とらぶる☆すぴりっつ

四杯目 呑まれたら小さな恋

 土曜日。けだるい昼下がりも過ぎ、そろそろ夏と言う季節でも太陽が西に傾くころ。
 本来なら休みであるのだが吉野桜子。山崎きらら。そして酒井真澄の三名は休日出勤で仕事をしていた。
「よーし。終了」
 25歳のOL。桜子の声が明るく響く。
「こっちも終わった」
 同じ歳の男性社員。酒井真澄も答える。
「それじゃみんな完了だね」
 もう一人の男性社員。どことなく酒井に似ている山崎きらら。彼だけは年がやや上。
「まったく。『月曜にプレゼンやるから資料頼む』なんて簡単に言わないで欲しいわよね」
 肩を叩きながら桜子が言う。OLと言うことで制服姿。
「まぁまぁ。それよりどうかな。夕食には早いがこっちなら」
 きららは杯をあおる仕草をする。こちらはグレーのスーツ姿。ただし上着は椅子にかけてある。
 六月下旬。そろそろ冷房の欲しいころ。
「いいわね。お疲れ様ってことで」
 酒井。山崎両名はこの支社に来てまだ日が浅いが、それでも打ち解けていた。
 それは山崎の仕草に現れている。

 酒井真澄。山崎きららは男性。吉野桜子は女性だが、色っぽい関係にはなかなかならない。
 飲み友達になってしまっている。
 もっとも酒井はもっぱら巻き込まれてであるが。

「俺は勘弁してくれ。何度も同じ失敗をしているんだ」
 濃紺のスーツの酒井が、その忌まわしき「体質」ゆえに渋面で言う。
「あらあら。それじゃ一人で帰ってご飯。寂しいわね」
 からかっている。あるいは挑発するかのように桜子が言う。
「そんなのはいつもだよ。あんたらにつきあうと大変なのは学習している」
「まぁまぁ。酒井君。君はご飯を食べるということでどうだい? それとも従兄弟の僕の言うことでも聞いてもらえないかな?」
「う……」
 そう。互いにこの支社で出会うまでは知らなかったが、この両名は従兄弟であり血縁関係である。
 血縁ゆえの共通することがある。
 それを酒井は忌み嫌い、山崎は楽しんでいた。
「そーよー。それに一人下戸がいると後は安心して飲めるしね」
「ブレーキ役かよ?」
 と、突っ込んだもののふと考える酒井。
(だが…確かにこいつらだけだと、何しでかすかわからん。かかわりたくはないが)
 むちゃくちゃながらも楽しそうに食べて呑む二人と、一人でご飯の自分。
 それをイメージしてしまい寂しさが募る。翻意する。
「わかったよ。ついていってやる。だがあまり無茶するんじゃないぞ」
「さすがは僕の従兄弟。話が早い」
「それじゃ片付けに掛かりましょ」

 会社を出た酒井と山崎はスーツ姿のままだが、制服姿だった桜子は通勤用の私服である。
 休日だが、出勤と言うことでクリーム色のレディスーツ。
 ただ暑くなってきたこともあり、ストッキングはない。
 ブラウスも薄いピンクと平日は着ないようなものだ。
「さぁ。いくわよ」
 本来なら休みのところを、拘束していた仕事から解放され、その拘束されていた鬱憤を晴らすべく、彼女は力強く進んで行く。
 むしろ酒が彼女を呼んでいる?
 ついていく酒井は苦笑するだけであった。

 午後五時。
 たいていの飲み屋の開店時間だ。
 桜子の先導で、一同は古ぼけた居酒屋に来た。三人は店の看板を見上げる。
「『きりやま』……変な屋号だな」
 飲み屋には向いてないのではないか? そう酒井は思う。
「単純に主の名前じゃないのかな」
 従兄弟が続く。
「名前なんてどうでもいいでしょ。ここは肴もお酒もいいのがそろっているのよ。いつかつれてこようと思っていたの」
 言うなり先導する。
「こんばんわぁ」
「まだ五時だよ。吉野さん」
「あははっ。呑みに来たからつい『夜の挨拶』になっちゃったわね」
 桜子が扉を開け、明るく挨拶して中に入る。ここの主とは懇意のようだ。
 山崎。そして酒井も暖簾をくぐる。

 テーブル席に案内される三人。若い男性店員が注文を取りにくる。
「二人はなにを飲む?」
「僕は明鏡止水をロックで」
 山崎の言うのは焼酎の銘柄である。
 念のため言うが、呑むと『スーパーモード』に突入するわけではない。
「俺はウーロン茶でいいよ」
『ウーロン』ね。わかったわ」
 何か含む笑顔の桜子。店員をスルーして、明るい声でカウンターの主に注文をする。
「きりやま隊長…ごめん。かんじゃった。大将。明鏡止水をロック。それと『ウーロン』。あたしはいつもの」
「なにっ!?」
 壮年の店主は振り返り尋ね返す。
「だ・か・らぁ。彼は『ウーロン』ね」
 疑問点が解消されたらしく、主は仕事に掛かる。

 それぞれの飲み物が運ばれてくる。
 山崎の前には透明な液体に、氷の入ったグラス。
 桜子の前には一升瓶まるごと。
「豪快だね」
 山崎も驚いている。
「いちいち注文する面倒なくていいでしょ」
 笑顔で答える桜子。
「女は肝臓が小さくて、男より酒に弱いときいた覚えがあるが、例外と言う物はどこにでもあるものだな」
 ジョッキに氷とともに入れられた「ウーロン」を手に酒井が言う。
「それじゃ乾杯しましょ」
 桜子は手酌で中身をコップに注ぎ込む。
 飲めない…正確には「飲みたくない」酒井はともかく、両名ともに「とりあえずのビール」を飛ばしていきなりこれだ。
「おしごとおつかれさまぁ」
 こういわれたら乾杯に応じるしかない。
 酒井もグラスを鳴らし、そして飲み物を飲む。
(なんかえぐい味だ。まぁウーロン茶ってそんなものか)
 そう言う意識があり『味の違い』に気がつかなかった。

 山崎が最初の一杯を空ける前に、酒井に異変が起きた。
 足元から煙が上がり、仕事帰りのOLと言う感じの美女に変貌した。
 長い髪。イヤでも目に付く大きな胸。化粧した顔は酔いのせいで、目元がとろんとしていた。
「な…なんれ? あたしお酒飲んでないのに」
 呆然として言う。
「ふっふっふ。真澄君。君はウーロン茶を飲んでいたと思っていたようだが、世の中にはウーロンハイと言うものがあるんだよ」
 まるで探偵物の主人公のように「種あかし」をする山崎。もっとも仕込んだのは桜子だが。
 真澄が口にしたのはウーロンハイ。チューハイの一種でウーロン茶で割る。
 ちなみに単に『ウーロン』と注文したらアルコール飲料。
 『ウーロン茶』ならお茶がくる。
 だから店長は確認のために聞き返した。
 酒井はその辺りを理解していなかったので、引っかかったのだ。

「そろそろ僕も…ひっく」
 続くように山崎も美女へと変身した。
 こちらはまるでホステスである。金に近い茶髪。ボディライン浮き出しのワンピース。ハイヒール。そして「夜の蝶」らしい厚化粧。
 度数が強いにも関わらず、山崎の変身が遅かったのは単に酒に強いから。

 酒井真澄。山崎きららの先祖は、普段はマジメだが酒癖の悪い男だった。
 酔った勢いで村娘に対して、今で言う「セクハラ」をしていた。
 その結果として娘達の「のろい」で酔うと女になる体質に。
「身をもって女の思いを知れ」と言うことだった。
 そしてそれは末代まで続く呪い。
 つまり子孫の男子達も、酔うと女になる体質なのである。
 ついでに言うとセクハラぐせも受け継がれているらしく、やたら淫靡になる傾向がある。
 素面だとマジメな酒井とて例外ではない。

 これはまるで酒に酔ってのそれとよく似ていた。
 酒に酔うとリミットブレイク…ではなくリミットが外れてしまう。
 たがが外れてしまうのだ。
 真澄。きららの場合は性転換まで伴う。

 目を丸くして驚いている若い男性店員。
「たいちょ…大将。見ましたか? 今のお客さん達。男が女に」
「そんなバカな話があるか。北登」
「本当です。僕はこの目で見たんです」
「いいから仕事しろ」
 大将はなじみの桜子の印象だけ残っていたのだ。まして同性相手に興味がなく、それで覚えなかったのだ。

「もう。だますなんて、ひどいじゃないですかぁ」
 やたらかわいらしい声で抗議する真澄。
 あまりに可愛くて「ぽんこつ」と表現したくなるタイプの声だ。
 動物の尻尾にむやみやたらに興味を示しそうだ。
「ええやん。これで女三人。気楽に飲めるタイ」
 きららは生まれ自体は東京なのだが、十歳から大学卒業。
 そして就職して現在の支社にくるまで、福岡で過ごしていた。
 それゆえか女性化すると博多弁が出る。
 生粋の博多っ娘じゃないからか? あるいは酔うからか怪しげな方言だ。
 きららはこの体質を父親を見て知っていた。
 そして性転換を楽しんでいる。
 実の所ベッドの相手は男の方が多い。

 対する酒井…真澄は、やはり本郷支社に春からの移動。
 その歓迎会で生まれて初めて酒を飲み、そして初めて変身した。
 当然ながら部署の人間は驚くが、妙に冷静な上司の計らいもあり、受け入れられていた。
 …と、言うよりも厳密に言うと桜子の「おもちゃ」になっていた。
 真澄。きららともに酔うと淫乱になるのは同じだが、真澄はやや「清純派」。
 ずばり言うと「カマトト」「ぶりっ子」といえるタイプ。
 女に言いがかりをつけられるタイプの女になる。

「そうそう。明日も休み。女三人でのみあかしましょー」
 吉野桜子は二人と違い、生粋の女性である。
 だが明らかに一番ひどい「のんだくれ」は彼女である。
 高校時代は文武両道の生徒会長を務めていたような声だ。
 現在は合気道師範をする、のんだくれプリンセスと言う感じである。
「あたしそんなに飲めないのにーっ」
 ジョッキを両手でもって可愛い声で叫ぶ真澄。
 とはいえどこの二人にかなうはずがない。
 既に変身してしまったのだ。その点だけならもう構わない。
 だから結局は押し切られて飲み始めた。

「ほら。真澄ちゃん。これ美味しいわよ」
「とみの…ほうざん? お酒ですか?」
「鹿児島の焼酎よ」
 きららからボトルを渡される。
 ラベルで確認。確かに鹿児島産だ。
「へぇー。なんだか美味しそうですね」
 産地のイメージに左右された。
「おじさま。コップくださーい」
 場違いな「おじさま」と言う呼びかけに照れる主。
 真澄のイメージでジュース用とでも思ったか、カーリーヘアの丸メガネの目つきのきつい女性キャラの描かれたタンブラーを運ばせた。
「それじゃ」
 真澄はまるでミネラルウォーターでも注ぐように半分まで焼酎をいれる。
(うわぁ)
 美人ばかりのテーブルに他のテーブルの男性客がなんとなく視線を寄せていて、そしてこの様子に心中で声をあげていた。
 真澄は注いだそれを氷もお湯もなくそのまま口にする。その瞬間、激しくむせた。当然の結果である。
「無茶よぉー」
 といいつつ「面白そう」と静観していたきらら。
 桜子に至ってはビデオカメラで撮影までしている。
「さ、桜子さん。いつもそんなの持ち歩いてるんですか?」
 落ち着いた真澄が尋ねる。
「だってあなた達といたら面白いことばかり。撮影しない手はないわよぉ」
「見世物じゃないですぅ」
 年齢的には真澄と桜子は同じなのだが、どういうわけか肉体に伴い精神も女性化した時は年下であるかのように振舞う。
 これも可愛く見られたい「女心」と思われる。
「さぁさぁ。明日は休み。今日は飲むわよぉ」
 桜子のこの言葉。単なる乾杯の音頭ではないのが後にわかる。

 五時から初めて悠に四時間。午後九時を回ったところ。
 この時間から来る場合、既によそで飲んできているケースも多々ある。
 それだけに多少のことでは動じない。
 しかし美女三人が甲高い声で下ネタを展開していたのにはさすがに驚いていた。
 正確には二人。真澄はおとなしくちびちびと飲んでいる。
 ノンアルコールを頼むと二人が勝手にキャンセルしてもっと強い酒を頼んでしまう。
「大将。アブサン頂戴」
 そう桜子がオーダーした時は何故かやたらに長いバットがもってこられたりしたが、とにかくもっと強い酒を飲まされるので比較的度数の低いものをちびちびとつきあっている。

「だからぁ。こう。こうしたほうが気持ちええんよ」
 いうなりきららはゆでた特大ソーセージを口にくわえる。
 噛み千切らず嘗め回している。
 男性客はあまりの「攻撃」に逆に言葉を失っている。
「えー。そりゃあなたは知っているでしょうけど」
 もちろんきららの正体を知るゆえの桜子の発言だ。
 彼女は体験のしようがない。
「……ところでそのときあなたは男? 女?」
「男にきまっとるたい」
「きゃーっ」
 黄色い声を上げる腐女子。
「あ。いうとくけど相手は女の子よ」
 もちろんその時点できららは男だからなのだが、聞き耳立てていた他の客は仰天する。
(お…女同士でそんなことを?)
「なんで? どうして男同士じゃないのよ」
 桜子は筋金入りの「腐女子」だった。
 基本的には二次元好きだが、この時点じゃ単なるバカ話のせいか三次元でも平気な桜子。
 顔色が変わってないもののしたたかに酔っ払ってもいるせいでもあろう。

 別に女性が下ネタを口にしていけないわけではない。
 ただ例えば男性であれ程度によっては引かれる。
 ましてや女性となるとなおさらである。
 この場合きららは本来男でわからなくはないが、相手を務めていたのは元から女性である桜子である。
 真澄が赤いのは酔いのせいか羞恥のせいか。
「……きららさん。その…男の人ともその…」
 頬を染めていいにくそうにしている姿が、先刻のきららの「ソーセージ」とは別の攻撃を男性客にヒットさせた。
(か…可愛い)
 清純派に見えたせいだ。
「なんね。あんたまだやったんかいな」
 上から目線のきらら。
「ど、どうせ私はおこちゃまですよーだ」
 可愛い声で拗ねると余計可愛らしい。ただしもっと幼く見えるが。
「なんならここのお客さんに相手してもらったらどう?」
 きららのとんでもない提案にむせ返る男性客。
 むしろ「ソーセージ」の件といいからかって遊んでいる節がある。
「んー。それいいかも」
 立ち上がり歩き出す。
 実行に移す真澄もかなり酔っ払っている。

 別テーブルにいるサラリーマンの一団。
 スーツを椅子にかけ、ネクタイを緩めてラフな感じに。
 やはり仕事を追えて翌日が休みで飲みに繰り出した。そんなところ。
 そこにますみがふらふらと歩み寄る。
 ただ歩いているだけなら気にも留めないが明らかにこちらを目指しているので注目する。
 ましてや正体はともかく今は可愛いタイプの巨乳美女。
 思わずちらちらと見てしまうような相手が向こうからやってくる。
 さらには一番手近な男性客。メガネの細身にしなだれ掛かる。
 赤く染まった頬。潤み瞳。上目遣い。高めのややロリータ気味なアニメ声で
「おにいさぁん。私とおつきあいしてくれませんかぁ」
こんなことを言われたらたまらない。
 だがさすがにいきなり「食いつく」ことはなく戸惑うばかり。
「えっ? 今なんて?」
 当然の反応。そして予想の斜め上のリアクション。
「もう。恥ずかしいんだから。二度も言わせないでください」
 言いながらメガネのサラリーマンのワイシャツのボタンをその細指で外して行く。
「ちょ、ちょっと」
 掟破りの逆レイプか? 身の危険を男の方が感じた。
「お客さん。やめてください」
 店員が止めに入った。
「あん。もう」
 文句を言う真澄だが店員の顔を見る。
「あら。あなたも結構可愛いかも。お願い。私を女にしてください。まだ経験がないんです
 その場で口に含んでいた全員が一斉に吹き出した。
 それももっともだ。
「吉野さん。つれて帰ってくれる?」
 とうとう大将に追い出された。他の客の迷惑と言うことだ。
「きゃははは。いい物見せてもらったわぁ。それじゃ河岸を変えましょうか」
 メストラ三匹が出ていった後で誰かがつぶやく。
「痴女がいた……」と。

 まだ十時。宵の口。次に三人が訪れたのはきららの案内した店だ。
「ここって……」
 店の看板に男の写真がでかでかとはってある。
 タイプは違えど美男子ばかりだ。
「そ。ホストクラブやね。女ならではの遊び」
「いいわね。一度来て見たかったのよね」
 一番先導しそうな桜子だが、飲んでいるうちに「行こう」と言うその意識をなくしてしまうのでまだ来たことがなかった。
 当然ながら本来は男の真澄も初めて。

 その「初めて」がもろに現れた。
 体育会系のホストに愛想を言われてメロメロになってる真澄。
「可愛いね。君」
 もちろん女性客をもてなすのが仕事の彼らである。容姿を誉めるのは当然。
 真に受けないものの悪い気はしない…それは最初から女性に生まれ育ったもの達。
 子供時代をすっ飛ばしていきなり成人女性になった真澄はその言葉を真に受けた。
「ほんとう?」
 やたらに潤む瞳で上目遣いで見上げる。
 プロであるホストが一瞬だがどきりとさせられた。
(やべ。この客マジで可愛い。まじいな)
 傍目にも敬遠にかかっていたが真澄本人はその「酒癖」もありどんどんと迫る。
 また追い出されてはたまらない。桜子がさすがに止める。
「はいはーい。さか…真澄ぃ。飲みましょ。これなんて美味しいわよぉ」
「で、でもいい男が」
 頬の赤みは酔いか恋心か。とりあえず「本来は男なのに女として色々やらかして恥入っている」と言うのは現時点では女心ゆえにないが。
「まぁまぁ。まずは景気付けに一杯やりましょ」
「えーっ。さっきのお店であんなに飲んだのに」
「この店じゃ飲まないとホストが相手してくれないわよ」
 あながち嘘でもない。
 完全に「イケメン」に目がくらんでいる真澄はしぶしぶアルコールを口にした。そして
「やだこれ!? 美味しい」
「でしょう。とっても高いシャンパンよ」
「これなら私でも飲めます。あーん。美味しい」
 一瞬で関心を切り替えた辺り桜子の酔っ払いのあしらい方はかなりのものだった。

 ちなみに真澄達をおとりにしてきららは可愛いタイプのホストを押し倒して速攻で唇を奪っていた。
 まったく躊躇いはなし。同性相手と言う言う意識はない。完全に自意識が「女」である。

 ホストクラブを出た時は三時。
 飲み口のよさで深酒になって来た真澄はかなり危なっかしい状態だ。
「まったく。あのくらいで情けないわね」
 桜子が責めるがこの場合で普通なら『飲みすぎよ』と責めるところだが正反対である。
「はいはーい。うちは飲み足りないっちゃ」
 どこかの鬼娘を彷彿とさせる言葉遣いできららが言う。
 ホストにかまけて彼女としてはさほど飲んでないのである。
「うーん。でも今からじゃ半端よね。それじゃ始発まで」
 桜子の先導でコンビニエンスストアに。
 そこでさまざまな種類のアルコール飲料とつまみを買い込んだ。
 手近な公園のベンチで酒盛りを始める女二人。真澄はダウン中。
 とうとう朝日を拝む羽目に。
 そのころには全員ダウンしていた。
 女三人で仲良くベンチで寝ていた。

 朝。六時。とある集合住宅の一室。
 野球帽をかぶった少年がそっと出てきた。ジャージ姿である。
 十歳の彼は細身の少年。ごく普通の子供だ。髪は短め。スポーツマンと言うイメージ。
 どこか未来ある少年とは思えない落ち込んだ表情である。
 しかしそれを振り払うように首を振り、そして自らを鼓舞するように走りながら降りていった。
 彼・武本雅彦の習慣なのか家人は誰もそれを不審には思わない。

 それから三十分。
 徹夜で飲んでいた桜子ときららはさすがに酔い潰れてベンチで寝ていた。
 通りに面したベンチなのが幸いしてか暴漢などにも襲われずにすんでいた。
 真澄の場合は元々強くないのに飲みすぎて既に二日酔い状態。
 脱水状態から強烈な喉の渇きを覚えて目が覚めた。
 アルコールの残る頭は彼女を未だ女性としての精神状態にとどめていた。
「…………お水」
 公園だから水飲み場はある。だが桜子の傍らにカラフルな缶飲料が。
 ウーロンハイを知らなかった真澄である。缶チューハイをジュースと勘違いするのも不思議ではない。
 彼女は何の疑問も持たずに飲み口を開け、そして中身を一気に飲み干した。
「やだこれ……」
 飲み終わってからアルコール飲料と気がついた。そして足元から煙が上がる。

 野球帽の少年。雅彦は公園から煙が上がったのをみて気を引かれた。
 普段はジョギングのコースにはいっていない公園に入り込む。
 成人女性二人が酔い潰れて寝ていた。それだけならわからなくはないが、何故か小学校低学年くらいの女の子がいる。
 ツインテール…と言うよりもっと短いキャンディーヘア。
 ワンピースが愛らしさを醸し出す。
 そして何より人懐こい笑顔だった。
 明らかに初対面である少年に笑顔を振りまいた。
 少年・雅彦もつられて笑美を返す。そしてごまかすように質問をする。
「君のお姉さん達?」
 少年はまず単純に考えた。この女の子はだらしない大人二人の世話をしていたのでなかろうかと。
「ううん。お友達」
 雅彦は混乱した。
 彼の少ない人生経験でも酔い潰れた二人が二十台と言うのは見当がつく。
 一方どう見ても自分より年下の女の子。それが友人関係?
「僕、武本雅彦。君は?」
 しつけがよいのか相手の名前を尋ねる前に名乗る少年。
 その幼女は元気よく返答した。
「さかい ますみです」

 先祖にかけられた呪いゆえに酒に酔うと女性化する酒井一族の男子。
 その中でも変り種だったか。真澄は「もう飲めない」というところからさらに飲むと年齢退行を起こす。
 推測では「これ以上、飲まされない姿」と言うことで「子供」になるのではないかと思われていた。
 女性化すると酔いも手伝い精神的にも完全に女性化する酒井一族の男子。
 真澄の場合はさらに年齢にあった思考になる。
 平たく言うと現在の真澄は7歳の少女そのものである。

「おにいちゃん。なにしてんの?」
 まだ早朝ラジオ体操の時期ではない。
「トレーニング。でも…やっても仕方ないかな」
「なんで?」
 無邪気に尋ねる童女。少年はつい「他人に言っても仕方ないこと」を話す。
 誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「この前の試合でエラーして……監督にレギュラーから外すと言われたんだ」
 少年野球の二塁手である彼は前回の試合でタイムリーエラーをしてしまった。
 そしてセカンドのポジションを争うライバルが次の試合のスタメンとなった。
 それで落ち込んでいたのだ。
「あいつ上手いからなぁ。僕はもうレギュラーに戻れないかも知れないし……」
 「野球、やめようかな」と言いかけてたら真澄が抱きついてきた。
「わっ。真澄ちゃん」
「お兄ちゃん……かわいそう」
 その感受性の強さで同情してしまい、思わず抱きしめて涙してしまったのだ。
「……困ったなぁ」
 以前にも慰められたこともあったが、まさかここまでしてくる相手がいるとは思わなかった。
 それも初対面で。
 雅彦は困惑するがそれでもこの優しい少女の心遣いに暖かいものがこみ上げていた。

 そして……それをこっそり見ている二人のよいどれ女。
「目が覚めたら面白いことになってたバイ」
 目覚めてすぐに缶チューハイを口にするきらら。彼女のは場合は女姿の維持も目的。
「持っててよかったわぁ」
 桜子もさりげなくビデオカメラを回している。「ラブシーン」を余すところなく収めている。

「お兄ちゃん。元気出して」
 涙の残る目で下から見上げる真澄。
 まだ「色恋沙汰」には目覚めていない雅彦だがドキッとなった。
 もしこれで目覚めたら「男相手」に目覚めたことになるが知らぬが仏。
「そうだ。大きくなったらますみがけっこんしてあげる。だからげんきだして」
「け、結婚!?」
 いくら子供でも言うことが突拍子もなさすぎる。

 当然である。
 童女の姿ゆえ忘れてしまうが、酒井真澄は絶賛酔っ払い中なのである。
 酔っ払いの理屈にまともな理論など通用しない。

 ベンチの二人にも聞こえる高い声での結婚宣言。
 大声でキャーキャー言いたいのをこらえて静かに盛り上がるきららと桜子。
「確かこの前もいってなかったかしら?」
「見境無しとはさすがあたしの親戚タイ」
「酒井君って中年好みかと思ってたらあんな子供に。むしろショタだったのね」
 好き勝手にいっているが現状では言われても仕方ない。

「え……ええええ!?」
 人生経験の浅い少年でも「結婚」の重さは理解出来る。言葉ではなく感覚で。
 そして反応は大人の男と同じ。たじろいだ。
「お兄ちゃん。目をつむって」
 かわいらしく言う真澄。童女ゆえに「色気」はないが「可愛さ」ならある。
 それにやられ、またたじろいで半ば思考が麻痺して言われたままに目を閉じる。
「しゃがんで」
 このおかしな要求にも従ってしまうのは少年の素直さゆえか。
 おかしな状況に不安になっていたらとどめとばかしに唇に柔らかいものが押し付けられた。
(!?)
 思わず目を開けると至近距離に真澄の顔。あわてて引き離す。
「なにするの?」
「えへへへ。お嫁さんになるならチューしてもいいんだよ」

 子供ゆえの短絡思考ではない。酔っ払いの「つながらない思考」である。

 ベンチのメストラ二匹はそろそろ寝たフリがきつくなってきた。
 体勢もあるがあまりに真澄の行動が面白すぎた。
「もうー。かわいいなぁ。ちっちゃな恋人。ほんとに嫁に行けばいいのに」
「酒井君ってあの年でもキス魔なんだ」
 完全に野次馬ゆえに無責任な感想を述べていた。
 そして新たなる展開。少年が声をあげて逃げ出した。
「根性なしやね。そんなんじゃ将来女を押し倒すこともできんとよ。あたしなんかこの前シャワー浴びてる最中にもう始められて」
「しょせん男はそうなのよね。いざとなると逃げ出すし」
 本当に好き勝手な「ガールズトーク」だった。

 逃げられた真澄はしょぼんとしてベンチに戻ってくる。
 きららと桜子は寝たふり。それを起こそうともせず真澄自身も眠ってしまう。
 男の子がいなくなった事で緊張が解けたか眠気が戻ってきたようだ。
 あるいは逃げられたことで不貞寝なのか?
 とにかく可愛い寝息を立てて童女は眠り始めた。
 入れ替わりに桜子ときららが起きる。
「あたたた。体がバキバキいってるバイ」
「ほんと。でもいいもの見せてもらったわぁ」
 桜子はビデオカメラを取り出す。次いで真澄をみる。
「可愛い唇なのにもう男を知っているのね」
「……桜子さん。それはちょっと……」

 雅彦は自宅に戻り朝食を摂っていた。食べながら公園での出来事を振り返っていた。
(びっくりして逃げてきちゃったけど…悪いことしたのかな?)
 優しい少年であった。
 ほとんど通り魔にあったようなものなのに相手のことを案じていた。
(ちっちゃな子だったからきっとよくわかってなかったんだ。どうしよう。謝った方がいいのかな?)
 そう考え出すとそちらに傾く。
 彼は急いで食べるとまた出て行った。

 時刻は八時を回ったところ。
 きららの膝の上ですやすやと眠っている真澄。
 見守るきららもいつものけたたましさが消え、優しい目をしている。
「……母と娘みたいね。あんた達」
 桜子の感想。実際は男どうしなのだが。
「うふふ。あたしが子供産んだらこんな感じなのかなって思ってたばい。行為だけなら何度もしているけど妊娠はしたことないし」
「してたらまずいでしょうが」
 そんな会話をしていたら真澄が目を覚ました。
「おしっこ」
「ああ。お手洗いはあっちやね」
「うん」
 小さな体で走るさまは本当に可愛らしい。

 入れ違いになるかのように雅彦が公園にきた。仰天するきららと桜子。
(な、何であの子がまた?)
(単に地元なんじゃない? 誰か探しているのかしら。まさか酒井君?)
 桜子の見た通り雅彦はあちこちを見ていた。その視線がトイレに向かったとき、黒いセーラー服の少女が出てきた。
 背中までのロングヘア。長めのスカート。そしてやたらにきつい顔つき。
(あらぁ? トイレの中で少し戻った見たいね)
(いっぱい寝とったもんなぁ)
 そう。この少女は真澄が中学生になった姿だ。

 飲みすぎてしまうと防御のため飲まされない姿へと変貌する。
 それが童女姿。
 そして回復してくると少しずつ本来(?)の大人の女性姿に戻って行く。
 この中学生バージョンはその途中と言うわけだ。
 そして本人が「中学生」に抱くイメージが「反抗的」だったため、それがそのまま真澄に反映されてやさぐれていた。

(あのお姉さん。怖い。係わり合いになりたくないな)
 雅彦少年の反応はもっともだ。彼はさりげなく視線をそらし、その場を去ろうとしていた。
「逃げてんじゃねーぞ。ガキ」
 童女の時と打って変わって攻撃的な口調だ。雅彦は震え上がる。
「そうやって逃げ回るのか? エラーしたことから。レギュラー争いから逃げるのか?」
 雅彦はぎょっとなった。
 なんでこんな見ず知らずの女子中学生がそんなことを知っているの?
 よくみれば7歳の真澄と顔が似ているのはわかる。
 しかし同一人物とは思うわけがない。
(真澄ちゃんのお姉さん?)
 きわめて普通の回答を導き出した。
「だってあんなエラーしたら…もう使ってもらえないよ」
 半ばトラウマになりかけている。
「バッキャロー。てめぇそれでも男か」
 まだ大人になりかけの「幼さの残る声」で怒鳴りつける。
 思わず顔をしかめる雅彦。
 あたりの人間は観て見ぬふりだ。

 しかし見ぬふりどころか桜子はきっちりビデオカメラを回していた。

 真澄はしゃがんで雅彦の目の高さに合わせる。
「男だったら欲しいものは奪い取れ。こんな風になっ」
 言うなり彼女は雅彦の唇に自分のそれを押し付ける。
 逆に雅彦は「奪われた」のだ。
 たっぷり一分は唇を重ねていた真澄がやっと開放する。
「どうだ。こんない女がキスしてやったんだ。少しは元気が出ただろ」
 いい笑顔だが完全に「ヤンキー」そのものの真澄。
 対して一日に二度も見知らぬ少女達に唇を奪われた少年は青ざめる。
「わぁぁあああっ」
 彼のしたことは「脱兎のごとく」逃げることだけだった。

「ちっ。なんでー。根性なしが……てめーら……見世物じゃねーぞっ」
 野次馬を威嚇する真澄。見るなと言うのも無理な相談だが。
「あっ? てんめー」
 真澄がビデオカメラに気がついた。怒りの形相で大きなストライドで歩み寄ってくる…が、足元から煙。
 それが晴れるとブレザー姿の女子高生がいた。
「やだぁ。桜子さんったら。録ってたんですかぁ。もう。恥ずかしい」
 さらに一段階戻り女子高生になった。
 この姿の時は17歳らしい。箸が転げてもおかしな年頃。
 ビデオカメラでとられていたことも「恥ずかしい」で流してしまった。
「可愛くとってね」
 桜子の構えるビデオカメラにピースサインまでするほどだ。
(よかったぁ。おとなしい娘になって)
 確かに攻撃的なところはない。だが本性は『淫乱娘』である。
 たまたま女だけだからでないがひとたび男が現れたら。
 そう。まだ『男』と呼ぶのにためらいを覚えるような「少年」でさえ彼女のターゲット。
「とりあえず帰りましょうか」
 ベンチで寝ていればあちこち痛い。桜子の提案に賛同する二人。
「ジュースもらっていいですかぁ?」
「あ、それは」
 ジュースでなく缶チューハイだ。返答を待たずにベンチにおいてある袋から取り出して飲みだした。
「いいの?」
「うーん……だいぶ戻ってきているし多少ならあの姿を維持するのにいいんちゃう?」
 気分よく飲んでいるところを取りあげられるのは堪らない…これは酒飲みの気持ち。
 それがわかったのでほっといた。
 おかげで真澄は女子高生姿を維持していた。

 集合住宅。
「あらいけない。雅彦。お使いいってきてー」
 雅彦の母が駅前の店へお使いを頼んできた。
(駅前か。公園は通らないからあの怖いお姉さんいないよね)
 二度もキスされて恐れていたが方角が違うので雅彦は了承した。

 まさかのエンカウント。雅彦は真澄と三度あった。
 ただし今度は女子高生姿。だから別人と認識した。
「あらあら。まあまあ。偶然ねぇ。雅彦君」
「え? どうして僕の名前を」
 雅彦は猛烈に嫌な予感…それを言うなら「悪寒」がした。
 お構い無しに女子高生の真澄は近寄る。
「元気出たみたいね。お姉さん。心配していたのよ」
 まるで流れるように少年をその豊満な胸元に抱き寄せる。
 その感触に眠っていた「男」が目覚めたか。頬を染める雅彦。
「がんばる男の子好きよ。これはお姉さんから御褒美」
 ニコニコとしながら顔を近寄せる。
 少年はもうなにをされるか悟っている。
 そして桜子はビデオカメラを回している。
 またもや唇を奪われる雅彦。
「あ、あ、あ…」
 彼の生涯において一日に三度。それも全て別の女に唇を奪われるなどこの日以外にはない。
 もしそれが全て同一人物なのはまだしも「正体は男」と知ったら彼の何かが崩壊するのは想像に難くない。
 赤くなったり青くなったり。
「うわああああんっ」
 そしてリアクションも同じだった。雅彦は『痴女』から逃げ出した。
「まぁ? どうしたのでしょう」
「そりゃあ…いくら小さくてもこうも立て続けになすがままにされたんじゃ男のプライドはずたずたやね」
「そうなの。男の子って?」
「あんた達もほんとは男でしょうが。はいはい。帰って寝なおすわよ。月曜は仕事なんだから」
「そうやね」
「はーい」
 再び駅へと向かう。
「あ。その前にちょっと待っててくれる? 本屋さんで買い物」
 桜子は離れた。その際に邪悪な笑美を浮かべて。



 月曜日。
 雅彦は元気に家を飛び出した。
 野球の試合でのレギュラー落ちのショック。
 それは日曜にであった痴女達の痴態で吹っ飛んだ。
 結果としてリセットには成功した。

 そして…そのリセットした当人は。
「見てご覧。酒井君。とてもいい表情しているよ。君、こんな可愛い表情も出来るんだね」
「…………勘弁してください」
 休憩中にポータブルのビデオ再生機器で日曜のことを見せる山崎。
 酒井は「己が痴態」を見ないように目を逸らしているが既に当日の痴態を思い出して赤面している。
(どうしてオレは酔っ払うと…)
「はいはーい。酒井君のためにいい物を持ってきたわよ」
 それは年齢一ケタ台の男子子役の写真集だった。
「いやぁ。それにしても酒井君がショタとは思わなかったわ。今度はどこかの小学校にでも行く?」
 からかっているが効果は覿面。酒井は耳たぶまで赤くしている。
「だぁぁぁぁぁっ。もう二度と酒なんて飲むものかぁぁぁぁぁっ」
 決意表明するものの
(それって…二日酔いした奴が一度は言うセリフなんだよなぁ)
「二日よい」が身に覚えの同僚達はその宣言が空手形と言うのはよくわかっていた。


あとがき

 今度は二年も間が空きましたが4話目をお送りします。

 三話目で出てきた年齢退行の設定を生かした話と思い、当初は英国の取引先が日本滞在中のメイドを探しているとなり、そこでスコッチウイスキーをたっぷり飲まされイギリス風メイドになり切った真澄が、翌日幼女になって…と言う展開でした。
 しかしどうもまとまらず。メイドは諦めて年齢退行だけに絞り今回のようになりました。

「富乃宝山」のくだりは2011年9月25日に行われた「@manbow」のイベント。
『Happy Smile 17』内で披露されたVTRで実際に声優の井上喜久子さんがやってしまったことから。
 見ていて本当に「うわぁ……」と思いました(笑)

 ゲストキャラクターの雅彦君。
 まだ性に目覚めてない少年では「うはうは」とは行かなかったようで(笑)
 まして相手が「実は男」と知ったら愕然とするか、別なものが目覚めそうです(笑)

 三話目では出来はなかったウルトラパロ。
 今回は隊長さんから。
 やはり名セリフは「なにっ!?」と思い(笑)
 それから元・パン屋の運転手さん。

 次は…合間を空けずお送りしたいと思いますが(前回もそんなことを)

 お読みいただきましてありがとうございます。

城弾

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