第8話「Fallin’ Angel」

 梅雨時の合間。この日は見事に晴れ渡り爽やかな陽気であった。
 放課後の今。グラウンドを使う部活がこの機を逃すまいと精力的に活動していた。
(よーし)
 陸上部の百メートルトラック。そのスタート地点でなぎさは気合を入れていた。
 わざわざ入れるまでもなく自然と昂ぶっていく。
 相変わらず素足は見せないため下はジャージだが、上は早々とタンクトップであった。

 スタート地点で屈む。そしてヒップを上に持ち上げて飛び出す。いわゆるクラウチングスタートだ。
 車で言うなら一速(ロー)二速(セコンド)そして三速(サード)とギアが切り替わっていく。
 それに伴い体は軽くスピードは増していく。
 四速(トップ)ではもはや男子並のスピードだ。
 風のようにゴールを通り抜けた。
(よし。いい感じ!)
 自分でも調子がいいのが感じ取れたなぎさである。

 どこからともなく拍手の音がする。
「?」
 怪訝に思ったなぎさが音のほうを見ると女子生徒が二人。
 リボンの色は緑。三年生だ。
 ショートカットの方はよく知っている。幼馴染みと言える関係だ。
 火野由美香。恭兵の実の姉である。
 となりで無邪気に拍手しているロングヘアはその親友。栗原美百合だ。
 なぎさにとって美百合は思い人の恭兵の姉の親友。
 そして友人である美鈴の部活の部長という存在だった。
 はっきり言うとそれほど関係はなかった。

すごいすごい。とっても速いのねぇ」
 笑顔で本当に驚いたように言う美百合。
 その笑顔に皮肉や揶揄は欠片もない。純粋に驚嘆し、そして称えていた。
「あ。どーも」
 確かに自分でもいい感じの走りだとは思う。
 しかし単なる部活の練習の走りでここまで持ち上げられるとは思っても見なかった。
 それで戸惑っていた。
「なぎさちゃんは昔から足が速かったからね」
 過去を知る由美香が補足する。
「そうなの? 天才なんだ」
 とことんマイペースで発言する美百合。

三年生お姉さんペア

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クリエイターの藤本渚さんに感謝。

「いや。そんなたいそうなものじゃ」
 本気で照れるなぎさだが、次の瞬間にはもっと顔が赤くなる。
 美百合がいきなり抱き締めたのだ。
 そんなには小さくないなぎさの胸と、公称Dカップだがその雰囲気のためかもっとありそうに見える美百合の胸が潰しあう。
「せ、先輩? ちょっと」
「お姉さん。感動しちゃった」
「だからってこんなところで抱き締めないでくださーい」
 じたばたするなぎさ。しかし意外に美百合の力が強く、逃げるに逃げられなかった。
 更に言うともがくと相手の胸が自分の胸を押し込み変な気分になってしまうのである。
「もう。美百合。悪い癖だよ。なぎさちゃん嫌がってるでしょ」
 由美香が強引に振りほどく。
「あん。由美香のイジワル」
 やたらに可愛らしく。そして小悪魔なイメージ。
「それなら代りに。えい」
 由美香のほうを抱き締める。こちらは平然としている。やや辟易としているようでもある。
「はいはい。気が済んだ?」
 すっかり手馴れたものである。美百合の方も軽いハグで済まして離れる。どうやらこの二人の間では「いつものこと」らしい。
「もう。なぎさちゃんを見かけたからつい来たけど間違いだったわ」
 そのなぎさは解放されたものの心臓が激しく動いていた。
(な、何? この人。栗原先輩って)
 赤い顔で引いている。
「ごめんね。なぎさちゃん。美百合って悪い子じゃないんだけど、とんでもない子なのよね」
 旧知の仲だから性格ゆえか。あっけらかんと言い放つ由美香。
「由美香さん。その人まさか」
 その先はいえなかった。躊躇う内に二人はその場から消えた。

「えー。部長が変?」
 美鈴が素っ頓狂な声を上げる。翌日の放課後。ファーストフード。
 この日は全員が部活のない日。なぎさの呼びかけに応じてこの場にいた。
 なぎさの家を通り過ぎた形だが、内容が内容だけに実家のラーメン屋では話しにくい。
 何しろカウンターの中は全員家族。聞き耳を立てられてはたまらない。
「あの人、詩穂理を抱き締めたこともあったよね」
 パテが二枚入ったバーガーを豪快に食べつつ沈痛な口調のなぎさ。
「あれは注目されて恥ずかしかったです」
 ブラックコーヒーをすすりつつ同意する詩穂理。
「うーん。そうかなぁ。あれは部長のスキンシップだと思うんだけど」
 ポテトを口に放り込み美鈴。
「それにしたってあんな場所で普通する?」
 チーズを挟んだバーガーを平らげてから言い返すなぎさ。
「それじゃなんだって言うのよ?」
 実はファーストフードが初めてで珍しそうに店内を見回しているまりあ。やっと会話に加わった。
「先輩ってさ、もしかして名前の通り『百合』なんじゃ?」
 言いにくそうに切り出すなぎさ。照れ隠しかチキンカツを挟んだバーガーを口にする。
「ゆり?」
 きょとんとしているまりあと美鈴。詩穂理は赤くなっている。若干「挙動不審」にもなっている。動揺している。
「部長はどちらかというとかすみ草ってイメージよね」
「矢車草だとやさぐれるとヒロ君が言ってましたけど」
 美鈴はまったくスラングを理解していない。
 詩穂理はどうもわかっているらしく赤い顔でごまかしに掛かる。
「百合よりは菊じゃないかしら?」
 無論まりあもわかっていない。
「あんたら…いや、お子ちゃまな美鈴や世間知らずのまりあじゃ仕方ないか。それよりあたしは詩穂理がこの辺の意味を理解してる方がビックリだよ」
「ええ!? 一般常識じゃ?」
「うん。一部じゃね」
 墓穴を掘った形の詩穂理である。頬が赤く染まる。
「前から思っていたけど詩穂理。あんたけっこう耳年増だよね?」
「ざ、雑学のひとつですっ」
 意外に綺麗で甲高い声で叫んでしまい注目を浴びる。ますます赤くなる詩穂理。
「詩穂理はともかく栗原先輩。かなり女らしくて羨ましいけどとにかく変だよね」
「う…変なところはあるかも」
 さすがに部長を庇いきれなくなってきた家庭科部員。
「変と言えばさ、まりあ。あんたなにやってんのよ?」
 とりあえず頼んだはいいがいっこうに食べようとしないまりあになぎさが突っ込む。
「ね、ねぇ。これって食べ方それでいいの? 人前で口を大きくあけてかぶりつくなんて」
 とことん「お嬢様」だった。
「ナイフとフォークを頼んであげようか?」
 なぎさとしては皮肉のつもりだったが
「そうね。お願いできる?」
 まりあは真顔で返事をする。皮肉を皮肉で返したのではなく、本気にとったらしい。
「ないよ。そんなの」
 打ち消してから悪戯心が。
「いい。まりあ。あんたの言う通りみんなマナー違反なんだ。本当の食べ方はね、一枚一枚剥がして食べるんだ」
「そ、そうなの? でもそれじゃパンはともかくお肉で指が汚れるわ」
「だからナプキンがあるんじゃない」
「でも手づかみなんて」
「インドでカレーを食べるようなもんだよ」
「ああ。そっかぁ」
 納得してすばらしいほどに晴れやかな笑顔になるまりあ。
「やっと食べられるわ」
 本気で上のバンズを剥がして口に運ぶ。
「わああ。まりあちゃん。それもウソだから」
「かぶりつくのが正しいんですよ」
 慌てて美鈴と詩穂理がとめる。
「ええ? これもウソ?」
 世間知らずにも程がある。しかしまりあは本気で実行しようとしていた。

世間知らずにも程がある

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイター猫宮にゃおんさんに感謝!

「あんたちょっとは疑うこと覚えなよ。前にもバニーガールやらされていたし」
 生徒会長を決める選挙。そのアピール合戦でバニースーツを補正スーツと騙されて着用させられたことがあった。
「もう。人をからかうなんてひどいわ」
 文句を言いつつバンズを元に戻す。赤ん坊のように両手でハンバーガーを掴む。
「うーん。やっぱり人前で口を大きくあけるのってはしたない気がするわ」
(学校内でスカート姿で男の子を走って追いかけるのは、はしたなくないのかしら?)
 恒例の心中ツッコミをする詩穂理。
「まりあちゃん。そのまま食べればいいんだよ」
「わ、わかったわ」
 真剣な表情でかぶりつき咀嚼するまりあ。感想は…
「……あんまり美味しくないわ」
「冷めちゃいましたからね」
 単純にそれだけの理由。
(何でこんな浮世離れした女が好きなんだろ。キョウくん…あれ? そういや栗原先輩もどちらかというとまりあと近いかも)
 両者の共通項に気がついたなぎさ。
 タイプは違えどビジュアルには遜色ない。
 あえて言うなら美百合は成熟した色気がある。
(なんだか栗原先輩が気になってきた)
 それはライバルというより参考としてであった。

 改めて新しく求めて食すまりあ。その顔が輝く。
「なにこれ? 美味しい。こんな美味しいものが世の中にあったの?」
 大富豪の令嬢。世界の珍味は食べる機会が多かったが、初めてのハンバーガーは新鮮に写った様だ。
「こんなに美味しいんじゃなぎささんがあれだけ食べるのもわかる気がするわ」
 ハンバーガー四種類。そのうち一つはセット販売。
「よくそれだけ食べられるね」
 少食の美鈴が見てるだけで胃もたれすると言いたげだ。
「それ、晩御飯も兼ねているんですか?」
「いや。そうじゃないけど。はははは」
 さすがになぎさもこれが規格はずれの食欲とは理解している。照れ笑い。
「お腹すくんだよね。燃費悪いみたい」
「それで太らないのが不思議ですね」
「詩穂理も相当不思議な体質しているよ」
 なぎさに指摘されて硬直する詩穂理。
「あんた、腹から痩せて胸から太るタイプだろ」
「ええっ? 普通は逆なんじゃ?」
 驚く美鈴。ちなみに彼女はおなかがぽっこりと出ている。
 肥満ではなく幼児体形なのである。恐ろしく筋力が弱く、文字通り子供と一緒なのである。
「もう…もうこれ以上胸はいらないのに…G(カップ)でも恥ずかしいのに」
「それなら少し美鈴に分けて欲しい……」
 サイズを3段階下げても充分なDの詩穂理。そして逆に3段階あげれば同じDで美鈴のコンプレックス解消。
 そんな連想をしていた。女の子のトークは脈絡がないのも特徴だ。

 次の日。食堂にて。
 なぎさはカレーうどんとドライカレー。そしてカツカレーを前に嬉しそうにしていた。
「よーっし。今日はカレー尽くし」
 周辺はドン引きだが気にしない。
「わたし他の女の子はみんななぎささんみたいに食べるのだと思っていたわ」
 メイドの作ったサンドイッチの入ったバスケット持参のまりあ。
「綾瀬さんを基準にするのは間違いと思います」
 普通に定食の詩穂理。
「美鈴もちょっと基準に出来ないかも」
 定食だがご飯が最初から半分である。

「あれ?」
 食券の販売機の前で思案顔の栗原美百合を見つけたなぎさ。
 ちなみに彼女たちの陣取るテーブルは券売機のまん前だが、食事に目が行っていたので美百合の存在にまで気がつかなかった。

「困ったわねぇ」
 トラブルが解決しない。既にピークが過ぎたので他に並んでないので一人で考えていた。

「なにか困っているのかな?」
「食べたいものが売り切れなのでは?」
 オーソドックスな考えの詩穂理。
「機械の操作がわからないとか」
 お嬢様同士で何処か通じるらしいまりあ。
 既に3年の美百合だし、機械も入れ替わっていないのだが、普段は食堂にこないという可能性はある。
「お金を入れないで操作しているとか」
 同じ部活でよく知る美鈴は「天然ボケ」と予想。だがその斜め上の真相とは…

「どうしてお金を受け付けてくれないのかしら?」
 ぽわーんとした口調でつぶやく美百合。その後ろから由美香が近寄りその手を取り上げる。
「美百合! これ日本のお金じゃないよ!」
「え?」
 言われて入れていた紙幣を確認する。
「あらやだ。1ドル紙幣だったわ。渡米した時のが入ってたのね」

 その様子はなぎさたちにも見えていた。思い切り脱力する。
「そ……想像以上の人だわ……」
「そう? そのくらいよくある話じゃない?」
 まりあとしては理解できるらしい。
「どうせあたしは本州出たこともないよ」
 まぜっかえすなぎさ。

「それじゃ今度こそ」
 改めて紙幣を入れるがこれも受け付けない。
「だああああっ。そっちも違う」
 また別の国の紙幣を入れていた。
「由美香。そんなに怒鳴っていて疲れない?」
「誰のせいで怒鳴っていると思ってんのよ!」
 いいコンビだった。
「財布貸しなさい。あんたに任せているとお昼休み終わっちゃうわ」
「それじゃお願い」
 親友とはいえど簡単に財布を手渡す美百合。
 度量が大きいのか無警戒というのか。
 サイフを受け取った由美香は暫く探っていたが
「ちょっと。この中に日本のお金ないじゃない」と叫んだ。
「あらあら。どうしましょう。お昼が食べられないわ」
 本当に困っているのか疑わしいほどのんびりした口調。
「そうだわ。家庭科室でちょっと部活の前倒しで」
 調理実習をしてしまい、それで昼食にするつもりらしい。
「あたしが貸してあげるから」
 いくら部長でも職権乱用である。それを防ぐべく由美香が自分の財布を開く。
「ありがとう。必ず返すから」
「あんた確かに絶対返すけど、できれば最初から借りずに済むようにしなさいね」
 見た目の印象は由美香がボーイッシュで美百合が女性的だが、こうしていると由美香が世話女房のようである。
 この二人の関係の長さと深さを垣間見ることができる。

 由美香も疲れていたが、見ていただけのなぎさも結構疲れてしまった。
(柳に風どころじゃないわ……)
 黙々と食べていく。

 放課後。陸上部にでるため更衣室へ移動中のなぎさ。家庭科室の前を通過する。
「すみませんっ。部長。忘れましたっ」
 中から聞こえた声に釣られて様子を窺う。
(あれは確か大地君の妹さん?)
 大地双葉が美百合に謝っていた。直前の台詞から察するに必要なものを忘れたらしい。
 もともとそれほど図太いほうでもない双葉は泣きそうな表情で謝っていた。
「もう。双葉ちゃんたら忘れんぼさん」
 美百合は特に怒っている様子もなく穏やかに言う。そしてなぎさの予想通りに双葉を抱き締めた。
「部……長?」
「人間ですもの。失敗もあるわ。繰り返さなければいいのよ」
「は、はい」
 それだけなら度量の大きい人物という印象だけだったのだが
「でも中々直らないものもあるのよね。だから三回くらいまでは仕方ないかしら」
(ゆるっ!)
 体育会系のなぎさにしてみたらかなりぬるい発想だった。
「もう忘れちゃだめよ」
「は、はい」
 優しい声でささやくように言う。しかも抱き締めて耳元で。
 ブラコンではあってもそっちの趣味はない筈の双葉でさえおかしくなりそうだった。

(ふーん。しかるときでもハグか。優しいお母さんになりそうだな)
 なんとなくではあるが印象が好転した。
 彼女はそっとその場を去り、更衣室へと急いだ。

 この日は陸上部とサッカー部がグラウンドを使用。
 全面ではないのでサッカー部は試合形式ではなくシュート練習に費やしていた。
「きゃーっ。恭兵君。かっこいい」
 サッカー部では恒例となった「王子様」恭兵の取り巻きの黄色い声の声援。
「OKOK。それじゃこのシュートは君たちへの愛を込めて」
 相変わらず軽く、そして気障な恭兵であるがなにしろ俳優かアイドルのように整った顔故に、その芝居っ気が逆に非現実的な「夢」を見せていた。

(キョウくんてば)
 自分の走る番を待ちつつ思い人を眺めていたなぎさは心中で苦笑する。
 恭兵の桁外れのもて方は知っていた。だから今更この程度では驚かない。
 そして自分の思いが届かないとも思い知らされていた。

 ボールを置いて軽く距離をとる。
 右手の人差し指を立てて「行くぞ」と合図。
 タイミングを合わせてゴールの右隅に正確に叩き込む。
 見た目と裏腹にサッカーの練習は真摯にやってるので、これは努力の賜物である。
 それもこれも軽い態度ゆえそう思われないのではあるが。

 女子たちはシュートが決まるとますます甲高い声で騒ぎ立てる。
 その背後から拍手の音が。
 優雅な仕草で歩み寄る美百合だ。
(栗原先輩。もう部活終わったの?)
 家庭科部の活動を覗き見したなぎさが驚く。
 着替えのない分だけ早くスタートして、そして早く終わったのである。
 どうやらまたグラウンドを見て興味を抱いたらしい。それで見ていたのだろう。

「すごいわ。由美香の弟君」
 どういうわけか男の名前は覚えられないらしい。
 親友の弟も例外ではなかった。
「恭兵です。もう覚えてくれても良いんじゃないですか。栗原先輩」
 王子とまで言われているのは伊達ではないその態度。
「ごめんなさい。どうも男の子って覚えにくくて」

(げ! やっぱり女にしか興味がない?)
 自分も抱き締められだけにターゲットの一人かと恐怖するなぎさ。
 しかし反面そういうことなら恭兵は対象外で安堵する。だが

「あんなにぴったし蹴るなんて。お姉さん驚いちゃった」
 恭兵の胸元に両腕を回し、自分の豊かの胸を押し付けるように抱擁してきたのであった。
 まるで恋人同士のように。

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