第19話「Love Train」Part5

 修学旅行三日目。この日は自由行動の日だ。
 あらかじめプランを提出はしないといけないが、基本的に京都であればどこでもいい。
 もちろん「修学旅行」ゆえ風紀の乱れた行為は禁止だが、遊びに行くようなのは大目に見られている。

 まりあたち五人は京都駅前からバスに乗ってきた。
「ここなの?」
 近くに路面電車・嵐山鉄道の太秦広隆寺(うずまさこうりゅうじ)駅が見えるだけだ。

 停留所にある案内図を見ていた詩穂理が言う。
「そこの道を行くようです」
 道というより坂である。
 緩やかなそれを上るというか歩いていくとやがて見えてきた。
「わぁーっ」
 城のような外観が見えてきた。まりあが興奮気味に言う。
「これが太秦映画村なのね」

 太秦(うずまさ)東映映画村。
 時代劇のためのオープンセットを公開しているのが最大の売り。
 幸運だと撮影現場に遭遇もできる。

 まりあたちはそのオープンセットの見学。
 そしてもう一つの目的でここに来た。

「なぁ。ホントにやるの?」
 乗り気でない様子のなぎさ。
「もちろんよ。予約まで入れたし。それになぎささん。付き合ってくれるはずよね?」
「確かに言ったけどさぁ……あれ、実を言うと詩穂理が断るの見越してなんだよね」
 意外と策士である。
「断ったあんたの味方をして『じゃあたしもやらない』……と、そういう流れだったのに、なんであんたまで乗っかってんのさ?」
 攻めるがそれはお門違い。しかし律儀に詩穂理は謝る。
「それについてはごめんなさい。でも、ヒロくんが目指している映像の世界を見てみたくて」
「ならセットの見学だけでいいでしょうに」
「そう思ったんですが、なんとなくヒロくんと同じ『出演者』の気分も味わって見たくなって」
 同人誌即売会でコスプレしたり、文化祭では部活代表と言えどチャイナドレスを着たりと、確実にコスプレへの抵抗が無くなっていた才媛だった。
「美鈴もめったにできないことだから」
 こちらはサンプルを見た瞬間に心は決まっていた。
「さぁ。どうする? なぎささん?」
 意地の悪いまりあの笑み。
 腹を立てかけたが一度した約束を反故にはできない。やけ気味に叫ぶ。
「くっそぉー。あたしもやればいいんだろ。時代劇コスプレ」

 東映映画村のサービスの一環として時代劇の扮装をできるというものがある。
 調べているうちに興味を抱いたまりあが全員に提案。
 まず美鈴が乗っかった。
 理子となぎさは難色を示して、決定権は詩穂理にゆだねられた。
 ところがとてもではないが乗るとは思えない彼女か、上記の理由で賛成に回った。
 その上「多数決の結果なら」と理子まで付き合う方向に。
 一人で浮きたくないのもあり、なぎさもしぶしぶ了承した。

 これは有料サービスである。
 その代金を親が出してくれなかったという言い訳をもくろんでいたら、なんと二つ返事で両親どころか三人の兄も分け合って出してくれた。
 いくらがさつでも、なんだかんだで綾瀬家の「お姫様」である。艶姿を見たがっていた。

 ちなみに詩穂理の家も同様。
 これはむしろ三歳上の姉・美穂が乗り気で「花魁(おいらん)になりなさい」と代金を出してくる始末。

 現在は着替え中。 
「どうかな?」
「わぁ。理子さんかっこいい!」
「まりあちゃん。女の子にかっこいいというのは……あれ? でも理子ちゃんならいいのかな?」
「考えたね。理子。それならまだいいかも」
「澤矢さんならではでしょうか」

 理子の扮装。それは振袖若衆(ふりそでわかしゅ)だった。
 頭こそ日本髪だが、着物は男性的なもの。ただしそれでも振袖には違いない。
 そして刀を差している。
「ふふ。ありがと」
 まんざらでもない理子。
 やはり「男の子」だと刀のようなアイテムは血が騒ぐのかもしれない。
「お似合いですけど……」
 奥歯にものの引っかかったような詩穂理の言い回し。
「どうしたの? 詩穂理さん。何か言いたいことでも?」
「はい。あの……『若衆』は『衆道』の受け手のことで」
「衆道って?」
「えと……男色のことです。現代の言葉で言うとホモと言うかゲイというか」
「!!!!!」
 全員が衝撃を受けた。
 同性愛の受け手ということは「やられる方」である。

「か、構わないわ。私は女ですもの。身体構造上そうなるわ」
 いつもほど「クールさ」にキレがない。
 若干こめかみが引きつっている理子。
 反面、全くの虚勢にも感じられない。
 いつかは本当に優介に組み敷かれてもいいと思ったからだ。
 もっとも優介が相手してくれたとしても、彼はそれこそ「受け」なので成立するか怪しいが。

「で、でも、やっぱりといえばやっぱりね。理子は凛々しいほうがしっくりくるわ」
 化粧を済ませ、すでにかつらをかぶったまりあが、最後に着物を着つけてもらっているところだ。
「まりあはやっぱりかわいい系ね。似合いそうだわ。それ」
 若干話題をそらす意図にも感じられたが理子がたたえる。

 ちなみに理子も肉体は女子だし、そもそもわざわざ係員に「実は男です」などと話してていない。
 だから普通に化粧されていた。
 それでも「男装」の形なので凛々しい印象のメイク。
 対するまりあは華やかで可愛らしいそれ。
 かつらにも様々な飾りがついている。
 着付けが済んで帯を締める。

まりあちゃん。可愛いっ」
 こちらも着付け中の美鈴が興奮気味に叫ぶ。
「ありがとー。美鈴さんもかわいくなるわ」
 称えあっているというより、互いに衣装が趣味の可愛い系だった。

 ほぼ同時に美鈴の着付けも済んだ。
「ど……どうかな?」
 おずおずと上目づかいで尋ねる美鈴。
「美鈴さん。やっぱりかわいいーっ」
「ありがとーっ」
 ぴょんびょん飛び跳ねるハイテンションな二人。
 二人ともお姫様の扮装だった。

姫君になったまりあと美鈴。

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クリエイターのri−koさんに感謝!

 まりあはピンク。美鈴は赤い着物だ。
 まりあのピアスはもちろん外してある。

「ああ。確かに可愛いな。美鈴。もっと自信持てよ。最初は町娘なんて地味なの選んだからどうすんのかと思ったよ」
 こちらも着替え中のなぎさ。すでに化粧とかつらは終わっている。
 言い方がどことなく体育会系に感じられるのは普段が普段故か。
「だってだって。こんな重そうな着物。美鈴に着こなせるとは思えなかったもん」
「あ……そういう理由?」
 一発で納得したなぎさだ。
「詩穂理。あんたもあたしに付き合わなくていいのに」
「花魁だと村内散策できないんですよ。だから変更したんです」
「で、本音は?」
「花魁じゃ恥ずかしくて。散策できないのを言い訳にすれば納得してもらえるかなと」
 むしろ策にはめられている。
「花魁」というハードルを出しておいたので、それよりはと抵抗なく別の衣装を着てしまった。
 こちらの二人は二人で同じ衣装だ。
「はい。できましたよ。舞妓さん」
 なぎさは青い着物。詩穂理は黒い着物の舞妓であった。
 当然だが詩穂理の眼鏡はない。
「やっぱり京都ならこれですよね」
 みんなと同じ。それも詩穂理の安心感につながった。
「まぁあたしもこれなら目立たないだろうし」
 とはいえど元々が170近いなぎさが、かつらをつけてぽっくり下駄を履くと、高身長で目立つ。

 過程を見ていなかったら、一目で誰かは分からない。
 そのくらいの白塗りだった。
 ましてや日本髪。そして詩穂理は眼鏡もないから尚更だ。

「それじゃこの姿で江戸の街へしゅっぱーつ」
 まりあが先頭に立とうとするが、着物の重みでさすがにいつもほど素早くは動けない。
 体力のない美鈴は論外。
 詩穂理も運動神経の悲惨さは凄まじい。
 その上に動きにくい着物姿。
 さらにはスパイクを履けば無敵のなぎさですら、足元をおぼつかなくさせる履物。「ぽっくり」がどうしてもその歩を緩める。
 もっともその「緩やかな動き」のおかげで、逆に「雅(みやび)」に見えるから何が幸いするかわからない。

「わぁーっ」
 思わず感嘆の声をあげるお姫様たちと舞妓さんたち。
 そして美少年に扮した美少女。実は少年というからさらにややこしい。
「本当に江戸時代に来たみたいね」
 撮影用のセットだが長屋があったり、店があったり。

「プール?」
 といっても水泳のそれではない。
 ただ四角い枠に水が張っている。
 その水は中がうかがい知れない。
「これは『川』のセットなんでは?」
「どうして? 詩穂理さん?」
「だってほら」
 舞妓姿の詩穂理がさすのは水槽の前の建物。「回船問屋」である。
「きっとここに船を浮かべてそれらしい画像にするんでしょう」
「なるほど」
 納得してその場から離れるべく背を向けた瞬間だ。
 水音。そして咆哮がした。
 驚いて振り返ると「怪獣」が鎌首をもたげていた。
「こ、こんなのまであるの?」
 別な意味でもびっくりした。

 とにかく珍しいものばかり。
 いつの間にか和装にも慣れたのか、違和感を感じなくなってきた少女たち。
「時代劇セット」との親和性もある。

「た……たび……なんて読むの?」
「はたごです。旅籠(はたご)。旅とあることからお分かりのとおり、昔の旅館のセットですね。
 これは舞妓二人。

「荒物屋さん?」
「昔はどんなものを売ってたんだろうね?」
 これはお姫様たちの会話。
 四人とも同じ建物の前だ。
「荒物屋? 何言ってんのさ。宿屋だよ」
「宿? 違うわ。荒物屋でいいのよ」
「どっちもよ」
 四人とは別の視点で見ていた理子がいつもの冷静さでいう。
 四人は理子の位置から建物を見て、一発で納得した。

「そっかぁ。一つの建物で二通りに使えるセットなんだ」
「それじゃこれもそうなのかしら?」
 ただでさえいろいろと「庶民のもの」が珍しい「お姫様」を地で行く「お嬢様」は別の建物に呼び寄せる。
「わっ。なんだこれ?」
「こうなっているのね。これなら撮影しやすいと思うわ。

「こっちが天井裏のセットで」

「こっちが床下のセットというわけか」
 天井裏の下がすぐ床下で、本来ならあるはずの部屋がない。
 何も本物の天井裏に重たいカメラを持ち上げなくて済むセットである。

 いろいろと物珍しいものを見ていて驚かされることばかり。
 しかし一番驚いたのは
「キョ、キョウ君!?」
 事前に聞いた話ではここには来ないはずの男子四名。恭兵。優介。大樹。裕生。
 だからこそこんな扮装出来た女子たち。
 それなのになぜ?

 呆然としていたら恭兵がなぎさの方を向いた。
 その表情が目に見えて変わる。
 決してなぎさには見せないような「いい表情」
 他の女の子を口説くときに見せる表情だった。

「はぁい」
 笑顔で近寄る金髪伊達男。
 まっすぐに背高少女に接近した。
 当人は舞妓姿を見られてひきつっている。いや。硬直している。金縛りだ。
 だから恭兵から逃げられなかった。
 恭兵は舞妓のなぎさの手を自然にとる。そして
「なんて美しい舞妓さんなんだ。京都にはたくさんいるけど、君ほどの美人にはお目にかかったことがない」
(からかっているの?)
 その方がよほどましだった。
 明らかになぎさだと気付かずにナンパしにかかっている。
 舞妓の見かけに完全にたまされている。
(あたしの事がわからないなんて……はぁーっ)
 心の中で盛大にため息のなぎさである。
 傍らの黒い舞妓の詩穂理も心中を察して苦笑している。

「おおっ。シホ。お前その姿」
 普段無神経だったり鈍感な裕生。
 ましてや厚塗りの化粧している自身。
 黙っていればやり過ごせると思っていた詩穂理だがあっさり看破された。
「ヒ、ヒロくん!? 私だってわかるの?」
「なんでお前を見間違えるんだよ?」
 当然のように言う裕生。
 こちらもやり過ごし失敗である。
 だが恥ずかしさより心の中が温かくなる詩穂理だった

「槙原だって!?」
 ナンパ中なのを忘れて驚く恭兵。
「え……するとまさか?」
 握った手の感触を思い出す。
 さんざんに握った幼なじみのアスリート娘。
「そのまさか」
「お前? なぎさなのかっ!?」
 声がひっくり返るほどの衝撃だったらしい。
(ほ、本気でわかってなかったのっ!?)
 かなり落ち込んできたなぎさだった。

 一方、詩穂理は顔から火が出そうだった。
「すっげー。似合ってる。きれいだぞ。シホ」
「あ、ありがと」
 同じ年の同性にすら敬語を使う少女も、彼にだけはフランクな口調に。
 それが特別な関係をにおわせる。
 だからと言って公衆の面前でほめちぎられては恥ずかしすぎる。
「やまとなでしこってこういうのを言うのか。千尋にも見せてやりたいぜ……よし。見せてやるか」
「え?」
 いうや否や裕生は携帯電話のカメラ機能で舞妓姿の詩穂理を撮影した。
 詩穂理も詩穂理で反射的に笑顔でピースサインに。

舞妓になたなぎさと詩穂理 その明と暗

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「送信っと」
 あっという間の出来事で反応が遅れた。
「ヒ、ヒロくん。私のこの姿。誰に送ったのっ!?」
「だから千尋だよ」
 裕生の実妹である。詩穂理にとっても幼馴染。
「ああ。千尋ちゃんなら」
 安堵した瞬間に詩穂理の携帯電話が鳴る。
「ごめんなさい」
 断って電話に出ると
『もしもし。シホちゃん!?』
「千尋ちゃん?」
 うわさをすれば……である
『写真見たよーっ。可愛いーっ。きれい』
 やはり血を分けた兄妹だ。手放しで称えだした。
「あ、ありがと。今は休み時間?」
『うん。そうだよ。いいなぁ。あたしも来年舞妓さんになろうかな』
 一年下なので一年後には千尋たちが修学旅行だ。
「うん。京都だといいね」
『そうだといいね。それじゃね。シホちゃん。皆にこの写真見せるから』
「ちょ、ちょっと千尋ちゃん!? それは」
 制止もむなしく。通話が打ち切られた。
 元々授業の合間故時間もなかったのは確かだ。
「はは。女子の間で人気者になるな。シホ」
「もう。他人事だと思って」
 ほほを膨らませる詩穂理。
 普段のきちんとした言葉遣いの清楚な黒髪美少女もよいが、こうして心を許した相手に見せる無防備な表情は隠れた「可愛さ」までもさらけ出させる。

 無言で携帯電話を取り出す大樹。
「あううーっ。やめてやめてやめて大ちゃん。学校の双葉ちゃんに転送するのはやめてー。今度は美鈴が騒がれる」
「そうか」
 残念そうに電話を仕舞い込む大樹。
「こっちならいいか?」
 代わりにデジタルカメラを取り出した。
「う……お家でだけ見るなら」
 まだ恥ずかしいが了承した。

 ところが二人のあまりの身長差でどうしても「上から」の写真になってしまう。
 さすがに踏み台はない。
 いいものはないかと周囲を見渡して、橋のセットを見つけた。そこなら高低差を解消できる。
「行く」
 グローブのような手で美鈴の「モミジのような手」をとり移動する。
「大地君も一緒に扮装すれば恥ずかしくないでしょうけど」
「えー。彼に似合うかっこうって」
 なんとなく移動先を見る。橋だ。
「京の大橋。武蔵坊弁慶」
 ぽつりと理子がつぶやく。
 その場の全員が同じ「弁慶に扮した大樹」のイメージを抱き、そして文字通りの爆笑が起きた。
「に、似合いすぎーっ」
「わ。笑っちゃ悪いですよ。綾瀬さん」
「なぎささんだって笑ってるのに……あ、だめ。お腹痛い」
 腹がよじれるまで笑うまりあが一番ひどい

 しかし笑顔のないものもいる。
 屈託なく笑う姫姿のまりあに「見惚れた」優介。
 呆然と、いや、恍惚とした表情でまりあを見ている。
「え。何? 優介」
 いつだって最優先の優介の視線にまりあは気が付き、表情を戻そうとするが笑みが残る。
「!?」
 まりあに見とれていたなんて言えない。しかし、とっさでうまい言い訳が出てこない。
「ふ、ふん。お前もそんなお淑やかなカッコしてりゃ、まだましだな」
 憎まれ口をたたいてごまかす。
「えー。ひっどぉい。優介ぇ。もっと別な感想ないのぉ?」
「似合ってる。可愛い。これで満足か?」
 投げやりに言ったはずだった。
 しかし本人も気が付かない心の奥底の思いがにじんだらしい。
 それが伝わったのかまりあは赤くなる。うつむいてしまう。
「あ、ありがと」
 攻められると弱いまりあは、恥ずかしげにうつむいて小さな声で返礼した。
「ば、バカっ。ほめてなんかないっ。仮にほめたとしても、着物に騙されただけなんだからなっ」
「だったらわたし。姫子みたいに毎日着物で過ごすわ」
「極端なんだよ」
 いつもの「じゃれあい」になった
 この二人も十分に微笑ましかった。

(間違いないわ。やっぱり優介はまりあのことが……)
 理子の顔にも笑みはなかった。

 映画村での騒ぎはまだ続く。

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