闇の中。邪悪な魂たちが誰にも知られることなく、密かに蠢いていた……
(タランに続いて、チスまでが倒されるとは)
(空飛ぶ戦乙女……セーラの覚醒が進みつつある)
(まずいぞ。このまだともう一つも……)
(……ふんっ。ならばこのリーナの出番だね)
(しかしお前では、なおさら奴のもう一つの姿には――)
(ふふふ……策はあるよ、ラブレ)








戦乙女セーラ Vol.2

作:城弾







EPISODE5「人魚」 EPISODE6「竜巻」
EPISODE7「残響」 EPISODE8「天馬」














 日曜日。
 風呂場からヘルスメーター(体重計)を持ち出そうとしていた清良は、ショートカットの生意気そうな少女に呼び止められた。
「そんなのどこにもって行くのよ? お兄ちゃんっ」
 妹の高岩理恵――小柄で童顔、サイドに「ボンボン」をつけた姿が可愛らしくて小学生と間違えられそうだが、これでも立派な中学生である。
「あ、ああ……まあ、ちょっと、な」
 ギクッと硬直し……曖昧にごまかすと、清良は体重計を抱えて二階の自分の部屋に逃げこんだ。
「ちょっとお兄ちゃん? ……もうっ」


 鍵をかけて、「ふう……」とため息ひとつ。
「セーラ様、お持ちになりました?」
「るっせぇ、お前が変なもの持ってこさせるから、妹におかしな目で見られたろーが」
 事務的な確認だったのだが、清良の癇に触ったらしい。八つ当たりともいうが。
 黒猫の遣い魔キャロルは、人間だったなら首をすくめるような仕種で答えた。「申し訳ありません。しかしアマッドネスとの戦いの前に、もう一つの姿についての説明をするために入り用だったんですよ」
 そう言われては仕方ない。
 三月に入り、気候は随分と春めいてきた。この日は気持ちのいい風が吹いている。
 窓を締めてさらにカーテンまで引き、その上で清良は部屋の中で変身した――


−EPISODE5「人魚」−



 まずは変身直後のセーラー服姿、エンジェルフォーム。妹によく似たその可愛らしい姿で、体重計に乗っかってみる。
「44キロ……このサイズにしちゃあるほうなのかな?」
 つぶやくその声も可愛らしい……とてもじゃないが、変身前の大男と同一人物だとは誰も思わないだろう。
「ところでキャロル、俺の体重は元々80キロ近くあるんだが、減った分はどうなってんだ?」
「さぁ?」
 首をかしげる黒猫。
「さぁ、って……お前、大昔から『セーラ様』に仕えてきたんだろっ?」
「その声で大声を出さないでください。理恵様以外の『女の子』の声がしてはまずいのでは?」
「おっと」
 セーラは慌てて口を閉ざす。落ち着いたところでキャロルが口を開いた。
「私が以前に仕えていたセーラ様は元から女性でしたから、そんな大きな変化はしませんでした。だから、今のセーラ様のそれについては皆目わからないんですよ」
「無責任だな……」
 しかし言い分はもっともだ。
「まぁどこかに行っちゃったということで」
「いい加減だなおい。まぁいい、続けるぞ。次は……キャストオフ!
 いつもより小声で言う。セーラー服が爆ぜて――というより霧散して、セーラは体操着姿に変わった。
 攻撃力に特化したヴァルキリアフォームで、改めて体重を計ってみる。
「46キロ……」
 何故か2kg増が嫌なセーラだった。「女心」というやつだろうか?
「これは昔のセーラ様もそうでした。おそらく筋肉が強化された分だと思われます」
「変わるのは魔力だけじゃないのか?」
「身体能力そのものも多少は上がっているんですよ」
「なるほど。んじゃ次は……超変身
 右腕の赤い手甲――ブレイズガントレットを左手で押さえて、ピンクのレオタード姿に変わる。
 こちらは運動性と瞬発力に特化したフェアリーフォーム。ちなみに空も飛べるのだが、
「うそっ? 38キロ? 随分と減ってないか? どうりで非力になるはず……」


 セーラー服、体操着、新体操のレオタード……そして問題の「残りの一つ」である。
「セーラ様、イメージは固まりました?」
 あらかじめそのフォームの特性は聞かされている。それが余計にイメージを固めてしまっていた。
「ああ、こっちの青いのを押さえりゃいいんだな?」
 セーラの問いかけに、キャロルはコクリと頷いた。
 レオタード姿のセーラは、左腕の蒼い手甲――アクアガントレットを右手で押さえて、つぶやいた。
「超変身」
 一瞬にしてレオタードが体操服に再構築され、それがまた散り散りになってセーラの裸体にまとわりつく。
 濃紺の水着……そう、いわゆる「スクール水着」だ。
「ああ……やっぱりこのイメージか」
 嘆くセーラ。しかしその姿は今までで一番プロポーションがよかった。
 フェアリーフォームだと薄くなる胸の膨らみが、こちらの姿では逆に大きくなっていた。
 ちなみにエンジェルフォームでBカップ。ヴァルキリアフォームでCカップ。フェアリーフォームでAカップ。
 そして今はEカップ。髪の毛は、腰にまで達するスーパーロングヘアになっていた。
(何か、体にまとわりつきそうだな……)
「セーラ様、柱で身長を計ってみてください」
「あ、ああ」
 フェアリーフォームでは身長もかなり低くなる。それに対して、
「随分でかいな……ヴァルキリアフォームより4cmは上回っている。俺の元の身長が、この辺りだから……」
 何しろ自分の部屋である。頭の位置などは充分把握している。
「だいたい……164cmくらいか?」
 一般的な女性としては、決して低くはない。
「セーラ様、体重の方も計ってみてください」
 身長が高くなって、胸も大きくなっている。それを考えると大方予測はつく。
「51キロ……」
 元々80キロの男子高校生であるが、それでもどういうわけか「大台突破」がショックだった。
「身長の増加――これは副産物で、全体的に筋肉量が増えています。水の中でこそその真価を発揮しますが、陸上でも充分に戦えます」
「水中戦用フォームか」
「人魚の型と呼んでましたが、現代風に言うならマーメイドフォームといったところでしょうか」
「そいつはいいが……やっぱり体が重いな。直前まで軽いフェアリーフォームだったのもあるんだろうけど」
「パワーは一番ですが、そのかわりに俊敏性がなくなってしまうのですよ。フェアリーの逆ですね」
「だったら打たれ強くなるってか?」
「はい。その衣装はもちろん魔力の鎧ですが、体そのものも頑丈になっています」
「あ、そ」
 まじめに答えるキャロルに、皮肉が通じなくて憮然とするセーラ。
「そしてフェアリーフォーム同様に、『長きもの』を手にすれば闘いを補えます」
 伸縮警棒を手渡すキャロル。フェアリーフォームの時は、『叩くもの』としてクラブに変化させたものだ。
 セーラは受け取った警棒を伸ばして、意識をこめてみた。するとそれは、あっと言う間に槍に変化した。
「なるほど、怪力で力任せにということか?」
「陸の上ではそうなります。しかしあくまでも真価は水の中」
「ふーん……でも、この一本がフェアリーでもマーメイドでも使えるなら、いつも持っていた方がよさそうだな」


 そのころ、清良の通う高校にある室内温水プールでは、休日返上で自主トレをしている水泳部の生徒がいた。
 彼の名は魚住 平(うおずみ・たいら)。ダイナミックなクロールでコースを泳ぐ……が、しかし途中で諦めたように足を着いてしまった。
「くそっ、どうしてもタイムが伸びない。このままじゃ、また平田にレギュラーの座を取られちまう……」
 実力の拮抗するライバルが、同じ水泳部にいた。しかし魚住は精神面の弱さを指摘され、大会において補欠に甘んじたことがある。
「あの屈辱……あんな思いはもうたくさんだ……」
(ほう、それがお前の望みか?)
 突然耳元で女の声が響いた。
 驚いて辺りを見渡す魚住。しかし、誰もいない。
(ふふふ、こっちだ)
 声のした方――プールの中を見ると、そこに何故か一匹の「ピラニア」がいた。
「えっ!? わああっ!?」
 実際はそうでもないと言われるが、「人食い魚」として知られるそれだ。ちなみに一匹でも、噛みつかれるとやっぱり痛いらしい。
 どうしてそんなのがプールの中にっ――と思う間もなく、あわててプールサイドに上がろうとする魚住。しかし、「ピラニア」がその足首に食らいついた。
「ぎゃあああああっ…………あ――」
 そしてそのまま、それはずぶずぶと魚住の体内に潜り込んでいった……


 明けて月曜日。そろそろ学年末試験に入ろうかという時期である。
 ケンカは多いがちゃんとやることはやっているため、成績もそこそこのものがある清良。なので進級自体はさほど問題はないのだが。
 この日も清良は幼なじみの同級生、友紀とともに登校してきた。すると、見慣れない女子生徒たちが校門に、登校してきた生徒を出迎えるように整列していた。
「何かしら?」
 怪訝な表情をする友紀。
 この学校は男女比が9:1で男子の方が多かったが、スパイダーアマッドネスやバットアマッドネスの事件を経て、「女子」が一気に増えている。それでも少ない女子だ。見覚えくらいありそうだが、その女子たちは誰も見覚えがなかった。
「登校中の皆さん、おはようございます。元生徒会長の一場です」
「私は副会長だった二岡です」
 その言葉に驚く生徒たち。奇異の目で見るものもいるが、彼女(?)たちは堂々とその視線を受け止めていた。
 生徒会の役員であったこの集団は、皆アマッドネスの起こした事件に巻き込まれて女性化し、最近やっと退院してきたらしい。
「醜い争いをしたあげく、私たちは天罰というべき報いを受けました」
「それを深く反省して、私たちは新しい会長の下で一から出直します」
「さぁ新会長、どうぞ」
 一場に促されて前に出てきたのは、高森雅也だった少女であった。彼――彼女もまた、バットアマッドネスにとりつかれていたため、そこから解放されても女性のままなのだ。
「お、おはようございます。このたび新たに生徒会長をさせていただくことになりました、高森みやびです」
 真新しいセーラー服の女子生徒(……)たち。その最前列で挨拶をする。
(あ、アイツもやっぱり安楽みたいに――)
 スパイダーアマッドネスにとりつかれていた少年、安楽知由は女性化を無造作に受け入れていた。そして高森だったこの少女も、女性としての生を受け入れたようだ。……もちろん泣いても喚いても元には戻れない、というのもあるだろうが。
「二人の先輩の強い推薦で、会長に着任しました。未熟者ですが、精一杯がんばりますので、どうか助けてください」
 この推薦には色々と裏がありそうだ……清良はそう思った。
 バットアマッドネスとなった高森を畏怖して――あるいはその際の支配がまだ残っているのかもしれないし、逆に高森が、生徒会の役員たちをみんな女性に変えてしまった責任をとる意味で、会長を引き受けたのかもしれない。
(ま……ある意味では望みどおりだったらしいな。大変かもしれないけど、今度は二つの派閥をふらふらなんてわけにもいかないし……)
 仕方ないとは言え、女性にしてしまった……「やってしまった」その思いが、清良に年齢に似つかわしくない哀愁を漂わせた。
 しかし反面、前向きに「女として」生きていくこの面々にエールを送りたい気持ちもあった。


 放課後。そろそろ試験期間になるので、部活も休止になる。
 水泳部の面々も、最後の練習に余念がなかった。その中には、魚住に代わって部のエースとなった平田の姿もあった。
 25mを泳いでターンというところで、彼はプールサイドに魚住の姿を認めた。
 学生服姿――泳ぐ格好ではない。
「なんだお前? 休みじゃなかったのか?」
 ふたりの関係は元より良くない。だからこそ魚住は平田に代表の座をとられて、ことさら悔しがっていたのだ。
「ああ、遅れてきただけだ」
 魚住は抑揚のない声で答えた。
「別に練習に来なくてもよかったんじゃないか? ……どうせ補欠なんだし」
 「勝利者」の歪んだ余裕。見下した態度。……しかしそれは、自分の「死刑執行」にサインをしたも同然だった。
「補欠……そうだ、お前さえ……いなければ……」
 その憎悪こそが、とりつかれた原因。
 魚住の手のひらに皮膜が生成され、それは次の瞬間、水掻きに変わった。
 そして学生服を切り裂いてウロコにまみれた肉体が出現する。
 豊かに膨らんだ胸元は、童話の挿絵の人魚のように、二枚貝の貝殻で覆われる。
 顔も女の……しかし人魚というより、むしろ半魚人寄りのそれに変わった。
「う……うわァッ!! 化け物っ!!」
 室内プールは大パニックになった。


 清良はプールへと急いだ。
「セーラ様っ」
 いつの間にか、黒猫のキャロルが横に付き従う。
「ああ、また出やがった。……くそっ、ウチの学校はアマッドネス出現頻発地帯かよっ?」
 アマッドネスが怪人体に変身すると、清良の意識に電流のような感覚がはしる。
 そして、半ば本能的に現場へと走り出す。
 人のいなくなったところで立ち止まると、清良は精神を集中させた。
 右手首の紅いブレスレットが鳥の意匠のブレイズガントレットに、左手首の蒼いブレスレットが魚の意匠のアクアガントレットに変化する。
 真紅の手甲を真上に、蒼いそれを地に。
 そのまま水平になるように大きく回し、両脇に引きつけると前方に突き出して、クロスする。

「変身」

 掛け声と同時に手甲がスパークを放ち、清良は一瞬にしてセーラー服姿の少女戦士へと変わる。
「よし、とりあえずこの姿で行こう。敵のタイプがわからないしな」
 それでも場所がプールだけに、水中タイプの敵ではないかという予想はあった。
 ……そしてそれは、的中していた。
 ピラニアの特性を持つアマッドネスは既に一人――平田を毒牙にかけていた。しかしどうやら恨みが先走り、他の面々に目もくれなかったため、幸いなことに犠牲者は彼だけのようだ。
「昨日の今日でいきなり水中タイプかよ。とにかく上がってこいっ!」
 セーラはそう叫ぶが、相手はプールから出てくる様子はない。「……って言って出てくるわけないか。だったらこっちから出向いてやるまでだっ!」
 セーラはその場でキャストオフすると、左手のアクアガントレットを押さえて叫んだ。

「超変身」

 体操服が散り散りになり、濃紺の水着と化して再構築される。
 足元はかかとまで抱え込む、青いサンダル。
 セーラ・マーメイドフォームの実戦復帰……しかし、それこそがピラニアアマッドネスの狙いだった。
 覚醒直後なので、まだ一気に目的の姿に変身できない――つまり、今のセーラは、一度ヴァルキリアフォームを経ないとフェアリーフォームやマーメイドフォームに変身できないのだ。
 そのために隙が生じる。ピラニアの化け物は女性化した平田を離し、絶対有利なはずの自分のテリトリーから飛び出ると、そのままセーラに襲い掛かった。
「このっ!!」
 セーラは反撃を試みるが、今までのどのフォームより明らかに身体の動きが重い。
 陸上では鈍重になるマーメイドフォームの弱点を突かれ、「布の鎧」に守られていない脚を狙われて、ものの見事に噛み付かれてしまった。
「うわぁぁぁっ!!」
 セーラの甲高い悲鳴が、室内プールに響き渡った。



EPISODE5「人魚」 END




 ピラニアの異形――ピラニアアマッドネスの牙が、セーラのふくらはぎに食らいついた。
「こっ――このぉっ!」
 痛みを堪えて反撃するセーラ。しかしその大振りなパンチを難なくかわし、ピラニアアマッドネスは即座にプールの中に戻った。
「ちっ。女のクセになんて固い脚……噛み千切ってやるつもりだったのにっ」
 一方のセーラも、脚にダメージを負って膝をついた。
(くっ……筋肉が増えたおかげで持ってかれずにすんだか……思った以上に鈍いぜこの体……)
 いくら水中用のフォームとはいえ、相手も水中をテリトリーとする魚型のアマッドネス。アドバンテージなしでは競り負けるのでは……などと考えていると、またピラニアアマッドネスが水の中から飛び掛かってきた。

「ド……ドレスアップ!」

 その叫び声とともに、スクール水着の上にセーラー服が形成される。
「……ちっ」
 エンジェルフォームに攻撃を防がれ、ピラニアアマッドネスは再度舌打ちをする。
 そして三たびプールに飛び込み、ものすごい勢いで反対側に泳ぎだした。
「まっ、待ちやがれっ!」
 追うべく走り出すセーラ。だが、ピラニアアマッドネスはそれより早くプールを泳ぎきり、反対側の窓をつき破って室内プールの外に逃げた。

「キャストオフ……超変身」

 セーラはすかさずヴァルキリアフォームに……続けてフェアリーフォームに超変身する。
 割れた窓からとび出し、妖精の翅を広げて空へと舞い上がるが、ピラニアアマッドネスの姿はすでに何処にも見当たらない。
「チキショウ、まだそうは遠くには行ってないはず……」
 だが、宙に浮かぶレオタードの少女が注目されないはずもない。周囲が騒がしくなる。
「やべぇっ」
 セーラも慌ててその場から飛んで逃げた。



−EPISODE6「竜巻」−



 ひと気のない校舎の裏に着地して、もう一度エンジェルフォームに戻るセーラ。
 心配した黒猫の遣い魔、キャロルが近づいてきた。本来の高岩清良の姿で一緒のところは見られたくない。
 ガントレットをリストバンドに変えると、一見した限りこの学校の女子生徒に見える。そしてそのままの姿で、セーラは騒ぐ生徒たちの中に紛れ込んだ。
「セーラ様、ご無事ですか?」
「ああ、逃げられちまったがな。こっちも逃げちまったけど……」
 小声で答えるセーラ。だが逃げたのは目撃者からか? それとも闘いから?
「……それよりキャロル、やっぱりあの姿――マーメイドフォームは鈍重過ぎて使えないんじゃないのか?」
「そんなことはありません。陸の上での動きの鈍さは、他の姿を利用すればカバーできます。それに水の中では無敵ですし、毒素にも強いのです。現にほら、アマッドネスが奴隷を作り出すエキスも無害にしてますでしょ?」
 その説明にはっとなるセーラ。確かにアマッドネスの異形たちに襲われた「被害者」は、女性化された上に「操り人形」にされている。
 あわててニーソックスをずらしてみるが、脚には噛み跡がなかった。
「あれ? 確かに噛みつかれたはずなのに……」
「一瞬で男が女に変わるほどです。肉体が瞬時に再構築されているのですよ。だから普通の人の軽傷なんかは、一度フォームチェンジすれば消えてしまいます」
「チェンジか……」
 セーラはふと遠い目になる。「でも、ヴァルキリアフォームを通さないと超変身できないってのは不便だな。一気にできればフェアリーの非力をマーメイドで、マーメイドの重さをフェアリーでカバーできるんだが……」
「そうですね、それはまだセーラ様の覚醒が完全じゃないからかと……ところでセーラ様、先ほどの『ドレスアップ』というのは?」
「あ、あれ……ね」
 言われて頬を染めるセーラ。少女の姿だけに可愛らしい。「いや、脚を狙われていたから、そこまでカバーされているフォームになりたかったんだ。エンジェルフォームに戻るってのは、まだやってなかったから、気持ちを込めるために言ってみたんだよ」
「よろしいかと。とっさのガードには有効でしょうし」
 そう言うと、キャロルは黙り込む。
 セーラがマーメイドフォームに対して低い評価をしたことを覆そうにも、本人がその利点を認めないといけない。それには何より実戦で使って見ることだが、先ほどのピンチでセーラが「怖気づいている」のも感じ取れた。
 結局、それを克服するには……


 一方、本来の男の姿に戻ったピラニアアマッドネス――魚住は、ひとりほくそえんでいた。
(これでセーラはあの姿をしばらく使えまい。……ふふふ、何も奴を倒さなくてもいい……奴が水に入れないようにさえすれば、あとは川沿いを中心に奴隷どもを増やしていき、やがて皆が復活した時にも優位になる。万がいちセーラが現れても、すぐに水の中に逃げればいい……何しろ奴は「人魚」になれないのだからな……)
 そう、それこそがピラニアアマッドネスの狙いだったのだ。


 今回は被害者が一人だったため、アマッドネスの正体がすぐに特定できた。
「水泳部の魚住か……けど」
 清良は渋い表情を浮かべた。目的である恨みを晴らした魚住は、こっちに正体がばれていると知れば、二度と学校には現れまい。
「……くそっ」
 やるせない気持ちで歩きだす清良。
「……!?」
 被害者がまた出たということで学校の部活は中止になっているはずなのに、体育館から音がする。
 不思議に思った清良が覗き込むと、それは白い練習用のレオタードを身につけて新体操のルーチンを自主トレしている友紀だった。
 華麗なテクニックで舞うその姿に、しばらく魅了されていたが……
「何してんだ? 騒ぎがあったからみんな引き上げただろ?」
「清良……うん知ってる。でも、どうしても練習したかったの」
「試合でも近いのか?」
 友紀は首を横に振った。「最近変な事件が立て続けに起きているでしょ。恐くて……でもこうして体を動かしていると、なんだかそれを忘れられるような気がして」
 今のところこの付近での「犠牲者」は男子のみ。だからといって、今後女子が犠牲にならないとの保証はない。
 その不安と、友紀は彼女なりのやり方で戦っているのだろう。
(……俺はいったい何やってんだ……ちょっと攻撃された程度でびびっちまって。……友紀がこうしてがんばっているのに、奴らと戦える俺が逃げてどうする?)
「なぁ、ちょっと話いいか?」
「……うん?」
 二人は体育館の床に直接座り込んだ。清良はあぐら、友紀は足を横に投げ出して座る。
「……例えばさ、お前が新しい技をマスターしたとする」
「うん」
 新体操の話だと、友紀は解釈した。
「それをいざ試合で使うのは、恐くないか? 今までの技で無難にやってみようとか思わないか?」
「うーん、恐いと思うよ」
 真面目な清良の表情に、友紀も真面目に答える。「……でも、やるしかないよ。そうしなきゃ、次に進めないし」
「問題はそこだ。どうやって、その最初の一歩を踏み出すんだ?」
「やっぱり……不安に立ち向かうには勇気しかないでしょ?」
 当たり前のように、だが本人も自分に言い聞かせるように答える友紀。
 だがそれは、清良が忘れてしまったことを思い出させたくれた。
 敵前逃亡の屈辱……それよりも、みんなを守れる力を持ちながら敵に臆したことで浮かべていた険しい表情が、ふと緩む。
「勇気……か。お前の名前と一緒だな」
「なによ、真面目に答えてやったのに」
 優しげな表情で話しかける清良に、友紀は頬を膨らませた。
「いや違うよ。お前は命の次にそんないい名前を親からもらったんだなって思ってさ」
「……うん、この名前好きだよ」
「わかった。俺が家まで送ってやるから、好きなだけ練習続けてろ」
 友紀の微笑みが、清良に再び「守るための闘い」を決意させた。
「ありがと。……でも清良、何かあったの?」
 しかしまだ顔に不安が出ていたようだ。それを悟られぬように、清良はことさらぶっきらぼうに答えた。
「……なんでもねぇよ」


 翌日。
 予想通り、魚住は登校して来なかった。
(いくら俺に負けない自信があるといっても、わざわざ邪魔者のいるところには来ないか……どうする? この様子じゃ家にいるとも思えないし)
 昼休み。清良は学校の屋上でパンを食べながらそう思った。食べ終わるとそのままごろんと横になる。
「後手に回るが、奴が行動を起こしてから動くしかないな……」
 午後の授業が始まった。屋上には誰も他にはいない。
 幸か不幸か「不良」のレッテルを貼られている清良。はじめから教室にいないのなら「サボリ」で片付けられるだろう。


「おい、あれを見ろ!」
 近くの川で護岸工事をしていた作業員の一人が、川の真ん中を指して叫んだ。
 春めいてきたとはいえ、こんな季節に学生服姿の少年がひとり、立ち泳ぎをしている?
「君っ、何している!? この水温でそんな格好じゃ風邪をひくぞっ」
 親切心の忠告に、少年――魚住は薄ら笑いを浮かべ、次の瞬間ピラニアアマッドネスに変身した。
 獲物を見つけて、舌なめずり。
「ば、化け物ーっっ!!」
 我先にと逃げ出す作業員たち……だが逃げ遅れた一人が噛み付かれ、哀れにも性別を反転させられた――


 学校の屋上でそれを待っていた清良の脳裏に、電気のような感覚が走る。
「……来やがった」
 清良は跳ね起きると、肩幅に足を開いて立つ。
 同時に右手を太陽に、左手を下へと向ける。手首のリストバンドが、紅と蒼のガントレットに変化する。
 右手を12時から9時の位置に、左手を6時から3時の位置に動かし、それを体にひきつけ、前方に突き出してクロスする。

「変身」

 一瞬にして、清良の姿は戦乙女セーラ・エンジェルフォームに変わった。そして立て続けに――

「キャストオフ」

 体操着姿のヴァルキリアフォームにチェンジ。現状では、これを経ないと他のフォームに変われないのがもどかしい。
 それを態度で示すかのように走り出し、紅い手甲を叩く。

「超変身」

 ピンクのレオタード姿になると、セーラは宙へと舞い上がった。背中に生えた妖精の翅が、彼女を高速の世界へと誘う。
 そしてセーラは「嫌な感じ」のはしった方へと飛んだ。


 逃げ遅れた男たちを、ピラニアアマッドネスは次々と、文字通り毒牙にかけていく。
 だが、彼女はそこで動きを止め、空を振り仰いだ。
「ふふふ、今日はこのくらいにしとくか……」
 まるで一仕事終えたかのような言い草。余裕綽々である。
「お前は水の中には入ってこれまい……捕まりはしないさ」
 接近してくるフェアリーフォームのセーラをあざ笑い、ピラニアアマッドネスはからかうように水の上に撥ねてまで見せた。
「このっ」
 セーラは一気に加速するが、すんでのところで川の中に逃げられる。
「くっ」
 一瞬、躊躇するセーラ。
 そしてフェアリーフォームのまま、空を飛んで追跡を続ける。
 避難しそこなった人たちが空を飛ぶレオタード姿の少女に驚き、指差してくる。だが、セーラにはそれを気にしている余裕はなかった。
(くくく、臆病者め。あたしの敵ではないわ)
 水を――正確にはマーメイドフォームに変わることを、セーラに恐れさせることに成功した……ピラニアアマッドネスはそう確信した。
 何しろ人目につこうがフェアリーフォームのままで空を飛び続けているのが、いい証拠。
 完全に余裕を持ったピラニアアマッドネスは、わざと水面近くを泳ぎ続け……川筋が二股に分かれているところで、いきなり深く潜った。
「ア、アイツっ! ……キャロル、どっち行ったかわかる? あたしの方はアイツが潜ったら、感じが途絶えちゃったのよ」
 変身してから10分以上が経ち、既に言葉遣いが女の子らしく変化している。だが、セーラはそれに違和感をおぼえていない。
「わ……わかりません。やはり水中に入らないと――」
「水の中……」
 マーメイドフォームでいきなり傷つけられたことを思い出し、背中に嫌な汗をかく。
 セーラは空中に浮いたまま、下を向いてしまう。そして、己の姿が目に入る――
「レオタード……」
 新体操の練習をして、不安と戦っていた少女を思い出す。「……そうよね。友紀、あなたの勇気をもらうわよっ」
 セーラは飛び込み角度で一気に降下した。

「超変身」

 左腕の手甲を押すと、レオタード姿から体操着姿……そして濃紺の水着姿へと姿が変わる。
 美しいスタイルの「人魚」は、魔の潜む川の中へと飛び込んだ。
(馬鹿なっ!? ……まずい、水に飛び込んだら、奴がその力に気づいてしまうっ)
 その焦りが皮肉にも信号となって、セーラに500メートル先に潜むピラニアアマッドネスの居場所を教えた。


 水中に飛び込んで3分以上――「素潜り」なのに息が続くことに、セーラはやっと気がついた。
(……何で息が続くのかしら?)
(セーラ様、聞こえますか?)
(キャロル?)
(その姿の時は、長い髪がえらのように水中から酸素を取り込みます。だから行動に制約がありません。……それにほら、陸の上より体が軽く感じませんか?)
(あ……言われてみれば)
(水中には鯨など大型の生物がいますからね。水の浮力が体を支えてくれるんです。……そして足元をご覧ください)
 言われるままに自分の足を見ると、履いていたサンダルが足ひれに変わっていた。
(棒を武器に変えるくらいだから、このくらいありよね)
 同じ水中に飛び込んだことで、空中からでは分からなかったピラニアアマッドネスの位置も感じ取れた。
 セーラ・マーメイドフォームは猛追を開始した。
 同時に下流へと逃げるピラニアアマッドネスの動きが、何故かだんだん鈍くなってきた。
(な……なんだこの水は? ……ぐぶっ、く、苦しいっ)
 ついには喉を押さえてもがきだし、その場に止まってしまう。追いついたセーラは、その姿に戸惑った。
(何で逃げないのかしら? まだあたしのこと馬鹿にしているの?)
(いえ……恐らくは海水のせいかと)
(あっ、そうか。ピラニアって確か淡水魚――)
 川と海の両方をテリトリーとする鮭などの魚ならばともかく、ピラニアは海水では生きられない。
(待って。もしかして、ここって東京湾に近いのかしら?)
 海水、そしてそれ以上に汚染された環境……汚れた水にピラニアアマッドネスは苦しめられている。
(皮肉なものね……環境破壊に助けられるなんて)
 だが同情は無用。セーラは持っていた伸縮警棒を伸ばした。戦乙女セーラ・マーメイドフォーム(illust by MONDO)
 その「長きもの」は、水中ゆえか槍ではなく「銛」へと変化する。小振りなものの、先端は海神ポセイドンの三叉の矛のようになっていた。
「いくわよっ。……えいっ!」
 陸の上では鈍重さを作り出した元凶の筋肉がここではバネとなり、セーラは手にした銛を弾丸のように撃ち出した。
「グギャアアアアアアアッ!!」
 止まった標的である。狙いは外れない。
 ピラニアアマッドネスは汚染された水と銛に貫かれたダメージで、もはや半死半生の状態だ。
 そこへやっとセーラが追いついた。ぐったりしたピラニアアマッドネスを捕まえると、さらに海底に潜っていく。
 そして海底に、しっかりと二本の足で立った。
(さあ、あなたを解放してあげるわ。ちょっと痛いけどガマンしなさいね)
 念でそう伝えると、セーラはその膂力でピラニアアマッドネスを担いだまま、力任せにぐるぐると回転しはじめた。
 やがてそれは大渦へと変化していく。まさに海中の竜巻だ。
 そして回転が最大になったところで、セーラはピラニアアマッドネスを渦の中に放り投げた。
 ピラニアアマッドネスは下から上に、錐もみ状態で舞い上げられた。
 そのまま海中から飛び出し、錐揉み状態のまま水面に叩きつけられる。
 叩きつけられた衝撃の水柱、そしてピラニアアマッドネスの爆発による水柱が立ち上がった。
(やりましたね、セーラ様)
(うん。これもユウキのおかげ)
(えっ? 友紀様?)
(ふふっ、それもあっているわね……)
 マーメイドフォームへの不安を解消したセーラは、自然と「女性的な笑み」を浮かべていた。
(さあ、魚住くんを……あ、もう魚住さんね、助けないと――)
 気絶したまま水面に浮かんでいる “少女” に向かって、泳ぎだすセーラ。
 その優雅な足捌きは、メリハリのあるプロポーションとも合わさって、本当に人魚のように見えた。

EPISODE6「竜巻」 END




 夕暮れの東京湾――
 汚れているとはいえ、夕日が水面に映えると、それはそれで美しい景色。
 ある者はぼんやりと、またある者は作業の手を止めて、そんな海を眺めていた。
「……ん?」
 港で作業していた一人が、誰かが泳いでいるのに気づいた。
 暖かくはなってきたとはいえ、まだ三月。とてもじゃないが “水遊び” する時期ではない。
 なのに女の子が泳いでいる……それもスクール水着姿で?
「なんだぁ?」
 などと思っていたら、そこへ巡視艇が波を蹴立ててやって来た。


「すいませーん、この子を助けてあげてくれますぅ?」
 巡視艇のクルーが警告を発するその前に、彼女の方から立ち泳ぎでゆっくりと船縁に近寄ってきた。
 可愛らしい声、甘ったるい口調――いかにも「女の子」という感じの喋り方。
「あ、ああ……」
 いきなり声をかけられて、クルーたちは一瞬、呆気に取られる。
 その愛らしい顔に不釣り合いな、豊満な二つの胸の膨らみ……目のやり場に困ったクルーが視線をはずすと、彼女が抱えているもう一人に気づく。
 ぐったりしている。溺れたのか……? とにかくその身体を船へと引き上げる。
「……いっ!?」
 ところがまたまた驚いた。こちらも少女――しかも全裸だ。なおさら目のやり場がなくなってしまう。
 超古代の封印からよみがえった異形の女性戦闘集団アマッドネス。その「犠牲者」の例に漏れず、彼――魚住 平という名の少年もまた、肉体が女性化してしまったのである。
「お……おいっ、も、毛布だっ。毛布持ってこいっ!」
 水難事故から救助した人の、保温のために常備している毛布にその身体を包みこむ。
「ああ良かったぁ……あたし一人ならいいんですけど、さすがにもう一人抱えて泳ぎ続けるのはちょっときつくてぇ――」
 天真爛漫な笑顔を浮かべて立ち泳ぎを続けるスクール水着姿の少女――セーラに、巡視艇のクルーたちは皆一様に絶句する。
「か、抱えて泳ぐって……」
「き……君たちはこの東京湾で、いったい何をしていたんだ?」
 彼等の問いかけに、セーラはにっこり笑って小首をかしげた。「うふふっ……女の子には、いっぱい秘密があるんですよ♪」
 そう答えるやいなや、彼女は長い黒髪を翻し、シンクロを思わせる優雅な動きで水の中に潜ると……クルーたちを尻目に、あっという間に港の桟橋に泳ぎ着いた。
「は、速い!?」「まるで魚……いや、人魚みたいだ――」
 巡視艇のクルーたちは、その姿をただ呆然と見送るだけだった……



−EPISODE7「残響」−



「……んしょっ、と」
 ピラニアアマッドネスにとりつかれていた魚住を救助してもらい、セーラは一人、港へと上がった。
 だが、当然まわりの注目を集めてしまう。……そりゃそうだろう。東京湾でスクール水着姿の女の子が泳いでいたら、いやでも目立つ。

「うーん、仕方ないわね……ドレスアップ」

 腰まであった髪の毛が短くなり、スクール水着の上に体操服が形成される。
 驚く目撃者たちの間を、セーラはヴァルキリアフォームの俊足で一気に駆け抜けた。そして人目につかないところでもう一度「ドレスアップ」して、エンジェルフォームに変わる。
 両腕のガントレットをリストバンドに戻してしまうと、セーラの姿は “普通の” 女子学生に見える。
「便利だわ。フォームチェンジしたら服も下着もいっぺんに乾いちゃった」
 スカートの裾をつまみ上げ、セーラは嬉しそうに微笑んだ。
 「魔法の鎧」は各フォームごとに一度分解・再構築されるので、その際に余計な水分などは散らされるのだ。
 それにしても、彼女の口調が妙に柔らかい。まるで――
(セーラ様、ご無事ですか?)
 頭の中に従者――遣い魔の声が響いた。
(あっ、キャロル? ……うん、平気よ。あたしは大丈夫)
 髪の毛の上から右の耳を軽く押さえて、セーラは思念を返した。
(平気よ……って、せ、セーラ様? その喋り方――)
(どこか変? 普通の女の子の喋り方だと思うけど?)
 次の瞬間、キャロルの思念があたふたしたものに変わった。
(ふ、「普通の女の子」って……あ、あの、ご自分のお名前言えます?)
(何よ急に? あなたいつも呼んでるでしょ、「セーラ」って)
(いや、その――)
(でも外国人には見えないし、今は「せいら」って名乗っとこうかしら? あたしの本名の読みも本当は「キヨシ」じゃなく、「せいら」が正しいし)
(えっ? そ、そうなんですか?)
 これはキャロルも知らなかった。
(うん。ちっちゃい頃から「女の子みたい」ってしょっちゅうからかわれて、それに反発して体鍛えて喧嘩ばかりして……で、結局「不良」呼ばわりされるようになっちゃったのよね)
(それであんなに立派な体格なんですね……)
(そうなの。でも……今はこのまま女の子でいたい。そんな気分よ)
(あああっ、やっぱりっ)
 悲鳴じみたキャロルの思念。どうやら何か懸念していた事態に直面したらしい。
(ん? どうしたのキャロル? 何が「やっぱり」なの?)
(い、いいえっ! な、なんでもありませんっ)
(ふーん……まあいいわ。じゃあ今から帰るわね。でも学校に戻っても仕方ないから、うちにそのまま帰るわ)
(あ……は、はい)
(幸いお金も持ってるし、暖かくなってもきたし、それにフェアリーフォームで飛んで帰ると目立っちゃうから、少し散歩しながら電車で帰るわねっ)
(あ、セーラさ――)
 鼻歌でも歌いだしそうな調子で思念を返すと、セーラは念話を打ち切ってしまった。
「さぁて……あ、でもその前に、この服をどうにかしたいわね」
 エンジェルフォームは自分の学校の女子制服がイメージの元になっている。ただこの辺りは学校がないから、このままだと目立ってしまうかもしれない。
「そういえば、前にキャロルが『この服はイメージで作られたものだ』って言ってたわね。……じゃあ、もしかしたら」
 ビルの裏手に回ると、セーラは別の服のイメージを浮かべてみた。
 すると着ていたセーラー服が、みるみるうちに春物のワンピースに変わっていく。
「……わあっ」
 色はパステルピンク。いたるところにフリルやレース、リボンが飾りつけられていて、まるでパーティードレスみたいだ。
 街を歩くにはぎりぎり……いや、余計に人目を引いてしまいそうだが、
「きゃーっ♪ やっぱりこういうこともできるのね。……あ、それじゃあ他のフォームでも、イメージしたら違う格好になれるのかしら?」
 体をひねって自分の装いを確認し、すっかり浮かれきった口調ではしゃぐセーラ。
 そこには高岩清良としての男らしさどころか、戦闘時の凛々しささえもなかった。
(例えばマーメイドの時にスク水じゃなくて、ビキニとか……きゃっ♪)
 ビキニを着た自分の姿を想像し、紅くなった頬を両手で押さえて身をくねらせる。
 そう、今ここにいるのはお洒落なワンピースを着た、どこにでもいそうなショートカットの可愛い女の子。
「そうだ、どこかに鏡がないかしら?」
 セーラは今の自分の姿をちゃんと見ようと、大通りに出てみた。
「……あら?」
 けたたましいサイレンの音がして、数台のパトカーが横の車道を走り去っていく。
 通りにいた人々の注目がそちらに集まる。セーラもつられるように同じ方を向いて、小首をかしげた。
(何かあったのかしら? でもアマッドネスの気配は全然感じないし……)
 ピラニアアマッドネスを倒したばかりである。そう立て続けには現れないだろう――彼女はそう思った。
「……うん、おまわりさんにお任せしましょ。今のあたしは『か弱い女の子』だし、ねっ」
 そうつぶやいてパトカーを見送ると、セーラは鼻歌交じりに反対方向へと歩きだした。


あたし、高岩せいら。……普通の女の子よっ♪
(illust by MONDO)



 戦ったあとでもあり、小腹がすいてきたセーラは喫茶店に入った。
「お一人さまですね。こちらへどうぞ」
 店員に席へと案内される。スカートがしわにならないように気をつけて、脚を揃えて椅子に座る。
「う〜んと、どれに……あ、これいいかも」
 メニューとにらめっこすること数分。セーラはケーキセットを注文した。
「お待たせいたしました」
 注文の品が運ばれてきた。ストロベリータルトとアッサムティーの組み合わせである。
「ありがとう」
 可愛らしいワンピース姿のセーラが笑顔を浮かべて礼を言うと、その若い店員は、ぽっと顔を赤らめて、そそくさと店の奥へ戻った。
(でもなんでこんなの注文しちゃったのかしら? あたし、普段は甘いの苦手なはずなのに……)
 などと思いながら紅茶を一口飲んで口を湿らせ、タルトを一切れ頬張る。
 次の瞬間、セーラは目を見開いた。「お〜いしい〜っ」
 そしてグルメ番組のリポーターになれそうなくらい、美味しそうな表情を浮かべる。
(や〜ん、甘くて美味しい……やっぱり味覚も女の子のそれになっているのかしら?)
 セーラは何も考えずにストロベリータルトを平らげると、ティーポットから継ぎ足した紅茶の香りを楽しみ、まったりと幸せな気分に浸った。


「はぁ……はぁ……や、やった……やっちまったぜ……」
 ちょうどその頃、一人の男が路地裏で荒い呼吸を繰り返していた。
 くたびれた作業服姿で、その手には黒いバッグが握りしめられている。
 男はつい今し方、近くのサラ金業者を襲って金を奪い、警察に通報されて現在逃走中なのである。
 そう、セーラがすれ違ったあのパトカーは、この男を追っていたのだ。
 さっきまでひっきりなしに鳴っていたサイレンの音が、少しずつ遠ざかっていく……
「ど、どうやらサツは、い、行っちまった……ようだな。……ち、畜生っ。……ぜ、絶対逃げ切ってやる。絶対に――」
 大金の入ったバッグを抱えこむと、男――馬場はもう一度あたりを見回し、なるべく自然に振る舞いながら、ゆっくりと歩き始めた。


 支払いを済ませ(ちなみにサイフも変身の影響か、可愛らしい女の子むけのデザインに変化している)、セーラは店を出る前にトイレに入った。
 何の迷いもなく女子用のドアを開け、個室に入って座って用を足す。
「……ふうっ」
 スカートをたくし上げるのも、ショーツを下ろすのも……そして股間に何もないことにも違和感を感じない。
 手を洗うために洗面台に立ち(もちろんハンカチも女物に変わっている)、セーラは目の前の鏡を見た。
「うわぁ……」
 そこで思い出す。自分が今どんな姿をしているかを確かめるつもりだったことを。
「……自分で言うのもなんだけど、とっても可愛いわ」
 スカートの裾をなでつけ、胸元のリボンが少し曲がっているのに気付いてそれを直すと、二、三歩後ろに下がって鏡に全身を映してみる。
「うん、この服も似合ってるし。でも、もうちょっと胸があってもいいわよね。今度、Eカップのマーメイドフォームで試してみようかな?」
 そしてまた改めて鏡を見つめる。まだあどけない少女の顔。
「……そうだっ」
 前髪をいじりながらセーラはふとあることを思いついて、その口元をほころばせた。


 逃走中の馬場は、大胆にもネットカフェに入った。
 人の多いところにまぎれこむ……というのは考えても、不特定多数とともに過ごすネットカフェは警察としても捜索の盲点だった。
 もっとも過去に、そこを宿を取った犯罪者がいなかったわけではないが。
「…………」
 まだ非常線が張られているだろう。馬場はここで朝を待ち、ラッシュにまぎれて電車で移動するつもりだった。


「えーっと……あ、あったあった。……ふ〜ん、こんなにいっぱい種類があるんだ」
 ところ変わって駅前の100円ショップ。
 セーラはそこで化粧品やアクセサリーを買い込んでいた。
 口紅、マスカラ、ペンシラー、ブローチ、イヤリング……手持ちのお金がそれほどあるわけでもないし、また「初めて」だということもあったので、いきなり高いものを買うつもりはない。
 それでもセーラはうきうきしながら、それらをカゴに入れてレジへと持っていった。
「ふふっ、おうちに帰ったらさっそく使ってみよっと。……楽しみだわ」


 ところが帰宅したのはいいものの、さすがに今の女の子の姿のままで家には入れない。
「う〜ん、あんまり気が進まないんだけど…………仕方ないか」
 しばし逡巡し、セーラは意識を切り換えて、やっと「清良」の――男の姿に戻った。
 だが、途端に苦虫を噛み潰した表情を浮かべて、自分の体を見下ろす。「うええっ……やっぱりむさくるしいわ、男の体は。でも、おうちに入るまでガマンしなきゃ」
 高い身長、筋肉質な体、低い声――元の姿のはずなのに、凄まじいまでの違和感を覚えてしまう。
「…………」
 喋ると女っぽさが出てしまうので、清良(セーラ)は黙って家の中に入った。
「あら、せいら。……お帰り」
 品のいい中年女性――母親が清良(セーラ)を出迎えた。エプロン姿だということは、夕食の準備中なのか。
 多少薹が立ってはいるが、美人といえる顔立ち。長い髪を頭の後ろで纏め上げている。
「お母さん、ただいまぁ。……あ」
 いきなり声をかけられて、つい愛想良く答えてしまう清良(セーラ)。あわてて口元を手で押さえる。
 今の「女の子」な意識では、いつものように無愛想な口調で返事する方が難しい。
「あらあらずいぶんご機嫌ね。今日は『せいら』って呼んでも怒らないし……それにいつもは『オフクロ』って言うのに、いったいどうしたの?」
「え……だ、だって、本当の名前だし――」
「そうね……もうちょっとでご飯できるから、少し待っててね、せいら」
「う……あ、ああ、わ、わかった……」
 思わず「うんっ、わかったわ」と答えそうになって、すかさず誤魔化す清良(セーラ)。そのまま逃げるようにトイレに駆け込んだ。
「ふぅっ。……変に思われなかったかしら?」
 中に入ってほっとしたら、本当に尿意をもよおしてきた。清良(セーラ)はズボンのジッパーを下ろしてパンツの中の……
「…………」
 だが、その手が途中で止まってしまう。「だめ……こ、これ触るの、ち、ちょっと気持ち悪いかも――」
 あろうことか自分の体の一部であるはずの、「男のシンボル」にどうしても触れない。グロテスクにさえ感じてしまう。
(な、なんで? 体の一部なのに……あああっ、漏れちゃう! だっ……だめぇっ!!)
「……!?」
 次の瞬間キーワードもポーズもなしに、「清良」から「セーラ」へと変身してしまう。
 セーラはあわててスカートをたくし上げ、便座に座り込んだ。
「ふううっ……間に合った。でも、なんだか今はスカートの方が違和感ないのよね」
 二重の意味でほっとするセーラだった。


 そのあと再び男の姿に “変身” し、できるだけ喋らないように気をつけて、家族の目を誤魔化しながら夕食を済ます。
 いつもと違う兄の様子に、妹の理恵はさかんに首をひねっていたが……さすがにその中身が「女の子」になっているとは全く気付かない。
 清良(セーラ)は食事を終わらせると、そそくさと自分の部室に閉じこもった。
「…………」
 部屋の鍵をかけ、耳を澄ませてドアの外に誰もいないことを確認すると、清良から「セーラ」の姿に “戻った”。
「やっぱりこの姿の方が落ち着くわ……」
 その場でくるりとターンすると、スカートの裾がふわりと翻った。
 エンジェルフォーム――セーラー服から、街を歩いていた時とは違うタイプのワンピース姿に変わる。
 そして買い込んだ化粧品を机の上に並べると、セーラは鏡に向かってお化粧を始めた。
 遣い魔の従者が窓から部屋に入ってきたのは、そんな時だった。
「な……何をなさっているのですか? セーラ様」
「あら、キャロル」
 振り向いて小首をかしげ、セーラはいたずらっぽい笑みを浮かべて尋ねた。「……ねえ、どう? 似合う?」
 今は落ち着いた緑色のワンピース姿。服の色は地味だが、口元にひいたルージュがセーラに華やかな印象を与えていた。
「お、お似合いです、セーラ様――」
 キャロルが口ごもったのは動揺をごまかそうとしたのではなく、その姿にかつての主(あるじ)を思い出したから……
「やはり魂は同じなのですね。かつてのセーラ様も、髪こそ戦いの邪魔にならないよう短くされてましたが、とてもお洒落な方でした。紅を差すことも珍しくなく……ああ、お懐かしい」
(そう……それで初めてのお化粧なのに、こんなにうまくできたのね、あたし)
「うふふ、ありがとうキャロル」
 そう言うと、セーラは椅子から立ち上がり、踊るように部屋の真ん中へと移動した。「さぁて、服を思い通りに変えることができるんだから……今からちょっとしたファッションショーをやってみよっと♪」
「…………」
 絶句するキャロルを尻目に、セーラは着ている服を次々と変化させてはしゃぎだした。

 まずはスカートの裾がたっぷりと広がった、キュートなエプロンドレス―― 「……わあっ、可愛いっ」

 続いて、黒のボレロとプリーツを組み合わせたシックなアンサンプル―― 「うふっ、こういうのも似合うわね……」

 さらにはパフスリーブのブラウスと、膝上のミニスカート―― 「……やだっ、少し短すぎたかしら?」

 そして、ドレープが美しいプリンセスドレス―― 「すてき……本当にお姫さまになったみたい」


戦乙女セーラ・プリンセスフォーム?(illust by MONDO) 戦乙女セーラ・ミニスカフォーム?(illust by MONDO)



 ……どれもみな、可愛らしいデザインの服ばかり。
 そして疲れてベッドに入る際にも、着ているものをベビードール風のネグリジェに変化させたほどである。
 しかし、眠りに落ちた瞬間――すなわち意識を失ったと同時に、本来の高岩清良――男の姿に戻る。
 ネグリジェも帰ってきてから着た部屋着に変わった。メイクは寝る前に落としていたので問題ないが……もしかしたら、これもとれてなくなっていたかもしれない。
「ふうっ。目が覚めてから大変だろうな……」
 キャロルはその寝顔を見て、憂鬱な口調でつぶやいた。


 深夜のネットカフェ。
 馬場はバッグを抱えたまま、うつらうつらとしていた。
 日雇いの仕事を得ている者が宿泊するのは珍しくない。だから馬場もそんな一人と思われたのか、通報はされなかった。


 朝。清良はまどろみの中で目が覚めた。
(あれ? 俺、いつのまに部屋に……えーっと、確かピラニア野郎を追いかけて、川に飛び込んで何とか倒して……それから――)
 ぼんやりした頭で、前日の行動を思い起こす。
 そう、可愛いワンピース姿に喜んで、甘いケーキに浮かれて、家に帰って化粧までして……すっかり「女の子」していた前日の行動を――

「・・・・・・!!」

 清良は猛烈に恥ずかしくなり、布団を頭から引っ被った。


「え、えーとですね、セーラ様は最初に肉体が女性になりますが、時間とともに精神もシンクロしていくのですよ。それが進むと心と体が一致して強さを増すのですが、ある一定時間を過ぎると、過剰にシンクロして『女性としての意識』が勝ってしまうのですよ。戦闘終了後に女言葉になっているのはその表れで……」
 朝食の時間になっても布団の中に引きこもる主の傍らで、キャロルはしどろもどろに説明を続ける。
「そ、それでも10分程度なら、変身を解除すればリセットされるのですが、昨日の場合は戦っていた時間が長すぎて、完全に自意識が女性になってしまって、いわば『基本が女性で、男に変身する』って状態に……って、あの、セーラ様? 聞いてます?」

「うるせえうるせえうるせぇーっっっ」

 布団を被ったまま怒鳴る清良。「……あんな恥ずかしい思いはたくさんだっ。俺はもう絶対変身しねえぞっ!」
「…………」
(ああ……こうなるのが分かってたから言いたくなかったんですよ……)
 人間だったらため息をつきそうな、キャロルであった。


 一方その頃、ネットカフェで一夜を明かした馬場は、非常線を回避したものの職務質問に引っかかって、警官に追われていた。
「畜生っ! あと少しだったのにっ! なんとか、なんとか逃げ切れば……」
(ふふふっ、その足では無理だな)
「……!?」
 走りながら馬場はぎょっとした。警察官に追いつかれて耳打ちされたかと思ったが……違う?
(このラブレが力を貸してやろう。お前に追いつけるものはいなくなる)
 語りかけてきたその「悪意の塊」は、返事も聞かずに馬場の体内に潜りこんだ。
「ううぅっ!?」
 馬場はびくりと痙攣し、その場に立ち止まった。
「……?」
 転んだとかならいざ知らず、いきなり立ち止まるとは……観念したのか? 追いかけていた警官たちは、一瞬そう思った。
 ところが立ち止まっていた馬場の体が、突然膨らみだした。
「……!?」
 その顔は異様に長くなり、チェスのナイトを思わせる馬の顔に変化した。
「……!!」
 下半身も異様に膨らんでいく。そして馬の胴体と脚を作り上げる。
 逞しくなっていく上半身……だが豊満な乳房が、辛うじてそれが女性であることを示していた。
「な、なんだぁーっ!?」
「ばっ、化け物っ!!」
 パニックに陥る警官たちの前に、ギリシャ神話の半人半馬――ケンタウロスが立ちふさがった。


EPISODE7「残響」 END




 女ケンタウロス――ホースアマッドネスと化した馬場は、驚く警官たちを尻目にそのまま俊足を飛ばして逃げ出した。
「ま、待てぇっ!!」
 警官たちが威嚇射撃でその足元を撃つが、完全に無視して走り去る。
「こ、こちら警ら! 職務質問をした馬場と思われる男が……その、馬の、ば、化け物に――」
 警官の一人が無線機に怒鳴り……つっかえて顔を赤らめる。
 まるで特撮ヒーロー番組の登場人物になった気分である。役どころは怪人の出現に右往左往する、役に立たないおまわりさん――といったところか。
 無線で言ってて思わず照れてしまう……そんな報告だが、はっきり言ってそれどころではない。
「……お、恐らくは、頻発する性転換事件の重要参考人と思われます。応援願いますっ」
 いきなりな結びつけだが、清良の通う高校以外にも、二つのエリアで男が女になるケースが続出している。……そう、先に戦闘エリアとなった、ブレイザとジャンスの守る一帯だ。
 段階を踏まえず、ほぼ一瞬で性転換してしまう――「超常現象」としてとらえるしかないのも無理はない。さらには「怪物に襲われて、意識を取り戻したら女になっていた」という “被害者” の証言も多数寄せられている。警察も、さすがにそれらを無視できない。
 そしてその「怪物」が、実際目の前に現れたのだ。しかも男だったはずの馬場が、どうみても明らかな「女」に変わっている。

 街は……そしてホースアマッドネスの行く道は、大騒動になった。


「……!!」
 布団に潜り込んでいた清良は、アマッドネス出現を感じ取った。キャロルも同様に、髭をひくつかせて顔を上げた。
「……セーラ様! また現れたようです」
「うるせえっ! もうセーラに変身なんかしねえって言ってるだろっ!!」
 長時間の変身で意識まで女性化してしまったのを、清良はひたすら恥ずかしがっていた……いや、恥じて変身を拒否していた。
 そして怖れてもいた。意識の奥の奥まで女性化して、二度と元に戻ろうと思わなくなるのではないかと。
「ああ、やっぱり……」
 キャロルは大きくため息をついた。



−EPISODE8「天馬」−



 ごくごく普通の住宅街、そこにある庭付きの二階建て一軒家――高岩家。
 二階には空き部屋と、二人の兄妹のそれぞれの部屋がある。そして清良は自分の部屋……さらには布団の中に完全に引きこもっていた。


「セーラ様っ、それでいいんですか!? あなたのお気持ちは一時的なものですが、アマッドネスの犠牲者になった男性は、この先死ぬまでずっと女性として過ごすんですよっ。それに性転換ならまだしも、ヘタしたら命を落とす人もいるかもしれないんですっ」
「…………」
 キャロルの説得が続く。だが、天の岩戸は開かない。
「セーラ様がちょっとだけガマンしてくだされば、みんなが救われるんですよ」
「ジャンスとかブレイザってのがいるんだろ……そいつらに頼めよ」
「いえ、恐らくお二方には、この出現がわかってない可能性があります」
 布団がぴくり――と動いた。
「……どういうことだ?」
 意外だったのか、それは清良の気をひいた。
 キャロルは説明を続けた。「セーラ様たちがアマッドネスを感じ取る能力にも、当然ながら限界があります。現代の単位で言うなら、半径三キロ程度の範囲までしか分からないんです」
「…………」
 それもそうだ。でなければ、清良はブレイザやジャンスの戦いも感知しているはずなのだ。つまり二人が戦っている場所は、ここから感知できないほどの距離があるということだ。
「アマッドネスの出現に気がついたセーラ様が、駆けつけるしかないんですよ。……私も協力しますから、お願いします、セーラ様」
「……チキショウ、分かったよっ。行きゃあいいんだろ行きゃあっ」
 渋々ではあったが、清良はやっと布団から出てきた。「こうなったらアマッドネスの野郎をぶちのめして、鬱憤晴らしだ」
「待ってください、セーラ様」
 勢い込んで変身ポーズを取ろうとした清良を、今まで散々急かしていたキャロルがいきなり止めた。
「おい、急がないとまずいんだろう? フェアリーフォームで飛んでいくからよ」
「いえ、それではいささか目立ち過ぎます」
「あ……」
 前日のピラニアアマッドネスとの闘いを思い出す清良。川沿いに飛んでいるところを、多くの人に目撃されていた。
「確かにあれはちと拙かったか……」
「それに『私も協力する』と言いましたよ。なるべく変身時間が少なくなるように……かつ目立つのを避けるため、私がセーラ様をアマッドネスのところまで運びます」
「……は!?」
 目が点になる清良。
 どう重く見ても5キロもなさそうな猫が、どうやって清良を運ぼうというのだ?
「セーラ様、戦乙女のお話はご存知ですか?」
 清良の表情を読み取ったキャロルが、にやりと笑みを浮かべた。
 厳密には “当事者” に聞いているのだから、「覚えてますか」が正解だろう。
「いや、知らねぇ」
「戦乙女は天馬にまたがって戦っていたのですよ。天馬たちは戦乙女の足となり、戦場を駆け抜けたのです」
「それがどうした? ……まさか、俺が変身するように……お前もか?」
「正確には、『戻る』と言いたいところですが――」
 キャロルはぴょんと飛び跳ねると、窓際から庭に飛び降りた。
 同時に黒い輝きすら放つ毛並みが、灰色を経て白く変わっていく。体の大きさも大型犬を越えるサイズまで膨れ上がった。
 そして首と脚が伸び、馬のシルエットに変化していく。輝く白い背中から、巨大な一対の翼が出現した。
 清良はあわてて部屋を飛び出すと、階段を駆け下りて庭に出た。
「きゃ、キャロル……これがお前の、本来の――」
「姿なのですよ、セーラ様」
 声はいつもと変わらない、女性の声のまま。
 それは神話の世界に生きているはずの、天駆ける馬――ペガサスだった。
「さぁ、私の背にお乗りください」
「い……いや、これだと余計に目立つんじゃねぇか?」
「何故です? ただの馬ですよ? レオタード姿の女の子が羽根広げて空を飛ぶより目立たないでしょう」
 神話の世界に生きてきたキャロルとしては、もっともな主張だった。
「だ〜っ!! 空飛ぶ馬も目立つに決まってんだろがっ。それに今時、馬で行き来する奴なんか東京にゃいないって」
「それもそうですね。では――」
 天馬――キャロルの姿が再び変わっていく。顔がフルカウルに、四肢は前輪と後輪に、巨大な胴は細くなって楽にまたがれるように――
 そして鋭角的な白いカウルの右に紅い、左に蒼いウイングが形成された。
「……どうです? 鉄の馬ならいかがです?」
 ヘッドライトとウインカーが、その言葉に合わせてちかちかと瞬く。
「お、お前って……いったい――」
 一台のオートバイへと姿を変えたキャロルに、清良は度肝を抜かれた。
「私はいわば『人造生命体』なのです。だから悠久の時も超えることが出来たのです。このくらいの変化はわけありません」
「じ……人造生命体?」
「このオートバイなら大丈夫でしょ? 確か免許はお持ちのはずですよね、セーラ様」
「あ、ああ……これなら問題ないぜ」
 清良はキャロル・バイクモードにまたがった。「……XR250か。まあ、何とか操れるだろう」
 実際は必要がないのだが、右ハンドルのアクセルを回す。
「よーし! 突っ走るぜ、キャロル!」
「はい、しっかりつかまっていてくださいよっ」
「おうっ…………って、うおおっ!?」
 中型バイクだと思っていた清良は、その加速に面食らった。それはもっと大排気量のバイクに匹敵する加速だったのである。


 ホースアマッドネスは、高速道路上をひたすら走り続けていた。
 それはヨリシロとなった馬場の「逃げる」という意識が残っているのか? それとも何かの作戦なのか?
 パトカーはことごとく振り切られた。今は白バイ隊員だけが、かろうじて追跡を続行している。


「…………」
 一方、清良も警察とチェイスの真っ最中だった。
 ノーヘル、しかも明らかなスピード違反、ついでにナンバープレートもないときた。
 これではホースアマッドネスを追っているのか、警察から逃げているのか分からない……


 なおも走り続けるホースアマッドネスは、その先のPAに暴走族の一団を見つけた。
 どうやら夜通し暴走行為を繰り返し、ここで “お開き” にしようというところらしい。
「んあ? ……なんだぁ?」
 遠くから聞こえてくるサイレンの音に、暴走族の一人が首を巡らし……仰天した。
 一頭の馬がこっちに向かって走ってくる。……馬? いや、違う?
 だがホースアマッドネスは、怪訝な表情を浮かべた暴走族たちの真っ只中に突っ込んだ。そして二本足の姿に変化する。
「おうてめえっ! いったいなんのマネだぁ!?」
 いきなりの闖入者に、すごむ暴走族たち。
 それに対してホースアマッドネスは、手にした大剣を相手の胸に突き刺すことで返答した。
「う、うああっ!!」
「やべえっ! こいつマジだっ!!」
「たっ、助け――」
 ことここに至って、それが特撮ドラマの撮影でもなければ、イカれたコスプレでもないと悟る。
 暴走族たちはあわてて化け物から逃げようとするが、ホースアマッドネスは彼等に次々と刃を突き立てていった……


 清良はやっとホースアマッドネスに追いついた。
 いや、どうやら待ち伏せされていたらしい。ホースアマッドネスと、バイクに乗ってそのまわりを取り囲む、女たちの集団。
「野郎……」
 瞬間的に血が沸騰するのが分かった。自分をおびき寄せ、数で叩くという作戦だということか。
 そのためだけに、無関係の者たちを毒牙にかけるなんて……
「確かに恥ずかしがってはいられねぇな」
 清良は心の女性化を恐れるのをやめた。「……キャロルっ! お前に命、預けるぜっ」
 疾走するバイクの上にそのまま立つ。両腕のリストバンドが、戦闘意欲に応じてガントレットに変わった。
「セ……セーラ様? 何を?」
 バイクモードのキャロルは慌ててバランスを取り直した。
「こっからは、さすがに変身してないときつそうだからなっ!」
 右手を天に、左手を地にかざす。そのまま両腕を水平に運び……脇にひきつけ、前方に繰り出す。

「変身」

 スパークする赤と青のガントレット。次の瞬間、清良はセーラー服姿の少女戦士へと姿を変えた。
「よし、このまま奴等を突っ切るぞっ!!」
「あの、それは良いのですがセーラ様……下着見えてますよ」
「えっ?」
 走るバイクの上に立った状態で変身したから、スカートの後ろの方が盛大にまくれ上がっていた。
 可愛らしいお尻、純白の下着。
 セーラは思わず両手でスカートを押さえ、あわててシートに座り直した。そして後ろを振り向き、追跡していた白バイ隊員たちをにらみつけた。
「見たなぁ……スケベっ!」
「「…………」」
 頬を真っ赤に染め、甲高い声で叫ぶセーラ。
 後を追ってきた白バイ隊員たちも、目の前で大柄な少年が可憐な少女へ変わり、さらに盛大な「サービス」をしたので呆気に取られている。
(セーラ様、それだとまるっきり女の子ですよ……)
 しかしさすがにそれは口にせず、キャロルはその代わりにアドバイスを告げた。「ポーズはあくまで “儀式” ですから、意識さえすればハンドル握っていても変身できますよ」
「くそっ……そうだったな。忘れてたから思いっきりサービスしちまったぜ。ううう……もうお嫁に行けない」
「い、行くんですか? セーラ様っ」
「たっ、ただのジョークだっ。……それよりキャロル、バイクの姿のままで飛べるか?」
 一瞬口ごもると、セーラは戦いに気持ちを切り替えて尋ねた。
「お任せを」
「……よしっ」
 目前に迫り来る元暴走族の女たち。その直前でセーラの乗ったバイクが前輪を持ち上げ――
「……!!」
 モトクロスのようにジャンプして、突っ込んできたその一団をかわした。
 ところが、最後尾の面々はすでに方向転換に入っていた。セーラが突っ切るか飛び越すのを見越しての動き。
 さらに別の一団が、前方から突っ込んできた。挟み撃ちだ。
「キャロル! 合図したらいいなっ!」
「了解です」


 ホースアマッドネスの目的――それは最初からセーラの抹殺。覚醒が不完全なうちに、叩くつもりなのだ。
 そしてそのために彼女をおびき出し、手の出せない人間を差し向けてきたのだ。少なくとも、囲い込んで動きを取れなくすることは出来ると。

「させるかっ……超変身」

 セーラは右のガントレットを叩く。体操着姿のヴァルキリアフォームを経て一気に超変身。フェアリーフォームに姿を変えた。
 同時にキャロルも、一瞬で黒猫の姿に戻る。セーラは彼女を胸元に抱えて、宙に飛んだ。
「「……!! うわああああっ!!」」
 目標を失い、バイクに乗った「操り人形」の女たちは互いに衝突して、次々と転倒していく。
 そしてなまじ間を離していたのが、ホースアマッドネスにとって裏目に出た。
 充分な距離を置いた状態で、キャロルが再びバイクモードに変わる。セーラも非力なフェアリーから、ヴァルキリアに「ドレスアップ」する。
「接近したら、クロスファイアを叩き込む」
 もちろんそれがすんなりできるとは思ってない。案の定、ホースアマッドネスは四脚――疾走体に変化した。
(逃げる? それとも……)
 もしUターンして逃げたら、その背中に飛び乗って「決める」つもりだ。だがホースアマッドネスは、真っ正面からこちらに向かってきた。
「おもしれぇ……変則のチキンレースだぜ」
 セーラもスピードを落とすことなく、立ち向かっていく。
 両者の距離が、どんどん近づいていく。ホースアマッドネスの右手に剣が、左手に盾が出現した。

「超変身」

 セーラは左手のガントレットを叩く。相対距離10メートルで、スク水姿のマーメイドフォームに変身する。
「馬鹿めっ。腕力があっても陸でノロマの人魚に何が――」
 だが、その嘲りがホースアマッドネスの油断に繋がった。人魚姫の手には伸縮警棒……それが一瞬で騎上槍に変化する。
(しまった! 鈍重さはバイクがカバーしている!)
 慌てて進行方向を変えようとするホースアマッドネス。だがスピードが乗っているため、止まりきれない。
 逆に速度を落とすことなく、マーメイドランスを抱えたセーラがその真横を駆け抜けた。
 ホースアマッドネスは咄嗟に左手の盾でガードしようとしたが、マーメイドの腕力とバイクのスピードでそれを弾かれ、そのまま胴をぶち抜かれる。
「ぐおおおっ!!」
 叫び声を聞くまでもない……手ごたえが物語っていた。セーラはバイクを止めて振り返った。

「戦乙女、聖なる武具、天馬――三位一体。……名付けてスプラッシュブルー」

 セーラの口上に重なって、ホースアマッドネスの断末魔が響き渡った。
「悪よ、泡のように消え去れ」
 決め台詞に合わせたかのように、ホースアマッドネスは爆発……昇天した。
 その爆風が、マーメイドフォームの長い髪をなびかせた。


 ホースアマッドネスが倒されて、支配されていた暴走族たちも次々に意識を失っていく。
 救急車を手配した白バイ隊員が、再び「馬の化け物」を追ってみれば……
「あっ、おまわりさん。……もう終わりましたよ」
 そこにいたのは、道の真ん中に全裸で倒れている女性と――
「……?」
 白バイ隊員たちは何故か口を半開きにし、唖然とした表情を浮かべてこっちを見つめてくる。
 怪訝に思ったセーラは、改めて自分の姿に目をやった。

「いっ!? ……いやああぁんっ!!」

 次の瞬間、顔を真っ赤にし、慌てて両腕で体を隠す。
 バイクにまたがるスクール水着姿の女の子なんて、奇異の目で見られて当然である。
「あ、やだっ……ね、ねえキャロル、今のであたし、もう女の子モードに入っちゃったみたい。どうしよう……?」
(やれやれ……)
 顔を赤らめおどおどする主に、キャロルはバイクの姿のまま、苦笑した。


EPISODE8「天馬」 END

戦乙女セーラVol3に




女の子らしい夢、見れるかな?(illust by MONDO) 今回は#5〜8を。
 俊敏性に特化したフェアリーフォームと対を為すマーメイドフォームを中心に。
 この2段変身について語りだすと果てしなくなるのでやめときますが(笑)

 そしてTSコメディ。可逆系のお約束でなりきりのエピソードも。
 これは#2で既に布石が打ってありますけどね。

 最後のホースアマッドネスを倒した時の口上は「ライダー」ではなく「魔弾戦記リュウケンドー」の決めから。

 次のVol3ではもう一人の戦乙女が出てくることになる予定です。

 今回もお読みいただき、ありがとうございます。

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