第18話「A Day in The Girl’s Life」Part2 

「ここだね。あたしたちのレーン」
 なぎさの先導でボウリング場の端にあるレーンへと一行は来た。
「お嬢様は初めて?」
 軽く皮肉めいた感じでまりあに尋ねるなぎさ。
「ふっふーん。そう見える? 中学の時には何回か来てるわよ」
「ありゃ? 意外」
 これは単なる本音。
「姫子とか一緒にね。どちらかというと愛子さん……姫子の妹さんが引っ張ってきてたけど。そこにあのデコ女がいつも取り巻き連れて邪魔に。結局くたくたになるのよねぇ」
 なかなか壮絶な中学時代であった。そんなころから瑠美奈との遺恨があったのかと一同は軽く驚く。

 そこにさらに驚かせる発言が。
「あの……私はボーリング初めてです」
「美鈴も」
「ええっ!?」
 本気で驚くなぎさ。「お嬢様」が経験ありで「庶民」がしたことないだと?
「私、運動が全くダメなんです――」
「いや……それはよーくわかっているから」
「美鈴も……そもそもボールが重くて」
「いや……それもよーくわかっているから」
 想像通りの理由だった。

「私は経験済みよ」
 相変わらずクールにいう理子。それを聞いてなぜか詩穂理が赤くなる。
「さっ、澤矢さんっ。そんな言葉を女の子が口にしたらっ」
 どうやら何か違うものを『経験済み』と連想したらしい。
 いうまでもなく『箱入り娘』と「お子ちゃま」は意味が分からずきょとんとしている。

「まったく……前から思っていたけど、詩穂理ってば割と耳年増だよね」
 苦虫をかみつぶしたような表情だ。言われた当人は顔が赤い。
 空気を換えるようになぎさが大声でいう。
「煩悩も汗かきゃ消えるよ。さあ。ボールもってこよ」

「なぎさちゃんみてみて。美鈴にも持てるボールがあったよぉ」
 嬉しそうにボールを見せるが、やはりよろよろしている。
「……うん。可愛いボールでよかったね」
 キャラクターの絵がプリントされた小さなボールだった。つまり子供用である。
 しかもそのキャラクターから察するに女児用であろう。
 それでも重たそうな美鈴である。

「左利きでも問題ないのかしら?」
 初心者ならわからなくはない詩穂理の疑念。
「わたしはこれくらいかしら?」
 11ポンドのボールを選んだまりあ。
「ボール選びの目安は体重の一割らしいから、ちょっと重く感じるくらいで」
 なぎさが講釈していたらまりあは即座に10ポンドのボールに代えてきた。
(気持ちは分からなくもないけどな)
 苦笑するなぎさは12ポンド。

「私は気にしないわ」
 表情一つ変えずに13ボンドのボールを持つ理子。だが
「重い……」
本当に耐えかねたように戻してしまう。
「それに指が少し届かないわ」
「おいおい。理子。何を笑えることを」
「――男の時は問題なかったのに」
 笑いかけたなぎさも黙る重い一言。
 そうだった。その体質と亡き姉に高校生活をささげたい思いから、女子として日々を過ごしているのだが本来は男。
 男の時ならやすやすと投げていたであろうボールがひどく重い。そんなところから実感がわいてきた。

「私――本当に女なのね」
 自分が今は女の身であることをひどく実感できた。
「だ、大丈夫だよ。水さえかぶらなきゃいいんだろ」
 なぎさが場を取り繕う。
「そ、そうよ。それに女の子も悪くないと思うわよ」
「さすがまりあちゃん」
「ええ。一時でも男子として登校していただけに説得力が違います」
「それはもう忘れてぇぇぇぇぇっ」
 その様子に笑いが起きる。理子は笑ってなかった。

 5人で1レーン。空きが少ないためそうなるしかなかった。
 彼女たちの左側レーンは老夫婦がゆっくりと楽しんでいた。
「いいなぁ。あんなおばあちゃんになるまで好きな人と一緒にいられて」
 恋愛が脳の大半を占めるまりあらしい感想ではあるが、誰も笑わない。
 確かに素晴らしい事であるし。
(好きな人――)
 理子はまた考え込む。
(私が優介を好きになったのは認めるしかないわ。でも、それは男としてなのかしら? 女としてなのかしら?)
 男に生まれておきながら男を愛する者も世の中にいる。
 理子はさらに女子としての肉体もある。

 男でもともと『ホモ』だったのが、優介のアプローチでそれが目覚めたか?
 あるいは女として優介を愛してしまったのか?
 自分の存在にかかわることなので、どちらでもいいというわけにはいかない。

「それじゃ行くよ。お手本見せてあげる」
 いつの間にか投球の順番が決まっていた。
 言葉通りお手本でなぎさが一番。
 まりあが二番で運動面で頼りない二人は三番手四番手。美鈴が先だ。
 考え事をしていた理子は一番後に回されていた。

 ボールを持って制止するなぎさ。
 169センチの長身も手伝い綺麗なポーズだ。背がきちんと伸びている。
 長い脚で前進する。
 細い腕がぐんっと大きく振られ、ボールを後方に持ち上げる。
 絶妙なタイミングで転がされたボールは、なぎさから見て右半分のピン8本をパワーで吹っ飛ばした。
「なぎささん。すっごぉい」
 まりあらしいストレートな感想。
「ええ。軸が全くぶれていないからきれいだし」
 理子が続く。
 知識はあれど運動のセンスがない詩穂理と美鈴はうなずくだけだった。

「ん。こんなもんかな。それじゃパワーの次はテクニックで」
 二投目は一転して静かに転がす。
 とんでももないようなところに転がされたと思いきや、緩やかにカーブがかかり左側の6番ピン10番ピンを仕留めた。
「これでスペアと」
 拍手が沸き起こる。
「この要領だよ。簡単でしょ」
 いともたやすく言ってのける。
 それに対して首を高速で横に振る詩穂理と美鈴。
 とにかく運動と名のつくものに自信がない二人である。

「次はわたしね」
 なぎさが凄すぎて目立たないが運動面でもハイスペックなまりあは、やはりきれいなフォームでボールを放る。
 だがブランクでもあったのか思うようにはいかず一投目四本。二投目三本の合計七本だった。
 しかし上等な方である。

「うう。ボールが重いよぉ」
 投げる以前の話である美鈴だった。
 予想通りボールに振り回されて2本とガーターであった。

 しかし「下には下がいた」
「私ですね」
 詩穂理が立ち上がる。
 ボールを持って制止する。そして……投げない。
「あの……どちらの足から出たらいいんでしょう?」
 珍しく人に問う。
「いや。そんなこと聞かれても……」
 あまりに初歩的すぎる質問で、逆に返答に詰まるまりあ。
「左利きの詩穂理なら右足から行っといたら? そうすりゃ最後は左足を軸にして投げられるはずだよ。たいてい利き腕と利き足は一緒だから」
 安易に言うなぎさだが、あまりに運動ができすぎて初歩的なことを失念していた。
 歩幅による歩数である。
 身長156センチの詩穂理の足である。なぎさとは当然歩幅も歩数も違う。その結果
「あ、あれれっ?」
 全く歩数が合わずばらばらのフォームに。
 左手からの一投目は右側の溝に。二投目は左側の溝と見事にダブルガーター。

「……」
 気まずい沈黙。それが長持ちしない女子高生たち。
「確かに、今のに比べたら二本も取れたのは凄い方かしら」
「運動神経ないのは体育の時から知っていたけど……これほどとは」
「うう。だから私はアスリート能力は皆無なんですよぉ……」
 珍しく拗ねたように言う。
「もしかしたら右手のほうがいいんじゃないかしら?」
「そ、それはいくらなんでもあんまりです。高嶺さん」
 逆の腕で投げたらいいと言われりゃ、いくら運動に自信がなくても侮辱と感じる。
「だって詩穂理さんはもともと右利きだったというじゃない。それなら右腕のほうがいいんじゃないかって思ったのよ」
 きわめて単純なまりあの発想だった。
「もう日常すべて。お箸も鉛筆も左手で持っているのに、そんないきなり右手でなんて投げられませんよ」
 正論だった。何の変哲もない会話のはずだった。だが、理子には別の意味を持たせていた。

(それは私も同じだわ。もう日常の大半を女として過ごしているわ。学校だけのつもりが、いつの間にか女でいる方が落ち着いてきている)

 以前は帰るなり男に戻っていたのが、蒼空学園に来てから次第に女の姿で過ごすことのほうが多くなっていた。
 目印の多さと一本道ゆえにさすがに迷うことのない商店街での買い物。
 それも女子の姿でするようになっていた。
 男に戻るのは寝る直前の入浴時間まで繰り下げられていた。

 そしてそうさせているのは、間違いなく優介の存在だった。

「さあ。澤矢さんの番ですよ」
 自分の失敗をごまかそうということかせかす詩穂理。
 我にかえった理子はボールを持ち所定の位置につく。
 途端にまりあたち四人は立ち上がる。
「…………どうしたの?」
 怪訝な表情ではない。
 普段のクールさから想像できない苦々しい表情だ。
 まりあたちの意図を完全にわかっていたからだ。
「え、えっとね」
「あんたがお約束でボールを後ろに投げたらたまらないから、逃げられるようにこうしているんじゃないか」
 何も言えなかった。
 クールではあるが信じがたいドジ娘でもあるのだ。
「……だったら見てなさい」
 理子は意固地にはならずに投球に入ったつもりだった。しかし無意識に力が入っていたらしい。体がぶれる。しかも
(いけない。胸が)
 水の入った風船のような「女子の胸」が大きく揺れる。
 それがさらに体の軸をぶれさせ、すっぽ抜けたボールはなんと隣のレーンで。
「わわっ」
 今まさに老紳士が投げようとして、予期せぬボールに驚いていた。

 巨乳の詩穂理でもいきなりGカップになったわけではない。
 少しずつ膨らんでいたのだ。つまりなじんでいた。
 ところが理子はいきなりこの大きな胸だ。何しろ本来は男。
 「扱い」に不慣れで、振り回されることを失念していた。

 だれも予測できないNGだった。
 さすがの理子も顔を赤くする。
 あげくの果てに「こんな危ない娘たちの隣でやってなれるか」と、老夫婦が怒って帰る始末。

『5名でお待ちの火野様。フロントまでお越しください』
 くしくもレーンが空いたので順番待ちが呼ばれたアナウンス。
「火野?」
「キョウ君とか?」
 さっきまでの態度の大きさが霧散。そわそわするなぎさ。はては髪のチェックまで始める。
 そしてほどなくして隣に「火野」という客が来た。だが
「あら? なぎさちゃん」
「由美香さんたちだったんだ……」
 火野は火野でも姉のほうだった。

「えーと、部活つながりですか?」
 美鈴が同じ部活の先輩と後輩に問う。
「そうでーす。あたしたちが歩いていたら」と千尋が返し
「偶然、私たちとあったのよねぇ」美百合がつなげ
「それで部長たちと一緒になって」双葉が受け
「あたしがボウリングでもどうと尋ねて」由美香がいい
「ワタシが賛成しました」アンナがまとめた。

 栗原美百合と火野由美香の三年生の姉コンビ。
 そこにたまたま出会ったアンナ・ホワイト。風見千尋。大地双葉の一年生トリオ。
 同じ家庭科部の美百合と双葉の縁で遊ぶことになったが、さらに出先で美鈴たちにあったという偶然の重なる展開。

「こんな偶然もあるのねぇ。美鈴ちゃん。まりあちゃん。なぎさちゃん。詩穂理ちゃん。えーと……理子ちゃん」
 ご丁寧に全員の名前を呼ぶ美百合。
 最初に気が付いたのはやはり美鈴だ。五人でひそひそ話。
「部長ってどういうわけか男の子の名前を覚えられないんだけど」
「優介が言う『美少年センサー』みたいな感じかしら?」
「でも今はちゃんと澤矢さんの名前も理子って」
「そりゃ……ちゃんと女なんだし。今は」
「……違うと思う」
 理子は衝撃を受けていた。
(確かに、以前は名前を憶えられてなかった。それが今は覚えられている。女の名前しか覚えられないはずの人に)
 それだけなら以前は転校直後。そして時間の経った今は覚えたで済む話である。しかし理子にしたらそれで片付けられない。
(私はやはり、心も女になりかけているのかもしれない。だからあの先輩は私を女と見做して名前を覚えた……)

 ちなみに隣のレーンだが、由美香。アンナ。千尋。双葉の順に上手かった。
 美百合は流れる時間が人と違うのか、とにかくゆっくり過ぎてまりあたちにも影響を及ぼすレベルだった。

 さすがに十人での行動も無理なので、美百合たちとはボウリングだけで行動を別にした。

「あー。楽しかった」
 体動かして気分すっきりのなぎさ。いい笑顔である。
「久しぶりだったけど上手に行ったと思うわ」
 実際になぎさに次ぐ好スコアであったまりあ。
「……」「……」「……」
 陰鬱とした運動神経欠落娘。体力小学生低学年女児レベル娘。クールドジっこの三人。
 惨憺たる成績であった。
「次どうする?」
 なぎさが尋ねる。
「それじゃあねぇ」
 まりあの選択は……。

 五人は同じ建物のゲームエリアにいた。
「わぁーっ。なんだかいろいろと面白そう。遊園地みたい」
 可愛らしい感想のまりあである。きょろきょろと辺りを見回している。
 興味があり、一度来てみたいと思っていたので次の遊び場所に彼女が決め、誰も異存がなかったのでここにきた。

「ねえ。あれは何?」
 やたらに女子のいる「筐体」に興味をひかれた。
 それはその場で撮った写真をシールとしてプリントする機械だった。
「面白そう。やってみない?」
 説明されて目を輝かせる。
「いいけど……五人じゃきついと思いますよ」
「うーん。それじゃ分けていろんな組み合わせで撮ればいいのね」
「そ、そりゃそうだけどさ」
 苦笑するなぎさ。あまり彼女は乗り気でない。
「理子。まずはわたしたちね」
「わ、私も?」
「そうよ。今日はなんといっても理子との親睦会なんですもの」
 いつもの強引さを発揮して理子を筐体に連れ込む。

 説明を一読して撮影開始。
 可愛らしい笑顔のまりあと、硬さの取れない理子の写された写真を用いたシールが出てきた。
「わぁー。こうなるのね。それじゃ」
 まりあは自分の携帯電話を取り出し、そのピンク色の背面にシールを貼り付け、理子に見せた。
「はい。今日の記念と友情の証ね」
「……友情……」
 今まで言われたことがなかったその言葉に不覚にも胸が熱くなる。

(なんでこの子はこんなに私に親身なんだろう?)
 いわば「優介を巡る恋敵」なのに不思議だった。

 しかし考えるのは後にして、まずは『女の友情』を受け取ることにした。
 同じように紫色の携帯電話を取り出して、その背面にシールを貼り付けた。
「お揃いね」
 まりあに笑顔で言われた理子も柔らかい笑顔になる。

 その後も理子と詩穂理。理子となぎさ。理子と美鈴という具合に撮影していく。
 携帯電話に貼りきれないからとりあえずシールだけもらった。
 後で何かに貼っておくつもりだった。
 やはり「友情の証」として。

「どうしてなの?」
 別の意味で表情が崩れた。
 その体質故一つの学校にとどまれず。
 同時に「友達」なんて作ることもかなわず。
 もうすっかり諦めて、醒めきった性格になっていたはずの理子が思わず尋ねた。
「何が?」
 問われた側を代表するかのようにまりあが応じる。
「あなたたちは見たはずよ。私の本当の姿」
「……確かに見ました。お父さん以外じゃ初めて見ました……」
 最初に反応するあたり「耳年増」ならではというと変ではあるが。
「うちは兄ちゃん三人いるから何回かはあるけど」
 アバウトな体育会系少女も、恥じらいで頬が染まる。
「美鈴も一人っ子だからお父さんのしか見たことなかったのでびっくりでした」
 こちらは体格通りに小学生のような純情さが、そのまま顔の赤さになっていた。
「えーと……何の話しているの?」
 「ぶりっ子」ではなく本気でわかってない世間知らずのお嬢様。

「そ、そこに集中しないで」
 理子本人まで顔が赤い。
(変だわ。かつて完全に男だった時は男友達と猥談だってしたはずなのに、なんでか今はひどく恥ずかしい。やっぱり心まで……)
 どうしても気になる部分から考えがまたそちらにそれる。
 それを戻したのはまりあ。

「よくわからないけど……友達になるのに男も女もない気がする」
 確かに。この学園のアイドルはその美貌もあってか、性別問わず大半の生徒が憧れている。
 やっかみかねないはずの同性も、ここまで段違いに可愛いともう認めるしかなく、存外にさばさばした関係だ。
「それにこれはわたし自身わかってないけど、なんだか理子には『親近感』がわくのよねぇ。だからなのかしら。同じ存在になってみようなんて思ったのも」
 黒歴史扱いしている「男装」を自ら引き合いに出した。

「それに最初に女の子として出会ったせいかしら? あの体質もわたしからするとあなたは『お湯をかぶると男になって、水をかぶると女の子に戻る』というイメージなの」
 理子の自意識はあくまで男子だが、まりあは理子を女子としてとらえている。
 それだけではないこの『お節介』は、それこそ謎の「親近感」のせいだろうと理子は考えた。

「難しい話は後にして、今日はとことん遊びましょうよ。それからそろそろ修学旅行の班も決めると思うけど、ここにいるみんなでどうかしらと思うの。だからその予行も兼ねて」
「あ。そうですね。大体5〜6人で一斑ですからね」
「うん。その方がいいよ」
「そうすればお風呂とかでもごまかしやすくなるね」
「そうよ。わたしたみんな共犯者なんだから」
 この言葉で理子以外そろって笑う。
 その理子は涙を堪えるので精いっぱいだ。
(もう友達なんて諦めていたのに……まさか男とばれたことで逆にこんな仲になれるなんて)
 このままだったら雰囲気は良くなったのだが

「いたわね。高嶺まりあ」
 キンキンと甲高い声が騒音だらけのゲームエリアでも抜群にとおる。
「この声は……何であんたまでいるのよっ?」
 一気にフレンドリーな態度が消え「臨戦態勢」になるまりあ。
 いい雰囲気をぶち壊されたことに対する立腹もあり、いつも以上にとげのある返しだ。

 そう。唐突に表れたのはもう一人のお嬢様。
 まりあと犬猿の仲である海老沢瑠美奈が、取り巻きを連れて仁王立ちをしていた。

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