第11話「あの夏を忘れない」Part2

「な、何よこれ?」
 まりあが思わずその可愛い声で叫ぶ。他は絶句している。
「何なの? こんなに大勢」
 美鈴が怯えたような声で言う。モノレールで来たのはいいが人でごった返している。
「どう見ても文化祭より多いよね」
 引きつった表情のなぎさがこわばった声で言う。まさかここまでとは想像力の限界を超えていたのだ。
「Oh! これがBook Trade Festivalですか? すごい熱気です」
 ある程度は知っていたアンナは覚悟していたらしく、むしろこの大混雑を「熱気」と捉えていた。
「こ、こんなところに入るの?」
 既に双葉は怯えている。
 無理もない。暴力的なまでの人の多さ。小柄かつ華奢な双葉では人ゴミに押しつぶされかねない。
「大丈夫だ」
 日頃は無表情な大樹だが妹に接する時だけはいい笑顔を見せたりする。
 歯こそ見せないが静かに微笑む。
「お兄ちゃん…だから大好き!」
 夏休みゆえの解放モードだからか。ブラコンも全開の双葉が兄に人目もはばからず抱きつく。
「ここにいても仕方ないから行きましょ」
 大地兄妹を見ていて少しあほらしくなったまりあが仕切る。
 異論はなくアンナを先頭に流れに乗る。

 会場内。「開幕ダッシュ」が始まった。
 買い求めるのを目的とした一般参加者が開場と同時に目的地へと急ぐ。
 そして三日目ではこうも言われている。男津波と。
 男性向け創作に殺到するのだ。
 上条たちのスペースはまたその「被害」をこうむりそうな位置にある。
 だから守るべく上条は立つ。
「来たな」
 スペースの前で前年同様にその波をさばきに掛かる。
「はっ。たっ。ほあっ」
 力ずくで押し戻すのではなく受け流して激突を未然に防いでいた。
 そして一通り過ぎると彼は片足立ちで両手を高々と上げ
「ほぁーっ」
あらぶる鷹のポーズ」を決めた。
「わぁーっ」「やるじゃねーか」
 無邪気に拍手する綾那と感心している裕生。だが第二波がきた。
「よし。今度はオレに任せろ。お前の方が特撮ネタなら逆にオレがアニメネタで」
 裕生が買って出た。こちらは押し寄せる一般参加を流れに力ずくで戻す。
「あたたたたたたた。ほわちゃあっ」
 上条が特撮ネタで裕生がマンガ・アニメネタとキャラと逆をやっていた。
 周辺サークルはとんでもない特技の披露に唖然とするばかり。

 裕生が手伝う上条明の…正確には「無限塾マンガ研究会」のサークルスペースでは美少女アニメの同人誌を出していた。
 ちなみに軽いお色気はあるがいわゆる18禁ではない。
 それはそうだ。売る側自体が18歳に達していないのだ。それが18禁を出すのも妙と言うもの。
 そのエリアは同じアニメを取り扱ったサークルで占められていた。
「やぁ。やっぱり流行っているね。セーラ」
 上条の言う「セーラ」とは正式には「戦乙女セーラ」と言うタイトルのアニメだった。
 アニメだが特撮色の強いのが売りである。
「あれは変身後が着ぐるみなら特撮でもいけるんじゃねぇかな。いや待て? アクションシーンだけ吹き変える手もあるな。速い動きでなるべく顔を写さないようにすれば」
「そこまで無理しなくても素直にアニメにしちゃえば問題ないよ。もっともメインライター兼シリーズ構成は大林安子だろうけど」
「特撮出身だしな」
「???」
 早くも全開の二人のオタトークについていけてない綾那。
 購買者に対する愛想笑いを兼ねたごまかし笑いをしている状態。
「すいません。見ていいですか?」
 一人の一般参加者が断りを入れてきた。
「はぁい。どうぞ」
 可愛らしい声で綾那は許可を出す。
 しばらく無言でページをめくっていたが
「一部ください」と千円札を差し出す。
「はぁい。六百円になります。おつりは…えーと…エーと?」
「四百円だよ」
 さすがにおしゃべりを中断していた上条が助け舟を出す。
「あっ。はい。おつりです」
 にっこり笑って百円玉四枚を渡す。
「ごっめーん。計算苦手で」
 目前の人物が消えてから謝る綾那。
「いいよ。そんなに出て行かないと思うからゆっくりで」
 ほほえましいやり取りをしている上条と綾那。
(コイツも随分変わったな。前は三次元にゃほとんど興味なかったのに。やっぱ好意を寄せられりゃ変わるか)
 自身も詩穂理に多大なる好意を寄せられているのに、それに対してはっきりした反応のない裕生が自分のことを棚に上げてそんなことを思う。

 待機列。とんでもない人数が押し寄せるためフリーパスでの入場とはいかない。
 ゆえに入場待ちの列が出来ている。
 炎天下の待機列。場慣れした物は暑さ対策も万全だがろくな予備知識もなかったまりあたちだが意外にも対策はきちんとしていた。
「はい。これ。たたくと急速に冷えますから」
 この手の知的作業となれば出番。さらに言うと本人が暑さを苦手としていたため対策を講じていた詩穂理が人数分の暑さ対策グッズを用意していた。
 髪は下ろしたまま。既にベストで前も後ろもブラ隠しにはなっていたがアップにするとその大人びた顔ゆえ一気に二十歳を越して見えるのが嫌で下ろしている。
「はい。綾瀬さんも」
 彼女が暑さ対策グッズを手渡すと一旦受け取りかけてなぎさが口を挟む。
「足りる? あたしは平気だから他の子に優先して」
「大丈夫ですか? 綾瀬さん」
「平気だよ。体育会系をなめないでね。暑さにも強いし、用意だってしてあるし」
 なぎさはちゃんと自分の分の濡れタオルを用意していた。
「恭くんも」
「持ってるよ」
 言うまでなく恭兵の分も用意していたのだがあちらも体育会系クラブ。同様の対策は講じていた。
「そ、そうだよね。さすがサッカー部(うう。アピールチャンスだったのに)」
 傍目にも落胆がみて取れるなぎさ。

「ありがとー。シホちゃん。でもよくこんなの用意できたね」
 既にグロッキー気味の千尋が言う。
「予備知識はあったから…」
 何故か恥ずかしそうに言う詩穂理。ぴんと来た千尋。
「ああ。兄貴が情報源ね。いいんじゃない。おかげで熱中症にならなくてすみそうだし」
 冷やかす余力もない。

「すまん。槙原」
 地の底から響く低い声が頭上から聞こえる。
 二メーター近い大男はそれだけ太陽に近いのか普段のタフさが若干揺らいで見えた。
「余りましたからもう一つ差し上げましょうか? 大地君は体が大きいですし」
 詩穂理にしたら他意のない配慮だったのだ、が誤解されてばかりの大樹にはとてつもない優しさに感じ取れた。
「お…俺のために余分を?」
 感動までしている大樹。しかし
「あ。大丈夫です。槙原先輩。私の分で一緒に冷やしますから。ね。お兄ちゃん」
 脅威のブラコン娘。双葉がブロックするように現れた。
 さすがに厚意による物とは理解しているのできつくはならない。
 しかし大樹が詩穂理に対しては表情を和らげるのをしっかりと認識して脅威とみなしていた。
 ゆえにこんな態度にも出る。
「そ、そうですか。でも…」
 その肩をぽんとたたく存在。振り返ると千尋。首を横に振っている。
 それだけで察した詩穂理。
「あ…そうですね。それじゃ欲しくなったら言ってくださいね」
 二人の仲を邪魔しないように立ち去る詩穂理。
 満面の笑みを浮かべる双葉に対し、無表情だが渋面にも見える大樹であった。
 血がつながってないことを知らない以上はやはりあくまでも肉親に過ぎないらしい。
 そしてその様子を複雑な思いで見ていた美鈴。
 彼女は大地兄妹の秘密を抱えている。そしてそれは誰にも明かせないため、彼女の心に重荷となってのしかかる。
 今でさえこの有様。
 もし血のつながりがないと知れば一つ屋根の下にすむ彼女にはかなうはずもない。
 その意味でも明かせない秘密。

「ところでまりあ。友達とはどこで合流するの?」
 アスリートであるためか熱中症対策は万全のなぎさ。
 元々暑さには強いのもあり元気なままだ。
「うん。夕べ電話したんだけど目的の場所にさえいければ逢えると思ったのよね。でも」
「考えが甘かったと」
「認めるわ」
 前後左右人だらけ。これほどの人出とは考えもしなかった。
「みんなマンガ買いに行くんだよね?」
 その趣味でないとなかなか理解は難しい。なぎさは本を読むほうではないのでなおさらだ。
 だがその待機列が動き始める。少しずつだが入場が進んでおり、やっとまりあたちの所に影響が及んできた。

 そのころ里見恵子はコスプレ用の女子更衣室にいた。
 更衣室とはいえどかなりの広さである。
 彼女は既に着替えていた。
 トレードマークその1であるネコミミカチューシャを外して、ウィッグネットを軽くかぶる。
 そしてトレードマークその2の三つ編みお下げをその中にいれてから整える。
 それからウィッグをかぶる。
 メガネをかけたキャラなので大体は出来上がった。
(よっし。ばっちり)
 鏡で確認して満足そうに微笑む。
 バッグからおもちゃを取り出して左右の手に一つずつ。これで完成した。
 それは一度しまいそれまで着ていた服もしまいこむ。
 準備が整ったら彼女は楽しそうにバッグを手に自分のブースへと戻る。

 そして裕生のいるサークルスペース。
 準備会が用意している椅子は折りたたみ式のパイプ椅子が2客。
 メンバーが三人となると一人立たないといけない。
 準備のいいところだと持ち運べる椅子を用意しているところもあるが、さすがに上条達はそんな準備をしていなかった。
 そこで裕生が立つと言い出した。
 女の子を立たせるわけにはいかない。
 上条は今回このスペースの代表でそこにいないといけないと言う理由である。
 もう一つ言うと裕生は座り続けるのが苦痛だった。
 それくらいなら立ちっぱなしの方がましだった。
 そこまではいい。折角の即売会だ。
 売るだけでなく買いにも行く。上条はそう思っていた。
 しかし裕生はどこにも行かずその場にいた。そして
「さぁさぁ。よってらっしゃい見てらっしゃい。『戦乙女セーラ』の同人誌だよ。オレの親友が書いているんだ。奴は筋金入りのオタク。ちゃんとわかって描いているから安心だぜ」
 彼は呼び込みを開始してしまった。
 さすがに言うことは同じオタクだけに外してはいないが、こんなことをするとは上条にも予想外だった。
「風見。風見ッ」
 たまらずスペースから呼びかける。
「なんだ? トイレに行くのか?」
 裕生はバックアップ要員のつもりでここにきていた。だから呼びかけられたらそれは「代わってくれ」と言う意味に取る。
「呼びこみはしなくていいから。逆に買いづらい」
「そうか? 勢いがあっていいだろ。バナナの叩き売りとかさ」
「射的屋『JUDAS』のオヤジみたいに寡黙でいいから。挨拶だけしてくれればいいって」
 上条も大概ノリで押し切る男だが、さすがにこれはたまらない。
「けどよー。一時間経つのにまだ五冊だろ」
 出足は鈍かった。彼らは別にホームページで宣伝などしていたわけではないし、無名の存在。
 むしろよく出ていたといえる。
「よっし。呼び込みがいらねーならいっちょオレの十八番で」
「え゛?」
 中学時代を知るだけに行動パターンを読めていた。
 裕生は肩幅程度に足を開いて右手を天に。左手を地に向けた。
 それをゆっくり水平にして思い切り腋に引きつけそして前方に突き出した。その際に腕が交差する。
 ちょっと間を取って「戦乙女ぇっ。セーラぁっ」と叫ぶ。
 つまり劇中の変身ポーズを再現して見せた。
 スーツアクター志望の裕生は「変身してから」が出番だがこの程度は造作もない。
 一瞬あっけに取られる一般参加者だが少ししてから拍手が起こる。
 きちんとした変身ポーズだったかららしい。

 その後スタッフに厳重注意されたのは言うまでもない。

「あははは。セーラさん。ダメですよ。ここでのパフォーマンスは禁止なんですから」
「えっ?」
 上条が驚くほどそのコスプレイヤーは見事に「戦乙女セーラ」のキャラクター。
 射撃を中心とした戦闘スタイルの「ジャンス」そのままだったのだ。
 胸元が大きく露出して丈の短いスカートのメイド服。アメリカンタイプと言われるそれだ。
 短めのツインテール。豊かな胸。メガネとまるでアニメから抜け出てきたようだ。
「もしかして里見か?」
「ピンポーン。さすが同じ学校」
 そう。これはジャンスのコスプレをした里見恵子だった。
「ああ。そういや近い位置にいたな。お前らの所もセーラか?」
「そうだよーん」
 ネコミミじゃないせいか語尾に「にゃん」はついてない。
「えーと…なんでなの? 明君」
 一般人の少女がオタクな恋人に訪ねる。
「同じ作品をテーマにしていたら大体一まとめに配置されるんだ。あるいはジャンルで。例えばTSでくくられていたりとか」
「TSってなぁに?」
「そりゃ赤星みたいな…」
 いいかけて口をつぐむ。例えが悪いと気がついた。
「Trancesexual(トランスセクシャル)の頭文字をとったもの。性転換って意味だよ」
 解説は恵子だ。
「あー。みーちゃんみたく…」
 甲高い声で口走ったところを上条が押さえ込んだ。あまり大きな声で言えない話らしい。
「ちなみにあたしのやってるこのキャラ。ジャンスも普段は男の子で戦う時は女の子なんだよ」
「しかしそっくりだな。確かに里見と似てはいたが」
 特撮風の作品のせいか裕生もこれはチェックしていた。
「あたしはホントはブレイザやりたかったんだけど胸が邪魔で」
「……もしかしてこの人?」
 綾那は売り物の本の表紙の金髪縦ロールで日本刀を持ったブレザーの少女を指差した。
 美人だが絶壁と言える胸元だった。
「ビンゴ。あれ? 本を作る時に気がつかなかった?」
「ああ。綾那は本の作成にはかかわってないから」
 手伝うのは売り子だけである。
「へぇー。じゃサークルの仲間じゃないんだ。それなのにここで隣同士」
 好奇心たっぷりの女の子の表情に。そのまま裕生に向きなおる。
「残念だね。四人入れりゃシホちゃんが隣にいたのにね」
 冷やかしであるが鈍感男には通じない。
「あいつなら来るはずだぞ」
「槙原来るのか。けど今の時間じゃまだ…」

 上条明の危惧どおり未だ詩穂理たちは入場を果たしてなかった。
 それでもだいぶ流れ初めて今は大階段の寸前まで来た。
「姫子はどのあたりかしら? もー。なんであの子ケータイ持たないのよ。連絡出来ないじゃない」
 暑さもありまりあが爆発しかけていた。
 では姫子たちがどこにいたかと言うと。

 会場のモノレールではない電車の駅に六人の少年少女が降りたった。
「そろそろいいかと思っていたんだがまだこんなに混んでいるのか」
 歳の行った様なメガネ男子。榊原和彦がうんざりしたように言う。
「去年の経験からカズが大体このあたりと踏んだけど」
「まだまだだったみたいね」
 金髪の大柄な少女・村上真理の言葉を黒髪の少女・及川七瀬が受ける。
 どうやら普通と逆で本来栗色の髪を黒く染めているらしい。
「まりあさんたち。もう中にいるころでしょうか?」
 暑いにもかかわらず和服姿の少女。まりあの親友。姫子だ。
「この様子ではまだかもしれんでござるな」
 細身だが鋼をより合わせたような肉体の少年・風間十郎太が時代ががったいい方で返答する。
「ここにいても仕方ないわよ。並んじゃいましょ」
 小柄だが胸元の存在感が凄まじい。ツインテールのメガネ娘・赤星みずきがしきった。

 姫子たちは前年参加した経験がありそれで十一時到着を狙っていた。
 一方初めて出向くまりあ達は開場時間に合わせてきた。
 しかし入場制限がかかっていたため炎天下に並ぶ羽目になった。
 時間を厳密に打ち合わせなかったのはまりあは目的地で会えるとタカをくくり、先に出向いて見物と言うつもりだった。
 しかし実際には大渋滞。
 我慢できたのはひとえに好きな相手の存在ゆえ。
 これは優介も同様。ただしそれがまりあどころか他の少女でもない。
 腐女子の喜びそうな実例がここにいた。

「おっと。広場に行かないと交代時間に」
 恵子はあわてて動きかけたが忘れた物を思い出して戻る。
「風見君の友達の彼女。コスプレするならいろいろ貸してあげるよ」
 恵子にしたら一番楽しい事を一緒にと言うつもりで他意はない。
 綾那はコスプレは経験済みだが首を横に振った。
「貴女のお洋服じゃボクには胸元が…」

 建屋の外にあるコスプレ広場。太陽が元気に降り注いでいるが重装備のコスプレイヤーも少なくなかった。
(みんな凄い根性よねー。真冬は楽そうだけど)
 その女カメラマン。安曇(あずみ)瞳美は額の汗を拭いながら被写体を探していた。
 今回はこの大イベントのコスプレ参加者の撮影が仕事だった。
(うっわー。すっごい胸元。でもさすがに海であった裕生君の彼女のインパクトには負けるわね。あれはF…ひょっとしたらGくらいは行ってたわね)
 グラビア撮影も多いだけに目測でカップサイズを見抜けたりもする。
(彼女がコスプレしてくれていたら真っ先に撮影させてもらうんだけどなぁ)
 実はすぐそばにまで来ていたがこの場にいないものは仕方ない。別の被写体を探す。
 メイド服に二丁拳銃が目に付いた。
「すいませーん。写真撮らせてもらっていいですか?」
 準備会から貸与された撮影許可の腕章を見せる。
「はーい」
 その少女。里見恵子は極上の笑顔で撮影を快諾。
 頼まなくても様々なポーズを取ってくれた。
(いい笑顔だわ。コスプレが大好きなのね)
 彼女が心からコスプレを楽しんでいるのがファインダー越しに感じ取れた瞳美であった。


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