12月20日。
 街にクリスマスムードが高まるそのころ。警察病院。
 ガラの魂を取り込んだロゼは葉子の姿のまま一日眠り続けていた。
 愛でも忠誠心でもない。恐怖によって縛り付けられているひかりが見守っている。
(今ならもしかして……)
 葉子の華奢な首筋に目が行く。女の細腕でも絞め殺せる。
 殺人者となり牢獄に閉じ込められても魂は恐怖から解き放たれるかもしれない。
 だがそれは出来はなかった。ひかりはアマッドネスだったころ反旗を翻した結果、返り討ちにあい現在の状況に甘んじている。
 恐怖が刻み込まれている。「ライ」の置き土産だった。
 とてもではないが恐ろしくて実行に移すことは出来なかった。
 今度は「男」どころか「命」をなくしそうな気がしていた。
 それでもこの呪縛からは逃れたい。二つの思いがせめぎあう。

 そして逡巡しているうちに童女が目を覚ました。
「よ、葉子様」
 ひかりは自分が間違えたことにすぐに気がついた。
 ただならぬオーラをはなっている。威圧感が凄まじい。ただの童女でないのは一目でわかる。
「ふふふ。時間を要したがガラ。そしてスズの魂も消化した。これでわらわは全てのアマッドネスをこの身に取り込んだ」
「ろ、ロゼ様」
 臣下の礼を取る。もはや手は出せない。
 死ぬまでこの娘のおもちゃにされる絶望に思わず涙が零れ落ちる。
 ロゼにして見ればひかりの胸のうちはお見通し。それを「愉しんで」いる。
「さぁて。後は預けた物を返してもらうとしよう。そして戦乙女どもに礼もしなくてはな」
 とても童女の口から出ているとは思えない声でしゃべる。そして
「ひかり。戦乙女になる穢れた男の『学校』とやらはどこが一番近いか調べろ」
 手始めとばかしに傍らのメイドに調査を命じる。


戦乙女セーラ

EPISODE47「女王」

 警察病院。別の病室に二人の女。
 一人はベッドに横たわり天井を見つめている。いや。焦点のあわない瞳が上を向いているだけだ。 年のころは三十台後半だろうか。
 ベッドに横たわり背の高さは実感できないが長身だ。
 無言ゆえ声はわからない。そもそも感情自体を見せない。
 それを傍らで看護し続けるのは軽部しのぶ。こちらは慈しむ目で見ている。
 だが時折嗚咽を漏らす。
「こんにちわ」
 小声で薫子が挨拶をして許可も待たずに入室する。
「薫子さん」
 こちらも小声で応じる。
「どう?」
 ベッドに近寄りながら尋ねる。この間も横たわる女は感情を見せない。
 しのぶは首を横に振る。ひどく哀しく見える動き。
「警部は……警部の魂も吹き飛んでしまったのでしょうか?」
 そう。この眠る女は三田村だった存在。
 ガラとの融合がとかれたのはよいがそれから一度も口を開かない。
 心を閉ざした。むしろ心をなくしたと言うほうが適切だ。
「警部までが女に」
 やっと異性になって三田村との間に支障がなくなったと思いきや当の三田村が女性化して再び同性に。それでしのぶはひどく落胆していた。
「これではまるで」
「ふん。抜け殻か」
 愛らしい童女の声で傲慢な口調の一言。薫子はこの声に覚えがある。
 そしてしのぶはもっと深いところを知っている。
「あ、ああああっ」
 恐怖で口が回らない。
「しのぶさん? 葉子ちゃん?」
 薫子は理解していなかった。この童女が最大の敵だと言うことを。だから怪訝な表情だ。
 しかし知っているしのぶは違う。
 三田村だった女が搬送されたときに警察病院へ搬送をやめさせようとしていた。
 しかし理由は頑として語らず。結果的に警察病院に。
 そしてしのぶはまるで三田村を守るように付き添っていた。
 今も守るべく自分が覆いかぶさる。
「ふん。そこにいるのがガラとアヌの抜け殻」
 ここで薫子にも事情が飲みこめてきた。とはいえどあまりに予想外。
 何しろ愛らしい幼女として接していたのだ。
 だが薫子の心情を見透かしたかのように童女は邪悪な笑みを浮かべる。
「で、そしてこの肉体はただの器。女王たるわらわの仮の姿」
 自分の肉体を指差して告げる。
「ま、まさかっ」
 これを少女の悪ふざけとは考えなかった。
 だとしたらあまりにも口調がしっかりしすぎている。
 薫子は素早く拳銃を抜いた。だが相手が幼い娘と言う事で躊躇した。
「むんっ」
「きゃあっ」
 薫子は葉子…ロゼの放つ何かの「オーラ」で吹き飛ばされる。
「抜け殻になど興味はない。ただとおりすがっただけだ。負け犬の顔を見るためにな」
 「役立たず」となると徹底して冷たい。まさに女王の威厳。
「いくぞ。ひかり」
 メイドを引きつれ立ち去る。
 薫子は打ち所が悪かったのかおきあがろうとしない。

 同時刻。福真市。
「よう。調子はどうだ?」
「きよし?」
 野川家。パジャマ姿でベッドの上。そんな状態で友紀は清良を迎え入れた。
 既にセーラ相手に肌を見せているからなのか。それとも幼馴染だからなのか。
 パジャマ姿を恥らう様子がない。
 あるいは本調子でなくてそこまで気持ちが回らないのかもしれない。
「学校は終わったの?」
 時間は午後四時。部活に属していないいわゆる「帰宅部」の清良だからこの時間にここにいるのは不思議でもない。
「ああ。退屈なほど平和だったよ」
「そう」
 笑顔になる友紀。それが寂しげになる。
「その平和がスズさんの欲したものなのね」
 一心同体になっていた存在の死が重くのしかかる。
 ガラとの戦いでスズはこの世を去った。
 友紀は完全に復元されたがスズの死が精神的に堪え、体調に影響しベッドでおとなしくしていた。
「そうだな。だがそれはスズ自身の犠牲で出来ている。皮肉だな」
 自嘲的に笑う清良。彼には珍しい。
 それで友紀は清良もいつもの精神状態ではないと感じた。

「結局よ…戦乙女ってなんなんだ? 確かに化物退治はしている。だがその化物も元はと言えばただの人間だ」
「きよし?」
「命はあるが途中からそれまで男として生きていたものを強制的に女としての人生を歩ませる。それで誰を救えているんだ?」
 口調が荒くなってきた。
「落ち着いて。キヨシ。落ち着いて」
 清良にもスズの死が重くのしかかっていた。その重みに潰されそうになっていた。
「キャロルは戦乙女は女神になったと言っていたが、オレに言わせりゃただの女だ。誰も救えてない」
 興奮がひどくなってきた。破滅願望が顔を出した。
 いや。ここに来て身も心も傷つきすぎて悲鳴を上げている。
「…………オレをかばってスズは死んだ。次に消えるのはオレかもな」
 沈んだ口調だが盛大な「悲鳴」を上げた。

 王真高校。
 放課後で生徒会は会議を開いていた。
 しかしなかなかまとまらない。
 会長である伊藤は目を閉じて座っているだけ。しかも議長席にもいない。
 生徒会室の隅に椅子をよせ、黙って会議の様子をうかがっていた。
 進行していたは森本であった。
 現・会長である礼の指名でこの会議を任された。
 会議の内容は定例のもの。なれていれば無難にこなせるもの。
 礼なら見事にこなすが、森本では役者不足である。

 結局はまとまらず次回に持ちこしとなった。
 そしてその責を問われたのは森本であった。
「ひどいですよ。会長。僕にいきなりこんな」
 解散して他の役員が退室して二人だけになると、彼には珍しく礼に対して文句を言う。
「俺もいつまでもいるわけではないぞ」
「でも卒業まではまだ充分に……はっ?」
 ここで森本は気がついた。
 卒業ではない。ないかもれないのは伊藤礼が伊藤礼として存在していられる時間だ。

「ふっ」
 シニカルな笑い。ただしそれは他者を嘲るのではなく自分自身に向けられたもの。
「覚悟は出来ていたつもりだったが…ドーベルの言う女神なんかではなくただの人間。普通の女だったようだな」
 自分をあざ笑う礼。やはりスズの「犠牲」。そして突きつけられたクイーンの恐怖が重くのしかかる。
「森本。笑ってくれ。俺は怖い」
「会長……」
「見ろ」
 彼はブレザーの胸ポケットの生徒手帳を取り出そうとする。
 ところが取れない。手が震えてつかめないのだ。
 12月の寒さではない。原因は恐怖だと森本にも理解できた。
「高岩のことを笑う資格などない。今までは遮二無二戦ってきたから忘れていただけだったんだな。いざ最後の戦い…これで俺が消えてしまうかもしれない戦いが近いと思うと震えが止まらん」
 昏く笑う。家族にすら見せない表情だ。
 一緒に戦ってきた森本相手だから見せる「弱さ」だった。

 百紀高校。珍しくというのもなんだが、順は男子制服姿だった。
 比率で言うなら女子制服姿は三割程度だが、そのインパクトと何より似あう事からもっと多い印象があった。
「どうした? 珍しいな」
 岡元のそんな言葉もそれゆえだ。
 中庭のベンチ。順と岡元は並んで座っていた。
「うん。番長にはこの姿も覚えていてほしいなと思って」
「おいおい。何だ? 今生の別れでもあるまい」
「そうだね。でも…覚悟はしておいた方がいいかなって思って」
 いつものにこやかな笑顔。変わらないはずなのにいつも以上に女の子らしく見える。
「僕が女になりたい……戻りたい思いはたぶん胸の中のジャンスが言わせているんだと思う」
 飄々とした順が不安をもらす。
「クイーンとの戦いで敗れても女になるかも知れないけど、それはまた違うんだ……」
「順……」
「番長。僕は上手くやってきたつもりだったんだけど…結局自分の心はだましきれない。ううん」
 ひどく疲れきった表情を見せる。
「だますも何もわかってたんだよね。僕が僕で無くなるのが怖いと。それから逃げていた」
 番長は言葉も出ない。黙って耳を傾けていた。こちらも理解していた。
 順は清良よりも礼よりも早くに戦いをはじめ、一番長く戦ってきた。
 そして男としての自分と、女になりたい…「戻りたい」自分のせめぎあいと言う心の戦い。
 疲れ切ってしまった。
 いっそクイーンと刺し違えてしまえば楽になれるかな。そんな考えが頭をよぎる。

 福真高校。不幸にもここが警察病院から近かった。
「ここが拳の戦乙女の隠れ場所か。ふふ。ならば」
 つぶやくロゼにつき従うメイドのひかり。
 その奇異な二人は部活などで残っていた生徒達の目を集めるのに充分であった。
「なんだ?」
「メイドと子供?」
 不躾な視線が男子から浴びせられる。その男子にバラの茨がからみついた。
「うわあっ」「きゃあっ」
 瞬間的に「男であること」と「意志」を奪われ奴隷女と化す。
 逃げ惑う生徒たち。ロゼは男子を中心に奴隷女へと変えていた。

「大変ですっ」
 青い顔で千由美が生徒会室に飛び込んだ。そこには生徒会長の高森雅。生徒会の面々。
 そして風紀委員長の飛田翔子がいた。
 全員顔色が悪い。
「皆さんも感じました?」
「感じた。一時的とは言えどアマッドネスだった私の拭い去りきれない絶対の恐怖」
 雅が語るのは本能的なものと言うこと。
 動物が火を恐れるようにアマッドネスはロゼを畏怖していた。
 その気持ちだけは心に刻み込まれていた。
「まずい。校内がパニックに」
 たまたま風紀委員会の報告でここにいた翔子が中庭の惨劇を見て叫ぶ。
 奴隷女は別の男子を捕らえ羽交い絞めに。そこをロゼが奪い取り新たな奴隷女に。
 兵隊を作るのと、戦乙女たちを誘い出すために男子を狙い攻撃をしていた。
 下校時刻を過ぎていたので帰った男子も数多いが、部活で残っていた男子の九割がたが奴隷女へと変えられた。

 福真高校はロゼの城と化した。

 百紀高校。
「お前がお前でなくなる? そんなことはない」
 番長が大声で怒鳴る。恫喝と言うわけではない。地声がでかい。
「少なくとも俺は忘れんぞ。お前と戦った日々のことを」
「番長?」
「お前と言う存在が確かにいた。それは俺が証明する。だから…だから」
 頭をかきむしる。
「あーっ。上手くまとまらん。俺にこんな難しいことはわからんっ」
 彼らしい言い草だった。
「順。お前はお前だ。男だろうと女だろうと俺の気持ちは変わらん」
「ありがとう。番長」
 かすかに涙声。順は自然とジャンスになって岡元の分厚い胸板に飛び込んだ。
「お、おい」
 柔らかい物が押し付けられる。豪腕でなる番長もこの攻撃はなれていない。
「少しだけ、少しだけこうしていたい。今だけ女で」
 男同士の友情の握手より男と女としての抱擁を欲していた。
 その気持ちが伝わり岡元も優しい笑顔になる。
 そっと彼女を抱き占める。
「番長?」
 先刻と同じ言葉。そして同様に戸惑う気持ち。
 本来は男である自分をこんな風に抱きしめてくれるとは考えてなかった。
 予想してなかっただけに直撃した。珍しく頬を染める。
「お前がもし完全に女になったなら俺の所にこい。俺の嫁になれ」
 そんな事にはならない。そんな思いが根底にあるゆえの鼓舞だ。
 だが現在は女であるジャンスにはもろに直撃だった。
 意図は理解していたのに、その男らしすぎる言い方にジャンスの「女心」が刺激された。
 あわてて離れて変身をといてしまう。
「順。あー…」
 やり過ぎたかと考えて謝り掛ける岡元。
「ありがと。番長。嬉しい」
 男に戻ったはずなのに頬の熱さが引かない。
(や…やだ。女になりたい思いってジャンスの物じゃなくて僕自身の物なの? 番長にああいわれたとき泣きたくなるほど嬉しかった。あのまま女ていたら押さえが利かなかった)
 だから男に戻った。だがまたすぐ女になる羽目になる。
「この感触はっ! ずっと遠いのに感じる」
 一瞬にして「戦士の表情」になる。
「ジャンス。感じたか。この馬鹿でかい悪意」
 どこからともなくウォーレンがやってきた。彼は戦乙女よりもっと広範囲を探知できる。
「敵か?」
 番長も臨戦体制だ。岡元の言葉に無言でうなずく順。
「非常事態だ。人目を気にしてなんていられないぜ」
 ウォーレンは天馬としての姿を晒すと二人を乗せて高々と舞い上がった。

 王真高校。二人きりの生徒会室。
 小刻みに震える礼の手を見てどうしたらいいかわからなくなる森本。
 いつだって伊藤礼と言う存在は自信満々で、後をついて行けば間違いはなかった。
 だがその彼が恐怖している。戦乙女である彼が皮肉にもまさにか弱い乙女のように。
 乙女のように…そう認識したら森本は自然と礼の手を両手でつかんでいた。
「森本……」
 最初は戸惑い。そして安堵が礼に訪れる。
 子供のころ母親に抱きしめられたあの気持ちにも似ている。
「会長。信頼してくれてありがとうございます」
「お前、何を……」
「僕を信頼してくれるからそんな言葉も言ってくれるんですね」
 これが森本なりの返答だと礼は悟った。
「ああ。お前がいてくれるから俺は戦える。押川よりも高岩よりもお前が一番俺の助けになっている」
 どんなに強靭な精神力の持ち主でも心がパンクしてしまうことはある。
 それを防ぐために愚痴をこぼしたりする。
 森本は存在しているだけで伊藤礼…ブレイザの支えになっていた。
「会長。二人だけの時はいくらでも弱音をはいてください。僕が全部聞いてあげます。それくらいなら僕にもできますから」
 普段の礼なら森本にこんな気遣いをさせた事を強く恥じる。
 だが今はただ嬉しかった。
 心が弱っていたからかもしれない。
 それでもいい。こんなときだからこそ暖かい心が気持ちを蘇らせる。

「変身」
 礼は森本に手を取らせたまま変身した。いつになく優しい声音の掛け声だった。
 そして変身直後の表情もまるで赤ん坊を見る母親のような優しさに満ち溢れていた。
 ブレイザはにっこりと笑うと森本を優しく抱き占めた。
「か、会長!?」
 自分でも頬が熱くなるのがわかる森本。
「ありがとう」
 ブレイザの姿の礼はシンプルな一言で感謝を告げる。一言で充分だった。
 残りは全て抱擁する事で感謝の気持ちを伝えていた。
「あの…どうしてわざわざ変身を?」
 恥ずかしくてそんな質問をしてしまう森本。よく見るとブレイザの方も白い肌がピンクに染まっている。
「男に抱き占められるよりこっちの方がいいだろう。それにお前が……」
 今度は森本は青くなる。そして再び赤くなる。
(ま、まさかブレイザさんへの気持ち。気がついていた?)
 基本的にこの姿は戦闘のときだけだ。そんな事を気にしている余裕があるはずない。
 そう思っていたので焦って青くなり、そして恥ずかしくて赤くなる。
「なんでもないよ」
 少しだけ女の子らしい口調で答えるブレイザ。
「今はまだ男の気持ちだからこれが精一杯の感謝のしるしだ。もう少し女になっていたらキスくらいしていたかも知れないけど」
 何も考えてない。ただ素直に胸のうちを吐露したブレイザ。
「き、キス?」
 もう森本は目が回り始めている。
 くすっと笑うとブレイザは彼を話し、変身をといた。
 そして力強く森本の手を取り握手する。心の支えを再確認した今は怖くない。もう震えていない。
「え…会長?」
 男の手で手をつかまれてやっと森本は落ち着き始めた。
「これからもよろしく頼むぞ」
 まだあどけなさの残る少年に精悍な顔つきの剣士は頼んだ。
「は、はいっ。こちらこそ」
 尊敬する男に一人の男と認められた。女性相手とはまた違う喜びに心が昂ぶる森本。
 しかしそれは強大な邪悪のオーラでふきとんだ。
「アマッドネス!? なんて馬鹿でかい。これは」
(ブレイザ様。恐らくは巨大なパワーが遠方で活動しているものかと。そしてこの方角は)
 黒犬の従者が脳内に伝えてくる。
「いくぞ。森本」
「はい」
 二人は生徒会室を飛びたした。

 そして友紀の部屋では。
「キヨシ…そんな…そんな哀しいことを言わないで」
 友紀が泣いていた。
「ゆ、友紀……」
 こうなると自分の不安どころではない。
 奇妙な話だが目の前の少女の涙にうろたえるあたり自分がまだ男なんだと実感した清良。
「泣くな。変なことを言ってオレが悪かった。だから泣くのは勘弁してくれ」
「だってあなたが消えたら悲しいじゃない。止まらないよ」
「あー。わかった。約束する。オレは死なない。少なくともこの戦いじゃ死なない。これでいいか?」
 根拠など無論ない。その場しのぎ。気休めの口からでまかせである。だが
(いや…なんだかオレ自身なんとかなるんじゃないかって気がしてきた。よく考えて見りゃ今まで戦ったやつらの上だからって無条件で強いとは限らないぞ。階級が上なだけかも)
 気休めは清良自身のためにあった。
 それゆえか彼の表情も落ち着いてきた。
 それが友紀にも感じ取れて、次第に涙が止まってきた。

 泣いた事で落ち着いた友紀。改めて清良に向き治る。
「清良。清良はいつだって約束守ってくれたよね。私に嘘ついたことないよね?」
「あ、ああ。確かにそーだが」
 友紀の迫力に気おされる清良。
「だったらちゃんと約束して」
 友紀は右手を突き出す。小指だけ立てている。
「おいおい。ガキじゃあるまいし指切りかよ」
「昔からでしょ。いいから約束して。必ずちゃんと帰ってくると」
 涙目だ。下から見上げる形で清良は心臓が高鳴った。
「わ、わかったよ。約束する。必ず女王をぶちのめして帰ってくると」
「本当?」
 喜びと言うより懐疑心からの言葉。
「そんなに疑うんだったらやってやるよ」
 清良も右手を突き出した。そして互いの小指をからめ、子供のように歌い約束をした。
「な、なんかガキのころを思い出すよな」
「そうだね。清良は喧嘩をしないと言う約束以外はちゃんと守ったよね」
 子供のころと同じ行為で昔話に花が咲く。
 だがそれはあくまで昔の話なのだ。今は違う。
 わんぱく小僧は逞しい青年に。華奢な童女は美しい少女に。
 そして「LIKE」ではなく「LOVE」へと気持ちが移っていた。
 自然と二人の視線が絡み合い、どちらからともなく顔を寄せる。
 互いの吐息を感じられ、もはや目を開けてられなくなったときにそれを察知した。
 ばね仕掛けのように顔が離れ、そして気配を探る清良と友紀。
「こ、この殺気は?」
「私にもわかるわ」
 スズと一体化していた名残だ。
「なんてでかい…そして隠す気のない憎悪だ。これはもしや…」
 ついに最後の戦いになったかと清良は思った。
「セーラ様!」
 キャロルがあわててやってきた。
「ああ。いくぞ」
 キャロルと共に部屋を出ようとする。その背中に「待って」と友紀が声をかけた。
「……友紀?」
「約束だよ。必ずそのままで帰ってきて」
「……ああ。完全な女になんてならないぜ」
 約束をした以上は負けられない。それが逆に心の支えになった。
 清良はキャロルと共に出ていくと、友紀の家の前からバイクで走って行く。
「わたしも…見届けないと」
 ベッドから出た友紀は身支度を整え始める。

 高速で走るバイク。清良も振り落とされないようにするので精一杯だ。
「お、オイ。キャロル。道が違うぞ」
 福真高校への道のりではない。
「はい。ブレイザ様とジャンス様を待ちます」
「バカやろう。そんな悠長な事を言ってられるか」
「いいえ。お待ちいただきます。セーラ様。太古の戦いでは戦乙女三人でも相打ちがやっとだった相手なのですよ。一人では死にに行くようなものです。そして一人を失えば残り二人の敗北も濃厚。それを回避するには三人揃っての突入しかありません」
「待ってられるか。ええい。もういい。自分で飛んでいく」
 清良は変身しようと精神を統一しようと試みるがキャロルは意図してめちゃくちゃな走りをして妨害をする。
(チキショウ。最初からそのつもりでオレを乗せやがったな)
(お叱りは覚悟の上です。ここはこらえてください)
 そして時間稼ぎが功をそうして礼。順たちと合流した。

 それは友紀が福真高校へ出向くだけの時間をも与えていた。

 福真高校の正門前の大通り。三台のバイクが並んでいた。
「まったく。とんだ回り道だ」
 清良が憮然として言うが理解は出来ている。怒りはない。
「ここからは全員でないと無理ですよ」
 やはり女性的な順が取り持つ。
「総力戦だ。森本。お前はいつものように外を頼む」
「はい。お任せください」
「ザコ掃除はオレに任せろ。お前らは心置きなく戦ってこい」
 番長の申し出だ。
「お願い」
 既に女性的な口調の順が応じる。そして戦乙女に転じる三人は顔を見合わせる。
「オレの覚悟は決まったぜ」
「俺も決めなおしてきた」
「それじゃ皆さん。いきますよ」
 戦乙女になる少年たちだけで突入する。

 入れ替わるように友紀がその場にたどり着いた。
 もはやスズではない彼女が戦いの場に現れた事に驚く森本と岡元。
 帰るように説得するが恐らくは清良の最後の戦いになる。
 これを見届けたいという思いは痛い程に理解できた。
 いざとなったら逃げると言う約束でその場にとどまる事が許される。

 突入した三人をで迎えた者たち。それは無数の奴隷女たちだった。
 明らかに若い。そして男子学生服や男子用の競技用の衣類を身にまとっている。
 それが何を意味するか考えるまでもない。
 特に清良にしたら自分の学校の生徒たち。血が逆流するような気持ちを感じていた。
「クイーンッ!」
 清良が叫ぶ。いや。吼える。
 なにしろ男子生徒の大半が奴隷女にされていた。その怒りが叫ばせた。
「くくくく。待っていたぞ」
 幼女に似つかわしくない冷たい声。
 そしてその両手から出ているバラの茨が、清良の仲間たちを望まぬ性別へと転じさせたのは想像に難くない。
「さすが外道共のトップだな。吐き気がする」
 礼がクールさを保てない。
「ええ。とにかく終わらせましょう」
 順の声にも怒気がある。
「ああ。吸い取られる前にケリをつける」
 清良は怒り過ぎて逆に落ち着いている。
 三人ともクイーンへの恐怖を忘れ変身しようとした。
 その刹那に茨のつたが三人にからみつく。
「ぐあっ」「うおっ」「ああっ」
 苦悶の声を上げる三人。
「バカめ。わらわに負けねばいいと思っていたのだろうが、ちょっとでも隙を見せれば吸い取るなど容易いことよ」

「キヨシッ」「会長ッ」「順っ」
 それぞれのパートナーも叫ぶ。その眼前で三人は繭のように茨に覆われた。
 そしてそこから何かが吸い上げられている。
「ああ。いいぞ。戻ってくる。わらわの力が全て」
 女王ただ一人が恍惚の表情だ。その姿が少しずつ大きくなり20台の美女になる。
 やがて全てを吸い尽くした女王は、三人の戒めとしていた茨を戻し、自身の肉体を目をのぞき覆い尽くす。頭部からは何本かの茨が髪の様に垂れ下がりうねっていた。
 真紅のバラの花弁がいくつにも連なり、ドレスのような形になる。
 セーラたちの衣類が「布のヨロイ」ならロゼのは「バラの防御結界」だった。
「戻ったぞ。わらわは完全な姿に」
 それがアマッドネスの女王。ローズアマッドネスの真の姿だった。

 一方の三人だがいつの間にか戦乙女になっていたらしい。
「らしい」と言うのは見た目が随分と違うからだ。
「キヨシっ」「会長!」「順ッ!」
 三人がそれぞれの相手に駆け寄り助け起こす。しかし戦乙女たちの口からは意外な言葉が発せられる。
〔ここは?〕
「えっ」
 確かに「セーラの声」だった。だからこそ友紀は戸惑いの声を上げた。
 その少女は確かにセーラの顔と声をしていた。
 だが衣装はいつものセーラー服ではなくノースリーブでミニのワンピース。ウエスト部分はベルトのようなものが。
 両腕のガントレットはそのままだが足元は編み上げ靴。
 そしてなにより髪の色が燃えるような真紅だった。
〔我々はアマッドネスの女王と刺し違えたのではなかったのか?〕
 ブレイザと思しき少女は着流しに鎧と言ういでたちだった。
 縦ロールはそのままだったが金髪ではなく栗色の髪。
〔セーラさん。ブレイザさん。私たちはどうしてしまったのでしょう?〕
 栗色ではなく黒髪のジャンスらしき少女が不安そうに言う。
 セーラの衣装に似ているが半袖なのとスカート部分が膝丈なのが違いだった。
 さらに弓道のそれと同じなのか胸当てが。
「キヨシ。無事だったの?」
 友紀が「セーラ」に近寄るがキョトンとしている。
〔あなたは誰?〕
 その言葉に友紀が傷つきはしなかった。
 なにしろ戦乙女たちは日本語をしゃべっていない。未知の言語を口にしていた。

「会長! ブレイザさん」
〔少年。危ないからさがっていろ。ここは戦場だ〕
 あくまで戦士の顔で避難勧告をするブレイザ。支えてきた少年に対する態度ではない。

「ジャンス。どうした? 俺がわからないのか?」
〔ごめんなさい。下がってください〕
 この中では戦闘の時の関係がもっとも長いジャンスと岡元からしてこれである。
 喧嘩でも受けた事のない衝撃を岡元はくらい、友紀と森本は泣きたくなった。

「ふふふ。無駄だ。そいつらを男としていた部分はわらわの力。それを取り戻した今、そいつらは元の戦乙女と言うことだ」
 そう。高岩清良。伊藤礼。押川順はクイーンに「食われた」のである。
 そしていわば真・セーラ。真・ブレイザ。真・ジャンスとなったため現代語ではなく古代の言語を口にしていたので会話が出来ないのだ。

〔クイーンっ!?〕
 先刻男として発したのと同じ言葉を口にする赤毛の少女。
〔久しぶりだな。戦乙女ども。完全復活の祝いに貴様らを血祭に上げてくれる。わらわを封じ込めた礼をたっぷりとさせてもらう〕
 ロゼも古代言語で話す。完全に太古の大乱の続きとなった。
〔我々の命などくれてやる。だが〕
〔だれ一人として殺させないでしょ? ブレイザさん〕
〔いくわよ。ブレイザ。ジャンス〕
〔我々も〕〔まいります〕〔いくぜぇ〕
 使い魔たちも古代言語ではせ参じる。天馬の姿になりそれぞれの主を背に乗せる。

 互いに本来の姿に戻ったアマッドネスの長と三人の戦乙女の戦いが福真高校の中庭で始まった。

 それをわずかに離れて、でも遠い外国の風景のように感じつつ三人は見ていた。
「ジャンスよぉ。俺と一緒に戦った日々も忘れちまったのかぁ」
 怒りと悲しみがこもる岡元の咆哮。
「そんな…会長がもういないだなんて…」
 森本は跪き涙をこぼしていた。そして
「嘘つき…必ず帰ってくると言ったのに…嘘つき…キヨシの…キヨシの嘘つきーっっっっ」
友紀の涙声がこだましていた。

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