第23話「Self Control」Part2

「おま……何を言ってるんだよっ!?」
 無頓着の塊のような裕生が激しく狼狽した。
「言葉通りです。私だって女の子なんだから、女のプライドもあります。輝きを持っていることを実証してみるということです」
 まるで二年の初期に戻ったかのような事務的な態度をとる詩穂理。
 たまりにたまった鬱屈が爆発した。
 それに対してどうしたらいいのか瞬時に対応できないでいる裕生。

 校門前での「修羅場」が繰り広げられている中、思わぬ「好機」に優介は舌なめずりをしていた。
(恭兵君は綾瀬に持ってかれたので風見君とと思って狙っていたら……何か知らないけどチャンス。隙ができた)
 彼はまた「思い出づくり」を狙っていた。
 男に本気で「交際」を申し込むべく、その本気を証明すべく唇を狙っていた。
「男にキスをされる」なんて全く考えてなかったであろう恭兵相手でさえそのチャンスが来るのはかなり待った。
 すでにその「前例」を知っている裕生では難しいと思っていたら、これまた優介は皮肉にも女子がらみのもめごとで隙ができた。
 彼は音もなく走りだす。
 わざわざ名を呼んで注意を引き付けるような真似はせず、丁度死角となる位置から裕生めがけて迫る。
 裕生の首に両手を回した。後は唇を重ねるだけと思ったらその至近距離で躱される。
 いくらなんでもそこまで迫られれば気が付きもする。
 恭兵の時と違って予備知識もある。そのまま「奪われる」ほど抜けてもない。
「もう。なんで躱すのさ」
「オレにはそんな趣味はねぇ」
「ぼくにはあるの。風見君。思いで作ろ」
 再び唇を寄せる。しかし裕生は器用にすり抜けて躱す。
 それでもめげずにキスを試みる優介だが、迫る唇をことごとく素早い動きで躱す裕生だった。
 例えるならボクサーが顔面目掛け浴びせられるパンチの嵐をかいくぐるようなものだ。
 ちなみに大きく逃げないのは普段からしているスタントの癖である
「あらよっ」
 迫ってくる勢いを利用して優介を投げ飛ばす。
「ぎゃんっ」
 優介とて運動ができないわけではないが裕生とは「修行量」が違う。
 あっさりと地面に転がる羽目に。
「ああっ。大丈夫かっ!? つい癖で受け身を取れるとばかり」
 慌てる裕生。それでも足から落ちるように投げているので事なきを得ていた。
 ただし、詩穂理に対しては別である。
「男の子にまでもてるんですね。うらやましいこと」
 冷たい目で詩穂理がいう。
「さっきからどうしたんだ? いつものお前じゃないぞっ」
 こちらも瞬間的に態度が変わる。
「別に。いずれ目を覚まさせてあげますよ。振り向かずにはいられないようにね」
 それだけ言うと詩穂理は背中を向け「撮影隊」と共に移動を開始した。

(バカ。鈍感。無神経。私の気持ちも知らないで男の子とイチャイチャするなんて)
 恵子が目を付けるだけあって、少しは「腐」の下地があったらしい思考だった。

 ちなみに撮影だが、数枚とるとみんな首をひねりつつ「やめてしまう」。
 口をそろえて「笑顔なんだが、それがなんだか冷たくて怖い」と言っていた。

 とある事務所。午後六時半。
 そこで朗らかな女性の声が響き渡る。
「ほんと? 詩穂理さん、モデルになってくれるのっ?」
 長い髪を無造作に後ろで束ねた彼女の名は、安曇瞳美。
 女性だがプロのカメラマンだ。
 延々と詩穂理を口説いていたのは彼女である。

 出会いは海であった。
 裕生とは彼の父親の取材で知りあっていた。
 のちに海で女性モデルを探していた彼女は知り合いを見つけて声をかけ、そのさいに巨乳美少女とも知り合ったのである。
 詩穂理の方も恵子との絡みでコスプレイベントに出たり、逆に文化祭でカメラマンとしてきた安曇とは何度もあっていた。
 安曇にしたら同性ではあるがまさに欲してやまない「恋人」だった。

『はい。何度も誘っていただくうちにその気になって』
 電話超しの詩穂理はいうが口調は弾んでいない。
 緊張とも取れるが安曇は別のものを感じ取った。
 しかしこの場では言わず、翌日に会う約束を取り付けて電話を終えた。

「ふう」
 緊張感から解き放たれて詩穂理は大きなため息をつく。
 自室なのにやたらと緊張したのは大きな決断のせい。
 もちろん芸能活動への一歩を踏み出したことである。
(小さい頃は「図書館のお姉さん」か「学校の先生」になりたかったのに、どうして高校生の時点でなんでこんなかけ離れた存在になったのかしら?)
 そのきっかけからして珍しい裕生との口喧嘩である。
「なぁに? とうとうグラドルになることにしたの?」
「聞いてたの? お姉ちゃん」
「扉あいてりゃ聞こえるわよ。しかも大きな声で」
「あ」
 確かに閉じた記憶がない。
「閉め忘れるほど緊張していたわけだ」
 揶揄するように言う長女。
「そりゃあそうよ。もしかしたら芸能人になるかもしれないし」
 素直に認める次女。
「あらあら。堅物に見えてやっぱり華やかな世界にあこがれがあったのかしら?」
「そういうわけじゃ」
「あんた髪も黒いし、地味だからねぇ」
「!?」

 気にしていることを言われて、遠慮のいらない相手というのもあり姉に文句を言いかけた時だ。
「何ならあたしみたいにしてみる?」
 金髪の姉が自分の世界へといざなう。それで矛先が変わってしまった。
「お姉ちゃんみたいに?」
 詩穂理と言われたまに想像してしまった。
 つややかな黒髪は跡形もなく金色に染まり。
 右に三つ。左に二つのピアス。
 濃い目の化粧。
 胸の谷間の見えるキャミソール。
 太ももをさらしたマイクロミニスカート。
 サンダルから見える足の爪すべてが彩られて。
 もちろん手の指はネイルアートが。
 金や銀のアクセサリーが絡みついている。
 ものの見事に「ギャル」になった自分の姿を詩穂理は想像した。
「不良少女」とごっちゃになっているのか。ギャルの詩穂理は咥えタバコだった。
 思わず渋面になる。その表情がすでに答えになっていた。
「私のガラじゃないわ」
 さすがに肉親相手でフランクな言葉遣いだが、それでも言葉を選んでやんわりと拒絶する。
「そう? でも高校卒業したら化粧だってするし、大差なくない?」
「限度があります」
「まぁそれは置いといて」
 勝手に絡んできて、勝手に切り上げる姉のその身勝手さに少々気分を害する次女。
「あんた、芸能人になったら何させられるかわからないわよ」
「え?」
「あたしみたいな恰好なんて可愛い方じゃない? ほとんど裸とかなるかもよ」
 じろりと胸を見る。
「まさか。それにお姉ちゃんだって似たようなものじゃない」
「2カップの差はでかいわよぉ」
 詩穂理はGカップだが、姉の美穂もEカップとかなりのものである。
「とにかく、デビューなんてしたら今まで見たいにいちゃつけないわよ」
「そんな。私たちイチャイチャなんて」
「え? あれで隠しているつもりだったの?
 本気で呆れるギャル姉。
「あれだけ全開のバカップルなのに、それで誰も知らないとでも?」
「お姉ちゃんっ!」
 文句を言いかけて寂しそうな表情になる。
「……例えみんなが知ってても、ヒロ君は気が付いてないよ……ほんと、鈍感だから」
「無神経のほうがしっくりくるけどね」
 姉のまぜっかえしに反論もしないというかできない妹。
「だから、ちょっと慌てさせてみたいの」
 それゆえのグラドル挑戦だった。

 同じころ、隣家では…
「シホちゃんに謝りなさい」
 妹・千尋に裕生が詰め寄られていた。
「なんだよ。いきなり」
「騒動は聞いたわよ。シホちゃん我慢強いからなかなか怒らないけど、それを怒らせるなんて絶対アニキのほうが悪い!」
 偏見による決めつけだった。
「知るかよ。なんか知らねーけど、あいつが勝手に怒ってるんだ」
「そんなわけないでしょ。シホちゃんみたいに穏やかな人を怒らせるからには何かあるのよ。今までの場合ほとんどアニキが悪い。だから謝ってきなさい」
「そうなのか?」
 きょとんとしている裕生。
 彼には心当たりはない。
 しかし野球で例えると故意であろうと、コントロールミスだろうと、当たってしまえば死球である。
 悪意の有無は関係ない。
 そう。裕生には詩穂理を大事に思う気持ちはあれ、悪意などはない。
 ただそれが「当たってしまった」のである。
「いくら考えてもオレはシホに謝らなきゃいけねーようなことはしてねぇ。明日本人に聞いてくる」
 この言葉にさすがの千尋もさじを投げた。
「……ま、それもいいかもね。お互い話し合えば何か進展するかもだし」

 その翌日。科学の実験のため2−D組全員が理科室への移動を開始した時だ。
「いきましょ。詩穂理さん」
「ええ。高嶺さん。綾瀬さんと南野さんも行きましょう」
「うう。お料理だったら自信あるけど、お薬の扱いは美鈴ちょっと苦手」
「あたしもあのちまちました作業がどうにもダメで」
 仲の良い四人が喋りながら移動を開始した。そこに声をかけるもの
「シホ。話がある」
 裕生が呼び止める。
 他はほとんどが移動して彼女たちと裕生だけ。
 むしろこのタイミングを狙っていた。

 詩穂理はそれまでのにこやかな表情を一転させ「氷のような」冷たいものに。
「なんですか?」
 普段穏やかな分、一度怒ると長引く。
 静かに怒りの炎がくすぶる詩穂理は口調すら冷たい。
「お前、何を怒ってんだよ?」
 心底わからないと言わんばかりの裕生の表情。
「な!?」
 これは詩穂理だけではなく、傍らのまりあたちも驚いて口にしてしまった言葉だ。
「ほ、本当にわかってないんですか?」
 思わず聞き返す。
「ああ。オレが何かやらかしたんたなら謝るが、それがなんだかわからねぇ。だから教えてくれ」
 頭を下げるが逆効果だった。
(あれだけの暴言に心当たりがないんですって? ほんと、鈍感!)
 可愛さ余って憎さ百倍という状態になる。
「自分の胸に聞いてください」
 いうと詩穂理は立ち去ろうとする。
「待てよ。シホ」
 その左手を裕生は右手でつかむ。
 左利きの裕生のまねをするうちに自身も左利きになった詩穂理。
 なのに当人は右腕を使い暮らしていると、両者のすれ違いを象徴する腕。
 それがわずかな時間結ばれたが
「放してください」
 意固地になった詩穂理は振りほどいてしまう。
「いいや。逃がさねぇ」
 今度は足で行く手をふさぐ裕生。
 詩穂理が留まったところに両手を壁につき逃げられないようにする。
 もともとつり目の詩穂理かまなじりをあげて、怖い顔で裕生をにらみ上げる。
「何するんですか?!」
 その口調もかなりきつい。

 誰も見たことのない詩穂理の表情に、見ているまりあたちも声が出ない。
「こ、これって修羅場ってやつ?」
 なぎさが臆したように言う。
「美鈴、シホちゃんたちのケンカ初めて見た」
「詩穂理さんが怒るの自体珍しいし」
 三人はおろおろしていた。
 そこに救いの手が差し伸べられた。
「おい。なぎさ。何してるんだよ。次は理科室だろ……風見。それっていわゆる壁ドンか?」
 金髪の伊達男が恋人となったスプリンターを呼びに来たのだ。
「ちっ」
 時間切れを察した裕生はまず足を下ろし、そして腕を壁から離した。
「行くぞ」とも告げずに無言で理科室へと歩き出す。
 そして詩穂理も口を真一文字に結んで歩き出した。
「あちゃー。これって」
「なんか拗れたのかな?」
「黙っている方がむしろ怖いわ」
 成す術のなかった三人も、迎えに来た恭兵とともに理科室へと急いだ。

 放課後。安曇が正門で待っていた。
「お待たせしました」
 笑顔で出向く詩穂理。しかしいかにもな作り笑いだ。
「いいのよ。さぁ。では説明するからどこかに」
 こちらは念願かなっての満面の笑みをたたえる安曇瞳美。

 それを陰から見ている裕生。そしてなぎさたち。
「いいの?」
 なぎさが裕生に尋ねる。
「安曇さんなら心配ねーよ」
 ぶっきらぼうな返し。
「そういうことじゃないだろ。追いかけないのかっていうんだよ」
 こちらは恭兵。
「別に。オレだっていわば芸能関係だ。それなのにあいつがモデルになりたいのを止める権利もねーよ」
「いろんな男の人に見られても?」
 自身もその美貌ゆえに男の視線は飽き飽きするほど浴びているまりあが言う。
「承知の上だろ」
 もう意地としか言いようのない裕生の態度。
「ね、シホちゃんに謝って仲直りしよ?」
「オレは何も悪くねぇっ」
「きゃあ。ごめんなさい」
 謝るように勧めた美鈴だが、逆に怒鳴られて謝る羽目に。

 結局、詩穂理は安曇と連れだっていずこかへと消えた。

 二人は学校からさほど遠くない喫茶店に入った。
 いくら何度かあっていて、同性とはいえいきなり事務所とかスタジオに行くようなことは詩穂理もしないし、安曇もできると思ってない。
 だから学校そばの喫茶店だ。
 さすがにファミリーレストランだと学生も多いから落ち着かないのもあり避けたが。

 喫茶店と言われてイメージする『懐かしいタイプ』の「純喫茶」だった。
 経営者も老夫婦で落ち着いた雰囲気の店で、詩穂理はこの店を気に入った。
 二人は案内された座席につく。
 二人とも紅茶を頼み最初は雑談。世間話。
 それから少しずつ安曇は何をしてほしいのか話を始める。
 その際にいかに詩穂理の美貌を評価していたか。
 引き受けてくれたことを感謝する旨も告げた。
 さすがにこの時点では詩穂理の表情も柔らかくなっている。
 何度かあっている女性ゆえに緊張が解けるのも早かった。
「当面はフリーランスってことになるわね」
「ええと、事務所に所属しないということですね?」
「私はカメラマンであって事務所やってるわけじゃないし。私自身がフリーランスだしね」
 だから個人的にモデルを依頼することになると。
 雑誌の企画で女性カメラマンが素人。あるいは無名の女性タレントを見つけ出して撮影というものがあり、それでモデルを探していたとも。

「ね、ちょっとカメラ向けていい? やっぱり私カメラマンだから、ファインダー越しのほうがよくわかるのよね」
「あ。はい。どうぞ」
 これからモデルになろうというのである。その程度で臆するわけにはいかない。
「それじゃ」
 この場は話しだけのつもりもあり重たい機材は置いてきてある。
 試し撮りとかで使うためのコンパクトデジカメ……それでも40倍ズームのできるものだが。
 それを詩穂理に向ける。
 戸惑っていた詩穂理の表情がレンズを向けたら一変した。
 何も言わないのに「決め顔」だ。
「え?」
 思わずカメラを下す安曇。
 途端に不安そうな表情に戻る詩穂理。
 またレンズを向けると、女優のように表情が締まる。
「詩穂理ちゃん?」
 名前を呼ばれただけで詩穂理は意図を察した。
「ご、ごめんなさい。なんだかコスプレが続いていてカメラ向けられるとこんな顔になる癖が」
 弁明する姿は17歳の女の子。
「はぁ。やっぱり頭がいいのね。正確に言うと学習能力が高いということね。そんな数回でモデルとしての心構えが身につくなんて。楽しみだわ」
 今度は決め顔前提でカメラを向けてみる。
 しかしまた首をひねる。
 あれほど欲しがった輝きではない。
 とりあえず探りを入れる。
「詩穂理ちゃん。まだ何か心配事?」
 安曇の言うのはもちろんモデルをするにあたってのことである。
 十分な説明をしたはずだが足りなかったかと考えた。
 それを珍しく詩穂理はカン違いした。
 むしろその時点で最も心を占めることを吐露した。
 裕生とケンカしたこと。
 彼が自分を女の子扱いしてくれないことと。

(あー。そうか。やっぱりあたしはこの恋する乙女の輝きに惹かれてたんだな)
 そんな納得をした安曇である。
「そうねぇ。恋のアドバイスは無理だけど、別方向でならできなくもないわ」
「?」
 怪訝な表情になる詩穂理をよそに安曇はハンドバッグをまさぐる。
「あった。これこれ」
「ピアス?」
 安曇の手のひらには銀色の小さな耳飾りが二つそろって乗っていた。
「もしかしたら似合うかなと思って。磁石でくっつくフェイクピアスだから安心して。ピアスホールなくても平気よ」
「これ、つけるんですか?」
 いくらノンホールピアスでもあまり気乗りしなかった。
「試してみて。可愛くなるはずよ」
「可愛く……」
 そういわれて不快な女子もいない。
 耳にかかる髪を後ろに流し、露出させた耳たぶにピアスをつけていく。
「いいわね。それじゃ眼鏡をはずして」
 何しろ大きく印象を支配するメガネだ。
 せっかくのピアスが眼鏡でかすむ。
 言われるままに外して素顔になる。
「はい。笑って」
 カメラのレンズを向けらると言われるままに笑顔を作る。
 それを切り取るようにシャッターを切る。

「ほら。見て。可愛いわよ」
 デジカメのモニターを見せる安曇。
 半信半疑でのぞき込む詩穂理の表情が変わる。
「これが……私?」
 17年生きてきて見飽きたはずの自分の顔なのに、見知らぬ美少女が写っていた。

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