第23話「Self Control」

 三学期になって間もない教室。
 すっかり恭兵とは公認の仲となったなぎさだが、それでもまりあたちとの付き合いはそのままだ。
 この日も一緒に昼食をとっていた。
「まりあ。今日は雪のピアスなんだね」
 なぎさがいう通り雪の結晶をかたどったピアスがはまっていた。
 ちなみに校則違反だが大目に見られていたりする。
「えへへー。可愛いでしょ」
 あくまでも「ピアスが可愛い」と言っているはずなのだが、どうにも当人を可愛いといいたくなる。

「あー。かわいいかわいい」
 かなりおざなりななぎさの対応。
「なぎさちゃん。それひどいよ。ちゃんとほめてあげようよ」
 珍しく非難する美鈴。一転して目を輝かせる。
「まりあちゃん。可愛いよ。それ」
「ありがとー。ね。美鈴さんもピアスしてみない?」
 まりあにしたら趣味の近い美鈴相手だから何の気なしの「おすすめ」だった。
「うーん。穴空けるの怖いし」
 美鈴らしい反応だ。

「あたしは別に耳にあけてもいいけどね。ところでさ、まりあ」
「なぁに?」
 小首をかしげる姿が可愛らしい。小鳥を彷彿とさせる。
「ね。穴を空けるとき痛かった?」
 何故か何人かの男子が変な反応をした。
 あるものは赤面し、あるもの好色そのものの表情に。
 それを知ってか知らずか。平然と続けるお嬢様。
「痛くなかったけどちょっと怖かったかな。なぁに? なぎささんもピアスするの?」
「う、うん。キョウ君とペアの」
 今度は女子が変な反応をした。
「逃した魚は大きい」と。
 ホモ疑惑で離れた。あるいは受け入れすぎて「女は邪魔」と身を引いたら、ちゃっかり幼馴染とくっついたと。

「あ、ああ。それだけじゃないよ。あたしの場合」
 照れて弁明を開始するなぎさ。
「ビデオで見たけどとても速い女性スプリンターがいたんだ」
 すでに故人であると付け加える。
「その人がでっかいピアスしてて、それにあやかりたいのもあるんだ」
 憧れのまなざしを宙に向ける。
「あれ? 綾瀬。それって確かなんか薬物使用疑惑かかってなかったっけ?」
 何もここで言わなくてもいいであろう。まさにぶち壊し。そんなタイミングで水を差したのは裕生だ。
「……風見くーん。もうちょっと空気を読んでよ」
 「あこがれの存在」に茶々入れられて苦虫をかみつぶした表情のなぎさ。

「なんで?」
 当人はこのありさまなのに、詩穂理が赤くなって縮こまっていた。
「詩穂理さん。本当に彼でいいの? 失礼だけど無神経よ。風見君」
 まりあに痛いところを突かれた。
 反論できない。だから「痛いところ」を突き返す。
「で、でもノーマルですし」
「うぐっ」
 沈黙するまりあ。痛み分けだった。
 もう少し「こなれた」人物なら「あなたも言うようになったわね」くらいは口にしていたかもしれない。

「それに『無神経』というより『鈍感』です」
 疲れたように詩穂理はいう。そしてなぎさを見る。
「なに? あたしの顔になんかついてる?」
「いえ。ただ綾瀬さんはオリンピック選手の候補になるほどのアスリートで。それも火野君を射止めた要因の一つではないかと」
「そんなの関係ないよ。あたしとキョウ君は幼馴染だからちょっと慣れすぎていたけど、ときめきはそんなのとは関係ないと思うよ」
「それでも、男の子は華やかな女性のほうがいいんでしょうか? 私なんて地味だし」
「え? どこが」
 なぎさ。まりあ。美鈴の視線が詩穂理の胸部に集中する。
 同性の視線とはいえ、思わず両手で覆い隠す才媛。
「む、胸のことはいいんです。大きくてうらやましいなんて人もいますけど、そんないいもんじゃありませんから」
「まぁ考えて見りゃそうかもね。あたしだったら胸が邪魔になってとてもじゃないけど『オリンピック候補』にはなれなかったと思うし」
「そうだよね。お胸が大きくても学校の成績や就職には関係ないでしょうし」
 美鈴はどちらかというと幼児体形の腹部を気にしているが、彼女もお世辞にも立派な胸とはいいがたく、何か自分を納得させるようにも見えた。

「胸がでかくて有利な就職先ならAV女優じゃない」
 詩穂理をからかっただけのつもりのなぎさだったが
「とんでもありませんっ」
 そう真面目に否定されて驚いた。
「あ、いや。職業に貴賤はないし、それで喜ぶ男の人がいるのも知りましたし」
 11月に今は転校してしまった澤矢理子を交えての「親睦会」で、詩穂理そっくりのAV女優・美愛くるみの写真集発売記念イベントに紛れてしまった時が。
 その時の話だ。
「とはいえど、やはり肌を不特定多数の男性にさらすのは正直嫌です」
 高校生の女子としては実にもっともな反応だ。

「それじゃあモデルさんとか? 何度かあったカメラマンの女の人に誘われてなかった。詩穂理さん?」
「安曇さんのことですか? 確かに私のことを高く評価してくださってますけど、私は背もないし、胸ばかり目立っておかしな体形だと思っていて」
 女子は得てして理想が高く、特に美容に関してはどこまで行っても納得できない。
 詩穂理も例外ではなかった。
「そうかなぁ。美人でいいと思うけど」
「高嶺さんに言われても」
 学園のアイドルと言われるほどの美少女だ。
 詩穂理と比べて胸はやや寂しいが、それを補って余りある顔の可愛さだった。

「でも確かに、もう少しくらい気にしてくれてもいいですよね」
 ちらっと裕生の方を見る。
 もうそれだけでわかるようになった三人。
 何しろもともとが「恋愛の同盟」だったのだ。
 詩穂理の想いは熟知している。
 これだけにじみ出ている想いに気が付かない裕生は、かなりの鈍感と言わざるを得ない。

「だったら詩穂理さんもピアスしない? 雰囲気変わるわよ。それなら風見君もきっと」
 どうも「友達の証」としてなのか、人にも勧めたくなったまりあである。
「遠慮します。体に穴をあけるというのか抵抗ありまして」
「美鈴もやっぱいいや。ちょっと怖いし」
「そう。だったら穴をあけないものならどうかしら?」
 方向を変えてきた。
「それならいいかな。穴をあけるのはいやだけど、まりあちゃんのピアスいいなとは思っていたの」
「私はそれでもちょっと……なんだか派手すぎて」
 堅物の女の子らしいコメントだ。

「でも風見君はスタントマン目指してるんだよね」
 なぎさには兄が三人いるものの、特撮には興味が薄く「スーツアクター」という言葉がしっくりこなくてこの表現だ。
「だとしたら女優さんと接したりするのかな?」
「そういわれてみれば」
 裏方に近いといえど撮られる側の人間を目指している。
 裕生に教わっての知識だが、変身前を女性が演じ、変身したスーツのヒロインを男性が演じるケースもあると知っていた。
 小柄なスーツアクターがなるので、まず裕生はないだろうが、それでもゼロではない。
 それに共演者が女優かもしれない。
 そう思うと不安になってきた詩穂理だった。
(私みたいな地味な女の子じゃ、太刀打ちできない)
 想いに縛られていた。

 詩穂理は帰宅して一息ついてから、母親と交代で実家の本屋の店番。
 大好きな本に囲まれ、詩穂理は落ち着いていた。
 だから進んで店番を引き受けていた。

 本屋にいるときはパンツルック。
 ロングスカートを好む彼女だか、その裾で低い位置の本をひっかけかねないし、高い位置の本を脚立に上って取るときはズボンのほうが安全だし「のぞかれる」心配もない。
 トップスはセーターで、エプロンをつけている。
「ああ。そろそろ今年の雑誌も出てくるころね」
 すでに夕方である。
 当日発売のものはとっくに店頭に並んでいる。
 彼女の感想としては新年の最初の号が出たなというものである。
 一月も中旬に差し掛かる。
 時の流れの早さを感じていた。

「詩穂理ぃ。いるぅ?」
 ハスキーボイスだが詩穂理とよく似た声が店の奥。
 住居部分からする。
「あ。いたいた。店番か」
 詩穂理が金髪にして強い化粧をしたように見える。
 服装も一月なのに胸の谷間が見える派手なものだ。
 いわゆるギャルファッションに身を包んだ彼女の名は槇原美穂。
 槇原家の長女。詩穂理の三つ上の姉で女子大生だった。

「お姉ちゃん。ここお店だから」
 たしなめる詩穂理。たまたま客はいない。
「いいからこれ見て」
 一冊の雑誌を見せる。
「また売り物を勝手に」
 しかしその「売り物」を見て詩穂理は硬直する。
 黒いスーツで男装した少女。
 素性のわからないようにウィッグをつけ、メイクもしているとはいえ鏡で毎日見ている顔。
「これ、あんたでしょ?」
 美穂の指摘通りだ。
 冬のブックトレードフェスティバルの時にしたコスプレの写真だ。
「ウソ……雑誌に載っちゃったの?」
 もともと載せる前提たった。
 それでも「地味な自分」が雑誌のグラビアで紹介されるとは思ってもみなかった。
 SNSの発展もあり、web上では誰の姿があってもさほどでもないが、印刷物となると手間が違う。
 それだけに驚いていた。

「それにしてもお姉ちゃん。これだけ派手にコスプレしているのに、よく私だってわかったね」
「血を分けた妹を見間違えるはずないでしょ。それに化粧から逆算して素顔を想像するのは結構あたし得意なの」
「……なるほど」
 美穂もかなり派手な化粧だ。
 同類が周辺にいたらそんな特技が付くのもうなずける。

「それにこっちの男の子。裕生君でしょ?」
 裕生は女装だったわけではないのでノーメイクである。
 髪型は違うと言えど、化粧して男装した詩穂理よりはギャップがない。
「うん」
「裕生君相手にでれでれしているあんたの顔は見飽きてんのよ」
「そそそそそそ、そんなにデレデレしてる?」
 自覚はあったらしい。
「電話しているときしか見てないけど、まぁ普段の固さはとこへやら。あの表情を学校でも見せりゃ友達もできるでしょうに」
「私は友達いますから!」
 性格の固さから姉には友達がいないように思われている。
「だったら彼氏が。ああ。それもいらないか。何しろ裕生君とは婚約してるしねー」
「ええっ?」
「忘れたの? 子供のころ縁日で『ヒロ君に指輪もらったー。大きくなったらお嫁さんになるのぉ』とうるさかったのに」
「そんなの子供のころの話じゃない」
 裕生といい美穂といい古い話で人をおちょくるのが好きだ。
 詩穂理はそう思った。

「しかしこれであんたも有名人ね」
 コスプレ写真の載った雑誌を示す。
「この程度じゃ。ましてやお姉ちゃんだから見抜けたけど、男装までしている私の素顔までは」
「どうかしらねー? なんかその手のマニアって特定しちゃうとか聞いたわよ」
「そんなバカな」
 それで終わっていればよかったのだが。

 翌日。
「ねえねえ。シホちゃん。これ見たにゃ?」
 こちらも当事者である恵子が、件の雑誌を持ってやってきた。
「あー。早速ですか」
 ある程度は予測していた詩穂理であったから、それほどは驚かない。
 さらに言うなら恵子も被写体なので、無関心なはずはない。
「さすがプロのカメラマンだにゃ。それに女の人だからこちらの気持ちもわかってて撮影してくれてるにゃ」
「こちらの……気持ち?」
 レイヤーである恵子がいうのは被写体がどう撮られたいかなどの話である。
 しかし詩穂理は「その時の気持ち」を思い出してしまった。
 裕生に抱きしめられていたことを思い出して、赤くなる。
 それを見た恵子は真顔で「詩穂ちゃん。可愛い」といった。
「か、からかわないでくださいっ」
 さらに赤くなる詩穂理。
「でも可愛いデメリットもあるにゃ。気をつけないと」
「……私が可愛いかどうかはさておいて、そのデメリットはやはり?」
「うん。ストーカーにゃ。特定されたりしたらやっかいだにゃ」
「そりゃそうですけど学校名どころか住んでるところもわからないし、おまけに男装。女とはわかってもこの化粧で素顔までは」
 不安を振り払うように「理論」を展開する。
「ちっちっち」
 右手の人差し指を立て、メトロノームのように振る恵子。
「アイドル好きを、なめるなよ」と脅しとも警告ともつかない一言を発する。
「そんなバカな」と思っていた詩穂理だが、のちにこの言葉を痛感した。

 さらに数日が経つ。
 女子を中心に不穏なうわさが流れだす。
 最近、不審な男「達」が学校周辺のあちこちにいると。
 共通しているのはカメラを持っていること。
 プロ並みの立派な機材だ。
 それが男しかいないことから、必然的にターゲットは女子と思われていた。

 ところが最初に絡まれたのはなんと裕生であった。
 この日は映研の活動で校外での撮影に臨んでいた。
 そしてその関係で裕生は前髪を下していた。
 そう。あの雑誌に載った姿と同じだったのだ。
「いた! 男の方だ」
 一人の「カメラマン」が裕生に詰め寄るように近寄る。
 校内に入れないから校門のそばで張り込んでいた。
 出てくるのを待っていたのだ。
 そこに出てきてしまった。

「なんですか? あなた達?」
 映画の監督を務める生徒が出るが押しのけられた。
 この時点で裕生はこの面々に悪感情がわく。
「おい。何のつもりだよ?」
 無礼者には礼儀無用。ケンカ腰の口調になる。
 だが相手はスルーしてきた。
「お前の事情はいい。こちらの質問だけ答えろ」と言わんばかしに雑誌を突きつける。
「これはお前だな?」
 まさしくコスプレ姿の裕生が映っている。
「だったらどうした?」
「一緒に撮影した女子はどこだ? 用があるのはそっちだ」
「知らねーよ」
 もちろんとぼける。
「いいや。お前の顔はここの文化祭で上映された映画で覚えていた。あの派手なアクションは記憶に残る」
 皮肉にも群を抜いたアクションがこの特定につながったのだ。
「そしてあんな可愛らしい表情をさせるほどの仲だ。無関係ではないだろう。あの子はこの学校の生徒か?」

 その当人……詩穂理は校門に隠れていた。
 裕生を見送ろうとしたが映研の関係者が多くて姿を見せにくく。
 それで躊躇していたらもめだしたのだ。
 助けに入りたくても男ばかりの中に運動神経の「切れた」自分じゃむしろ足手まとい。
 なのでもし暴力沙汰に発展したら職員室に助けを。
 場合によっては警察への通報をすべく、推移を見ていた。

「なんだ? シホに用事か」
 よりによって名前を口にしてしまう。
「シホというのか。あの子は」
 歓声が沸く男たち。これでかなり特定しやすくなった。
(なんてことを)
 それを見ていた詩穂理当人は愕然としていた。
 こんな時にまで無神経な裕生にかすかに怒りを覚える。
 いくら彼女が温和で冷静な性格でも、こんな相手に名前をばらされては無理もない。
 そしてその怒りの「種火」に油を注ぐような発言が裕生から飛び出す、

「やめとけよ。あんな地味な女を撮っても仕方ないだろう」

(なっ!?)
 これがまりあならたとえ真相は違っていても
「わたしをこの人たちから遠ざけるために、心にもないことを口にしたのね」
 そう自分に都合のいい解釈をしただろう。
 事実、裕生はそのつもりで口にしていた、
 だが普段の無神経発言がここでたたる。
 それと同様と思われた。
 それもよりによって最も気にしている「地味な女」という部分を言われて詩穂理は「プッツン」した。

「ヒロ君!」
 何と詩穂理は校門から姿を現した。それを見てざわめく男たち。
「お。おい。本人じゃないか?」
「けどちっと雰囲気が…美人ではあるが」
 雑誌のは男装で化粧。そして「恋する乙女」の表情。
 現在のは制服で素顔。そして「怒れる乙女」の表情。
 違って当然である。

「ば。バカ。出てくる奴があるか」
 さすがの裕生も驚いて止めにかかる。
 しかし珍しく頭に血が上った詩穂理はそれを無視する。
 男たちの前に歩み出ると一礼した。そして
「皆さん。ようこそおいでくださいました。ですがここでは迷惑ですから、河原の方で撮影しませんか?」
 まるで裕生にあてつけるように冷たい口調で言い放つ。
 沸き上がる男たち。

「おい。何考えてんだ。お前は?」
 詩穂理相手にはかなり珍しい、強い口調になる裕生。
「この人たちは、私の女の子としての魅力を証明してくれているんですよ。男の姿をしていたのに私を撮りたいと」
 こちらはこちらで冷たい事務口調になる詩穂理。
 完全に感情のすれ違いだ。
 言外に裕生が自分に反応しないことを責めていた。
「勘違いするな。こいつらはもの好きなだけだ」
 完全に言葉の選択を誤った。
「もの好きですか? そうなのかどうかを証明すればいいんですね?」
 これで詩穂理の腹は決まった。

「だったら私の方が先に芸能界に出たら認めてくれますね?」
 覚悟した表情に一同息をのむ。
「お前、本当に何を考えてんだ?」
 裕生が問いかけるがそれを振り切るように詩穂理は
「決めました。安曇さんの誘いを受けて、私グラビアモデルになりますっ。それで私の女子としての魅力を証明して見せますっ!」
 たくさんの証人の前で宣言してしまった。

 「バカップル」とか「おしどり夫婦」とまで言われた二人が、校門前で盛大な「痴話げんか」だった。
 たまりにたまった不満が爆発して、自己制御……セルフコントロールをできなくなった瞬間だった。

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