第12話「8月の長い夜」

 高嶺家。正確には子供のためにある一軒家。
 娘。まりあの無茶な要求にも応える親ばかな父だった。
 もっとも兄の秀一も「大学に近い」と希望していたのでそれもあった。
 娘を溺愛する父親がまりあが引っ越した目的は優介と親密になるためと知ったら激怒するのは明らか。
 それだけに絶対の秘密であった。

 まりあはメイド達の手で着付けをしていた。
「さぁ。出来ましたよ。お嬢さま」
「わぁ。ありがとう。雪乃さん」
 イメージカラーのピンクをやや外して白に近いピンクの浴衣。
 元々の可愛らしい容姿とあいまってよく似合っていた。
 どちらかと言うと洋風のイメージのあるまりあなのだが、比較的すっきりした体躯が和服美人にも見せていた。
「お嬢さま。お似合いですぅ」
「ああ。馬子にも衣装だな」
「陽香さん。それ誉め言葉じゃないわよ」
「だけどまりあ。本当に可愛いよ」
「ありがとう。お兄様」
 兄・秀一の言葉に照れたような表情を見せる妹。
 肉親の男を嫌う高校生女子がいる中で、異例の仲のよさだ。
 もっとも秀一自身ハイレベルな美男子ではある。血の繋がりがなければ恋愛感情に発展しても不思議はないほどの男子だ。

 八月下旬。夏休みラストに合わせてでもあるまいが、まりあの通う蒼空学園からそう遠くない神社で縁日が開かれていた。
 地元であるなぎさの誘いでまりあは出向くべく支度をしていた。

「いやしかし冗談抜きに可愛いよな。お嬢」
「やっぱり素材が違いますよね」
「努力だってしているのよ」
 もろもろのケアをさしている。だが自分が可愛いのは謙遜しない。
「まりあお嬢さま。髪の毛はどういたします?」
 浴衣に合わせてまとめあげるかどうかを聞いている。
「いつもどおりでいいわ。優介がわたしを見つけやすいでしょ」
「わかりました。それではお化粧はいかがいたしましょう?」
 雪乃の問いにちょっとだけ悩む。
 普段はしていない。けどいつもと違う衣類だ。しかも祭りの夜だ。顔の方もいじって見てもいいかもしれない。そう思う。だが
「やめとくわ。たぶんみんなしてこないし」
 友人に合わせるあたりやはり「女の子」と言うことか。

 集合時間は午後五時。場所は現地。
(やっとお父様からお許しが出たわ。ああ。縁日。ずっと前から行ってみたかったの)
 大富豪の令嬢の身では俗な場所に出向くのはふさわしくないと言う理由。
 警備の事情と言うのは表向き。
 親バカな父は男と出向くのが許せなかったと言うのが実情。
 一軒家を買い与えるほどでも…それほどの溺愛だから「どこの馬の骨」ともわからぬ男になど渡す気にはなれなかった。
 しかし今回は相手が女子と言うので許された。

 もちろんまりあがそれで済ますはずがない。

 いつもの通学に使うバスで神社の近くの停留所で降りる。待ち合わせには余裕があるが早足で歩く。はやる気持ちを抑えきれなかったのだ。
 しかし障害があった。下駄である。
 はき慣れないものにどうしても足元があやしくなる。
 さらにいうと浴衣も見た目の印象と違いそんなにゆったりはしていない。
 しかも帯でぐるぐる巻き。締め付けられている状態。そして意外に暑い。
 足さばきもいつものスカートとはワケが違う。どうしても歩幅が小さくなる。
 反面その小さな動きゆえに、いつも以上に女性的に見える効果もある。

 そんな有様だが同様に浴衣に身を包んだ女の子達が同じ場所に向かっている。
 他にも老若男女が同じ方向に。
 男達の中にははっぴ姿の物もいた。
 そして実際に祭りをみたらわくわくが止まらない。つい待ち合わせを忘れて入ろうとしてしまう。そこを
「どこに行くんだよ。まりあ」
そう呼び止められて驚いた。
「な、なぎささん?」
 こちらもトレードマークのポニーテール。水色の浴衣姿のなぎさが神社の鳥居によりかかっていた。
 右手には香ばしい褐色の物体。焼きいかが。どうやら早々と夜店に出向いたらしい。
 なぎさだけではない。詩穂理。美鈴といつもの面々が揃っていた。
 この二人はさすがに食べ物を持ってはいない。堅物の詩穂理。食の細い美鈴だけにもっともだ。
「ごめんなさーい。つい気持ちが先に」
 軽い調子でぺろっと舌を出していう。
「わかるけどね。あの音を聞いてたら待ってなんかいられないし」
 録音されたものではあるが祭囃子が聞こえてくる。
 こちらは実際に叩いているがやぐらの上で太鼓の音が。
 下町娘の血が騒いだのである。

祭りの夜。浴衣姿の四人娘。

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのmaruさんに感謝!

「それにしてもどうして私達だけで? その……大ちゃん達とは?」
 ピンクの浴衣の着付けも完璧な美鈴。
「お父様は男の子達と一緒に行くのがけしからんっていうのよ。でも、たまたまここであっちゃうなら話は別よね」
 相変わらずの策士であった。
「それにさ。キョウ君の前じゃあんまりたくさん食べられないじゃない」
 なぎさもそのあたりはやはり乙女である。
「だから六時に来る前に片付けちゃう」
 見られるのは恥ずかしくても食べるのをセーブする気は毛頭ないらしい。
 わざわざ時間差を設けている始末。
「買い食いは良くないですよ…まぁお祭りですから少しはいいですけど」
 濃紺の浴衣の詩穂理。こちらは立派過ぎる胸がたたり若干シルエットがおかしい。
 長い黒髪をまとめあげてうなじが見える。トレードマークのメガネはそのままだ。
「詩穂理。あんた授業中とかじゃないならメガネ無しでもそんな困らないんでしょ? せっかく美人なんだから外してきたら良かったのに」
「そうねぇ。お化粧くらいしても許されそうよね」
 二人とも祭りで舞い上がり好き勝手なことをいっている。
「いえ。素顔で髪をまとめちゃうと高校生にみられなくなりそうで」
 大人びた顔ゆえの悩みだった。美人で損をしている珍しいケースだ。慰めようもない。
「さぁ。早く行きましょう」
 その場の空気を流そうと詩穂理が先陣を切る。

 近くのマンション。
 一人の少女が上から景色を見ていた。
 短く切りそろえられた髪が清潔感漂う美少女だ。
(お祭り…か)
「いってきたらどうだ?」
 中年の男性が声をかける。父親だ。
「でも」
「この辺りにももういい加減に慣れただろう」
「……うん」
 父親は少女のそばに歩みよるとにぎわう縁日を共に見下ろす。
「目的地はあそこだ。そして帰ってくるのはこのマンションだ。越したばかりでも簡単だろう」
「ごめんなさい。私のせいでなんども越して」
 うつむく少女。まるで生きる苦行を全て背負い込んだかのようだ。
「いいから気晴らしにいってこい」
 父親が強引に勧める。
 迷っていた少女だが意を決して部屋着から着替えに掛かる。

 比較的広い神社だった。
 そこにさまざまな夜店が並ぶ。
「わぁーっ」
 子供そのものできょろきょろと視線を移動させるまりあ。無邪気に喜んでいる。
「楽しそうだね。まりあちゃん」
 普段は子供っぽさの目立つ美鈴も今回はまりあの行動のせいか16歳の「お姉さん」らしい印象だ。
「ええ。とっても。こんなの初めてだわ。あ。あれは何かしら?」
 興味を抱いては走り出すので本当に子供のようだ。
「お面屋さん。美鈴。ちっちゃなころアニメの主人公の買ってもらって嬉しかった」
「こう言うのは変わらないよなぁ。これは男の向け?」
「特装ハイパーフェクターのハイパーフェクターですね。こっちはバージョンアップ前のパーフェクターの物で」
 およそその手の知識に縁がなさそうな意外な人物。詩穂理から解説されて三人は目を丸くする。
「詩穂理さん。男の子向けのドラマ見るのね」
 まりあのいう「男の子」は同世代の少年ではなく文字通り小学生くらいの子供のこと。
「シホちゃん。弟さんいたっけ」
 美鈴も同じ想像をした。
「い、いえ。うちは姉と妹の三人姉妹で男の子はいません」
「それじゃなんでそんなのに詳しいのかなぁ?」
 まりあや美鈴と違いなぎさは答えを察している。
「その…ヒロ君が良く説明してくれるから自然と」
 赤くなってうつむく。ノーメイクなのだがチークを塗り過ぎたように赤くなる詩穂理。
「そっかぁー。愛する彼と同じ方向を見ているのね。素敵」 
 まりあに揶揄の意図はない。ただ単にうらやましかったのだ。
 優介などまず話をするまでひと苦労だ。
「そ、そんなんじゃありませんっ」
 からかわれていないのはこの半年の付き合いでまりあのキャラクターを把握したので理解している。
 それでもその何気ない一言が恥ずかしさに火をつける。
 ついその澄んだ声を張り上げてしまう。
「そ、そんなに大声出さなくても」
 さすがのまりあも引いた。実は詩穂理が赤面したのは記憶が蘇ったのも理由。
(子供のころにヒロ君がおもちゃの指輪を買ってくれたお店もこんな感じだったわ。あの時のヒロ君たら「結婚指輪」といって私に指輪を。こ、子供のころの話よ。何もわかってなんかいない)
 現在の裕生の鈍感振りをみていると、とても詩穂理に対して恋愛感情があるとは思えない。
 だからこれも「セピア色の思い出」に過ぎない。
 しかし頬が熱くなる。だからつい照れ隠しで怒鳴ってしまった。
「まぁまぁ。そろそろお腹すいてこない? まずは少し食べない?」
 確かに若干空腹だ。なぎさの提案に乗ることにした。

 焼きとうもろこし。そのままズバリ。とうもろこしを焼いたものだ。
 手渡されたまりあはキョトンとしていた。
「これは?」
「焼きとうもろこしだよ。とうきびとも言うみたい」
「コーンね。それでどうやって食べるの?」
 お約束の質問が来た。
「そりゃ決まっているよ」
 言うなりなぎさはとうもろこしを横にして豪快にかぶりついた。
 そしてそぎ落としながら食べて行く。
「そ…そんな風に食べるの?」
 お嬢さまにはハードルが高かった。
「えー。なんでー? もう。気取りすぎだよ。今ならキョウ君達いないんだし」
 男の目がないと食欲に走るらしい。
「でも女の子としてその食べ方はつらいわ。なぎささん。これ食べる?」
 金に不自由しないまりあはあっさりと手放した。
 美鈴と詩穂理は最初から手を出していない。その辺りがわかっていたからだ。
「もったいないからもらうけど…それじゃあれはどう?」
 なぎさが指し示した夜店からは二種類の甘い香りが漂っていた。

「わぁーっ」
 今度は御満悦のまりあ。
「これ全部チョコレート?」
「違うよ。バナナにコーティングしたんだよ」
 まりあが手にしていたのはチョコバナナだった。
「へぇー。でもこの香り。素敵」
 年頃の女の子。甘いものには弱かった。
 なぎさほど胃袋に余裕のないまりあは少しでも味わおうとしていた。
 まずはチョコバナナの先端を舌先でチロチロとなめる。
「んーっ。美味しい」
 この時点で周辺の男が硬直している。
「んっ」
 次に口に含む。口から出したりいれたりして味わう。
「凄く大きい。わたしの口いっぱい。それに(チョコが)かたい」
 恍惚とした表情で言うから周辺の男はたまらない。
 そしてやはり舌先で全体をなめる。
 時たまと息が漏れる。心なし頬が赤い。甘い物で興奮しているようだ。
「た、高嶺さんっ。その食べ方はまずいですっ」
 やはり赤い顔の詩穂理が止める。
「詩穂理さん? どうして」
「どうしてって…その?」
 言いよどむ詩穂理。怪訝な表情のまりあ。ふと周辺を見ると何故か若い男がみんな腰を屈めていた。
「この人達どうしたの?」
「高嶺さん。貴女のバナナの食べ方が見るに耐えない下品さだったんです。それでこのように」
「えっ? そうだったの? やだ恥ずかしい。レディーとしてしつけられていたのにそんな恥ずかしいことをしていたなんて」
 白い頬が朱に染まる。ただし自分のしていた行為については理解していない。
 ただそれが恥ずかしい行為と言われて恥じ入っただけ。
 知らないから率直に尋ねた。
「それで詩穂理さん。何がそんなにいけなかったの?」
 真顔で尋ねる世間知らず。若干耳年増な博識少女は言葉に詰まる。
「そ…そんなこといえませんっ」
 また怒鳴られてしまった。
 まりあは引き下がるしかなかった。

「ファーストキスは結婚式で」などと公言している夢見る少女に説明など無理と言うものであった。

「いやぁ。でもまりあだからまだマシだったと思うよ。詩穂理。あんたがやっていたら」
「私は自分の顔と胸が男の人にどう見られているか把握してますっ」
 何しろ瓜二つのAV女優がいる。つまりこの顔は「性欲の捌け口になる」と理解している。
 実の所その大人びた顔と大迫力のバストで公共交通機関で痴漢に合うこと数知れず。
 それもあり高校進学と同時に自転車通学にした詩穂理であった。

 どこを歩いてもまりあにとって珍しい物だらけ。
「これが話に聞く金魚すくいね」
 縁日の定番。金魚すくいの前に一同はいた。
「おじさま。一回お願い出来ます?」
 微笑んではいるが真顔で言う美少女。まっすぐな子供のような瞳に主は不覚にも照れてしまう。
「お…おじさまとは恐れ入ったな」
 50台半ば。くたびれた初老の男。やせこけて貫禄はない。
 それだけに間違っても「おじさま」なんて呼ばれたことはなく、どこかくすぐったかった。
「あいよ。可愛いお嬢さん。一回三百万円」
 主にしたら照れ隠しの「オヤジギャグ」だったのだが
「えっ? そんなにするの? 知らなかったわ」
 世間知らずの少女は真に受けてしまう。さらに携帯電話を取り出して自宅に。
「もしもし。雪乃さん? お父様にお願いして一千万ほど…」
「おっ、お嬢さん。三百円。三百円の間違いだよっ」
 この反応は予想外。あわてて言いなおす。
「なぁんだ。いくらなんでも高いと思ったのよねぇ」
 さすがの御令嬢もほっとしたようだ。改めて金魚を掬うための道具。
 柄の先に輪があり、そこに紙が貼ってある…「ポイ」と呼ばれるそれを受け取った。
 この場合知らないのが幸いした。周辺を見て真似しようとしたのである。
「わかったわ。これですくいとるゲームなのね」
 主はどっと疲れが出た。
「それじゃ…エイ」
 勢いよくポイを水槽の中に。ものの見事に水の抵抗を受けるようにまっすぐに。
 女性。児童にはやや厚めになってて破けにくい紙のものを渡すが、そんな配慮が無駄に思えるほどの突っ込み方だった。
「破れちゃった…不良品かしら?」
「これはそう言う物なんだよ。まりあ」
 これ以上しゃべらせておくとこちらが恥ずかしい。そう思ったなぎさが前に出る。
「な…なぎさちゃんかい?」
「おっちゃん。久しぶり。元気そうだね」
「ああ。なぎさちゃんにあいにまた来たよ」
 二人は旧知の仲らしい。
「それじゃいつもどおり」
「ほいよ」
 渡されたのは成人男性用の薄くて破けやすいポイ。
 不適な笑みで受け取るなぎさ。
「見てな。まりあ。金魚すくいと言うのはこうやるの」
 次の瞬間、素早く手が動いたかと思うとあっという間に一匹の金魚をすくいあげていた。
「うわっ。上手」「はっやーい」
 運動神経に難のある二人が感嘆する。
「まだまだ」
 次々と金魚をすくいあげて行く。だが主はニコニコと笑ってタバコをふかしている。
 なぎさのペースは衰えない。あっという間に左手のお椀が金魚で満ちる。泳ぐ隙間もないほどだ。
 周辺の子供達はあっけにとられてその神業に見入っていた。
 ボールに限界まですくうと終了させる。期せずして拍手が。
「どう? まりあ。お手本になった?」
 得意げな表情。いわゆる「どや顔」。
「……こんなの私、初めて見ました」
「美鈴も……」
「えっ。もしかしてなぎささんが特別なの?」
「あんたはちょっと下手過ぎ。初心者でもひどすぎ」
 なぎさに言われてむっとするが、いきなり破いた自分に対してなぎさはとりきれないほどだ。反論できない。
「見たね? それじゃ」
 金魚を全て逃がす。
「えっ? 折角とったのに」
「あたしが全部取ったら子供達とおっちゃんが泣くでしょ。遊び。遊び」
「いつ見てもなぎさちゃんは惚れ惚れする腕前だねぇ」
 金魚すくいの主はこれを知っていたのであわてなかったのだ。
「またね。おっちゃん」
「おーう。またおいで」
 なんとなくほのぼのとするやり取りをしてその場を去る。

「なぎささん。今の方はお知り合い?」
「知りあいと言うか毎年お祭りで会うからね。ほら。あたしんちすぐそこじゃない。だからよちよち歩きのころから来てたんだよ」
「それじゃ顔見知りにもなりますね」
「遊びであたしに勝とうなんて無謀だよ。こっちは年季が違うよ」
「夏休み明けに小テストありますよね。詩穂理さん」
「ええ。去年は始業式の次の日でしたよね」
「やめてよ。勉強のこと言うのは野暮だよ」
 表情がいきなり変わる。途方にくれた感じだ。
「そうだよ。今日は遊ぶんだよね」
「美鈴さんまで」
 美鈴もそれほど学業が芳しくはない。なぎさは壊滅的であるが。
「そうそう。今日は遊ぶの。それからキョウ君が来るまでに食べちゃわないと」
 合流まで三十分はある。その間に食べ尽くす気らしい。

 そして四人は鳥居まで戻る。
 ひときわ目立つ巨漢。大地大樹を筆頭に火野恭兵。水木優介。風見裕生の四人の少年。

 少女達の思い人が待っていた。ここからが本番だ。

第12話「8月の長い夜」Part2へ

PLS専用掲示板へ

城弾シアターウィキへ

PLSメインページへ

トップページへ