第10話「Fighting」Part3

 あけて二日目。
 美鈴と入れ替わりでなぎさが担当することになったのだが彼女は青ざめていた。
「芦谷……このやたらひらひらした格好って…結構良い精神修養になるね。主に忍耐力」
「ふっ。そういう考え方もあるか。さすが綾瀬」
 ひらひらと可愛らしい格好をした美少女ふたりが変な会話をしていた。
 女子だが男のように互いを苗字を呼び捨てにしているのは体育会系ならでは。
 あすかの方は元々のメイド服だが、なぎさはレンタルで用意された青いメイド服。
「渚→海→青」と言う流れだったらしい。
 スカートが大きく広がる人形のような姿。きちんとパニエをはいている。
「お前、そこまでしたならそれも脱いだらどうだ?」
 ハスキーボイスで男口調。しかし見た目は可愛らしいメイドのあすかが言うとめまいをおこしそうなギャップを感じる。
「これだけはだめ! 生足で男の前になんて恥ずかしく出られない」
 あすかが指摘し、なぎさが脱ぐのを拒否したのはパンストである。
 小学生のときのトラウマが原因で生足をさらせなくなった。
 しかし制服はスカート。だからストッキングで隠している。
 スカートの下にジャージと言うのを決行しようとしたら家族全員に猛反対されて断念した。
「寒い地方。あるいは冬ならまだしも東京で暖かい時期にそれは女の子としてどうなの?」と言うことである。
 そうでなくても同世代の女子よりおしゃれに対する関心が低め。
 家族はそれを案じたのである。
「あんな布地の少ないビキニを着るのになんでスカートからの素足はだめなんだ?」
 誰もが感じる疑念をぶつけたあすか。彼女はなぎさたちが海水浴のときに空手部の合宿で同じ場所にいたため遭遇したので知っている。
「水着は別なの! スカートも特別なの」
 理屈になってないが、口調が若干女の子らしくなって揺れるポニーテールと相俟ってかわいらしい印象になる。
「まぁいい。接客さえちゃんとしてくれればな」
「ああ。分かったよ」
 あまり女の子らしくない会話であったが…

「いらっしゃいませぇ。二名様ですね?」
 普段の「鬼主将」を微塵も感じさせない顔が変わるほどの笑顔。化粧。
 1オクターブは跳ね上がっている声色。
 そして見事に「だまされている」男性客。
(あれは確かにプロだわ)
 その女の子らしさに舌を巻くなぎさ。
 あすかが案内しているうちに次の客が来た。当然なぎさが出ることになる。
(あたしだって接客はプロレベルだよ)
 軽い意地が発生する。つい声が大きくなる。
「いらっしゃーい。お席へどうぞ」
 おしとやかと言うよりは元気。「威勢がいい」と言うのがもっと近い。
 平たく言うと実家のラーメン屋で客を相手にしているのりであった。
「あ、ああ」
 大学生と思しき男性客二名は新たな美少女に戸惑いつつも座席に。
「ご注文は何にしましょう?」
 イメージと裏腹の意外に高い声を張り上げる。
「え…えーと。日替わりランチ二つ」
「かしこまりましたぁ。日替わり二つぅ」
 スイッチが入ってしまっていた。
 綺麗は綺麗だがあまりに場違いなのりのなぎさ。それが去った途端にひそひそ話の男性客。
「なぁ。昨日のツインテールの娘。今日は休みかな?」
「だったら残念だな。アイドル張りの可愛さだったからまた来たのに」
 たった一日でファンを獲得していたまりあであった。
 学園のアイドルは伊達じゃない。
 なぎさがきいていたら女のプライドがずたずたになりそうだが。

 そのまりあは立ち入り禁止になりかけたキッチンに再び挑んでいた。
「高嶺さん。操作方法は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ。おじさま」
 食器洗浄機をいきなり使いこなすのは無理だろうと前日は手洗いをさせたら甚大な被害がでた。
 どんな不器用でもここまではあるまいと言うほどの「想定以上の」被害である。
 その分は即座に新しい食器で弁償したもののとてもじゃないがキッチンは無理と判断された。
 しかし当人はどうしても台所仕事を覚えて帰りたい。そのため志願した。
 そこで食器洗い機のレクチャーである。
「あら? 意外と簡単ですわ。おじさま」
 大人相手に振舞うことの多いまりあはその場合の対応も心得ていた。
 普段のわがままさは完全封印。あくまで年上を立てる。それはいいのだが
「高嶺さん。どうにもその『おじさま』はくすぐったい」
 悪い気はしないものの落ち着かない。
「でも苗字では娘さんと区別がつかなくて」
 まりあとあすかは共に体育会系の部活だが、それ以外に共通するのは同じ学校・学年の女子と言う点のみである。
 要するに下の名を呼ぶほど親密な間柄ではない。
「できればあすかの方を名前で呼んであげて欲しいですね」
 自他共に認める鬼主将。畏怖を込めて苗字を呼ばれはしても親愛の情を込めて下の名前を呼ばれるケースはまれである。
「わたしの方はいいんですけど」
 まるで男のようなあすかである。
「女のように」下の名前で呼ばれるのを嫌がりそうだとまりあは感じていた。

 まずまりあが食事休憩を取りフロアに出る。
 入れ替わりになぎさが食事休憩。そのままキッチンの方に回る。
 翌日はまりあに代わり詩穂理が初日。どちらについてもいいように両方やっていた。
 もちろんこんなひらひらした服で人前に出たくないのもあったが。
「ああ。恥ずかしかった」
 視線がすべて足に集まっているようにすら感じていた。
「お疲れ様。さぁ。これをどうぞ」
 まかないを出される。事前に体育会系と聞いていたのと娘の友人だからで量が多い。
 それでもハンバーグ三つはさすがにどうかと考えていたが足りないよりはマシかと。
「あ。ありがとうございます」
 下町娘で気さくだが体育会系。年上に対しては絶対にふざけた態度はとれない。
「では頂きます」
「召し上がれ」と返す暇もない。すさまじい勢いで胃袋に収めていく。
「あ、綾瀬さん。急がなくて良いから」
「あ…すいません。ツイいつものくせで」
 実家がラーメン屋のなぎさはやはり「まかない」をとることがある。
 手早く済ませるのが癖になっているのだ。
「でもすごいですね。三つのハンバーグが全部焼き加減違っていて。いろんな味が楽しめますね」
(ちゃんと味を分かっていたのか)
 あまりのスピードに単に口に流し込んでいるだけかと感じていたがそうではなかった。
 そして相手の「仕事」をちゃんと受け止めたのにも感心した。
(優しい娘さんだ…あすかはいい友達を持ったな)

 親の心子知らず。あすかはその「友達」にいらついていた。
 その最たる原因が『まりあの笑顔』と言うのがまた。
(まったく…本当に外面だけはいいな。ここの客に学校での痴態を見せてやりたいくらいだ)
 優介を追い掛け回してのことをさしている。
 それを微塵も感じさせない見事な笑顔。その豹変振りに呆れていたがふとわが身を鑑みる。
(人のことをいえた義理か? 学校では空手部の鬼主将とうたわれる私がここでは男に媚を売って…)
 自己嫌悪だった。
(女は男の従属物か? 男女平等なんて嘘っぱちだ。力が弱いから女は男にしたがえと言うなら力さえあれば女の私が男どもをしたがわせてもいいのだな?)
 マイナス思考の螺旋を描き出す。
「すいませーん。注文いいですか?」
 男性客の声が思考を平常へと戻す。
 まりあは他のテーブルで接客中。なぎさはキッチンで裏方。
(私がいくしかないか)
 瞬時に笑顔を作る。
(今は考えるときではないな)
 もやもやしたものを頭の片隅に追いやったあすかは、軽くハスキーがかった声を可愛らしく作り対応する。

 夕方。
「……いらっしゃいませ」
 顔が引きつるのはあすかではなくまりあ。
「やぁ。まりあ。その格好も似合っているよ」
 恭兵だった。
「お一人様ですか? お席にご案内します」
 完全に他人に対する対応だ。バイト中だから当然といえば当然だがここまで見事にしていると別の感情が作用していると思うしかない。
「つれないなぁ。そんな表情も可愛いんだけどね」
 恭兵はケータイを取り出してわざわざまりあの前で電話を開始した。
「お客様。お席に」
「あ。もしもし。水木?」
 ぴたりと動きを止めるまりあ。
「今Tommorowと言う喫茶店にいるんだけどよかったらこないか?」
 恭兵も手を打ってきた。
 効果覿面。露骨なほどまりあが目を輝かせる。
「くる? OK。それじゃ待っているよ」
 電話越しに「ちゅっ」と音をさせる。
 その後で「しまった」と言う表情。
 普段女の子相手にする電話だが、優介が余りにそれっぽい上に誘い方も女の子相手に近いものがありうっかりやってしまった。
 恭兵に「その気」はない。
「優介くるの!?」
 普段の表情が出るまりあ。
「ああ。君の仕事振りを見にくるってさ」
 軽いジョークのつもりだったが恋する乙女には本気にとれる一言。
「優介がわたしに逢いにきてくれる…がんばらなくちゃ」
 浮かれ気味になってきたまりあ。
 それに対して仕掛けておきながら「現実」を思い知らされ軽く落ち込む恭兵。
(コイツは本当に水木が好きなんだな。女みたいな男なのに。背だって同じくらいなのに)
 自分の方が男としての魅力はあると信じている恭兵にはなよっとした少年に負けているのが面白くない。
 とは言えどまりあが本気で恋しているのは皮肉にも自分の策で証明された。
「お客様ぁ。お席にご案内いたしますね」
 営業じゃないスマイルがでた。恋しているがゆえの輝きだ。
(まぁ水木がいればこの笑顔は保証されているが)
 その相手が自分でないのがやはり悔しい恭兵である。

 不運なめぐり合わせであった。
 ホールが忙しくないこともありなぎさはキッチンの手伝いのまま。
 まりあがたまたま他の接客をしていたときに優介が来店した。
(ああっ。わたしが出迎えしたかったのにっ)
 さすがに注文をとっている最中で放り出すほどいい加減でもなかった。
 そして対応したのはあすかだった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「見りゃ分かるでしょ」
 その通りだがその言い草はない。礼節を重んじる空手部の主将として切れ掛かったが、現在はメイドの身。もっと理不尽な客はいる。そう思い怒りを押し込んだ。
「お席にご案内いたします」
「いいよ。女の世話にはならないから」
「なん…だと…?」
 おもわず男口調が戻る。今度は切れた。
「言葉どおり。お前女だろ? 女は嫌いだから」
「ふざけるな! 好きで女に生まれたと思うか!」
 女みたいな男と男みたいな女のいい争いだった。
 愛想のいい「あすかちゃん」があげた「まるで男のような声」に店内は凍りつく。
(しまった!?)
 失態にあすか自身も凍てつく。だが救いの女神が現れた。
「優介ぇーっ。来てくれたのねっ」
 オーダーをマッハで届けてまりあが「出迎え」た。
 優介は虚をつかれてもろに抱きつかれる。
 美少女メイドの突然のラブシーン。
 もっと強いインパクトであすかの失態は「そら耳」「人間だから機嫌の悪いときもある」とかき消された。

 恭兵にべったりの優介。まりあが優介にべったりに。
 さらには聞きつけてなぎさまで出てくる始末。
 現在はそれほど客がいないので大目に見られた。
 オーナーは寛大でも娘は違っていた。
 店と言うよりまりあとなぎさ。二人が余りに「女の子」だったところである。
(お前らの人生はなんだ? そいつらに媚びるための命か?)
 女だからと強要される数々の事柄にあすかは強い不満を抱いていた。
 女だからだめなら男になってやる。そんな思いが彼女を「強さ」に駆り立てる。

 翌日。まりあの番が終了して最後に控えていた詩穂理が登場するが…
「うん。分かってはいたんだけどね。詩穂理の胸」
「Gカップって女の美鈴が見てもすごいなーッて思う」
「男の人の視線を釘付けね。詩穂理さん」
「揃いも揃って胸の話をしないでくださいっ」
 地味に黒い服を要求したら吊り下げるタイプのスカートだった。
 それはいいがサスペンダーでブラウスを押し付けられて胸の凶悪なまでの大きさが目立つ。
「………」
 あすかも言葉がない。ここまで見事に「女」を主張されると何もいえない。
 もちろん本人はそんな意図はない。
 止めたくても成長が止まらない。胸の薄い女性が聞いたら殺意を抱きそうな詩穂理の思いであった。

「いらっしゃいませ」
 出入り口でで向かえる詩穂理。
 実家の本屋でレジの経験はあるがその時はこんな注目されるような「衣装」ではない。
 今は男性客の不躾な視線が胸元に集まる。
 ノーメイクであるもののこの衣装の雰囲気で薄化粧をしているかのように見える。
「三名様ですね。お席へ案内いたします」
 それでも真面目な詩穂理はきちんと仕事をこなしていた。
 普段は知的な落ち着いた声だが、接客と言うことで意外に可愛らしい綺麗な高い声を出す。
 16歳の少女らしい声であった。
 そのムードに酔う男性客。もう詩穂理のGカップなどどうでもよくなっていた。
(ふう。どうしても胸だけは隠しきれないのね。でもこの服だとウエストやお尻が目立たなくていいのかも)
 そうでなくてもAV女優と似ているのがコンプレックス。
 性的アピールは極力避けたい。しかし
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
 注文をとりお辞儀をする。
 どうしても「女のシンボル」が強くアピールされる。
 食い入るように見てしまう男性客。半ば本能的なものでこれを女性に責められると男はつらい。
 だから詩穂理は視線を集めていたのに気がついても文句は言わず。
 ただ恥ずかしくないわけではない。頬を染めてキッチンへと消えて行く。
 それがまた可愛らしく、男心を刺激する。

 「女」を食い物にする輩がいる。
 無防備なスカートの中身を撮影して売りさばこうと言う「男の風上にも置けない」やつらが不幸にしてこの店に紛れ込んでいた。
 ちょっとした評判になっていた看板娘の喫茶店を見にきたら、嬉しい誤算で美少女バイトが増えていた。
 あすか一人だと店内を駆け巡るため無警戒にはなっても撮影するチャンスもない。
 しかし一人はキッチンでもふたりのウエイトレスならチャンスも増える。
 この日は下見。いき当たりばったりではなくまずは下調べ。
 盗撮の決行は翌日と決めていた。詩穂理が狙われた。
 その美貌。その豊かな胸。そしてトロさ。うってつけであった。
 後のふたり。あすかもなぎさもすばやい。
 この仕事に慣れているあすかは隙を見せない。
 なぎさはスカート姿を恥ずかしがって詩穂理かあすかの休憩の交代でのみホールに出る。
 その上パンティストッキングである。
 盗撮犯は下着の下半身が欲しいのにきっちりブロックされている。
 それもあり詩穂理がターゲットになった。

 その腐ったやつらと入れ替わりで裕生と大樹が来店した。客そのものがだいぷいなくなってきた。
「南野はいないぞ?」
「いい」
 あすかが怪訝な表情をしたのは大樹の方。初日で大体美鈴との関係を把握した。
 しかし美鈴の予定は翌日なのだ。見にくるなら早い。
「ヒロ君!? 来てくれたの?」
 声が可愛い通り越して裏返る高さの詩穂理。
(やだやだ。こんな格好ヒロ君に?)
 極端に女性性を強調したこの格好が男性に大して媚びて感じられた詩穂理。
 もっともそういうつもりでの衣装選択だが。
 短期バイト。むしろ「お手伝い」。さらにいうと「社会勉強」と言う感じのこれ。
 それでも仕事は仕事。真面目に接客をしていたが百の他人より一人の本命。
 忘れていた恥ずかしさが裕生の来店で蘇るのだが
「おっ。シホ。可愛いじゃねーか」
 何も考えてないのかストレートにほめる裕生。
「か、可愛い? 私が可愛いですか?」
 どちらかと言うと美人タイプの詩穂理だが、この恋する乙女そのものの表情と仕草は確かに可愛らしかった。
「ああ。よく似合ってるぜ」
 罪な男である。彼の言葉は詩穂理にとっては神の言葉。
「ほ、ほんとですか?」
 ついには浮かれて飛びはねる。
 その際にコンプレックスのGカップが大きく揺れる。
 痛みを伴うはずが喜色満面。さらに一部男性客の視線が集まるのもスルー。
 恋する乙女の無敵モード中だった。

 そしてその陰で無表情ながらなんとなく機嫌がよくないのが感じ取れる巨漢。
(ああ。コイツも色ボケか)
 みもふたもないがあすかはそう理解した。
(こんな肉体を持っていて頭の中は女のことだけか)
 寡黙な巨漢に関しては一目置いていた。男のいいイメージを重ね合わせていた。
 それだけに軽く失望した。
 もっとも勝手に期待して勝手に「裏切られた」と言う形だが。

(どいつもコイツも、さかりのついた猫のように。男と言うものは下らん存在だな)
 あすかの鬱屈は気温に比例して高まっていく。


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