第22話「一途な恋」Part4

 互いの唇を重ね合わせるだけのキス。
 決して今まで恭兵が交わしてきたそれには濃厚さで太刀打ちできない。
 しかし恭兵はファーストキス以来の衝撃を受けた。
 むろんなぎさ相手のキス故にだ。
(こいつ……こんなに可愛かったか?)
 恥じらいで顔そのものを赤く染め、それでも恭兵との口づけを続けるその姿に「女の子」を感じ『不覚にも』恭兵はなぎさにときめいた。
 だから彼も強引に舌を絡めたりはしなかった。
 そっとやさしく唇を重ねるだけ。

 一分くらい重ねていたが、恭兵の方からそっと離す。
「あ……」
 すっかり陶酔して酔ったようにとろんとした瞳のなぎさが、名残惜しそうに吐息を漏らす。
 滑走禁止区域だから二人だけ。
 目立つのも確かだが、他に人がいなくて二人のキスは見られずに済んだ。

「なぁ? なんで僕なんだ」
 真顔と笑顔の入り混じった表情で恭兵はなぎさに問う?
「え?」
「自分で言うのもなんだけどさ、女好きでいろんな女子と数え切れないほどのキスをして、挙句の果てに男とまで……そんな相手にどうして大事な初めてのキスを捧げるんだ?」
 自虐的な独白だった。
「わかんないよ。そんなの」
 あまりに意外ななぎさの返答。
「あたし頭悪いからわかんない。どうしようもなくキョウ君が好きだからキスしたの。それしかわからない」
「……お前」
 あまりにシンプルな、それゆえにストレートに伝わる「愛の告白」だった。
 確かに「頭の悪い」言葉だった。駆け引きゼロ。何の裏もない。
 まさに嘘偽り無しの本気だった。
「あっ。ごめんっ。あたしじゃ迷惑だった?」
「ああ。迷惑だね」
 言葉と裏腹になぎさの両肩を掴む。
「僕みたいに『軽い』男にそんな『重い』キスは返しきれないじゃないか」
「え?」
「だからこっちも本気でいく」
 いうと恭兵はなぎさをひきつけ、そして今度は彼から彼女の唇に重ね合わせた。

 二人はまともに顔を合わせられなかった。
 クールダウンしたらとてつもなく恥ずかしくなったのである。
 ファーストキスを捧げたなぎさはまだしも「何度も」しているはずの恭兵まで赤くなっている。
 何度もしているキスだけど、本当に愛があったのはこれが初めてなのかもしれない。
 その意味ではこちらもファーストキス。照れるのも無理はない。
「いつからだよ」
 照れ隠しかぶっきらぼうに尋ねる恭兵。
「?」
 質問の意図を掴み損ねたなぎさはきょとんとしている。
「いつから僕のことが好きだったんだよ」
 怒鳴るように言う。顔がますます赤い。
「伊達男」も形無しだ。
「わかんない」
 うついて赤くなるなぎさ。
「なんだそりゃ?」
「だって気が付いたらどうしようもないほど好きだったんだもん。たぶん小学校のころにはもう」
「え? それじゃ僕は自分のことを好きな相手のスカートをめくっていたのか?」
 突拍子もない『思い出』に戸惑うなぎさだが
「あはは。そんなこともあったね」と乾いた笑いをあげる。
「おい。笑ってる場合か? 僕はあの時お前に『大根脚』なんて言っちゃったんだぞ……もしかしなくてもお前、それを気にして真夏でもストッキングなんじゃ?」
 ここであることに気が付く。
「……そういや制服以外ではお前のスカート姿を見てないぞ」
「嬉しいな。気にしてくれてたんだね」
 これも何の裏も「皮肉」もない言葉。その証拠に微笑んでいる。
「あたしの方だって男の子の大事なところ蹴っ飛ばしてたし。おあいこだよ」
 いつしか二人は向き合って語らっていた。
 昔のことを語ってるからか、表情も懐かしむそれに。
「そうはいってもな女子相手にその言葉はなかった」
 ここらはフェミニストならではの気づかいか。
「悪かった。謝るから許してくれ」
 潔く引くところは引く。
 抵抗も言い訳もせず頭を下げた。
「い、いいよ。昔の話だし」
 謝られた方のなぎさが戸惑う。
「あたしのほうこそごめん。痛かったでしょ?」
「確かに効いた。死ぬかと思った」
 素直に言う恭兵。
「でもまぁまだあの一度しかないしな。女は毎月強制的に痛い思いをするのを思えば一度くらい」
「ああ。でもあたしは軽いほうだから……何を言わせんのさっ」
 真っ赤になるなぎさ。
「ぷっ」
 吹き出す恭兵。
「あはははは」
 つられてなぎさも笑う。
 雪山ではあるが「雪解け」の笑い声だ。

 そのころ、宿舎のまりあと優介。
 木上の目はあるが狭い宿舎内なら比較的自由だった。
 二人は優介がコーヒー。まりあが紅茶を手にゲレンデが一望できるレストランにいた。
 賑やかそうなゲレンデをぼんやりと見つめている。

 沈黙に耐えかねたのは優介だ。
「お前、なんでゲレンデに行かないんだよ?」
 ややうっとうしそうにいう
「優介が行かないから」
 即答だった。
「これも授業だぞ。ぼくは騒ぎ起こしたからここにいるが」
「わたしも昨日倒れちゃったから」
 朗らかなまりあ。
 宿舎内ということでゲレンデに出るような着込み方はしていない。
 ただいくら空調がきいているとはいえ雪山の宿舎。
 修学旅行の時のように館内着がジャージだけでは心もとない。
 故に防寒目的で私服が許可されている。
 前日穿いてきた花柄のパンツと、ピンクのセーター姿である。
 まりあにしたらおとなしい姿だ。

「倒れたんならおとなしく寝てろよ」
「優介だって倒れたのに起きているわ」
「う……」
 痛いところを突かれた。
 まりあが倒れたのは意中の優介がキスを。
 それも恭兵相手にしていたことで衝撃を受けたからだ。
 彼女は普段から優介が好きなことを公言している。
 その優介がこれまた公言している「同性愛者であること」を強烈な手段で見せつけた。
 だから倒れるのも無理はないと理解されていた。
 わからないのは優介のほう。
 まりあに対して「理解しがたい感情」を抱いていると認識。
 そして自身が信じていた「自分が同性愛者」であることが揺らいだことで倒れた。
 本人が理解できないのだ。他者にわかるはずもない。

 それを確かめたいのもあり、いつものように優介はまりあを追っ払ったり逃げたりしない。
 だからまりあは機嫌がいい。
 ましてや他にはほとんど人がいない。
「二人っきり」みたいなものだ。

「優介。えへへへ」
 声だけのはずはなく満面の笑みのまりあ。
「なんだよ」
「大好き」
 直球で告げる。さすがに面食らって頬が熱くなる優介。それを見られまいとそっぽを向く。そして
「お前なんか大嫌いだ」
 その言葉が照れ隠しにしか思えないのは、聞いていたまりあだけではなかろう。
 もし誰かが聞いていたら同様に感じたろう。
「あ。いたいた。二人とも。もう。あんまり勝手にうろつかないで」
 木上がこの場に現れ「二人の時間」は終わった。

 なぎさと恭兵のふたりは少しずつ元の位置へと戻りだした。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったな」
「うん。はずれの方だしね。滑走禁止エリア」
「……よくそんなところまで僕なんかを追っかけてきたな。他の女子どころか男とまでキスしたような奴をさ」
 優介のキスはいわゆる『トラウマ』になってしまった。盛んに口にする。
「えへへへ。何も考えてなかった。ただ『追いかけなきゃ』とだけ思って」
 まるで子供のような笑顔でなぎさは言う。
「二股かけていた娘たちは自業自得ってやつだが」
 実際は二股どころではない。
「水木のあれでとたんに僕を変な目で見だした連中には裏切られた気分だ」
 元々アイドルのような扱いだ。
 その見方が変わったわけだが、恭兵にしたら耐え難かった。
「けどお前は僕のことだけ考えて追いかけてくれたんだな」
「うん。他に何も考えられなくって」
 照れるなぎさ。恭兵のほうは泣きそうだ。
(ここにいたのか。こんな身近に。しかも邪険にし続けたこいつが、僕だけの)

「なぎさっ」
「ん? きゃあっ」
 まだ禁止エリアからさほど離れてなく、人気もない。
 人目を気にせず恭兵はなぎさを抱きしめた。
「な、なに?」
「お前だけが本気で僕のことを愛してくれるんだな?」
「う、うん。好きだけど」
「そうか。ならもうお前しかいない」
 今まで自分をさんざん邪険にしてきた恭兵の豹変に戸惑うなぎさ。
 それを感じ取る恭兵。
「……疑われるのも無理はないか。たくさんの女にウソついてきたし、お前のこともひどい扱いだった。どうすれば信じてくれる?」
「うーん」
 なぎさにしてみれば本当になんの打算もなかった。
 ただ恭兵を無事に連れ戻せればよかったのである。
 それで飛び出した。
 結果的に両想いになりつつあるのである。
(困ったなぁ。そんなつもりないのに。でもキョウ君も自信なくなっちゃったんだな)
 だから『免罪符』……水に流すための儀式がいると考えた。
「それじゃ……もう一度キスしてくれる? 今までしてきたどの子よりもすごいのを」
「わかった」
「えっ!?」
 なぎさにしたら「気にしてないよ」というつもりでのジョークのつもりもあった。
 しかし恭兵はそれを実行してしまった。
 あっという間になぎさの唇をこじ開け、舌を侵入させ絡ませ合う。
 もちろん手は抱きしめているだけでなく、愛撫に近い動きである。
 ありとあらゆるテクニックで「愛の表現」を試みた。
「んーっんーっ」
 たまらないのがなぎさである。
 まさか人生初のキスをしたその日のうちに、三度までしてしまうとは思わなかった。
 抵抗にならない抵抗をしていたが、やがてぐったりしてしまう。

 たっぷり二分。
 ゆっくりと口を離すとなぎさが崩れかける。
「おい。どうした?」
 恭兵のほうは何ともない。キスには慣れている。
「……腰、抜けた」

 仕方なく回復を待ち移動する。
 しかしその間も手をつなぐほどになっている。
 よほど「ホモ扱い」が他の女子たちに対する不信感になったか。
 それに対して「何も考えず」ただ自分の身だけ案じて駆けつけたなぎさに恭兵は感動した。
 彼自身もてのひらがえしだが、なぎさは「思いが通じた」と解釈した。間違いでもない。
 だから疑念も感じず「恋人つなぎ」にも応じた。
 夢にまで見た状況でもあった。

 そのまま蒼空各園の集合地点まで戻り、まずは頭を下げる。
 玄田から「示しとして」注意はされたが同情すべき点もあり、それだけで済んだ。

 普通に女子と接している恭兵を見て「ホモ疑惑」が濡れ衣と悟った女子がアプローチしてくる。
 しかし恭兵も冷たい態度こそ取らないが、以前のように軽々しくは乗らない。
 すっかり一部以外の女子に対して不信感ができてしまった。

 二日目のゲレンデでの「スキー実習」も終わり宿舎に。
 ここで恭兵は仰天物の「パフォーマンス」をする。
「男たちに告げる。なぎさは僕のものだから手を出すな。特に風見。なぎさに付きまとう気なら僕を倒してからにしろ」
「ええええーっ?」
 堂々の交際宣言をしてのけた。
 さすがに「学園の貴公子」は堂々としている。
 対してなぎさは穴にでも入りたい状況であった。
 まさかここまでのことをされるとは。
 恥ずかしくてたまらなかった。
「ちぇー。綾瀬ならいいスタントできると思ってたんだけどなー。ま、しょうがねーか。火野の嫁になるってんなら」
「お嫁さん!?」
 そこまで行くとさすがに声が出る。
 叫んでまたなぎさはうつむく。

「なぎささんおめでとうっ。ついに結ばれたのね」
 まりあは「交際成立」のつもりで言っているが、大多数は別のことを想像した。
 確かにキスはしたがそこから先は「まだ」だが。
「ありがとう。まりあ。あんたのおかげだよ」
 さすがに返礼ともなると恥ずかしがってもいられず、まだ赤さの残る頬でなぎさはいう。
「わたし? なにもしてないわ」
 今回に関しては確かに倒れただけだ。
「ほら。あんたが言い出した『同盟』のおかげで、なんだかんだでみんな一緒だったんだし。たぶんそれもあって」
 なぎさを邪険にしてた恭兵だが、まりあ目当てに接近してきて、何かとなぎさとも一緒になっていた。
「幼馴染」として以外にも重ねた時間が、なぎさと恭兵の関係の進展につながったということだ。

「すまない。まりあ。僕は君と一緒にはなれない」
 気取って恭兵がいう。
 まりあに対しての執着は本物だった。
「……なんでわたしが振られたみたいになってんの?」
 相変わらず恭兵に対してはきつい。
「ある意味じゃそれに近いですけどね」
 詩穂理の言う通り。あれだけ執着していたまりあではなく、邪険にしていたなぎさとくっついたのはそれに近い。
「でもよかったねー。なぎさちゃん」
 素直に祝う美鈴。
「うん。ありがとう」
 こちらも嬉しそうななぎさだ。
 やっと思いが通じたのだ。嬉しくないはずないが、あまりに夢のようで現実味がなかったので反応がややぼんやりしている。

 なお、恭兵自身が「どうでもいい」ということで、優介にキスされた件については「じゃれていた際の事故」という扱いなった。
 彼自身はむしろ忘れたい一件ゆえ、なぎさと落ち着いた今となってはこの件を延々引っ張りたくないのが本音だった。
 処分に困っていた教師たちも「渡りに船」とこれを受け入れた。
 だから「なんで恭兵にキスしたか」までは追及を中断された。

 それもあり最終日はまりあと優介も参加して、スキー合宿は終了した。

 そして冬休みも終わり三学期が始まる。

「くちゅん」
 登校直後の教室でまりあが可愛らしいくしゃみをする。
 スキー合宿で顔を合わせているのもあり「久しぶり」という感じはどこにもない。
「うう。寒い。あんまり可愛くないけど、なぎささんみたいに厚手のパンストにしようかしら?」
 普段が冷暖房完備の家で過ごしているせいか、もともとの寒がりもありかなりさむがっていた。
「まりあちゃん。それひどい」
 珍しい美鈴の突っ込み。
「そういえば綾瀬さんまだですね。三学期の初日だというのに」
 詩穂理が指摘したタイミングを見計らったように
「はぁっくしょん」
 教室の声から効き慣れた声の、聞いたこともないようなくしゃみが盛大に鳴り響く。
 驚くまりあたち。
「今の声って?」
 ほどなくして教室の扉が開いた。
 噂をすれば影。なぎさが真っ赤な顔で入口にいた。
 くしゃみを恥じ入ったと詩穂理は解釈した。だから赤面と。
 それは恭兵が一緒にいたことで切り替わる。
 シンプルに二人一緒に照れていると美鈴は思った。
「なぎささん。足元!?」
 正解はまりあが見つけた。
 なぎさはトレードマークともいうべきパンストをはいていない。
 学校指定の紺のハイソックスだけが、スカートからのぞく脚にある。
 女子だと更衣室や就学旅行の入浴時などで見てても、男子だと夏場の体育で水泳だったとにしか見たことないなぎさの『生足』が披露されていた。
「どうしたんですか? 夏場でも脱がなかったストッキングをこんな真冬につけないなんて?」
「わかった。寝坊したんでしょ。それで穿き忘れて」
「違うよ。南野。僕が脱がせたんだ」
 傍らの恭兵がいう。
「「「「脱がせた!?」」」
 その言葉に男子どころか女子も全く同じ想像をした。
 椅子に腰かけ赤くなったなぎさの足からストッキングをはぎとる恭兵の図を。
「違う違う! あたしの意思でもあるんだ」
「?」
 真夏でも決して脱がなかったパンストを真冬に脱いだわけとは?
「いつまでも古いことにとらわれていてもいけないと思って」
「こいつが子供のころ僕が言った一言を気にしていたから『昔はともかく、今は違うだろ。その美脚を見せつけてやれよ』と」
 それで「脱がせた」か。一同は理解した。
「キョウ君だけじゃなくあたしも変わらなきゃと思って」
 照れくさそうに言うなぎさ。
 その右手は右の耳たぶをいじり、かと思えば左が髪の毛を触る。
 変えたい部位は他にもあるらしい。

「とてもいいわ。なぎささん」
「うん。スカートにあっているよ」
「あ、ありがと」
 まりあと美鈴の言葉に照れつつ返礼。
「そうだわ。今度みんなでスカート買いに行きましょ」
「美鈴も行くー」
「あ、あたしも?」
「決まっているじゃない。制服以外に持ってないんでしょ?」
「うう。そりゃそうだけどさぁ」
 改革は服にまで及ぶ。
「僕も付き合うよ」
「女の子だけの買い物よっ。荷物持ちでよければどうぞっ」
 相変わらずまりあは恭兵にはつれない態度だが「なぎさの彼氏」ともなると思わせぶりな態度もとれないのでという配慮も。

 詩穂理は一人考え込んでいた。
(結果オーライとはいえど水木君の行為が二人を結び付けたわ。私も何かしないと、ヒロ君とはすっと幼馴染どまり。変わらないといけないわ)
 静かに「改革」の決意をする詩穂理だった。

次回予告

 なぎさと恭兵がまとまったことで改革の必要性を感じた詩穂理は意外な行動に出る。
 それが裕生との空気を淀んだものに変えていく。果たして二人の仲はどうなる?
 次回PLS 第23話「Self Control」
 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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