2016年12月30日。
 国際展示場正門から乗ってきたゆりかもめを終点の新橋駅で降り、JR新橋駅を突っ切った烏森口烏森方面。
 その一軒の居酒屋に美少女……否。四人の美女達が入る。
 案内された部屋に陣取り、持参した黒。青。赤。ピンクの花柄と思い思いのキャリーケースを隅に寄せる。
 そして寒風から身を守ったコートなどをハンガーにかけ壁につるす。
「重装備」から解放されたのと、その下は存外薄かった着衣のむき出しの肌に、暖房による暖かい空気が当たったことで思わずため息が出る。
 あちこちの個室で同様の状態であるが彼女たちもだ。

 一呼吸おいて現れた店員に、それぞれが思い思いの注文をする。
 店員がいなくなった途端に、黒い前下がりのボブカットの女が灰皿を右手で手繰り寄せ、左手でポケットから煙草の箱をとりだし、流れるようなしぐさで一本だけ口にくわえて百円ライターで火をつけた。
 ガスが切れかかっているのかうまく火がつかない。
 それでも何とか着火して、心底うまそうに吸い込む。そして煙を吐く。
 まるで海に潜って呼吸を止めていたのが、海面に出て息を吸ったかのようだ。

 その風貌も異様。
 何しろマニキュアまで真っ黒。それどころかパンツスーツ姿も黒づくめ。
 やや威圧的な雰囲気がある。それはその凶暴なサイズのバストにも出ていた。
「あんたいきなり吸うの? 詩穂理ぃ」
 デニムシャツにジーンズ姿のベリーショートの長身の女性が咎めるように言う。
 そう。この黒づくめの女の名は槇原詩穂理。あの才媛だ。
 だがこの喫煙は非合法ではない。
「あら? 私はもう22歳なんだからタバコは吸えますよ。綾瀬さん」
 返した長身の女は綾瀬なぎさ。22歳。
 高校時代のトレードマークのポニーテールは跡形もなく、まるで男のような短い髪だった。

「えへへ。なんだかわたしも吸いたくなっちゃった」
 ピンクの服に身を包んだゆるふわセミロングの女……高嶺まりあ。22歳がかわいらしいバッグからピンクの細いメンソールタバコを取り出し、口にくわえてライターで火をつける。
 ピンクのライターはかなりの高級品だ。
「ふう。ちょっと疲れたね。楽しかったけど」
 煙を吐くとそういう。
「ほんとだよ。まりあちゃん。美鈴もくたくたぁ」
 こちらは赤いロリータ服の南野美鈴……彼女だけは誕生日がまだなので21歳。
 成人しても童女に見える彼女がテーブルに突っ伏す。
 高校時代から伸ばしてもう尻に達する長い髪がふわっと揺れた。
 伸ばしたのは詩穂理のストレートロング。なぎさのポニーテール。まりあのツインテールにあこがれてのものだった。
 ようやくそれができる長さになったら、皮肉にもあこがれた存在は逆にかつての自分同様の短い髪になっていた。

 店員が注文の品を持ってきた。
 オレンジジュース。ウーロン茶が一つずつ。
 中ジョッキの生ビールが三つと数が合わない。
「生ビールのお客様ぁ」
「はいっ。美鈴のビールですっ。二つ。二つっ」
 疲れていたのがいきなり回復した。
 美鈴の前にジョッキが二つ置かれる。
「こいつはこいつでタバコこそやらないけど、飲んだくれになってるし」
 なぎさがぼやく。
「もう一つは私」
 詩穂理の前にもビアジョッキが。
 オレンジジュースがまりあ。なぎさはウーロン茶。二人とも酒がダメだった。
「よくそんな苦いの飲めるよね」
 まりあがいうと
「タバコ吸ってる女の言うこっちゃない」となぎさに突っ込まれる。
「はいはい。お酒もたばこもやらないなぎささんはいい子と」
「うるさいなぁ。あたしもまさか全く酒を受け付けないとは思いもよらなかったよ。タバコは百害あって一利なしだからやんないんだけど」
「ケンカはやめようよ。まずは飲もう」
「飲んだくれプリンセスがああいっているし、それじゃ乾杯しようか」
 それぞれのグラスを持つ。
 サークル代表の詩穂理が音頭をとる。
「それじゃコミックマーケットのサークル参加。無事終了を祝って、カンパーイ」
「「「かんぱーい」」」
 グラスが打ち鳴らされる。
 いきなり美鈴はジョッキをからにした。
「ウーっ。美鈴生きてる実感がするぅ」
「もう飲んだの?」
 まりあが驚いた声をあげる。

PLS 〜if〜
もしもみんな腐女子になっていたら

 飲みながら(主に美鈴) 食べながら(主になぎさ)イベントを振り返る。
「販売実績はまあまあね。初参加にしては十分だと思うわ」
 火のついたタバコを持ちながら詩穂理がいう。
 彼女の前にはすでに空になり丸められたタバコの空き箱だったもの。
 開封さされたばかりでもうだいぶ減っている箱。
 新品がさらに控えていた。
 ついでに言うとガスの無くなった百円ライターが置かれ、別のものが出ていた。複数所持している。
 彼女の前の灰皿はすでに置けないほどの吸い殻で山になっていた。

 大学に進学した彼女だったが、入った文芸サークルがこのご時世なのに異様に喫煙率が高く。
 それでもちゃんと真面目に二十歳までは酒もたばこも手を出してなかったが、コンパどころかサークル活動でもタバコの煙が充満する環境に置かれ、いつの間にか詩穂理もある種のニコチン中毒に陥っていた。
 父親が愛煙家というのも手伝い、すっかり抵抗が薄らいでいたのもあり勧められるままに口に。
 悪いことに生真面目な性格がたたっての対人ストレスにも陥っていたが、タバコでそれが緩和されように錯覚。
 それでとうとう自分で買うようになり、最初こそメンソール入りの「女性向け」だったのにどんどんきついたばこでしかも本数がふえ.この時点ではヘビースモーカー通り越して前のタバコの火を消さないうちに次のに火をつけるチェーンスモーカーにまでなっていた。
 多い時は一日四箱を吸う。これは父親より多い。
 喫煙癖のついた詩穂理に母と妹はいい顔しなかったが、姉・美穂はノータッチ。
 父親に至っては一緒に吸う有様だ。一家で喫煙者は彼だけで肩身が狭かったので「味方ができた」と喜んだ。
 ベランダで父娘がタバコを吸いつつ、学術的な話をしていたりする。

 ちなみにタバコに火をつけようとした際に何度かロングヘアを焦がしたことから、現在では短くしていた。
 そのころにはよく似たAV女優。美愛くるみも引退していて、似ているなどと言われなくなったことも理由。

 タバコはあくまで副産物。
 喫煙癖がつくほど抜けられなくなった大きな変化をもたらした文芸サークルであった。

「詩穂理さん。改めてみるとすごい本数よね。ちょくちょく抜けていたし」
 まるで自分は非喫煙者であるかのように、ふるまうまりあ。
 その手には火のついたタバコが。

 当然だがサークルスペースで喫煙不可である。
「ヤニが切れる」と喫煙所に抜けていたのである。
「詩穂理ほど凄くないけど、まりあとたばこの組み合わせもちょっとピンとこないんだけどなぁ」
「わたしだってストレスあるのよ。それにね」
 それまでの疲れた表情からいきなり『乙女の表情』になる。
「離れていても、これさえ吸えば優介と同じものを口にしている気がして。二人はつながってるんだなっと思うと元気が出るの」
「タバコ吸いながら乙女顔決められてもなぁ……」

 まりあの場合は進学したものの、高嶺グループの後継者としての本格的な教育が原因のストレスだ。
 しかしむしろ彼女らしい理由がある。
 同じ大学に進学した優介が付き合いからタバコを吸うようになったのだ。
 最初こそとがめていたまりあだが、逆に勧められて吸ってみた。

「もう。タバコは体によくないよ。優介」
 あるデートでベンチに座るなりタバコを口にした優介をとがめるまりあ。
 それを疎ましく思った優介はある「いたずら」を実行に移す。
「そういわずにお前もやってみろよ」
 そういうと彼は煙草を差し出す。
「いや。煙たいだけで美味しそうに思えないわ」
「ほくも吸うまではそう思っていた。意外にうまくてね。やってみなよ。ぼくと同じものを」
 黙らせるつもりとからかい半分だったが
「優介と同じものを口に? わかった。吸ってみる」
 まりあが口にしたのは計算外。
「お、おい。まりあ」
「一本ちょうだい」
「あ、ああ」
 言い出した手前引っ込みがつかない。
 吸い方も教える。
「けほっ。けほほっ」
 可愛い声でむせるまりあ。
「ほら。無理するから」
 やめさせようとする優介。だが
「ううん。吸うわ。優介と同じものなら」
 変な話、これで恋人気分が高まってしまったのだ。
 最初こそむせていたもののデートのたびに優介からもらい、とうとう自分で買うようになり、むせなくなっていた。
「なんだか美味しく感じてきたわ。えへへ。優介と同じもの」
 美味しそうに、愛しげにタバコを吸う。
 吸い方も様になってしまった。

「二人で同じものを口にしている」というのが彼女の乙女心に「火をつけた」。
 実はベッドこそ共にしてないが、典型的な「男にうつされて」のタバコだった。

 それから優介と同じ銘柄のタバコを持ち歩いている。
 こちらは多くて一日一箱。
 もういっぱしの愛煙家である。


 ちなみにこの髪型も優介がかかわっていた。
 ある事情から三年に進級と同時にまた男装。
 今度はウィッグではなくなんと丸坊主に。
「覚悟」の表れだった。
 とはいえそれも長くはもたず、髪もまた伸ばし始める。
 しかし一度ツインテールを捨てたこともあり、また途中のセミロングがいたく気に入り、19歳からはすっかり肩口のセミロングが定着した。
 パーマをかけてくしゃくしゃになっていた。

 そしてその優介が与えた影響は他にもある。
 故にこうしてこの場にいる。

「マッカランおかわりー」
 明るい甲高い声が注文を告げる。声だけ聴いていると子供にしか聞こえない。
「くぉら。この飲んだくれ娘っ」
 反応したのはなぎさである。
「なぁに。なぎさちゃん。美鈴もう大人だよ」
 運転免許所を見せる。
 実際にはペーパードライバーだが、あまりに「補導員」につかまるので身分証明で原付免許を取得した。
「女の上に小柄なあんたは、肝臓が小さい分だけ男より圧倒的にアルコールに弱いからそんなに飲んで大丈夫とは思えないけど?」
「美鈴は平気だよ。それに美味しいんだもん」

 彼女は進学せず「家事手伝い」だった。
 故に人付き合いも少なくタバコに毒されることはなかった。
 アルコールも敬遠していたのだが、きっかけは成人式。
 高校卒業から伸ばし始めた髪で、いわゆる女子力とは別の女性性を強めた彼女。
 意図せず男子に対するアピールになっていた。
 故に狙われた。
 間違って……というより「お持ち帰り」を狙った男子に「だまされて」カルアミルクやスクリュードライバーという「ジュースのようなカクテル」を飲まされた。
 ところがいくら飲んでも酔わなかった。
 もしかするとジュースと錯覚しての「ある種のプラシーポ効果」で酔わないのか?
 そう思った男子は、これまでのがアルコール飲料であることを打ち明ける。
 自分が酒を口にしていたことに驚く美鈴だったが、それで興味を持った。
 男子の狙い通り「アルコールと知りつつ」口にした。

 これなら錯覚もしない。それが狙いだったが、
「美味しいー。辛いのが逆においしい。お代わりちょうだい」
 美鈴のこのセリフは男子に絶望をもたらした。やけ酒になる。
 男子が片っ端からつぶれて、それを美鈴が介抱するという事態に。

 以来、美鈴の食卓にはアルコール飲料が加わるようになった。

「だいたいなぎささん。人のことをあれこれ言うけど」
「え? あたし?」
「そうだよ。なぎさちゃんが一番この中で『大人』なんだからね」
「もしかすると妊娠しているかもしれないんだから、お酒は控えた方がいいわよ。綾瀬さん」
「そう思うんなら『妊婦かもしれない女』の前でぷかぷか吸うなよなぁ」

 なぎさはこの中で唯一「男性経験あり」だった。
 相手はもちろん恭兵。
 実家のラーメン屋を手伝いながら大学生の恭兵と交際を続けているなぎさ。
 自然な流れで「婚前交渉」に至っていた。
 ちなみに行為の前にシャワーを浴びるが、どうしてもポニーテールにできるほどの長い髪はまとめても濡れてしまい、乾かすのに時間がかかり興を削ぐことも多かった。
 思い切って短くしたが、それがだんだんエスカレートした結果として、まるで男のようなベリーショートにまでなったのである。

 恭兵もタバコは吸わないが酒は飲む。
 なぎさも成人してから一緒に飲むのを楽しみにしていたら、最初のビールの時点ですでに怪しい。
 そもそもビールのおいしさが理解できなかった。
 ならばと日本酒に挑むが、御猪口二杯でつぶれていた。
 いくら女子でもありえないほどの弱さであった。

 なお、その際の「ご休憩」で純潔を散らしていた。

 まりあが優介と会えるのは週に一度。それも門限付き。とてもではないが「大人の関係」に行けない。
 詩穂理の相手である裕生だが、結婚は一人前になってからと決めていて未だそれに至らない。
 結婚まではしないとしているのでやはり男性経験なし。このストレスもたばこに走らせたという皮肉だが。
 美鈴は大樹が優しすぎてそういう関係に至らない。と、いうかあまりに美鈴の見た目が幼くて「犯罪者気分」でその気になりにくかったのが主因。
 だからこちらの三人は純潔を保ったままだ。

「しかしまぁ酒やたばこや男もだけど、高校時代のあたしらが見たら一番びっくりするのはこれだよね」
 なぎさは「戦利品」を取り出す。
 裸の男たちが絡み合う表紙の「薄い本」だった。
「ちょっとなぎささん。そういうのは部屋で」
 慌ててたしなめるまりあ。思わず口からタバコが落ちるほど。
「その程度で驚いてどうするの」
 詩穂理は「中身」を見せた。
 男同士の結合の場面だった。
「ぶっ」
 口にしていたオンザロックを吹き出す美鈴。
「しほちゃん。いきなりはやめてよ」
「あら? 二人とも嫌いかしら」
「『大好きです』」
 即答だった。

 22歳になった高嶺まりあ。綾瀬なぎさ。槇原詩穂理。南野美鈴が出会った17歳当時には考えられなかった変貌。
 それは……全員が腐女子と化していたことだった。

 一番重症なのが詩穂理。そもそも入った文芸サークルが腐女子の巣窟だった。
 高校時代に里見恵子の手でハードルを下げられて、下地はできていた。
 そしてそのころから耳年増なところのあった彼女。
 女子しかいないサークルというのも手伝い、あっという間に染めあげられてしまう。
 それで喫煙癖がついてしまうほど抜けられなくなったのである。

 まりあの場合はこれまた優介が影響した。
 自分がホモでないのは認識した彼だが、フィクションとしての男子同士の恋愛にははまり込んでしまった。
 いわゆる腐男子である。
 苦労の末に付き合えるようになった優介を手放したくないまりあは、最初こそ難色を示していたがタバコ同様に理解してみようという方向に考えを改めた。
 結果として「理解しすぎて」しまい、ものの見事に腐女子に。
 もともと男装とか極端な行動をとる傾向の多い彼女の特性が出た。

 卒業後もたまにあっていた四人。
 出向いた遊園地にアニメのキャラクターがいて、ついその話でまりあと詩穂理が盛り上がってしまった。
 詩穂理の場合、付き合っていた裕生との関係で特撮ならわかる。それがアニメに?
 不思議に思うなぎさと美鈴だったが、しばらく話しているうちに両者ともに腐女子になっていたと発覚。
 激しく驚いた。
「やっぱ友達は似るのかしら」ということになり、二人も巻き込まれかけた。
 なぎさは抵抗したが、美鈴は二人がかりで攻略され、半年もしないうちにカップリングの話ができるほどに。
 まりあと美鈴は比較的似た部分があり、それも美鈴の腐女子化に無関係ではないようだ。

 一度は抵抗したなぎさだが、三人でBLトークするのに蚊帳の外を嫌い、飛び込んでしまった。
 彼女には兄が三人いて、猥談程度は平気であった。
 だからついていけた。

 そして元々小説を作っていた詩穂理が挿絵をきっかけにBL漫画にも手を出し、それにほかの三人が付き合いだしてとうとうサークル参加を果たすに至ったのである。
 もちろん二日目。「女子向け」の日である。オリジナルのBLであった。
 いうまでもなく初参加である。

 余談だが服装に極端な差があるのは、なぎさだけ人数の関係で一般入場。
 詩穂理。まりあ。美鈴は売り子を務めていたため華美な服装だったが、一般入場のなぎさは動きやすさを優先し、ラフなスタイルなのである。
 「腐女子」としては一番ライトな彼女はそこまでスペースにこだわらず。
 そして動きにくい格好や、いつもより強めのメイクを嫌がって、自分から一般入場を選択した。

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのri−koさんに感謝!

「それなんだけどさぁ……あたしに言わせると穴の位置がおかしいんだよね」
 いわゆる『やおい穴』である。
「うわあ。でたでた。自分がもうやってるからって上から目線」
 高校時代の「世間知らずの箱入り娘」は遠い過去。
「やってる」くらいの言葉は口をつくようになったまりあである。
 下ネタまで言い合う仲である。この程度のことは飲み会のノリもありさらっとしていた。
 もっともこちらの二人はアルコールを一滴も口にしていないが。
「そんなんじゃないよ。ただこだわるならこの辺りも」
「綾瀬さん。やおい穴はファンタジーなんですよ。リアリティを持ち出すのは野暮ですよ」
 まりあはタバコは吸うが酒はだめ。
 美鈴はその逆。
 なぎさはどちらもやらない。
 詩穂理はその逆。
 彼女の前にはすでに空になったお銚子が三つ横になっていた。
 同様の客が大挙して押しかけ、店員も手が回らず片付けができてなかったのだ。

 その量だけに詩穂理もかなり酔ってもいる。
「あら。もうないわ。すいませーん。熱燗二合で」
 呼ばないで注文するあたりその証左。
「シホちゃん。飲みすぎだよ」
「「お前(あなた)がいうな!」
 のめない二人に突っ込まれる飲んだくれプリンセス。
「ふええ。二人がいじめるー。やけ酒で……すいませーん。竹酒ください」
 竹酒というのは徳利ではなく竹でできた容器に入れた日本酒である。
「あ、面倒だから一升瓶で置いて貰おうかな?」
 さらっと恐ろしいことを言うが、何度かボトルや一升瓶を開けたことがある。

「だけど不思議よねぇ。あたしらみんな恋人いるのに、なんで二次元の男たちを絡ませてんだろ?」
 しみじみとなぎさがいう。
「アハハ。大ちゃんが男の子と絡んでたらちょっとやだな」
「わたしだって優介がどこかの男にずっこんばっこんやられていたらいやよ」
「……そんな言葉を口にするなんて、あんたほんと下品になったな」
「いつまでも子供じゃないのよ。ねー。美鈴さん」
「それ嫌味? まりあちゃん」
 下手すると成人した今でも子供に見られる彼女には皮肉にしかなない。
「高校時代は可愛かったのに。あのお嬢様はどこに行ったのさ?」
「ウソ? なぎささんって百合?」
「ごめん。なぎさちゃん。美鈴、女の子相手はちょっと」
「だれがレズだ!」
 割と真顔で怒鳴り返すなぎさ。それが冷静になり、ふと漏らす。
「考えてみると勝手だよなー。男を絡ませといて自分は同性相手は嫌だってんだからさ」
「そりゃあねぇ……わたしたち女だし」
「やっぱり男の人が相手じゃないと」
「こいつらだって女相手がいいだろうにさぁ。あたしらの勝手で男と抱き合ってるんだよなぁ」
 戦利品の表紙をなでる。
「はいはい。みんな私が悪いんです。こんな可愛げのないメガネ女が元凶です。みんなが腐女子になった原因の腐ったミカンです。だからヒロ君も愛想をつかしたんだわ」
「詩穂理って泣き上戸?」
 思わずそんなことを口にするなぎさ。

 若干空気が悪くなってきた。
「ねえ。ジョジョじゃ誰推し?」
 文字通り空気を読んで美鈴が話題を変えにかかった。
 高校時代の彼女は言いたいことも満足に言えなかったので、地味にこれも変貌である。
「私はアバッキオとブチャラティ。あの信頼関係がいいのよねぇ」
 いきなり復活した詩穂理。
「わたしはジョジョ……みんなそうだったわ。ジョナサンとディオ。ディオは絶対ジョナサンのこと愛していたと思うの。だから愛をこめてジョジョって呼ぶと思うの」
 タバコを吸おうが乙女なのは変わらないまりあ。
「あたしはシーザーとジョセフ。ああいうの弱いんだよねぇ。シーザーが死んだ話は泣いたわぁ」
「……どうしてみんな『誰推し』って聞いたのにカップリングで答えるの?」
 珍しく呆れ気味に美鈴がいう。
 それにむっとしたなぎさが「お返し」で尋ねる。
「それじゃ美鈴は?」
「露伴先生と康一君。あのねあのねっ。康一君は露伴先生に本にされて全部見られているでしょ。それこそ恥ずかしいことまで。百回デートするより自分のことをわかってもらえていると思うのっ」
 迷わず答えた。それも興奮気味に。
 それを見て「してやったり」のどや顔になるなぎさ。
「ほぅら。あんただって同じじゃーん」
 ここぞとばかし言い返す。
「あ」
 指摘され口を押える美鈴。
 全員でため息をつく。
「私たち、骨の髄まで腐っちゃってるみたい」
 いうと詩穂理は煙草を灰皿に押し付けて消し、新しいものを口に咥えて火をつけた。
 この悪しき習慣も「腐ってしまった」一部。
「いいじゃない。今が幸せなら」
 こちらは火のついたタバコを手にした状態のまりあ。
 以前は灰皿に置いていたのが、離さなくなったあたりニコチン中毒が進みつつある。
「それもそうか。あははは」
 なぎさが笑う。なぜか、おなかに手を当てている。愛しげに、大切に。

 疲れているもののまだ二十代前半。バイタリティは残っていた。
 牡蠣の入っていた寄せ鍋も平らげていた。
 延々語り続けている。
「ところで夏はどうします?」
 とうとう二箱目もカラにして丸めてしまう詩穂理。
「あんた本当にタバコ切れなくなったね」
 露骨に顔をしかめてなぎさがいう。
「喫煙者は肩身が狭いんです。こういう喫煙が許された場所だと押さえれていた反動で多くなりがちなんですよ。それに飲むなら吸わないと」
「最後のは意味わかんないんだけど?」
 酒もたばこもやらないなぎさにしたそうである。
「詩穂理さん。むちゃくちゃー。でも確かにここなら気を使わなくていいよね。それでなくても女の子のタバコは風当り強いし」
 まりあもたばこを手に取る。
「あら? 空っぽ」
 彼女は空き箱を丸めないでそのままだった。
 最後の一本を口にして火をつけた。
 バッグにストックはないので、文字通りのラストワンだ。
「優介。今何しているかなぁ」
 共通する嗜好品であるタバコが彼を思い出させてこの言葉。
「男とベッドでよろしくやってんじゃない?」
 副流煙に切れたなぎさの報復の一言は、まりあにとてつもないダメージを与えた。
 最後の一本を口から落として床に。
「そそそそ、そんなことは」
 否定しきれないのは高校時代の「ホモっぷり」からである。
「ほらほら。想像してみな。水木君が男相手に尻を突き出しているところを」
 高校時代にさんざん男子にアプローチをかけていた優介をまりあは苦々しく見ていた。
 そのころは純真な少女だったが『BL』に染まった現在は具体的にイメージできてしまった。
「いやああああああっ。ダメっ。優介。やめてぇぇぇ」
 いくら腐女子と化しても、恋人が男に走るのは我慢ならなかった。
 まりあにしたら高校時代は優介は恭兵相手にキスまでしたのだ。
 危険性は肌身に染みている。
「綾瀬さん。私たちは生ものはNGでしょ」
 彼女にしてはボケた突っ込みの詩穂理。
 因みに「生もの」とは実在の人物を取り扱ったBLである。
「お手洗いっ。ついでにたばこ買ってくるっ」
 いたたまれなくなって席を立つまりあ。とうとう彼女も二箱目に突入だ。
「あんまりいじめちゃだめですよ。綾瀬さん」
「煙でいじめられているのはこっちだよ」
 なぎさの一家は誰も吸わないのでなおさら苦手としていた。
 父親が喫煙者で本人もチェーンスモーカーと化した詩穂理と正反対である。

 トイレついでにタバコを買って戻ってきたまりあ。
 心を落ち着けよとしているのかいきなり煙草を口にする。
「それで……夏の本だっけ?」
 美鈴が話を戻す。
 もう何杯目になるのかわからないオンザロックを水のように飲んでいる。
 詩穂理の方はアルコールが限界にきて、ウーロン茶を口にしている。
「そうそう。やっぱりオリジナルか。それとも二次創作にするか」
「二次かあ。でも今じゃ冬アニメのすらネタがわからないしなぁ。この場で方針は決めにくいよ」
「それならちょっと旬を逃すけど美鈴は『私モテ』の『7×5』がいいなぁ」
「いいですね。ただそれを言うなら『5×7』ですよ」
 和気あいあいとしていた酒の席が、瞬間的に殺伐とする。
 軽いにらみ合いになる。
 高校時代は気の弱かった美鈴も、詩穂理の視線を真っ向から受けていた。
「いいや。7×5だね」
 なぎさまで応じる。
「ぜったい5×7よ。逆カプなんて気持ち悪い」
 まりあは詩穂理につき二対二の様相になった。

 いわゆる腐女子の間で相いれないのがこの「順列」。
 どちらか「攻め」で「受け」かは不変であり、同性同士でも逆は禁忌とされる場合がある。
 ただし例外的に「リバ」と呼ばれる「どちらもあり」か存在するが、この場ではそれがなかった。
 あれほどの仲良しが険悪な雰囲気に。

 互いに譲らず口論に近くなってくる。
「たからあたしは……ごめん。ちょっと気持ち悪くなった」
 口を押えて席を外すなぎさ。
 友人の体調不良が一気に険悪な空気を払拭した。
「まさか、本当にタバコの煙で?」
「そんなはずは……でも綾瀬さんは一滴も飲んでないし」
「牡蠣にあたったのかな?」
「だったらみんななるはずよ」
 心配になった一同はなぎさが向かったであろう女子トイレに。
 そこでうずくまっているなぎさを見つけた。
 食中毒が頭にあった彼女たちは救急車を要請。
 なぎさは病院に担ぎ込まれた。

 同行した美鈴から連絡を受けて病院に駆けつけたまりあと詩穂理。
 二人ともなぎさの搬送から一本も吸ってない。
 それだけ心配だった。
 しかしそれは意外な形で消えた。

「お医者さんがいうにはさ……二か月だって」

 顔を真っ赤にして言うなぎさ。
 本人すら知らなかったが、本当に妊娠してたのだ。

「なぎさっ」
 連絡したのもあり、ほどなくして恭兵が迎えに来た。
「キョウ君。あのね」
 甘々な乙女の顔になるなぎさ。
 それを抱きしめる恭兵。
「大丈夫か? さあ。帰るぞ」
「うん。それじゃみんな。またね」
 挨拶を済ませたら連れて帰られる。

 残された三人はなぎさの離脱に怒ることもなく、むしろ夢見心地だった。
「詩穂理さん。やっぱり」
「ええ。男同士より」
「男と女が一番だよねっ」
 今のにすっかりあてられたのだ。
 無性に「彼氏」に会いたくなった。

 このムードがそれまで越えられなかった一線を超えさせた。




 年が明けて新年会。
 また女だけでの集まりだ。
 ファミリーレストランに入ろうとしている。
「おタバコは吸われますか」
 店員が尋ねてくる。
「あー」
 なぎさとしては嫌だったが、まりあと詩穂理のために喫煙席にしないとなと思い口ごもる。だが
「「吸わないです」」
 見事にハモるまりあと詩穂理。
 顔を見合わせる。
 四人は禁煙席に案内される。

 座席につき、注文をして飲み物を取ってきて話し始める。
「この前はごめんね。あんな騒がせて」
 なぎさが謝罪する。
「ううん。私たちこそごめんなさい。妊婦の前であんなにタバコ吸っていたなんて」
「まぁあたしも知らなかったし」
 これは事実。
「反省して禁煙しました」
「えっ? 高嶺さんも?」
「それじゃ詩穂理さんも?」
 二人とも打ち上げを最後に一本も吸ってない。

「なんかごめんね。あたしが無理させたみたいで」
 禁煙はいいことなのだが、それを強引にさせたとなるとばつが悪く、これも謝るなぎさ。
「いいの。いずれは赤ちゃん産むのだからタバコはやめた方がいいと思って。それに優介とのつながりならもっと大事な」
 いうとまりあは愛しげにおなかをなでた。
「先輩」のなぎさにはすぐ分かった。
(こいつ!? やったな)
「ええ。赤ちゃん産むことを思うと、禁煙なんて容易く……うふふふ」
 詩穂理は重度のニコチン中毒だっだけに辛そうである。
 しかし裕生への想いが生来の右利きから左利きになったほどだ。
 その意志の強さで克服できると思われている。
「美鈴もお酒を控えます。いつか生まれる赤ちゃんのために」
 まるで誓いを立てるように腹をなでる。詩穂理も同様だ。
(こっちの二人もか。そろいもそろって……まさかあたしのせい?)
 激変にまた目がくらみかけるなぎさである。




 そして季節は巡り八月。
 コミックマーケット92が開幕されるもなぎさは不参加だった。
 なにしろ前夜に出産したのである。それどころじゃない。
「こんにちわー」
「綾瀬さん。お見舞いに着ました」
「なぎさちゃん。おめでとう」
 まりあ。詩穂理。美鈴が見舞いに来た。
「ありがとう。だけどあたしもう『綾瀬』じゃないし。『風見詩穂理』さん」
 指摘されて苦笑する詩穂理。
 もう彼女からもまりあからもたばこのにおいはしない。
「そうでした。名字で呼んでいるとこんな弊害があるんですね。火野なぎささん」
「そういうこと。ね。水木まりあさんに大地美鈴さん。あんたらももうすぐだね」
 まりあ。美鈴。詩穂理はそろいもそろってマタニティドレスを着ていた。
 三人とも妊娠七か月。
 全員、おなかが目立つ前に入籍し、挙式をあげていた。

 ひとしきり赤ん坊を愛でて、それからコミケのことを思い出す。
 何しろ妊産婦である。安全を考えるととてもではないが出向けない。
「しばらくはコミケもお預けですね。でも落ち着いたらまたやりましょうね」
「そうだね。わたし、この子が大きくなった時に母と娘でカップリングの話なんてできたらいいよねって思う」
「美鈴のとこは男の子みたいだけど、二人のところは女の子みたいだね」
「うふふふ。母娘二代の腐女子というのもいいかもね」
「そうなったら腐女子じゃくて『貴腐人』ってやつかな」
 半ば自虐は混じるも、朗らかな笑い声が響き渡る。

 酒やたばこはやめられても「BL」からは抜け出せない彼女たちであった。

あとがき。

イラストから来た番外です。
本当のサークル参加告知イラストを発注したらイマジネーションが暴走して(笑)
いうまでもなく『PLS』本編とはパラレルワールドです。

打ち上げをテーマにしたのですが酒しか思いつかず(笑)
そこで全員大人に。
変えるなら徹底的にとタバコも吸わせて。
また髪も原典で長いキャラを短く。
短かった美鈴をロングに。

割り振りですが美鈴みたいな幼顔で大酒のみはギャップで楽しいかなと。
なぎさは逆にああ言うャラクターが下戸なのは現実でよくあるので。
まりあは原典でアルコールに弱いとしたので。
アスリートのなぎさより、まりあのほうがタバコはしっくり来たので喫煙者に。
詩穂理はキャリアウーマンのイメージでああなって。

でも一番はこの話の時点で既に妊娠していたなぎさ。
それで落ちはこうなって。
その流れでパラレルついでに全員お腹を大きくして(笑)
原典じゃそこまで書くつもりもないのでこちらで。

まあ原作者の作る番外なので許されるかなと。
化け物にするよりゃましだし(笑)
後腐れなく酒やたばこもやめさせてますし。

お読みいただきましてありがとうございます。

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スピンアウト作品「槇原詩穂理はいかにしてヘビースモーカーの腐女子になったのか」

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