七月下旬。千葉県。とある駅。

 夏休み序盤のこの時期。赤星かおる。北条愛子。上条輝。風間葉月・弥生。若葉朝弥。江川裕一。
 そして渡辺千明の8人はここに降り立った。目的は海水浴。
 愛子にとっては実の姉である姫子たちはこの年は北海道旅行が予定されていた。
 それと同様に彼女たちも一週間程度の旅行に行く予定があったが、その前に近場で「試し」である。
 だがかおるの顔色が悪い。
「赤星さん。電車に酔ったの?」
「ううん…大丈夫だから…」
 愛子の問いかけに対して答えにも弁明にもなってない。ひどく辛そうだ。
 ピンクのキャミソール。赤いミニスカート。サンダルと夏らしい格好のかおる。
 トレードマークのポニーテールと上手くあっていた。
 ただ顔色だけが悪い。
「もしかしてかおるちゃん…あの日?」
 やはりピンクで固めた風間弥生。二つのお下げが特徴的。
「バカか!? お前は。かおる殿は見た目こそおなごだが…」
 双子の姉。風間葉月が妹をしかりつける。彼女もポニーテール。こちらは弥生よりはかなり硬い印象の服だが、それでも夏仕様だった。
 ブラウスとキュロット。足元もスニーカー。これは動きやすさを考慮してである。
「実は…弥生ちゃんの言うとおりで」
 驚愕する一同。かおるの不調は生理痛だったのだ。
「一体いつから元に戻ってないんですか?」
 長い髪を根本で束ねた『少年』の渡辺千明が驚いて尋ねる。
「ふ…二月…」
「こうしちゃいられないわ。葉月さん。弥生さん。それから…千明さん。それと私。悪いけどこの5人で先に行くわ。次のタクシーで追っかけてきて」
「あ…愛子さん。どうするの?」
 脂汗のかおる。多分に夏の暑さも悪影響を与えている。
「決まっているわ。一度『戻って』もらうわよ」
「いや…いや! せっかくここまで女の子で通していたのに…」
「つべこべ言わない。二人とも。連れ込んで」
「御意」「ハーイ」
「やめてぇぇぇ」
 抵抗むなしく連行されるかおる。残された三人は顔を見合わせる。
「で…誰がタクシー代出す?」
 真剣な表情でボケる江川裕一であった。

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2nd Impact

The Giant Atack

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 北条グループ。トラベル部門の一部である温泉宿。
 これが彼女たちが世話になる宿だった。
 ちなみに十畳の部屋を一室だけ。
 別にケチったわけではない。男女で分けようにもかおる。そして千明の存在が問題だった。
 彼らと言うか彼女たちをどちらに混ぜるか。
 二人一組の部屋としても裕一と朝弥。輝と愛子。風間姉妹はいいがこの二人を一緒と言うのは。
 かおるにしてみれば女姿で寝るのは望むところだが、千明の方が意識してしまう。
 しかし他の女子も意識しないわけではない。
 愛子は自分が同室と切り出したが、それは葉月にきつく止められた。
 結果として(面倒になり)男女混合。これなら千明やかおるがどちらの性別でも同じと言う判断だ。

 その使う予定の部屋で赤星薫はむくれていた。
「もう。せっかくずっと女の子でいたのに」
 「彼女」のキャミソールから覗く胸板はまったいら。
 肌の色も先刻は青かったと言うのもあるが女の子の白。今はだいぶ浅黒い。

 赤星薫。見た目は女の子だが戸籍上の性別は男子。
 だが性格などは完全に女性のもの。
 そして執念で「姉」同様の「水を被ると女になる」と言う体質に。
 姉・みずきはなるべく女にならないようにしているのに対して、薫は極力男に戻らないようにしていた。
 二人ともお湯を被ると本来の男に戻る。
 体質における水とお湯の定義は30度以下だと必ず女。40度以上だと絶対男。
 その間はニュートラル。被っても男から女に変身しないし、女から男に戻らない。
 かおるはそれを利用して入浴の際もぎりぎりの温度で入っていた。
 だからここまで二ヶ月の間を女として過ごしていた。社会的だけでなく生物学的にも。
 つまり二度は「来ている」ことになる。
 どうやらかおるは「重い」タイプらしい。
 それを知りつつ維持しているのだから「女になりたい」と言う思いは本物である。
「女の子って可愛いけどこれさえなければねぇ」
 輝がため息混じりに言う。どうやら彼女も軽くないタイプらしい。
「そうね…生まれついての女の子ならそう思うよね」
 薫の言葉にはっとなる一同。
「でもあたしはこれさえも嬉しいの。だって本当に女の子だから来るんだし。それにこれも赤ちゃん産める体の証拠だもん」
「……産むの?」
 言外に「本来は男なのに」と言う含みがある輝の言葉。
「いつか……ね。本当に心から愛し合える男の子が現れたら」
 そういって薫は千明を見る。
 この時点での肉体は男。しかしその表情はまるっきり「恋する女の子」だった。
 可愛くて、そして美しかった。

 電車での移動。そしてかおるの「生理痛」を収めるための休憩だった。
 だが「彼」が立ち上がる。
「もういいの? 薫さん」
「ええ。そろそろ行きましょ。愛子さん。時間がもったいないわ」
 一学期を女友達で過ごして互いに(いずれ苗字の変わる)女の子らしく下の名前で呼び合うようになっていた。
 元々愛子は格式とか重んじない。
 立場上は「下」になる風間姉妹に対しても友達付き合いである。
 だから薫を女の子としての呼び方をしているのは彼女らしい配慮である。
 もっともさすがにまだ少し距離がある。それゆえにまださん付けだった。

 幸いホテルにはそれぞれ浴室がある。もっともそれとは別に大浴場もあるのだが。
 薫はその部屋の浴室に入ると服を脱いで水シャワーを浴びる。
 筋張った体は滑らかな曲線に。男の子としては色白だが女の子と比べたら浅黒い肌は、水を浴びた途端に女の子と比べても遜色ない白さになる。
 平たい胸にたわわな膨らみが。すとんとしていたお尻は安産体形に。
 驚くことに肩幅や身長と言う骨格すら変化する。
 もちろん内部では精巣が消滅して代りに子宮や卵巣が。
「ふう。リセットしたから楽になったわね」
 改めて腕の肌の色を見る。
「うん。一度解除しても肌の色なんかは大丈夫みたいね」
 声も男のときは「ハスキーな女の声」だったが、変身したら「姉」同様に可愛い声に。
「面倒だからここで水着着ちゃおっかな? ううん。やめとこ」
 彼女は体についた水滴をバスタオルで拭うと、新しいショーツに履き替えた。
「うん。サニタリーよりこっちの方がやはり履き心地がいいわ」
 普通の男なら一生着けるこのないであろうものなのだが。
 例え女装趣味があっても「女として」の履き心地は知るよしもないし。

 下着を着け終わるとスカートを。マイクロミニと呼ばれるぎりぎりまで短いスカートである。
 本来は男のかおるは比較的足は長めであったが、女の子のときには短くなっているはずなのにこのスカートのせいで長くなったような印象がある。
 上もレモンイエローのキャミソール。

 海水浴場自体は北条家の所有と言うわけでもない。もちろん「海の家」も。
 一行は印象のよかった場所に入ることにした。
 ホテルから海岸まで距離があったため水着での移動はしていない。
 当然ここで着替える。
「じゃ私たちは着替えてくるね」
 愛子。輝。葉月。弥生。そして水に濡れると女になるかおるは女子用に。
「おう。待ってるから」
 裕一と輝。そして千明である。
「あの…それじゃ僕たちも」
「ここでいいよ。俺達は」
「ええっ?」
 目を白黒させる千明。それには構わず服を脱ぎだす裕一と朝弥。
 アロハシャツを脱いで引き締まった胸板をさらす裕一。
 ズボンを下ろすと意外に足の毛がない朝弥。
 二人とも既にパンツを変えていたのだ。
 本来は女の千明はそれをしなかった。
 それどころかここに移動してきた服装も半そでのワイシャツにスラックスと、およそ海水浴らしからぬ格好だった。
「なんだよ。しょーがねぇな。ほら。男子更衣室もあるから行ってこいよ」
「ええっ? わた…僕一人であの中でですか?」
 思い切り臆している千明。一瞬素に戻り「私」といいかけたほどだ。
「何をいまさら。水泳の授業だってあっただろ」
「そ…それはそうですけど…」
 女の時のクセで口調が丁寧すぎる。
「行ってこいよ。それともここで本でも読んでいるか?」
 皮肉混じりの朝弥の台詞。
「ああ。それいいかもな。水に浸からなけりゃ女の状態でいいんだし」
 何を期待しているのか丸わかりの裕一。
 それを真に受けてしまった千明。嬉しそうに相槌を打つ。
「そ…そうですよね。実は私、ちゃんと水着も持ってきてるんです」
 バッグからピンクのワンピースを取り出す。
「ほら。可愛いでしょう」
 バックに花を咲かせそうな女の子らしい笑顔である。しかし生粋の男二人は慌てて制する。
「バカ! しまえ。今は男だろうが」
 男の子が女物水着を嬉しそうに手にしていたら、どう見ても好意的には解釈されない。
「それにここに変身解除できるほどのお湯なんてないと思うぞ」
 温水のシャワーがあるとしても、それが変身解除に必要な四十℃を超えているとは思いがたい。
「そ…そうですね…諦めて着替えてきます…」
 まるで死刑台に向かうように男子更衣室に。
「なんであんなに嫌がるんだ?」
「ああ。俺らとだって一緒に着替えたことあったのに」
 不思議がる二人だが、中から脂ぎった中年が出てきたのを見て納得した。
「ああ。そうか。学校じゃみんな若い男だけど」
「ここじゃあんなのもいるか。その裸を」
 確かに見たくはないかもと二人は思った。

 一方の女子更衣室。かおるは千明のようなことはなくてきぱきと着替えていく。
「どう?」
 青いビキニ。それもかなり布地が少ない。胸が母や姉同様にかなり大きいので余計そう見える。
「それって…泳いだら取れちゃいそうね」
 赤いワンピースの輝が心配そうに言う。胸は意外とある。
「いいんじゃないですか? とれたら男の人が大喜びで」
 嫌味のつもりがない辺りやっぱり愛子も「お嬢様」である。
 彼女の水着は白いセパレート。実は胸は姫子よりやや大きい。
「脱げちゃったら私が取ってきてあげますよぉ」
 緊迫感のない声はピンクのワンピースの弥生。元々がお下げ二つなので遊泳に当たっての処理は改めてする必要がなかった。
「一瞬でも晒してしまうのがまずいのだ」
 黒いセパレートの水着は葉月。鍛錬の成果か覗く腰周りはいっさいの贅肉がない。
 意外だが弥生もである。さすがに鍛えていると言うことである。
「水遊び程度よ」
 ファッション性重視なのは手足すべての爪が赤く彩られていることからも明らかなかおるである。

 全員が出てきた。千明は泣きながらである。男子更衣室でよほどおぞましいものを見たのであろう。
「お前自分も同じもの持っているのにそんなに嫌がることないだろ」
 裕一の口の利き方は完全に男子相手のもの。さすがに平らな胸をさらしている状態では「実は女」と知っていても男の印象の方が強い。
「だってだってぇ」
 両手で「いやいや」しながら反論する千明。すっかり女の素に戻っている。
 長い髪は編まれて絡まらないようにされていた。それが体を振るたびに振り子のように揺れる。
「はいはい。写真取りましょ。葉月さん。お願いね」
「はっ」
 セルフタイマーである。動きの素早い彼女が選ばれた。

 三脚に取り付けてセッティング。被写体は二列に並ぶ。
 前列カメラに向かって一番左。若葉朝弥。そのとなりが上条輝。
「ちょっと。触らないでよね」
「誰が触るか。胸はない方が美しいんだ。俺の姉ちゃんみたいにな」
「……シスコン……」
「な…なんだと。このブラコン」

 輝のとなりは渡辺千明。困惑している。その原因はかおる。
 千明の腕を取りビキニ越しにその豊かな胸を押し付ける。
 写真で見ると胸元をアピールしている形だ。もちろん笑顔。
「あ…あの…赤星さん?」
「セクハラ? 平気よ。あたしの意思で胸くっつけんだもん」

 その後列。江川裕一。右側は葉月のために空けてある。
 さらにとなりが愛子。Vサインでアピール。
 一番右が弥生。被写体としては望ましい満面の笑顔だが、何も考えてないようにしか見えない。
 その分だけ子供じみて見える。

「よろしいですか? では、参ります」
 葉月がシャッターを押してジャンプ。頭上を越えて空いている位置に着地。立ち上がり体勢を整えて笑顔を作ろうとしたら
「やっときたね。寂しかったよ」
裕一がその肩に手を回した。
「たわけ」
 肘鉄が裕一を弾き飛ばした瞬間にシャッターが下りた。


「それではっ…Go!」
 全員が海へと駆けて行く。一番乗りは弥生である。
 おっとりして見えるが身体能力はかなりのものである。
「このたわけっ。愛子さまを護衛しないで遊ぶ気か!」
 もちろんこれは葉月の台詞。
「大丈夫。悪い奴からは俺が守ってあげるから」
 さり気なく愛子の腰に手を回そうとする裕一。
「あら。頼もしい」
 どこまで本気かわからない愛子の笑顔。
「貴様が一番信用できんッ!!」
 容赦ない葉月の一言。それにむっとした裕一。
 いきなり海水を浴びせてしまう。
 葉月としてもまさかそんな幼稚な手を繰り出すとは思わず、それゆえに油断してまともに食らってしまった。
「ははは。水も滴るいい女ってな」
「おのれ……」
 目も据わる葉月。しかし得物は持っていないし、なにより海水浴場である。そんなマネが出来るはずもない。
 ならばと力任せに海水を浴びせかける。
「やろっ。やったなっ」
「お返しだっ」
 互いに幼児のように水を掛け合う。もちろんこれに乗らない弥生。そして愛子ではない。
 はたから見るとじゃれあい以外の何者でもない。

 元々が女の千明は未だに裸の胸を人前にさらすのに抵抗がある。
 思わず両手で隠してしまう。
 本来は女で筋肉もそれほどない。また男としては色白であった。少年の肉体といえどなよっとした印象を与える。
 そしてそんな「胸を隠す」と言う女性ならではの仕草ではなおさらだった。
 自意識過剰。本当は別に誰も「彼」に注目などしていないのだが、どうしてもその秘密ゆえに見られているような気分がする。
 だから遊びたくても躊躇があった。
「もう。せっかくきたんだから遊ぼう」
 強引に連れ出したのはかおる。少女は少年の腕を引っ張り波打ち際に誘う。
「ちょ……ちょっと」
 ここへきてまだ及び腰の千明。やはり精神的には女性の部分が強い。
 考えてみればこのかおるの強引さも『男』の部分かもしれない。本人は絶対認めまいが。

 ぽつねんと残された二人。朝弥と輝。乗り損ねた。
「ふ…ふん。あんたなんかとつるむ気はないわ」
「オレだって」
 どちらかに合流しようかと考えた。しかし千明とかおるはなんだか邪魔したらかおるに恨まれそうだ。
 しかし愛子たちは葉月が裕一に対して殺気を放っていて近寄りがたい。
 顔を見合わせるふたり。
「仕方ないわね……」
「ああ。お前で手を打ってやるよ」
 一人はいや? それともふたりでいるのが心の奥底にしまわれた気持ち?

 散々遊んで昼食に。
「これこれ。これが食べたかったのよ。浜茶屋のラーメン」
 本気でよろこんでいる愛子。
(「お嬢様」の感性はわからん……)
 「庶民」の朝弥はそんなことを思う。
「愛子さま庶民派ですものね」
「郷に入っては郷に従えよ。ここでしか食べられないもの。もうちょっと食べられたらカレーも食べたいけど、いくらなんでもそれはおなかがきついし」
「なんで? いくら女でもこの量ならそのくらい食えない?」
 今度は口に出す朝弥。
「食べ過ぎるとおなかがぽっこり出てみっともないもの」
 セパレートの水着である。確かに隠せない。
 思い当たる節があるのか頷く少女たち。千明が頷くのは見た目が男なので変。
 かおるがうなずくのは見た目は女でいいけど、正体を知るとさすがに変に感じる。
 もっとも「月の物」まで来たほどの肉体。元々精神的には女だったし、それも充分ある話。
「ふーん。女は大変だな」
 皮肉でもなんでもなく、ただ感想を述べただけである。
「なによ。あんたの大事なお姉ちゃんだって、おなかがぽっこり出てたら嫌でしょう」
 突っかかるのは輝である。
「いや……幼児体形も悪くないかもな……」
 見た目幼い印象の綾那だが、意外にも幼児体形ではない。
 そもそも幼児体形とは筋力がないため内臓が下がり腹部が出てしまうわけである。
 しかし綾那はその運動能力からわかるように、華奢な体形に似つかわしくないほど筋力はあり引き締まっている。
「変態シスコン」
「黙れブラコン」
 もう誰も突っ込まない。これが二人のコミュニケーションである。

 食休みの後でビーチボールでバレー。
 それからは思い思いの遊び方である。
 さすがに遊び疲れたかおるはパラソルで一休み。
「となり、良い?」
「千明君。どうぞ」
 嬉しそうにするかおる。肉体的には女だが、この表情を見ていると生まれたときから女のような印象すら受ける。
 許可を受けた千明は隣に座る。
「体大丈夫?」
 これは生理痛をさしている。
「うん。リセットしたから」
 一旦男に戻ったために子宮などが消滅。そのためか生理も中断された。
「でも残念。せっかくあそこまでずっと女の子でいたのにな。久しぶりに男になったら、トイレで気持ち悪かったわ」
 軽いシモネタ。
「あははは。僕もなったばかりのころはトイレで苦労したっけ」
「今は?」
「慣れちゃった…不思議だね。それにほら。すんなり『僕』っていえるようになったし」
「そのうち『俺』って言えるようになるかもね」
「洒落にならないよぉ」
 この甘さを残した言い方はさすがに少女が基本と言うか。

「ねぇ。一つ聞きたいの」
 それが主題らしい千明。
「なぁに?」
「赤星さん。どうしてそんなに女の子になりたいの?」
「どうしてって…なんとなくかしら」
「なんとなくって」
 なんとなくで性別を変えるのか?
「そうとしか言いようがないの。とにかく女の子の姿が本当の自分の気がするのよ。きっと間違えて男に生まれてきたと思うの」
「恐くないの? 僕は恐い。自分が自分でなくなるみたいで……自分の中の男の部分がどんどんと大きくなって」
「あたしは嬉しいけどな。本当の自分に『戻れて』」
 波の音と遠くの友たちの声が響く。
「まぁでも。あたしが本当に女になれるのはきっと『女の体』に文句を言うほど馴染んだころかしら。今はこの姿でいられるだけで嬉しいもの」
 自分はとてもではそうは思えない。千明は声に出さずにいた。
「いつか好きな男の人と結婚して、そして…」
 かおるはその細い腹部を愛しく撫でる。同じ会話を繰り返す。決意を強調するかのようだ。
「それを思うと生理痛も平気よ。むしろ子供を産める証拠みたいなものだし。ただ……もうちょっと痛みが軽いと嬉しいんだけどなぁ。贅沢かしら?」
 花が咲くような笑顔。不覚にも千明はその笑顔にときめいた。少女の笑顔に。
(な……何? 僕ってレズだったの? それとも……赤星さんを女の子として『男の僕』が意識しているの?)
 それは男性化の進行を意味していたが、千明にはそれを受け入れることはさすがにまだ無理だった。

 宿へと引き上げ食事まで休みつつ時間を潰す。
 そして夕食。海の幸のたくさん盛り込まれたそれはいい。
「誰だ? ビールなど持ってこさせたのは? 我々は未成年だぞ」
 きつくしかりつける葉月。
「はぁーい。私が頼みました」
「あ……愛子さま。なぜこのような」
 自分の主が「犯人」で立つ瀬のない少女忍者。
「ふっふっふ。硬いこといいっこなし。大人の味よ」
 葉月は愛子に逆らえない。千明以外は愛子に賛同。千明も流されてしまった。

 酒盛りとなる。

 普段真面目な分ストレスがたまっていたのか、付き合わされた千明と葉月が一番はじけていた。
 裕一も飲んでいた。葉月に飲まされていた。
 一番の危険人物を酔い潰そうという葉月の試みだった。
 知っていて逆に潰すつもりで付き合う裕一。
 だが未成年の彼等が耐え切れるはずもない。

 提唱していた愛子だが、ビールの苦さでまずダメ。
 何とか無理して呑んだがいっぱいで既に頬が赤くなっていた。
「そ……そう言えばお母様も呑んでなかったわ……下戸だったのね。親子で」
「大丈夫ですか? 愛子さま」
 よろける彼女を受けとめる弥生。彼女は苦いものがダメでビールを口にしていなかった。
 そうかと思えば仲がいいんだか悪いんだかのふたりは呑み比べ状態。
「あんたなんかにまけてたまるもんですか」
「それはこっちの台詞だ」
 ペースもわからずに呑み続ける。
「二人ともまけるなー」
 既にろれつの怪しいかおるだった。

 いつの間にか全員寝ていた。
「う……汗臭い……」
 起きたのが千明。
 本来は女の子である彼だが、自分の体から出た汗で男くさくなっていて目が覚めた。
「シャワー……浴びてこようっと」
 ふらふらしつつ部屋付きの浴室に。ついでに本来の姿に戻ろうと考えていた。
 学校では男子として通している千明。しかし24時間男の姿は嫌だった。

 服を脱いで筋張った肉体のみに。
 熱いお湯がそれをふっくらした白い柔肌に変える……はずだった。
 「いつものように」体をタオルで洗い始めたら胸が平なのに気がついた。
「え?」
 恐る恐る下半身に目を移すと「男の証」が。

「きゃああああああっ」
 割と高めだがそれでも男の声でこの悲鳴はかなり不気味。
 そのせいか全員目が覚めた。ただしかなり弥生以外は酔っ払っていて上手く立てない。
「どうしたの? 千明ちゃん」
「千明くんっ?」
 素面の弥生と、愛する千明の悲鳴にかおる。この二人がバスルームに飛び込んだ。
 そこには全裸の少年が。
「きゃああああっ」
 今度はかおるのハートマークの付きそうな声。
「かおるちゃん。自分のがあるんでしょ」
「そうは言っても今は女だし。ましてや彼のじゃ……」
 両手で顔を覆うがこれは完全に「女としての芝居」
 その証拠にちらちらと「男の証」を見る。
 もっとも「自前」があるならこんな反応も変わっているが。
「元に…元に戻れない…」
 涙を浮かべて衝撃の報告をする千明。
「えっ? ついに完全な男の子に。もしかしてあたしも?」
 裕一と朝弥が起きているものの二人ともグロッキー。それを確認してから浴衣を脱ぐかおる。あっという間に裸になり、同様に熱いシャワーを浴びる。
 結論から言えば少女の姿のまま。
「ついに…ついになれたのね」
 歓喜の涙を流す少女。
「ついに…ついになってしまったのか。完全な男に…」
 こちらは絶望の涙の千明。

 相談しようにもほとんどが酔いつぶれている。
 当事者たちもかなりである。だからまずは寝た。

 翌朝。
「おはよ。愛子。葉月。弥生。輝」
 やたら元気なかおるだが、顔色は悪い。どうやら酒が残っているらしい。
「おはよう…愛子?」
「あ。嫌だった? ほら。あたし完全な女になったみたいだし。それだったら苗字の変わる女の子なんだし名前で呼び合おうと思って」
「えーと……完全な女の子ってどういうこと?」
「そうねぇ。みんなで朝湯に行かない? それが一番早いわ」

 まだ酔いの残る少女たちだが、仰天していた。
 湯気の立つ湯船に浸かっているのにかおるの胸は立派な女のシンボルを維持したままだ。
「ひょっとして実はドライアイスの湯気とか?」
 現実を認識できないか輝がそんなことを言う。そして手を入れて見るが熱くてすぐに出してしまう。
「本物のお湯だ……どうしてそれで女の子のままなの?」
「きっと神様にあたしの願いが通じたんだわ。やっと……やっと本物の女の子に」
 心から喜んでいる。そんな表情だ。

 一方の「男子」たち。
 普段が真面目な分だけキレ方も半端ではないというか、千明自ら男湯に進む。
「お。おい。平気なのかよ。お前お湯を被ったら」
「ああ。とても俺は嬉しいぞ」
「お前は黙ってろ」
 朝弥と裕一の漫才を無視して千明は脱衣所に踏み込む。
 あっという間に平たい胸をさらして浴室へと。
 そして二人の見ている前でお湯のシャワーを浴びる。
「わっ。バカ」
 見てられないといわんばかりの朝弥。じっくり見ていた裕一。だが彼の期待した現象は起こらなかった。
「あっはははは。見てよ。男だ。男だよ完全に。こんなに熱いお湯なのに」
 狂気一歩手前の千明。
「な…なんで? なんで女に戻らないんだ?」
「な…なんで? なんで女に戻ってくれないんだ?」
 ほぼ同じ二人の台詞だが。込めた思いがまるで違うのは言うまでもない。

 部屋に戻る。輪になって座る。
「えっ。千明君も?」
「…てことは赤星もか」
 情報交換。ニコニコしているかおると、やさぐれ気味の千明が好対照だった。
「どうしてまた?」
「時間の経過でそうなった?」
「それとも何か原因が?」
「そんなことどうでもいいじゃない。みんな。海に行こう。せっかくここまで来たんだし」
 もう人生無敵状態のかおる。明るくいい立ち上がるが顔をしかめる。
「どうしたの?」
「うん…ちょっと頭が痛い」
「実はこっちも」
 千明の表情は頭痛もあった。
 そして症状こそばらばらだが弥生以外は不調を訴える。
 しかし「調子が悪くなったら引き返せばいい」と言うかおるの意見に押し切られて一同は再び海へ。

 今度は千明は男子更衣室で泣かなかった。
 慣れたのもあろうが「本物」になってしまったことでそれどころではなくなったようだ。

 泳いだりして遊び昼食後の一息。
 パラソルの影でさらにパーカーを着たかおるの横に千明が来た。
「となりいいかな?」
「うん」
 この日のかおるは返答はすべて笑顔だった。
 横に腰を下ろす千明。
「寒い?」
「パーカー? 違うよ。日焼け対策。もう本当の女の子だもん。シミそばかすも気をつけないとね」
「そっか…僕は…俺はもう気にしなくていいんだな」
 あえて「俺」といいなおし現実を受け入れようとしている。
「千明君……」
「どうしたらいいんだよ……これから。もう男として生きていくしかないのかなぁ」
「それなら…あたしを愛して」
「かおるさん……」
「呼び捨てにして。かおるって。もう本物の女の子なんだし」
 どうしても温度差が埋まらない。
「あたしは…本物になれて嬉しい。だから千明君が嘆く気持ちは理解できるなんていえない。けど…他の女の子よりはあなたのことを理解できる自信があるわ」
 それは変身体質のこと。ただし忌み嫌う千明と望んでなったかおるではスタンスがだいぶ違うが。
「ねぇ。どうしてそんなにあっさりと女の子になれるの?」
 素朴な疑問だった。
「あたしのお姉ちゃんね。実は男なんだ」
「え? じゃあ僕らと同じ」
 コクリと頷くかおる。
「随分と悩んだみたい。一時は本当に心まで女の子になってしまった。けどすべて乗り越えて半分女であることを受け入れて吹っ切れたの。だからあれだけ自然に女の子に見えるでしょ」
「確かに…自分と同じ体質なんて考えもしなかった…」
「吹っ切れる…覚悟を決めるのは並大抵じゃないと思う。あたしだって人と違うと悩んだし」
 これは意外な告白だった。
「だからできる。あたしなら支えられる。千明君。二人でがんばりましょう」
「かおる…」
 「彼」は自然に呼び捨てにしていた。
 女同士のそれではなく、男が女に対して親愛の情を抱くそれで。

 その気持ちの変化が彼を変えた。若干だが覚悟を決めさせた。

 午後は別人のように明るくなった千明である。
 またかおるも夢がかない明るい笑顔。
(アイツ…完全な女になったせいか可愛い笑顔が…はっ? 俺は何を考えているんだ? アイツは元々は男。でも今は完全に女…えーッ。まさか俺…)
 人知れず悩む裕一である。

 宿へと戻る。前夜のテツを踏むまいと食事前に入浴となる。
 愛子。葉月。弥生。輝。そしてかおるは女湯へ。
 朝弥。裕一。そして千明は男湯へと。
 それぞれ新しい体を認識していた。

 もともと完全な男になってしまう危惧があったのか。逆に言えばそういう危険性を認識して覚悟していたのか。
 かおるの僅かな言葉で気持ちを切り替えた千明はぱっぱと服を脱いでいく。
 そして三人の中で先陣を切って浴室へ。
 並んで洗い場へ。熱いシャワーを浴びる。
 日焼けしたものの白い肌をお湯が滑り落ちる。
 滑らかな曲線を描くボディラインは未発達ながら美しい。
 膨らんだ胸元。くびれたウエスト。そして障害物の消えた股間。
「え…? なんで。元に戻った?」
 声すらもとの高さ。
「いいから早く水を被れ」
 真っ赤になって目をそむけている朝弥。
「いや。そのままでいろ」
 嬉しそうな裕一の視線がちあきに自分の性別を認識させた。そして
「きゃーーーーっっっっっ」
 彼女は胸を押さえて脱衣所へ逃げて行った。

「か…かおる……」
 真っ赤になっている愛子。
「ほえーっっ。男の子ってそうなってるんだね」
 興味深げに見ている弥生。スケベというのではなく、むしろ幼い子供の反応。
「は…早く水を被って」
 さすがの葉月もそれだけ言うのが精一杯。
「な…なんで? 完全な女の子になれたんじゃないの?」
 筋張った肉体。浅黒い肌。平たい胸。そして…男の印。
 熱いシャワーを浴びた薫は、本来の性別へと。
「いいから早く『それ』隠して」
 輝には刺激の強すぎる『男の印』。
 慌てて逃げ出す薫。
 当然ながら女湯の脱衣所は大騒ぎ。

 男湯で痴女。女湯で痴漢が出たと騒ぎになったが、両者共に部屋で水を被ったため『犯人』とはばれなかった。

「なんで…なんで男に…?」
「ほんと。不思議ね」
 朝とは形勢逆転。
 落ち込むかおるとニコニコしている千明。
 さすがに元に戻れるとなれば気持ちも変わる。
「うーん。今朝と今の違いって…」
 首をひねる一同。
「わかんないよ。頭痛い」
 あっさりと弥生がギブアップ。
「少しは頭を使え。お前は飲んでないから我々よりはダメージが…呑んで?」
 葉月は自分の言葉からヒントを見つけた。全員が原因を察した。
「酒か!?」

 その後で実験。今度はかおるだけ飲んで、程よく酔った所でお湯を浴びる。
「きゃーっ。女の子のままだ」
 よろこんでいるかおる。
「なるほど。アルコールで変身や復帰機能が麻痺するのか」
 それで納得した。
「するとお酒さえ呑まなけりゃ女に戻れるんですね」
 ほっとした様子の千明。だがぬか喜びのかおるを気にすると喜べない。
「あたしのことなら大丈夫よ。つまりお酒呑んでいれば女湯でもこのままなのね。ふっふっふ。また一歩制約が外れたわ。やがては完全に」
(た…逞しい)
 さぞや落胆しているかと思いきやこのタフさ。一同は呆れるほどであった。

(これで元通り。でも…なんだろ。ひとつだけ残念な気が)
 完全な男になった千明。完全な女になったかおる故に交わされた約束が、これで白紙に戻ったことだと気がつくには時間を要する千明だった。

(ちぇ。元の変身体質か。ちょっと残念…おい。俺まさか本当に女のあいつのことを)
 解釈によってはホモとも取れる気持ちに、裕一は頭を痛めるのであった。





 おまけ。

 赤星家。みずきが小遣い稼ぎの実家の手伝いのウエイトレスを終えて上がってきた。
「お疲れ様。お姉ちゃん。はい。これ」
 泡の立つ黄金の液体を差し出す。
「なんだよ。気が利くじゃん」
 夏場ゆえに疑いもしなかった。
「けど湯上りだろ。普通は」
「でも喉カラカラでしょ。早くしないと気が抜けるしパパに見つかるよ」
「それもそうだな。それじゃ」
 みずきは一気に近い間隔で飲み干した。そして

「な…なんで男に戻れないんだーっっっっ?」

 甲高い絶叫がこだました。
 もちろんかおるがしたたかに怒られたのは言うまでもない。



次回予告

秋。一旦は男で生きていく覚悟をした千明はかおるに対しての気持ちも変えていた。
そして裕一も自分の気持ちの変化に悩んでいた。
受けとめるかおるの心は?
三部作最終章

 次回。PanicPanicEX2 3rd Strike Fight for the Futuer 
 coming soon(年内には)


製作秘話EX

 まずはお詫び。時間が異様に掛かってしまいました。
 そのせいで予告と違ってしまいました。
 予告も差し替えました。
 申し訳ありません。

 もしかしたらこれもお詫びでしょうか。みずき以外は本編レギュラーでませんし。

 アルコールで変身と復帰が麻痺するというのは書き始めて思いつきました。
 二人が一時的にせよ本当に元に戻れなくなったら。
 結論から言えば、かおるは本気で女になりたがっていたのがわかり、千明は絶望するほどなので「覚悟」が足りないと。

 春のエピソードの次なので単純に夏にしました。水着というのも否定しませんが(笑)

 ストVのサブタイとあわせているので次がラスト。
 薫とちあき…やはり千明とかおるの恋物語の結末をお見せしたいと思います。

 お読みいただきましてありがとうございます。

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