第24話「Don’t let me cry」Part2

 いかにバレンタインデーとはいえ、一年生が二年の教室に来て告白というのは十分に異常事態だった。
 ましてや相手は自分の兄なのだ。
 もっとも血のつながりはない。
 そしてそれを二人とも知らない。
 この場にいる人間でそれを知るのは南野美鈴ただ一人。
 それゆえ青ざめていた。
 なぜなら彼女も大地大樹を好きだったからだ。
 もちろん「家族愛」ではなく、一人の男としてだ。

 この場で告白した双葉にしたら限りなく「一人の男」として意識したギリギリの家族愛だったろう。
「血縁者」と思っているから思いを秘めたまま踏みとどまっている。いや、留まっていた。
 それが今、はっきりと「思い」が表に出た。

「ありがとう」
 不動明王か毘沙門天かという厳つい顔の大男が、菩薩に例えたくなるほど優しい笑顔を向ける。
「う、ううん。受け取ってくれてこちらこそ感謝してる」
「お前がくれるものを断るハズがない」
 「いい雰囲気」が漂う。
 それをぶち壊す……美鈴にとっては救いとなる予鈴が鳴る。
「いっけない。授業始まっちゃう。それじゃお兄ちゃん。またね」
「ああ」
 晴れやかな笑みまで浮かべた双葉は急いで自分の教室へと戻る。

 お昼休みの中庭。
 この日は風もなく快晴で、二月にしては暖かく外での食事はピクニック気分だった。
 やっと来た長い休憩。双葉はしゃべりたくてたまらなかった思いを存分に出していた。
 物静かな印象であるもののそこは年頃の女子。おしゃべりが楽しい。
 ましてや大好きな兄の話なのである。
「それでねそれでね、お兄ちゃんがにっこり笑ってチョコをうけとってくれたのーっ。キャーッ」
 真っ赤になる顔を両手で覆い隠してしまう。
 この調子なので自作の弁当がほとんど減っていない。
「よかったですね。フタバ」
 まさか男女の感情とは考えてないアンナが笑顔で応じる。
「それにしてもあんたも意外に大胆よね。まさか先輩の教室に乗り込んで『告白』するなんてさ」
 千尋があきれて言う。
「だって早くしたかったんだもん。お兄ちゃん素敵だからほかの女の人からチョコもらうかもしれないし」
 千尋とアンナにしたら大樹に対して「頼もしい」という印象なら首を縦に振れるが、恋人のように思えるかといわれたら双葉には悪いがノーサンキューだった。

「それなら登校中。何だったら朝起きてすぐにうちで渡したらいいのに」
 千尋の突っ込み。
「去年まではそうしてた。けど今年から同じ学校でしょ。お兄ちゃんの教室に行けるでしょ。だからほかの女の先輩の前で渡したかったの」
「え? それって」
 アンナは不意にこの温和な友人に「怖さ」を感じた。
 千尋もこのおとなしい少女に「女の情念」を感じた。
「うん。お兄ちゃんに手を出さないでくださいって」
 これが美鈴に対する宣戦布告にしか思えなかった二人。
 どう見てもライバルは双葉同様に料理ができ、そして付き合いの長さも同様に長いあの先輩だけと。
 そして第三者だから見えていた。
 大樹がたまに美鈴に対しては双葉に向けるのとは違う優しい表情を向けるのを。

 双葉のしゃべり声だけが響く。
 凍てついてしまった二人。
 だが次第に安ど感が戻ってくる。
(いくら双葉か大地先輩のこと好きでも)
(実のお兄さんじゃどうしようもありまセーン)
 血縁という「防御壁」を思い出した。
 いくらなんでもそんな「畜生にも劣る行為」はするまいと。
 だから心配する必要もないと、笑顔を取り戻した。

 二人、それどころか当人たちも知らない。
 兄と妹に血のつながりがないことを。

 同じころ、美鈴達四人も同様に朝の一件を話題にしていた。
 双葉が去った直後に担任の木上が来てしまったので相談とは行かなかった。
 短いインターバルでは無理なので、昼休みに昼食をとりながらの相談となったのだが……
「まさかキャンピングカーでランチとはねぇ」
 なぎさがレンゲを片手に言う。
「ここなら人に聞かれないで相談できるわ」
 もちろんまりあが手配した。
 ちなみにせっかくだからとまりあはスパゲティをリクエストしていた。
 何しろゆでたてを食べられる。
 学食にはないのでどうせならという理由である。

 なぎさはまた自宅から出前をしていた。
 この日は〇郎インスパイアの麺が見えないほど野菜と肉で埋まったラーメンだった。

 この日はもともと出来立ての弁当を届ける手はずだったが、相談ならばと呼び寄せたのである。
 ちなみにまりあはすでに女子制服に着替えている。
 髪もいつものツインテールである。
 男装して優介に渡すので失敗したので正攻法に切り替えた。
 もっとも「まり太」を慕う一年生女子たちがまりあにチョコを持ってきて、その姿が幻の美少年だったものだから狂喜乱舞。トイレまで追いかけてくる始末。
 さすがにトイレは女子用を使っていたので、同性を阻めない。
 これにはさすがのまりあもほとほと参った。だから帰宅を待たずに女に戻ることにしたのである。
 実のところそれもありここでのランチにしたのである。女子制服を持ってきてもらった。
 余談だが胸をつぶすためナベシャツをつけていたのでノーブラ。
 だから下着まで持ってきてもらうことに。

「私まですみません」
「いえ。それよりお味はいかがです?」
「はい。おいしいです」
 詩穂理か恐縮していう。
 詩穂理は軽く済ませるつもりで月見うどんを学食で摂るつもりだったのだが「ご一緒に」と天ぷらそばをふるまわれていた。

「南野様もいかがですか?」
 まりあ付きのメイド。今回の調理担当の中川雪乃が尋ねる。
 ちなみにキャンピングカーの運転は金髪のメイド・高山陽香が。
 メイドたちは全員運転免許があるが、運転は陽香がエキスパートのためたいていは彼女が運転担当だ。
 メガネがチャームポイントの三人目のメイド・竹芝八重香は留守番がてら家の掃除をしていた。
「ありがとうございます。でも美鈴はお弁当持ってきているから」
 「証拠」というわけでもあるまいが開けてみせる。
 相変わらず茶色の多いお弁当だが

「とてもおいしそうですね。本当に」
 家事のプロが社交辞令抜きでたたえた。
「てへへ」と照れ笑いの美鈴。得意の料理を褒められて悪い気はしない。
「まりあも自分でメイドさんに任せてないで、女子力アップのためにお弁当作ってきたらいいのに」
 ラーメンをすするのを止めてなぎさが言う。
「自宅から出前する人には言われたくないのではないかと」
 当人ではなく詩穂理が反応した。
 詩穂理はあまり家事の要領がよくない。
 それもあってか自分が言われたような気にもなった故だ。

「それにお嬢様は以前ガスレンジを爆発させ大破させたことがあります」
 雪乃の言葉に「そこまで壊滅的な料理下手だったのか」と冷や汗の三人。
「もう。昔のことをいつまでも」
 膨れるまりあだが、これはさすがに流せない。
「それ以来お嬢様は台所出入り禁止なのです。以前に優介様に作ったときはサンドイッチだったので許可しましたが」
 もちろん加熱処理のいるものは事前にメイドたちが準備している。
「だったらIH調理器具にしたらいいかも。細かい温度調整なんかもできますよね」
 美鈴が援護のつもりで発言するが即座にミスに気が付いた。
「あ、IHだと炒め物が難しいのかな?」
 南野家ではガスによる調理である。だからちょっと気が付くのが遅れた。
「実はIHもあります。逆に中華料理店並みの大きなガスコンロも」
 高嶺兄妹に加えメイドたち三人の分もある。
 なにかと修一が遅くなることも多く、一人での食事を嫌がるまりあのために誰かしらともに食事となるので、最低でも二人分は作るから無駄な設備ではない。
 だいたいはよほどのことがない限り全員手を止めて一緒に食事である。

「それで、相談というのはやはり」
 詩穂理が話を促すと美鈴は小さくうなずいた。
「大地君の妹のことでしょ? 心配性だなあ。兄妹じゃ取られやしないって」
 なぎさが無神経なのではない。事情を知らなければ無理もないコメントである。
「一人っ子のあんたじゃわかんないだろうけどさ、兄貴になんて『男』は感じないもんだよ。兄貴も多分あたしのこと女と思ってないし」
「そうでしょうか? それならわざわざ学校まで届けてはくれないと思いますよ」
 美鈴ではなく詩穂理が返す。
「そうかな? あんたんとこはお姉ちゃんだけだったっけ。詩穂理?」
 言外に「実際に兄がいないとわからないむと告げている。
「三つ上の姉と三つ下の妹ですよ。綾瀬さん」
 その意図を分かっているのかいないのか、言葉通りに返す詩穂理。
「ふーん。三姉妹ってわけか……」

 ふとなぎさは別の質問がしたくなった。
「……やっぱりお姉さんと妹さんも胸でかいの?」
「……それ今まで何回も聞かれました」
 多分そのうちの一人は恵子だろうなとなぎさ。まりあ。美鈴は思った。そしてそれは当たっていた。
「わたしもお兄様が一人。尊敬してますわ」
 急にかしこまった口調になるまりあ。
「お兄さんって……クリスマスパーティーであったあの人?」
 なぎさが言うのはまりあの父・礼嗣に付き従っていた若い男子。
 礼嗣があの場の面々に質問責めにしていたためほとんど口を開いてないものの、まりあによく似た男子の上にまりあの父もいて一目で血縁と察しの付く青年だった。
「あんたの兄さんだけにイケメンだったね」
「火野くんほどじゃないけどと思ってんでしょ?」
 なぎさが赤くなる。いじっていたオフェンスからディフェンスに攻守交代。
「な、なんだよ。逆襲か? やるじゃないか」
 真っ赤な表情のなぎさ。図星だったらしい。
「ああそうだよ。毎朝見とれながら一緒に登校しているよ。悪い?」
 開き直った。
「待ってください。それなら私だって毎朝ヒロ君が自転車のスピードを合わせてくれます。私は私でついていけるようになってきてます。惚れ直したのは私も同様ですよ」
 なぜか張り合ってきた詩穂理。しれっととんでもないことも口にしている。
「あ、あんた、よく恥ずかしげもなく」
「あ?」
「惚れ直した」と口走ったのを自覚して真っ赤になる詩穂理。

「あはは。でもなぎさちゃんもシホちゃんもいくら幼馴染できょうだいのように育ったといっても、そうじゃないからこうして恋人になれたんだよね」
「こ」
「恋人!?」
 改めて言われると照れてしまう二人だった。
「逆もいえるわね。わたしとお兄様がもし血がつながってなくても、もうすっと一緒に育ってきたんですもの。尊敬はしてますけど異性としては見られないかも」
 いうまでもなく「恋愛対象」という意味合いだ。
「……あんたも結構ブラコンだな」
 なぎさが言う。詩穂理もまりあの方を見ていたので、美鈴がまりあの言葉でひきつったのに気が付かなかった。
 まりあにそのつもりはなかったが、ものの見事に現在の大地兄妹の問題点を言い当てていたからだ。

 それぞれの食事も、そして相談も終わりに近づいている。
「結論は出たよ。美鈴。心配するだけ無駄。血のつながった二人じゃいくら好きあってても恋人にゃなれない。あんたが大地君の嫁だ」
 なぎさが断じる。
「飛躍しすぎですよ」
 苦笑する詩穂理。
 それにつられたように見える美鈴の苦笑。
「大樹の嫁」という言葉で苦笑いではない。
「血のつながった二人」という言葉でだ。そもそもそこが違っている。

「そんなことより美鈴。あんたちゃんと大地君にチョコあげた?」
「え? まだだけど」
「急がなきゃだめよ。美鈴さん。妹さんまであれだけやったんですもの。出し抜かれちゃうわよ」
「そうはいっても恥ずかしい……」
「私ほどじゃないでしょう。南野さん。あなたなら美味しくてかわいいチョコを贈れるはずです」
「あううう。なぎさちゃんとシホちゃんは両想いになったからって強気だけどぉ」
「たしかにわたしはまだだわ……」
「まりあちゃん!? 美鈴そんなつもりで言ってない」
「わかってるわ。だから頑張りましょう。大地君も待ってると思うから」
 相談から一転。背中を押されるというか「突き飛ばされて」大樹にチョコを渡しに行くことに。

 相談するだけでも心情を吐露して心が軽くなったり考えがまとまったりするが、この場合はむしろ抱えた秘密の重さがさらに増したように感じた美鈴だった。
 重い足取りで午後の授業に戻る。

 放課後。
 部活に急ぐもの。
 そのまま帰宅するものなどが教室を離れるための支度をしている。そんなさなか。
「あの……大ちゃん。遅くなったけどこれ」
 半ば三人に煽られてクラスメイトの前でチョコを渡す羽目になった美鈴。
 当人達が自分も人前で渡しているだけに反論しにくい。
 もともと押しに弱い娘だし、逆にこれをいいことにチョコを差し出した。

「ありがとう。うれしいぞ」

 ここでも鬼神のごとき顔の男が優しい笑顔になった。
 恥ずかしさも吹っ飛んだ瞬間だった。

 一方では憂い顔の少女もいた。
 そう。大地双葉である。
 アンナ。千尋が部活の無い時は三人で帰路に就くことも多いが大半は兄の大樹と帰る。
 しかしその場合でも大樹自身の時間も尊重するため出入り口で待っている。
 だがこの日は朝にチョコをあげたのもあり気持ちが上向いていた。
 つい教室から同行と考え出向いたら大樹が美鈴からチョコを受け取った場面。

 これを裏切りと責めるのは酷であるのは双葉も承知していた。
 所詮、自分は妹。恋の対象ではない。
 対して美鈴は家族のように付き合ったといえ血のつながりはない。
 その気だったら兄を奪える存在。
 さらにその兄が笑顔でバレンタインチョコを受け取ったのだ。
 しかし自分はあくまで妹。何もできない。
 それが憂い顔になった。

 そんな双葉が大樹と美鈴に遭遇した。
 さすがに事情を知る美鈴は察した。
 だがどちらもおとなしい性格の少女。
 詰め寄るようなこともないまま駅まで行き、無言で電車に乗りそして帰宅した。
 息詰まる空間だった。

 大地家。
 帰ると母である睦美が夕飯の支度を進めていた。
 大樹は「ただいま」と口にしたが双葉は無言だった。
「ちょっと? ただいまはどうしたの? 双葉」
「……ただいま」
 暗いオーラを漂わせてかろうじて一言。
 それが余計に母の気に障った。
「どうしたのよ? あ、もしかして大樹がチョコ受け取ってくれなかったの?」
 大地睦美。生まれた時の名前は城ケ崎睦美。
 そして「前の」苗字は山崎睦美。いわゆるバツ1だ。

 前の夫の家庭内暴力に耐えかねて離婚した。
 そして妻と死別した直後の大地大作と傷つきあったもの同士で再婚した。
 大樹も双葉も物心つく前である。
 だからまるで血のつながった兄妹のように育った。
 しかし連れ子どうしで血縁関係はない。
 そしてあまりに兄にべったりな娘を案じた。
 兄を慕う妹というより、一人の男を思う女である。
 それが一つ屋根の下にいるのだ。容易に行動に移れる。
 さすがに在学中に「兄妹が恋人になった」というのは避けたかった。
 だから二人の出生の秘密を明かすのは、双葉が大人になるまで待とうと決めていた。
 だがこの双葉の様子は「家族間のチョコ」を拒否された落ち込み方ではない。
 それで対良いな一言を。

 ここで睦美は痛恨のミスをする。
 まさに蟻の一穴である。

「双葉。大樹のこと本気になっちゃだめよ。いくら血のつながりがなくたって」

「え?」
「何?」

 失言を悟り慌てて口を押える睦美だが時すでに遅し。
 「ジョークだった」なんて言い訳も通用する状況ではない。
「お母さん。それ本当なの?」
 落ち込みから一転して激しく詰め寄る双葉。
 夢にまで見たことが現実かもしれないのだ。
「な、何のことかしら?」
 聞き違いと取ってくれることを期待したが無駄だった。
 むしろ逆にそうではないことを「二人は血縁ではない」と聞き違いかねない。
「私とお兄ちゃんの血がつながってないって本当なの!?」
 おとなしい少女が激情を見せた。
「母さん」
 大樹までいかつい表情で真剣なまなざしを向ける。
 もはやごまかせないと悟った睦美は観念した。

「いいわ。話してあげるからそこに座りなさい」

 ダイニングキッチンの椅子を指し示す。
 二人はそれぞれの定位置に座り、睦美もエプロンを脱いで自分の椅子に座る。
 そして洗いざらいを白状した。

 見る見るうちに輝きだす双葉の表情。
 神妙な顔つきの大樹と対照的だ。

「私とお兄ちゃんは血の繋がりはなかった……お兄ちゃんのお嫁さんになることができるんだ」
 今までのどれより晴れやかな笑顔を双葉は見せた。

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