第18話「A Day in The Girl’s Life」

 蒼空学園の最寄駅。
 その駅前にある噴水に美鈴は佇んでいた。
 小柄な体躯を真っ赤なコートで包み、毛糸の手袋をしていた。
 それでいていわゆる「生足」である。
 靴下も足首までの短いものでローファーを履いていた。
(ちょっと早く来すぎちゃったけど、遅れるよりいいよね)
 待ち合わせの時刻は午前11時だが、現在は10時45分と早い。

「あら。南野さん。早いですね」
 時間に厳格なイメージ通りに十分前に詩穂理が来た。
 黒いコートにクリーム色のマフラー。
 長い黒髪とのコントラストも鮮やかだ。
 夏場では暑そうに見えたブーツだが、この寒さではちょうどいい印象だ。
「シホちゃんも早いね」
 詩穂理のはまじめさゆえ。美鈴は小心ゆえに遅れまいとした結果だった。

「はぁい。こんにちわ」
 11時ジャストにまりあが来た。
 相変わらずのワンピースだがピンク色の厚手のポンチョをまとっていた。
 心なしスカートの丈も長めの物。
「まりあちゃん。それ可愛い」
 挨拶もそこそこに美鈴が目を輝かせる。
 まりあと美鈴は服の趣味が比較的近い。だからまりあの衣装には好意的な反応を示すことが多い。
「ありがと。まだちょっと早いと思ったけど……うう。まだ11月なのになんて寒さなのよ」
 寒がりのまりあは身をちぢこませる。耐えかねて真冬の服を引っ張り出してきたのだ。
「そんなに寒いならズボンにすればいいのに」
 生足をさらしている美鈴がオーバーニーソックス着用のまりあに言うから不思議だ。
「わたしはパンツ持ってないのよ」
 これは事実。もともとスカート派だった。
「男装していた時の私服はどうしてたんですか?」
 男装ならスカートの訳はない。詩穂理はそういっている。
 まりあは耳をふさぐゼスチャーをした。
「やめて。忘れたい記憶なの。あの時のわたしはどうかしてたの」
 いわゆる黒歴史だった。
 追求を避けるためもあってか話題を変えにかかる。
「あなたたちだけ? まだ二人はきてないみたいね」
 そう。今日の待ち合わせは「五人」なのだ。

「やー。悪い悪い」
 照れ笑いを浮かべながら『四人目』のなぎさがきた。
 いつものパンツルックにスニーカー。Tシャツの上からファー付きのブルゾン。さすがに女性用だ。
「もう。十分の遅刻よ。なぎささん」
「え。それじゃもう揃ったの?」
 三人とも首を振る。
「なんだよ。今日の主役が盛大に遅刻……いや」
 真顔になるなぎさ。
「私たちもその危険性を考えてました」
「理子ちゃん……迷子になってるんじゃないかな?」
 美鈴の何気ない一言で全員顔を見合わせる。
「……あり得るわ……理子の方向音痴は筋金入りよね」
 けっこう失礼なことを真顔で言うまりあ。
「美鈴。ここにいて」
「私たちは探しに行きましょう」
 擦れ違い防止で美鈴を残して、三人は理子を探しに出た。

 三十分後。なぎさが駅反対側の出口で待っている理子を発見して、無事に合流を果たした。

「まったく。どうしてそんな間違い方をするかな?」
「だから私は方向音痴だと言ったでしょう」
 相変わらずクールに返す理子だが、ここはえらそうにふるまう場面ではない。
 心なし頬が赤いあたり可愛げが出てきた。

「でも理子ちゃんと無事に逢えてよかったね」
「ほんと。もしとんでもないところにいたら、理子を探すだけで代休が終わってたよ」
「……なんでそろいもそろって下の名前で呼ぶの?」
 許可した覚えもないのに。そんな表情が出ている。
「わたしがみんなにそういったのよ。何しろ今日は理子との親睦会なんだから」

 話は前日。文化祭の後夜祭にまで戻る。
 互いに呼び捨ての関係になった理子とまりあ。
 まりあはその関係を自分の友人たちにも広めようと思った。
 そこで日曜の文化祭開催で得た翌日の代休で親睦会をしようと提案し、受け入れられたのだ。

 ここにいるのは全員「理子は実は男」と知るものばかり。
 他のクラスメイトの女子は知らない。
 理子を女だと疑いもせず、体育の授業では平然と肌をさらしている。
 正体を知る四人は最初こそ意識していたが、理子自身の裸体を見ているうちに『女同士』という意識になり、気にならなくなった。
 ただし他の女子には教えていない。知らずに『男』の前で肌をさらしている。
 いわば「共犯関係」で、それが奇妙な連帯感をまりあにもたらしたようだ。
 そしてそれはなぎさや美鈴も例外ではなかった。

「それで女の姿でこいといったのね」
「そうよ。それなのになぁに? それ」
 スカートではなくパンツ。
 上はブラウスにベスト。靴も黒いローファーで通学用の物だ。
 一応すべて女性服ではあるが「ボーイッシュ」に決めていた。
「姉さんは病弱で冬はあまりで歩かなかったから、冬物は持ってなかったのよ」
 理子という名前は亡き姉のもの。
 本来は澤矢理喜という男子である理子は、女性服も姉の遺品を使っていた。

「あら? 何かついているわよ。理子」
 まりあの指摘に大慌てで確認する理子。
 確かにベストに「値札」がついていた。それを引きちぎる。
「やはり新品か。やたらにきれいだと思ったよ」
 なぎさの指摘に珍しく赤くなる理子。
「つまり……わざわざ冬の女性服を調達して来てくれたんですね」
 詩穂理の推理は的中していた。
「ええ。そうよ。女の子同士だからっていうことみたいだったから」
 照れ隠しかそっぽを向いて言う。
 ただ「女の子同士」の要求を受け入れるあたりだいぶ距離が縮まっている。

冬の装い

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの對馬有香さんに感謝!



「でもスカートまでは買わなかったわ。大体なんでこんな寒い日に足をさらすのよ?」
 すでに板についた女言葉でいう。
「え? 美鈴はずっとこうですよ?」
「わたしもズボンは苦手だから」
 予想通りの答えが美鈴とまりあから。
「私は家ではパンツルックもあるんですが、今日はお出かけなので」
 おしゃれしてきたと言外に。
 家業が本屋である詩穂理は店の手伝いをすることがある。
 その作業の関係でパンツルックも珍しくないが、本人はどちらかというとスカート派だ。
「あたしは制服以外はいつでもズボンだよ。制服の時は夏でもパンスト」
「それでどうして水着になるとあそこまで布の少ないものになるのかしら?」
 まりあの言葉で爆笑が起きる。

「スカートじゃないのはまだしも、せめてお化粧くらいしてきてくれたら」
「高校生がしてちゃまずいでしょ。それにあなただってしてないじゃない」
「……雪乃さんに同じこと言われた……」
 要するにしてもらえなかったのだ。
 自分の可愛さを自覚しているまりあは、素肌を活かすために特別な時でないと化粧しない。
 だから当人はスキルがない。
 メイドたちがしてくれないとお手上げなのである。
 もっともそのメイドたちに遊ばれた結果で、ギャルになったりしたこともあるが。

「美鈴もまだいいな」
「あたしも。めんどくさいもん」
「澤矢さんの言うとおりです。高校生で普段からお化粧はよくないと思います」
 全員一致ですっぴんだった。

「さて。こんな時間だ。お昼食べるんだろ」
 体育会系でカロリー消費の激しいなぎさが、空腹にたまりかねて言う。
「もちろんよ。行ってみたかったお店があるの」
 お嬢様のまりあがいけなかった店と聞いた一同は、どんな高い店かと身構えた。
 ところが
「回転ずし……ですよね」
「ここがそうなのね? ああ。前々から話を聞いていて来たかったの。バレリーナみたいにまわりながらお寿司を握るのかしら?」
 世間知らずもここに極まれるである。
「ちょっとがっかり……」
「そう? 気楽でいいよ。財布も心もとないし」
「私も実は初めてで」
「入りましょ。待ってるはずだし」
「待ってる?」
 また謎の言葉が出た。
 怪訝な表情をする一同。それに構わずまりあは中に入る。一同もついていく。

 「待ってる」という言葉の意味をすぐに理解した。
 つややかな長い黒髪。その直毛を切りそろえた「姫カット」。
 まりあが洋風のプリンセスなら、こちらはまさに和風。戦国時代の姫君という印象の少女がいた。
「こちらですわ。まりあさん」
 和服の美少女。北条姫子。そして常に寄り添う風間十郎太という目立つ二人が先客だった。
「姫子。待たせちゃった?」
 中学からの友人同士である二人は何かと逢うことも多い。
 夏休みには詩穂理たちも何度かあっている。
「大丈夫ですわ。まりあさん。来たばかりですから。それよりも」
 ちらっと中央を見る。いくつもの皿が客の前を流れている。
「ええ。回転ずしってこういうものなのね」
 二人のお嬢様は仲良く一緒に落胆する。
 どうやらそろいもそろって似た幻想を抱いていたらしい。苦笑する詩穂理。なぎさ。美鈴。

 円形のカウンターの中央で寿司職人が握り、それをコンベアに乗せる。客は目的の物が来たら皿をとり食す。それが回転寿司だ。
 時計回りに回るコンベアの周辺に座席がある。
 店の入り口と反対側が職人の出入り口になっている。
 そこを時計でいう〇時の位置として、二時の位置から十郎太。姫子。まりあ。理子。詩穂理。美鈴。なぎさという並びだった。
「姫。やはりこの店は感心できませぬでござる」
 姫子の親友で十郎太とも中学の時に一緒だったまりあは驚かないが、他の面々はいまだに彼の言葉使いになれない。
 特に理子はまだ二度目なのでなおさらだ。
「どうして? 風間君」
 十郎太と以心伝心の姫子は何も言わない。代わりにまりあが尋ねた。
「この並びなら毒を仕込むなど雑作もない事」
 確かに寿司職人以外にも「客」が細工できる位置だ。
「いえ。それは大丈夫だと思います」
 意外な反論は詩穂理た。
「何ゆえで?」
「お客さんに紛れているのなら一度お皿をとらないと細工できないです。でもお皿をコンベアに戻したら目立ちます」
 十郎太は黙って聞いている。詩穂理はさらに続ける。あくまで説明だけでやり込める感じでない。
「そして職人さんは私たちの目の前で握っているのですから監視されているのも同然。ちょっと暗殺は難しいかと」
 物騒な会話だがあまりに現実味がなさ過ぎて、フィクションがらみと他の人間は解釈した。
「お騒がせしたことを詫びるでござる」
 十郎太はあっさりと矛先を収める。
「されど目は光らせているでござるよ」
 その言葉は嘘ではなかった。

「さぁ。みんな食べようよ」
 なぎさが切り出す。
「そうね。いただきましょう」
 それぞれ皿をとるが、詩穂理の左腕が理子の右腕に当たる。
「あっ。ごめんなさい」
「大丈夫よ」
 「バンド仲間」だけに詩穂理が左利きなのは承知していた。

「期待したのとは違うけど、これはこれで楽しいわ。目の前をお寿司がいっぱい流れていくのがメリーゴーラウンドみたい」
 回転ずしをメリーゴーラウンドにたとえるのは、まりあくらいの物だろう。
「どれ食べようかなぁ。あっ。これっ」
 美鈴がとったのは「ハンバーグの握り」だった。
「うえっ? 話には聞いていたけどホントにあるんだ。これ」
「私も初めて見るわね」
 なぎさと理子の意見が一致する。
 当の美鈴は困った表情になった。
「どうしよう……これってお醤油につけて食べるのかな?」
「たぶん……そうじゃないかと」
 博識の詩穂理も歯切れが悪い。
「なんか変な感じだね」
 抵抗があったのかそのまま何もつけずに食べた。
「あ。意外においしい」
「ほんと?」
 世間知らずのまりあも疑問を抱く。

 しかしその議論は同行者唯一の男子によって阻まれる。
 瞬間的に、そして音もなく11時の位置にいた男性客の手をねじりあげていた。
「いたたたた」
「お主、これで何をするつもりであった?」
 ねじりあげたその手には「目薬」があった。
「いえ。これは毒であろう!?」
「な、何を言って?」
「姫に一服盛るつもりであったのではないのか?」
「あの――その方は私たちより先にいましたよね。そのお皿の数を見てください」
 詩穂理の言うとおりその客はすでに8枚の皿を積み重ねていた。
「私たちの後から入ってきたならともかく、先客では北条さん……でしたっけ? 彼女が確実に入って来るまで待つのは暗殺者としては、ちょっと考えにくいのではないかと」
「む……」
 一理あると言いかけた十郎太。だが姫子の傍を別の客が通ろうとしていたのが目に入る。
 ねじりあげていた手を離すと、瞬時にその客の元へと移ってちょうどブロックするかのように立ちはだかる。
「なんだよ。通せよ」
 その若い男は「切れて」突っかかる。
「その手はなんだ?」
 ズボンの左ポケットに突っ込まれていた腕をつかみ引っ張り出す。
「む? 得物を隠したと申すか?」
「何言ってんだよ? トイレに行かせろや」
 文字通りの押し問答だった。
 姫子自身の声がかかり何とか十郎太は着席するも、依然として目を光らせていた。
「は、はは」
 乾いた笑い声をあげる理子。
「お嬢様ってのも大変ね……もしかしてあなたにもあんなボディガードいるの? まりあ」
「んー――たぶんね。わたし自身が大げさなのを嫌だといったのもあるからなのか、ひっそりと陰ながら見ているんだと思う」
(それって同時に監視されているってことかしら?)
 詩穂理がそう考えたのは夏祭りでの話。
 わざわざ女子だけで合流し、そのあとから男子グループと合流という形をとっている。
(あの時にしても綾瀬さんと火野君。南野さんと大地君。それに私とヒロくんという名目だったから邪魔は入らなかったのかしら。あんな一軒家を与えるほど高嶺さんを溺愛しているなら、むしろボディガードがついてない方が不思議だし)

「よし。流れているのはみんな食べた。それじゃ次は握ってもらうか」
 やけに静かだと思ったら、騒ぎをよそに黙々と食べていたなぎさ。
 他が3枚かそこらしか皿を積み上げてないのに、彼女はすでに15皿積み上げていた。
「な、なぎさちゃん。もうそんなに食べたの?」
 小食の美鈴でなくても驚くペースだ。
「ん。いつもこんなもんだよ。このお店は初めてだから全種類食べたいと思うんで、ちょっと飛ばしてはいるけど」
 いくらスポーツ選手でも女の子の食べる量じゃない。
 まりあたちは青ざめた顔でなぎさを見ていた。
 それはすし職人たちも同じだった。
 その中の比較的若い職人が、失礼なのも忘れてなぎさを指さして叫ぶ。
「あーっ。思い出した。この客っ。うわさに聞いたオンナ野茂」

 野茂英雄。日本人メジャーリーガー一号は南海ホークスに所属していた村上雅則だが、本格的に道を切り開いたのはこの野茂投手。
 その彼が日本プロ野球で入団したのが大阪近鉄バファローズ。
 初めての年に海外キャンプでの休日。当時の監督。仰木彬が自費でキャンプ地のハワイにある寿司屋で食べさせたら十万円かかったという。
 ちなみに彼の投法は右足を軸にして打者に背中が見えるほど左足を引き寄せてから投げる――通称・トルネード投法だが、この寿司屋の件と所属チームのバファローズにひっかけチームメイトからは「回転ウシ」と呼ばれていたとか。
 この寿司職人はその日本人メジャーリーガーになぎさをだぶらせていた。

「なにいっ? この女が通った後はぺんぺん草一本も生えないというっ!?」
「ちょ……ちょっと!? 何よそれ? 人聞きの悪い」
 年頃の乙女を捕まえて言う言葉じゃない。なぎさの反論はもっともだったのだが
「何件かの大食いチャレンジをみんな制限時間内で完食クリアしたってだけで、なんでそんなこと言われないといけないのさ?」
「……なぎささん。それ女の子のセリフじゃない」
「あたしだって食べ過ぎてお腹苦しくなる時だってあるよっ。いつだったかの『一升チャーハン』を食べきったときはさすがにきつかった。しばらくチャーハンは食べたくなかったね」
「……一升のごはん……うぶっ」
 美鈴は想像しただけで食欲がなくなった。

 一応は客である。
 ある程度でストップをかけるという約束で注文を受けることにした。
 もっともわさびそのものを海苔巻にしてと言われたときは、さすがに断られたが。

 おっとりとした姫子。口数の多くない理子がいるとはいえど、17歳の女子が6人もその場にいるのだ。
 かしましいことこの上ないまま食事は進む。

 支払いは姫子と十郎大以外の分はまりあが済ませた。
 なぎさは当分まりあには頭が上がりそうにない。

「さて。それじゃ腹ごなしにボウリングなんかどう?」
 運動の苦手な詩穂理と美鈴は難色を示すが、それでも同意した。
「それではまりあさん。みなさん。わたくしたちはこれで失礼します」
「あれ? 一緒じゃないの?」
 なぎさが姫子に問いかける。
「うむ。こちらはこちらの学校で約束がありましてな」
「もしかして上条君たちですか?」
 裕生とともに中学時代のクラスメイトだった少年の名を出す詩穂理。
「はい。そういうことですので」
 お辞儀をして二人は去って行った、

「さ。わたしたちも行くわよ」
 5人の少女はボウリングなど多数の遊びができる施設へと向かった。

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