大昔、日本のとある村。
「こらっ。五兵衛。また酒を呑んだねっ」
 若い娘がきつい口調で五兵衛と呼ばれた男を叱責する。
 年は数えで26とまだ若い五兵衛だが、酒に酔った赤ら顔と千鳥足が実年齢より老けた印象を与えていた。
「呑んださ。それがどうした? オレの稼ぎでオレが呑む。それのどこが悪い」
 確かに五兵衛は畑を耕し、合間に狩もしてきちんと稼いでいる。
 そして唯一の楽しみが酒だった。ただ仕事が終わったといえど、陽の高いうちから飲むことがあるのが玉に瑕だった。
「アンタは普段真面目なのに酒癖が悪いから言ってるんだっ」
 気の強い娘である。名はお静。
「げへへへへ。そんなことよりオレの嫁にならねぇか?」
 下卑た笑いを浮かべると今までの被害者たちに代わって詰め寄るお静の着物を捲し上げた。
 その時代である。下着などつけていない。警戒していたのだが、あまりの早業に間に合わなかった。
「☆▲※〜〜〜〜〜〜っっっ」
 声にならない悲鳴を上げるお静。「もうお嫁にいけない」と言うところであろうか?
 それをよそ目にのん気に歩き去る五兵衛。

 その夜。10人目の被害者であるお静も加わり対策会議を練っていた。
「もうガマンできない。役人に突き出してお裁きをしてもらいましょう」
 全員が全員「セクハラ」の被害者だ。だが
「そこまでは…」
「五兵衛も酒さえ呑まなきゃ気のいい男なんだし」
「働き者だし」
 実際に素面の五兵衛はむしろ村に多大な貢献をしていた。酒癖だけが問題なのだ。
 真面目な反動か酔うととてつもなく酒癖が悪い。
「用は酒を止めさせりゃいいけど」
「ちゃんと金を払っているんだから売るのは止められないし」
「あれだけが楽しみだから自分から止めるとは思えないし」
 堂々巡りになった。
「よし。仕方ない。あれをやるか」
 相談を受けていた年長者の女・お鶴がつぶやく。懐に入れていた紙を取り出すと、その中にしまっていた一本の髪の毛を藁人形に。
「お鶴さん。まさかお百度参り…」
「殺さぬさ。しかし我らの受けた苦痛は身を持って味わってほしいしな。お主らも力を貸せ。怨念の力が要る」
 そう言われても殺す覚悟はない。埒が明かないのでお鶴は説明をすることにした。
「殺す代りにな…」
 それを聞いた娘たちの表情が変わる。
 そして嬉々として呪術に参加した。

 翌日。五兵衛は早々に畑仕事を切り上げると、畑で一杯やり始めた。
「ぷは〜っ。五臓六腑に染み渡る」
 美味そうに飲み干す。そして酔いが回る。その途端にだ。
 ボン! そんな音を立てて五兵衛は煙に包まれた。そしてそれが晴れると着物姿の娘が。
「な…なんだ? もう酔っ払ったのか? オレが女に…夢か?」
 非現実的な出来事だ。夢か酔いのせいにするのももっともだ。
 だから楽しみである酒を中断しない。
 しかし酔いが回れば回るほど自分の心が女に染まっていくのがわかる。
「これはいったいなんとしたことでしょう?」
 なんと酔うにつれて着物まで艶やかに変わる。髷はいわゆる日本髪に。ご丁寧にかんざしまである。
「うまく行ったようじゃの」
 隠れて様子を見ていたお鶴たちが現れた。
「お鶴? これは夢か?」
「夢などではない。呪いじゃ」
「呪い?」
 酔いのせいか。それとも非現実的な出来事に思考が追いつけないのか、ただ鸚鵡返しする五兵衛だった娘。
「そうじゃ。戒めのための呪いじゃ。五兵衛。お主は今後酒を呑むと女子(おなご)になるぞ」
「そ…そんな」
「酒癖は理屈では治らん。だから酒を呑むと女子になる呪いをかけた。女子になりたくなくば酒を止めることじゃな。殺さぬだけありがたいと思え。そしてこの呪いは末代まで続くぞ。それだけ我らの恨みは大きいと思え」
 高笑いをする女たち。五兵衛だった娘はぺたりと座り込む。

 四半刻(30分)もそうしていたか。
「もし。娘さん。どうなさった?」
 通りすがりの侍が心配して五兵衛だった娘に声をかける。
 端整ないい男だった。そしてあろうことか五兵衛は頬を赤らめた。そう、心が女になっている。
「お侍様…はい。少々気分が悪くなりました」
 消え入りそうな声で訴える。
「それはいかんな」
 侍は五兵衛を送る。
 そして五兵衛は「送られた礼」と一泊を勧める。さらには五兵衛のほうから男と女の関係に。

 侍は神妙な面持ちで再び旅に出た。そして五兵衛も酔いがさめてきたら猛烈に後悔した。未だに娘姿だが、心だけは男に戻った。
「お…オレは男なのに男に…恐ろしい。酒を呑むとそんな気持ちになるように…」
 しばらくして「二日酔い」も治まった。酒が抜けるにつれて男へと戻って行く。一生を女で生きるかと恐怖した五兵衛は安堵した。
 同時に酒を飲んで女になりきったことを恐怖した。
 だから五兵衛は死ぬまで二度と酒を口にしなかった。
 そのため元々が真面目なのできちんと祝言を挙げて、夫婦仲良く暮らした。

 この話はこれで終わるはずだった。
 そう。呪いが末代まで続いていなければ…。


とらぶる☆すぴりっつ

一杯目「呑まれたら女の子?」

作:城弾

 現代の日本。ある商社。朝のミーティング。課長のとなりに若い男。その前方に取り囲むように男女。
 新しく来た社員を紹介しているところだった。
「このたび本郷支社にきました酒井真澄です。よろしくお願いします」
 女性のような名前だが立派な男性である。
 ただ優しい顔立ちは女顔といえたし、背もそんなには高くない。
「酒井君はまだ25歳と若いが優秀な人材だ。即戦力になるだろう」
 課長の説明。
「よし。今日は酒井の歓迎会だ。吉野君。どこか店を押さえてくれ」
 サブリーダーにあたる中年男性が女性社員に依頼する。
「もうやっときましたよ。越野さん」
 ロングヘアを束ねたOL姿の吉野桜子が笑顔で返す。彼女も25歳なので酒井と同期の可能性が。
「さすが吉野さん。気配り上手」
 吉野より二つ上の男性社員。菊水(きくみ)晃一がややおどけて言う。
「当然です。吉野先輩はあたしたちのお手本ですもの」
 24歳だが顔に幼さの残る宇良かすみが先輩を持ち上げる。
「そうよね。それにお酒も強いし」
 仕事ができるのと酒の強さが関係ないと思うが、かすみと同期の澤野いずみには同列扱いらしい。
「ま。お前とは違うってわけだ」
「ひどいっすよ。竹葉さん」
 31歳の竹葉忠正に菊水が抗議すると笑いが巻き起こった。しかしひとりだけ浮かない表情をしていたのは主役である酒井。
「あら? お酒は嫌い?」
 いきなりフランクに話しかける吉野桜子。
「いえ…ただ生まれてこの方飲んだことがないんですよ」
 こちらはさすがに硬さがある酒井。
「へえ。25にもなるのに珍しい」
「本当だな。一度試して体に合わなくてやめたと言うこと?」
「宗教上の理由とか?」
「いや。親の命令で」
 これまた25歳の男子とも思えない発言である。
 彼の弁によれば父親の言葉に異様な迫力を感じて、命令を守る気になったとのこと。
 それにその父親自身が酒での失敗談を教訓として聞かせたこと。
 町中の酔っ払いの醜態を彼自身が嫌っていたことが、酒を口にしない理由だった。
「じゃ試してみましょうよ。新しい自分を発見できるかもよ」
「はぁ…」
 自分を歓迎しての宴だけに無下に断れない。人付き合いはぞんざいには出来ない。でも本音は出たくなくて浮かない表情だった。
 浮かない顔は酒井だけではない。後輩の女子社員たちもだ。
「吉野先輩。あれさえなければ本当に尊敬できるんだけどなぁ」
「ザルだもんね」
 吉野桜子は有能な社員である。そして性格も穏やかで、かつ美人でスタイルもいい。
 しかし、とんでもない大酒飲みである。
 休日で朝食を採ろうと冷蔵庫を開けたがワインしかなかったため、それで空腹を紛らわせてたと言う逸話もあるつわものだ。
「まあまあ。下戸なら下戸で楽しみ方はある。さぁ。仕事に入るぞ。ああ。吉野君。とりあえず彼に本郷支社のことを色々教えてあげてくれ」
「わかりました。課長」

 仕事も終わり居酒屋に。月曜だったのでさすがに宴会も入ってなく、8人が楽に入れた。
 週の初めだけに掘りごたつの座敷には周りに客がいない。貸しきり状態だ。
「それじゃ酒井君の参加を祝って、かんぱーい」
 8人のうち6人がビールのグラス。女子社員もだ。
 主役である酒井は烏龍茶。吉野はいきなりコップ酒だ。

 宴は進む。よくある話だが本目的がどこかに行ってしまい、もはやただの飲み会である。
 課長と越野は仕事の話。竹葉と菊水はギャンブルの話。かすみといずみは他愛もない話だった。
 そして桜子の甲高い声が響く。片手には空いた竹筒。
「竹酒もういっぽーん」
 上機嫌ではあるが頬が染まったりはしていない。顔色だけ見ていると酔っ払っているとは思えない。
 ぽかーんとして見ていた酒井である。
「なによ。そんなに見てて」
「いや…女なのに凄い呑むなと思って」
「あなたはぜんぜんなのね。男なのに」
 となりが呑まないと言うのは結構白ける。ちょっとカラミが入る。それに対してまともに返事をする酒井。
「ああ。おじいちゃんが言っていた。『酒井家の男子は酒を呑んではいけない』と」
「なに? それ?」
「呪いなんだそうだ」
 酒は呑んでないが、酒の席の雰囲気で「酔った」のか、口調が砕けこんなことまで喋っていた。
「呪い?」
 ここで笑われればそれでおしまいだった。しかし桜子が真面目に問い返したので、酒井もつい伝承を語ってしまった。

「酒癖の悪さで呪われて、酔うと女になる呪い〜〜〜〜?」
 相変わらず仲間しかいない状況。だから桜子の素っ頓狂な声は全員に聞こえた。
「だから、あくまで言い伝えだから。そんなに吹聴しないで」
 素面の酒井は慌てて止めるが遅かった。
「ふーん。面白そうじゃない。ね。だったら試してみない?」
 舌なめずりでもしそうな表情の桜子。
「イヤだよ。迷信だとは思うけど。それにオレは酔っ払いが嫌いだし」
 この言葉がカチンと来た。見た目は素面に見える桜子だがしっかり酔っていた。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜ん………………根性なし」
「なっ!?」
 知り合ったその日に言われるような台詞ではない。酒井もカチンと来た。
「だってそうじぉゃない。わけもわからない言い伝えに怯えて、人生の楽しみの三分の二を捨ててるなんて根性なしでなかったらなんなのよ」
(吉野先輩の中でお酒の占める比率ってそんなに高かったんだ…)
 さすがについていけない後輩女子。
「お…おい。吉野君。飲みたくない人間に無理やり…」
「……わかったよ……」
 せっかく越野が止めたのに当の酒井が挑発に乗ってしまった。
「呑んでやろうじゃないか。根性なしかどうかよく見てみろ」
 言うなり彼は余っていた瓶ビールをラッパ呑み。残量としてはコップ一杯分だが、その行為そのものが危険兆候だった。
「げほっ。げほっ」
 生まれて初めての飲酒でラッパのみをやらかせばむせもする。しかもビールである。
「おー。いい飲みっぷり。それじゃこれもいって見よー」
 竹酒のためにぐい飲みは何故か二つ用意されていた。店員が余計な気を利かせたようだ。
 その使われてないほうに注がれた酒をぐいっとあおる。
 どうやら咽たのを治める水のつもりで飲んでしまったらしい。
「なーんだ。呑めるじゃない。良かったわねー。これで人生の楽しみが増えたわよ」
 バンと背中を叩く。当の酒井は赤い顔をしていた。
「……ひっく」
 べたにしゃっくりをしたかと思うと「爆発」した。
「な、何なの?」
 正確に言おう。酒井の下のほうからボンと言う音ともに煙が上がった。
 「浦島太郎」の玉手箱を開けるとこんな感じだろうか。
 そしてその煙がはれると見たこともない女がそこにいた。
 紺色のレディスーツ。薄いピンクのブラウス。無難な配色のスカーフ。
 肉体的には誰が見ても巨乳。そして腰にまで達する黒髪。
 とろんとした目つきだが切れ長の涼しげな目元。長いまつげ。
 口紅を塗ったばかりのような赤い唇。
 白い肌だが頬がピンクに染まりなんとも色っぽい。
 フェロモンを撒き散らしているような大人の女性だった。
「だ…誰よ。あんた? 酒井君はどこ?」
「なーに言ってんですか。あたしですよ。あたし。あたしが酒井真澄です。桜子さん」
 そのOL風の美女は酔っ払いそのものの口調で宣告する。
「なんですってぇ?」
 元々酒に強い桜子だが、さらにこれでは酔いもさめる。
「それじゃあ…呪いの話は本当…」
 目の当たりにしては信じないわけにはいかない。
「ほ…本当に酒井なのか?」
 目前で変身したのを見た以上、信じるしかないのだがそれでも信じられず越野が尋ねる。
 それに対して淫靡な笑みを浮かべる酒井。いや。この姿の時は下の名前で呼ぼう。
「越野さん。さっきは庇ってくれてありがとうございます」
 深々と頭を下げる。
「あ…ああ。大したことは…」
 「してないよ」と言いかけたが真澄が両腕を自分の首に回してきたので中断した。
「お…おい。酒井。これは?」
 戸惑う越野に対して相変わらず妖しい微笑の真澄。
「うふふふっ。あたしからの・お・れ・い」
 言うなり唇を重ねる真澄。あまりに突拍子もない出来事に無防備だった越野はもろに「唇を奪われる」。
「こ…越野さん。男同士でっ」
 かすみが汚らわしいものを見るような目つきで言う。
「はっ?! ケータイ。ケータイ。撮らなくちゃ」
 いきなり桜子は自分の携帯電話を探し始めた。そして目的のものを見つけると撮影を開始した。
(ああ。もう一つの悪癖。「貴腐人」ぶりまで…)
などと菊水が考えていたのが命取り。
「菊水さんもいい男よね。お近づきの印で」
 いつのまにかそばにきていた真澄がその唇を重ねてきた。
「んーっ。んーっ」
 据え膳食わぬは…とは言うものの元は男とわかっている。それにキスされてもたまらない。
 もっとも本当の女としても人前では…

 竹葉も虚を突かれて唇を奪われる。
 すっかり女の人格なのか女子は完全にスルーの真澄。いよいよ課長相手だ。しかし
「酒井君。まずは呑もうじゃないか。それからだよ。男と女は」
 妙にTS娘の扱いの上手い課長であった。
「はーい。真澄。飲みまーす」
 酔っ払いのハイテンションで乗せられて、潰れるまで飲んでしまった真澄。

「ひでえ目にあった」
 「メストラ」の被害に顔をしかめる男性社員三名。
「こいつは女。そういうことにしとこう」
「もしくは犬に噛まれたと言うところですね」
 自分の中で折り合いをつけるのが大変だった。
「さて。主役がこれじゃお開きにするしかないが…どうするかな? 一応は男だし、君らのうち誰かが泊めてくれると助かるが」
 しかし三人は青くなって首を横に振る。それも無理はない。
「うーん。しかしウチも四人家族…いや。嫁さんのほうの従姉妹を迎えたから五人か。ちょっと無理だな。かといって宇良くんや澤野くんにも頼めないし」
 ここで桜子の名前を出さないのはみんなわかっていた。
「わかりました。責任とってあたしが泊めればいいんですよね。まぁあれだけ呑んだらたつものもたたないし。そもそも今は女だし」
 なんとか運び出してタクシーで桜子のマンションまで運び込んだ。

「う…うーん」
 うめき声で目覚める真澄。
「あら。起きた」
 けろっとした表情の桜子はエプロン姿で味噌汁を作ってたりする。どうやらダメージはゼロらしい。
「吉野さん…オレ…」
 飲みすぎてかすれ声。しかしまだ女の声。本人はまだ意識がはっきりしないのかそれに気がついてない。
「初めてのお酒であそこまで弾ける人も珍しいわ」
「そっか…酔いつぶれて…なんだ? 声が妙に高いな」
 やっとそれに気がついた。
「そりゃ女なんだもん。そんな声でしょ」
「女って……なんだぁ? こりゃあ?」
 半身を起こした真澄は自分のふくよかな胸元に驚愕した。
 皺になるからブラウスやスーツなどは脱がされたものの、正体不明になったこともありランジェリーまで手が回らなかった。
 正確には自分のネグリジェを着せようと思ったものの、完全に酔いつぶれて重くて着せるどころではなかった。
 だからといって素っ裸にも出来ず、寝巻き代わりで下着のままだ。
「驚いたわ。本当に女になるなんて。しかも服が変化する上に化粧までちゃんとしてるんですもの」
「の…のろいは本当…あつつつ」
 頭を抑える真澄。二日酔いだ。
「はい。お味噌汁。二日酔いにはいいわよ」
「あ…ありがとうございます」
 あまりにとんでもないことで対処しきれず現実逃避で「普段の行動」をとってしまったか。
 あるいは聞かされていたので覚悟が出来ていたのか。驚くほど普通の行動だった。
「姿は女のままだけど人格は男に戻ったようね」
「なんのことです?」
「憶えてない?」
 桜子ははじめに真澄に今の女としての顔を見せた。ちなみにさすがに女性ならではの気配りで、メイクを落としてから布団に寝かされている。
 そしてケータイの写真を見せた。そう。男性社員相手にキス魔と化したあの写真。
「あ゛」
「んふふふ。あー。いいもの見せてもらったわぁ。どうせなら男の姿だと完璧だったけどねぇ」
 からかうための芝居ではなく、本気で喜んでいたようだ。なんとも幸せそうな笑顔を見せる桜子。
「あ…ああ…」
 二日酔いとは別の理由で青くなる真澄。布団にもぐりこんでしまう。
「どうしたの。お味噌汁冷めるわよ」
「もう…絶対に酒は呑まない。女にならない」
 それは図らずも二日酔いの後悔で「酒を呑まない」と自分で宣しているのと似ていた。

 結局男には戻れず。しかし「二日酔い」を理由に仕事を休むわけには行かないと考えた真澄は無理をして出社する。
「や…やぁ。酒井。大丈夫か。寝てた方が」
 怯えているがフレンドリーなのは歳の近い菊水だ。
「大丈夫です。昨日はご迷惑をかけたようで、申し訳ありません」
 しかし頭が痛むのか苦痛に顔が歪む。
「ホントに大丈夫? 迎え酒するなら付き合うわよ」
「結構です!! もう二度と酒を口にしたくありません」
(そりゃあそうだろうなぁ)
 ほとんどの人間が心情を察する。
「それにしても困ったな。とりあえずは女子姿だが制服がない」
 ボケている…と言うよりなんだかなれている課長の対応。
「もしかして…昨日は飲み会だったから会社帰りみたいな格好になったけど、今ここで飲んだらOLになったりして」
 桜子は素面である。
「まっさかぁ」
 もっともな反応のかすみ。
「それに先輩。呑ませるッたってオフィスにお酒なんて」
「目の前は酒屋じゃない」
 課長が止める間もなく桜子は飛び出していた。どうも酒が絡むと人格が変わるようだ。

 そして一杯の日本酒が。地酒とかではなく、どこにでもある大メーカーの酒である。
 助けを求めるように課長に視線を送る真澄。だが
「仕方ない。呑みなさい。どうせ制服がないし、女の姿では落ち着かないだろう。場合によっては帰っていいから。それなら呑んでも構わない。そうすれば吉野君も気が済むだろう」
 興味しんしんで見ている桜子。確かに落ち着かないようだ。
「わかりました」
 やけくそで真澄は一口飲む。安物が口に合わなかったか途端に咽る。そして…また煙が。
「あら。やって見るものね」
 本当に制服姿になっていた。
「便利なもんだな。変身すると服まで変わるのか。ウチの息子は服のほうに体をあわせるから正反対だな」
 どうやら身内にこういう体質の人間がいるらしい。だから落ち着いている課長。
「どう? 気分は?」
「はい。なんだかお酒を呑んだのに酔いを忘れた感じですわ」
 一口だがまた女性人格化したようだ。しかも真面目なOLに。

 酒を呑んで何も出来ないどころか、むしろ男のときより集中して仕事をしているようだ。
 しかもきびきびした態度が課内を引き締め、いつになく能率が良く仕事がはかどる。
「うーん。職場で酒なんてとんでもないと思ったが、例外と言うのはどこにでもあるもんだな」
「ついでに言うと迎え酒で上手く行ったのなんてのも初めて見た」
 サブリーダーの越野が感心したように言う。
 それほど見事な仕事振りだった。
 しかも変身して女心になっても、仕事に支障を来たすほどの酔い方ではないため間違いもない。
 いいほうにいいほうに転がっていく。
 もっとも本人としては大失敗をしでかせば、二度と酒を強要されずに済んだわけだが

 よほどアルコールに弱いらしく、午後になっても女のままの真澄だった。そんなとき
「た…大変だ。みんな。抜き打ちで『ご隠居』がお見えになったぞ」
 頭の薄い冴えない中年が飛び込んできた。
「鳥山専務…と、秘書の丸さん」
 課長がつぶやく。
「なにを落ち着いているんだね。君は。お得意様のご隠居のへそを曲げたら大変だぞ。宇良くんか澤野君がお相手しなさい」
「えー」
「それはちょっと」
 いっぱしのOLである二人がごねる。
 実はこの「ご隠居」。節原(せつはら)相談役はたいそうな「すけべ」なのである。だから相手は女性限定。
 そのせいで大得意ではあるものの、女子社員には嫌われていた。
「あたしは前に酔った勢いで殴ったことがあるしなぁ」
 もちろん桜子の話。ちなみにこのときは「ご隠居」も行き過ぎを認め、不問に処された。
 なにしろオフィスと言うのに無理やり酒を飲ませたのである。
 もっとも桜子が舌なめずりをしていたのは言うまでもないのだが。
「あの……それならあたしが行きます」
 志願する巨乳OL。彼女はセクハラの被害にあってないからこれがいえた。
 さらには前夜の醜態の汚名返上の意味も。
「誰だ君は。見たこともない」
 鳥山専務が言うのも当然である。なにしろ真澄自身この姿は前日の夜に生まれて初めて。
「まぁまぁ専務。ここは任せてみましょう」
「し…知らんぞ。私は。責任は君が取るんだぞ」

「お待たせしました」
 お茶を持っていく真澄。
「ん? 初めて見る顔じゃの」
「はい。酒井真澄と申します」
 丁寧に挨拶する真澄。さらさらの長い髪が零れ落ちる。
「ほう。美人じゃの」
 すけべそのものの瞳の光。
「どうじゃ。となりにこんか」
「はい。では失礼して」
 事前に逆らわないように指示されていたので、言われるままに隣に座る。
 緊張した表情が老人の心を刺激する。
「うんうん。可愛いのう」
「は…はい。ありがとうございます」
 だいぶ心が女性のそれになっていたが、それでもこんなことを言われたことがないのであしらえるほどうまくはなかった。
 それがまた初々しくて節原の『萌え』を刺激する。

 厄介者の相手を押し付けた形で後ろめたかったか。
 ドアを僅かに開けてかわるがわる様子を伺う同僚たち。
「あのジジイ。相変わらずのセクハラだな」
「気をつけろ。相談役といっても誰も頭が上がらないんだからな。暇ではあっても事実上トップに君臨しているようなもんだ。機嫌を損ねる形で契約をご破算にされたら大変だぞ」
 だから言われるままに女子社員が相手しているのである。
「越野さん。大変。ご隠居ったら」
 いずみの声でみんながみると、なんと老人は紙パックの酒を真澄に差し出していたのだ。

「あ…あの…勤務中ですので…」
 かすかに残る前夜の醜態の記憶。
 そうでなくても建前じゃなくても勤務中に飲酒などもってのほか。
 まぁ既にタブーを破ってはいるが…
「なんじゃ。ワシの酒が飲めんと」
 不機嫌そうになる。空気が悪くなる。そのときだ。
「飲酒を許可する。これは業務命令だ」
 自らの保身に余念のない鳥山専務が乱入していきなり「お墨付き」にしてしまった。
 言うだけ言うとさっさと立ち去ってしまう。
「ほれ。お前さんとの専務もああいってる。呑め。呑め」
 セクシャルハラスメントとアルコールハラスメントを併発している。
「は…はい。それではいただきます」
 あちこちから呑むように仕向けられて、やむなく真澄は酒を口にした。
 そしてあっという間に酔いが回る。
 頬が赤くなり、目つきがとろけたようになりなんとも色っぽかった。
 さらに老人に絡みつくように豊満な胸元を押し付けてくる。
「お! おお」
 女子をからかっていた節原だったが嬉しい「逆襲」に声を上げる。
「ねーえ。おじいさま。真澄、お願いがあるんだけどなぁ」
 淫靡な響きの声色にまでなっている。
「おう。なんじゃ。言ってみぃ」
「ウチの会社に契約してくださらない?」
「そんなことか。つまらん」
 いきなり仕事の話ではしらけもするだろう。もっともここはオフィスだが
「そんなこといわないでぇ」
 真澄は節原の皺だらけの手を自分のむき出しの太ももに触れさせる。さらに密着をしていく。
 そして胸元のボタンを外してちらちらと谷間を見せる。挙句の果てには開いていた節原の手を谷間に自ら導く。
「おおおおっ。こりゃたまらん。わかった。契約を回すようにしてやるから」
 「賄賂」が効いた。
「きゃーっ。ありがとう。おじいちゃん。これはお礼よ」
 電光石火の早業で真澄は老人の頬に軽いキスをした。

 一部始終を見ていた同僚たち。
「あー。また後悔することになったわね」
「上手くご隠居の相手をしてくれたのは感謝だが」
「物凄く申し訳ない気が…」
「酒井さん。不潔!」

 口々に評価をしている中で当の二人は酒盛りを続けていた。

 電車の中。真澄はだいぶ酔いが醒めて来た。体より先に意識が男へと戻る。
 途端に恥ずかしさで赤くなる。
 周りの乗客はOLらしい女がいきなり赤面したから、痴漢かと疑うが、すいていて真澄の背後には誰もいない。
(お…オレは…酔った勢いでなんて恥ずかしいマネを…)
 皮肉にも白い頬を朱に染めるその姿が可愛らしくて、無差別に男を興奮させていた。

 今度は自宅に戻る。
 一刻も早く女物の服を脱ぎたくて歩きながら脱衣。そして別のトランクスを身につけたときふと鏡に目を。
 そこに映る姿は紛れもない女の裸身。腰につけているのが男物のトランクスでシュールな印象。
 広いはずの肩幅は狭く華奢ななで肩に。
 スポーツで焼けたはずの肌は雪のように白く。
 引き締まった胸板は大きめの二つの膨らみに。
 元々引き締まった腹部だったが、こんな折れそうな細さではなかった。
 足には無駄毛がまったくなかった。どこからどう見ても女の姿。
「……ねよう」
 悪夢から逃れるために彼女は布団に入った。

 翌朝。
「ん…んん」
 太い声のうめき声。その声でがばっと目が覚める。
「元に…戻ったのか?」
 酒井はパジャマの前を開く。膨らみはなく、引き締まった胸板に戻っている。
 起きぬけでトイレに出向くと歓迎会以来ご無沙汰だった「男のシンボル」が戻っていた。
「よかった…一生あのままかと思った」
 安堵のため息。

 着替えるためにベッドルームに戻る。そこには脱ぎ散らかされた衣類が。
 ただストッキングは紳士用靴下に。ショーツはトランクスに。ブラジャーはランニングシャツ。
 ブラウスはワイシャツへとそれぞれ戻っていた。
 しかも足の無駄毛どころか、女になっていたにもかかわらず無精ひげがきっちり伸びていた。
「不思議な話だ。だがもう二度と酒は呑まんぞ。そもそもオフィスで飲むなんてのが例外中の例外だ。そんなことはあれっきりだろう」
 そう思うのを楽観視と言うのは酷であろう。

 出勤した酒井は自分の耳を疑った。
「いやぁ。昨日の謎の女子のおかげか、うちに契約が舞い込んできてね」
 ほくほく顔の鳥山専務。
「なんでもご隠居はこの仕事を依頼する相手を探していたらしい。あの接待で落ちるんだから拍子抜けだが」
 青くなっていた酒井。
「そんなわけで彼女のためと言う特例で飲酒を認めよう」
(なんてこった…業務命令で呑まされる…)

 上機嫌の専務が立ち去り残された面々。
「あの…オレ…」
「酒井。諦めてくれ。こういう体質はおもちゃになる運命なんだ」
 課長が諭すように言う。小声で会話するかすみといずみ。
「それにしても二村課長は何であんなに冷静に扱えるのかしら?」
「噂じゃ課長の高校生の息子さんが同じような体質らしいわよ」

 硬直する酒井の肩をぽんと叩いたのは桜子だった。
「吉野さん。オフィスで酒なんて非常識ですよね」
「うん。でも良かったわね。公認でお酒飲めるわよ。しかも経費だし」
「経費」
 そのタイミングで来るから恐ろしい。
「ちわー。酒のゲキヤスです。ご注文のビール1ケースと日本酒一升。ウィスキーですが…ほんとにここでいいんですか?」
 贈答用ならまだしも…怪訝な表情の酒屋だった。
「はーい。いいですよ。ほらほら酒井君。あなたのなんだから運ぶの手伝って」
 ついでに自分が飲むつもりの桜子が、にこにこと作業をする。

 本気で辞表を提出しようかと考える酒井だった。


 酒を呑んで調子に乗って色々やって、冷めてから激しく後悔というのと
TS娘が調子に乗って女としていろいろやって、元の姿に戻ってから猛烈に恥ずかしくなって後悔するのが似てるなぁと思ったのがきっかけです。

 やっていることが物の見事に「着せ替え少年」ですが、もともと25歳の司で行こうかと思ってました。
 高校生のつかさには着せられない衣装も25歳の社会人ならありだなと。
 結局、呪いと言う設定にしたため別人になりましたが。

 ただどうせ似てるならと「着せ替え少年」とはリンクしてます。
 それがあの課長で。

 姉妹編と言うことでこちらはウルトラなゲスト(笑)
 いきなりあの小役人な上司が登場で。

 登場人物の名前はほとんどは日本酒の銘柄です。
 「吉野」も「桜子」もそうです。
 「宇良かすみ」と「澤野いずみ」は姓名合わせてで。

 好評ならシリーズ化も視野に入れてます。
 そのためもう一つの設定は今回は見送り。
 こっちのほうが「着せ替え少年」の姉妹編たる所以ですが

 ああ。シリーズ化したら課長の一日を追うのも面白そうですね。
 家庭ではセーラー服の息子。職場ではOLの制服の男子で(笑)

 今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

城弾

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