱っこした裕生はリクエストどおりにドアをくぐる。
 静かだったアンナだが、ふたたびドアをくぐってベッドに寝かされたとたんにキャーキャー騒ぎ始めた。
 不快から来るものではなく、興奮から来るものだ。
「あーん。夢みたい。そうかぁ。いつかは私も……」
 本当に夢見る表情である。
「なんか知らんが、喜んでもらえたんなら良かったよ。ところでトイレ借りたいんだが」
「あ。部屋を出て右です」
 裕生が退出してから千尋が尋ねる。
「アンナ? どういうこと?」 
「うん。あのね。私の国では結婚式を挙げた花嫁は、最初に新郎にこうやって抱かれて新居に入るの」
 聞いたことはある二人である。詩穂理も秀才である前に「女の子」。結婚式に関しては興味もある。
「それでこの前、先輩に偶然ああいう形で抱きかかえられて、それを夢見ちゃったの。だからもう一度お願いしたくて付きまとってました」
 最後の方は詩穂理に向けてである。
「な……なぁんだ。そういうこと」
 とんだお騒がせ娘に脱力する千尋。
「なにか心配した? でもやっぱり最後は自分の国に帰って結婚するし。お兄さんを取ったりしないから安心して」
「あ……あたしは別にばかアニキのことは。それより詩穂ちゃんが気にしていたはずよ」
「わ……私?」
 本当に意識していたのかと考える。
 「抱いてください」を別の意味に取ったとき、何を思ったか。
 詩穂理はそれを恥じて赤くなる。そのときちょうど裕生が戻ってきた。
「おい。シホ。顔が赤いぞ?」
「こ……これはその……」
 まさかエッチなことを考えていたとはいえない。
 一方の裕生は真剣な表情になる。
「まさか風邪をもらったんじゃ?」
「え? これは」
 遅かった。言う前に裕生が額を詩穂理の額にあわせてきた。
 互いの呼吸音が聞こえ、心臓の鼓動が伝わりそうな至近距離。
 詩穂理はもっと赤くなる(ちなみにアンナと千尋は興味津々で固唾を呑んで見守っている)
「顔が熱いしますます赤くなった。病院いくぞ。シホ」
 言うなり彼女をまるで赤ん坊でも抱きかかえるように軽々と「お姫様抱っこ」する裕生。

「ち、違うのヒロくん。これは…」「アニキ。いっちゃえ」「いいなぁ。憧れるなぁ」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの藤本渚さんに感謝!


 当然そのままでは出られない。
「千尋」
「はいはーい。アニキ。ドア全部開けて上げるね」
 二人を接近させるためにこの場に呼んだのだ。こんなチャンスを逃す手はない。
「ちょ……ちょっと、千尋ちゃん」
 じたばたもがくが体力のある裕生ががっちり掴んで逃れられない。
 千尋のアシストもあり、そのまま幾つものドアを潜り抜けて出て行ってしまった。

「うわぁ。アレが新婚さんならいいのにねぇ」
 何しろ結婚生活の幕開けの儀式を幾度もやっている。アンナがそうつぶやくのももっともだ。
「これでアニキも少しは気がつくといいけどね」
「自分の気持ちに?」
「う……」
 多少距離があったせいか、アンナの方が良く見えていた。
 裕生も間違いなく詩穂理に対して特別な感情を抱いていると。
 しかし極端な鈍感。かつて母親をなくし、親しいものを失った恐怖からか気がつこうとしない。
「いいなぁ。あんなに好きになってもらえたら、幸せだろうなぁ」
 天井を見上げてアンナがつぶやく。
「アンナ……」
「そうしたら私。国に帰らないで死ぬまで日本で暮らしてもいいけどね」
「え? まさかアンナ……」
 慌てる千尋を見て噴出すアンナ。
「あははは。やっぱりお兄さんのこと好きなんだ。チヒロだって気がついてないじゃない。あはははは」
「このぉ」
 そのままふざけてじゃれあいになる二人であった。

 長い人生の旅路の中で、ほんの少し立ち寄ったはずの異国の地。
 しかしそこで友を得たことにアンナは心から感謝していた。

 余談だが、詩穂理を抱きかかえたまま裕生は商店街を突っ切った。
 必死なため詩穂理の釈明に耳を貸さなかったのだ。

 揺れて恐い。抱きかかえられたあげく、人々の視線にさらされて恥ずかしい思い。
 さらに病院では異常無しで恥をかき、とどめに靴を履かされなかったため帰りもお姫様抱っこで。
 しかも商店街を今度はゆっくりと抜け、恐怖がない分さらに恥ずかしさを味わった。

 そこにあるのはロマンスどころではなかった。
 ただ、自分のために裕生が必死だったのだけは、暖かい思いを感じた詩穂理であった。

次回予告

 少女はなぜ、少年を愛するようになったのか? 少年はなぜ、少女を嫌い男に走るようになったのか?
 女子グループ。男子グループそれぞれで明かされるまりあと優介の過去。
 次回、PLS。第7話「Time Passed Me By」
 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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