第22話「一途な恋」Part3

「待つにゃ!」
 意外にもなぎさを追う恭兵の前に立ちはだかったものがいる。
「さ、里見!?」
 そう。恵子である。いつになく真剣な表情にさすがの恭兵も気圧される。
「火野君。今は女の尻をおっかけてる場合じゃない。おっかけるなら美少年の尻を」
「頼むから邪魔しないでくれええええええええええええっ」
 完全に「学園の貴公子」返上の叫びだった。
 返事も待たずになぎさを追いかけるが、男女の差があるとはいえどなぎさはオリンピック級のアスリート。
 スキーも不得手ではない彼女に、恵子が邪魔したことで生じたこの「ビハインド」はあまりに大きくて見失った。
「くそっ」
「貴公子」らしからぬ言葉を紡ぐ恭兵。
 しかしここで気が付いた。
 自分がなんでなぎさに釈明を試みているのかと。
(僕はなんであいつに言い訳をしなくちゃいけない? そりゃホモ扱いは困るが、あいつに誤解されたって別にいいだろう。むしろ付きまとわれなくてすむ)
 そう考えを改めて踵を返す。だが
(どうだっていいはずなのに、あいつの泣きそうな表情が焼き付いて取れない……ああっ。もう)
 彼はなぎさを探して滑りだした。
 しかし見つけることはできず、集合時間になり戻った。
 戻ればなぎさもいると考えた。

 確かにいたが視線をそらされる。
 なぎさのほうもどんな顔であえばいいのかわからないのだ。
 気まずくなり恭兵のほうも一度部屋に戻ることにした。

 しかし待っていたのはきつい歓迎だった。
 割り当てられた部屋に戻ろうとしたら、五人の少年がたむろしていた。
 にやにやと嫌な笑顔だった。完全に見下した表情だ。
(こいつら!?)
 心当たりはある。むしろ因縁の相手だ。
「よう色男。とうとう男に手を出したんだって?」
 うわさを聞き付けた少年たちが、ここぞとばかしになぶりに来た。
 ここにいた五人はそろいもそろって恭兵に彼女を奪われたのである。
 その報復の好機というわけだ。
「…………」
 殴りつけたい思いは恭兵が握り締めた拳からよく伝わる。
 しかし同じ土俵に上がるのもばかばかしいと、平静を装う。
 無言のまま部屋に入ろうとする。
「そんなに早くやりたいのかよ。水木と」
 五人で一斉に笑う。文字通りの爆笑だ。
「……くっ」
 拳だけでなく歯もくいしばって耐える。
「あれか? さんざん女とはやったからもう飽きたってか?」
「そりゃ飽きるだろうさ。人の女にまで手を出すほどじゃよぉ」
 さすがにキスより先には行ってない。
 それでは複数人と関係を維持なんてできるはずがない。
 キスでも十分に危うい橋を渡っていた。
(まさかこんな形で報いが来るとはな……)
 そう思うと少し冷静になれた。
 騒いでいる面々もバカのたわごとと流せた。
 部屋に入ろうとする。
 だがこの程度で済むわけがない。
 手を掴まれた。
「……離せよ」
 いくら男相手でも凄みのありすぎる言葉。
「いいや。離さないね。俺の屈辱はこんなもんじゃねぇぞ」
「そんな性格だからあっさりと僕に取られるんじゃないのか?」
 皮肉で返すのは「貴公子」を気取る彼にしては珍しい。
 それだけ「やさぐれて」いた。
「なんだと? この野郎」
「失礼」
 意気込む面々を見て多少は溜飲が下がったか、涼し気な顔で部屋に入ってしまう恭兵。
 だが部屋に入ると拳を震わせる。それをテーブルにたたきつけた。
 湯のみが一つ転がり落ちたが彼は見向きもしない。
 まさに鬼の形相だった。
「なんでこんなことに……」
 「報い」というにはむごすぎた。
 それでも相手が男ならこういう相手の仕方もできたが。

 そのころ、優介は担任の木上。そしてスキー合宿引率責任者の玄田に事情聴取されていた。
 何があったのか?
 何でしたのか?
 多くの女子生徒の前でわざわざ決行したのである。明らかに故意犯。
 だから優介は雄弁だった。
 自分がどれだけ男が好きで、キスまでしたかを語る。
 担任の井上。スキー合宿の責任者である玄田は文字通り頭が痛かった。
 男女間なら話は単純である。
 どちらかの強要なら強要した方を処罰。
 合意でも人前である。いくら恋愛は自由でも厳重注意くらいはいる。
 しかし今回は「男同士」なのである。
 明らかに異質のケース。
 対処に頭を悩ませていた。
「失礼します」
 そこに意外なる「弁護人」が。
「高嶺さん。あなた大丈夫なの?」
 担任である木上が案ずる。
 優介が男とキスしたところを目撃して、気分が悪くなって運ばれ寝かされていたはずである。
 合宿ということで室内着として指定されているジャージに着替えてまでいる。
「平気で……あつつ」
 いったそばから顔をゆがめる。美少女台無しである。
「ほら。寝てなきゃだめよ」
 おっとりと木上が諭す。
「大丈夫です。それより先生。優介は火野君とふざけているうちに体性崩して、それでああなっちゃったようにわたしには見えました」
 この言葉で木上はまりあが無理してここまで来た意図を理解した。
「男にキスをした」を「じゃれていた際の事故」にしてしまおうとしていると。
 さすがに自分の好きな相手が、他の女の子相手ならまだしも「男」とキスした事実は「なかったこと」にしたいだろうとも感じた。
「なにを言う。まりあ。僕は男の子のほうが好きだからああして」
「だったらあれは特別な気持ちになれたの? 好きな人とのキスならきっとそうなると思うわ」
 やや少女趣味な考えだが、女の子なら不思議はない思考だ。
「それは……」
 珍しく優介が口ごもる。
(あの時、実は何も感じなかったんだよね。僕も感動するかと思ったけど、ほんとに何もなかった。ただ唇が重なっただけ。おかしいな。僕は男の子が恋愛対象のはずなのに)
 逡巡する優介。それをじっと見つめているジャージ姿のまりあ。
 化粧もしてないのにピンク色の唇に優介の目が行く。
(あれ? なんでこいつの唇がこんなに可愛く見えるんだ? 僕は女なんかに興味ないのに。むしろ嫌いなのになんで?)
 混乱が生じた。
 自分が確信していことが揺らいでしまったためだ。
 そしてそれから逃避すべくシャットダウン。すなわち気絶した。
「優介!?」
「水木君!?」
 まりあがなったように優介も倒れてしまった。
 そうなっては問い詰めるどころではない。
 とりあえず寝かせた。
 そして強くまりあが希望したのもあり、教師たちの監視下という条件付きで付き添いを許した。
 まりあは優介の手を両手でそっと包んだ。
 その名のごとく「聖母」を思わせる優しさをにじませて。
 それは優介にも伝わった。
(これが女の子の手。なんて柔らかい……そして暖かい。とても優しい……母さん?)
 母親と勘違いした優介が薄眼で見たのは、いつもけたたましい勢いで迫る少女。
(まりあ? そんなわけないか。あいつがこんなふうにできるはずが。だってこんなに愛しさを感じる。ホモの僕がそれを)
「感じるものか」と思う前に、彼は眠りに落ちた。
 大いなるやさしさに包まれて。

 やさしさどころか「針のムシロ」だったのが恭兵だ。
 夕食のために食堂に出向くが、明らかに今までと空気が違う。
「被害者」のはずなのにいつの間にか「優介と相思相愛」のように言われ始めている。
 いわゆる『風評被害』だ。
 むろん女子は面と向かっては言わない。しかしそれはそれで堪える。
 明らかに今までの「あこがれの美少年」を見る目ではない。
「禁断の愛に身をゆだねる少年」という扱いだ。
 「キラキラした瞳」ではなく「ねっとりとなぶるような視線」だった。
 男の恭兵にしたら「性的な目」で見られること自体が異例。耐えがたかった。
 ろくに食べないで逃げ出した。

 入浴時間は班ごとで。優介は倒れたため不在だし、残りの大樹や裕生は変なことを言わないが、一緒に入るもう一組が問題だった。
 何人かがやはり恭兵に「彼女を取られて」恨んでいた。
 報復の絶対の好機。
 恭兵と目が合うとわざとらしく「やべ。掘られる」と尻を隠して見せたり。
「おい。火野。オレたちの裸で興奮してるんじゃねーだろーな」とからかったり。
 殴りたい衝動に恭兵はかられるが、大樹や裕生が間に入りそれぞれを制して事なきを得ている。

 優介のキスがもたらした「世界の変化」はもちろんこの日だけでは終わらない。
 翌日、合宿の二日目。
 騒ぎを起こした優介は体調不良もあり宿舎で待機。まりあはそれに付き従っている。彼女も前日倒れているのもあり、宿舎での待機を認められた。
 とはいえ「もう一人の主役」はいる。
 皮肉にもスター気取りだった恭兵が、まるでゴシップ記者から逃げるようにふるまっていた。
 あまりにも視線が痛かったのだ。
 男はまだいい。
 半ば敵対していた。「当然の行動」で理解できる。
 戸惑ったのは女子の態度。
 あれほどちやほやしてきた彼女たちが、前日までとは別の意味で注目を浴びせている。
「や。やぁみんな。今日も楽しくやろうか」
 「いつも通り」に戻そうと快活にふるまう。
 意図して軽薄にふるまう。
(火野君。無理してる?)
(なんだか元気ないよね)
 行動を共にすることの多い詩穂理や美鈴には痛々しく見えた。

 なぎさはどうしていたか?
 実はかなり遠巻きに見ていた。
 声をかけようにも自分自身キスの経験はない。
『同性に唇を奪われた』気持など理解の仕様がない。
 そしてこの空気に臆していた。
 だがここぞとばかしに自分に対する辛辣な態度の報復に出たり、「ざまあみろ」と思う気持ちはかけらもなかった。
 母親が子供を愛するように、ただ案じていた。

 また集合地点だけにみんないる。
 瑠美奈は生徒会長という立場もあり、この騒ぎを苦々しく見ていた。
 あすかは無表情。「明鏡止水」の心境というものか?
 遊園地にいる子供のように楽しそうな笑顔は恵子だ。
 この三人も推移を見守っている。

 さて。恭兵の言葉を受けた女子の反応はいかに?
「楽しくって……私たち、女だよ?」
「彼氏じゃなくていいの?」
 からかっているわけではない。本気の目だ。
 前日の「自爆」で発覚した「浮気」に愛想をつかした面々はそもそもここにいない。
 いたのは前日の「あれ」で「目覚めた」ものたちだ。
「あこがれの美少年スター」は新しい属性を引っ提げて新生した。
 彼女たちにはそう見えた。
 中には「優×恭」での薄い本用に使うコンテを脳内で切り始めたものまで。
 もちろん恭兵が「受け」だ。

「性的な目で見る」という行為は身体的な構造を理由として圧倒的に「男が女を」そういう目で見る。
 逆に言うと女はそうみられるのは慣れっこだが、男は違う。
 耐性もない。もろい。
 そして目撃は一部だが、恭兵が実際に男にキスされている場面を見られている。
 それだけになおさら強烈だった。
 彼女たちにはもう恭兵が男と裸で絡み合っているようにしか思えない。
 そして「そういう視線」に恭兵は耐えられなかった。
「待ちなさい」
 声をかけたのは生徒会長。海老沢瑠美奈。
 いつものヒステリックなのとも違う声だ。
「いい。不純同性交遊は認めてないわよ」
「してないよっ。あの時見ていただろ? 僕がアイツに一方的にやられたんだ」
 「やられた」の一言で嬌声がわきあがる。
 いわゆる『燃料投下』という状態だ。
「火野。女をとっかえひっかえというのであれば許しがたいが、男同士の友情が高まっての結果であるなら私はとやかく言う気はない」
 大真面目に芦谷あすかが「死刑宣告」をする。
「だから違うと」
「いいんだにゃ。火野君。愛に性別は関係ないにゃ」
 ニコニコと言い寄る恵子。
 完全にそういう関係とそろって決めつけている。

「うわあああああああああああっ」
 突然に恭兵が切れた。いや。「壊れた」
 その声に一同の目が集まる。
「そ、そろいもそろって人をホモ扱い。あれだけちやほやしていたのに手のひら返し……もう何も信じられなくなった」
 まるで舞台でのセリフのように独白をする恭兵。
 彼は突如としてスキーで滑り出した。逃げ出した。
「キョウ君!?」
 なぎさの呼びかけも無視して滑っていく。
「くっ」
 彼女もあわてて追いかけて滑る。

 引き離された距離と男女の差。それゆえに追いつけるかは追っているなぎさ自身も疑問視していた。
 それでも彼女は追うのをやめない。
 今ここで手を差し伸べなかったら、恭兵は奈落の底に落ちてしまう。
 理屈ではなくそう感じた。
 あるいはそれは「母性」だったのかもしれない。
 そしてやはり昔から好きな相手。
 何も考えずに体が動いていた。

 長い距離を滑っていく二人。
 いつしか滑走禁止エリアに近くなっていた。
 危険故に禁じられている。
 下手するとどちらかがけがをする。
 恭兵は自身よりなぎさのけがを不安に感じた。だから
「くんなっ。バカっ」
 ついに恭兵が怒鳴った。
「キョウ君はもっとバカだ」
 珍しくなぎさが恭兵をなじる。
「バカにバカと言われる筋合いはないっ」
 両者ともに滑りながら会話をしている。
 それも驚きだ。
 逃げたさ故に恭兵は止まらない。つながりたさゆえに恭兵は会話を続ける。
 ただ今度は逃げる恭兵と追うなぎさ。リフトでのやり取りと立場が逆転している。
「バカだよっ。最初に彼女たちを裏切っていたのはキョウ君でしょっ」
「それは……」
 恭兵のスピードが緩む。その前に「追いつく」を通り越して「回り込む」なぎさ。
「わわっ。危ないな。ぶつかってけがしたらどうする。オリンピックだって夢じゃないのに」
 恭兵も一級品のアスリート。
 スキーは専門外とはいえど無様に激突などはしない。
 かわす。しかし逃げない。
(なんで僕は逃げない? こいつのことを心配する発言まで。どうしてだ?)
 わからなかった。
 ただ手のひら返しをした女子ばかりの中で、彼女だけは変わってない。
 一途な恋を貫いている。
 あえて無視していたそれか伝わってくる。

「あたしにとって未来のメダルなんかより、今のキョウ君のほうが大事なの」
 恭兵は驚いた。
 なぎさの目に涙がたまっていたのを見て。
(こいつが泣くのを見るのは……いつ以来だ?)
 思えば二人。随分と同じ時を過ごしてきた。
 だから「家族のような存在」になぎさのことを思っていた。
 極論すれば「女」とみなしていなかった。

「やっぱお前はバカだ。僕は男とキスしたような奴なんだぜ。お前のことを好きになると思うか?」
 やけくそだった。
「あれは水木君のほうが悪いんじゃ」
「はっ。みんなはそうは見てくれなかったけとな。たった一晩でホモカップルの片割れ扱いさ」
 関係した女子全員にそれがばれ、みんな離れたこと。
 ここぞとばかしに男たちにやり込めれたこと。
 そしてちやほやしてきた女子たちが、完全に自分をホモとみなしていたことで打ちのめされ、やさぐれていた。
 厭世的な雰囲気まで醸し出す。
「そう……あのキスがそこまでキョウ君を変えたというなら」
 何かを決意。覚悟したなぎさの表情。そして強い輝きを放つ瞳。
「なぎさ?」
 普通じゃない雰囲気に思わず声をかける。
「あたしバカだから他にやり方わかんない。でもこれでキョウ君が元気になるなら」
 彼女はスキー板を脚から外して恭兵に歩み寄る。
 恭兵はなぜか逃げられなかった。その気にならなかった。
 なぎさの瞳に動きを封じられていた。

 恭兵の首に優介がしたようになぎさの腕が回される。
 一瞬トラウマがよぎるが恭兵は硬直している。
「おい。なぎさ」
「あたしの、初めてだよ」
 顔全体を真っ赤にしたなぎさが、目をつぶって恭兵の唇に自らのそれを重ねてきた。

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