第23話「Self Control」Part4

「えーっ? カザミ先輩。シホリ先輩にプロポーズしたですか?」
 金髪縦ロールの青い目の少女。アンナ・ホワイトが驚いたそのままにいう。
 裕生のプロポーズの一件は一年にまで知れ渡っていた。
 現在はお昼休み。中庭で仲良し三人娘でお弁当中だ。
 アンナはバスケットに入れたサンドイッチ。初めから二人におすそ分け前提の分量だ。
「そうらしいわ。まったく。あのバカ兄貴。プロポーズするなら場所と時間を選びなさいよね」
 当事者その1.風見裕生の実妹・千尋が言葉ほどには怒ってない表情でいう。
 千尋のお弁当はおにぎり。これまた数が多いがやはり交換前提。
「千尋ちゃん。それだとプロポーズ自体はOKみたいだよぉ」
 弱気な突込みがいかにも双葉らしい。
 双葉はオーソドックスなお弁当。
 ただしおかずは多めに。
「プロポーズ自体はOKよ。あたしは。むしろ詩穂理ちゃんがお姉さんになってくれるなら大歓迎。あたしとも幼なじみだから、本当のお姉ちゃんみたいだし」
 その笑顔がこの言葉に嘘偽りのないことを証明していた。
「いいなぁ。槇原先輩」
 双葉が心底羨ましそうに言う。
「そうよねぇ。女の子としてはあこがれるよねぇ」
 とりあえずその相手が実の兄というのは無視してうっとりと。
「それもあるけど……やはり血のつながりがなければこういうこともあるんだよね」
「フタバ?」
 その言葉にあまりよくない響きを感じたアンナが問いかける。
「私だって……血のつながりさえなければ、待ってなんかないで自分からプロポーズだってするのに……」
 相手がだれかは怖くて聞けなかった。
 聞くまでもなかった。
 普段から公言しているも同然たった。

 そしてその恐れはのち、現実のものとなる。

 放課後も気まずく、また詩穂理は何もない日だったが、裕生は映研の方に出るため帰れず。
 一人で詩穂理は帰宅した。
「ふう」
 かばんだけ置くと制服も脱がずにベッドにダイブする。
(どうしたらいいんだろう? ヒロ君の気持ちは嬉しい。両想いだったのはもっと嬉しい。でもあまりに急だわ。結婚だなんて)
 ほほが赤くなる。まさに今は結婚したら二人で使うもの。ベッドの上にうつぶせにだが寝そべっている。
(でもヒロ君にしたらずっと昔からなのね。十年以上前かしら? それだけの長い思いを私は砕いてしまった。悪いことしたな……それでもいきなりは無理だわ)
 決して嫌ではない。ただ急すぎたのだ。心の準備――「覚悟」がまだできてない。それだけだ。

 「そりゃ風見。焦りすぎだよ」
 裕生の参加した映研では撮影した映像の編集作業中だった。
 ちょうど詩穂理との仲がこじれた一件の時に撮影していたものだ。
「そうか? オレにしちゃ満を持してだったんだが」
「伏線なけりゃ観客だって戸惑うよ」
「……一理あるな」
 学生の身とはいえ映像の世界に飛び込もうというのだ。この例えは効果的だった。
「そうよ。風見君。やっぱりちゃんと贈り物も渡して、二人っきりの時にプロポーズしなくちゃ」
 ショートカットの少女・津久田 南がいう。
 二年C組。詩穂理とも面識があり直接言われてはいないものの、二人の関係はおおよそ把握している。
 だからこそのこの発言。同性ゆえに詩穂理の立場にたってのそれだ。
「やっぱり指輪か?」
「それは本当にプロポーズするときね。今はまだ早いと思う」
「まずは普通のプレゼントなんかよくないか」
 映研の脚本担当。江戸川成久が提案する。
「もちろん相手の喜ぶものを考えてな」
「シホの喜ぶものか……そういや今朝はニコニコしていたが」
 光明が見えてきた。

 気まずいまま時は流れ金曜日。
 詩穂理は帰宅して制服から白いセーターと黒いジャンバースカートという姿になっていた。
 一息ついていたらノックの音が。
「お姉ちゃん。裕生さん来てるよ」
 妹の理穂が裕生の来訪を告げに来た。
「ヒロ君が?」
 とりあえず玄関へと向かう。扉を開けるとシャツにジーンズの上から革ジャンをまとった裕生がいた。
「シホ。ちょっと散歩しないか?」
 意味不明どころか言外に「話がある」と言っているのが見え見えだった。
「ちょっと待ってて」
 さほど寒くもない日でそのまま出てきた。
 高校生の彼女に化粧の習慣はなく、素顔のままだ。

 一月下旬。春はまだ遠い。
 日差しもあるし風も穏やかだで割と暖かい。
「そんなんで寒くないか?」
 それでも裕生が気遣う。
「今日は割と暖かいから」
 ウソである。見込みの甘さを詩穂理は後悔していた。意外に寒い。この程度では寒さが防ぎきれない。
 しかし寒いのは着こみの足りなさだけではなかった。
 出向いた先が河川敷なのだ。
 野球場やサッカーのフィールドもある。
 小学生らしいチーム同士の試合が行われていた。

「どうしてここに?」
 言外に「こんな寒いところに」という思いもこもっているが、裕生がそれに気が付くのはまったく期待していなかった。
「ここなら盗み聞きできないだろ。千尋とかお前のねーちゃんたちとか」
 普通なら身内をこんなふうに言われて「失礼な」と怒るところだが、全く否定できなかった。
(確かに聞き耳を立てられそうだわ。ここなら隠れようがないわね。でも、そこまでして内緒にしたい話って?)
 何しろ教室で公開プロポーズをした男だ。
 それより恥ずかしい話があるとは思えなかった。

「あとさ、ここはオレのおふくろが死んだ川なんだ」

 そうだった。
 詩穂理も幼かったがよくしてくれた「おばさん」の記憶はある。
 とはいえここで死んだというのはずいぶん後から知った。
 それもありさすがにすぐには連想できなかった。
(そんな場所に来てなにを?)
 ますます何を切り出すのかわからない。
「まじめな話だからここに来た。オレやおやじ。千尋にとっての特別な場所で話したかったんだ」
「う、うん」
 いつになく真面目な表情の裕生に詩穂理も気圧される。

「結婚の話だけどさ……なかったことにしてくれないか?
「え?」
 一瞬何を言われたかわからなかった。
 教室という大勢の「証人」の目の前でプロポーズしておきながらそれを翻すというのか。
 地味女と言われたときより強い怒りがわいてくるのが実感できた。
 しかし話には続きがあった。

「なんか急すぎたってあっちこっちから言われてさ、だからいきなり結婚じゃなくて『恋人』から始めたいと思うんだ」
「あ……そういうこと?」
 真意を知り湧いたばかりの怒りが霧散する。
 ここが裕生にとって特別な場所であること。
 そして何より珍しく顔を真っ赤にしているのが「本気」を感じさせた。

 野球のグラウンドからも離れているのでふたりきりに近い場所。
 ムードも高まっていたのだが
「すいませーん。ボールとってくださーい」
 水を差す声が。
 少年野球の「ホームラン」で軟球がまっすぐ詩穂理のもとに来たのだ。
 雑草に勢いを殺され静止する。
 それを左手で拾い上げた詩穂理は「行きますよー」というと、ぎこちない投げ方で投げ方で明後日の方角にボールを投げ返した。
「わーっ。どこに投げてんの。お姉さーん」
 慌てて追いかける小学生プレイヤー。
「ごっ……ごめんなさーい」
 顔を赤くして謝る詩穂理。
「すっかりぎっちょだな。お前。ガキの頃は右利きだったよな」
 見ていた裕生が詩穂理の投げ方に呆れ交じりで言う。
「それは……」
 幼いころから裕生が好きで、その真似をしているうちに左利きになってしまったといいかけた。
「知ってっか? オレもぎっちょなんだぜ」
 そう。だからそれをまねしているうちに自分も左利きなった詩穂理だった。
「けど『変身前』が右利きなケースが多いと思ったし」
 それは何度か聞いた。
『変身後』のスーツアクターを目指す彼は「変身前」を演じる役者に合わせることを考え、右手でもアクション出来るように日常を右手中心にしていた。
 しかしそれだけではなかった。
「何よりお前に合わせたくて右利きに直したのによ。お前がぎっちょになってあべこべじゃん」
「え?……だってそれは私もヒロ君に合わせていたから。だから左利きに」
 裕生に言われて一気に言えた。
 互いに顔を見合わせて噴き出す二人。
「なんだ。お互い様か」
「ええ。気が合いますね」
 笑い声が緊張をほぐす。それゆえか言いにくかった台詞が出てくる裕生。

「だったらさ、まず恋人にならないか?」

 本題を思い出した。
「まず」である。
 ゆくゆくは「結婚」だろう。
 だけどこれなら、ゆっくりとしたこれならいい。
 詩穂理はこくりとうなずいた。
「おお。受けてくれるか」
 喜色満面の裕生。
「いきなり結婚じゃなくて恋人からなら……いいよ」

 甘い雰囲気だが沈黙が重い。
 それを嫌って詩穂理は言葉を紡ぐ。
「知ってた? 私がぎっちょになったのは、ヒロ君のことが好きだったからなんだよ」
「だとしたらお前もずっとオレのことを思ってくれてたのか」
 何のことはない。子供のころから両想いだったのだ。
(バカップルになるはずだわ)

「それでさ、結婚なら指輪だけどただ付き合うのにそれも重いから、代わりにこれを買ったからやるよ」
 小さな包みをぶっきらぼうに差し出す裕生。
「なぁに? これ」
 誕生日ではない。物をもらうタイミングではないので不思議に思う。
「開けてみてくれ」
 言われて素直に開ける。
「これ……ピアス?」
 銀色に輝く棒状のものがぶら下がるデザインだ。
「なんでも穴が開いてなくても付けられるらしいぞ」
 確認する。まさにその通りだった。
「つけてやるよ」
「う、うん」
 幼馴染である。
 子供のころにふざけて互いのおでこをくっつけて笑ってたりもしたが、17歳になった今では接触してないのに顔が近いだけで意識してしまう。
 寒い河川敷なのに頬が熱くなるのが自分でも分かった。
 右手で持つ裕生。詩穂理の左耳からつけていく。反対側にもつけるが裕生の指が耳たぶに触れるたびに大きな胸越しにも伝わりそうな鼓動の跳ね上がり。
「よし。似合う。可愛いぞ。いや、キレイというほうがいいのか?」
 「にかっ」という感じで笑う裕生がストレートな物言いでほめてくる。
「ひ、ヒロ君。褒めてくれるのは嬉しいけどちょっと恥ずかしい」
 化粧してないのに頬紅をつけすぎたように真っ赤な顔の詩穂理が言葉を絞り出す。
「どこが?」
「いい方が率直すぎて」
「回りくどい言い方してたら伝わんねぇよ。それに可愛いと思ったのも本音だ。褒めるんなら別にいいだろうと思うからそのままなんだ」
 ここで真顔になる裕生。
「あの……よ。『恋人の証』だけどピアスのほかにもよ……」
 たった今「回りくどい言い方していたら伝わらない」と口にしていた当の本人が「回りくどい言い方」で言葉を紡ぐ。
 本当に言いにくいのか顔が赤くなる。
「な、なぁに?」
 詩穂理も緊張している。流れでなんとなく察した。
(もしかして)
 裕生も覚悟を決めて口にする。

「あんまり可愛いから『誓いのキス』だけはしたくなった。してもいいか?」

 それを察していたので詩穂理は驚かなかった。無言で首を縦に振る。
「ありがとう」
 裕生の顔が近くなる。
「ま、待って」
 寸前で詩穂理が止める。
「お、おう。やっぱりいやだよな。これもいきなりすぎた」
 そう解釈した裕生は顔を離す。しかし今度は首を横に振る詩穂理。
「嫌じゃないよ。ただ、メガネが邪魔だと思って」
 彼女は左手で眼鏡をはずし後ろ手に持つ。
 裕生は詩穂理の両腕をその両手でつかんで固定させ、顔を寄せそっと唇を重ね合わせた。
 太陽だけが見ていた『誓いのキス』だった。
 夫婦にはまだならないが、この瞬間に二人は『恋人同士』になったのを自覚した。

 口づけの後で間の持たない二人。
 饒舌な裕生がさすがにがちがちになって黙りこくっていた。
「それにしても『結婚』からよく考えを変えられたね」
 詩穂理もこの堅い雰囲気を嫌い打ち破るべく、外していたメガネをかけ直しつつ言葉を発する。
 素朴な疑問だった。
 子供のころからの「執着」をよく捨てられたなと。
 もっとも「急がば回れ」でまずは恋人からとも容易に想像はできたが、とりあえずは沈黙の打破が目的なのでこれは言わない。
「そりゃさ、お前にもやりたいとができたみたいだし。それを結婚で奪うわけにゃいかねぇだろ。オレだけ夢を追いかけるんじゃ不公平だ」
「え? 私のやりたいこと? 夢?」
 詩穂理には心当たりがなかった。
「モデルになりたいんだろ」
「あっ」
 この時点では完全に失念していた。
「待って。違うの。あれは一時の気の迷いというか」
 よもや裕生の行動に言動に切れたのが引き受けたきっかけとは言えない。言葉に詰まる。
「安曇さんも見る目あるよな。なんてったってシホはキレイで可愛いし」
「え?」
 あまりにストレートな言い方に返す言葉がない。
「そ、そんなことは」
「自信持てよ。何しろオレの自慢の嫁……に、なる女だ。世界で一番に決まってる」
「い、言いすぎよ」
 持ち上げられて悪い気はしないのも確かだがとりあえず抑える。
 これが裕生の独特の言い回しとは理解している。
 しかし放っておくと際限なくこの手の言葉をぶつけてくる。さすがにたまらない。
「ほら。私はみ……美愛くるみさんという人と似ているから二番煎じみたいに取られると思うし」
「どこが似ているんだ? シホはシホだ」
「私は……私?」
「ああ。オレの大好きな女だ」
 殺し文句だった。決定打になる。
「だからそんなこと関係ない。なんか変なこと言ったか?」
「ううん。ありがとう」
「へ?」
 長いこと抱いていたコンプレックスが氷解していく。それに対する礼だった。
(そうよね。私はだれかの偽物じゃない)
 胸がすっとした。

「わかった。私もやれるところまでやってみる」
 自分は自分と認識。そして裕生に愛されていることが彼女に自信をもたらした。
「おう。お前の可愛さを見せつけてやれ。ただ」
「ただ」
「ちょっとほかの男に見られるのはヤキモチがな」
 裕生が照れた。
(私のことをそんなに大事に思ってくれているの?)
 そう思ったら最後だった。
 このタイミングだったら間違いなくプロポーズを受けていた。
 もしどちらかの私室内での話だったら、下手したら一線を越えていたかもしれない。
 それほどまで高まっていた。

 抑えきれない衝動があったがそれでも理性的な彼女は一言告げる。
「ねえ。ヒロ君。抱き着いていいかしら?」
「お? 珍しいな。いいぜ。こいよ」
 裕生が両手を広げたとたんに満面の笑みで、詩穂理がその柔らかく豊満な胸を裕生の堅くき締まった胸板に押し付けるように抱き着いてきた。

「ヒロ君。だーい好き」

 この時の詩穂理は学年一の秀才でも才媛でもなく「恋する女の子」というだけだった。
 子供のようにストレートに言葉にする。

(私のことを頭がいいと評価する人多いけど、今の姿を見たら馬鹿みたいに見えるでしょうね。確かにバカだわ。今はヒロ君のことしか考えられない)
 もう止まらない。彼女はまさに思いのままに二度目のキスを自分からした。




 月曜日。
「おはようございます」
 裕生と一緒の詩穂理が教室に入ると挨拶をする。
「おはよう……あれ?」
 なぎさは違和感に気が付いた。
 いや。違和感なんてレベルじゃない。
「シホちゃん。眼鏡どうしたの?」
「まさか忘れたりするもんじゃないわよね」
 美鈴とまりあの言う通り詩穂理は眼鏡をかけていなかった。
 ちなみに視力0.5でかろうじてメガネがいるとされるが、前の方の席なので裸眼でもなんとかなるのは確か。
「一応はここにありますよ」
 バッグを指し示す。
「だったらなんでかけてないのさ」
 なぎさが当然の質問をする。
「顔を隠すのはもうやめようと思ったんです」
「なにそれ?」
「私は私ですから。誰と似てても関係ありません。一人だけが私を私として見ててくれさえすれば」
 傍らの裕生を見上げる。
 その表情の輝きに三人は何となくこの二人がうまくいったのだと察した。

 髪に隠れて見えないが、その耳には裕生から贈られたピアスがあった。




 その日の夕方。詩穂理は安曇の指定したスタジオに出向いていた。
 晴れやかな笑顔とそのピアスから安曇も何となく察した。
 濃紺のブレザーと白黒のチェックのプリーツスカートで別の高校の女子制服に身を包み「恋する乙女」をテーマにした撮影はとても順調に進んだ。
 何しろ実際に恋をしている「本物」なのだ。
 演技ではない輝きを放っていた。

次回予告

 誕生日を迎え「結婚のできる」16歳になった双葉は血の繋がらない兄・大樹への募る想いをさらに高まらせる。
 バレンタインデーにアプローチを仕掛ける。その時、美鈴は?
 次回PLS 第24話「Don’t let me cry」
 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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