微睡の中に俺はいた。
 夢を見ていた。それも「悪夢」
「鍛錬が足らないのであぁぁぁぁーる。もっと鍛えよ。そして筋肉をつけろ」
 「教官」の指導に従い俺は筋トレに励んでいた。
 そして俺はガチムチマッチョな体型に。
 ち、ちがう。こんなのは俺の望みではない。
 どうせなるならかわいい…


佐藤君と鈴木君

作:城弾

「はっ!?」
 俺は目を覚ました。
 ベッドの枕元ではノートPCがまだ寝ていた。
「……あー。落ちてたか」
 これは俺の話。寝ながら枕もとで「少年少女文庫」さんを読んでたっけ。
 軽くいじると画面が戻る。「ロボTRYシリーズ」だった。
 だから俺があんなマッチョになる夢を見たのか。

 俺はTS物が大好きだ。
 三度の飯より好きだ。
 事実、昨夜は読みふけっていて夕飯食い損ねた。だからこんな早くに目が覚めた。
 話がそれたがTS系サイトには日参している。
 特に「少年少女文庫」。ここは天才ぞろいだ。あ。一人だけ例外がいたか。
 とにかく俺の空想を掻き立ててくれる物語がたくさんある。
 よし。時間あるし何か一本読んでから朝飯にしよう。
 つながったままの文庫さんの「ランダム検索」をクリック。出たのは



「戦乙女セーラ 城弾さん」

 …………よりによってこいつかよ。こいつが唯一の「例外」。
 とにかくでたらめなことばかり書いている。
 そのくせやたら偉そうだし。
 何か女性に対する偏見も持ち合わせている。
 この「セーラ」という作品もライダーを中心とした特撮ヒーローもののパクリじゃん。
 TSの皮をかぶった特撮ものだよ。皮…あれはあれで面白いな。いや。そうじゃなくて。
 とにかくこいつは大嫌い。当然だが読まずにもう一度。



「着せ替え少年 城弾さん」

 なんだよ。服に着られて性転換って。
 こいつの性転換の理屈ってホントいい加減。だから嫌い。
 もういっちょ。



「ゴッドファーザー乙女 城弾さん」

 俺は黙ってPCを落とした。
 帰ったら修理に出そう。
 こんな立て続けにろくでなしを検出するなんて壊れているとしか思えない。
 あー。朝から気分悪い。

 後にして思えば、この時の罵詈雑言がたたっていたらしい。

「おはよう。孝。今日も女の子にはなれなかったみたいだね」
 からかうように言ってくるこいつは幼馴染の志村恵里衣。
 芸名みたいだが本名。見た目も芸能人じみている派手な女。
 癖のあるロングヘアはまだいいがその胸と腰はやりすぎだ。
 おかげでやたら男が振り返る。
 それはいいが一々俺を見ては舌打ちする。別に付き合ってなんていねーよ。それなのに誤解して勝手にジェラシーをたたきつけやがって。
 でも…ちょっとわかるかも。確かに恵里衣はかわいい。
 もしこんな可愛い女と入れ替わったら……最初にやることは当然「俺」を見て「俺がいる」と叫ぶ。
 入れ替わりものの定番だ。
 べたといわれても絶対やりたい。

 電車に乗って学校の最寄駅で降りる。そこでは俺たちと同じような男女の二人が待っていた。
 平凡が服着て歩いているような男。鈴木勉。平凡すぎて容姿も特徴がない。
 もう一人は女子で関口香苗。
 高校生とは信じがたい小柄さと幼さだった。
 こちらも幼馴染同士。
 だから俺たちと似ているといった。
 合流して他愛のないおしゃべりをしながら登校。結構好きな時間だ。
 だがそんな俺の精神をかき乱す発言を鈴木がした。

「女になった夢を見たぁ?」

 な…なんてことだ。
 俺はマッチョになった夢だったのに。
 思わず本音が口をつく。
「いいなぁー。夢でいいからそんな思いしてみたいぜ」
「あはは。孝が女になったらどんなかな?」
 恵里衣が言う。ンなもん決まってる。
「そりゃお約束なら美少女だぜ…いや。むしろ」
 そうか。そういうのもありだよな。
 俺は鈴木の顔を見て言う。
「なるほど。平凡ということは平均的でもあるか。整っているともいえる。鈴木も案外いけるかもな」
「え? 僕が女の子になるの?」
「だめーっ」
 ちっこいのが金切声をあげる。確かフルネームは関口香苗。
 見事な成長遅れ。くぅー。こういうガールフレンドだと、女体化した際にお約束が帰ってくるだうなぁ。
「勉ちゃんが女の子になったらいやだもん」
「大丈夫だよ。そんなこと現実にあるはずがないし」
 バカ言え。何があるかわからないのだぞ。

 放課後。理科準備室の掃除を命ぜられて四人でやっていた。
 いいねぇ。理科室にあった過去の科学部が残した薬品で、女体化ってのも結構あるシチュだぜ。
「あたしここ嫌い。なんか不気味じゃない」
 関口が鈴木に抱き着く。うらやましいねぇ。恵里衣じゃまずそんなことしねーし。
「俺は期待しているんだよな。こういう場合、上のほうに得体のしれない薬品があって、それを何かのはずみで浴びて女の子になるのを」
「そんなマンガみたいな話が」
 あ。笑ったな。
「きゃっ。ゴキブリ」
 唐突に恵里衣が悲鳴を上げ、それが関口を驚かして鈴木を押し倒す。
 そのまま薬品棚にぶつかる。何かが割れた音がした。
 お? 今の音、まさか本当に…
「おいおい。鈴木。平凡君らしくお約束の…キターッッッッ
「え?」
 千載一遇のチャンスかも。俺は迷わず鈴木にぶつかる。
 その衝撃で上の液体が俺。そして鈴木にかかる。
 二人して気を失って、救急車で運ばれたと後で聞いた。

……ひどい頭痛だ。風邪引いてたっけ?
 もしか二日酔いになったらこんな感じ?
 いや。俺アルコールの匂い自体がだめで、成人しても酒なんて飲みたくないなと思うほどで。
 だから飲んだことないけど。
 ああ。そうだ。俺、とっさに上から落ちてきた液体をかぶったんだっけ。
 ……だとすると!?
 俺はがぱっと跳ね起きる。どうも保健室じゃなくて病院らしい。設備が本格的だ。
「きゃっ。た、孝?」
 付き添っててくれたらしい恵里衣がおどろいている。が、今はそれより先に確認したいことが。
 俺は体中をまさぐる。よし。やわらかい肌だ。胸も弾力がある。
 下より先に俺は鏡を探した。俺のカバンにはあるんだが、かばんはどこだ? くそ。学校か。
「恵里衣。鏡ないか?」
 発した声は澄んでいるとは違う。幼い感じの高いハスキー。
 たとえるなら魔法少女というか、天使というか、ツンデレカンフー使いというか。
「鏡!? あるけど」
 恵里衣は自分の手鏡を俺に渡した。
「孝。気を確かにね」
 何を心配しているかはわかる。だが心配はいらない。
 鏡をのぞきこんだ俺が見たのは、俺の面影のある美少女だった。髪が一気に伸びている。
 やった…ついにやったぞ。夢がかなったんだ。
 俺はベッドの上に立ちあがりガッツポーズをとる。
「うおーっっっ。女体化キターッッッッ」
 やった。何の根拠もないがあれで正解だった。
「な、なんで喜んでいるの?」
 半ば引いている恵里衣。よしよし。いい反応だ。
「決まってんだろ。やっと念願かなって、俺自身がTS娘になったんだ。喜ぶに……しまったぁぁぁぁぁっ
「こ、今度は何?」
 恵里衣の眼前で俺はベッドの上にうずくまった。
「なんという失態。女体化した時の気絶から回復した直後は、まずは定番の『ある。ない』だろう]
 胸を触って男にはないふくらみで「ある」。下を触って男にはないといけないものがなくなってて「ない」という伝統的儀式。
「それを忘れてしまうとは…俺のバカ。一生一度の初の女体化の好機にやり損ねとは」
「…………ふつーは、女の子なるなんてこと自体ないんじゃないかなぁ?」
 なぜに呆れている。元から女のお前にはやはりTSのロマンは分からないのだな。

「あらごめんなさい。病室間違えたみたいで」
 入口のほうから聞きなれた中年女性の声がする。
 やたらと恰幅のいい。下町のおかんというイメージ。
「母ちゃん。いいんだよ。ここで」
「へ? だけど息子が担ぎ込まれたと聞いて」
「だから俺がそうなの」
「は?」
 母ちゃんは首をひねっている。
「それじゃ…電話で言ってた孝が女になったってのは」
「そ。俺」
 俺は得意げに胸(割と余裕のサイズ)を張った。そしてお約束に備えた…が、

「キモッ」

「はっ?」
 な、なんていった? 一番ありえないセリフが聞こえた気が。
「聞こえなかったのかい? 気持ち悪いって言ったんだよ。おおいやだ。変なものばかり読んでいると思ったら、こともあろうにオカマになるなんて。情けないったらありゃしない」
「お、オカマなんじゃねーよ。見ろよ。これ」
 俺はパジャマの胸をはだけた。らんまなんかがよくやってたね。
「やめとくれよ。ぶよぶよに肥った胸元を見せるのは」
 こ、このおばはん。どこまでもお約束と違うリアクションを…
「はぁ。どこで育て方間違えたんだろうねぇ。あたしも亭主も男の子がほしくって、生まれたときは喜んだものさ。それがいざ育ってみると『女の子になりたい』と口走り。あげくの果てに本当になっちまった」
「孝…おばさんの前でもいうのは、やめといたほうがよかったね」
「何を言う。女が『女の子になりたい』なんて言うか? 男でなければ言えない。いわばもっとも男らしいセリフじゃないか」
 うん。我ながら詭弁だ。

「あー。ちょっといいか?」
 けだるそうなハスキーボイスが中断させる。
「小林先生」
 恵里衣の言う先生は医者じゃなくて教師。
 もちろんうちの学校の。
 みんなは残念美人と評している。俺も同意。
 美人なのにだらしないというか無頓着。もう少し身だしなみに気を付けてもいいだろうに。いやマテ。実はもともと男で性転換して、不本意ながら女として暮らしている?
 それなら女性のファッションや化粧に無頓着なのも納得なんだが。
「お母様ですか? ごあいさつが遅れました。化学を担当している小林と申します」
 担任ならともかくなんで化学の先生が? 冷静になるとそこに考えがいたる少女二人。
「別室で説明します。移動願えますか」
「あ。はい」
 俺はベッドから降りた。
「わ。全身見るとよく似合っているね。ホントに女の子だね」
 恵里衣が言うのは病院で貸してくれた女性用パジャマ。ピンク色のそれを見て恵里衣は喜び、かあちゃんはしかめっ面。
 そんな表情しなくてもいいだろ。俺だって好きで…女子になったっけ(笑)

 案内された部屋で待つと一組の母と娘が来た。それと関口。
 関口じゃないほうの娘。可愛いな。でもどこかで見た覚えが。
 向こうもこちらをしげしげと眺めてくる。
 誰だこいつ? まて。関口がいるし、俺がこうして女体化したくらいだ。もしかして。
「お前…鈴木か?」
「え? 君、僕のこと知ってるの?」
 驚いている驚いている。やっぱりビンゴか。
「俺だよ俺。佐藤孝」
 明かしてやった。
「え? え!? えーっっっっ!」
 ま、当然の反応だな。べたともいうが。

「いやぁ。してやったりだぜ」
 狙い通りにTSを実体験できる。嬉しくてしょうがない。
「そろそろいいかな?」
 小林先生が説明しようと待っていたのだった。

「結論から言うと、あれはかつての科学部が作った薬品です」
 おおっ。これはオーソドックスなパターンで来たな。
「実をいうと私が作ったもので」
 よしよし。ますます定石通り。
 はっ!? ここまで来たらひょっとして。
 俄然興奮してきた。
「それじゃ先生。先生はもともと男で、それが性転換して女になったと?」
 思わず詰め寄っていた。
「残念だが私はもともと女だ。それにこの薬。実は一か月で勝手に自浄作用が働いて男に戻れる。過去の事例が物語っている」
 さすがにそれはそうでないと困る。なりっぱなしでは『ただの女子』だからな。
「逆に言うとその期間中はどうあっても元には戻せない。そんなわけで二人は元に戻るまで女子として扱うが、いいかな?」
 あまりに願ったりかなったりで、俺は思わずサムズアップをしていた。

 検査は寝ていた間にすんでいて、帰ってもいいことになり俺たちは帰宅…ちょっと待て母ちゃん。
 こういう場合は嫌がる息子を婦人服売り場に連れ込むのが定番だろううが!?
 なに自宅直行ルート選んでるんだよ。
 それを言うと「あたしゃ息子がスカート穿くところなんて見たくないんだよ。学校の制服だけでも嫌なのに家でも穿く気かい?」とかのたまう始末。
「いやいや。そこはむしろ母親がTS娘を着せ替え人形にするのが定番だろう」
「知らないよ」
「じゃ俺にノーブラで過ごせってのかよ」
 これはさすがに効いた。母ちゃんもそこそこあるからな。揺れる不都合は分かるんだろう。
「はぁ」と心底いやそうにため息。観念したかのように俺じゃなく恵里衣に言う。
「恵里衣ちゃん。しょうがないから悪いけどこの馬鹿に付き合ってあげて」
 さすがに女性の身では下着くらいは女性用でないとだめと折れた。
 本人は近所でうちの高校のOGのいるところを訪ねるつもりらしい。
 お古を借りたいらしい。とことんケチるつもりか。

 気を直して俺たちはデパートの婦人服売り場。
 それも男子禁制の下着売り場に踏み込んでいた。さすがに緊張する。
「よ、よし。まずは店員さんに測ってもらうか」
 本当は嫌がる俺に誰かが強要するのがベストなんだが…とにかく俺は店員さんを呼んで測ってもらうように頼んだ。
「あたしも一緒にお願いしよっと。なんか最近ブラきついし。成長したのかな?」
 太ったとはとらない女心。とにかく恵里衣はさっさと隣の試着室に。
 こら待て。お前は俺にどんどんかわいい服を渡す担当だろうが?
 くそっ。完全にスルーして脱ぎ始めたらしい衣擦れの音が。
 まあいい。まずは先に呼んだ俺から測ることに。
「60のCですね」
 ふむふむ。まあまあだな。やはり女体化したからにはそれなりの大きさはほしい。しかしあまり大きいとかわいいデザインのブラがないらしいし。このあたりか。
 ん? 隣の声が聞こえる。恵里衣は
「60の……あー。もうFでもいいかもしれませんね」
「えー。これ以上胸が大きくてもいいことないのになぁ」
 俺は狭い試着室で跪いていた。
 くっ。やはり天然ものには勝てないというのか。
 というか、そこはガールフレンドのほうがバストで負けて女のプライドを。
 そしてTS娘も「バストで勝っても嬉しくない」と男のプライドが両方ずたずたになる定番の名場面なのに。
 母ちゃんといい恵里衣といい、鈴木みたいにお約束を守れよ。

 その後も色々と買い込んで帰宅する。
 もちろんかわいいスカートとブラウスで。
 お。かあちゃんも何か袋を手に戻ってきたところか。
 どうやらあれが女子制服と見た。
「ただいま」
 我ながら可愛い声で帰宅のあいさつ。
 母ちゃんが驚いたようにこちらを見る。
 上から下までしげしげと見る。
 ふふん。実はデパートの化粧品売り場でメイクもしてもらったんだよね。
 さてはあまりの美少女ぶりに感動しているな。
「た、孝なのかい?」
「そうだよ。わからないほど可愛くなった?」
 いうと母ちゃんの目から涙が。泣いて感動するレベルの可愛さとは。
「うう。情けない。立派な男子になるように育ててきたのに、こんなオカマになっちまうとは。スカート穿いて化粧まで」
「ちょ、ちょっと。母ちゃん。そこは『可愛い』と言って、抱きしめるところでしょうが!?」
 どうしてここまでお約束を無視するかな?

 トイレ。お風呂と女体化イベントを順調に消化。
 しかし…俺のバカ。「もし女子になったら」というシミュレートのやりすぎで、無難にこなした。
 違うだろ。そこは女の体に戸惑うところだろ。
 特にフロ。自分の肉体なのにマッパの女子で正視できないのが萌えるのに、なんで冷静に胸のサイズやウエストのくびれを分析しているかな? 俺は。
 まさか自分でもお約束破りをしているとは。

 さて。女体化直後にあるイベントの一つに女性名を付けられるというのもある。
 それとなく母ちゃんを誘導したのだが
「うるさい。そんなに女の名前がほしけりゃ名づけてやる。孝子だ。これで満足か!?」
「『子』を着けただけじゃねーか。もうちょっとひねれよ。思わず身もだえするような乙女チックな名前を付けるのが定番だろ」
「あたしゃ十分気持ち悪いんだよ。これ以外に勝手に女名前を名乗ったりしたら小遣いやらないよ」
 あげくの果てに恵里衣に監視役まで頼みやがった。
 くそぉ。

 翌朝。女子制服に着替えている俺を母ちゃんは完全無視。視界に入れようともしなかった。
 ぐれるぞ。
 その怒りに気をとられ、女子として登校している『恥ずかしさ』を味わい損ねるし。

 教室でまたくやしい思いをする。
「あー。みんなも知っていると思うが、佐藤と鈴木は事故で性転換してしまった。だから元に戻るまでは女子扱いにするぞ」
 担任(35歳独身の男)の言葉にざわめく教室。視線が突き刺さる。こうでなくちゃ。
「それじゃ自己紹介」
 教壇に立たされみんなの前で女の子として自己紹介。まずは俺から。
 はぁ。こんなつまらん名前で過ごさないといかんのか。
 そう思うとため息も出る。

「佐藤…孝子です」

 俺は気持ちの入らない声で自己紹介を済ませた。
 ここはやはり「佐藤…くるみです。男なのにこんな名前。恥ずかしいっ」とか言いたかったのに。
 そんな思いにふけっていると自己紹介が停滞していたらしい。
「どうした。鈴木?」
 こっちもつっかえてる。こいつの場合「勉」だけに『子』を付けておしまいとはいかないだろうが、たぶんつまんない名前だろう。平凡君だし。
 鈴木は視線を真下に向け、消え入りそうな声で「鈴木…月姫です」と名乗った。
 俺は思わずよろめいた。わなわな震えながら鈴木を指さして叫ぶ。
「な、なんだその、恥ずかしい名前はーっ」
 なんと美味しい。
「うらやましいっ」
 くそっ。止まらないぞ。
「なんというTSの王道っ。本人の望まない過剰に女性的な命名で恥ずかしい思いとはっ」
 うらやましい。俺の望んだ展開をこいつが。
「ある意味べた。こんな非常識な展開でまで平凡とは」
 憤懣が止まらない。言わなくていい一言が出る。
「俺なんて『孝子』だぞ。なんてありきたりな」
「ちょっと。聞き捨てならないわね」
 とがった口調で坂本『貴子』がいう。
「平凡な名前で悪かったわね」
 こちらも強い口調の小野寺『田加子』が言う。
「じゃあセーラでも乙女でも好きに名乗ったら?」
 鬼頭『たか子』も続く。
 なんでかうちのクラス。「たかこ」が三人もいた。
「俺だってそうしたいわ。しかし『恥ずかしい名前を名乗ってたら小遣い抜き』とおふくろがっ」
「えへへー。おばさんに言われているから見つけたら報告するよー」
 恵里衣がケータイちらつかせて笑って言う。

「とにかく。みんなよろしく頼むぞ。特に女子。ちゃんと仲間に入れてやれよ」
「はぁーい」
 チクショウ。女子を敵にしたか。
 視線はみんな鈴木に。なんでこいつばかりこんな。

 それは「記者会見」にも表れていた。
 鈴木のほうは女子ばっか。それも俺がされたいタイプのべたな質問ばかり。
 こちらは男ばかり。それは別にいいんだが
「大変だな。授業は家庭科とかやるのか?」
「……あー。一応」
「痴漢にあったら大変だな」
 それはそれで女体化してのイベントには違いないんだが…
「元に戻れるんだな。よかったなぁ」
 なんで顔を見ながら言うわけ?
 なったばかりだけど女心が傷つくぞ。

 どいつもこいつもピントのずれたことばかりを…

 放課後。俺はなんというか憂鬱な気分で帰宅した。
 ここまでのパターンから見て、間違っても定番の「勝手に女の子風の部屋に改装」なんてやってないだろうしなぁ。

 帰宅して愕然とした。
 ポスターはマッチョメンのそればかり。
 本もやたらに「男」…むしろ「漢」を強調したものばかり。
 もともとが男だとはいえどこれは…。あ。新品のダンベルまである。
「おや。帰ったかい」
 母ちゃんが声をかけてくる。
「か、かあちゃん。この部屋」
「どうだい。気に入ったかい。そんな体になったあんたが、心から女になったりしないように男らしくしたんだ」
 ずっと不機嫌だった母ちゃんが「いい仕事をした」と上機嫌のドヤ顔。
「……これはむしろホモ部屋だよ」
「おう。それはそれで男ならではだね」
 わかっている? ねえ。意味わかっている?
 大体どうせ受けなら女としてで…うわっ。それはさすがに覚悟がないや。

 今までのパターンから「女子部屋」になっているのは諦めていたが、まさか斜め上でさらに男臭くされるとは。

 予想はしてたけどネグリジェやかわいい女性用パジャマではなく、ジャージで寝ることに。

 翌朝。自分でも不思議なほどすんなりと着替えが済んだ。
 ブラといい右前のブラウスといい。
 くっ。なまじ「自分が女の子になったら」なんてイメージトレーニングができていたばかりに。
 せっかく女性服の着替えに戸惑うというイベントだったのに。
 なんか…自分でもいろんな機会をつぶしまくっているよな。

 登校すると体育がある。
 俺も鈴木も女子扱いで一緒に女子更衣室。
 さあ来い。女子に見られるのを考えて、ちゃんとかわいいブラにしているんだ。ところが
「ど、どうしたの?」
 鈴木がたじろいでいる。
 TS娘はそれまで男として過ごしたのが、いきなり女になったから色々と不慣れな部分があり、それが初々しくて萌える。
 今の鈴木はまさにそれ。
「それはこっちのセリフ。脱がないの?」
「脱ぎ方わからないなら、教えてあげようか?」
 いうと鈴木の返事も待たずに多数にもみくちゃにされた。
「や、やめて!」
「きゃーっ。可愛いのつけてるーっ」
「もぉー。ホントに男なの? あたしらよりかわいいよ」
「……ああっ」
 やたら色っぽい声が出ているし。大騒ぎの女子更衣室。

 女子は鈴木のほうにかかりきり。
 俺と鈴木の女子としての見た目は、客観的に見てもいい勝負。
 だが俺が女子相手に態度をしくじったのに加え、奴の反応が「素」で面白いからあちらに集中したらしい。
 確かにあれでは無理もない。
 マニアとしては納得だ。納得なんだが…少しくらいこっちにも。

 せっかくの可愛いブラも、誰にも見られることはなく体操着に隠された。

 半月経過。
 鈴木はどんどん女子力を増して、今では最初から女だったかのようだ。
 近くで関口が不安そうな表情しているのに、気が付かないらしい。
 あれは絶対女性化を歓迎してない表情。
 俺には分かる。数々のTS小説を読破した俺には。

 一方のだが…そう。俺。
 何しろ女子はみんな鈴木のほうに回っている。
 俺に寄って来るのは男ばかり。
 そいつらと話していると、どうしても本来の男言葉が抜けない。
 間違っても女言葉になんてなれないと来た。
 当然だが女子力もちっとも上がらない。

 さらに半月。合計ほぼ一か月。
 この間に俺にアプローチをかけてくる男子も、いないわけではなかった。
 しかし定期的に母ちゃんが学校の前で俺が男であることをアピール。
 そのたびに熱が冷めて「破局」の連続だった。
 もちろん抗議したが
「大事な息子が男を好きにならないようにしている」としか言わない。
 いや。確かにそこに踏み込む度胸はちょっとないけどさ。
 ここまで邪魔しなくても…

 そして…ある朝。
 なんか朝、やたらに股間が窮屈。久しぶりの感じ。
「はっ!?」
 俺は瞬間的に目が覚めて跳ね起きる。
 そして胸をたたく。ぴしゃぴしゃと乾いた音。
「ない!?」
 そして股間を触る。
「あるよぉぉぉぉぉ」
 何ひとつイベントのないまま、男に戻ってしまった。
 そりゃないぜ……











 神社の石段を登り切った拝殿。柏手を打つ俺たち。
 深々とお辞儀した。
 俺と恵里衣。鈴木と関口というメンツ。
「ほんと。元に戻れてよかったね。つ・き・ひ・め・ちゃん」
 からかうように言う関口。
 くそう。女として調子に乗って後から恥ずかしい思いをする。
 こんなところまでべたにやりやがって。
 俺なんかただ性別が変わっただけでなんもなかったし。

 この「お礼参り」を言い出したのも関口と恵里衣。
 恵里衣も俺が女にならなくてよかったと思っているらしい。
 ただ俺だけはお礼じゃなくて抗議で祈ったが。

 もっとも「造物主」に逆らうと痛い目に逢うのは、身に沁みて分かったが…

「ああああ。言わないで。恥ずかしいんだから」
 確かに恥ずかしかったろうな。かなり「普通の女の子」になりかけていたし。
「くそぉ…俺の場合は何もできなかった悔しさが」
 だからこその抗議。そして別の願い。
「それもこれも終わったこと。孝。ちゃんと元に戻れたことを神様にお礼した?」
 恵里衣が言ってくる。
「するかよ! けど代わりにもう一度チャンスをくれと頼んだ」
 それこそが切実な願い。
「あんなこと二度とごめんだよ」
 残念なことに、もうあの性転換薬はなくなっていた。
 小林先生。また作らないかな?

「さ。行こうぜ」
 用は済んだ。帰ろうかとみんなに呼びかける。
 だが降り掛けてふと止まる。
「どうしたの?」
 鈴木が聞いてくる。ちょっと前まで女だったせいか、口調もどこか女っぽい。
「いや…TSの名作で『転校生』という映画があってさ」
 石段で連想した。
「入れ替わった理由が、神社の石段を踏み外して落ちたことなんだけどな。それが丁度こんな感じ」
「やめてよ!」
 関口が叫ぶ。
「そうよ。ホントになったら…ちょっと面白いかな?」
 話が分かるな。恵里衣。
 しかしそんなには美味しい話は続くまい。
「いやいや。これはただのトリビアってやつ。残念だけと現実はそんなこともないし」
 今度こそ帰ろうと踏み出したその時だ。
 誰かの巻き添えではなく、全員がそろいもそろって足を踏み外すというありえない事態に。
 それこそ見えざる手が作用したかのように。
 そして転げ落ちていく。
「うわあああああーっっ」
 転げながら無我夢中で恵里衣を抱きしめた。
 保護するというより自分が何かにつかまろうとしただけかもしれない。
 とにかくきつく抱きしめあう。

 転落は踊り場で何とか止まった。

「あつつ…なんという…!?」
 関口が口を開いたが何かが変だ。
 それに俺も何か違和感が。
 いや。ちょっとの前と同じような違うような。

「きゃーっ? なんでわたしがいるの?」
 鈴木が関口に向かって叫ぶ。
 なんてべたな入れ代わりネタ…待てい?
 もしや本当に願いが通じた?
「ぎゃーっ。あたしが見えてる。死んじゃったの?」
 叫んでいるのは「俺」だ。
 間違いない。典型的なパターンだ。
 あと俺が視認してない人物は。
「おまえ、恵里衣か? と、いうことは」
 俺は「佐藤孝」の下げていたカバンから手鏡を取り出してそれを覗き込む。
 そこには恵里衣の顔があった。
 思わず「入れ替わりキターッッッ」と叫ぶ。
 手鏡を順に渡してそれぞれが確認していく。
 全員が入れ替わりを確認した。
 俺と恵里衣。鈴木と関口で入れ替わった。

「うそ…今度は入れ替わり? しかも元に戻れる約束なしで?」
 関口…じゃなくて鈴木も脱力したらしい。
「そんな。わたし勉ちゃんの体で暮らさないといけないの?」
 そう。それが入れ替わりもののだいご味。
「えーっ? でもちょっと男の子になってみたい願望はあったから、いいチャンスかな?」
 本当に話が分かるな。恵里衣は。

 ふっふっふ。今度は入れ替わり。
 母ちゃんは恵里衣が中身の「佐藤孝」と暮らすわけだから邪魔はされない。
 ましてもともと女の恵里衣になったのだ。
 少なくとも『男らしく』などとはされない。

「よっしゃあーっ。変身がだめなら入れ替わりでリベンジしてやるぜーっ」
 今度こそTSを楽しませてもらうぜ。
 そんな余裕のない鈴木と関口達をしり目に、俺は新しい決意に雄たけびをあげていた。


Fin


あとがき

 この作品はもう一作。「鈴木君と佐藤君」と対になってます。
 「少年少女文庫」さんに投稿して、自分のサイトにも来てもらえるケースが多いので、両側でザッピングと思い立ったのが企画の大本です。

 なので両極端な二人で構成。
「べた」で展開した「鈴木君と…」の反対ということで、こちらはお約束をはずしてみました。
 それも徹底的に。

 序盤で「造物主」に暴言を吐いたからこうなった…という設定で(笑)

 ネーミング。主人公はイニシャルがT・Sになるように。
 苗字は多くあるものを。
 孝は「子」を付ければ女性名になるような名前と。
 他はその場の勢いというか。

 お楽しみいただければ幸いです。

 お読みいただきまして、ありがとうございました。

 城弾

『TS短編作品専用掲示板』へ

TS館へ

『少年少女文庫』へ

トップページへ