第12話「8月の長い夜」Part3

「姫子?! どうしてここにいるの?」
 まりあの親友。北条姫子が祭りの客にいたので驚くまりあ。
 千代田区在住の姫子は、まりあの言葉どおり「立ち寄る」と言う位置関係ではない。
「はい。上条さんにお声をかけていただきまして」
(風見君の友達か)
 まりあは記憶を手繰り寄せた。
「まりあさんにあえて嬉しいですわ」
 姫子は屈託なく笑う。釣られてまりあも笑う。
「そうなんだ。ここはあなたにあまりなじみがない場所だから、見た時はびっくりしちゃった」
 さすがに親友同士。あっという間に雰囲気が和らぐ。
 和服姿の多い姫子。ましてや祭りの場。青い浴衣がまるで違和感なく溶け込む。
 傍らの十郎太が藍色で渋い印象だが、しっとりと馴染む二人だった。

(何度かあっているが、あのお姫様もいい感じだよなぁ)
 姫子も恭兵の好みだったのだが、さすがに本命のまりあの前でアプローチは出来ない。
 ましてや姫子のそばの細身の少年が鋭い眼光をぶつけてくる。護衛のようだ。単純に見ても恋人同士に見える。
 そして自身の腕をつかむ、なぎさの手に力が入る。これではとてもではないが、無理なので諦めている。

「あら。なぎさちゃん。まりあちゃん。由美香の弟くん」
 優しげな声が響き渡る。この声に覚えのある蒼空学園勢。
 振り返るとやはり栗原美百合が、当たり前のように火野由美香の腕を取り微笑んでいた。
 美百合は名の通り栗色の浴衣。由美香は黄色の浴衣である。
 どちらかと言うとボーイッシュな由美香とは言えど、男と誤認するには至らない。
 ましてやちゃんと女物の浴衣を着ているし、出る所は出ている。
 それでも美百合が典型的な「優しいお姉さん」と女性的なので、自然とポジションが決まってくる。
 由美香は実弟にプロレス技をかけるような娘だ。同じ弟持ちでも美百合とはだいぶ接し方が違う。
「ねえさん。まさか?」
 疑惑の目を向ける恭兵。
「ち、違うのよ。恭兵。あたしにそんな趣味はないのよ。だけど美百合が」
 あわてて弁明する由美香。どうやらいつも同じ噂で苦労しているようだ。
「だって一人でお祭りを回ってもつまらないじゃない」
 普段はもうちょっと大人っぽい美百合がまるで子供のよう。
 むしろ「恋人に甘える女性」である。
「だから一緒。離れちゃイヤよ」
「あんたはそう言う誤解を招くようなことをするな。と、言うかあたしを巻き込むな」
 そう言う割には強く振りほどいたりしない。邪険にされるのが嫌な気持ちがわかるからだろう。
 その様子を子供のように見ているまりあ。疑問を口にする。

「あの…栗原先輩。女の子が女の子を好きになるのって、どんな感じですか?」

 仰天発言だ。
「あら。まりあちゃんも好きな女の子いるの?」
 「も」と言う時点でさらに誤解が助長される。そもそも「誤解」なのかも怪しい。
 まりあは首を横に振る。そして真意を語る。
「優介は男の子なのに男の子が好きみたいなんです」
 好きな異性の恋愛対象の性別ではない。こんな障壁があるだろうか。
 そしてノーマルであるまりあの立場では屈辱的でもある。
「その気持ちがわからなくて。だから知りたいんです」
 他者がうらやむほど恵まれている彼女も恋にだけは余裕がない。
 真面目に考えすぎて思考がおかしくなっている。
 恋愛は自由。一言で否定できる答えではないが、一般的とは言いがたいのも事実。答えあぐねる一同。
「体が女の子同士でも愛情で乗り越えることは出来るみたいですよ。まりあさん」
 明後日の方角から返答が来た。
「本当なの? 姫子」
 このおっとりとした和風美少女の発言に驚く一同。
 だが傍らの十郎太は表情を変えない。真意を知っているからだ。
「ええ。その障害を乗り越えたお二人を存じ上げてますわ」
「それじゃ同性を好きになっても不思議はないの…?」
 「実例」に愕然とする。優介が「男と結ばれる」危険性が現実味を帯びてきた。
「いっておくけど『わたしの方には』そんな趣味はないからね」
 弁明する由美香だが美百合の方まではフォローしきれないようだ。
「そうですねぇ。元々が男の子と女の子で、それが後から女の子同士なら」
「???」
 まりあが混乱したのも無理はない。彼女の常識ではありえない話だからだ。
 しかしこの親友がからかっていたり嘘ついているようにも見えない。
 考えた挙句とんでもない答えが出た。
「そうか。優介が男の子の事が好きなら、わたしの方が男になればいいのね」
 結ばれるためになら「女」を捨ててもいいと言う事になってきた。
(ま、まずい)
 様子を見ていたが限界。
「ま、まりあ。喉が渇かないか。おごるよ」
 あわてて恭兵が口を挟む。
「なぎささんにも?」
 律儀に約束を守りなぎさのフォローもするまりあ。
「おごるおごる。さぁ行こう」
 逃げるようにその場から去る。
 まりあが女を捨てたりしたらまさに現在のまりあ本人と同じ状況。
 そうなってはたまらない。だからうやむやにすべくその場を離脱した恭兵である。

「姫。あれではまりあ殿が間違えるのではござらんか?」
 抑えた低い声で傍らの細身の少年。十郎太が言う。
「説明が足りなかったでしょうか? やはりみずきさんの事をきちんと説明しないと誤解を受けますわね」

 そのころ、優介は祭りの客にまぎれて身を潜めていた。
 夜店にはさまれた石畳は人でごった返していた。男子としては小柄になる優介が紛れ込むとまずさがしだせない。
 もっともその男子とは思えない可愛い顔はとにかく目立つのだが。

(もう。風見君も火野くんも大地君も女連れなんだもん。だったら僕だって男の子にナンパされてやるもん)
 この発想が既に間違いと言うものであるが…とにかく彼はナンパされるべく動き出した。
 しかしいくら美少年でもこんな中でナンパされたりはしない。
 むしろ女子が彼を遠巻きに見ている。
 女性にまったく興味を示さないところがクールに、そしてかっこうよく見えたらしい。
 元々の美貌も手伝い視線が集中して優介は不機嫌になる。
(だから女は嫌いなんだ。人の事なんて考えずべたべたしてくる。もういいよ。それならこっちから男の子をナンパしてやるもん)
 その結果彼が声をかけたのはどうしてかいわゆるトランジスタグラマー。小柄なのにメリハリの利いたボディ。赤い浴衣に身を包んでいるツインテールのメガネ娘だった。
 しかも傍らには長い黒髪の少女と女子二人組みだった。
「お、お前確か…」
 優介はこの二人に見覚えがあった。
「あれ? あなた確かトレスのときに…」
「姫ちゃんの友達のクラスメイトじゃない? みずき」
「あ。そうだわ。それで見覚えがあるのよね。七瀬」
「な…なんで男の子をナンパしようとして女を捕まえちゃうの?」
 その言葉にぎくりとなるみずき。
(野生の勘なのかしら?)
 流れる汗は暑さだけではないようだ。

 その少女はいろんな意味で浮いていた。
 切りそろえられた短い黒髪はむしろ夏らしい。
 白いワンピースと同色の帽子もなのだが、どう見ても祭りの神社の境内と言うより海辺の避暑地を散歩するお嬢さまと言うイメージだ。
 足元もサンダル。かかとの低いものだ。
(さすがに東京は蒸し暑いわね)
 その少女は越してきたばかり。その意味でもまだこの土地に馴染んでない。
(今度はどれだけいられるのかしら?)
 その賑わいも彼女。澤矢理子の気を紛らわしてはくれなかった。

 強引な話題転換を図った恭兵は何の因果か金には不自由してないお嬢さまに飲み物を振舞う羽目になった。
 とはいえどそこはさすがに学園のプリンス。笑顔で接する。
「はい。まりあ」
 祭りの場だ。それにふさわしいものでビンのラムネだった。
 キョトンとするまりあ。恭兵の手にはラムネしかない。
「ありがとう火野君。それでグラスはどこにあるのかしら?」
 世間知らずのお嬢さまは「ラッパのみ」と言うものをしたことがない。
「あんたねぇ。そんなののこうするに決まってんじゃない」
 苦笑するなぎさ。彼女の手にもラムネ瓶。それを口に運んで液体を流し込む。
「えええっ? ボトルに直接口をつけるなんて? そんなはしたないこと出来ないわ!」
(あんたのさっきのチョコバナナの食べ方ははしたなくないの?)
 突っ込みたかったが恭兵に説明する事になったら自分が恥ずかしいので黙りこむなぎさ。
「いいからやってみなよ。まりあ。ここではこれが作法なんだから」
「そ、そうなの? 作法と言うなら仕方ないわね」
 恭兵に言われてまりあは恐る恐るラムネ瓶を口にして上を向く。
 ほんの少し刺激的な液体が口に流れたと思ったらすぐに止まった。
(これだけしかないの?)
 そう思った彼女はビンを確認する。液体はほとんどが残っている。
 調べるがビンの口を球体が塞いでるのに気がつくのに時間が掛かった。
「ああ。やっぱりね。これはこうして飲むの」
 なぎさはまりあの行動を予測していたようだ。見本を見せる。
 内側への突起にビー玉を引っ掛けて飲んで行く。
「なぎささん。すっごぉい」
 ラムネの飲み方も知らないお嬢さまは感嘆の声を上げる。
 真似するが上手く行かない。何度やってもビー玉が口を塞ぐ。見かねて恭兵が店の主に言う。
「悪いけどストローくれない?」
 ストローでやっとラムネを飲んだまりあの第一声は「美味しい。何よこれ。こんな美味しい飲み物が普通に売っているの?」だった。
「僕たちにはそんな特別でもないけどね」
「でもなんかこれだとお祭りらしくない?」
「まぁ確かにな。子供の頃から定番だったし」
「あははは。あたし中のビーダマ欲しくて何本もビン割って怒られた」
「お前もかよ。僕も地面に叩きつけて肝心のビーダマまで割ってさ」
 楽しげに幼いころの話をする恭兵となぎさ。中が悪そうには見えない。
(いいなぁ。こういうの。わたしも優介とこんな風におしゃべりしたいなぁ)
 そんな他愛もない願いが彼女にとっては一大事だった。
 それを思うと切なくなって、飲み物で気を紛らわせようとした。
 ラムネの味がしょっぱく思えた。

「あっれぇー? 奇遇だにゃん。空手部の主将さん」
「お前…A組の。なんだそのかっこうは?」
「似合うかニャ? レイヤーとしちゃ普通の浴衣じゃ逆に恥ずかしいんで」
 ここは学校の近くにある神社の境内。
 それだけに蒼空学園の生徒がいるのは不思議でもなんでもない。
 とはいえど同じ学園内でも対極の二人。
 女子空手部主将。芦谷あすかが硬派なら、学園でもネコミミと尻尾が標準装備の里見恵子は軟派と言うことに。
 ここでもまるで子供用を着用したかの印象を受ける短い袖やすその浴衣姿。
 腕や足がむき出しである。
 柄自体は黄色の地にひまわりとさほど突飛ではないがそのフォルムが異様。
 そしてご丁寧にいつものネコミミと尻尾まである。いつもの伊達メガネはない。
「なんだその理屈は……もう一人いるのか?」

対極の二組

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの對馬有香さんに感謝!!

 今回は珍しく一人ではない。
 狐の面をかぶった中性的なもう一人。
「そこのお……」
 呼びかけてあすかは迷った。
 確かに着ているものは女物の浴衣。
 着ている人間も小柄だし、顔立ちも整っている。
 しかし何かが不自然だ。どこか違う。
「そいつ…もしかしておと」
「そ。コスプレ友達のAOIちゃん。男の娘だにゃ」
 あすかは思わずたじろいだ。
(こ、これが話に聞く女装少年…私よりはるかに女らしいではないか)
 凝視するあすか。それをどう受け止めたのか頬を染める「男の娘」
 そこらの女の子より色気がある。
「こ、ここは神前だぞ。そんなふざけたかっこうはよせ」
 怒鳴らないとどうにかなりそうだった。
「にゃははは。学校の誰かが見つけてくれるかなと思ってこうしてきたけど、まさか空手部の一同様と最初にあうとは思わなかったにゃん」
 恵子の言うとおりあすかは一人ではなく空手部の部員達と一緒だ。
 部員と思しき少女達が華やかな浴衣を纏い薄化粧しているのに対し、あすかは紺色の地味な印象の浴衣。柄も笹の葉である。
 長い髪をうなじ辺りで留めるのは学校での姿と同じ。同様にノーメイク。
 実家が喫茶店でその手伝いで帰宅するとメイクすると言う一般的な働く女性の逆である彼女。
 せっかくの祭りにまで「仕事モード」であるメイクをする気になれなかった。
 これまた反対に華やかと言うより派手目なメイクの恵子である。

「まったく。ふざけた奴だとは思っていたが」
 この二人。クラスが違うのもあり接点がなかった。ほとんど会話もない。
 ただ互いに「校内の有名人」なので顔を覚えていたのだ。
「えー。せっかくのお祭りだにゃん。着飾ってもいいじゃない。部長さんもどう?」
「そうそう。君は磨けば輝くダイヤの原石。もっと飾ったほうがいい」
 いつの間にか一人の男があすかの背後から会話に加わっていた。
 年は老けているような若いようなわかりづらい印象。
 メガネはともかくオールバックが老成した印象を抱かせる。
 比較的がっしりした体躯。だが決して太っているのではない。
「なんだ? おまえは?」
 どちらかと言うと男に対していいイメージをもってないあすかはきつい言葉を投げつける。
 さらに言うと自分に気配も感じさせずに背後を取ったこの男を本能的に警戒していた。女として。
「僕? 榊原和彦。さぁ。名乗ったんだ。君の名前を教えてくれないか? とりあえずスリーサイズの方は82C。55。80と言うのはわかるんだが」
「なっ!?」
 正確にプロポーションを言い当てられたあすかは羞恥に赤くなる。
「変態に名乗る名などない」
 背後の榊原に対して至近距離からひじを叩きこもうとした。
 だがそれを榊原は手で弾いて受け流す。
「うわっ」
 体重移動していたのでつんのめるあすかを、柔道で投げ飛ばすように体勢を崩してしまう。
 そしてあっという間にその腕に抱えてしまう榊原。
 男女のダンスで男性の腕に支えられて女性がのけぞっているあのポーズを思っていただけるとわかりやすい。
「お…おまえっ」
 今度は男の腕の中で赤くなる榊原。
「きゃーっ。部長さん。女らしいっ」
 場違いに聞こえるが的確な表現でもある恵子の言葉。
 確かにあすかは完全に女性のポジションである。自然と女性的なポーズにもなっていた。
「部、部長を離せ」
 空手部の部員達が助けようと榊原に遅い掛かるが本当にダンスでも踊るかのようにかわしていく。
(コイツ、戦いなれている。道場での手合わせしか経験のない部員達と違って実戦なれしている!?)
 榊原の腕の中でそんな分析をする空手部部長。
 そして空手着と違い動きにくい浴衣姿の少女達はあっという間にばてていく。動きが止まる。
「さっ。それじゃ邪魔の入らないうちに」
 そのまま「お持ち帰り」をしようとする。
「ふ、ふざけるなっ」
 だが何故かあすかは硬直して動けない。
(コイツ、なにか特殊のツボでも知っているのか? 体が動かない)
 絶体絶命だが…
「見つけたぞ。カズ」
 甲高いハスキーボイスが響く。
 これまた派手な少女だった。
 逆立った金髪がまず目に入る。黒い浴衣がそれと白い肌を際立たせる。
 大柄といっていいがむしろすっきりとした感じの美女だ。
「わっ。真理。しまった」
 何故か足元を見る榊原。まるで地面に何かがあるような動きだ。
「アタイと言うものがありながら他の女をナンパとはいい度胸だな。おい」
「ま、待て。これは違うんだ。そう。着崩れを起こしていたからなおそうかと」
 あわてていい繕い、ごまかすためにあすかの硬直を解く榊原。
「どちらかというとこれから崩すつもりだったんじゃないのかにゃん?」
「そこのコスプレ娘。正確に言い当てるんじゃないっ」
 怒鳴るが突如として動きが止まる。まるでロープで首を閉められているかのようだ。
「アタイに隠し事がムダと言うのは知っているよな」
 鬼がはだしで逃げそうな凄み。彼女はまるで釣竿を引き上げるように動くと、本当に釣られたかのように榊原が宙を飛んで引き寄せられる。
 それで解放されるあすか。反対に捕縛され「連行」されていく榊原。
 唖然として見ているあすかや恵子達だった。
「……修行が足りない。だからあんな奴にあしらわれるんだ。私は帰る。そして修行する」
「ぶ、部長ーっ。せっかく来たのに」
「もうちょっと私達と一緒にいましょうよ」
 何のことはない。男前なあすかは『彼氏』役だったのだ。
「にゃははは。なんだか今年のお祭りは楽しそうだにゃん」
 ひときわ異彩を放つコスプレ少女は、楽しい事を探しにまたふらふらと歩き出した。

 夜店のおもちゃ屋はいくらでもある。定番のお面もしかり。
 その派手な店先で楽しげに話ししている上条と裕生。
「おっ。ハイパーフェクター。もうお面になってるんだ」
「ああ。素早いよな。ほんと」
 同人誌即売会で一緒にサークルとして売り子を務めたのでさほど久しぶりと言うわけではない裕生と上条。
 とはいえど両者ともに女子といながらいきなりその手の話と言うのもあんまりと言えなくはない。
 苦笑している詩穂理。
(上条君相手じゃこの人も苦労してるんでしょうね)
 そう思って上条のつれていた少女。若葉綾那の横顔を見る。
 だが綾那はただ微笑んでいるだけだ。
「なぁに。詩穂理ちゃん」
 春先にあったときに似た境遇ゆえか親密になっていた詩穂理と綾那である。下の名前で呼んでくる。
「あっいえ。ごめんなさいね。ヒロ君があなたの彼を」
「ううん。いいよ。楽しそうだもん。明君が楽しそうだとボクも楽しい」
「そうなんだ」
 寂しげな笑顔の詩穂理。
(これはちゃんと恋人同士だから言える言葉よね。私とヒロ君はただの幼なじみ。そこから先にいけるのかしら?)
 聞けばこの綾那は高校でであったと言う。それで現在は恋人同士。
 それに対して幼馴染と言う共有する時間の長さが、逆に「倦怠感」になっているように感じる詩穂理。
「でもいいなぁ。詩穂理ちゃんと風見君。幼なじみなんでしょ?」
 綾那は逆に詩穂理の境遇をうらやんでいた。
「ええ。そうなんだけど」
「いいなぁ。二人だけの思い出がいっぱいあって。ボクなんて去年の五月からだし」
 厳密にはもっと前にもであっている。上条明に一目ぼれするきっかけの事件があった。そのときが初対面。
「だからボクもこれから一杯思い出を作るんだ。今日のもいい思い出になりそう」
(思い出…未来。そうね。この先どうなるかわからないわ。もしかしたら私とヒロ君が夫婦になっているかもしれない)
「別れている」と言う発想がでない辺り意外にポジティブシンキングな詩穂理。
(今は悩まないでおこう。そうよ。楽しまないと)
 そう決めたら気持ちが軽くなった。体まで軽やかになった気分。
 動きも速かった。
「ヒロくーん。上条君達を案内してあげようよ」
「おっ。そうだな。こいよ。上条」
 男の友人の名を呼びつつ裕生は当たり前のように詩穂理の右手に自分の本来の利き腕である左手をつなげる。
「ひ、ヒロ君?」
「お前トロイからな。こうしとけばはぐれないだろ」
「ひっどぉーい。子供扱い」
 実際に子供のような口調と表情になっている秀才少女。
 彼女はやっと祭りの夜を楽しめそうだ。

 神社の鳥居の前に一台の車が停まる。黒塗りの外車だ。
 そこから黒服の男が降りてくる。ドアを開けると小柄な少年がまず降りる。
 彼・土師拓也は中の少女をエスコートする。
「どうぞ」
「ありがとう」
 白地の浴衣に朝顔の柄。化粧よりもネイルアートよりも広いオデコが目立つ。
 いつもと違い髪は編んでおらず下ろしている。
「よいしょ」
 後部座席から最後に降りてきたメガネの少女。高須奈保美が主である少女の巾着をもって来る。
「ついたぜ。お嬢。さあ。最初にどこから回る」
 助手席から降りてきた顔色の悪い長身の少年。辻元紀が尋ねる。

「決まっているわ。愛しの水木君のいるところよ」

 ライバルグループの総帥の娘と言う点でまりあとは対立していたが、さらには水木優介を巡る恋のライバルにもなっているのがこの海老沢瑠美奈だった。
「待ってて。優介君。すぐにあなたを見つけ出して縁日デートしてあげる」
 恋する乙女は陶酔した表情。それが邪悪といっていい表情に変化する。
 取り巻き三人はなれているが知らない人々はその変化に仰天する。
 もちろんそんなものを気にするデコ娘ではない。

「そしてまりあ。私に水木君を奪われ、失恋して無様に這い蹲るがいいわ。おーほっほっほーっ」

 いかに祭りの夜とは言えどテンションの高すぎるオデコ娘であった。
 その高笑いが不気味な盛り上がりを演出していた。

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