16年前。5/26日。

 病院の分娩室の前で落ち着かない若き日の赤星秀樹。
 やがて元気な泣き声が響き渡る。
「おお」
 秀樹の目にも涙が。

 やがて扉が開いて新たに母親となった妻・瑞枝。医師たち。そして新しい命が出てきた。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

 病室にて。落ち着きをとりもどした瑞枝。それに対して優しく微笑みかける秀樹。
「よくがんばったな。ありがとう」
 出産は女しか出来ない大仕事。お腹を痛めてくれた妻に感謝をしていた。
「ええ。五体満足と言うだけで充分だけど、女の子だなんてこんなうれしいことはないわ」
 本当に嬉しかったらしく満面の笑みである。
「名前はお前が決めていいぞ。女の子だったらと楽しみにしていたんだろう」
「もう決めているの。貴方と私の二人の子供。だからふたりの名前をとって『みずき』ちゃん」
「そうか。女の子らしく可愛い名前でいいな。漢字はやはり瑞枝の上の字と、私の下の字か?」
「それだとちょっと男の子みたいだから、ひらがなにしたいわ」

 みずき三歳。真っ赤な着物に子供用のお化粧。そして千歳飴。
 おすまし顔は七五三での一幕。
「行くぞ。みずき。笑って」
 カメラを構える父親。
 厳しさでなる人物も、可愛い娘の前ではただの親ばかである。

 みずき七歳。小学校の登校。赤いランドセルをしょっての登校風景。
 髪は左右にボンボンでまとめている。
「みずきちゃん。行こう」
「七瀬ちゃん。おはよう」
 隣の家の長女。七瀬もまた一年生。赤いランドセル。こちらはワンピース。

 みずき11歳。夏の日。
 体育の授業で水泳を行うため水着姿。プールサイドにいる。
 胸が僅かに膨らみ始め、全体的に丸みを帯びた姿に。
 肩まで伸ばした髪をまとめて、水泳帽を被ろうとしているが頬が赤い。
「どうしたの? みずき」
 着替え終わって出てきた七瀬が怪訝な表情をする。
「うん…男子がじろじろあたしのこと見てて」
 膨らみ始めた胸が恥ずかしいらしい。
「平気よ。私が一緒だから」
「ありがとう。七瀬」
 この頃には互いに呼び捨てになっていた。

 みずき14歳。秋の日。
 盛大に泣いている。それを宥める七瀬。
「聞いてよ。七瀬。先輩ったら付き合っている人いるんだって」
「あー…そっかぁ」
 精一杯の勇気を振り絞って三年生の男子生徒に告白したみずき。
 しかし既に付き合っている女性がいるといわれた。即ち失恋である。
「うん。好きなだけ泣きなさい。私が話し聞いて上げるから」
 優しい言葉にみずきは顔を上げる。泣き腫らした目が赤い。
「ありがと…七瀬…だから好きよ」
「私、そっちの趣味はないから」

 かけがえのない親友同士になっていた。

 娘・みずきは母の愛情を一身に受けた。
 特に女の子のほしかった瑞枝だけに、みずきは女の子で生まれたことが母を喜ばせたようで誇らしかった。

PanicPanic〜if〜

#1 もしもみずきが生まれたときから女の子だったら?

もしも最初から女だったら、こんな人生だったかも?

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの猫宮にゃおんさんに感謝

 そして現在。高校一年生のみずき。
 同じ年に生まれた隣家の長女。及川七瀬は大の親友。
 高校に進学しても登下校は一緒だった。
 今も喫茶店の店舗部分でみずきを待っている七瀬。
 背は女の子としては標準より高め。体重はナイショ。若干ふくよかな印象はあるが、年齢に不釣合いな大きな胸元が打ち消していた。
「お待たせ。七瀬」
 明るく屈託のない声が響く。赤星みずき16歳。
 すくすくと育ち明るいいい娘になっていた。
 身長はやや低いが、胸元は大迫力。
 愛らしい丸顔。白い肌。甲高い声。女の子の記号でいっぱいだった。
 唯一髪の毛だけがかなり短め。それでも襟足をリボンで留めている。
 特にその可愛らしい表情は女らしく、それに参る男も多い。
 性格もアクティブ。そして良く喋る。愛想はかなりいい。
 口の悪い人間は「悩みがないに違いない」と言う。
 実は校則違反なのだがちゃっかりと両耳にピアスの穴が開いている。
 良くも悪くも大らかだった。

「行きましょ。みずき」
「うん。七瀬」
「まって。待って姉さん」
 呼び止めた少年の声に振り返る。
 学生服が恐ろしく似合わない女顔の少年。
 肩幅も気のせいか細い。ワイシャツよりブラウスの方が似合いそうである。
 みずきによく似た少年。赤星薫が弁当箱を差し出した。
「姉さん。また忘れているよ」
「いっけない」
 おどけて自分の頭をこつんと叩くみずき。
「まったくもう。ドジなんだから」
「ああん。気にしているんだから言わないでよ。七瀬ぇ」
 詰られているのに楽しそうなみずき。
 そんな姉たちをまぶしそうに見ている少年。
(いいなぁ…スカート。何で僕は男に生まれてきたんだろう…僕も女に生まれたかった…)
 若干15歳でそれに気がついた薫は、後々茨の道を歩むことになる。

 私立無限塾。
 それが二人の通う高校だった。
 教室へと入るなり甲高い声でみずきは挨拶をする。
「おっはよー」
「お、きたな」
 メガネの少年が言う。
 少年というにはかなり老けた顔。むしろスーツの方が似合いそうだった。
 彼の名は榊原和彦。同じ一年生である。
「うむ。今日も元気でござるな」
 現代の忍者。風間十郎太が続く。
「もうちょっと寝過ごせばトースト加えて走って、曲がり角でぶつかるなんてイベントもあるかもだが」
 このオタク振りを見せているのは上条明。
 彼らのそばを抜けて彼女たちは奥の北条姫子のところに。
「姫ちゃんおはよう」
「おはようございます。みずきさん。七瀬さん」
 髪をきれいに切り揃えた「現代の姫君」は丁寧にお辞儀する。
「二人はまだ?」
「ええ。まだおみえになってませんけど」
 などと話していたら大柄な女子が入ってきた。
 目立つのはその金髪。そして長身に似合いの豊かな胸。
「今日は余裕だったな」
 いつも遅刻寸前の村上真理だった。
「あれ? いつもだと綾那が先なのに」
 怪訝な表情をするみずき。時計を確認すると若干時間はあるから遅刻というレベルでもない。
 時間があると思ったらなんとなく用を済ませておきたくなった。

 女子トイレで用を足す。手を洗おうとしたら馴染みのある声が閉じている個室から。
「どうしよう…」
「綾那?」
 呼びかけて見る。
「みーちゃん?」
 戸惑いと安堵。交じり合った複雑な声だった。
 助けがきて安堵。しかし知られたくない現場に来られたと。
 未だ来ぬクラスメイトはトイレで悩んでいた。みずきはぴーんと来た。
「もしかしてあれ?」
「そうなの。学校の近くで急に」
 学校付近にコンビニはない。
「で、カバンにも入ってなかったと」
 年頃の女性の必需品がである。
「待ってて。あたしのあげるから」
 もちろんみずきのカバンの中には常に用意してある。
「始まって」から何年もたつ。
 「おばあちゃん」になるまで続く女の宿命だ。

 昼休み。学食に出向くみずきと七瀬。いつもは弁当なのだが、たまに利用することもある。

 昼食時では当然ながら混雑している。
 やっとの思いで手にしたトレーだが、空いている椅子がない。
 途方にくれていると「及川君。赤星君」と少年から声が掛かった。
「坂本先輩」
 二人の上級生。坂本俊彦が声をかけてきたのだ。
「ここが空いているよ」
 二人を手招きする。
 みずきはむっとする。七瀬は特に変化はない。
 選択の予知はない。この誘いに応じないとせっかくの場所がふさがりかねない。着席した。

 学園の貴公子は話も上手いしとても優しい。
 容姿端麗頭脳明晰。所属がテニス部だけに運動神経もいい。
 そして謙虚な努力家でもある。
 男子生徒はやっかむことすらできない。
 女子生徒の憧れの的だが、同じ2年の橘千鶴の存在が恐くて近寄れない。
 しかしここでは坂本のほうから声をかけてきた。

 みずきは七瀬と坂本が親しげに喋るのが面白くなかった。
 態度を見ていればわかる。坂本は七瀬が好きだ。
 みずきは坂本に対して憧れはない。だから七瀬に対しての嫉妬はない。
 それなら親友の恋路を応援してもよさそうなものだが、やはり面白くなかった。
 可愛い顔が台無しの仏頂面だった。
 親友を取られたから?
 いや。もっと別の感情。本来なら抱くはずのない感情。

「どうかな。及川君。今度の日曜に二人で映画でも」
 いつの間にかそんな話が出ていた。
「え…あの…」
 七瀬は困惑している。
 こちらも坂本に対して恋心はない。
「ごめんなさい先輩。今度の日曜は七瀬はあたしと買い物行く約束してるんです」
 みずきが切り出した。強い瞳。
「そうか。土曜はこっちに用事があるし、その次の金曜に上映終了だからこれはダメだね。わかったよ」
 少々押しが弱いといえるが、無理押しはしないで潔く引き下がるのが彼のよさでもあった。

 食べ終わった坂本は気まずさを感じてすぐに立ち去った。
 黙っていたみずきだったが、七瀬に語りかける。
「あの…七瀬。ごめん。邪魔しちゃった?」
 坂本に対したのとはまるで違う弱気な瞳。
 それに対して母性的な笑みで返事をする七瀬。
「ううん。平気。ちょっと困っていたのが本音かな」
 ウソはついてない。
「ただ、ウソついたのがちょっと申し訳ないかな」
「だったら本当に買い物に行こう」
 みずきは何も考えてなかった。
 ほとんど反射で言っていた。
「え?……うん。そうね。特に用事もないし。いいわ。行きましょ」

 その夜。喫茶店の手伝いが終わり食事を済ませてみずきは入浴していた。
 湯船に浸かり自己嫌悪。
「あたしって…嫌な女の子だわ…」

 日曜日。
 家が隣同士の二人である。待ち合わせはいつもみずきの家である喫茶店であった。
「七瀬ちゃん。今日はいつも以上に可愛いわね」
 優しく語り掛けるみずきの母。瑞枝。
 やっと40になったばかりで、高校生の娘がいるようには見えない若さだった。
「ありがとうございます。おばさま。なんかみずきが可愛い格好してこいって言うから」
 梅雨時だがこの日は快晴。
 緑のワンピースが若葉を連想させる。
 背が高いこともあり、靴は踵の低いもの。
 肌が弱く、そしてあまり好きではないのでメイクはしていない。
 ただ肌が弱い故にケアは入念にしており、十代の輝くような美しさがあった。
 それもありメイク不要であった。
 さらにはアクセサリーもつけていない。真面目な性格というか、やや地味というか。

「お待たせ。七瀬」
 甲高い声で店の奥からみずきが出てきた。
 その格好に軽く驚く。
 オフホワイトのブラウス。その上から茶色のジャケット。
 青いパンツはスカート以上にヒップの丸みを強調していた。
 軽くであるがメイクしている。また両耳にはピアスが。
 奇抜とまでは言わないが…
「なぁに、みずき。まるで男の子みたいじゃない」
「そ。だってデートだもん」
 セミロングでワンピースの七瀬。ジャケットにパンツルックでショートカットのみずき。
 背丈が逆なら本当にカップルに見えなくもない。

「じゃあ行ってくるね」
 明るく、それこそ歌いだしそうなテンションでみずきは出発する。
「行ってらっしゃい」
 優しい声で送り出す母親。そして、店の奥から見ていた薫。
(姉さん…今日はしばらく帰ってこないんだ…)
 胸の奥から抑え切れないものが。

 電車に乗って池袋。
 渋谷とか原宿でないのは、七瀬がその辺りの「チャラチャラした街」を嫌がったからである。
 ついでに言うと定期が使えたのもある。
「七瀬っていいお嫁さんになれそうね」
「えへへ。ありがと」
 特定の相手はいないものの「お嫁さん」には憧れる七瀬であった。

 目的はデパート。そのスポーツコーナー。
 夏が近くなり水着の新調に来たのである。
「もしかしてまた胸が育った?」
 「女同士」ならではの問いかけ。
「そうなのよ。これだけあればもう充分なんだけどなぁ」
 小さな体躯に不釣合いな大きな胸。
 ドジ娘のみずきはよく転ぶが、いつもその胸を打ち付けて痛い思いをしている。
「七瀬もただの付き合い?」
「う…私も」
 七瀬はまだ上背があるのでみずきほど極端ではないが、実はサイズだけならかなり立派なものである。
「ここまでくるとワンピースが合いにくいのよねぇ」
 胸とお尻が大きいがウエストが余る。
 それが共通していた二人は、セパレートの水着を目的としていた。

「どうかな? 七瀬」
 はにかんで笑うみずき。試着しているのは真っ赤なセパレートの水着。
 スポーティーな印象である。
「いいんじゃない。でも…」
 実は七瀬もその色違いを手にしていた。
「学校指定でもないのに二人で同じって言うのもねぇ」
「いいじゃない。七瀬。ペアルックにしような。髪型もあわせるから」
「もう。(自分にべったりで)そんなんじゃ彼氏できたら困るよ」
「うーん。あたしは七瀬がいたら男なんて要らないかも」
「……ちょっと」
 本気で引いた七瀬である。

 しかしみずきに押されて同じもののグリーンを買った七瀬である。
 おまけにリボンと伊達メガネまで。みずきは赤。七瀬は緑である。
「あたし夏まで髪の毛伸ばすから。そしたら一緒にポニーテールにしましょ」
「どうせ私はカナヅチですよーだ」
 泳がないからポニーテールを崩すことがないといっている。

「ケーキバイキング行かない?」
 みずきの提案に七瀬は渋い表情。
「ねぇ。胸ならともかくおなかが育つのはまずいと思わない?」
「そんなの運動すれば大丈夫だよ。行こうよ。七瀬」
 格好は男性的なのだが、言動は「女の子」そのもののみずきである。
「もう。ちゃんと私のことブレーキかけてよね」
 自信がないからで嫌がったのである。
 もちろんみずき嫌がらせで言っているわけではない。
 本人が無類の甘い物好きだというだけである。

「…食べすぎよ…」
「だからこうして歩いているんじゃない」
 ケーキバイキングの後で腹ごなしをかねてウィンドウショッピング。
 洋服。宝石。アクセサリー。バッグ。街は女の子の目をひきつけるものでいっぱいだ。
 見ているだけで楽しくなる二人。そして
「わぁ……」
 二人の目はウエディングドレスに釘付けであった。
 純白の荘厳さすら感じさせるウエディングドレス。
(いつか私もこんなドレスを着てお嫁に行くのね。そのときみずきはまだ独身かな? 案外先に子供産んでたりして)
 妙に現実的な想像をする七瀬。そしてみずきは
(きれい…七瀬が着たらきれいだろうなぁ…)
 自分ではなく傍らの親友が着たところを想像してうっとりしていた。

こちらでは正真正銘の女同士

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのかわはらひさぎさんに感謝!

 散々に遊び倒して帰宅する。
 入浴。そして夕食。それを済ませて自室に戻るみずき。
「あれ?」
 クローゼットの中を見たらワンピースが一着反対方向に掛かっていた。
「変ね?」
 特に気にせず向きを直す。

 トイレから戻るときに弟の薫とすれ違う。
「ねぇ。薫。もしかしてお姉ちゃんのワンピ。着たりした?」
 思いつきのからかいである。他意はない。
 弟が真っ赤になって怒るのを楽しむつもりだった。
 ところが薫は真っ青になる。
「まさか…本当に?」
「ゴ…ごめん…ごめんなさい」
 女の子のような美しい少年が、その双眸から涙をこぼれさせる。
「ちょ…ちょっと。なに泣いてんのよ」
 らちが明かないのでとりあえず自室に連れ込むことに。

 まだ落ち着かない薫。それが泣き止むのを辛抱強く待つ。
「薫が持ち出したの? ワンピ?」
 薫はすっかり観念して首を項垂れる。
「なんでまた」
 その言葉に理由を知りたい思いはあれど、責めるものはない。
「ずっと前からスカートを穿いてみたかったんだ…姉さんが穿いてるのがとても可愛くて僕も…」
 怒られるのを覚悟していた薫である。だが意外にもみずきは優しく微笑む。
 そしてその豊かな胸に弟の顔をうずめる。
「ね…姉さん?」
「今度から一言言いなさい。そしたら貸してあげるから。それからもうちょっと丁寧に扱いなさい。女の子の服はデリケートなんだから」
「怒らないの?」
 心底意外そうである。
「着たかったんでしょ? いいよ。どうしようもないことだもん。パパは怒りそうだけどママは許してくれそうだから、二人でママを味方に引き入れましょ。そしたら家の中では女の子の格好でいられるよ」
「姉さん…」
「さぁ。自分の部屋でお休み」
「うん。ありがとう。姉さん。おやすみなさい」
 あかるく微笑む美少年は姉の部屋を後にする。

「わかるわよ。そういうどうにも抑えられない気持ち」
 一人自分の部屋でつぶやくみずき。
「あたしだって男に生まれたかったもん。そうすれば七瀬と恋人同士になれるのに。結婚だってできるのに」
 ベッドに丸まるように座り込む。
「あーあ。格好だけじゃなくて、完全な男になりたいなぁ」

 女と生まれて順風満帆に見えた彼女だが、深い悩みはついて回る。

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