第19話「Love Train」

 11月。
 蒼空学園では受験を控えた三年ではなく、比較的余裕のある二年の秋に修学旅行を行う。
 まりあたちを乗せた新幹線は東京を出て、一路京都へと走っていた。
 3泊4日の楽しい旅行である。

「それにしてもびっくりしたわよね」
 まりあがハイテンションに語りかける。
 三人掛けのシートが向かい合わせ。
 6人グループで使用できる状態だ。
 そこにまりあ。詩穂理。なぎさ。美鈴。そして理子の第3班がおさまっていた。

「何がさ」
「列車の表示。あんなのあるのね」
 実はこの新幹線。貸切である。

「ああ。あれは驚いたね」
 なぎさがポテトチップスをつまみながら同意する。
 理子以外のまりあ。なぎさ。美鈴。はては詩穂理までおやつを持ち込んでいた。
「そんなに食べて……あんたたち。太るわよ」
 トイレから戻る際に近くを通った水島あずさがいう。
 彼女はダイエット中でお菓子を口にしていない。
 そのせいか厳しい口調。
「うう。確かに。これ以上胸が大きくなると重さがもう」
 珍しく詩穂理が言い訳する展開である。
 堅物でもやっぱり17歳の女の子。お菓子の誘惑には抗えなかった。
「Hカップなんて見たことないわ」
 ブラジャーのカップサイズが1サイズ上がるほどは食べないと思うが。

 そして旅行とあってハイテンション。
 しゃべるほうでも口がよく動く。
 もっともこれはまりあたちだけではない。
 この車両に1クラス分の女子がいるのである。
 騒々しいことこの上ない。

「理子。これ美味しいわ。食べない?」
 まりあが理子にチョコ菓子を勧める。
「ありがとう。いただくわ」
 元来男故かあまりこういうノリには慣れてないで、お菓子すら持ってこなかった理子だが、勧められたものをむげに断ったりはしない。
「ほんと。美味しい」
 びっくりしたように言う。
 転校当時と比べて驚くほど表情が豊かになった。
 笑顔も多くなった。
「でしょう」
 勧めたまりあも笑顔だ。いい雰囲気だ。
「楽しみだわ。一緒に見て回ろうね。理子」
「ええ。一緒よ。まりあ」
 優介が男にしか目を向けないから、ついにまりあのほうも百合に走ったかと思うほどべったりだった。

 通路はさんで四人シート。
 優介との関係でグループを組むことになった恭兵。裕生。大樹がいた。
 その優介はむくれていた。不機嫌を隠そうともしない。
「随分と機嫌悪いな?」
「べっつにぃー」
 裕生の言葉に対して愛想のない優介。
「ああ。お前はあいつ狙ってるんだっけ。澤矢」
 恭兵が笑顔で言う。
 まりあが執着する優介が「他の女」にとられてしまえば、まりあも少しは自分になびくのではないかという思いからの笑顔だ。
「そうだよ。理子ったらまりあとべたべたして。まりあもまりあだ。いつもぼくに付きまとうのに理子とあんなに」
 どう見ても嫉妬である。それも理子に対してというより、まりあに対しての印象が強い。
「高嶺のことが?」
 大樹が地の底から響くような声で言う。
「じょ……冗談でしょ。ぼくがそんなはずないじゃない。何たってぼくは男の子が好きなんだし」
 いまだにその大いなる誤認識は解けていない。

 二時間少々の電車の旅が終わり、新幹線を降りる一同。
「わぁーっ」
 見知らぬ土地。東京どころか関東ですらない。

「京都だーっ」

 単なる駅を見てハイテンションになる。
 まりあたちも例外じゃない。
「写真! 記念写真を撮りましょ」
 自分のデジカメを取り出すまりあ。だが三脚はない。誰かに撮影を頼まざるを得ない。
「いいわ。私がとる」
「えー。だめよ。理子。みんなで写しましょ。あっ。優介ー。写真とってー」
 近くにいた優介にデジカメを渡す。
「なんでぼくが?」
「おねがーい」
 手を合わせるまりあ。優介はますます不機嫌そうになる。
「……何でぼくとじゃないんだよ」
「え? なぁに?」
 聞き返されて優介ははっとなる。今ぼくは何を考えた?
 それを振り払うべく心なし顔の赤い優介が強い口調で言う。
「なんでもない。さっさと並べ」

 五人は思い思いに並ぶ。
 背の低い美鈴は前方。詩穂理も前。後方でなぎさ。まりあ。理子と並ぶ。
(またふたりでっ)
 優介はそんな思いに駆られる。それを振り切るようにシャッターを押しこんだ。

なんで僕とじゃないんだよ……

このイラストは對馬有香さんによって作成されました。
感謝の気持ちを捧げます!

 待機中のバスへと乗り込む。
 D組だけにまりあたちは4号車。
「蒼空学園の皆さん。長旅お疲れ様です。これから短い間ですがご一緒させていただきます」
 男子から歓声が上がる。
 無理もない。そのバスガイドは美人というより「美少女」だった。
 丸顔も手伝い幼く見える。茶髪のセミロングと化粧もなじんでいないが、逆に可愛さを醸し出す。
 背もさほど高くない。おそらくは平均以下。胸も薄い。
 その結果、就職しているにもかかわらず『幼く』見えた。
「運転手は山本。ガイドはわたくし、澄田耀子が担当いたします。どうぞよろしくお願いします」
 声まで愛らしかった。
「はいはーい。しつもーん」
「あ。年なら19です。実は今回が初仕事なんですぅ」
 うおおおおおおんっ。とんでもない盛り上がりを見せる男子たち。
「それじゃ彼氏。彼氏はいるの?」
 よくある下賤な質問だ。それに対し耀子は
「はい。います。昨夜も激しくて、初のガイドだっていうのに響いたら……今のなしっ。忘れてっ」
 顔を真っ赤にして手をパタパタ振って取り消している。可愛い。
 とんでもないカミングアウトまでされてしまった。
 すでに経験済みと明かされて、いきなり男子のテンションは下がるが逆に女子のそれが爆発的に上昇する。
「や、やっぱりそこまでしないと男子は付き合ってくれないんですかっ?」
 必死すぎるまりあだった。
「うーん。あたしらの場合16でもうやっちゃってて他のケースがわからなくて……だから何を言わせんのっ!?」
 自爆しまくりである。
 このまま誘導したら京都より彼女のプライバシーに詳しくなりそうだ。

「はい。みなさん。ガイドさんにちゃんとお仕事させてあげましょうね。さもないと内申書に響くわよ」
 こんな脅しを持ってくるあたり、手におえないという判断を木上はしたようだ。
「えー。いろいろ聞きたいのにぃ」
「そうそう。たとえば訛りの治し方。語学の習得には応用できそう」
「あ。あたし生まれも育ちも東京です。京都には14歳からで、そのままこっちの高校を出て就職したの」
 あっという間に砕けていくバスガイド。
 当人は19歳。バスの乗客は16〜7。
 年齢が近いだけに打ち解けるのも早かった。

 バスはまず最初の目的地。三十三間堂に向かう。
 ただしまず2−A。2−Bがお堂を見て、道路を挟んだ博物館へ。
 2−Cと2−Dはその反対の順番だった。
 一度に固まっていくと効率が悪いので、こういう処置をした。

 今回の修学旅行は京都のみで三泊。じっくりとみる時間をとっている。
 三日目は自由行動になっている。

 博物館を一通り見たまりあたちは、いよいよ三十三間堂に。
「広い……じゃなくて『長い』建物だね」
 美鈴の率直な感想だ。

「わぁー」
 薄暗い堂内に入ると圧巻だった。
 何しろ1001体の千手観音像が出迎えたのだ。
「すっごぉい」
 シンプルな感想しか出てこない。それほどまで壮観だった。
「こんなにたくさんどうやって作ったんだろうね?」
 何しろオートメーションの工場などない時代だ。手作業になるだろう。
「前のほうのはおっかない顔しているね」
 美鈴が本当に怖そうにいう。
「観音様と信者を守ってくれるみたいですよ」
 知識をひけらかすわけではないが、詩穂理がまさに水を得た魚で説明する。
「それにしても長い廊下だよね。走ってみたくならない?」
「廊下は走らない」
 なぎさのボケをびしっと締める詩穂理だった。

 が、屋外となるとそうもいかない。
「うっわーっ。広いね。距離にしてどのくらいだろ?」
「えーと、だいたい120メートルらしいですよ。そもそもこのお堂の名の由来が」
 聞いていなかった。
「よし。軽く一本」
 なぎさは走り出した。そこをC組を引率していた玄田(くろだ)に見つかり、この後めちゃくちゃ怒られた。

「おこられちゃった」
 「てへぺろ」と言わんばかりのなぎさの表情。
「もう。そりゃ怒られるわよ」
 世間知らずのお嬢様に諭された時点で、さすがに非常識だったかと反省するなぎさ。
「でもでも。こんな広いところがあったら走りたくならない? それかアスリートってもんでしょ?」
 全国のアスリートに風評被害を与えたことを土下座する必要のある発言だった。
「そんなに体力あるならこの後で存分に」
 詩穂理がずらしく嫌そうに言う。

 理由がわかった。
 次の目的地。清水寺へ行くのに坂を自力で上らないといけない。
 これがまた長い坂だ。嫌になってくる。
 もっとも詩穂理は運動神経がないが、体力面ではそこまでひどくはない。
 むしろ泣きそうなのは小柄な美鈴である。
 体格同様、体力も乏しく、この長い坂道は地獄の道のりだった。
「も、もうだめ。美鈴ここで休んでく」
「ほーら。しゃきっとしな。こういうのはリズムなんだよ。テンポよく歩けば疲れないよ」
 どちらかというと「根性論」が口をつく傾向のあるなぎさ。
「なぎさちゃん……元気だね……」
 息も絶え絶えである。
 勾配が急なわけではないが、長いのである。

まりあも元気よ。子供みたいに」
 半ばあきれ気味に理子が言う。
 視線の先には店先ではしゃいでいるまりあ。
「あっ。みて。このアクセサリー可愛い」
 観光名所ゆえか土産物屋この手の店は多かった。
 世間知らずのお嬢様にはすべてが珍しい。
 特に光物に目がないまりあ。
 値段は別の意味でも問わない。問題なのは高いか安いかではなく「可愛いか、可愛くないか」である。

修学旅行にて。茶わん坂をゆく。

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのri−koさんに感謝!


「ダメですよ。高嶺さん。授業の一環なんですから」
「もう。だってここ京都よ。東京で同じものに出会えるとは思えないわ。まさに一期一会よ」
「千利休が草葉の陰で泣きそうな言いぐさね」
 場所がらかやはりそういう連想が出る理子だった。

「それにしてもこの坂。茶わん坂なんて不思議な名前だったけど、本当にお茶碗をたくさん売っているのね」
 まりあの言うとおり陶器を売る店も多かった。
「それが由来なのかは分かりませんけど」
 苦笑する詩穂理。さすがに調べていなかったようだ。
「ほら。美鈴。見えてきたよ」
 清水寺の入り口まで来た。

 坂道を上っている時にも感じていたが、およそ「寺」に来た感じではなかった。
「すごい人たち……まるで遊園地に来たみたい」
 もっと静けさを想像していたのに、本当に観光客でごった返していた。
「外人さん多いね」
 美鈴の言うとおりだった。
 見ただけでそれと分かる外国人観光客が多かった。
「やっぱり東京より京都のほうが『日本』という印象なんだろうね」
「日本の文化を理解してくれたらうれしいですね」

 一方。優介たち男子グループ。
 別行動ではないもののやはり男女の差で早めについていた。
「いいねぇ。まさに雅(みやび)だよ」
 恭兵がたたえているのは和装の美人たちだった。
「どうも地元民というより観光客らしいがな」
 詩穂理との会話で得た知識なのは間違いない裕生のコメント。
「あっ。あの子可愛いっ。着物にあってるっ」
「どれどれっ……おい」
 優介の言葉に恭兵が反応するが、視線の先には細身の「少年たち」だった。
「あれもか?」
 がっくりする恭兵をよそに大樹が言う。
「たぶん観光客じゃないかな?」
「ふーむ。僕も着てみるか? 女の子に新しい魅力を見せられるかも」
 割と本気の恭兵だ。
「あ。それならぼくもー」
 優介が同意した。
 大樹。裕生。そして恭兵。三人そろって優介が艶やかな女性用を着用しているイメージを抱いた。
 妄想だが恐ろしく似合っていた。
 全く持って違和感がない。

「さっさと行こうぜ。清水の舞台がオレを呼んでいる」
「風見。その手袋は防寒用には見えないんだが?」
 こいつ本当に「清水の舞台」から飛び降りたりしないだろうな?
 そんな風に思わせる裕生の前科である。

 繰り返すが凄まじい人混みである。
 何しろただでさえ観光名所の上に紅葉の季節。これがまた見事で人を呼ぶ。
 見知らぬ土地で殺人的混雑。理子はまりあたちを見失わないか不安だった。
「理子」
 そのまりあが手を差し伸べてきた。
「まりあ。その手は?」
「迷子になったら大変よ。つないでいきましょ。理子」
「……あのねぇ、子供じゃあるまいし」
「だって理子、方向音痴じゃない」
 ストレートに理由を述べた。
「……よろしくお願いするわ」
 さすがクールガール。客観的に自分の「方向音痴」を認識できていた。

 まりあと理子。二人の少女の手がつながれた。
 微笑みあう二人。
 まりあはともかく、理子の打ち解け方は転校当時から比較にならない。

「むっすー」
 膨れているのは優介だ。
 まりあたちの様子を見ていたのだ。
(なんだいあいつ。いつもは「ゆうすけーゆうすけー」と付きまとうのに、「理子。理子」って。手までつないでさ)
 いつもなら目ざとく自分を見つけては即座に接近してくるまりあが、この時は理子にべったり。
 自分を無視しているのが面白くない優介だった。
(だいたい理子の正体は男だろ。その手をやすやすとつなぐのかよ……ちょっと待て? 怒り方おかしくない?)
 一つ高いところから優介を見つめる優介。
(ぼくが狙っている理子にまりあがべったりなのか気に入らないはずなんだよな? でも。これじゃまりあのほうにヤキモチ焼いていることに)
 思い切り首を左右に、それも高速で振った。
(あり得ない! 百歩譲ってぼくが女を好きになったとしても、あいつだけはあり得ない)
 これまでの悪行三昧を思い出す。
(うん。やっぱりあいつにはひどい目にあわされてばかりだ。だからあいつにヤキモチなんてありえない)
 再認識した優介。だがすっきりしない。
(それなのにどうして、こんなもやもやとするんだ?)
 自分にもわからない気持ちだった。
「おーい。水木。『清水の舞台』にいくぞー」
「あ。待ってぇ。風見くぅん」
 頭の中から「まりあにヤキモチする自分」のことを追い出して、すぐさま「男の尻」を追いかけ始めた優介だった。

 目玉である『清水の舞台』に上がるが
「美鈴ぅ。こっちきて見なよー。もみじ綺麗だよー」
「いいー。怖いからいい」
 美鈴はいったん舞台に立ったものの、すぐさま本堂のほうに逃げてしまった。
「怖くないってば」
「怖いよー。だってななめなんだよ」
 そう。緩やかだが屋根のように傾斜が付いていた。
「確かにこれはちょっと怖いですね」
 詩穂理が同調する。
「怖いけど、でもいい景色よ。あ。あれが駅前にあったタワーかしら?」
 まりあのさす方角に京都タワーがあった。

「うう。みんなよく平気だねー」
 景色は見たいが高いのは怖い。特に傾斜が。
 そこに大樹が現れた。
 雲つく大男に騒然となる。
 だが観光客には一切構わず彼は美鈴の元へ行く。
「大ちゃん?」
「いこう」
 ともに景色を見ようと誘われた。
「でも」
「俺がいる」
 手を差し伸べられた。
「……うん」
 グローブのような手に、比喩ではなく本当にもみじのよりは二回り程度大きめの手をゆだねる。

 高いのは怖かったけど、そばで大樹が付いていくれているので美鈴は景色を見ることができた。

「いいなぁ……あっ。優介」
 まりあは即座にまねしようとそばにいた優介に声をかける。
「なんだよ」
 つっけんどんに言う優介。
 だが内心では「やっといつも通りだ」と安心していた。だが
「あ……ううん。ごめん。なんでもないわ」
 彼女は律儀にも理子の手を取り続けることを優先した。
 捨て台詞も言えない優介。
 それじゃまるでまりあに邪険にされて悔し紛れのようではないかと。

 そして
「うーん。ここからのダイブだと相当大がかりなマットがいるな」
 本気で飛び降りるスタントのプランを考え始めた裕生がいた。
「でもここだと木々が邪魔で目標を定めにくいかもですね」
「そうなんだよな。これじゃホントに落ちても樹がクッション代わりになりそうだな」
「有名な『清水の舞台から飛びゆ降りる』という言葉ですが、本当にこの木々で生存率が高かったそうですね」
 さすがになれている詩穂理。話を合わせにかかる。
 すでに夫婦のようだった。

 さらに
「さぁ。みんな。いい景色だよ。僕が手をつないでいてあげるから怖がらないで。なんなら抱きしめてあげても」
「やぁだぁ。火野君たらぁ」
 高さと傾斜に怯えた女子は美鈴以外にもいた。
 ちゃっかり声をかける恭兵。
(なんであたしは高いところが平気なんだろ)
 嬉々として景色を眺めてしまった自分を呪うなぎさだった。

 絶景を楽しんだ一同は次のポイントへと移動を始める。
「詩穂理さん。ここから遠いのかしら?」
「敷地内ですよ」
 彼女たちが目さすのは恋占いで知られる「地主神社」だった。

第19話「Love Train」Part2へ

 

PLS専用掲示板へ

城弾シアターウィキへ

PLSメインページへ

トップページへ