第9話「Just Like Paradise」Part4

 北海道。札幌。高台にあるマンションの前にトラックが停まっている。引越し業者のものだ。
 中年の男性が指示をしている。街を発つ前の最終確認だ。
 その前方。街を見下ろす位置で肩を出したワンピースの少女が街を眺めている。
 白いワンピースの少女は端整な顔立ちをしていたが、ひどく寂しそうに街を眺めていた。
 短めに切り揃えられた黒髪。一分の隙もないところが他者を拒絶して見える。
 この世に唯一の肉親である父親がその背中に呼びかける。
「『理子』そろそろ行くぞ」
「お父さん」
 少女。澤矢理子は父の顔を見るとクールな仮面を脱ぎ捨てた。
 じわりと涙が滲みそれを隠すかのように父の胸に飛び込んだ。
「ごめんね……ここもダメだった」
「ねぐらなんかどこでも良いさ。ただ……お前の気持ちがな」
 父は優しく娘を抱き締める。街を去る感傷にしてもいささか大げさなほどだ。
 それを振り払うようにことさら明るく言う。
「なぁに。今度は東京だ。多少のことじゃ気にもされないさ」
「……そこに安住の地はあるのかな?」
「お前がいればオレにはどこでも安住の地だ。だがお前にしたら誰か好きな相手でも出来たらそこがそうだろうな」
「無理だよ……恋なんて…」
 それは既に全てを諦めきった者の表情だった。

 父と娘。二人だけの家族を乗せたトラックは北の大地から首都を目指していた。

 そのころ、千葉の海水浴場では砂浜で優介とまりあが寝転んでいた。
 ひたすら逃げて、それを追ってでとうとう体力を使い果たしたのだった。
 そんなときでもまりあは足を閉じている。
 女だけなら大股開きで大の字もありえたが、不特定多数の男が見ていると思うとそこまでは出来なかった。
 もともとそういう風にしつけられたのもあり、そして他の男は「かぼちゃ」でも優介にだけは見栄を張りたかった。それゆえだ。
「なんていうか…結構バカだよね。まりあって」
 ばっさり切り捨てたなぎさである。苦笑して肯定する詩穂理と美鈴。
「……」
 息も絶え絶えのまりあは軽くにらむだけだ。
「大体その程度泳いだだけで息が切れるなんてだらしないぞ。あたしなら三時間は泳いでられるね。な」
 同意を求めるが詩穂理と美鈴は高速で首を横に振る。そもそも泳げないのである。
「う、うるさいわね。いいのよ。二人きりだったんだから」
 やっと半身を起こしたまりあが言う。さすがにいつものように愛想良くしている余裕はなくなった。
「二人きりねぇ」
 なぎさが揶揄するがいうことは間違いではない。二人だけで「鬼ごっこ」をしていたのだから。
 お世辞にも甘い一時とは言いがたいが。
 ちょっと重い空気が流れるが、良い意味で空気を変えた存在がいた。
「お。まりあ。戻ったか。それじゃやるか」
 まりあの兄。秀一だ。爽やかな好青年。顔も端整ではあるが周りが全て妹の知り合いということだからか。
 それとも「子供」は相手にしないということか完璧に「お兄さん」だった。
「お兄様」「秀一さん」
 それまでグロッキーしていた優介がいきなり復活して秀一に迫る。
 優介にしたら「恋愛対象」がやっと現れたのである。復活するのも理解できる。
「元気だなぁ。優介君」
 秀一にしたら幼馴染みの男の子が元気になったというだけである。
「待ちなさい。優介」
 その前に立ちはだかるまりあ。兄を守るのと優介を自分に向ける目的だ。
 この年頃の少女には珍しく若干ブラコンの気がある。
「抱きつくなら私にしなさい」
「いやだね」
 もちろん急停止する優介。また鬼ごっこになりそうな雰囲気。それを止めたのも秀一だった。
「優介君。スイカ割りをしないか?」
 爽やかな笑顔で秀一が言う。
「はいっ」
 途端にめろめろになる優介。しかし逃げないとあらばまりあも大人しくなる。
(ふーん。妹は色ボケだけどアニキは全然違うな)
 なぎさの印象。秀一は何処か淡白だった。鈍感ともいえるかもしれない。
 そのせいか亜優の思いはまったく伝わっていない。
「さて。ちょっと男の子たちに手伝ってほしいが」
 スイカはつなげて海の中で冷やしていた。人数が多いので六個もある。それを引き上げるのは確かに女の子ではきつい。
「俺が」
 大樹が名乗り出る。2メーター前後の巨漢。いかにも力があるように見える。
「頼んで良いかな?」
 秀一の言葉に無言で頷く大樹。二人はスイカをつないであるところに行くが大樹が一人で行ってしまう。そして
「ぬぅんっ」
 片腕で六個のスイカをまとめた網を引き上げた。
「す、すごいな。一人で引き上げないでも手伝ってくれればよかったのだけど」
 呆然とする秀一だった。

 全員集合。スイカ割りをすることにした。メイドたちはセッティング担当。
「それじゃ私からだね」
 一番手は双葉だった。ワクワクしているのがアンナ。初めてらしい。
「それじゃ双葉。目隠しするよ」
 千尋が目隠しをする。回す段になって急に離れてしまう。
「ど、どうぞ」
 何処か怯えたように大樹に譲る千尋。
 別に大樹はにらんだワケではないが、もともと厳つい顔の上に双葉を溺愛しているのは知られているので誤解したのである。
 当の本人は無表情だが不可解そうにしていた。だが妹相手ということで気を取り直した。
「双葉。回すぞ」
「お、お兄ちゃん?」
 目隠しされているのに正確に視線に顔をあわせる双葉。
(おいおい)
 2−D生徒は担任のせいでこの言葉を言いなれている。
(お、お兄ちゃんが私の肌に手を。それもこんな大勢の人たちの前で?)
 肩。そしてむき出しの肌に大樹の手が触れると思うと顔が赤くなる。
 想像だけでこれだ。
「いくぞ」
 大樹は静かに微笑むとゆっくりと双葉を回す。
 はたから見てもぬるい回し方だったのだが触られまくる当事者はたまらなかった。
「はぅぅぅっ」
 結局「腰砕け」になり動けなくなった。

 代りに美鈴がやることに。
 運動神経がないわりに正確にスイカにたどり着いた。
 しかし
「えーいっ」
 力いっぱい振り下ろしても極端に非力なため命中してもスイカが割れない始末。

「よっし。オレの番だな」
 裕生が張り切っている。
「シホ。頼むぞ」
「え? 私でいいの。ヒロ君?」
「指示するだけなら運動神経いらねーだろ」
「そ、そうね。そうよね。うん。任せて」
 体を使うことで頼りにされてやたら張り切る詩穂理。
 ここには普段の堅物娘はいなかった。
(いいなぁ。詩穂理さん。何だかんだ言って仲がいいし)
 まりあが羨む中でスタートした。千尋はここぞとばかしに正反対の方向にした。
「ヒロ君。真後ろ。六時の方角」
 でたらめな声が多数の中、詩穂理の声を聞き取りその指示に従った。
 スイカに向かって進むがずれが生じる。しかし
「ヒロ君。左三十度」
 これまた正確に指示を出す。とうとう真正面に着く。腰だめにして抜刀の体勢になる。
「シンケンマル。火炎の舞」
 スイカを真っ二つにした。歓声が上がる。
「すごいすごい。さすがね。愛の力というわけね」
 まりあの方が興奮している。
「はぁ? 何の話だ。この中じゃシホが一番頭いいから頼んだだけだぜ」
 幼馴染みの絆でなく、その明晰な頭脳を買われての話であった。
「シホちゃん。同情するよ。あの鈍感に」
 実の妹が憤慨していた。
「いいの。千尋ちゃん。こうして頼りにしてくれたことが嬉しいの」
 強がりではないらしい。本当に嬉しそうだった。
「ほらシホ。お前の分だ。食おうぜ」
 まったく考えなしに裕生はスイカを差し出してそのまま横に腰を下ろしてしまう。
「ヒ、ヒロ君?」
 ほとんど裸の上半身。肌が触れ合いもする。
 裕生は気にしてないが詩穂理はどんどんと赤くなる。
「ち、千尋ちゃん。一緒に」
「シホちゃん。あたしは双葉たちと食べるから」
 もちろん千尋が止めるはずはない。それどころか含み笑いを。
「ほら。何してんだよ。冷たいうちに食えよ」
 何も考えなしに裕生は詩穂理の露出した肩に手を回すと、自分に抱きつかせるように力強く引き寄せた。
「そら。食え。美味いぞ」
 スイカを差し出すが詩穂理はそれどころではない。

 詩穂理の明晰な頭脳が機能停止するのに時間は要らなかった。

(いいなぁ。詩穂理さん)
 間違っても優介がそんなことをしてくれるとは思えなかったまりあは、祝福よりも羨望の方が出てしまった。
「ほら。まりあの番でしょ」
 なぎさに促されてスタートラインに。目隠しされる。
(チャーンス)
 まりあの目がふさがれたのを確認してから優介は恭兵に体を寄せる。
「お、おまっ」
 その気のない恭兵は体を引き離そうとするが優介はさらに密着しようとする。
 その間まりあはスイカ割りのルールどおりにぐるぐる回されて方向感覚をなくしていた。そのはずだった。
 確かにスイカとは無関係な方向に歩いていく。
 これもスイカ割りの面白さの一つでげらげら笑う一同。
 だが違う。まりあの足は迷いなく優介に向かっていた。
 そして正確に恭兵に「セクハラ」を仕掛けている現場にたどり着くと、一同もそれが優介に対しての執着がなせる技と理解して恐くて口をつぐむ。
「優介。あんたって人はぁぁぁぁっ」
 可愛さ余って憎さ百倍。「不埒な関係」を断ち切るがごとくスイカを叩くための棒を振り下ろす。
「うわっと」
 さすがに離れる優介。
「抱きつくなら私にしなさいっ」
「お前を抱くくらいならまだミケか美鈴の方がいいね」
 まりあのプライドをずたずたにしたいだけの発言。
 この場合の「抱く」はハグ程度の意味なのだが、それ以上の意味に捉えた二人。
「そ、そんな。こんな大勢の前でそんなこと…」
 真っ赤になって俯く美鈴。照れる様子が小学生そのもの。
 一方の恵子は
「えー。水木君は女なんて相手にしちゃだめだよぉ。この場の男子相手に総受けでよろしく」
 腐った発言をしていた。
「なに言ってんのよ。あなた。男同士なんて良いわけないでしょ」
 発言の主はまりあではなく瑠美奈。
 彼女もまた優介にほれている。
 しかし女嫌い。特にエゴを押し出す上に自分の鬱陶しい姉たちを彷彿とさせる巨乳の持ち主である瑠美奈に対してはかなり冷たい優介。
「お前は恋愛対象じゃないぞ」
 冷たく言い放つ。
 大勢の前で女のプライドをずたずた。しかしそれが彼女に隠れていたM属性に火をつける。
 ゾクゾクしてたまらない。
「ああっ。いいっ。水木君。もっと詰って。好きにしていいわよ」
 もちろんこれが面白いはずのないまりあ。優介をにらみつつ瑠美奈にも釘を刺す。
「優介が好きにしていいのは私だけよ。引っ込んでなさい。太陽電池」
「なんですって。この外面だけいいぶりっ子女」
 何処かのセーラー服娘とブレザー娘のやり取りを彷彿とさせる(笑)

「すげぇな。高嶺の奴。気配だけでたどり着いたのか」
 感心している裕生。 まったく考えなしに詩穂理の肩を抱きかかえたままだ。
 詩穂理はとっくにオーバーヒートして機能停止していた。
「まりあ。待て。僕に焼きもちを焼くのは嬉しいが」
 自意識過剰な恭兵の戯言には耳を貸さず。
 まりあは目隠しを取り払い優介に迫る。
「待ちなさぁいっ」
「いやだよー」
 再び耐久水泳大会になる二人であった。
「あっ。待って水木君」
 瑠美奈も追いかけたので三人になった。
「元気だな」
 ぼそっとつぶやく大樹。

 夕方で引き上げになる。
 「海の家」でシャワーは浴びたものの本格的に体を。特に髪を洗わないと潮で痛んでしまう。
 幸い女子は日焼け止めを塗っていたため痛くて入れないという事態にはならない。
 いっせいにとも思ったものの男子は五人でよくても女子は多すぎる。
 分散を余儀なくされた。
「先生。お先にいかがですか?」
 年長者を敬うまりあの発言。保護者を追っ払って羽を伸ばす気がみえみえだったが、同意するものが多く黙っていた。
「そうねぇ。そうさせてもらおうかしら」
 譲り合っていても仕方なく立ち上がる女教師。
「あの、先生。私もご一緒します」
 残ると思われた詩穂理が率先して同行を申し出た。意表を突かれたまりあ。
「いきましょう。槙原さん」
「それじゃ私もお先に。いきましょ。由美香」
「美百合。あんたと一緒に風呂に入るとあたしの胸がサイズより小さく見えていやなのよね」
 この発言で詩穂理の同行を理解した一同。
 周りがDカップとかならGもそんなに極端には見えないと。
 少なくともAカップの美鈴と比較されたらどちらもたまらない。
「巨乳」にコンプレックスを抱く詩穂理ならではの頭の使い方だった。
「まぁいいか。なぎさちゃんも行く?」
「え…ええ」
 タイミングから行けば男湯は恭兵が。それを思うと壁越しとはいえどちょっと恥ずかしかったが結局は同意した。
「はいはーい。あたしも行きます。おっきなおっぱいが一杯。隣は美少年たち。こんな美味しいシチュエーションで行かなかったら腐女子の名折れ」
 恵子の発言にあきれ返る…というか「ドン引き」する多数。後は理解してない。
「千尋ちゃんも行く?」
「美鈴やまりあも行かない?」
 誘われた千尋と美鈴は誘った詩穂理となぎさの胸元を見る。そして
「「ぜっっっっっったいいやです」」
 最小でCカップの面々に混じりたくない一同だった。

 男湯。学校での優介を知る一同としては一緒には行きたくない面々であったが、水泳の授業などで全裸を見せてもいるし今回は別の美男子(秀一)がいるのでそちらに引かれると判断して同行した。
 今は脱衣所。乱雑に脱いでいく。
 ふと恭兵は秀一を見る。その視線を察した青年は「なんだい?」と微笑みながら尋ねる。
「いえ。お兄さんとはいえどま…高嶺さんとよく似ているなと」
「そうだね。よく言われる。僕をそのまま女にしたのがまりあだって」
 逆に言えばまりあを男にした姿がここにある。
 そう思うと秀一の裸体が艶かしく見える恭兵。かぁっと赤くなる美少年。
 優介と恵子好みの展開になってきたのだが
「なにもたもたしているんだよ。風呂でちゃんと体のケアはした方がいいぞ」
 このときばかしは裕生の空気の読めなさに感謝する恭兵だった。ごまかせた。

 一方の女湯。便宜的に巨乳組と呼ぶ。なにしろ小さくてCカップだ。
 トップバスト自体も85を越える面々が多数。
「そりゃ美鈴が嫌がるはずだよね。あたしだって自信あったのが小さく思えてきたし」
 決してそんなことのないなぎさだがやはりGカップの迫力には負ける。
 しかし大きければいいかというとそうでもない。
「はぁ。肩こりに効くわぁ。海辺だけど温泉もあるとは思わなかったわ」
 自称17歳。実年齢はそれより十歳上の女教師が湯船でとろけそうである。
「本当に嫌になりますよね。毎日重くて」
 いつもは誰にもわかってもらえない「大きいゆえの悩み」を聞いてもらえて詩穂理の鬱憤も晴れていく。
「そうねぇ。もっと小さかったら楽だったんでしょうけど」
 これまた大きな胸の美百合。三人も揃うと壮観な眺めであった。
「あんたら贅沢な悩みだな」
 Cカップの由美香がやっかむように言う。
「あら。わたしは由美香くらいが理想なんだけどな」
 ここでいつもの癖が出た。ハグである。ただし今は一糸纏わぬ姿。生まれたままの姿。
「裸なんだから抱きつくなーっ」
 そっちの気のない由美香はさすがに逃げる。しかしこんなときだけ運動部以上の素早さを見せる美百合。
 抱き締める。
「うふふ。いいじゃない。正真正銘のスキンシップで」
「やめろぉぉぉっ。変な気持ちになったろどうすんのよぉぉぉ」
 美百合にはその手の嫌悪感がない。しかし由美香としてはたまらない。
 服の上からはもう慣れたが(ちなみに同学年だけに校内で一番抱き付かれているのは彼女)裸は初めてだった。
「うわぁ」
 絡み合う二人を正視できないようでいて、指の隙間からしっかり見ている詩穂理であった。
「二人も仲がいいわねぇ」
 ニコニコと傍観しながら湯を楽しんでいる女教師。

「や、やめて。女の子同士もいいかなって思えてきたわ。ああっ。おっぱいとおっぱいが触れ合って」
 全裸ではさすがにコスプレのしようがないが、コメントで「らしさ」を醸し出していた恵子。
 本来伊達メガネなので裸眼でも問題はまったくない。
 問題なのは本人の嗜好である(笑)
 一人で悶絶していた彼女だが急に表情が変わった。 
 たまたまなのか。まりあが手を回したのか他の客がいない状態もあり遠慮なくしぶきを上げて男湯と隔てている壁に耳を当てる。
「何してんだよ?」
「しっ」
 珍しく鋭い表情でなぎさを制止する。そして手招き。
「なんなんだよ」
 なぎさは静かに歩み寄ると言われるままに壁に耳を当てた。

「恭兵くん……」

 優介が甘い声で迫っているのを聞いて彼女の表情が大きく変わった。


第9話「Just Like Paradise」Part5へ

PLS専用掲示板へ

城弾シアターウィキへ

PLSメインページへ

トップページへ