第19話「Love Train」Part4

 修学旅行二日目。
 ひと騒動あったものの起床して朝食。
 制服に着替えてバスに乗り込む。

 蒼空学園の面々は最初の目的地へと到着した。

 最初の目的地。二条城。
 1608年に徳川家康が京都御所の護衛として作らせた城という。
 その「二の丸」が残っており、蒼空学園の面々はその見学に訪れていた。

 快晴。まさに日本晴れ。
 その青空に城がよく映えた。
 美しい外観を堪能した後は内部に入る。
 現在は城内を歩いてみているところ。
 曲がりくねった長い廊下を一方通行で歩んでいく。
 ここも撮影禁止。だから記憶にとどめていた。
 しかし軽快な足音。まるで子供の靴のような音が鳴り続けている。
 そちらの方が記憶にとどまる。
「美鈴。よくなるね。子供の靴みたいだよ」
 揶揄するなぎさだが彼女も盛大に足音をさせている。
 捨てる神あれば拾う神。詩穂理がフォローにかかる。
「仕方ないんですよ。うぐいす張りといって、忍び足とかすると足音が鳴るようになっているのですから」
「あうう。別に忍び足とかしてないのに」
「でもほら。大地君」
 まりあの指摘する通り「のっしのっし」と歩く大樹は足音をさせていなかった。
 もっとも元々寡黙な男。
 そのイメージで言うと大して意外に感じないから不思議だ。

 内部は薄暗かった。
 何しろ古いものである。強い光に当てて劣化を促進させるわけにはいかない。
 それもあり最低限の明かりである。

 そして和服姿の人形が当時を再現していた。
 しかし薄暗いのと相俟って、まるで亡霊を見ているかのような思いもちらりほらり。
「ここではこんな風にしていたのかなぁ」
 若干怖そうに美鈴が言う。
「城主……俗にいう『殿様』などにお目見えする謁見の間のようですね」
 詩穂理の言うとおり一人の男性に頭を下げている多数の「侍」たちを現した人形が展示されていた。

「へぇーっ。それで誰がこのお殿様の寵愛を受けていたのかにゃ? 詩穂ちゃん」
 なぜか恵子がこの場にいた。
 トレードマークの伊達メガネはともかく、ネコミミとしっぽも新幹線でも外さず東京からそのままだ。
「だから、なんでもそういう目で見るのはどうかと思いますよ。里見さん」
「んもう。詩穂ちゃんてば。衆道(しゅどう)は武士(もののふ)のたしなみなのはわかってるでしょ?」
「確かにそういう愛情も尊重されるべきとは思いますが、それとこれとは」
 ロジカルな詩穂理だけに理屈で押し切られると反論できない。
「尊重されるべき? 分ってるにゃん。さぁ。詩穂ちゃんあたしと一緒に甘美な倒錯の世界へ。二人で一緒に腐ろう。そして冬のトレスではペアでコスプレして、BL本の売り子をしよう」
 すでに当選が判明していた。
 その場合旅行で作業できないのを見越して、無駄になるのも覚悟の上で下書きは進めていた。
 だからこの旅行でも焦っていない。

「おっ。いいな。オレも混ぜてくれよ。コスプレ」
 ろくに話も聞いてないのに裕生が割って入る。
「しよしよ。三人でコスプレ。もちろんお二人はペアで」
「え? ヒロくんと一緒にコスプレ?」
 裕生が絡んだとたんによろめきだした。
 このままだとそのまま「発酵の美少女」に引きずり込まれそうだったが
「こんなところに居やがった。いくら同じ学校でも人に迷惑かけているんじゃない」
 突然現れた男性が恵子の耳たぶをつまんで引っ張る。
「痛い。それホントの耳だからやめて欲しいにゃーっ」
 探しに来たA組担任。若本によって強制連行される恵子。
 本人の耳を引っ張られていた。
 それでも語尾に「にゃ」をつけるあたりへんな根性を持っていた。

「疲れた……」
 思わずよろけた詩穂理だった。

 ほんの少しの距離を移動し、次の目的地は広々とした「京都御苑」だった。
 地下鉄の駅からすぐのところにある長方形の敷地だ。
 広々とした中に樹が植えられ、砂利が敷き詰められている。
「公園?」
「庭園かな?」
 確かに庭園のように美しく、公園のように解放されていた。
 散策などで地元の人の憩いの場となっていた。

「はい。この中にある京都御所は今日は外から眺めるだけになりますが、それでも歴史的建造物なのでよく見ておきましょうね」
 担任が言う。
「はーい」
 あまり興味がないのか「眺めるだけ」でもさほど落胆した様子のない返事を返す一同。
 バスを降りて中を歩く。

「うっわーっ。ホント広いねぇ」
 感心したようになぎさが言う。
 いや。何か「うずうず」している。
「ね。走っていいかな?」
「「「また!?」」」
 まとめて突っ込まれた。
 それがスターターピストルの代わりだったか、なぎさはスカートを翻して駆け出して行った。
「……元気ねぇ……」
 なじんだはずの理子だが唖然としている。
「旅行中で運動できなくてストレスたまると口にしてましたけど」
 運動が苦手な詩穂理には今一つ理解できない感情だ。
「おっ。やるな。綾瀬。オレも負けてられないぜ」
 無駄に対抗意識を燃やす裕生。
「ヒロくん。いくら旅の恥はかき捨てでも、こんな場所でアクションしないでね」
「えー。こんな絶好のロケーションで何もしないのかよ」
「ダメです」
 詩穂理が裕生の本来の利き腕。左腕を両手で捕まえて胸元に寄せる。
 その立派すぎる胸に挟まれる形に。
「うわっ。出た。バカ夫婦の無差別いちゃつきアタック」
 男子の一人が叫ぶ。
「もぅー。京都でまでリア充アピール?」
 今度は女子だ。
 どうやら男女どちらからも「バカップル」とみなされていたらしい。
 いつの間にかそこまでの扱いになっていた。
「はっ!?」
 無意識にしていた行動を囃し立てられて詩穂理は手を離す。
 ほほが赤い。
「いちゃついて悪いか? オレとシホはガキの頃に結婚の約束したしな」
 裕生まで調子に乗って言う。
 ますます白い肌を朱に染めるメガネ美少女。
 あまりに堂々とした裕生の態度に、冷やかすのが空しくなってしまい声がやんだ。

「子供のころの約束なんて微笑ましいね」
 美鈴は大樹のそばに駆け寄っていた。
 彼女にしてはたいたんだが、旅の空の雰囲気と、裕生と詩穂理の幼馴染たちに刺激されたゆえ。
「そうだな」
 無口な男としては精いっぱいの返事。
 黙って歩く二人だが身長195センチと145センチの違いが歩幅に現れる……と、思いきや意外に離れない。
 顔は怖いが心根は優しい。それが定評の大樹らしくスピードを合わせていた。
 まして相手は幼馴染の美鈴。どのくらいのスピードで歩くかなど知り尽くしている。

 そうかと思えば恭兵はあっという間に女子をはべらせていた。
 なぎさが見ていたら暗くなりそうな光景だ。
 大樹と美鈴。裕生と詩穂理の二組とは対極の図だ。

 しかし「恋愛脳」のまりあには微笑ましく映っていた。
「ふふ。みんないい感じね。それじゃわたしも。ゆうす……」
「水木くぅ〜〜ん」
 まりあがいつものように優介に寄ろうとしたら、B組ではるか先のはずの瑠美奈がやってきた。
 あっという間に優介の前に立つ。
「お前……」
 迷惑そうな苦い表情の優介。
「えへへ。来ちゃった」
 いつものえらそうな態度の時に出す声とはまるで違う甘えた声だ。
「ごめんね。クラスが違うからなかなか一緒になれなくて。でもほっといたわけじゃないのよ」
「……永遠に放置しててくれていいんだが?」
「んもう。照れ屋なんだからぁ」
 必殺・すべての言葉を自分の都合よく解釈。それが発動した。
「ちょっと!? あなたはB組なんだからもっと先でしょ? 生徒会長自らがルール違反していいのっ!?」
 ただでさえ犬猿の仲の二人。
 ましてや優介が絡むと一歩も引かない。
 肝心の優介を放置しての臨戦態勢に入る。
「ふん。相変わらず小鳥のさえずりみたいにやかましい女だわ」
「そうね。わたしが鳥。たとえばタカだったら優介を連れてあなたなんかの届かないところまで飛んでいくわ」
「だったら私は恐竜。ティラノザウルスになって叩き落としてやるわよ」
「やる気?」
「そっちこそ」
 肝心の優介をほっといてにらみ合いだ。
「……ばかばかしい」
 ある意味平等。
 優介は一人でその場を離れた。
 理子はそれを見逃さなかった。

(チャンスだわ)

 優介も自分も思いがけず一人になった。
 そう思った理子は思わず駆け寄る。
「優介っ」
 後ろから優介の左腕にしがみつく。
「あ゛?」
 瑠美奈に見せたような表情で、思い切り嫌そうに優介が振り向いた。
「え? ゆ、優介」
 戸惑う理子の顔を見て表情を戻した。
「あ、理子か。まりあかあのデコかと思った」
「おかしな人。あの二人ならああしてけんかしているわ」
 言葉通りだ。
 現在やっと仲裁が入った。
「いや。腕の取り方がまるでまりあだったし。完全に女だったもんだから」
(完全に女!?)
 何気ない優介の言葉が胸に突き刺さる。
(確かに……こんな腕の取り方を男の子はしないわ)
 この時点では気が付かないが理子は「男の子」と表現した。
 少年が絶対しないとは言い切れないが、どちらかというとかなり女子らしい表現だ。

(でも構わないわ。もう男であることになんてこだわらない。このまま優介を愛する女になっても……ああっ!)
 ここで一つ重要なことを思い出した。それを確かめるべく理子は尋ねる。
「ねぇ優介。女の子と付き合う気はないの?」
「はぁ? なんでぼくが女なんかと」
 「理喜」がホモなら喜ぶ。しかし、すでに「理子」なのだ。
(わ、忘れていたわ。優介がホモだってことを。彼が私に優しくしてくれるのは本当は男だからけれども……)
 もはや理子は男とは言えない。完全に女の方が基本になっていた。
 優介に恋したことでそうなったのだが、それゆえに『ホモ』の恋愛対象から外れる皮肉。
「女なんて嫌いだよ。いつもべたべたしていて。この旅行でだってまりあの奴が理子にべたべたするから理子に手が出せなかったし」
 そういう割には望み通り二人になったのに、さほどうれしそうではない。
「だいたいあいつ。いつもいつもぼくにべったりなのにさ、今回は理子にばっかかまって。そのくせ恋占いがうまくいかないからと泣き出すし。見てられないから仕方なく助ける羽目になったし」
 文句を並べているはずなのに、どこか楽しそうな表情の優介。
(優介……まりあのことをこんな楽しそうな表情で……)
 分ってはいたが絶望感を突き付けられていた。
(見てられない? 逆だわ。ずっと見ていたからこれだけ言える。やはり幼なじみが気になるということなのかしら?)
 自分で自分をごまかしきれない。

 優介がホモなら、すでに心まで女となった自分は相手にされない。嫌悪の対称だ。
 もし優介がホモじゃなくなれば……そこに一縷の望みを託した理子だが、その時はどう見てもまりあに勝てる気がしない。
 容姿ではない。二人が積み重ねてきた時間の重さにだ。
 二律背反(にりつはいはん)というものである。
(でもそれなら思いの強さで覆せる……のかしら?)
 優介への思いを隠そうともしないまりあ。
 そして今の会話や実際に優介の取った行動を見る限り、優介も言葉通りにまりあを嫌っているようにはどうしても思えない。さらに
(もしもそれでも優介を私が欲したら、その時はまりあと争うことになるわ。できるの? あの子と争うなんて。万が一優介をまりあから奪ったとしたら……)
 全身全霊をかけて優介に恋しているのに、よりによって本当は男の理子に奪われる。
 いや。もっと単純に恋を失った悲しみで涙を流させるのは間違いなかった。
(見たくない。まりあの涙なんて。でも、私が優介を好きになったのも本当だし)

 考えているうちに見学の目的地。京都御所についた。
 説明が始まったので離れざるを得なくなった。
 理子には何も聞こえていなかった。

 次の目的地は金閣寺。
 正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)だが、通称のほうが知れ渡っている理由を思い知る。
「きれーい」
「煌(きら)びやかというのはこういうことを言うのかな?」
 金箔で彩られた舎利殿(しゃりでん)が陽光にきらめいていた。
 これが「金閣」で、金閣寺の名の由来だ。
 その美しさにまりあたちは圧倒されていた。シンプルな感想しか出てこない。
 ただし理子は突き付けられた現実に打ちのめされて言葉をなくしていた。
 元々口数が少ないので目立たなかったが。

「ああ。美しいな」
 ぎょっとなったまりあたち。
 そこには詩穂理とは別の意味で堅物の芦谷あすかがいた。
 しかも涙を流している。
「ど、どうしたのさ? 芦谷。だいたいあんたのクラスはとっくに行ってしまっただろう」
 相変わらず男同士のように苗字で呼ぶなぎさ。
「ふっ。綾瀬。この金閣があまりに美しくて、名残惜しかったのだ」
「このキンキラキンが?」
 あまりなぎさにはありがたみが感じられなった。
 金色というのか悪趣味に感じ取れたのだ。

「見てくれではない。この金色が逆に素朴な美しさを醸し出していると思わんか」
「……そうかなぁ……?」
「私も学校では鬼呼ばわりで恐れられているが、ひとたびメイド姿になると男たちが煩わしいほどよってくる」
「……あんた、さりげなくもて自慢?」
「そうではない。その中の幾人が私の内面を見抜いているか怪しいなと思ってな。可愛い服に騙されているだけだろうと」
「あー、そゆこと」
 この金箔がまさに着飾った状態。
「せめて私の方は内面を見ようと思ってな。そしたらあまりの美しさにこの場を動きたくなくなったのだ」
 なぎさにはわからない感覚だった。
「ああ。でも確かに金色に目が行きますけど、造詣のバランスは美しいですね」
 詩穂理は絵心があるので、そういう面の理解も早い。
「わかってくれるか? 槙原」
「それじゃあすかさん。この先の美しいものも見ないとね」
「おお。そうだな。名残惜しいが」
 上手くあしらったまりあである。
 伊達に大人の世界に携わってはいない。

 この日の日程をすべて終わらせた。
 ホテルに戻りまず入浴。
 今度は順序が反転してD組からだ。
「昨日みたいのはなしだよ。理子」
 なぎさが揶揄半分でいうが反応がない。
「澤矢さん?」「理子ちゃん?」
「……!? あ、あれ? もしかして話しかけた?」
 上の空だったが、詩穂理と美鈴の呼びかけで我に返った。
「どうしたのよ理子? ボーっとして」
 心配そうにまりあが顔を見る。
 まるで子供のような裏表のない表情だ。
「もしかして……始まっちゃった?」
 顔を赤くして言う。驚いた表情は当人よりも詩穂理。なぎさ。美鈴がした。
 言われた理子は意味が分からなかったが、それが『女の子の日』のことと察した。
「もう。まりあ。私にはそれないわよ」
「えっ?…………あっ。そういえば」
 飲み込んだ「本当は男だから」という言葉。
「いっけない。すっかり忘れていたわ」
 まりあは前夜のことがあるにもかかわらず、理子が男であることを失念していた。
 普通の女の子と見ていたわけである。

(まりあにとって私はただの女の子なのね。それを疑いもしない。普通に接してくれている)
 今まで正体を知ったものたちは腫れ物を扱うような態度だった。
 しかしまりあたちは違っていた。
 あるいは前夜も理子を完全に女と見做していたところに「正体」を見せられてから尚更驚いたのかもしれない。

「とにかく何でもないわ。ちょっと疲れただけだから」
 会話を切り上げる方便ではない。
 現状に疲れていたのは本当だ。

 入浴になるが今度は気を付けていたので、終始ぬるま湯で済ませて切り抜けた。
 しかし無事に切り抜けてもとてつもない疲労感を感じていた。

 夕食の時も理子は心ここにあらず。
 その時も案じてきたまりあ。
 基本的に友情を大事にする娘である。
 それが身に沁みて分かる。

 そしてその「友情」が逆に理子を苦しめていた。

 夜。理子は眠れないでいた。天井を見つめている。
 他の女子たちは眠りに落ちていた。
「ゆうすけぇ。だいすきよぉ」
 前夜は悪夢に跳ね起きたまりあだが、今夜は愛する少年と夢の中での逢瀬らしい。
(そう。まりあは優介のことが大好き。ずっと昔から)
 寝言が理子の思考を促した。
(でも、私も優介のことが好きになってしまった)
 これももう認識していた。
(本当は男なのに、女として男を好きになって、友達から奪おうとしている)
 自分を責める。
(優介が他の女と……例えそれがずっと思い続けていたであろうまりあでも、恋人になるのを見続けるのはやはりつらい)
 これだけなら単純に優介争奪戦に加わればいい。だが
(でも、まりあの涙も見たくない)
 もはや親友ともいえるまりあに対する友情もあった。
(私は……どうしたらいいの?)
 少年への恋と、少女との友情の板挟み。
 今まで何度も転校を余儀なくされ、冷たい態度をとられてつらい思いをしてきたが、ここまでのものはなかった。

 三日目は自由行動なのに、はしゃぐ気になれない理子だった。

 眠れないまま、古都の夜は更けていく。

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