闇の中。邪悪な魂たちが会話をしていた。
(タランに続いてチスまでが)
(空飛ぶ戦乙女も…セーラの覚醒が進みつつある)
(まずいぞ。このまだともう一つも…)
(ふん。ならばこのリーナの出番だね)
(しかしお前ではなおさら奴のもう一つの姿には)
(策はあるよ)

 日曜日。清良の自宅。彼は風呂場から体重計を持っていこうとしていた。
「あーっ。お兄ちゃん。そんなのどこにもって行くのよ?」
 ショートカットの生意気そうな少女。
 小柄の上に幼い顔でサイドに「ボンボン」をつけた姿が可愛くて小学生に見えそうだが、これでも中学生の高岩理恵に見つかる。
 ギクッとばかしに硬直する清良。
「アー…まーちょっとな…」
 彼は曖昧にごまかすと体重計を抱えて二階の自分の部屋に逃げ帰った。
「ちょっと? お兄ちゃん。もう」

 鍵をかけて密室にする。そして「ふう……」とため息を一つ。
「セーラ様。お持ちになりました?」
 事務的な確認に過ぎなかったのだが逆鱗に触れた。
「るっせぇ。お前が変なもの持ってこさせるから、妹におかしな目で見られたろーが」
 八つ当たりである。人間だったなら首をすくめそうなキャロル。
「す…すいません。しかしアマッドネスとの戦いの前にもう一つの姿についての説明をするために入用だったんですよ」
 そういわれては仕方ない。
 三月に入り随分と春めいてきた。この日は気持ちのいい風が吹いていて、換気のためにあけていた窓。
 それを閉じてさらにカーテンまで。その上で清良は変身した。

戦乙女セーラ

EPISODE5「人魚」


 まずは変身直後のセーラー服姿のエンジェルフォーム。妹と同様の愛らしい姿で体重計に乗る。
「44キロ…このサイズにしちゃあるほうなのかな?」
 つぶやく声も可愛らしい。とてもではないが変身前の大男と同一人物とは認識できない。
「ところでキャロル。俺は元々の体重は80はあるんだが、なくなったぶんはどうなってんだ? 身長もだけどな」
「さぁ?」
 首をかしげる黒猫。
「さぁって……お前は太古の昔から『セーラ様』に仕えてきたんだろうっ?」
「その声で大声を出さないでください。それに理恵様以外の『女の子』の声がしてはまずいのでは?」
 セーラは慌てて口を閉ざす。落ち着いたところでキャロルが語る。
「私がつかえていたセーラ様は元々女性です。だからそんな大きな変化はしませんでした。だから今のセーラ様のそれについてはわからないんですよ」
「…無責任だな……」
 しかし言い分はもっともだ。
「まぁどこかに行っちゃったということで」
「いい加減だな。おい。まぁいい。続けるぞ。次は……キャストオフ!
 いつもより小声で言う。セーラー服が爆ぜて…というより霧散して体操着姿に。そして体重計に。
「46キロ……」
 何故か2キロ増が嫌なセーラだった。『女心』?
「これは昔のセーラ様もそうでした。恐らくは筋肉のぶんだと」
「変わるのは魔力だけじゃないのか?」
「多少は身体能力そのものも上がっているんですよ」
「なるほど。んじゃ次で…超変身
 右の赤いブレイズガントレットを抑えるとピンクのレオタード姿に。そして
「うそ? 35キロ。随分と減ってない? 道理で非力になるはずだ」
 体重が乗るとは言うがそれを言っているのではない。筋肉力の減少を指摘している。

 そして問題の「残りの一つ」である。
「セーラ様。イメージは固まりました?」
 セーラー服。体操着。新体操のレオタード。そして残りの一つである。
 あらかじめ特性を聞かされていた。それが余計にイメージを固めてしまっていた。
「ああ。こっちの青いのを押さえりゃいいんだな?」
 コクリと頷く黒猫。
 レオタード姿のセーラは左手のアクアガントレットを右手で押さえてつぶやく。
「超変身」
 一瞬にしてレオタードが体操服に再構築される。それがまた散り散りになりセーラの裸体にまとわりつく。
 濃紺の水着。そう。いわゆるスクール水着だ。
「ああ…やっぱりこのイメージか」
 嘆くセーラ。しかし今までで一番体格がいい。
 フェアリーフォームだと薄くなる胸が、こちらの姿では逆に大きくなった。
 エンジェルフォームでBカップ。ヴァルキリアフォームでCカップ。フェアリーでA。
 そして今はEカップだった。
 目立つ特徴はむしろ髪の毛。今度は腰に達するスーパーロングヘアになっていた。
(何かまとわりつきそうだな)
「まずはセーラ様。ハシラに」
「ああ」
 これは身長を計っていた。ちなみにフェアリーは身長もかなり低くなる。それに対して
「随分でかいな…ヴァルキリアより4センチは上回っている。俺の元の身長がこの辺りだから…」
 何しろ自室である。自分の頭の位置などは充分把握してある。
「大体164くらいか?」
 一般的な女性としては低くはない部類。
「セーラ様。目方のほうも」
 身長が高くなっている。胸も大きくなっている。それを考えると予測はつく。
「51キロ……」
 元々80キロの男子高校生である。それでもどういうわけか「大台突破」がショックだった。
「身長の増加。これは副産物で全体的に筋肉量が増えています。水の中でこそその真価を発揮しますが、陸上でも充分に戦えます」
「水中戦用フォームか」
「人魚の型と呼んでましたが…現代風にあわせるならマーメイドフォームというところでしょうか」
「そいつはいいが……なんか体が重いな…直前まで(軽い)フェアリーフォームだったのもあるんだろうけど」
「パワーは一番ですが、そのかわりに俊敏性がなくなってしまうのですよ。フェアリーの逆ですね」
「だったら打たれづよくなるのか?」
 セーラにしてみたら皮肉のつもりだった。
「はい。その衣装はもちろん布の鎧ですが、体自体も頑丈になってます」
「あ、そ」
 皮肉が通じなくて憮然とする。
「そしてフェアリー同様に補えます。『長きもの』を手にすれば」
 伸縮警棒を手渡す。フェアリーフォームの時は『叩くもの』としてクラブに変化した。
 セーラは警棒を伸ばして意識をこめてみた。
 それはあっと言う間に槍に変化した。
「なるほど。怪力で力任せにということか?」
「陸の上ではそうなります。しかしあくまでも真価は水の中」
「ふーん。でもこの一本がフェアリーでもマーメイドでも使えるなら、いつも持っていた方がよさそうだな」

 そのころ、清良の通う高校にある温水プール。
 休日返上で自主トレをしている生徒がいた。
 彼の名は魚住平(うおずみたいら)。
 ダイナミックにクロールで泳ぎきる。しかし諦めたようにやめてしまう。
「くそっ。どうしてもタイムが伸びない。このままじゃまた平田にレギュラーの座を取られちまう」
 実力の拮抗するライバルが同じ水泳部にいた。
 しかし魚住は精神面の弱さを指摘され大会において補欠に甘んじたことがある。
「あの屈辱…あんな思いはもうたくさんだ」

(ほう…それがお前の望みか?)

 突然女の声が響く。魚住は驚いて辺りを見渡す。しかし誰もいない。
 事務員などはいるがこんな女の声ではない。

(ふふふ。こちらだ)

 声のしたほう…プールの中を見ると一匹の「ピラニア」が。
「わあっ」
 実際はそうでもないといわれるが人食い魚として知られるそれだ。驚いてプールサイドに上がろうとする。
 しかしその前に「ピラニア」が魚住に食いつく。
 そしてそのままずぶずぶと魚住の体内に。

 月曜。そろそろ学年末試験に入ろうかという時期。
 ケンカは多いがちゃんと授業を受けている上に、成績もそんなに悪くない清良は進級自体は問題なかった。
 この日も友紀と共に登校してきた。すると見慣れない女子たちが出迎えるように校門に整列していた。
「なにかしら?」
 怪訝な表情をする友紀。
 この学校は男女比が9:1で男子の方が多かった。
 しかしスパイダーアマッドネス。バットアマッドネスの事件を経て「女子」が一気に増えた。
 それでも少ない女子だ。見覚えくらいありそうだが、誰にも見覚えがなかった。
「登校中の皆さん。おはようございます。元生徒会長の一場です」
「私は副会長だった二岡です」
 その言葉に驚く生徒たち。奇異の目で見るものもいるが、一同は堂々としている。
 やはりあの事件の犠牲者で女性化していた。やっと退院してきたらしい。
「醜い争いをしていたあげく、天罰というべき報いを受けました」
「私たちはそれを深く反省して、新しい会長の下で出直します」
 ようするにそのアピールだったのだ。
「さぁ。新会長。どうぞ」
 一場に促されて出てきたのは高森雅也だった少年。
 彼…彼女もまたバットアマッドネスに囚われていたため、解放されても女性のままだ。
「お…おはようございます。このたび新たに生徒会長をさせていただくことになりました高森みやびです」
 女性化してしまい真新しいセーラー服の一団。その最先端で挨拶をする。
(あ…アイツもやっぱり安楽みたいに)
 スパイダーだった少年は女性化を無造作に受け入れた。
 そして高森だった少女も女性としての生を受け入れた。
 もちろん泣き喚いても元には戻れないのもあるが。
「二人の先輩の強い推薦で着任となりました。未熟者ですががんばりますのでどうか助けてください」
 この推薦には色々と裏がありそうだ。清良はそう思った。
 バットアマッドネスとなった高森を畏怖して。
 あるいはその際の支配がまだ残っている。
 逆に女に変えた責任をとる意味でやる羽目になった。
(ま…ある意味では望みどおりだったらしいな。大変かもしれないがな。今度は二つの派閥をふらふらなんてわけにもいかんしな)
 仕方ないとは言えど女にしてしまった…「やってしまった」その思いが清良に年齢に似つかわしくない「哀愁」を漂わせた。
 しかし反面、前向きに「女として」生きていくこの面々にエールを送りたい気持ちもあった。

 放課後。そろそろ試験期間になり部活も休止。
 最後にもうひと泳ぎと言う水泳部の面々であった。
 その中には魚住に代わってエースとなった平田の姿も。
 泳いでターンというところで魚住の存在を認めた。
 学生服姿のまま。泳ぐスタイルではない。
「なんだ? 休みじゃなかったのか?」
 両者の関係はもとより良くない。だからこそ魚住はことさら悔しがっていた。
「ああ。遅れてきただけだ」
 抑揚のない声で喋る魚住。
「別に来なくてもよかったんじゃないか? どうせ補欠だろ」
 「勝利者」の歪んだ余裕。見下した態度。
 しかしこれは自分の死刑執行にサインをした形。
「お前さえ…いなければ…」
 その憎悪が取り付かれた原因だ。
 手のひらに皮膜が生成される。水掻きになる。
 そして学生服を切り裂いてウロコにまみれた肉体が出現する。
 豊かな胸元は貝殻をあてたようになっている。
 顔も女の…人魚と言うより半魚人のそれになる。
「う…うわァッ。ばけものっ」
 プールは大パニックになった。

 清良はプールへと走っていた。
「セーラ様」
 いつの間にか付き添う黒猫。
「ああ。でやがった。くそ。ウチの学校は頻発地帯か?」
 アマッドネスが怪人体になると清良の脳に電気が走る。
 そして本能的に現場へと駆けつける。
 人のいなくなったところで立ち止まり精神を集中させる。
 紅いブレスレットが鳥の意匠のブレイズガントレットに。蒼いブレスレットが魚の意匠のアクアガントレットに変化する。
 真紅の手甲を真上に。蒼いそれを地に。そのまま水平になるように回す。
 両脇にひきつけると前方に突き出してクロス。

「変身」

 掛け声と共にスパークすると清良は一瞬にしてセーラー服姿の少女戦士へと変わる。
「よし。とりあえずこの姿。敵のタイプがわからないしな」
 だが場所がプールだけに水中タイプの敵ではないかと予想していた。

 そしてそれは的中していた。
 ピラニアの特性を持つアマッドネスは既に一人を毒牙にかけていた。
 しかしどうやら恨みが先走り、他の面々に目もくれなかったため犠牲者が一人なのは不幸中の幸い。
「昨日の今日でいきなり水中タイプかよ。とにかく上がって来い!」
 セーラはそう叫ぶが敵はプールから出てくる様子はない。
「でるわけないか…だったらこっちから出向いてやるまで!」
 セーラはその場でキャストオフ。そして左手のアクアガントレットを押さえる。

「超変身」

 体操服が散り散りになり濃紺の水着となって再構築される。
 足元は青いサンダル。かかとまで抱え込むものだ。
 セーラ・マーメイドフォームの実戦復帰。しかしそれこそがピラニアアマッドネスの狙い。
 覚醒直後でまだ一気に目的のフォームに変身できない。
 どうしてもヴァルキリアフォームを経ないとなれない。
 そのために隙が生じる。
 そしてその隙になんとピラニアの化け物は絶対有利なはずの自分のテリトリーから出た。
 そのままセーラに襲い掛かる。
「このっ」
 反撃を試みるが今までのどのフォームより明らかに動きが重い。
 陸上では鈍重になるこのフォームの弱点を突かれた。
 故に「布の鎧」に守られていない脚を狙われて、物の見事に噛み付かれてしまった。
「うわぁぁぁっ」
 セーラの愛らしい声で悲鳴が響き渡る。

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